冷たい女   作:Y.E.H

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第3章の投稿を開始します。
ヒューストンの身の上に事件が起こり、隅田との関係にも大きな影響が出ます。


第3章
第3章・第1節


 暦の上では秋も深まりつつあるのだが、隊のあるこの地は季節感に乏しい。

強いて言うならあの最初のハリケーンから何度か同じ様な嵐が襲来した位だが、その度に施設のどこかしらに不具合が出た程度で、面倒事が増えた以上の風情は無かった。

 

「済まないヒューストン、先月の業務日誌の――」

「何でしょうか?」

「い、いや、何でも無いんだ……」

「御用の際は何時でも仰って下さいね」

言葉は丁寧だし言っている事もごく普通の筈なのだが話し方にはかなり険が有り、明らかに何かを頼めるような雰囲気ではない。

このところヒューストンの機嫌は悪く、特にこの数日は一層険悪である。

例の海難未遂騒ぎがあってから隅田は隊の艦娘全員に謝罪をしたいと言い続けていたのだが、ヒューストンと飛鷹が説得してどうにかそれを思い止まらせた。

そしてその代わりに艦娘達と彼が私的に食事をするなどして、非公式に謝意を伝える様にしてはどうかと言う提案を受け容れて、順次それを実行して来たのだ。

ただ、この試みにはグラーフ・ツェッペリンやアークロイヤルらが『司令官たる者が部下の機嫌を取り結ぼうなどとは姑息ではないか』と批判的だった。

ところが蓋を開けて見れば艦娘達にはとても好評で、最も批判的だったグラーフに至っては、

「成る程、司令官としての適性には伴侶としたくなる異性に求められる条件に通じるものがあるのだな」

等と口走ってヒューストンを慌てさせる程であった。

もちろん各艦娘と1対1ではなく概ね国別のグループ毎にその様な席を持ったのだが、それらが一通り終わった後で、飛鷹・ポーラ、そしてヒューストンとは個別にディナーの機会を持ってくれたのだ。

にも関わらず、飛鷹とポーラは恙無く終えたと言うのに、どうした事かヒューストンとの予定だけは二度も邪魔が入って延び延びとなっていた。

 

(こんなのって無いわ⁉ それともあたしには少々無理を言っても大丈夫とか思われてるのかしら?)

 

彼の為を思って勧めた艦娘達との懇親も予想以上に成果が上がり過ぎてしまい、ライバルを増やしてしまったのではないかと思うと余計に気が気ではない。

 

(本当に……グラーフったらまさか本気じゃないわよね?)

 

隊に着任して以来凡そ女としての貌を見せたことがない彼女だが、その容姿はと言えばヒューストンですら妬ましさを感じる程なのだ。

眩いばかりのプラチナブロンドの髪を何故か可愛らしさを感じさせるツインテールに結び、大理石を思わせる真っ白な肌とラピスラズリの様な美しい空色の瞳に目を奪われるが、それ以上に男達の視線を釘付けにするのは不釣り合いな程に豊満なその肢体だ。

その関心の高さたるや、嘗て彼女が米国を表敬訪問した折には、海軍の男共が彼女の話題で持ち切りになった位である。

幾ら彼が飛鷹の言う様な『堅物』であったとしても、男性である以上はそんな容姿や肉感的なスタイルに全く無関心ではいられ無いだろう。

そんな事ばかりクヨクヨ考えているとどうしても焦燥に駆られてしまい、つい隅田に八つ当たりしてしまうのだった。

 

(駄目ね――こんな子供染みた事してたら本当に嫌われちゃうわ……)

 

何度と無くそう反省はするのだが、そう簡単には素直になれずに、彼が口を開く度についつい冷たい態度を取ってしまう。

あれこれ悩んでいる暇があれば自分から口を開いて何時もの様に話し掛けたならあっさり解決する筈なのに、その簡単な事がどうしても出来ない。

そうして葛藤している間に、どうやら意を決したらしい隅田が改めて声を掛けて来る。

「済まないヒューストン、どうか私の話を聞いて欲しい」

 

(来た! 今度こそ普通にしなきゃ――)

 

「私は副長です、司令のお話を伺うのは当然ですわ」

 

(バカバカ! あたしの馬鹿! さっさと言い直しなさい⁉)

 

「そう言う意味では無いんだ、君が腹を立てている事に付いてどうか――」

「司令、それでは私が任務に私情を差し挟んでいる様に聞こえますわ?」

 

(何やってるのよあたし――もう最悪だわ……)

 

これ程自分自身がどうにもならないのは本当に久し振りの事だ。

もちろんその久し振りの記憶は思い出したくもないネガティブなものでしか無いし、何よりそんな自分を少なからず克服した筈なのに……。

「――君に不愉快な思いをさせているのは私の責任だ。だから、どうか私に挽回のチャンスを与えてはくれないか」

 

(ちょっと何考えてるの⁉ ここ迄言わせておいてまだ素直になれないの?)

 

さすがにこれ程下手に出てくれているのを撥ね付けたりすれば、折角積み上げて来た彼との関係が修復不可能になりかねない。

とにかく必死に己自身の手綱を引き絞るが、上手く言葉を紡ぎ出す事が出来ずに黙ってしまう。

「……」

「もう一度頼みたい、どうか――」

コンコン!

 

(信じられ無い! 一体誰なのよ⁉)

 

どうにか仲直りのチャンスを掴み掛けていると言うのに、このタイミングで邪魔が入るとは!

誰であろうが絶対に許さないと胸中で啖呵を切り掛けた次の瞬間、ノックの主がドアの向こうで声を上げる。

「グラーフ・ツェッペリンだ、哨戒演習の帰投報告をしたい。入室を許可願いたい」

よっぽど無視してやろうかと思い掛けたのだが、隅田が真っ直ぐに視線を合わせて来たのでそう言う訳にも行かなかった。

「どうぞ入室下さい」

辛うじて平静を保ちながら応じると一瞬の間をおいてドアが開き、常日頃と変わり無く威儀を正したグラーフが現れる。

悠然と、そしてカツカツと靴音高く歩を進めた彼女は隅田のデスクの前で止まり、一際高くカツンと踵を打ち鳴らして敬礼する。

「本艦以下第2編成の哨戒艦隊は0829に当隊を出撃し、1531に全艦帰投した。詳細はこちらの通りだが、直接の接敵及び戦闘は無かった。司令におかれては、今この場にて本艦に確認を要する事柄があればどうかご質問されたい」

そう言いながら差し出されたタブレットを受け取った彼は、表示された画面にサッと視線を走らせた後で顔を上げると口を開く。

「お疲れ様でしたグラーフ・ツェッペリン君、直接の接敵が無かったと言う事だが何らかの索敵手段によって不審な存在を感知はしたと言う理解で良いだろうか?」

「司令のご理解は正しい。本艦麾下の駆逐艦マックス・シュルツが水測によって不審な音源を感知し、本艦の艦載機によってその音源が深海棲艦であることを確認した」

「敵の行動に関して、貴艦の推測は?」

「我が艦隊の行動を監視する事が目的だったと推測している。しかしながら当方が感知・確認していた事を察知していた様子は見受けられず、攻撃的な意図を有して監視していたと迄は言い難いとも感じる」

「成る程――いや有難う、報告は後程確認させて貰うので、本日の哨戒任務はこれにて完了とする。麾下の各艦にも伝達願いたい」

「了解した、では以上で帰投報告を終了する――――と、それとは別件なのだが、司令におかれてはもう少々お時間を頂けないだろうか?」

 

(ちょっと何? まさかグラーフったら……)

 

これ迄彼女が勤務中に司令に対して余計な話をした事など一度もない。

もちろん軍務に関係した話なのかも知れないが、そうであれば彼女はわざわざこんな風に断りを入れたりはしない筈だ。

俄に不安が募ってきたヒューストンを余所に、隅田はあっさりと肯ってしまう。

「長時間で無い限り全く問題ない。どう言ったことだろうか?」

「それではお言葉に甘えて――オホン、先日は我らと懇親の席を設けて頂き、改めて御礼を申し上げたい。本当に有意義な時間を過ごさせて頂いた」

「いや、感謝するのは私の方だ。そもそも公式に謝罪をすべき処なのに、皆の度量に甘えてあの様な形で容認して貰っただけなのだから」

「それは些か謙遜が過ぎるのではないか♪ 司令であろうが我ら艦娘であろうが等しく過ちを犯すものだ。その度に公式に謝罪などしていたら、それこそ軍務にならないだろう」

「そこ迄言って貰えるとは感謝に耐えない。今後も気が付いた折には直言してくれると有難い」

「無論その様な機会があれば遠慮なくさせて頂くが、本艦がする迄もなく、司令にはまことに得難い副長がおられるではないか」

 

(えっ!?)

 

思わずビクンと反応して顔を上げたヒューストンには触れること無く、彼女はそのまま言葉を続ける。

「そもそもこの度の懇親についても副長殿のご提案だと聞いているが、本艦では到底思いも付かないだろうな。我らの進言を聞き入れて頂くことは有難いが、司令が何より重んじるべきは副長殿の言葉では無いかな」

「――いや、全くその通りだと思う。それこそ得難い進言だよ、有難うグラーフ君」

「司令には初めてそう呼んで頂いたな。もう一歩踏み込んで『グラーフ』と呼んで頂きたい気持ちも無いでは無いのだが、それでは副長殿と差別化が出来ないので我慢しておくこととしようか♪」

「ちょっと、グラーフったら……」

「司令は副長殿に並々ならぬ信頼をおかれていると思うぞ、だから貴殿もその信頼を疑ること無くはっきりと直言してはどうかな? 『私への御礼は何時になるんですか?』とな。どうだ、言葉にすれば一言ではないか♪」

「もう、揶揄わないで頂戴⁉」

「これは失礼♪ 余計な差し出口が過ぎた様だな、それではこの辺で退散する事としようか。司令、お時間を取らせて申し訳無い、この後は出来る限り邪魔が入らぬ様に皆に声掛けしておこう」

「良い加減にして!」

「ハハハ、では失礼する」

そう言った彼女はサッと身を翻すと入って来た時と同じく悠然と退室して行く。

バタンと音を立てて扉が閉じた後、暫くの間室内は静寂そのものだった。

 

「あ、あの――」

「わ、私は――」

 

二人が同時に口を開き、そして同時に口を噤む。

ここで思春期の少年少女であれば互いに譲り合おうと再び同時に口を開く処かもしれないが、ヒューストンと隅田は既に十分大人だった。

頬を染めて上目遣いに視線を投げ掛けた彼女に、彼はしっかりとした口調で改めて語り掛ける。

「ヒューストン、改めて君にお詫びをしたい。今回の事で一番感謝しなければならない筈の君への礼が未だ出来ずにいることは、私の失態だ。もちろん君を軽んじる気持ちなど欠片も無いが、だからと言ってその為に軍務を疎かにしたのでは私を補佐してくれている君に申し訳が立たないと思ったからだ。どうか理解して貰えないだろうか」

「いえ、あたしの方こそ大人気ない態度を取ってしまって本当にお恥ずかしいですわ――その上こんなにお気を遣わせてしまうだなんて、副長失格ですわね……申し訳ありませんでした」

「どうかそんな事は言わないで欲しい。何度も言うが君の補佐があればこそ私は当隊の指揮を務める事が出来ていると思っているし、この先も君以上の副官を求める事など至難の業としか思えない」

「そこ迄言って頂いて、あたしには本当に過ぎたお言葉ですわ――まさかグラーフにあそこまで世話を焼かれるとは思ってもおりませんでしたけど♪」

「でも、私としては彼女に最大限の感謝をしたい。こうして君に詫びる事が出来る機会を作ってくれた――それに、それだけでなく、その――」

そこ迄言っておいて急に言葉尻を濁した隅田は、視線をそらして口を噤んでしまう。

「司令、どうかされましたか?」

「い、いや、何でも無いんだ、気にしないで貰いたい」

そう言われて素直に引き下がる訳には行かない。

明らかにここは押しどころなのだ。

「司令?」

「な、何だろうか?」

「あたし、お聞かせ頂きたいですわ♪」

「待ってくれないか、君がどうしても聞かねばならない様な重要な事では無いんだ」

「いいえ、きっととても大事なことですわ。それに、もし本当に仰る通り重要では無いのでしたら、話して頂いても全く問題無いと思いますし?」

「いや、そう言う趣旨の事では無いんだ、単なる私的な感想でしか無いので重要では無いと言っただけであって――」

「話して頂けないのでしたら――あたし、また拗ねて無愛想になってしまうかも知れませんわよ?」

「えっ! いやそれは困る――君に冷たくされると本当に堪えるんだ」

「でしたら、話して下さってもよろしいでしょう?」

そう言ってここぞとばかりに顔をグッと寄せて見せると、彼は観念した様に横を向き、低い声を出す。

 

「き、君の滅多に見られない処が見られたのが、その――嬉しかったからだ……」

 

「――――もう一回仰って下さい」

 

「え?」

「良く聞こえなかったのでもう一度仰って下さい」

「な――その――い、いやダメだ。この件はもう終わりにしよう」

「ダメです! ちゃんと聞こえなかったんです、もう一度ちゃんと言って下さいぃ」

「いや、本当に終わりだ、さっきので最後だ」

「そんなのダメですぅ、もう一度言って下さい!」

「ダメだダメだ、こればかりは君の頼みでも無理だ」

「どうしてですか⁉ あたし、どうしてももう一度聞きたいんです! 今度は良く聞こえる様に耳元でちゃんと仰って下さいぃ」

「ば、馬鹿な事を! そんな事出来る訳が――」

ドンドンッ!!

「あんた達! 勤務時間中に何やってるのよ⁉ さっさとここを開けなさい!」

 

扉が壊れるかと思う程の激しいノックと共に飛鷹のヒステリックな叫び声が響き渡り、隅田とヒューストンは同時に飛び上がる。

「す、少しだけ待ってくれないか飛鷹! すぐに開けるから――」

「待てないわよ! 今すぐ開けないと扉ぶち壊すわよ⁉」

「そうですよぉ〜ほんとにぃ壊しちゃいますからねぇ〜?」

「ポーラ君! 君も一緒なのか?」

「もちろんですよぉ〜、ポーラはぁ、司令のピンチには真っ先に駆け付けるんですからぁ♪」

「ちょっと、ピンチって何よピンチって!」

「決まってるでしょ⁉ ややこしい女に絡まれてるんだからどう考えたってピンチじゃない!」

「それはおかしい! 私は副長と会話していただけであって何も危険など無い」

「そんな事どうでもいいからさっさと開けなさいよ⁉」

「司令の公務室に無理矢理押し入るとかそれこそ軍法会議ものよ⁉」

「軍法会議が怖くて艦娘なんかやってられないわよ!」

「そうだそうだぁ~♪」

「この間と言う事が違い過ぎるじゃない!」

「それはそれこれはこれよ! 時間稼ぎしてないでとっとと開けろ!」

「開けろぉ~♪」

扉の向こうで気勢を上げる二人の様子に思わず顔を見合わせたヒューストンと隅田は、同時に苦笑する。

「仕方無いな、私は彼女らに詰問される覚悟を固めたよ」

「うふふ、あたしも観念しましたわ♪」

「では、地獄の釜の蓋を開け様か」

「ええ、そう致しましょう――どうぞ入室ください」

そう言って開錠した途端にバンと弾ける様な音を立てて扉が全開し、目を吊り上げた飛鷹と一体何がそこ迄楽しいのかと疑いたくなる程笑顔のポーラが駆け込んで来る。

しかしデスクの真正面に立って両手をついた飛鷹に対して、デスクを回り込んだポーラはいきなり横から隅田に抱き付く。

「あっ、ちょっと、あんた何やってんのよ⁉」

「えへへぇ〜司令、ご無事でしたかぁ〜♪」

「ポーラ君、私には危険など無いからそんな事をする必要も無いぞ」

「ダメですよぉ〜こうしてちゃんと触って確認しないとぉ、見落としがあったら司令の命に関わりますからねぇ〜♪」

「目茶苦茶な事言ってないですぐに離れなさい! 仮にも隊内でそんな事が許されるわけ無いでしょ⁉」

「あんたこそ勤務中に『そんなのダメですぅ♪』とか甘ったれた鼻声出して何やってたのよ!」

「立ち聞きしてたの⁉ それこそれっきとした規則違反じゃない!」

「通り掛かったら偶然聞こえただけよ!」

「偶然二人揃って通り掛かって、偶然二人共聞こえたから怒鳴り込んで来たって訳⁉ 都合が良すぎるじゃない!」

「出た出たぁ〜お得意の揚げ足取りぃ〜♪」

「あんたはさっさと離れろ!」

「ポーラ君、君のその行動で私は次回の査察対象になるかも知れないんだ。今すぐ離れてくれなければ困る」

「聞こえたでしょ⁉ 貴方の国と違って他の国軍はセクハラには厳しいのよ!」

「あーん、司令聞きましたかぁ? あんな非道い事言う副長はもう解任した方が良いですよぉ〜?」

「いや、それ程非道いことは言っていない様に思うんだが……」

「司令までそんな事言っちゃいますかぁ〜? ポーラ悲しくて立ち直れ無いですぅ〜」

そう言って益々しっかりと抱き付く彼女にブチ切れそうになったその時、開け放たれたままの扉の向こうに見える廊下の窓際でグラーフがこちらを見てニヤリと笑う。

 

(そうか、そう言う事ね!)

 

頭の中で何かが閃き、意味有り気なその笑みの意図が理解できたヒューストンは、咄嗟に思考を巡らせると実行に移す。

「司令、あたしが無遠慮に馴れ馴れしい態度を取ってしまったのが原因ですわ――申し訳ありませんでした」

「待ってくれ、何を言うんだ」

「二人共ごめんなさいね。あたしが調子に乗っていたからついカッとしてしまったのよね。これからはもっと注意します」

そう言って頭を下げて見せる。

「……」

毒気を抜かれた体で思わず黙ってしまった飛鷹に視線を合わせた隅田が、抱き付いていたポーラの腕を掴んで解くと、彼女は少々名残惜し気にしつつも素直に従う。

「二人共この辺りで退室したまえ、もう充分だろう?」

「いや、そもそも充分とか言う話じゃないわよ」

「だとしてももうここ迄だ、君達は私の副長に頭を下げさせたんだ、それともまだそれ以上を望む積もりなのかな?」

こう言われてしまっては返す言葉が無かった。

「――失礼しました」

渋い顔をした飛鷹が不承不承敬礼をすると、さすがに笑顔ではなくしょんぼりとしたポーラもそれに倣い、トボトボと退室していく。

 

音を立てて扉が閉まった後で、大きな溜め息を吐いた彼がこちらに向き直る。

「君にはまた借りが出来てしまった。何の落ち度も無いのに私の為に頭を下げてくれた……有難うなどと言う言葉では言い表せない位感謝している」

「そんな大袈裟なものではありませんわ、ああでもしなければあの場が治まらなかっただけです♪」

そう言って微笑むと、彼は久し振りに見せる晴れやかな笑顔で応える。

「君に会えた事を心から感謝しているよ。一日も早くこの感謝の気持ちを具体的な行動で示したい、日程の相談に乗ってくれるだろうか?」

「ええ、喜んで」

 

(本当に有難うグラーフ、貴方のお陰だわ――何かお礼でもしなきゃいけないわね♪)

 

「おや、何か気がかりな事でもあるのかな?」

「うふふ、大した事では無いんですけど、そう言えば以前グラーフが宿舎の居室の件で相談したがっていたのを思い出しただけです♪」

「そうだったのか――では、一度彼女に話を聞いて見るとしよう」

「ええ、お手隙の折にでもお願い致します」

勘の良い彼女の事なので、おそらくは此方の配慮を察してくれるだろう。

そう思いながら、ここ暫くのモヤモヤが洗い流されて行く様な朗らかな気分に胸の中が満たされて行くのを感じていた。

 

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