うーん…むにゃむにゃ…うへへ…美味しいものがいっぱい…
「…き…ださ…」
だからぁ…もういらないってぇ…
「…きて…ださい…」
もう…食べられないよう…
「起きてください、X。」
「フガッ!?」
耳元で声がした気がする。なんだかいい夢を見られていた気がするが、目が覚めてしまったせいかなんの夢を見ていたか忘れてしまった。
なんだかすごい幸せだった気がするんだけど…。
それはともかくとして。辺りを見回してみると、どこかの部屋の中にいるようだった。
目の前には大きなモニターが所狭しと壁に接続されており、どこかの空間を映し出している。
モニターの下にはこれまた質の良さそうなマイクとそれをコントロールするためのキーボードのようなものが取り付けられており、見た感じビルの警備室のような印象を受ける。
部屋自体はそれ以外には誰かが写っているよくわからない写真くらいしかない無機質なものなのだが…問題はそれではない。
何せ私の目の前にはメチャクチャな美人が立っていたからである。
「目が覚めましたか、X。」
「あ、はい。ところでここどこですか?あとどちら様?」
「ふふ。今から説明しますね。」
やっべちょっと笑ってくれた。カワイイ。
そんなふうに考えている私をよそに、彼女はこの場所について説明してくれる。
「まずはこの場所、ロボトミー社への入社を心より歓迎します。私は貴方がより快適に我が社に適応できるようサポートするアシスタントであり、話し相手であり、秘書を務めますAIのアンジェラと申します。」
どうやらこの場所はロボトミー社という場所らしい。そして目の前の彼女はアンジェラさん。
なるほど、アンジェラさんね。その名前は永遠に私の頭の中に刻まれることだろう。美人すぎる。
続けてアンジェラさんは仕事についての話もしてくれる。
「我が社ではアブノーマリティという存在から特殊な方法でエネルギーを抽出しています。そのエネルギーの効率は計り知れないものであり、この場所の上にあるという都市丸ごとの電力を担っています。故にそのエネルギー源の管理は必要なことです。…しかしアブノーマリティたちは生き物に近いものです。そのため脱走やそれを原因として人々に危険を及ぼす可能性がある。そのため貴方には、ここの職員たちと共にアブノーマリティたちの管理をしてもらいたい、というわけです。」
「な、なるほど…責任重大ということですか。」
「ええ。もちろん、断っていただいても構いません。…その場合、貴方がどうなってしまうかは分かりませんがね。」
「拒否権もないということですねぇ…」
なんか脅しっぽいのきた。糸目の美人に脅されるのちょっと怖いけど嬉しいな。
…とはいえ責任重大な仕事らしいし、断る選択肢はないだろう。そもそもこんな美人と仕事できるなら大歓迎だし。
「分かりました、その仕事受けます。というかむしろやらせてください。」
「……そうですか、それはよかった。ところで、なのですが。」
「?」
アンジェラさんがいつの間にやら手に持っていたタブレットを操作し、そこに映る何かと私を見比べているような仕草をする。
…なんだろう、また私、なんかやっちゃいました?」
「…私が聞き及んでいたXという人物は男性なのですが…貴方は
「いや知ってると思いますか?」
ええ?なんで男性だと思われてたん?私どう見ても女性ですけど?というか何その情報?どこからのやつ?私なんかそういうの書いた記憶ないよ?
アンジェラさんは私のその返事に対し少しため息をつく、がすぐにお美しいその無表情に戻りつつ言葉を続ける。
「…まあ、構わないでしょう。仕事に性別は関係ありませんからね。…はぁ。貴方のことも話そうと思っていたわ。いい加減"忍耐"という言葉を覚えなさい。」
「ん?どったの?」
アンジェラさんが急に誰かに声をかけられた時のように顔を歪ませる。
それに私が声をかけると、歪ませた顔を元に戻しつつアンジェラさんはいった。
「ああ、すみません管理人。貴方に紹介したい他のAIがいるのです。」
「へぇー、AIはアンジェラさんだけじゃないんだね?」
「……ええ。何せ私一人ではこの巨大な企業を管理しきれませんからね。そのためとある方が部門ごとに統制権を持つAIを一人ずつ置いたのです。」
「ってことは今から来る子はそのAIの子ってこと?」
「はい、そうなりますね。」
そのアンジェラさんの言葉とほぼ同時に、この部屋の扉が開かれる。
開かれた扉の前に立っていたのは、私よりも少しだけ小さな、腕にMと書かれた腕章をつけた女性だった。
なんか小動物みたいだなぁ…。
「おはようございます、管理人!時間ちょうどの到着ですね!ロボトミー社への入社、おめでとうございます!」
「あ、ありがとう…勢いすごいねぇ。」
私が推し負けかけていることに気づいたのか、アンジェラさんが口を挟む。
「感激しているところ悪いけれど、我が社では1分も重要な単位よ、マルクト。簡単に自己紹介だけして、次の会議の準備に戻りなさい。」
「す、すみません…あはは、アンジェラに怒られてしまいました…あ、でも私だけじゃなくて、他のセフィラのみんなも管理人に会いたがっていましたよ!...あ、でも正確にはみんなではないかもしれません…。」
「そ、そっかぁ…まあでも新しく入った人が上に立つなんて、普通はいい顔しないだろうしね、仕方ないよ。」
そう言いつつ私はマルクトと呼ばれた彼女にやんわりと目線を送る。
だってさっさと済ませないとアンジェラさんから雷落ちそうだから。だって後ろからすごい圧力感じてるんだもん。さっきマルクトちゃんに言ってた一言でわかるって、絶対そういうの厳しいでしょアンジェラさん。
「ハッ、すみません!自己紹介を忘れていました!私の名前はマルクトです。コントロールチームを担当しています。私は施設の基本的な機能が向上するよう、全力で管理人さんをサポートさせていただきます!」
「コントロールチームかぁ、じゃあその…セフィラだっけ?そのみんなの中だとマルクトちゃんと一番話すことになるのかな。…うん、これからよろしくね?」
「はい!最初はわからないことだらけだと思いますけど、大丈夫です!私だってそうでしたから!一緒に頑張っていきましょう!」
目がキラキラ輝いているけどアンジェラさんとは別に若干圧を感じるなぁ…でも可愛いしちょっと癒される…。
あんまり記憶にないけど、もしかしたら私小動物系好きだったのかなぁ…?今まで会ったことがなかっただけで。
「まずは初仕事なので、簡単な業務だけしてもらいますね!えっと…。」
”ドンドンドンドン!”
マルクトが業務について説明しようとしたその時、管理人室の扉が勢いよく叩かれる。
なんだなんだぁ!?いきなり事件かぁ!?
『もう嫌だ!耐えられない!!管理人!管理人ですよね!?中にいるんでしょ!?ここから出してくれ!貴方なら可能でしょう!?私たちとは違う!貴方ならなんでもできるはずでしょう!?』
「え、えっと…マルクト?これ大丈夫なの?」
なんかめっちゃ鬼気迫ってる気がするんだけど。働きすぎてブチギレてるとかそんなレベルじゃなく、命の危機が迫っているようなそんな焦りを声から感じる気がする。
これ多分従業員の人だよね…もしかしてこの会社めちゃくちゃブラック?
私の言葉を聞いたマルクトが、声に対して返事をする。
「あれ?君はなんでここから出ようとしてるのかな?コントロールチームの仕事に飽きちゃったの?私は毎日楽しいのに。」
『決まってるだろ!こんなイかれた仕事、もう2度と続けたくない!頭がおかしくなってしまうだろう!昨日なんて…』
「それって…もうできないってことかな?」
急にマルクトの声色が変わる。
これは…流石にまずいんじゃないだろうか、と不安を覚える。サイコパス上司とかその類の声色してる、この子。止めないとまずいかもしれない。
『た、助けてくれ…お願いだ、もう嫌なんだ、こんな場所…』
「管理人。総責任者は管理人ですけど…この職員は私の部門の職員ですし、私が対応しても良さそうですね…うん、私に任せてください!」
そう言ってマルクトが動き出す。やばい、絶対にやばい。私の間がそう警鐘を鳴らしている気がする。
「…まって。ここは私に任せてくれないかな。せっかく管理人になったんだし、全部任せっきりじゃダメだろうし…ね?」
そう彼女に声をかけると、マルクトはその光のない瞳で私を見つめ返す。
…純粋に怖い。でも流石に私には何にもしてこない…と思いたい。管理人だし。
「…わかりました。管理人がそういうなら、いいと思います。」
「……よかった。ありがとう。」
「でも管理人。管理人もすぐにこの状況に慣れると思いますよ。そうしたらきっと、自分でなんでもやろうだなんて、考えなくなると思います。」
「…そうならないと、いいけどね。」
私がそう言葉を返すと、マルクトはその光のない瞳をそのままに、コントロールチームから去っていった。
『あ、ああ…ありがとう、管理人…』
「いえ、管理人ですから…って、これ声聞こえてるのかな。」
「いいえ。彼はあくまで一職員ですから。貴方の声は届かないように調整されています。彼らと直接話すことは、貴方に悪影響を与えかねないですから。」
「うーん、そっかぁ…ところでアンジェラ、この人を出してあげることってできるの?」
私がそういうと、アンジェラは表情をそのままに言葉を返す。
「このままでは難しいでしょう。ロボトミー社の技術は基本的に秘匿されたものです、そのため情報が漏れることを避けるためにも、彼をこのまま出すことはできないでしょう。」
「だよねぇ…記憶処置とかはできるのかな?」
「ええ。可能です。お任せいただければ。」
アンジェラはそう言って微笑んだ。うーん、まあマルクトちゃんに任せるよりかはよくしてくれそうだし…。
「…うん、じゃあお願いしてもいいかな。記憶処理してそのまま退社させてあげる感じで。」
「わかりました、やっておきますね。管理人は業務を始めてください。」
「うん、お願いします。…さ、じゃあ初仕事と行きますか!」
さ、何が何だかわからないけどやることは決まった。都市とやらのためにも頑張って発電しますかぁ!
♢
『か、管理人…話が、話が違うじゃ…うわああああああ!?!?』
「…はぁ。」
あの新しい管理人が助けようとしていた職員にアブノーマリティの作業を命じ、そのまま処分する。
現在管理人はその作業を終え、この部屋から退出した後だ。どこにいるかはまあ知らないが、おそらくマルクト辺りと話をしているのではないだろうか。
故にこれが彼女にバレることはないだろう。
「しかし、妙なことになりましたね。」
もう数え切れないほどに長く繰り返したこのループ。そんなループだが、このような事象は初めてだ。まず管理人が女性であること。管理人の性格が本来とはかけ離れていること。そして管理人の考え方も、おそらく変化しているのだろう。
だが違うことといえばその程度だ。この駄作とも言える台本からズレる可能性があるほど大きな変化ではない。管理人の外見が変わろうが、性格が変わろうが、彼女はエネルギーを集めることには協力してくれている。だから計画が変わっていくことはないのだろう。
管理人が座っていた椅子に座る。モニターには認知フィルターが除かれ、血液と肉に塗れたアブノーマリティが直接的に描写されている。
クソッタレだ。何十回、何百回、何千回と見たこの景色。最悪で最低で、でも繰り返さなければいけないこんな景色。
もう2度と見たくない、もう2度と聞きたくない。だから、だから私は、これから。
「こんな台本、潰してやる。」
そんな意志を持ったAIのつぶやきは、そのまま誰もいないこの部屋に吸い込まれていった。
マルクトカワイイヤッターとも言え。