「有里栖さんどうかしましたか? 兄さんが何かご迷惑でも?」
一澄に連絡が取れない私は、妹である二乃ちゃんに連絡を取ることにした。
「そうじゃなくてね。二乃ちゃんに少し聞きたいことがあって……一澄って今日学校に何か用事でもあるの? うちのお手伝いさんの可純さんが見かけたって言ってたから。気になって」
「兄さんから何も聞いていないんですか?」
「うん、二乃ちゃんはどんな用事か知ってる?」
電話越しからため息が聞こえ、二乃ちゃんが話し出す。
「実は私やそら姉も知らないんですよ。聞いてもはぐらかしまして。てっきり有里栖さん関連かと思いましたが……やれやれ」
私や二乃ちゃんたち家族にも言えない隠し事。一澄のことだ。きっと私たちを考えて何も話していないと察しはつくけど、理屈は感情に追いつかなかった。妙に胸が苦しい。どうして私に話してくれないのかと胸中に疑問が湧いて収まらない。
「帰ってきたら兄さんにちゃんと言い聞かせておきますから、有里栖さんは何も心配しなくていいです。あんな兄さんですが私たちを裏切ったりはしません。それは断言できます」
「うん、私もそう思う」
胸の苦しさよりも、二乃ちゃんへの同意の言葉がすぐに喉から出る。
「流石彼女さんですね。迷いなく言い切るとは……兄さんも良い彼女を持ったものです」
「良い彼女だなんて……嬉しいな。でもそうじゃなくて。一澄がそういう人だって、ここまで付き合ったから信じられるんだよ?」
一澄の妹ちゃんから褒められて何だか体がくすぐったくなる。同時に胸の苦しさが薄くなったような気がした。だから続けて言った。
「二乃ちゃん、私たちは一澄を信じて何も言わず見守ろう? 私のために色々言おうとしてくれるのはありがたいけど、ここで追求したら一澄を信じていないように思うの」
二乃ちゃんと会話して改めて気づく。一澄が私たちに酷いことをするわけがない。そんな確信が私にはある。
「……わかりました。今回は有里栖さんの気持ちを尊重し、兄さんを追求刑は取り下げます」
「二乃ちゃんありがとう、話を聞いてくれて。とっても助かったよ」
「いえいえ。また兄さんが何かしでかしたらご相談ください」
「うん、頼りにしてるよ。お休み、二乃ちゃん」
お休みなさいと返事が返ってきて電話が切れる。本音では、全部話して欲しいという気持ちも当然ある。でもいつか苦しみは楽しさに変わる。最近ゲームの練習を通じてそれを学んだ。最初は何もわからなくて混乱するけど、慣れてくるとその苦しさでさえ楽しめるようになる。恋人関係もきっとそうだ。だから私は一澄を信じて、少しもやもやが残っても、前を向くことにした。
最後に一澄と笑い合うために。
*****
叶方の部屋から泊まりに帰った自宅。開口一番、二乃から話があると部屋に連れ出された。
「兄さん、一つだけ言っておきます。乙女に不用意な隠し事は禁物ですよ? 隠すほど心配しますからね。どうしても隠すなら、隠し事は慎重に選んで下さい」
今まで泊まりの事情を聞かずに黙って見守ってくれていたのだが、どういった感情の変化だろうか。まあ、二乃には黙っておくことはないか。事情を話しておく。
「そういうことだ。黙ってて悪かったな」
「……やっぱり兄さんはそういう人ですよね」
表情を和らげながら二乃はため息を吐く。何かに安心したような表情だった。
「どうやら私のお節介だったようです。兄さんはそのまま突き進んで下さい」
「は、はあ? お前が心配してたんじゃないのか?」
「なぜ私が兄さんを心配しなければならないのですか? 察して下さい。鈍感は罪ですよ」
「…………ま、まさか」
流石にここまで言われれば俺にも察せる。二乃がなぜ俺にこんな話を持ち出したのか。全ては有里栖のためか。詳しい事情は知らないが、有里栖が俺がどこかに出かける姿を目撃して、俺がそのことを何も言わないので心配してる、こういったところか。
「男なら必要以上に女の子を苦しめないように、振る舞って下さい。まあ今回は大丈夫そうです。なので種明かしは最後まで取っておいて、最高に彼女さんを喜ばせて下さい。頼みましたよ」
俺の右肩を叩いて部屋に戻っていく二乃。要するに、親しい人に内緒話は程々にしておけってわけだ。有里栖を喜ばそうとしていた行動が、真逆に働いてしまうとは不覚だ。彼氏失格じゃないか。そんな俺でも有里栖は信じてくれると間接的に言ってくれたのだ。二乃の話からそれが伝わってきた。そう考えると無性に有里栖に会いたくなり、メッセージを飛ばし早めに自宅を飛び出す。
「おはよう、一澄。急に一緒に登校したいってどうしたの? い、いや、嬉しいんだよ? でもこういうの初めてだからちょっと気になっちゃって……一澄!?」
会ってすぐに俺は無言で有里栖に抱きしめる。当然有里栖は慌てる。
「ひ、人前で抱きついちゃ駄目だよ……恥ずかしい」
「突然悪い、有里栖が愛しくなって……俺の彼女になってくれてありがとうな」
「理由はわからないけど……どういたしまして」
恥ずかしそうだがどこか嬉しそうな顔を逸らす有里栖。今はまだ理由は言えない。有里栖に甘えて申し訳ないが、今回は譲りたくない。二乃にもそうしろと言われてるし、何よりも最後には有里栖と笑い合いたいから。
「やあ、朝から熱々ですね。冬も近いというのに全く寒さを感じない」
「ひ、ひよりん!?」
「白河!?」
白河の出現に俺たちはほぼ同時に体を離す。
「おやせっかくの恋人同士の語らいなのに、キスの一つや二つしないのですか? ボクのことは気にしないで。さあさあ、続きをどうぞ!」
白河が有里栖の体を前に押し出し、俺にぽんと押し付ける。顔が真っ赤な有里栖と目が合う。しかし。イチャイチャな空気は戻らない。周囲は既に多くの生徒の喧騒に包まれており、俺たちを物珍しそうに見物していた。これでは俺たちは完全に見世物だ。居心地の悪さを感じていると、不敵な笑い声がどこからともなく響き渡ってきた。
「諸君、彼女こそが我が杉並と賭け勝負を行う鷺澤嬢だ! 決行は来週の日曜日。鷺澤嬢が敗北した際には、生徒諸君が喜ぶ写真を撮らせてくれるそうだ。鷺澤嬢の可愛らしい格好を見たいならば、是非この杉並を応援してくれたまえ!」
そんな宣伝とも取れる演説をしていき、杉並は颯爽と去っていく。生徒たちの反応は悪くはない。これで有里栖たちと杉並の対決はほぼ全校の生徒に知れ渡ることになる。これで完璧に逃げ場はなくなったな。杉並め、有里栖にプレッシャーかける気満々だな。使えるものは何でも使って勝つ気だ。
「鷺澤は男子から絶大な人気があるのは言うまでもないが、地味に女子からも人気あるんだよね。鷺澤くらい可愛いと嫉妬もできないから、マスコット的で愛でたいっていう女子も結構いる」
白河がいらない補足をする。
「できれば知りたくない情報だったよ。負けたらどうしよう……私愛でられちゃう」
「有里栖とにかく勝てば問題ない。頑張ろうな」
「もちろん引き続きボクも協力しますよ。これ、さっきからかったお詫びです」
「……うん。ありがと。ひよりん、一澄」
落ち込みかけた有里栖だが、俺たちの声援やパンをもらってすぐに元気を取り戻していた。休み時間、有里栖が俺と鳳城、それに白河を廊下の隅に集めた。ゲーム関連で相談があるらしい。
「ねえ、練習相手になってもらってる佐藤さんなんだけどーー」
有里栖曰く、佐藤さんが動画投稿をしていて、周囲の声によると彼女は有名なゲーマーらしい。
「佐藤さんがプロゲーマーですか。ぜひ会って本気で戦ってみたいですね」
「ひよりんはこの事知ってた?」
「いえ初耳です。佐藤は前にゲームセンターで見かけたんですよ。もしかしたらゲームに慣れていて、鷺澤の練習相手になるかもしれないと思いまして。知り合いでしたし声をかけただけです」
「佐藤さんの実況動画を見て驚いた。私との練習試合、彼女上手く私の力に合わせて戦ってる。ちょっと……悔しいよ。本気出したら試合にならないのはわかるけど」
有里栖は唇を尖らす。全力で戦ってる相手に手加減されたら良い気はしない。大らかな有里栖でも納得がいかない様子。
「だったら一度本気で戦って見れば良いんじゃないですか? このままだと鷺澤さんが練習に集中できないですよね?」
「うん、師匠の言う通り。佐藤さんには事情を話して本気で戦ってもらうね。私は完全敗北すると思うけど、杉並君を破るには、雲上にいる相手に一矢報いる気持ちはないと戦えないと思うから」
鳳城の提案に乗った有里栖。実力の差を思い知らされたとしても、今の有里栖なら挫折はしないだろう。そして何よりこんなもやもやした気持ち、いつまでも抱えさせてられない。
佐藤さんに本気の勝負をしてもらうことに決めたのだった。