もう一人のエバンズ   作:Bacon and Egg

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新友と旧友

 

「おはよう、ローズ!」

 

目覚めたローズが談話室まで降りていくと、目の前に人影が飛び出してきた。真っ直ぐな黒髪にヘイゼルグリーンの瞳をした少女──ルームメイトのジュリア・マクミランだ。

 

「おはよう、ジュリア。シャーロットとリリーは?」

「先行って席とっとくって」

「そっか」

 

シャーロット・フォウリーもまた、ローズのルームメイトである。ホグワーツに入学してからの1週間で同部屋の4人はすっかり仲良くなっていた。

二人揃って太った婦人(レディ)の裏をくぐり抜け、はるばる大広間まで向かう。

 

「今日って1時間目何?」

「えーと…魔法薬学」

「やった」

 

ローズがガッツポーズをすると、ジュリアは信じられないものを見るような顔になった。

 

「魔法薬学好きなのヤバいって」

「えー、杖振るより鍋かきまぜたりする方が魔法使いっぽくない?」

「それにしたって難易度高すぎ!」

 

ジュリアは呆れたように首を横に振る。

大広間には結構な人がいたけれど、リリーの深い赤毛とシャーロットのくりくりした鮮やかなブロンドはよく目立った。

 

「おはよう、二人とも」

 

言いながら向かい側に腰掛けると、リリーは読んでいた新聞から顔を上げて「おはよう」と笑った。

 

「ローズ、よく眠れた?」

 

ジュリアと話し始めたリリーの横で、シャーロットがそう言ってローズを見る。真ん丸な青い瞳がきらめいていた。

 

「もちろん。シャーロットは?」

「ぐっすりよ。ホグワーツの枕、家より寝心地いいかも」

「その割に早起きだったんじゃない?」

 

ローズが揶揄うように言うと、シャーロットは「朝型なの」と笑った。

青い瞳がそのまま大広間の入口へ向けられる。

 

「そういえば、あの四人、夕べ騒ぎすぎてまたマクゴナガル先生に怒られたんだって」

 

シャーロットが示した方を振り返ると、グリフィンドールの制服を着た少年達が連れ立って入ってくるところだった。

 

「あの四人っていうか、ほぼポッターとブラックでしょ」

 

ローズがそう言うとシャーロットは「まあね」と頷いた。残りの二人──リーマス・ルーピンとピーター・ペティグリューは前者二名に比べれば大人しいタイプである。

 

「この短い間であんなに仲良くなれるのも不思議だよね」

「同感」

 

自分達のことを棚に上げて、ローズは端的に賛同するとクロワッサンを手に取った。

シャーロットが「ねえ」と身を乗り出す。喋ってばかりの彼女は目の前の朝食がちっとも減っていない。

 

「三人は一番好きな科目なに?」

「入学してまだ1週間しか経ってないじゃない」

 

呆れたようにリリーが言った。

 

「あたしは飛行訓練が一番好き」

「そりゃジュリアぐらい上手く飛べたらそうでしょ」

 

ローズはクロワッサンを飲み込んで言った。魔法界のことには疎い自覚があるが、ジュリアの飛行術はグリフィンドールの中でも一二を争う腕前だったんじゃないだろうかと思っていた。

 

「ローズが魔法薬学好きなのは知ってるけど、リリーは?あなたも魔法薬学?」

 

シャーロットは首を傾げながら、興味津々とばかりに青い目を煌めかせてリリーを見つめた。リリーは思わず笑ってしまう。

 

「魔法薬学は嫌いじゃないけど、ローズほどじゃないわ」

「じゃあ何が一番好き?」

「私は──」

「やあ、リリー!」

 

シャーロットとリリーの会話に割って入ったのは、言わずもがなジェームズだった。

彼はリリーを見つけるなり、すぐに声を上げてこちらに向かって歩いてくる。シャーロットが「うわ、また来た」と声を潜めることなく言った。

リリーは思わず小さなため息をつく。

 

「おはよう。今日は一段と綺麗だね」

 

リリーを除く三人の女の子達は目配せをしあった。ジュリアなどは今にも笑い出しそうな顔をしている。

 

コンパートメントで一緒になった時点でジェームズがリリーに好意を持っていることは気づいていたが、寮が同じになったことが彼の行動に拍車をかけるのはローズにとって予想外だった。

ジェームズはテーブルの前に立ち、腕を組んで得意げな笑みを浮かべている。リリーは笑顔を引っ込めてその顔を見上げた。

 

「昨日の夜も怒られたのに、また朝から騒がしくするつもり?」

 

リリーの鋭い言葉にジェームズは一瞬たじろいだが、すぐに自信を取り戻す。

 

「そんな冷たいこと言わないでくれよ。朝から君の声を聞けたおかげで、一日が良いスタートを切れそうだ」

 

ジュリアが「イタリア人も顔負けの口説き文句ね」と呟いたので、ローズとシャーロットはこっそり吹き出した。

一方のリリーはジェームズの言葉に眉を上げ、呆れた表情を浮かべると何も言わずに新聞を開いた。会話は終わりだという意思表示らしい。

 

 

少し離れたところへ座っていた友人達のもとにジェームズが戻ると、シリウスは笑いながらジェームズの肩を叩いた。

 

「1週間もあの調子なのによく何度も声をかけに行くな、ジェームズ」

「まだ1週間しか経ってないだろ、シリウス。伸びしろは大いにあるさ」

 

ジェームズは自信満々に答えたが、その向かいに座ったリーマスは控えめに笑いをこらえていた。ピーターはすでに目の前の食べ物に手を伸ばしている。

 

「ねえローズ、リリーって本当にポッターに興味ないの?」

 

「やっと座ったわね」と愚痴るリリーを見ながら、ジュリアはローズに興味津々の顔を向ける。

だがローズよりも先にシャーロットが口を挟んだ。

 

「あるわけないじゃん。でしょ、リリー?」

 

リリーは大きなため息をついた。

 

「あるように見えるの?それよりシャーロット、あなたいつまで食べてるつもり?」

 

ジュリアとローズが来たときからシャーロットの皿の中身は全く変わっていない。ローズは思わず「喋りすぎだよ」と突っ込んだ。

シャーロットが食べ終わるのを待って、四人は揃って席を立った。

 

「1時間目って魔法薬学?」

 

前を歩くリリーが振り返り、ローズは「そうだよ」と頷いた。シャーロットが笑いながら口を開く。

 

「そうそう、“ローズの大好きな”魔法薬学」

「マジ有り得ない」

「ジュリア、さっきからそればっかり」

 

ローズは思わず文句を言った。

 

 

***

 

 

その日の放課後、最後の授業を終えたリリーとローズは揃ってグリフィンドール寮を出た。

 

「ねえリリー」

「なあに?」

「セブルス、もういると思う?」

「呪文学が早く終わったってレイブンクローの人が言ってたから、もういるんじゃないかしら」

「だと良いけど」

 

並んで湖畔までの道を下る。一人だったら絶対迷子になる、とローズは思った。

 

「あれじゃない?」

「ほんとだ。セブルス!」

 

大きな木の根元に見えた人影が誰だか分かったところで、ローズは声を張り上げた。こちらを振り返るのが見える。

ローズはリリーの手を取って駆け出した。

 

「ローズ!急に走り出さないで!」

 

後ろから聞こえる文句にローズは笑いながらセブルスの元まで走った。肩で息をしながらも笑いが止まらないローズを見て、セブルスは呆れたように目を細めた。

 

「相変わらずだな」

「1週間で変わることの方が少ないと思うよ」

 

セブルスを真ん中にして、リリーとローズはその両脇に腰を下ろした。

 

「セブは友達できた?」

「何人か話すやつはいる。リリーは?」

「同じ部屋の子と仲良くなったわ。授業も一緒に受けてるの。ね、ローズ」

 

湖の方をぼんやり眺めていたローズは話を振られて視線を上げた。

 

「うん。あーあ、セブルスも一緒の寮だったら良かったね」

 

草むらの上に仰向けで倒れながら文句を言うと、リリーがくすくす笑ってセブルスをつつく。

セブルスが振り返るとリリーはその耳元に口を寄せた。

 

「ローズったら、組み分けが終わってからずうっとああ言ってるのよ」

「そうなのか?」

 

セブルスが驚きながら問い返すと、リリーはエメラルドグリーンの瞳を悪戯っぽく煌めかせて頷いた。

 

「好きな授業は魔法薬学って言ってるけど、それだって毎回スリザリンと合同なのがそれだけだからなんだもの」

「…変なやつだな」

「セブルス、聞こえてるよ」

 

文句を言って、それからローズはリリーを軽く睨む。

 

「リリーだってセブルスが一緒だったら楽しいくせに」

「もちろんよ」

「じゃあ私のこと言えないじゃん」

 

ローズは笑いながらそう言って、仰向けにしていた身体をごろりと転がしてセブルスの方へ向けた。

 

「寮でほんとに何ともない?」

 

セブルスの黒い瞳がローズの翡翠色の瞳を見た。

 

「何でそんなことを聞くんだ」

「お父さんのこと話してくれたときだって、本当は隠すつもりだったでしょ」

「セブ、本当は何かあったの?」

 

ローズの言葉を聞いて、リリーは妹の言わんとすることに気がついたらしい。2年前と同じように言葉を重ねてくる。

 

「大したことじゃない」

 

セブルスは呟いたが、両脇からの視線に耐え兼ねたのか溜息を一つつくと口を開いた。

 

「僕が他の同級生よりも呪文に詳しいから、それを快く思わないやつらがいるんだ」

「でもそれは、セブが家で本を沢山読んでたからでしょう?そんな風に思われる筋合いは無いわ」

 

リリーは憤りを顕わにして言った。セブルスはそんなリリーを眩しそうに見つめる。

 

「僕は気にしてない」

「セブルス」

「本心だよ、ローズ」

 

セブルスは顔を真っ直ぐ前に向けたまま、口を挟もうとしたローズを遮った。

 

「7年にルシウス・マルフォイという監督生がいるんだ。彼は僕の知識や才能が同級生よりも優れてるって評価してくれた」

「じゃあセブのこと、ちゃんと見てくれる人がいるのね。良かった!」

 

リリーが無邪気に笑う。セブルスも顔を綻ばせた。

ローズは身体を起こしてセブルスの顔を覗き込み、「じゃあ()()()()()()()()()は気にしてないってこと?」と尋ねる。彼が大丈夫だという確信がどうしても欲しかったのだ。

セブルスは一瞬だけ目を伏せて、すぐに視線を上げた。

 

「僕は気にしてない。本当に」

 

セブルスの声は冷静で、その落ち着いた様子が逆にローズを少し心配させた。

じっとセブルスを見つめたまま「本当に、それだけ?」と問い返すと、セブルスは一瞬の間をおいて頷いた。

 

「本心だ。君たちがいてくれればそれで」

 

セブルスの向こう側からリリーが気遣わしげな視線を向けた。

 

「セブ、本当にそう思ってるの?」

「ああ。二人が僕の友達でいてくれるだけで十分なんだ」

 

セブルスが少し笑みを浮かべると、リリーも柔らかい微笑みを返した。ローズは軽く笑顔を見せて「それならいいけど!」とおどけてみせる。

 

しかし、ローズの心の中にはまだ完全に納得していない部分が残っていた。

セブルスの言葉は確かに本心かもしれないが、彼が今抱えている不安や孤独のすべてを打ち明けているわけではないような気がしてならない。

 

ローズとリリーの視線がかち合う。妹の気持ちを的確に汲み取ったリリーは、セブルスの顔を眺めて優しく声をかけた。

 

「セブが何か嫌なことを我慢してるんじゃないかって、私たち、ちょっとだけ心配してるの。大丈夫ならいいんだけど」

 

セブルスは少し目を伏せてから、穏やかに首を振った。

 

「何も我慢なんかしてない。本当に大丈夫なんだ」

 

その言葉はローズを完全には納得させなかった。だがローズはこれ以上何か言う(すべ)を持たず、ただ黙って湖へと視線を投げたのだった。

 

 

 






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