食欲の秋である休日の昼。食欲の塊である有里栖がうちに遊びに来た。
「有里栖、よく来たな」
「こんにちは。一澄、二乃ちゃん」
「有里栖さんようこそいらっしゃいました。どうぞどうぞ中へ」
妙にウキウキしてる我が妹、常坂二乃が満面の笑顔で客人を出迎える。俺たちが付き合い出してから有里栖と二乃の仲もより深まってると聞いてた。だが今日の上機嫌ははっきり言って不気味だ。理由はわかってる。
「いやー有里栖さんが私の作ったご飯食べてみたいって言ってくれるなんて感激してます」
「うん、今日は朝食をご飯二杯で留めてきたからね。二乃ちゃんのご飯をじっくり味わう余裕があるよ」
「二杯で留めてるって……有里栖さんはいつもご飯何杯食べてるんですか?」
有里栖と二乃は雑談しながら部屋に入っていく。はっきり言えばこの状況を作り出したのは俺の失言のせいだ。先日の有里栖とイチャイチャして夜遅くなって、罰ゲームで二乃の料理を食べた。ここまではいい。その後の有里栖とのチャットで二乃の料理が普通でないと愚痴ったら、有里栖が興味を持ってしまった。不覚だ。有里栖をこんな危険に招き入れるなんて、彼氏失格じゃないか。当然有里栖には何度も忠告はしたが、
「大丈夫だよ、一澄。どんな料理でも美味しいって思えば美味しくなるものだから。それに二乃ちゃんが心を込めて作ってくれるんだから心配ないって」
そう返されてはもう俺に止める手立ては存在しなかった。俺にできるのはただ一つ。
「俺は有里栖の舌が無事なのを願ってる」
「本当に失礼ですね。兄さんは。全く……」
俺の切実な想いに二乃は鼻を鳴らし台所へ。因みにそら姉は予定があって出かけてる。誤解がないように言っておくが、決して逃げたわけではない。
「一澄、二乃ちゃんに失礼だよ」
「一口食べて何かおかしかったらすぐに俺が代わる。無理は禁物だぞ」
「二乃ちゃんは一澄の妹なんだから。もっと信用しないとだめだよ?」
有里栖が逆に俺を宥める始末。ああ、駄目だ。彼女が良い子過ぎて俺の話を信じてくれない。俺は有里栖の無事を祈るしかできないのだと悟った。来てほしくない時間が、とうとう訪れてしまった。二乃が食材が盛られたお盆を抱え、こちらに戻ってきたのだ。
「うわぁ、美味しそうだね!」
「ええ私の自信作です。遠慮なく食べてくださいね。兄さんも」
「……わかってるよ」
昼ご飯はきのこの混ぜご飯にぶり大根と旬らしいものだった。そう見た目はまともで美味しそうなのだ。二乃の料理は。そこが落とし穴なのだ。有里栖は躊躇なく箸を伸ばす。柔らかく煮込まれた大根を箸で切ろうとするが上手くいかない。
「あれ、大根少し固いね」
「ちょっと煮込み時間を間違えたみたいです。すみません」
「固いのも好みだから全然大丈夫だよ」
全く気にせずに有里栖は何とか二等分した大根を小さな口に持っていく。俺と二乃は固唾に有里栖を見守った。大根を咀嚼すると、お、と声を漏らす。他の料理にも手を伸ばす。全部食べるとにこっと二乃に笑いかける。
「うん、二乃ちゃんの作ってくれたぶり大根と混ぜご飯、両方美味しいよ! どっちも刺激たっぷりですごくいい感じ。咀嚼してる間も全く退屈しない味わいというか。すごく斬新な料理だった」
「ほ、本当ですか?」
「うん、せっかく手作りしてくれた二乃ちゃんに嘘なんて言わないよ。もっとおかわりが欲しいな」
お、おかわりだと? 俺は恐る恐る、料理に手を伸ばすが、何というか……やばい。確かに退屈しない味に仕上がってるが、美味しいとは思えない。辛味や甘味、酸味などなど。色々な味が混ざり合って、ある意味刺激的な味になってる。奇跡的な配合で不味くはないが……料理というものを根本的に履き違えてる気がする。有里栖の味覚はどうなってるんだ? 普段は食事をともにしてる時は、有里栖は別におかしなものが好きというわけでもないんだが……
「一澄はあまり箸が進んでないね。せっかく二乃ちゃんが作ってくれたのに」
「いや今日はちょっと食欲が……有里栖は無理していないか? 二乃に変な気を遣ってないか?」
「気遣い? どうして?」
有里栖は不思議そうにきょとんする。どうやらさっきの感想は本音らしい。まじかよ……俺の唖然をよそに二乃はご満悦な様子。
「兄さん、私はあまり料理には自信がなかったのですが、今日の有里栖さんの食べっぷりを見ると自信がついてきました。私、料理の才能があるのかもしれないですね」
「え……あ、ああ。そうなのかもな」
有里栖の食べっぷりに謎の自信をついた二乃。その後、常坂家で二乃が料理を三食作ると言い出して、何とかそら姉と説得して思いとどまらせた。有里栖は味覚はおかしくはない。たぶん味覚の許容範囲が常人よりも広いだけ。そう解釈することにした。
だが後日思わぬ被害者が増えるとは、この時俺はまだ知らなかった。
有里栖が食べ物で発狂するイメージがどうにも沸かないのでこうなった。原作FDの有里栖と二乃の姉妹感が地味に好き。