「北崎重工が超音速旅客機の開発に着手」
先般、宇宙往還機の打ち上げに成功した北崎が民間旅客機の開発に名乗りを上げた。構想ではマッハ10で太平洋を横断し、成田~シアトル間を2時間で結ぶ。
北崎によればこれまでの技術を転用するとのこと。FAA(アメリカ連邦航空局)を統括する──
──一九九五年一二月一六日付・日本経済新聞より
「北崎と川崎、超音速旅客機の技術提携」
21世紀の就航を目指す、北崎重工の超音速旅客機計画だが、この度川崎重工との技術提携を交わすこととなった。
これはFAAでの型式証明取得のノウハウを得る目的の他、旅客機には欠かせないアコモデーションを川崎に委託すると──
──一九九九年七月二六日付・日本経済新聞より
「北崎、シアトル空港に出資」
北崎重工はシアトル空港の改修工事へ出資すると発表した。これは実用化間近と言われる北崎の超音速旅客機計画の最終段階と言えるもので、水素を燃料とする彼女には欠かせない──
──二〇〇〇年九月一〇日付・日本経済新聞より
太平洋上空
二〇二四年九月一九日
「意外とつまらないのね」
彼女の言葉が刺さる。無理もない、ボーイング737、あるいは川崎のGK800シリーズの様な小型ジェット機並みの機内に押し込められ、しかも窓はトランプのカード並みに小さい。
外を楽しめないのなら動画でも観ていれば良かったのだが、あいにく彼女の好むコンテンツは収録されていなかったようだ。
僕はご機嫌斜めな彼女をなだめにかかった。惚気る様だが、不機嫌な彼女の横顔……ショートボブと紅い瞳が美しい。
「まぁ、あんまりむくれないでよ。もう一時間もすれば空港に着くよ。あんまり見えないかもしれないけど──」
小さな窓から見える太陽を指さした。
「瞬くあいだに動いているの、わかる? やっぱ
「それはあなたの趣味じゃない」
当然のことなのか、彼女はあまり興味を示さなかった。僕は反論を試みた。
「まぁね。完全に僕の趣味だね。その趣味につき合ってくれて、本当にありがたく思うよ」
彼女はそっぽをむいたまま、ぼそりと応えた。
「感謝してよね」
そしてこちらを向いて少し微笑んだ。
「あなたのその突発的な旅行癖は今にはじまったことじゃないし。もう慣れたわ」
「うん」
・・・
数日前……、今回の旅行はいつものことながら僕が突然計画した。九月にまとまった連休がとれたので、どこかに行きたいなぁとは思っていたものの、大体日本国内は訪問してしまったし、海外旅行もあの感染症が蔓延してからは控えていた。
そんなとき、彼女が携帯をタップしながら話しかけてきた。
「すごい活躍よね」
覗いてみると、野球の話題の様だ。腕を故障した投手が打者としてホームラン競争で首位に立っているという記事だった。小学生の頃補欠ながらも野球少年だった僕は、その彼の活躍はなんとなく気にしていた。
コーヒーをすすりながら僕は応えた。
「じゃぁ見に行こうか」
「え?」
彼女が応えるより早く、僕はPCの予約サイトを開いた。航空機とホテルと、そして球場のチケットを手配する。カタカタと手続きをする僕に彼女は慌てた様子だった。
「本当に行くの?」
「うん。この休みどこにもでかけてないじゃない。どうせなら本物を観に行こうぜ」
彼女は頭を抱えていた。
「あぁ、またあなたの旅行癖を刺激したのね……うう、仕方がないわね。つき合うわ」
「ありがと」
僕は彼女の頬に接吻をした。
・・・
出発当日、朝食をとり片付けを済ませ、準備を整える。自宅アパートのある西武新宿線沿線から成田空港まではたっぷり二時間はかかる勘定だ。とりあえず、品川まで出たい。
「用意はいいかな?」
「バッチリよ。あなたこそ……バックパッカーみたいに軽装ね」
「まぁ、弾丸旅行みたいなものだからね。君こそそんなに持つの?」
「女の子はね」
彼女は胸を反らせた。巨大なそれは、バインという擬音が聞こえてきそうだ。
「女の子を維持するために必死なのよ」
「そんなもんか」
「そんなものよ」
「じゃぁ、出発するか」
最寄り駅から西武新宿駅に着いた。やっぱり快速停車駅を最寄りにして正解だった。ここから新宿駅までちょっとたるいけど(しまった、高田馬場駅で降りればよかった)、品川駅についたらひとっ飛びだ。
品川駅で都営浅草線に乗り換える。正確には浅草線に乗り入れている京成特急にだ。これに乗れば成田まで一時間もかからない。
シートに腰かけ、揺れに身を任せる。
「もしかして」
ニーストッキングの映える脚を組みかえながら、彼女は僕に質問をした。
「飛行機に乗ってるより、前後の移動時間の方が長いってこと?」
「そうだね。出国審査だなんだで、空港で最低二時間はかかるし」
「不便なのか便利なのかわからないわね」
「まぁ、便利にはなったんじゃない。こうして二泊三日でやきうの、本場大リーグの試合が観れるんだから。それも飛行機で一泊なんかじゃない、ちゃんとホテルで休めるし」
「そうよね。宇宙時代万歳ね」
「だね」
特急は押上駅から成田アクセス線に入った。ここはかつて「北総公団線」の計画もあった線路だ。計画が変更になったのは成田空港の建設が始まりだ。
当初、成田新幹線計画もあったのだが、江戸川区や千葉県内沿線の反対運動で立ち消えになりかけていた、そこへ手を上げたのが京成電鉄だった。
〝順調に〟進む成田空港建設と、立ち消えに終わりそうな新幹線計画を目の当たりにした京成電鉄は、千葉ニュータウン建設の新線計画に成田アクセス計画を抱き合わせにした計画を運輸省に提出した。
建設に必要な免許を揃えた彼らは、印旛日本大医駅から成田空港までの路線を(成田新幹線計画のとん挫で完成だけはしていた空港側の国鉄線を取得しつつ)同時に建設して開港に間に合わせた。
新鎌ヶ谷駅から先は複々線になっていて、内側はアクセス専用線になっている。
専用線に入ってから、ようやく240キロ/時を出し始めた。もうまもなく空港に到着だ。
・・・
成田空港に到着した。正確には国際線駅に到着した。広大な成田空港には三つの駅が存在していた。
僕と彼女は駅を降りると真っすぐに国際線ロビーへと向かった。
「ねぇ」
彼女は旅行鞄をゴロゴロ言わせながら尋ねる。
「どうしてこんな辺鄙なところに空港をおいたのかな?」
「ふ~ん」
少し考える。
「4000メートル級の滑走路を何本も置ける土地なんて中々ないし、結果的にSSTの玄関口になったのは大成功なんじゃないかな」
「反対運動とか起きなかったのかな?」
「元々畑しかなかった土地だしね。地元の反対は特にひどくなかったらしいよ」
適当に応えたものの、大体は事実だ。ここは戦後、地元の農家が何件かしかなく、大きな反対運動も起きなかった。まぁ、仮に大陸からの出戻り組みが入植していたらどうだったかはわからないけど、彼らは元〈向こう側〉に強制移住させられていたし。
あぁ、三里塚(だったかな)で何かしようとしていた連中は、早々に機動隊に排除されていたな。
そういった訳で、成田空港は4000メートル級滑走路を何本も抱える24時間空港になった。
出国手続きを済ませ、後は乗り込むだけだ。もう少し時間があるので、バーで軽食と水割りを注文した。
「もう呑むの?」
呆れ顔で彼女が尋ねる。
「旅行に酒はつきものさ」
彼女は腕を組んで忠告した。
「馬鹿め、と言って差し上げますわ」
かまわず僕は一口呷った。彼女はツンと外を眺めた。
「わたしたちが乗るのってアレ?」
彼女の指さす先を眺める。そこには普通の旅客機とは全く異なる機体があった。
それはひどく美しく、なめらかな形状をしていた。双尾翼には「ANA」のロゴも見えた。先人たちがこの機体のご先祖様に「しらとり」という名前をつけたのもよくわかる。
「そうだね。後三時間もすれば西海岸だよ」
「すごい時代だね」
「そう言ってもらえれば、奮発した甲斐もあるってもんだ」
僕らが乗る機体は、北崎重工が開発した超音速旅客機だ。超音速なら「コンコルド」という先例があるけれども、あれはある意味亜音速ジェット機の延長線上の機体だ。今回乗る機体はむしろ宇宙船のダウングレード版、といえる機体だ。
北崎重工は一九九五年に宇宙往還機を実用飛行させて以来、さらなる利益を求めて商業航空産業に乗り出した。
マッハは10程度、当初は成田~シアトルを二時間で結ぶという計画をぶち上げた。事前に調べた情報によると、マッハ6まではターボジェット、そこから先はスクラムジェットになるらしい。
機体は厚めの主翼に細長い機体を組み合わせている。窓は、小さくて無いのとあんまり変わらないようだ。当初は窓無しでの設計案もあったみたいなのだけど、それでは旅客機としていかがなものか、という意見もでたらしい。窓を付けるだけで熱や強度の問題が大変だったらしいのだけど、そのあたりはプロジェクトXにもできるくらいの企業努力があったみたいだ。で、妥協点としてトランプのカードくらいの窓ができた、という訳。
SSTの就航に合わせて空港側の改修工事もしたそうだ。従来の技術体系とは異なる機体の投入だから、まぁ、当然なんだけど、水素燃料の補給施設、それに伴う冷却施設、安全施設その他……改修には莫大な費用が掛かったのだけど、北崎はその大部分を負担したそうだ。彼らは、創業者の気質をそのまま受け継いでいるのか、そういう初期投資は惜しまない気質らしい。
かくして当初、成田とシアトルにSST用の施設を建造して、運行が始まった。
今では千歳空港や関西空港、合衆国ならロサンゼルスや東海岸、英国のヒースロー空港やフランスのシャルル・ド・ゴール空港にも同様の施設を備えている。
北崎にしてみれば独占事業に近いからホクホクだろう。
最近はイーロンなんちゃらさんもこの事業に参画しているみたいだけど。
・・・
定刻になったようだ。僕は彼女の手を引いて機内に乗り込んだ。乗務員が愛想よくお辞儀をしてくれた。今回、せっかくのSSTなのでファーストクラスを選択した。機内に入り、間もなく席へと到着した。彼女がぼやくのが聞こえてきた。
「窓、小さいのね」
僕は先ほどの理由を口にした。彼女は理解したものの、どこか残念そうだった。
「仕方がないよ。まぁ、ちょっとの我慢だね」
・・・
離陸の時間となった。ターボジェットがうなる。誘導路を経て滑走路に進入した機体はおもむろに加速を始めた。
4000メートルの滑走路を目一杯使って宙に浮いた。太平洋に出ると、機体はガンガン加速を始めた。いつの間に音速を超えたのか、どこからスクラムジェットに切り替わったのかがまるでわからなかった。
・・・
好きな動画を見つけられず、むくれる彼女に話しかけた。
「外、見える?」
「少しだけね……あら、真っ暗……もう夜になったのかしら?」
「それもあるけど、今高度50000メートルだからね」
「そんなに高いところを飛んでるの?」
「衝撃波の問題もあるし。まぁ、流行りの言葉でいうと
「へぇ」
・・・
いつの間にかふたりでうたた寝をしている間に、SSTは現地に近づいたようだ。
「機体は間もなくロサンゼルス空港に到着します。現地の天候は晴れ、気温は摂氏22度、最高気温は25度の予報です──」
乗務員のアナウンスを聞きながら彼女が応えた。
「随分涼しいのね」
「日本が異常なんだよ。この時期に35度超えなんて、令和ちゃんもちゃんと仕事して欲しいよ」
「ふふっ」
間もなく機体が滑走路にさしかかった。SSTの特性故に、タイヤが地面についてもダラダラと走り続けていた。どうやら端から端まで目一杯使って着陸をしたようだ。
出発したのが日本時間の17時、今は現地時間の5時だった。今更ながら、SSTの威力に驚かされる。まぁそれはさておき、今は現地時間9月19日。ここからは国内線に乗り換えなくてはならない。試合会場のマイアミまで、後5時間だ。
「国内線の方が時間かかるのね」
僕は難しい顔をした。
「陸地だと音速は超えにくいからね。そうだな……新幹線と在来線みたいなものだね」
彼女はふーっとため息をついた。
「あなたらしい例えね。まぁいいわ。機内でゆっくり寝てましょう」
「そうだね」
北米大陸をまたぐフライトで、僕らは時差ぼけの修正を兼ねてほぼ寝て過ごした。マイアミ空港に着いたのは、現地時間で正午前くらいだった。お目当ての試合は16時40分からだ。
手続きを終え、僕と彼女は荷物を受け取った。鞄をゴロゴロ言わせながら彼女は尋ねた。
「ねぇ、試合までどうする?」
「そうだなぁ、とりあえずホテルに荷物を放り込んで一休みしたいなぁ」
「ふふ、そうね、一休みしなきゃね」
マイアミの解放感にほだされた彼女の口調には、どこか別の期待が見え隠れしていた。男ならば期待に応えなくてはなるまい。僕は彼女の腰に手を回して応えた。
「存分に一休みをしたならば──」
彼女がくっついてきた。胸が脇に当たる。
「──存分に試合を堪能しようじゃないか」
「楽しみね」
・・・
ホテルで存分に〝一休み〟をした僕らは、ホテルでちょっと遅めのご飯を食べてからスタジアムに向かった。今日の試合はドジャース対マーリンズだ。今日は〝彼〟がどんな活躍をするのかが楽しみだ。
「オオタニ-サン、記録更新するかな?」
「どうかな、そうポンポンホームランがでることもないんじゃない」
「そんなものかなぁ、わたしは期待しているよ」
「まぁなんせオオタニ-サンだもんね」
その日、僕らはスタジアムで彼の三連打──シーズン51本目のホームランを目撃することになった。