コンパートメントの窓の向こうに広がる風景が次々と後ろへ流れていく。それを見つめながらローズは口を開いた。
「これって全部自動で動いてるの?」
「自動っていうか、魔法だけどな」
向かい側に座るセブルスにそう指摘されて、ローズは肩をすくめた。セブルスの隣に座るリリーは興味深げに車内のあちこちに視線を向けている。
セブルスの隣にリリーを座らせようというのは、少し前にホグワーツ特急の内装を知った時からローズが立てていたちょっとした計画だった──リリーに紹介されて初めて挨拶を交わしたあの日、セブルスがリリーに好意を抱いていることには気が付いていたので。
ローズとしては彼らを二人だけでコンパートメントに乗せたかったのだが、早々にその企みを察知したセブルスから「余計なことをするな」だの「君のやることはあからさますぎる」だの散々なけちをつけられたために断念せざるを得なかった。
「ねえセブ、ホグワーツにはいつ頃着くの?」
「夕方には着く。到着する頃になったら、監督生が制服に着替えるように言いに来てくれる」
セブルスとリリーの会話を聞いていたローズは、ふとコンパートメントの外の人影に気が付いて顔を上げた。
男の子が二人立っている。
はじめ、ローズはそのうちの眼鏡をかけた方の髪が四方八方へ逆立っているのを見て呆気にとられたが、手招きされたため立ち上がってコンパートメントの戸を引いた。
「やあ、いきなりごめん」
ローズは首を振って否定し、「何か用?」と二人の顔を交互に見上げた。
後ろにいた灰色の瞳をした少年が「席がどこも空いてねえんだよ。相席したいんだけど」と答える。
「二人に聞いてからでもいい?」
コンパートメントの中を示しながら言うと、眼鏡の少年は「もちろん」と爽やかに笑った。ローズは礼を言ってコンパートメントに引っ込んだ。
「だあれ?」
リリーが不思議そうに、間延びした声で問う。
「相席したいんだって。混んでたから無理もないけど……どうする?」
ローズの言葉にリリーはにっこり笑うと「入れてあげましょ」と言った。
「到着まで長いのに座れないのは可哀想よ」
「…二人が良いなら僕は構わない」
リリーに続いてセブルスもそう言ったので、ローズは自分の横に置いてあった鞄をリリーの横へ移してからコンパートメントの戸を開けた。
「待たせてごめんね。どうぞ」
「ありがとう」
眼鏡の少年が再び爽やかに笑う。
二人は連れ立ってコンパートメントに入ってくると、ローズが座った側の椅子に並んで腰かけた。
「僕、ジェームズ・ポッター。今年入学なんだ、よろしく」
「俺はシリウス・ブラック」
眼鏡の少年に続いて、灰色の瞳の少年が名乗る。
「セブルス・スネイプだ」
セブルスが端的に自己紹介を返す。
ジェームズは少しその顔を見つめると「よろしく」と答えた。
漂いかけた気まずい空気を掻き消すように、リリーは「リリー・エバンズよ」と言ってジェームズに手を差し出した。ジェームズはにこやかにその手を握り返す。その後シリウスとも握手を交わしていた。
「君は?」とローズに尋ねてくるジェームズの瞳はハシバミ色をしていた。
「ローズ・エバンズよ。リリーとは双子なの」
「へえ!道理でそっくりなわけだ!」
大げさに驚かれ、ローズは曖昧に笑った。
正午に回ってきた車内販売が通り過ぎる頃には、コンパートメント内は話に花が咲くとまではいかなくとも、それなりに会話で満たされていた。
さっき来た二人とセブルスは性格が合わなさそう、とローズは内心で勝手に評価していた。
「じゃあ、セブはどこの寮に入りたいの?」
しばらく経って向かいから聞こえてきたリリーの声にローズは目を上げた。セブルスがリリーにホグワーツの寮について説明しているところなのだ。
ローズはというと、昼食用に持参したサンドイッチを食べながら、セブルスの言葉を話半分に聞き流している。
リリーもセブルスも、ジェームズとシリウスが来る前よりも明らかに声量が落ちていて、やっぱり相席を断るべきだったかなと思った。
「もちろんスリザリンだ」
「スリザリンだって?」
突然隣から声が上がった。
ジェームズはセブルスをまじまじと見つめて「君、スリザリンに入りたいのか?」と言った。有り得ない、という彼の気持ちがありありと現れた声色だった。
「スリザリンに入るやつなんて碌でもないぜ」
ジェームズの向こうからシリウスも言った。シリウスはジェームズとは違い、醒めた目つきでセブルスを見ていた。
「…へえ、じゃあ君達はどこに入りたいんだ?」
リリーとローズが聞いたこともないような冷たい声でセブルスが言い放つ。ローズは思わずサンドイッチを食べる手を止めた。
「グリフィンドールに決まってるだろ。なあ、ジェームズ」
シリウスが堂々と答えると、ジェームズも自信満々に頷いた。彼らにグリフィンドール以外の選択肢は考えられないようだった。
「そうか、グリフィンドールか…勇敢で正しい者の寮ね」
セブルスの声は相変わらず冷たく、そしてどこか皮肉が混じっていた。
ローズはセブルスが挑発されているのを感じて、心臓が少し早く鼓動を打ち始める。
「それがどうした?」
ジェームズが顎を上げて強い調子で言う。
「僕たちはスリザリンなんかに行くようなタイプじゃないんだよ。闇の魔法使いがうじゃうじゃいる寮なんかね」
“スリザリンなんか”を殊更強調したジェームズに向かって「全員が闇の魔法使いなわけじゃない」とセブルスが反論した。
黒い瞳が鋭い光を湛え、ジェームズとシリウスを睨んでいる。
「そいつはどうかな」
シリウスがそう言いながら大きく肩をすくめた。
「スリザリンに行くやつは、結局みんな同じ道を歩むんだよ」
その言葉にセブルスの目がさらに鋭くなった。
「君たちは自分がどれほど愚かか、まるで分からないんだな」
車内の空気がピンと張り詰める。
リリーが何かを言おうとしたが、言葉を見つけられずにいる。魔法界に詳しくないリリーとローズは、この状況を解決する方法がすぐには思いつかなかったのだ。
「愚か?僕たちが?」とジェームズが鼻で笑った。
「僕たちじゃなくて、君が間違ってるんだよ」
シリウスもまたセブルスを冷ややかに見ている。セブルスの顔は緊張でこわばり、両拳をぎゅっと握りしめた。
ローズはそれを見て仲裁に入ろうとしたが、リリーがたまりかねて声を上げる方が先だった。
「二人ともやめなさいよ!スリザリンでもグリフィンドールでも、それぞれの選択を尊重すべきだわ」
「リリーの言う通り」とローズも続けて言った。
「皆が違う寮に入る可能性だってあるんだし」
「まあそうカッカするなよ、二人とも」
ジェームズは突然話に入ってきた女の子達にやや面食らったものの、声のトーンを落とし、ローズに向けて柔らかく言った。
「ただ、スリザリンは…あんまりいい噂がないってことさ」
さっきよりも随分とソフトになった物言いにシリウスが鼻で笑ったが、ジェームズはそれには触れなかった。
シリウスは皮肉っぽい笑みを浮かべてセブルスを眺める。
「自分からスリザリンに行きたいなんて、いかにも“
「…何ですって?」
リリーは思わず聞き返す。ローズは咄嗟にセブルスの方を見た。
彼は表情を変えずに座っていたが、その手が固く握られているのをローズは見逃さなかった。リリーが気遣うようにセブルスの腕に触れる。
「いい加減にして」
即座に言い返したローズの声は低く冷静で、言葉には冷ややかな鋭さがこもっていた。
ジェームズは少し表情を曇らせたが、シリウスは笑いを浮かべたままローズを見て小首を傾げる。
「スリザリンに行きたがるようなやつにぴったりだろ?」
「……相席の申し出を受けたのが私の友達を馬鹿にさせるためじゃないってことは、さすがに分かってるのよね」
ローズは真っ直ぐに二人を見つめ、穏やかだが決然とした声で言った。
その言葉に、コンパートメント内の空気が落ち着いたようにリリーは感じた。ジェームズは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに眉をひそめ、落ち着いた声で応じた。
「もちろんさ。…悪かったよ、ローズ。僕たちそんなつもりじゃなかったんだ」
ジェームズの声は柔らかく、すっかり落ち着きを取り戻している。
シリウスはまだ何か言いたげだったが、何も言わずに灰色の瞳を窓の外へ移した。
***
「イッチ年生はこっち!イッチ年生はこっち!」
真新しい制服を身に着けてホームに降り立ったローズは、遠くで大声を上げている大男を不思議そうに見つめた。
「ローズ、どうしたの?」
「あれ誰かなって」
ローズが指差した先を見て、リリーは先程のローズと同じ表情になった。それから、最後にコンパートメントから降りてきたセブルスを振り返る。
ちなみにジェームズとシリウスは、ホグワーツ到着の少し前に着替えるからとコンパートメントを出て行ったきり戻ってこなかった。
「セブ、あの人誰か分かる?」
セブルスは少し目を細めてホームの向こうを見ると、「ああ」と頷いた。
「ホグワーツの森番だと思う。1年生は大広間まで彼に誘導してもらうんだよ」
「そうなのね。じゃ、行きましょ!」
リリーがつやつやのローブを翻して駆け出すので、ローズとセブルスはその後を追った。
***
「帽子を被るだけみたいね」
前方で声高らかに歌う古びた帽子を見たままリリーが小声で囁き、ローズは軽く頷いた。
組み分けのやり方を1年生に明かさないのが伝統らしく、セブルスも知らなかったのでどんなことをやらされるのかと思っていたのである。
ハグリッドから1年生の集団を引き継いだ女性教授──ミネルバ・マクゴナガルは、帽子が歌い終わると1年生の前に進み出た。
「ABC順に名前を呼びますから、呼ばれた者は前に出て椅子に座りなさい」
マクゴナガルはそう言うと、手元の新入生リストを上から順に読み上げていった。
帽子をかぶったかと思えばすぐに寮の名前を叫ぶときと、中々組み分けが終わらないときがあることにちょうどローズが気づいた瞬間、マクゴナガルが次の生徒を呼んだ。
「エバンズ・リリー!」
リリーが緊張した面持ちで椅子に座る。
ローズが小さく手を振ると、リリーは僅かに表情を緩めて笑みを浮かべた。
「グリフィンドォオオル!!!」
リリーは組み分けが終わってホッとしたのか、頬を上気させながらグリフィンドールのテーブルに向かって駆けて行った。
「エバンズ・ローズ!」
ローズは今までの1年生と同じように椅子に座った。帽子が頭に被せられる。
『おや。君は先程の子とよく似ているな……そうか、双子か』
頭の中に突然声が聞こえてくる。
ローズは驚いて返事もできなかったが、答えずとも帽子は勝手に組み分けを進めてくれるようだった。
『見た目こそ似ているが性格はそうでもないようだ。だが…そう、君に相応しい寮は一つしかないな』
「グリフィンドォオオル!!!」
グリフィンドールのテーブルの方から歓声と拍手が聞こえてくる。リリーが目一杯手招きをしているのが見え、走ってそこへ向かった。
セブルスの方を見ることはできなかった。
「一緒の寮になれたわね、ローズ!」
リリーが心底嬉しそうにローズに抱きつく。ローズもその身体を抱きしめ返して「7年間一緒!」と笑った。
その間にも組み分けはどんどん進んでいく。
「スネイプ・セブルス!」
不意に聞こえたマクゴナガルの呼ぶ声に、ローズは反射的に椅子の方へ顔を向ける。隣のリリーもそれに釣られて同じ方を見た。
セブルスがその無表情をわずかにこわばらせたまま椅子に座る──帽子が被せられる直前、その黒い瞳がリリーとローズに向けられた。
一瞬の静寂の後、帽子が高らかに叫んだ。
「スリザリィイイン!!」
セブルスが立ち上がり、新入生の獲得に沸くスリザリンのテーブルへと向かうまでをローズは黙って見つめた。
「セブはスリザリンだったわね」
ダンブルドアの実に
ローズは頷き、ローストチキンを口に運ぶ。
「そんな気はしてた」
「私も。そういえば、コンパートメントで一緒になった二人もグリフィンドールだったわ」
ジェームズとシリウスを思い出したらしいリリーは少し顔を顰めた。
ローズはそんな双子の姉をのぞき込んでけらけら笑った。
***
「ねえ、リリー」
監督生に誘導されて寮に向かう道中、ローズはリリーに身を寄せた。
「なに?」
「寮まで遠くない?」
「仕方ないわよ、8階だもの」
リリーは文句を言う妹の手を握り、宥めるようにそう言った。
「ほら、着いたわ」
「リリー、私絶対迷うから寮に帰ってこなかったら探しに来てね」
「もう、何言ってるの」
姉妹揃って足を踏み入れた談話室は、暖炉に火が灯っていて暖かい雰囲気だった。
「寝室は各部屋4人か5人だ。ドアに名前を書いた張り紙がしてあるから確認してから入るように。荷物も自分のものかどうか確認してくれ。それじゃあ皆、今日はゆっくり休むように」
監督生が言い終えるのを皮切りに、1年生は各々の部屋に向かい始めた。
リリーはローズと一緒に女子寮の階段を上がっていったが、一つのドアの前で足を止めて振り返った。
思わず笑みがこぼれる。
「ローズ見て、私達同じ部屋だわ!」
「本当?」
ローズは翡翠色の瞳を瞬かせている。リリーはドアに貼られた紙を見せた。
ローズが目を凝らして読み上げる。
「グリフィンドール女子寮1年……シャーロット・フォウリー、ジュリア・マクミラン、リリー・エバンズ、ローズ・エバンズ」
ジェームズ達とセブルスの関係について、私個人的にはお互い様なんだろうと思ってます。
原作での設定を踏襲してるつもりではいますが、如何せん描写量が少なすぎて解釈があってるか不安なところではあります……
誰かを極端に下げたり上げたりせずに書いていきたいな、という考えのもとで書いているのでご理解いただければ嬉しいです