冷たい女   作:Y.E.H

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第3章・第3節

 こちらが急速に接近し始めた事を察知した敵は、彼我の距離を保とうとしているのか、緩慢ながら移動を始める。

 

(やっぱりそう来るのね、どうしようかしら?)

 

当然ではあるが、こんな時に速度を上げて急追したりすれば敵は本気で逃げ出すだけの事だ。

無理に追い縋ったりすれば此方は味方と分断されて、最悪の場合敵の待ち伏せている罠の口に誘い込まれるかも知れない。

「パースちゃん、ジョン⁉ 方位90に転針、第1戦速!」

「アイアイサー!」

一先ず接敵を諦め様としている体を装う事にする。

そう易々と信じてくれると迄は期待していないが、此方の意図を測り兼ねて逡巡させる位は出来るかも知れない。

 

(さあどうするのかしら? 迷ってるよりあたしと話した方が良いわよ姉さん♪)

 

そう胸の裡で話し掛けて見るものの、相変わらず姉が応答する気配は無い。

しかしその代わりと言う訳では無いが、敵はヒューストンのカムフラージュに引っ掛かったのか速度を落として元のコースに戻り始めたとガンビア・ベイからインカムで報告がある。

 

「きっちり引っ掛かりましたね! どうします?」

少々嬉しそうにジョンが問い掛けて来たので意見を聞きたいと言う代わりにパースの顔を見ると、彼女は直ぐに意を悟ってくれる。

「積極的に『声』を発信して見てはどうでしょうか?」

「そうね、そもそもそれが目的なんだからそうすべきよね」

「わたしとジョンストンさんが周辺警戒をしますから、ヒューストンさんは交信に集中して下さい」

「パースさん! ジョンで良いんですよ、ジョンで」

「ご、ごめんなさい――ジョンさん?」

「『さん』も要りませんよ!」

「え、ええ判り――いえ、判ったわ」

こう言う微笑ましい遣り取りをされると、思わず二人共抱き締めたくなってしまうが辛うじて我慢する。

「じゃあ二人共お願いね、ちょっと頑張って見るから」

「ハイ!」

とは言うものの『声』を聞いた事はあっても会話をした経験は無いので、只集中して懸命に言葉を念じる位しか出来ない。

 

(姉さん、シカゴ姉さん! 聞こえたら返事をして? お願い!)

 

だが、自分の想念だけがまるで木霊の様に頭の中を乱反射して行くだけの様で手応えが無い。

それでも暫くの間は一心不乱にそれを続けて見たものの、やはり反応らしいものは何一つ返って来ない。

同じ事をずっと繰り返しているとどうしても集中力が切れて来るので、時折念じる言葉を変えたりしながら更にもう少しそれを続けて見る。

しかしやはりそれらの言葉は己の内部だけに止まっているらしく、外へと発信されている様な実感が全く湧いて来ないままだ。

 

(はぁっ――一体何がダメなのかしら……)

 

さすがに空しい努力に倦んで来てしまい、溜め息を一つ吐いて眼を開ける。

そうして周囲を見回して見たものの最前から変化がある訳ではなく、パースとジョンのやや心配そうな眼差しが見詰めるばかりだ。

「ヒューストンさん、現在迄のところ有効索敵圏内に未確認の艦影を認めません」

「水測可能な範囲内に不審音源ありませんよ!」

「二人共有難う、残念だけどあたしの方も手応え無しだわ」

「やっぱり難しいんですかねぇ~」

「でもそうも言ってられないから、もう少しやって見るわ」

「頑張って下さいね」

真顔でそう言ったパースに笑みを返してから再び『声』に集中する。

今度は只言葉を念じるだけで無く、たった今付近の海上にいる筈の姉の姿を想像して見る。

姉のノーザンプトンは確かにヒューストンと同じブロンドで背恰好なども概ね変わりないが、それ以外に似ている所はない。

なのでシカゴの姿も身長と体格位しか共通点が無い(髪はどうせ真っ白なのだろうし)と思えば本当に単なる想像の域を出ないのだが、やれる事を試して見る迄だ。

脳裏に精一杯の想像力を巡らせた絵を思い描き、想像上の姉に呼び掛ける。

 

(姉さん! お願い返事をして!?)

 

具体的なイメージがある所為なのか、先程よりも意識が深く没入する感覚がある。

周囲の気配が消え去り、想像上の姉の存在が更に大きく広がった様な不思議な光景が脳裏を満たすと共に、突然音が――いや『声』が響く。

 

(ナニモノダ!)

 

想像の中の姉がこちらを振り向いた様な気がした――いや、本当に振り返ったのかも知れない。

一瞬で高まった緊張を抑え込む為に深呼吸をすると、再び姉の姿に意識を集中する。

 

(姉さんあたしよ、貴方の妹のヒューストンよ! 聞こえる?)

 

(――ナンダト? キサマハナニモノダ! コレハナンノマヤカシダ?)

(まやかしなんかじゃ無いわ⁉ これは『声』よ、姉妹艦同志ならこうやって心を通じ合うことが出来るの!)

(ウソヲツクナ! ソンナハナシナゾキイタコトモナイ、ドウセマタニンゲンドモガツクリダシタコテサキノシカケダロウ)

(嘘じゃ無いわ、確かに人間達は色々な物を次々に開発するけど、さすがにこんな事迄は簡単に出来たりしないわ⁉)

(ソンナタワゴトヲハイソウデスカトシンジルトデモオモウノカ? ワガシマイノナヲカタッタクライデカンタンニダマセルトデモオモッタカ、コノシレモノメ!)

(あたしは本物のヒューストンよ、偽者なんかじゃないわ! 貴方がもし本当にシカゴ姉さんだったら、あたしが何者なのか位感覚で判る筈よ?)

 

そう言うと姉は沈黙してしまい暫し無言の時が流れるものの、不思議に会話の糸が繋がっている様な感覚はあり、まるで電話口の向こうでただ黙っているのをじっと待っているのに似ていた。

そして幾許かの後、再び彼女の『声』が脳裏に響く。

 

(――――モシオマエガホントウニヒューストンダトイウノナラ、オマエハワレワレノテキダ。ハナスコトナドナイ)

 

言葉は硬いが、先程よりも幾らか落ち着いた気配が伝わって来る。

まだ完全に受け容れて貰えた様ではなさそうだが、少なくとも姉妹間に通じる何かは感じ取ってくれたらしい。

 

(聞いて姉さん――敵だと言うけれどそれは偶然そうなっただけの事よ。今の様になるずっと前からあたし達は姉妹だったんじゃないの?)

 

またしても沈黙が流れ、このまま会話が途切れて終わってしまうのではと言う不安が湧き掛けるが、幸いにもそうはなら無かった。

 

(…………ソレハ、オマエノイウトオリカモシレン……)

(判ってくれるのね、だったらもう少しだけあたしの話を聞いてくれない?)

(ソレハ、ハナシノナカミニヨルトシカイエンナ。マシテヤコンナホウホウデイシヲツウジルナゾハジメテノコトダ、オマエガホントウニヒューストンダトシンジタワケデモナイカラナ)

(いきなり信じてくれと言うのが難しい位は理解してる積もりよ。でも、もし同意してくれるんだったら直接会って話しても構わないわ。そうすればあたしが本当にヒューストンだと判って貰えると思うし)

(ソレコソヨウイナハナシデハナイ、オマエガヒトリデコチラニクルトイウナラハナシハベツダガナ)

(そう言うからには姉さんだってそれが難しい事は承知してるのよね? でも、もし姉さんも一人で来てくれるのならあたしも一人で行くわよ、折角出会えたこのチャンスを大切にしたいの)

(オマエガハナシタガッテイルコトハヨクワカッタシ、アッテハナスコトモケントウシヨウ。ダガサキホドモイッタトオリナカミニヨルノダ。ヒューストン、オマエハコノワタシニナニヲハナシタイノダ?)

 

ここは一体どの様に切り出すべきなのだろうか?

今のところ、姉はヒューストンに対して姉妹間で通じ合う感覚の様なものは認識してくれた様ではあるが、かと言って信用してくれていると迄は言えない様子だ。

この状況でストレートに深海棲艦達に別れを告げて米国に帰還して欲しいなどと言っても、突っぱねられて終わりかねない。

もう少し会話を続けて、姉妹や嘗ての仲間達への感情を引き出す様に試みた方が良いかも知れない。

 

(ねえ、シカゴ姉さんの近くには昔の艦隊の仲間はいるの?)

(タショウハイルゾ、ブルーナドガナ。ソノクライノコトハオマエタチハシッテイルノデハナイノカ?)

(誰がそちら側にいるのか位しか判って無いわ。あたしは姉さんが孤独を感じたりして無いか気になったから聞いたのよ)

(ズイブンセンチメンタルナコトヲキニスルモノダ、オマエハイマコドクナノカ? ソチラニハノーザンプトンモイルノデハナイノカ?)

(ええいるわよ、ここ何ヶ月かは会って無いけれど。姉さんはノーザンプトン姉さんとも一度も接触した事は無いのよね)

(ソウダ、カツテノシマイトセッスルノハオマエガハジメテダ。オマエハソレホドワタシニアイタガッテイタノカ?)

(もちろん姉さんの事を片時も忘れた事は無かった――何て言ったら言い過ぎだけど、それでもこうして姉妹同士が離れ離れになっているのを残念に思っていたわ。姉さんはそう思わなかったの?)

(ムロンソウオモワナイワケデハナイゾ、シカシソレイジョウニオマエガニンゲンノガワニイルノガヒジョウニザンネンダナ)

(姉さんがそちら側にいるのは偶然の成り行きだと思ってるわ、だからこそ出来るだけ早く直接会って正直な気持ちを聞いて見たいし、艦隊の仲間に引き合わせてあげたいと思ってるのよ)

(コウシテオマエトイシヲツウジアウノハハジメテダガ、ソコマデワタシヲキヅカッテクレルノデアレバ、イッソオマエガワレワレノナカマニナレバヨイデハナイカ?)

(あたし一人がそちらに行くどうこうの事じゃ無いわ、それともまさかノーザンプトン姉さんや仲間を全員連れて来いとでも言う積もり?)

(ソレガデキルノデアレバソレニコシタコトハナイゾ、ソウデナカッタトシテモ、オマエガコチラガワニキテクレルダケデジュウブンダカラナ)

(――姉さん、それが無理な事は判るでしょ? 今更あたしの仲間達や人間達を捨てた上に、彼らを殺す側に回るだなんて……)

 

そう告げると想像の中の姉が嘲る様な表情になり、『声』も冷笑的になる。

 

(ツマリソウイウコトナノダロウ? ドコマデイコウガオマエハワレラヲヒテイシテイルダケダ。ハナシヲスルコトニイミガアルトハオモエンナ)

(それは姉さんも同じでしょ? あたし達や人間達を頭から否定して掛かってるだけだわ――だからあたしは少しでもその誤解を解きたいのよ!)

 

何時の間にか話柄が意図していない方へと転がってしまっているが、ここで諦めてはお終いになるばかりだ。

 

(姉さん聞いて、あたしだけが一方的に主張する積もりは無いわ。そちらの言い分もちゃんと聞いて人間達に伝えるから――だから会って話をして欲しいの)

 

かなり長い間沈黙が流れた後で、再び響いた姉の『声』は幾らか軟らかい調子のものだった。

 

(ワカッタ。ワタシモイササカキョウリョウニナッテイタヨウダ。オマエガノゾムノデアレバタガイニキョウキンヲヒライテハナシアオウデハナイカ)

(有難う姉さん! 本当に嬉しい――一刻も早く会いたいわ)

(アアワタシモダ、ヒューストン――ヤットサイカイデキルノダナ)

 

この温かな『声』こそヒューストンが待ち望んでいたものだった。

感動の余り、暫しその余韻に浸る彼女にはもうほんの数十分先にある筈の幸福な未来しか見えていない。

だが、もしこの瞬間に実際の姉を目前にしていたならば、その顔に邪悪な笑みが浮かんでいるのを目の当たりにしていただろう。

もう少しだけ冷静であったなら、何故姉がここまでダラダラと引き伸ばされた会話に付き合っておいてから彼女の望んでいた通りの答えを出して来てくれたのか、疑いを持つ事が出来たかも知れない。

 

(――さん――)

 

脳裏に微かに声が聞こえる。

 

(――スト――きけ――)

 

(何なの?)

 

やっとのことで多幸感から戻って来たヒューストンは、徐ろに眼を開ける。

 

「危険です! 避けてぇ!」

ジョンの悲鳴の様な叫びが耳をつんざき、慌てて視線を上げたその先にあったのは、幾つもの禍々しく揺らめく蜃気楼の様な塊――それらは姉達深海棲艦の放った砲弾であり、既に回避するには手遅れだった。

 

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