二〇二五年一月一一日
東武鉄道足利市駅ホーム 栃木県
「寒~い!」
いつもの様に、第一声は彼女からだった。
昼過ぎに東武特急「リバティりょうもう」号を降りた僕たちは、はるか日光連山から吹き降ろす空っ風に晒されていた。
天候は快晴そのものだけど、そのせいなのか湿度は低く、空気はかなり乾燥していた。彼女はお気に入りのベレー帽が飛ばないように鞄にしまうと、黒い立体マスクを捲ってリップクリームを唇に塗り直していた。
ちなみに今回の彼女のいで立ちは、スキニージーンズに縦セーター、その上にベージュのトレンチコートを羽織っている。ピンクのマフラーがチャームポイントなのかもしれない。
僕は長袖の上にジャケットを重ね、下はジーンズを合わせていた。寒さしのぎにはオリーブグリーンのモッズコートを着ている。
僕は北海道出身のため、周囲からは寒さに強いと思われている。でもそれは関東人の思い過ごしだ。雪が降ってしまえば、たとえ気温が氷点下でもそれほど寒くは感じない。かえって、都会のビル風や今浴びている空っ風の方がよほど寒く感じる。
僕たちは北千住駅から特急に乗った。当然のことながら、車窓から見える風景は、ビルと高架の組み合わせだった。その内視界がだんだんと開けてゆき、雪に抱かれた山々が目を楽しませてくれた。そうこうしているうちに足利市駅へとたどり着いた。
「ねぇ」
「なに?」
彼女の口元は見えないけれど、目元はどこかニヤニヤとしていた。
「なんか、嬉しそうね」
「うん。雪が見えるからね」
彼女は山々に降り積もった雪を見渡して肩をすくめた。
「見てるだけで寒くなるね。……利根川を渡った辺りかしら、山と畑ばかりの風景になってから、随分と機嫌がいい様子だったもの。あなたはこれが見たかったの?」
「うん。なんだろう、都会にいると、中々冬になった実感が湧かないんだ。こうして雪を見ると、冬が来たんだなぁって実感が湧くよ」
確かに関東の冬は、北海道にはない寒さを感じる。でも雪を眺めている今は、その寒さがとても心地よかった。
「いつも不思議に思うんだけど」
「なんだろう?」
「あなた、その割には中々実家に帰らないのね」
すぐには返事をしなかった。
「……盆と暮れはコミケに集中しているからね。それにこういう時期は旅費が高いし」
「ふーん。でももう何年も帰ってないでしょ」
「……そうだね」
僕の顔を覗きこむように喋っていた彼女は、少し考えこんだ後で尋ねてきた。
「ねぇ」
「うん」
「いつか、わたしも連れてってよ」
僕も少し考える。
「……そうだね」
・・・
僕らは駅を出て北口のロータリーを見渡した。バスとタクシーが佇んでいるのが見えたけど、バスは行き先がイマイチわからないし、タクシーは〝使うまでもないかな〟と考えていた。
「ホテルまで歩いてもいいかな?」
彼女は僕が冬用にと一緒に選んだブーツをつま先でトントンと叩くと、笑顔で応えてくれた。
「いいよ」
「10分くらいの距離だから」
僕らは渡良瀬川に架かる橋を歩いた。何日か前にこの辺りにも雪が降ったらしいのだけど、今はすっかり溶けてなくなっていた。
僕は自分の鞄を担ぎ、彼女のキャリーバックを転がして、ヒイフウと歩いていた。
トコトコと先に歩いていた彼女は、橋の真ん中で欄干越しに川を眺めていた。ようやく追いついた僕にクルリと振り返る。
「あの歌で有名な渡良瀬川ね」
「うん、そう。明日、その歌の舞台になった渡良瀬橋に行ってみよう」
「楽しみね」
・・・
ほどなくして見えてきたのは、築50年は経っただろうか、ややクラシカルなビジネスホテルだった。普段なら東横インのようなホテルを利用することが多いのだけど、ここを選んだのには理由があった。
看板を見つけた彼女が呼びかけてきた。
「ここが『ホテル高雄』なのね」
「そう、なんでも創業者さんが重巡洋艦〈高雄〉に乗り組んでいたんだって。戦後、功成り実業家になって、自分のホテルを建てたときに、青春を捧げたフネの名前を付けたそうだよ」
「ふーん」
「戦後、〈高雄〉がひらがなの〈たかお〉になってからも何かと縁があったみたいなんだけど、詳しくはわからなかった。ただ、ヴェトナム戦後、彼女の名誉回復のために奔走したとかなんとか」
「あぁ、前にあなた言っていたわね。わたしが〈高雄〉のコスプレをしていたから、由来とかなんとか色々」
僕は頭を掻いた。
「今考えると恥ずかしい思い出だよ。まだそんな君と親しくなかったのに、あんなに熱弁をかましてしまって……」
彼女は嫌味のない笑顔で応えた。
「ううん、そんなことないよ。かえって勉強になったわ」
「そっか……ありがと」
自動ドアをくぐるとまず、ロビーの巨大な〈高雄〉の写真が、僕らを出迎えてくれた。
「さすが、ホテル高雄」
「ほんとね」
フロントで来訪を告げると、チェックインにはまだ早いとのことだった。僕らは時間まで街を散策するので、荷物を預かって欲しいと要望した。フロントの女将さん(でいいのかな?)は、「楽しんできてね」と笑顔で了承してくれた。
・・・
身軽になった僕らは足利市内を歩いた。
JR足利駅前の大通りはそれなりに活気はあるものの、やはりどこか、地方都市特有のうら淋しさも感じさせた。
「なんか、半分くらいシャッターが閉まってるね」
「……うん」
僕は故郷の函館の現状を思い出していた。
ほどなくして足利学校に着いた。ここは「日本最古の学校」と呼ばれるところだ。儒教を基盤に教育をおこなっていたらしい、雰囲気は学校というより、どちらかと言えばお寺のそれだった。
僕らは一通り見学して、本堂の様なところの縁側でくつろいでいた。少し肌寒かったものの、ここで胡坐を組んでいると妙に落ち着く。
横に座った彼女が話しかけてきた。
「なんかまるで、修行中のお坊さんみたいね」
「座禅は組んだことないけれどね」
僕は胡坐を解いて、縁側の淵で足をブラブラさせた。
「北海道にはこういう縁側はないからね。なんかこう、憧れるよ」
「ふーん、そういうものなんだ。わたしには当たり前に存在していたから、『寒いだけじゃん』としか思えないけどねぇ」
「まぁ、そういうものなんじゃない。僕にとって縁側は、アニメの中でだけ存在するシチュエーションだったからね。実際にこうして、体験できるのが最高だよ」
「ふふん」
彼女は僕の肩に頭を預けて言った。
「今度またわたしの実家においでよ。縁側でゆっくりさせてあげる」
「ありがと」
・・・
チェックインの時間になったので、ホテルに戻って部屋を確保した。窓からは足利市街が眺望できた。
「ここからも山がみえるね」
「そうだね。普段東京に居ると中々見られないから、いい気晴らしになるよ」
彼女は小首を傾げた。
「都会は苦手?」
「ううん、どうかなぁ。もう15年近く東京に住んでいるけれど、どうもまだ慣れていないような気がする。最近は特に……」
「ふふ、一度実家に帰省すればいいのに」
「そうだなぁ」
〝もう6年くらい帰っていないな……〟
僕のどこか煮え切らない感情を読んだのだろう。
「まぁ、焦らなくていいんじゃない。ご両親はお元気なのでしょ」
「うん」
「……いつか」
「うん?」
「……ううん、その内、連れて行ってね」
・・・
JRの時刻表を見ると頃合いだったので、僕らは再び外出した。JR足利駅で電車に乗り、一駅となりの駅へと向かった。駅名はズバリ「あしかがフラワーパーク」だ。
一面一線のホームを降りると、早速公園内のイルミネーションが輝いているのが見えた。
「わぁ、綺麗……」
「ここからでもすごいねぇ」
5分ほど歩いて入場口に着いた。やはり家族連れやカップルが多いようだ。
園内はイルミネーションで埋め尽くされていた。ここまで装飾するのは大変だろうと考えていると、彼女も同じことを思っていたらしい。
「職人さんに感謝だね」
「そうだね」
僕が一番印象に残ったのは、藤棚に設けられた装飾だった。棚から降りるイルミネーションは時間で様々に色合いが変わり、そのたびに彼女の横顔を美しく照らし出していた。
僕は携帯のカメラで、何枚も彼女を撮った。
3時間ほど滞在し、足利駅まで戻った。
・・・
少し呑みたい気分だったので、携帯で近くの酒場を探した。一番手頃そうなのがホテル近くのスナックだったので、そこへ向かうことにした。
黒い扉を開けると、こじんまりとしたカウンターにボックス席が4つほど見えた。まもなく年かさのママが出迎えてくれた。ボックス席はすでに埋まっていたので、僕らはカウンターに案内された。
「お客さん、足利には観光でいらしたの?」
カウンター越しに対面する形となった僕らは、おしぼりと受け取るとママから尋ねられた。
「えぇ。そこのホテルに泊まります」
彼女も参戦した。
「さっきあしかがフラワーパークに行ってきたんです。とてもきれいでした」
ママは目を細め、満足そうにうなずいた。
「それはよかった。今は空気も澄んでるし、一番綺麗に観られる時期かもね」
僕はウィスキーのロック、ママと彼女はウーロンハイを選んだ。
ママが音頭をとった。
「乾杯」
グラスを傾け、一口含む。氷で多少薄められたとは言え、ウィスキーの強い風味が喉を焼いた。
ママが他のお客さんに呼ばれて対応しに向かったので、僕は彼女とふたりで呑むことになった。
「ねぇ」
「なに?」
「あなた、こういうお店にも来ることあるのね」
「滅多に機会はないけれどね」
「もっと派手なお店には行かないの?」
彼女の口調にはどこか、僕を試す要素が見え隠れしていた。
「昔、先輩に連れられて派手な……あんまり君に言えないようなお店にも行ったことがあるけれども、どうも僕には合わなかった。独り身の時にあれこれお店を試してみたけれども、どうやらこのくらいのお店が一番落ち着くんだ」
「ふーん」
「君こそ仕事の付き合いで呑む機会とか多いんじゃない?」
「そうねぇ、でもなるべく断っているわ」
「? どうして?」
「あなたと一緒に居たいから」
思わず赤面してしまった。
「まぁ、理由の半分なんだけれどね」
「そう、なんだ」
「わたし、あんまりお酒強くないし。……二十歳になったときに、父がこういうお店に連れて行ってくれたの」
〝あの厳格そうなお父さんか……〟
「あの時は記憶が飛ぶほどお酒が入っちゃって大変だったわ。そうしたらね、父が言ったの『これで自分の限界がわかっただろう。これからどんな相手と呑む機会があるかわからない。だから、自分の足るを知らないといけない。だからあえて、潰れるまで呑ませた』ですって」
「いいお父さんだね」
「おかげ様で。今のところは危険な目には遭ってないわね」
少し聞いてみたい事があった。
「僕はどうなんだろうか」
ウーロンハイで少し酔いが回ったのだろうか、彼女はしなだれかかるように耳元でささやいた。
「困ったことにね、あなたが一番人畜無害そうなようで、実際には一番ハマっちゃったわ」
どう反応したらよいのだろう? 喜ぶべきなのだろうか。
「あらあら、仲がいいわね」
僕が反応する前にママが戻ってきた。話の種にするつもりなのか、僕らが普段なにをしているのか尋ねてきた。僕らは今の仕事について答えた。彼女が今のプロジェクトについて話すと、ママが食いついてきた。
「ここと違って、東京は次々に開発が進むわね。だけどね、半分忘れられたようなところだけど、ここもなにか、将来的に変わりそうなのよ」
「そうなんですか」
「首都移転計画って話があるじゃない」
「はい」
「どうやら、この地域も候補に挙がっているのよね」
「へぇ」
首都機能移転計画。
話だけは僕も以前から耳にしてはいた。過密化した東京の機能を分散させるため、行政府や霞が関を北関東に移転しようとするプロジェクトだ。
確かに彼女が関わっている「バビロン・プロジェクト」で一定の緩和が図られるかもしれないけれど、続々と流入する地方からの移住や海外の移民で、早晩、東京は飽和するだろう。ならば、官僚組織だけでも移転させる必要がある。
「まだ本決まりにはなっていないのだけど、ここに決まれば私のお店も潤うかな?」
彼女が応えた。
「そうですね。インフラ整備とかなんとかで開発が進めば、この辺りの人口も増えるかもしれませんね」
二〇三〇年代の第一期完成を目指す首都機能移転は、国会で最終的な議論を迎えていた。それから大車輪で計画を進めるとしても、高々十数年では最低限の機能が手一杯だろう。
そうだとしても、まずは地権者から土地の取得をしなくてはいけないし、首都の機能を果たすためには建物だけがあるだけでは意味がない。道路や鉄道も敷く必要があるし、上下水道や電力網の構築も勿論だ。
なんとなれば街をひとつでっちあげるのだから、莫大なヒトとモノとカネが必要となる。
仮に、新首都の完成に長い年月が必要だとしても、飯場の需要だけで、周辺の街は潤うことになるだろう。
ママと彼女は、街の将来について肯定的に話を続けていた。それを横で聞きながら、僕は物思いに耽っていた。
〝ここも、都会と同じようになってしまうのかな……〟
そんな僕の横顔を見たのだろうか、彼女はママに拗ねてみせていた。
「このひとね、もう3年ちかく一緒に住んでいるのに、中々わたしを実家に連れて行こうとしないの」
「あらあら」
ママは微笑んでいた。
「もう何年お付き合いしているの?」
僕はどこかむずがゆい感覚を覚えた。
「……5・6年くらいかな」
グラスの氷がカランと鳴る。
「ふふ、そうね、じゃぁ、後は彼氏さんの決断次第かしら」
〝決断……そうだな、そろそろ、……なぁ〟
グラスのウィスキーを呷ると、僕はママと彼女におずおずと尋ねた。
「……もう一杯もらっていい?」
その晩は少し酒が過ぎたらしい。ホテルに戻るなり、すぐにベッドに入った。
頭の中ではいろんな単語がグルグルしていた。
〝そろそろ、なんだよなぁ、なにもかも。何が僕を引き留めているのだろう?〟
まもなく彼女も横に入ってきた。背中越しにピッタリとくっついてきたのがわかった。色々期待しているのだろうなと思ったが、まもなく意識が遠くなった。
・・・
翌朝、目覚めるとシャワー音が聞こえてきた。彼女は先に起きていたようだ。
しばらくテレビを観て過ごしたが、そのうち彼女が上がった。
「おはよ」
「おはよう」
「あなたもシャワー浴びたら?」
「そうするよ」
シャワーを浴びて着替えると、僕らは一階のレストランに向かった。
レストランに入ると、オーナー自ら朝ごはんの支度をしていた。すでに他のお客さんも何人か居るようだ。
オーナーは僕らに気づくと挨拶をした。
「おはようございます」
丁寧でありながら、どこかざっくばらんな感じが家族的で心地よい。
「おはようございます」
「おはようございます」
朝ごはんのチケットを受け取りながら、オーナーが尋ねた。
「よく眠れましたか?」
彼女が応えた。
「えぇ、ぐっすり」
「それはよかった。今支度しますので、適当なテーブルへどうぞ」
ホテル高雄の朝ごはんは、量が多くて美味しいとの評判だったが、噂に違わぬボリュームだった。
「美味しいね」
「うん」
一通り食べ終え、コーヒーを頂いた。コーヒーカップを包み込むように抱えた彼女が尋ねる。
「で、提督。今日はどのような作戦で?」
「うん。市内を散策しようと思ってる。どこも歩いていける範囲だから」
「了解」
・・・
ホテルから歩いて30分ほどで、最初の目的地・足柄織姫神社のたもとに着いた。ここから本殿へ行くにはつづら折りの石段を昇る必要がある。
結構賑わっている様子だ。よく見ると、子供たちが石段を駆け降り、とたんに駆け上がって行った。遊びなのか運動なのかわからないけど、元気一杯なものだ。
僕らも昇り始めた。中間地点で早くも僕はヒイフウ言っていた。
彼女は「仕方がないなぁ」と笑い、僕の手を取る。
「もう少しだよ。ガンバガンバ」
5分もかかっただろうか、体感的には倍くらいに感じたが、ようやく、頂上の本殿に着いた。
朱色の柱に白い壁、浅緑色の屋根が調和して美しい。空気は相変わらず冷たいが、散々歩いた後だったので、却ってその冷気が気持ちよかった。
息を整えて振り返ると、足利市が一望できた。遠くの山々と街の風景が混ざりあい、やはりここも、僕の故郷を思わせる懐かしさが先に立つ。
携帯をタップしていた彼女が話しかけてきた。
「ここ、縁結びの神さまなのね。『織姫神社』って名乗るだけあるわね」
「あぁ、そうなんだ。そこまでは調べてなかったなぁ」
「わたしたちも」
「うん」
「末永く結ばれるように」
「うん」
休憩とちょっと早いお昼を兼ねて、参道を降りる手前にあった蕎麦屋さんへ寄る。僕らは名物(であろう)縁結びそばをいただいた。
・・・
その後は適当に市内を回った。たまたま見かけた本屋さんでは、足利市の郷土の短編小説を見つけたりして、まぁまぁ楽しく過ごせた。
15時頃に喫茶店で一服し、この日のメインへと向かった。
・・・
渡良瀬橋に着いたのは16時過ぎだった。街と川は夕暮れに染まりつつあった。
橋の真ん中、欄干に体重を預ける。川は東西に街を貫き、遠くの山々も茜色に輝いていた。
もはや、余計な感想はいらなかった。ふたりでしばらく、その風景を眺め続けていた。
〝日が暮れる前に……〟
僕は携帯にイヤホンを繋ぎ、片方を彼女に渡す。そうしてふたりで片耳ずつ付けた。携帯をタップして動画サイトを開く。聴いたのは勿論、あの名曲だ。
歌が一巡りした。
陽は暮れかけており、冷気も濃くなってきた。若干風も強くなってきたような気がする。
「ねぇ」
「うん」
「歌詞のなかでは故郷に残る彼女と大都市に戻る彼氏って内容じゃない」
「うん」
「どちらかと言えば、わたしたちは逆だと思うのよね」
「……うん」
「でもね」
彼女は自分のマフラーを僕にも巻いてくれた。自然と寄り添う形になる。
「答えなんてすぐに出さなくていい。でももし、あなたが故郷に戻りたいのなら、わたしも一緒に行くわ」
僕の内心は揺れ動いていた。「仕事は?」「君のご両親は?」などなど、様々に思いつくけれど、どうしても口にすることができない。
そもそも「答え、答えってなに? やっぱりあの事かな?」なんてグルグルしていた。
多分、自分の中でも自分の事が処理しきれていないのだろう。
数舜迷ったあげく、出てきた言葉はこれだけだった。
「……うん」
陽はとっぷりと暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。
「もうここは寒い。そろそろホテルに戻ろう」
彼女がくっついてきた。
「そうね」
ホテルの部屋に戻るなり、僕らはさんざん交わった。
・・・
事後、ふたりでシャワーを浴びてリラックスしていた。彼女は少し乱れたベッドの淵で足を投げ出すように座っていた。
「お腹すいちゃったね。こんな時間だし、コンビニにでも行く?」
「うーん、そうだなぁ。昨日のスナックでもいい? 少し呑みたい。おつまみくらいならあるだろうし」
「ふふん、いいわよ」
行ってみるとお客さんが一巡したのか、昨日よりも空いていた。僕らはまたカウンターを使わせてもらった。
「今夜は冷えるわね。さ、これで温まって」
ママの出したお通しはおでんだった。
「わぁ、お腹ペコペコだったんです」
「いただきます」
ママは「昨日と同じでいい?」と尋ねながら、すでにグラスを用意していた。
ママが僕らの表情を眺めて微笑んだ。
「あらあら、ふふ、少しは進展があったみたいね」
僕らはふたりして赤面していた。
・・・
あくる日。ホテルを後にした僕らは、再び、足利市駅にいた。
ホームからの眺めは、来た時と同じだった。
雪を戴いた山々を見ながら思う。
〝きっと、今のままでは帰れない、帰らない。
だけど、なにがどうなったら帰るのだろう。
……わからない、わからない〟
拳を握りしめた。
〝だけど、きっと……〟
「なぁ」
「うん」
「いつか」
「うん」
「ちゃんと答を出すから。少しの間、待ってほしい」
「……うん」
やがて、帰りの東武特急がホームに滑り込んできた。
僕らは日常の待つ都会へと戻った。