レースゲームの対戦はちょうど二週間後のこのゲームセンターで行われる。開始時刻は午後二時からで、試合は五ゲーム。先に三勝した方の勝利。多少運が強いゲームである以上、一試合では実力が測れない。だから三本先取にしたそうだ。
「二週間の間、私は何をするべきでしょうか。師匠!」
ゲームセンターの筐体の前で有里栖が鳳城を向き直る。
「やはり、基本としては個々のステージのドライビングテクは必須ですね。その特訓と対人戦の実践練習を並行して行いましょう」
「じゃあまずは一人で走ってみるね! ご指導ご鞭撻よろしくお願いします。師匠」
ペコリとお辞儀をし、有里栖は操作盤に向かう。鳳城のアドバイスを受けながら各ステージの基本的な走り方を学ぶ。有里栖は真面目に聞き入り、画面に向かっていた。
一回周回したところ、そういえばと俺が声をかける。
「ゲームのプレイ料金は大丈夫か? ゲームも買ったり最近出費が多いだろう」
このレースゲームは1プレイ100円と安いが、何十回もプレイする有里栖には相当なお金かかる。
「今のところは大丈夫だよ。ワンダーランドのお手伝いとかで一応お金もらってるから」
「金銭面がピンチになったらちゃんと言えよ。俺もワンダーランドでバイトしてたから余裕はある。いざとなったら協力するからな」
「うん、ありがとう一澄」
会話を挟みながら、有里栖の練習が続くかに思われたが、ゲームセンターにキャキャキャ騒ぐ子供がぞろぞろ入ってゲームセンター内をうろつく。今日は休日だ。ゲームセンター内にはそこそこ人がおり、時折俺たちがプレイするゲームをプレイする。とは言っても一人や二人だったので四人席のゲームだから、他人がいる場合は譲るか許可が貰えれば参加し実践練習すれば良かった。しかし今の子供たちは四、五人おり、いずれもこのレースゲームに興味津々のようだ。
「ねえねえ、大きいお姉ちゃんたち、僕たちもそのゲームやりたいんだけどーいい?」
「あ、ごめんね。今のゲームが終わったら退くからね」
有里栖は笑顔で子供に答える。当然このゲーム機は有里栖の物ではないので、適度に子どもたちに譲るしかない。
「うーん想定内ではありますが、早速問題が起きましたか」
「練習できないのは辛いよね。でも占領するわけにはいかないし」
子どもたちが楽しんでいる姿を、俺たちはじっくり眺めてるしかなかった。だが有里栖はプレイしなくても気を抜くことなく、子どものレースを見ながら鳳城に色々尋ねていた。プレイできなくてもやれることはある。俺もその間、有里栖のためできることを取り組んでいた。結局、練習は平日ほど満足に練習できずにその日はお開きとなる。
「練習時間は短かったけど、師匠のおかげでコースへの理解は深まったかな」
「練習できなければ意味ないですがね。アーケードゲームの辛いところです」
「でも杉並君も同条件だから大丈夫だよね?」
「あいつはどこからかゲームの筐体を引っ張ってきそうだな。冗談抜きで」
「うっ……確かに」
有里栖が想像したのか顔を引きつらせる。あいつは何でもできそうなのが怖い。
「そういえば一澄は私の単独プレイ中に何してたの?」
「このレースゲームを、他のゲームセンターで取り扱ってないかスマホで調べてた。いくつか取り扱いしてる店があったぞ。たまにプレイ場所を変えて見るのもいいかもな」
「うん、気分転換には良さそうだね。ありがとう一澄」
「良いって。後はーー」
「常坂兄ーちょっと待ってください!」
俺の声をかき消す甲高い女の子の声。ピンク色のツインテールを揺らしながら俺たちに近づいてきた。
「ひ、ひよりん?」
この場に来たのはひよりんこと、白河ひより。側まで来て立ち止まった。息を整えてから話し始める。
「やあ、鷺澤に常坂兄今日も楽しくゲームセンターデートですか? 毎日毎日羨ましいですな」
「で、デートじゃないよ! ひよりんこそどうしてここに?」
「いやー今日は常坂兄にデートのお誘いを受けて参りました。全く鷺澤という相手がいながら、ボクまで手を付けるなんて……節操のない男です」
「え……本当なの……一澄? 嘘だよね……?」
有里栖が白河の冗談に相当ショックを受けてるのか、今にも泣き出しそうな顔になる。俺は有里栖に歩み寄ってぽんと右肩を叩く。
「俺は有里栖以外の女の子とはデートしない。白河のたちの悪い冗談だ」
「ほう? それなら、女の子以外とはデートするのですか? 常坂兄の真の好みは……男子? 杉並はだからこそ、戦いに勝つことにより常坂兄を欲した!?」
「そ、そうなの?」
有里栖が慌てて俺に振り返る。こじつけ止めろ。
「有里栖は白河の言う事だけは疑ってくれ。頼むから」
「そうだね。一澄がそんな事するわけがないってわかるけど……少し心配になっちゃって。ひよりん可愛いからね」
「くっ……鷺澤流の仕返しですか……やりますね」
「ひよりん顔真っ赤だよ? どうしたの?」
白河は人から攻められるのに弱いらしい。可愛いと言われただけで顔が真っ赤だ。有里栖は無自覚のようだが。形勢不利と悟ったのか、白河はえっへんと咳払いし本題に入る。
「何でもないです。今日は鷺澤のサポートに参りました。常坂兄から事情は伺っていますよ。ボクにも協力させてください。恋愛請負で築いたコネクションを使って、ゲームが得意な人間を探しています」
「対戦相手は幅広い方が練習になるからな。知り合いが多い白河に頼んでみたんだ」
もう何人か見つかってるらしく、明日にでも来てもらうことになってる。白河は行動が早くて助かる。
「ひよりん……一澄……ありがとう。私、頑張るからね!」
ぐっと拳を固く握る有里栖。白河はふっと笑い、有里栖の決意を受け止めた。
「鷺澤が勝利した暁には旅行先でのイチャイチャ話を期待しています。負けたら負けたで、杉並による写真会にボクも混ぜてもらおうと思います。ふふ、色々な服を鷺澤に着せるのもアリですね」
「ふえええ! 買っても負けても私が恥ずかしいよ! ひ、ひよりん勘弁してー! 一澄、助けて!」
「ああ、考えとく」
「彼女さんのピンチに彼氏が酷いよ!」
有里栖はすっかり涙目。どうやら有里栖はこのゲームに勝とうが負けようが恥ずかしい目に遭うのは確定のようだ。個人的にやりすぎなければ、有里栖には恥ずかしい目に遭って欲しい。だから助けは保留しておいた。あれそういえば鳳城が随分静かだな。振り返る。
「鳳城?」
「……」
俺の問いに何も答えない。顔を覗き込むと鳳城の顔が赤い。息も少々荒かった。
「おい、鳳城大丈夫か? 熱あるぞお前」
「詩名ちゃん?」
俺が鳳城の額に手をやるとあからさまに体温が高く感じた。有里栖たちも鳳城の近くに寄る。意識がもうろうとしており、高熱だ。急いで鳳城を俺が自宅に運ぶ。鳳城の家は白河が知っていて、俺も行ったことがある、近所のスパだった。ここで寝泊まりしているらしい。
「す、すみません、世話をかけてしまって。鷺澤さんにゲーム参加をけしかけた本人がこの体たらくで……」
少し寝て落ち着いた頃に鳳城が目を覚ます。
「気にしなくて良いよ。やると決めたのは私自身だし詩名ちゃんは何も悪くないよ。ゆっくり休んで」
「鷺澤さんのご厚意に甘えられません。今日私は夜バイトなんですから、ここに住まわせてる身として安易に休めません」
「駄目!」
起き上がろうとする鳳城を布団を被せる有里栖。
「今仕事したらせっかく治りかけてる体が悪くなっちゃう。せめて今日は休まなきゃ。詩名ちゃんの今夜のバイトは私たちやひよりんがやるから……ね?」
「ああ、ノリノリできれいに掃除してくるって白河が言ってたな。俺たちも手伝いに行くか」
「うん、行こっか。大人しくしてるんだよ。詩名ちゃん」
「はい……すみませんがよろしくお願いします」
俺たちは水着に着替え白河の手伝いに。掃除は大変だったが、人数が多かったのであっという間に片付いた。お礼にと夕飯をごちそうになった。もちろん事前にそら姉には連絡済み。帰り際には部屋を覗いたが、鳳城はすやすや寝ていた。後のことは施設の人に任せ、三人で帰宅する。
「今日は色々あって疲れたねーでも疲れた分、プールでのご飯は美味しかったねー夜のプールで食べるご飯の味は違うっていうか」
「ああ、ああいうのもたまには良いな。それにしても鳳城がダウンとは……この先の特訓がきついな」
「大丈夫だよ。各コースの基本的な走りは詩名ちゃんに聞いたし、あとは自分で煮詰めるだけ」
有里栖は真剣な顔で頷く。
「中々言いますね。鷺澤は。これは杉並との対決が楽しみです」
「プレッシャー止めてよ、ひよりん!」
白河とは別れ、有里栖を家まで送る。色々雑談しているとあっという間に有里栖の家まで着いていた。
「じゃあまた明日な」
「待って、一澄」
「有里栖?」
有里栖がぎゅと俺の体を抱きしめ、上目遣いで見上げてくる。
「詩名ちゃんを運んでいたあの時、モヤッとしちゃったんだ。緊急事態だったし仕方がないけど、その……」
「有里栖」
有里栖が俺へ何を求めてるか悟ると、背を屈めて彼女の頬に唇を合わす。体を離すと有里栖は柔らかく笑みを浮かべた。
「ふふ、幸せ。またね、一澄」
「ああ、またな」
有里栖が自宅に入るのを見届けるまで俺は残り、その足で学校の男子寮へ。
「叶方、杉並はいるか?」
「ああ、来てるよ」
叶方、俺の杉並と合わせて三馬鹿と言われる悪友。女の服を着てるが中身は男だ。
「待たせたな、想定外の自体が起こって遅くなった。悪いな」
「ああ、既に把握済みだ。特に問題ない。早速始めるか」
「ああ、よろしく頼むな」
その晩は叶方の部屋で、杉並たちと夜を明かしたのだった。
決して鳳城が嫌いというわけではありません。この展開はご了承ください。