「鷺澤さんまだまだね」
「佐藤さん強すぎるよー!」
翌日、振替休日の午後。場所を変えたゲームセンターで有里栖はゲームの筐体にうなだれていた。佐藤さんと十戦して一勝もできない。彼女は想像以上に手強い。何だか戦いを重ねるたびに強くなってるような……有里栖もそれは同様なのだが、客観的な事実でゲーム腕前は佐藤さんの方が確実に上なのだ。
「うう、負けてばかりじゃ面白くないよ……」
有里栖のモチベーションが下がってる。いくら俺や仲間が期待してるからと言って敗北続きでは有里栖はゲームを楽しく続けらない。一度も有里栖が筐体から目を背けないだけでも立派だ。俺がなんとかしないと。何か有里栖が続けられるモチベーションがあれば……見慣れないゲームセンター内を見渡すが、子供が妙に多いこと以外は前のゲームセンターと変わりはない。
「あーワンダーランドのお姉ちゃんだー」
「え、えと……君はどうしたの?」
たった今までゲームをしていた小学生低学年くらいの男の子。その子が有里栖に気がつくと、キャッキャと近づいてきた。有里栖はゲームを中断し相手をする。
「僕、お姉ちゃんのこと、ワンダーランドに行ってからずっと気になってたんです!」
「え、それって……」
「僕と付き合って下さい。幸せにしてみせます!」
「ええええええ!」
有里栖は柄にもなく叫んだ。ゲームセンターで突然年下の男の子から告白されたから、無理もない。最近の子どもはませてるな。というかワンダーランドお姉ちゃんって完全にワンダーランドのAIのアリスと間違えられてるな。だが俺が口を出すこともなく、有里栖は咳払いしながらその男の子に目線合わせ、ちゃんと答えた。
「えーとね、君の気持ちは真剣だと伝わったよ。でもごめんね。既に私には大事な人がいるの」
有里栖の言葉に男の子はしゅんと落ち込む。どうやら聞き分けのいい子のようだ。
「だから私が君を好きになることはないんだよ。でもね、真正面で告白できる勇気がある君は、もっと素敵な人が現れるよ。その時までに、君のその純粋な気持ちは温めておいて。ね?」
「……うん。ありがとう。ワンダーランドのお姉ちゃん」
有里栖の諭しに、笑顔で頷く男の子。ふと俺へ視線を向けてくる。
「お姉ちゃんの彼氏ってあの人?」
「ふえ……う、うん」
不意な質問にやや恥ずかしげに頷く有里栖。素直で可愛い彼女だな。本当に。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのことは大事にしないとだめだよ?」
「ああ、言われなくても有里栖のことは大事にしてるさ」
「一澄……」
有里栖に隣り合うと右肩に手を置いて俺は答える。
「エッチばかりしてお姉ちゃんを困らせてもだめだからね?」
「エッ……って一澄はそんなにしてないよ! 大丈夫だからね!」
有里栖は小声で昨晩は激しかったけど、と俺にだけ聞こえる声量で呟く。心臓に悪いからそんなこと、ここで呟かないでくれ。
「そもそもエッチなんて単語どこで知った?」
「うちのお兄ちゃんだよ。好きな女は毎晩抱くもんだって」
言動がどこか子どもらしくないと思ったら、そんな兄がいたら無理もなかったようだ。呆れる。背後から子どもの友人らしき子が呼ぶ声がする。
「あ、友達が呼んでる。じゃあね、お姉ちゃんお兄ちゃん」
「あ、うんバイバイ」
「またな」
手を振って見送る有里栖。それにしてもエッチか、俺の中で名案が浮かぶ。
「そうだ。有里栖、レース三回につきキス一回はどうだ? 何の褒美もなく、勝てない勝負を続けるのは苦痛だろう?」
「ご褒美にキスしてくれるの? それならもっと頑張れるかも……もし私が佐藤さんに勝ったら?」
「その時はもっと有里栖が気持ち良くなれる事をする」
「気持ち良くなれるって……一澄のえっち」
俺の意味深は発言に対して、ジト目を返してくる有里栖。頬が若干赤い。
「有里栖は何を考えてるんだ? 俺は有里栖に何か美味しいものでも食べてもらって、気持ち良くなって欲しいだけだぞ」
「え? そ、そうなの……もー紛らわしいよ! 一澄の馬鹿馬鹿!」
有里栖がぷんすか怒って、筐体に戻る。むっとした有里栖も可愛らしい。
「お待たせ、佐藤さん席空けてごめんね」
「それは良いですが、先程の子は……」
佐藤さんがさっきまで子どもがいた場所を見つめる。
「佐藤さんの知り合い?」
「ええ、どこかで見かけたような……まあ気のせいでしょう。休憩を挟みましたしまた一戦しますか?」
「うん、よろしくね」
有里栖と佐藤さんは再び画面上の戦いへ。またしても有里栖が敗北。
「うーん、惜しいなあ」
「ええ、今までと違って今の鷺澤さんは冷静でしたね」
そう、今までの対戦と違って有里栖にはどこか余裕があった。一旦、色々な会話を通して感情を出させたのが、逆に肩の力を抜けて良かったのかもしれない。
「ああ、佐藤さんの言う通り、今の有里栖の戦い方は一番良かった」
「特に張り切ったわけじゃないんだけど……そっか、えへへ」
有里栖は複雑そうだったが、やがて自分の中で納得し嬉しそうに笑う。
「無理に力んでも結果は出ないってことじゃないか?」
「わかった。落ち着いてプレイしてみるね」
俺の言葉に従って、有里栖と佐藤さんは再度対戦。しかし今回は惨敗。
「うう……なんでえ……」
「自分で落ち着くように意識したからだろうな。難しいな」
俺が余計なこと言わなければ良かったか、有里栖のゲーム上達への道はまだまだ遠い。
「佐藤さん本当隙ないよねー」
翌日の放課後。鳳城はまだ体調が戻りきらず、また佐藤さんと練習試合をする。俺を含んだ試合も含めて。相変わらず、彼女相手に負け星を積み重ねる有里栖。だが敗北に慣れたのか、それほど落ち込まずにプレイできるようになった。
「ワタクシ、ゲームは得意ですからね。鷺澤さんもだいぶ腕を上げていますよ?」
「そうだと良いんだけどね……勝ち試合は一澄を含んだ混戦しかないし。何気に一澄は佐藤さんに何回か勝ってるんだよね。すごいよ」
「彼氏の面目を保ちたいから意地になっただけだ。タイマン勝負だったら二人には勝てないな」
「どうだろう……私より一澄の方がセンスあるような気がするんだよね。たまにはさ私と一対一でやってみない?」
有里栖がそんな提案をしてくる。だが今は断らないといけない。
「いや俺はアイテムに頼ったプレイしかできないし、恥かきたくないからパスだ」
「一澄がそう言うなら……無理言ってごめんね。一緒にいてくれるだけで良いよ」
「ああ、悪いな」
そんな俺に佐藤さんは訝しげに視線を浴びせていた。まずいな。話題変えないと。
「そういえば佐藤さんの彼氏は一緒にいないが良いのか?」
初日のあのラブラブっぷりが嘘だと思えるくらい姿を現さない田中君。
「彼は忙しいのですよ。ちゃんと自宅では構ってもらってるので、ご心配なさらないで」
「というかこんなに有里栖に付き合ってもらって良いのか? もし白河が無理を言ってるなら……」
「無問題です。白河さんには彼と引き合わせてもらって感謝しています。きっと今が恩の返し時なのでしょう」
「佐藤さんは、ひよりんに恋愛相談して田中君と付き合うことになったんだね?」
「ええ、長年片思いでしたが全ては白河さんのおかげです……本当に」
そう語る佐藤さんの横顔はどこか穏やかなものだった。
「やっぱりひよりんはすごいよね。佐藤さんたちや多くの人たちの恋を成就させたんだから。何だか友達として誇らしい」
「ああ、並大抵の人間にはできないな」
白河の日々の行動力。人望は本物だ。性格がいまいち掴みどころはないがそこを含めて、皆から白河は愛されてる。
「一澄、ひよりんは魅力的だけど、好きになっちゃだめだからね?」
俺の呟きを不安を感じたのか、そっと俺の袖を掴んだ有里栖。表情がやや暗い。
「女の子は有里栖しか興味がないから心配ない」
「……うん」
頷いて嬉しそうに笑う有里栖。ふと頬に柔らかい感触がした。有里栖にキスされたらしい。
「えへへ、しちゃった」
「……不意打ちは卑怯だぞ」
「一澄、顔真っ赤ー」
「有里栖こそ顔真っ赤じゃないか」
「そう? そうかな?」
キスして気持ちが高ぶったのか有里栖はすこぶるご機嫌だ。かく言う俺もそうだが。すぐ側の義妹を見るまでは。
「こんな大衆で恥ずかしくないんですかね……このバカップルは」
「幸せすぎて周囲が見えていないようですね。微笑ましい限りです」
佐藤さんの横には呆れ返る二乃がいた。げっ、今の一部始終見られたのか?
「せっかく有里栖さんにそら姉から差し入れを持ってきたのに……不要でしたかね?」
「いる! いります! 絶対いります!」
「逢見先輩の手作りお菓子をわざわざ持ってきてくれるなんて、ありがとう二乃ちゃん!」
有里栖は羞恥心よりもお菓子に対する関心の方が遥かに高かく、大喜び。二乃に体ごと食いつく。二乃がやや引き気味。
「有里栖さんそんなに引っ付かなくてもお菓子は逃げませんから、落ち着いて下さい」
「あ、ごめんね。つい……」
有里栖が一歩だけ距離を取る。キラキラした目つきで手を出したままで。二乃は相変わらずですねと呟きながらお菓子は差し出す。小さなクッキーだ。
「佐藤さんも良ければどうぞー逢見先輩のお菓子はとっても美味しいんだよ」
「ではお言葉に甘えていただきます」
俺も二乃からクッキー分けてもらう。うん、こんな素朴なものにも美味しさがぎっしり詰まってる。程よく甘くて食べやすい。気をつけないといくらでも食えそうだな。
「兄さん、お菓子に彼女を取られた気分はどうですか?」
「どうって……有里栖可愛いな」
クッキーを頬張る有里栖は無邪気で可愛い。ずっと見ていたいくらいだ。二乃は呆れて言い返しすらしない。
「さあ休憩はここまでにして、食べたカロリー分はしっかり練習をしましょう」
「うん、今なら何でもできそうな気分だよ!」
小休憩が終わり、再び練習へ。クッキーを摘んで上機嫌な有里栖は鼻歌交じりにゲームをプレイ。すいすいとゲーム内のレースが進行する。
「今の鷺澤さんプレイに切れがあるわね……」
「お菓子の力は偉大だよー」
初戦は中々の好勝負を繰り広げた。ここまで有里栖が善戦してるのは先日以来だ。とはいえまだ勝てないが。だが二戦以降はその調子は長続きしない。
「どうしてだろう……お菓子食べた直後はあんなに調子が良かったのに」
首を傾げる有里栖。その後は何回やっても普段通り有里栖が押し負ける展開が続き、練習を終えた。
数日後、鳳城が体調不良から復活した。ちょうど佐藤さんが来られない日だったのでタイミングが良い。
「鷺澤さんどれくらい腕を上げたか……確かめさせてもらいますよ」
「うん、よろしくお願いします。師匠」
有里栖と鳳城の一対一のガチンコ勝負。両者ともにスタートダッシュを切った。しばらく両カートが並走する展開に。
「……やりますね。こちらのアイテムにびびってカーブを大回りしたりしない。経験者との特訓で操作技術がだいぶ鍛えられたようですね?」
「佐藤さんたちと相当数レースしたからね。一対一で引いたら差をつけられて負けだって。そんなわけだから思いっきり行くよー」
ばちばちに機体同士がぶつかり合い、両者一歩も引かない。有里栖と鳳城の操作技術は互角だ。この後、アイテムを上手くぶつけようと駆け引きが行われるが、どちらも回避、発射、回避を繰り返し、完全に膠着状態になる。状況が動いたのは三周目終盤。
「鷺澤さんそろそろ終わりにしますよ」
鳳城がそう言いながら、アイテムである、甲羅を壁に向けて発射する。追尾用の甲羅と違ってこちらは壁にぶつかると反射するタイプだ。当然、有里栖は警戒してすぐに回避、近くのアイテムを取る。しかし鳳城は有里栖の回避地点を先読みしたように、入手したばかりのアイテムを有里栖に仕掛ける。
「きゃ!」
「もらいました!」
「くっ……」
スリップからすぐに立ち直る有里栖だったが、一回のミスは終盤から取り返すことはできない。勝負は鳳城勝利に決まってしまう。復帰直後とは思えない、鳳城の勝負の決め方に有里栖や俺は言葉を失っていた。
「師匠……」
「鷺澤さんあなたは相当成長しました。私に奥の手を使わせるとは……一週間も経たずでここまで上達したのは純粋に誇っていいですよ」
「あ、ありがとう」
真っ直ぐに手を突き出してきた鳳城。有里栖は慌てて応じる。やり続けた努力が認めれもらえたのだ。嬉しくないわけがない。実際に頬が緩ませてる。それに気がついた鳳城がむっとする。
「鷺澤さんまだ浮かれるのは早いですよ。杉並さんは私以上に強敵です。勝つためなら色々な手段を取ると思います。ここからは彼の性格を考慮に入れて、対策を講じましょう」
「うん、まだまだ頑張るよ! 私には杉並君には勝たないといけない理由がたくさんあるからね」
有里栖は鳳城に負けはしたが、プレイからしっかり手応えを得たようだ。俺も、負けてはられない。
*****
一澄と自宅前で別れ、私は家に戻る。家には誰もいなく、可純さんはまだ買い物のようだ。自室に引き返し、暇つぶしにレースゲームの実況動画でも見ようと動画サイトを開く。アーケードゲームの実況は少ないけど、他の人のプレイを見て得られることはある。動画を検索すると、とある動画シリーズが目に入る。私がプレイしてるレースゲームをプロゲーマーがプレイするというものだ。大いに参考になると思い、動画画面をクリックして視聴開始。すると、
「はい、今回からアーケードゲームの実況を始めます、シュガーと申します。よろしくお願いします」
聞き覚えのある女の子の声が流れてきた。あれこの声ってもしかして、ずっと私と練習してくれた佐藤さんとそっくり……シュガー、砂糖……佐藤!?
「な、なんで……佐藤さんこのゲーム数回やっただけって言ってたのに、こんなに実況動画あるの……?」
どうして私に嘘をついたのか、もちろん彼女にも事情は色々あるだろうが、なぜわざわざ私に伏せたのか気になる。そして、佐藤さんの動画でのプレイは、私と対戦するよりも動きのキレが良く、全く無駄がない。私との練習が手加減されたものだと手に取るようにわかってしまう。何とも言えない、もやもやが胸にこびりつく。コンコン。
「ひゃい! ど、どうぞ」
ふと部屋をノックする音がした。タイミングがタイミングなのでびっくとしてしまい返事が裏返ってしまう。入ってきたのは怪訝顔の可純さん。
「有里栖お嬢様、只今戻りました。どうかしましたか?」
「な、なんでもないよ。唐突だったから驚いただけ」
「そうですか。夕飯の買い物今済ませてきましたから、お作りします。少々お待ち下さい」
「ありがとう、少ししたら行くね」
ご飯と聞いて少しだけ心の靄が晴れた気がした。この空腹を満たせば元気になれるかも。そう思う私に可純さんがそういえばと繋ぐ。
「お嬢様のお付き合いしてる常坂一澄さんを見かけたんですよ。学校近くで」
「一澄を? それはいつ頃?」
「ついさっきですよ。今日はお嬢様と練習じゃなかったんですか?」
「ううんついさっき別れたばかりだよ」
一澄が学校に行ってる? 忘れ物か何かかなと最初は私は思った。確かめるために二乃ちゃんに連絡を取る。一澄に聞けば手っ取り早いけど、なぜか私は一澄にはメッセージが送れなかった。
原作でひよりんにお世話になった人が、登場しないのはもったいないと思って登場させた次第です。