冷たい女   作:Y.E.H

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前章で、隅田がヒューストンを気に掛けている事を目の当たりにした飛鷹とポーラには焦りや苛立ちが生じ、それが思わぬ結果に繋がります。


第4章
第4章・第1節


 「5.02とは何なのだ? その出鱈目な数値は……」

アークロイヤルの半ば呆れた様なその反応に、夕張が些か極り悪そうに応じる。

「でも、これは何の加工も無いそのままのデータですから……」

「お気持ちは理解出来ますが、記録を信じる限りこれは事実なんですよMiss ArkRoyal」

会議室の大きなディスプレイに映った男性士官がフォローするかの様に口を挟む。

 

「しかし大尉、こんな数値が実際に記録された事は?」

隅田にそう呼び掛けられたその士官は、余り軍人らしからぬ優し気な笑顔を浮かべると、その印象そのままの柔らかい声で応じる。

「いえ、司令がご推察の通りその様な記録はありません。それどころかそもそもこんな数値は想定されておりませんでしたから」

「しかし現に想定外の事態が起こってしまっている。Miss Houston、改めてお聞きしますが何らかの予兆などは?」

ディスプレイに映るもう一人の男性――日本海軍の軍制にはこの隊に着任して初めて触れたヒューストンだったが、その階級章がどうやら海将補のものらしいと言うことは何とか判った。

「はい、残念ですが明確に認識出来る予兆の様な現象は何も感じ取れませんでした、Mr.篠木」

「そうですか――結局手掛かりらしい事象は無しと言う事か……」

「いや、全く無い訳ではありません。彼女の艤装とサンプリング周波数の適合性の高さは明らかに正常とは言えませんでしたが、その点はどう評価されていますか?」

「それが異常だと迄は言えんだろうな、少なくとも過去の似た様な前例は何れも偶然の一致でしか無かった」

隅田の質問は明らかに上官に対する口調で発せられたが、篠木の応答は何処となく気易さを感じさせるものだ。

「では、今回の事態に付いて今のところ解明の糸口は見当たらないと言う事でしょうか?」

何気ない雑談の折はあれ程口を挟むのに苦労するパースも、こんな会議になると積極的な発言が多くなる。

「糸口が無いと言う訳では無いと思いますよMiss Perth、少なくともこれ迄に艤装に関して積み重ねられて来た知見の延長線上で答えを見付けるしか無いという事です」

 

この渡来とか言う大尉の物言いは、先程からどうもヒューストンの内心にさざ波を立てる様で余り好きでは無かった。

優しさや行き届いた心配りを感じさせるのだが、それが行き過ぎているのか柔弱さが鼻に付くのだ。

とは言え彼は艤装開発の中心人物の一人だと言うことでもあり、今回の様な事態に関わって来るのは仕方が無いらしい。

 

「大尉の言う事は理解出来るが余りにも雲を掴む様な話ではないか? もう少し検討中の可能性なりを示して貰わねば議論にならん」

いささか不服そうに応じたアークロイヤルに対して最前のあの優し気な笑顔を浮かべた渡来だったが、直ぐに口を開くのでは無くちらりと篠木――恐らくは彼が直属の上官なのだろう――に向かって視線を投げ掛ける。

ところがそれに応じて某かのアイコンタクトなどを待つのかと思いきや、それも無いままに彼が喋り始めたのでおやと思ってしまう。

「現時点では全く推測の域を出ませんが、我々の解釈を共有しておきましょう。今回の事象に付いてはやはりMiss Houstonがご姉妹と思われる深海棲艦と遭遇された事が大きく影響していると考えています」

スラスラと滑らかに話し始めた彼に対して篠木は特段の注意を払うでもなく平然としている。

どうやらこの二人は単なる上官と部下ではなく、何かしらもっと深い結び付きがある様だ。

 

「もちろんそれだけが要因ではなく、先程隅田司令がご指摘なさった様に装備していた艤装とのサンプリング周波数の高い一致が無ければ今回の様な事態には成り得なかったでしょう」

「つまり、姉妹艦との意思疎通が引鉄になってヒューストン副長の生体信号が異常に高まるなどの事象が惹き起こされたために艤装が想定以上の増幅能力を発揮したと?」

「――そう言う見方も出来ると考えます」

そう隅田が纏めて見せたのに対する大尉の返事は、余り歯切れが良いとは言え無かった。

「ちょっと! 勿体つけた様な言い方は止めてくれない? 本当に相変わらずよねぇ」

「ご勘弁下さい飛鷹さん、技術的な検証可能性も含めて考えると何もかもお話してしまう事が良いとは言え無いと思いますよ」

ある意味当たり前の事だが、飛鷹や夕張は彼らと旧知の間柄だった。

新たに分かった事と言えば、飛鷹は隅田に対してだけではなく誰に対してもこの様な言動をするという事位だろうか。

 

(まぁ、人によって態度を変え無いのは良い事よね♪)

 

「渡来さん、確かに見方によっては突拍子もない事に聞こえるかも知れませんけど、やはり皆さんには共有しておく方が良いと思いますよ?」

階級を付けずにそう呼び掛けた夕張は、どうやら彼が口に出さずに済ませようとしている何事かを知っているらしい。

「実際の運用を担う現場としての考え方には同意します。ですが、各国海軍に伝わると言う前提では――」

「大尉の考えを否定する積もりは無いが、艦隊を預かる立場としては話して貰わねば困る。少し時間を掛ける必要があるのであればそれからでも構わないので共有して貰いたい」

威圧的な態度では無いものの隅田の声は堅い。

どうする積もりなのかと見ていると、これまた何のコンタクトも交わす事無く図った様なタイミングで篠木が喋り始める。

「分かった、それは私から話そう。一言断っておくが、現時点では全く憶測の域を出ない見解である事は承知しておいて欲しい。――我々は今回の事象を、艤装が限界を超えてMiss Houstonの内在する能力を引き出した為だと考えている」

 

(!)

 

その言葉のインパクトに全員が黙ってしまった静けさの中で、恐らくヒューストンだけが我知らず反応してしまったのだろうか、ちらと視線を動かした篠木が話しを振って来る。

「思い当たる節がありますか、Miss Houston?」

「ええ、正確な表現かどうか自信はありませんが――何というのか自分の生命力が吸い出されて行く様な奇妙な感覚がありました」

そう言った途端に会議室内がざわめき、やや興奮した様子で夕張が口を開く。

「本当ですかヒューストンさん⁉ それじゃまるで艤装そのものに意思があった見たいに聞こえますよ?」

「でも、そんな風に感じたのは事実だわ、余りにも荒唐無稽だからまさか報告書にそんな事を書く訳には行かなかったんだけど……」

「確かにあの時のヒューストンさんはおかしかったと思います! 追い付いた時、まるで自分の身体じゃあ無い見たいに不自由そうでした」

ジョンが昂ぶった調子で発言すると、画面の向こうの渡来が例の笑顔を畳み込んで問い掛けて来る。

「とても興味深いお話です、よろしければ今のお話の時の状態を、感想で結構ですのでお聞かせ頂けませんか?」

相変わらずやけに丁寧かつ馴れ馴れしさの欠片も無い物言いだが、無理をしている様子は微塵も無く、全く自然にこう言う態度が取れるらしい。

鼻に付くのを我慢しながらも出来るだけ感情を交えずに応じる。

「敵を追跡し発砲しているのは、全てもう一人の自分が勝手にやっている事の様に感じていました。ただ途中までは自分自身も消極的ながらそれを容認していたのだとは後から思いました。ですが、敵を1隻轟沈させた以降はそれ以上の追撃を止め様としても止める事が出来ず、まるでもう一人の自分自身と主導権争いをしている様な印象でした――とても際どかったと思っています」

 

喋り終えてからその場がシンと静まり返っているのに気が付き、言い様も無く落ち着かない思いをしていると隅田が話し掛けて来る。

「それは本当なのかヒューストン」

一瞬厳しい眼差しを予想したのだが、自然に交わったその視線は暖かいものだったので安堵する。

「ええ、先程も申し上げましたけど公式な報告に上げられるような話ではありませんし、せめて口頭でご報告をと思ってはいましたが結局この場が最初のご報告になってしまいました――申し訳ありません」

「それは気にしなくて良いんだ。ただ、今の話を聞いてやっと君が危険な程に衰弱していた事情が理解出来た、有難う」

そう言った彼は再びディスプレイに向き直ると、篠木と渡来のどちらとも言う事無く問いを発する。

「もし今の副長の話に符合する見解があればお聞かせください」

「事前にそう言う状況を想定していた訳ではありませんので、個人的な見解で宜しければ」

「無論です、是非お願いしたい」

「それでは――ご存知の通り艤装のシステムにはAIが組み込まれています。艤装着用者の生体信号は常にこのAIにモニタリングされており、増幅効果が最大になる様にシステム全体を制御しています。恐らくMiss Houstonの感情なのか意思なのか断言出来かねますが、それと生体信号のトレンド――これも推測でしかありませんが――にズレが生じた事で、まるで艤装がもう一人の人格に加担しているかの様な状況に陥ったのではないでしょうか」

 

暫し沈黙が流れた後でアークロイヤルが口を開くが、先程迄とは違って渡来の言葉がそれなりに腹に落ちた様だ。

「成程、その説明であれば納得出来る。人間で言うところの多重人格の様な現象が副長殿の身の上に起きた訳では無いという事なのだな」

「いや、その可能性が全く否定される訳では無いだろう。だとしても今の解釈は良く事象を説明出来ているとは思う」

「ええ、その際の状況を思い返して見ても特に違和感はありません。どうすれば検証出来るのかはちょっと思い付きませんが」

彼はアークではなく自分の方に顔を向けたので、視線を合わせつつ相槌を打つと微笑で応じてくれる。

「検証の方法はあると思いますよ! 生体信号の波形と強度、それと増幅率のトレンドを比較対象にして、当日の各自のバイタルデータ――あっ、それとヒューストンさんの戦闘レコードもですね! これらを時系列で照合すればズレを視覚化出来るんじゃないですか?」

夕張は頭の回転も早いが、技術的な事柄に対する関心が高いからかこう言う話柄になると饒舌になる様だ。

「さすがですね夕張さん、早速その方法でデータを検証して見ましょう」

にこやかに応じた渡来に向かって隅田が再び口を開く。

「検証結果の共有はもちろん出来るだけ早くお願いしたいが、それ以上に重要なのは予防策だ。再発防止の対策については最優先でお願いする」

「そうだわ、抜本的な対策はともかく差し当たっての打つ手位は無いの? それとも偶然姉妹艦に出会いでもしなければ大丈夫なのかしら?」

言っている事自体は正しいのだが、何かと言うとこの調子で詰問されたら、幾ら飛鷹の容姿が申し分なかろうと歓迎してくれる男性の方が少数派だろう。

 

(結局似た者同士だって事ね♪ 困った話だわ)

 

彼女の言い草では無いが、やはり隅田の人柄に惹きつけられるのはこう言うどこか並みの異性からは敬遠されがちな女なのかも知れないと自虐的に納得する。

「正直に言って仕舞いますが、今すぐに取り得る対策と言っても激情に駆られたりせずに冷静さを保つ様にする程度の事しか言えません。今後の対策としてはもちろん何らかの方法で艤装のシステムにリミッターを付ける事になろうかと思うのですが……」

「頼りないわねぇ、あんた開発者なんでしょ? 何か起こってからじゃ遅いのよ?」

飛鷹が余りにもあっさりと一刀両断してしまったがために、逆に雰囲気が悪くならずに皆が苦笑を浮かべる。

「飛鷹殿、さすがにそこ迄求めるのは無理強いでは無いかと思うぞ。まぁだからと言って、対策が施されるまでは艤装の着用禁止などと言われても困ってしまうのだがな」

「その辺りに付いては各国夫々に言い分もお有りでしょうから、我が国としては今のところそう言った一括の指示を出す事は見送る積もりですよMiss ArkRoyal」

「オーストラリア海軍は、日本国国防海軍の指示に従う旨確認が取れています」

パースは一見感情を交える事無く事務的に報告してくれているだけに見えるが、このタイミングで口を挟んだ事で他の者が異論を唱え難くなるのを見越しているらしい。

 

(ウフフ、何だか嬉しいわ♪)

 

何気無くそう思ってから秘かに苦笑する。

あれ程日本嫌いだった自分が今や日本側の目線でモノを考えている事に気付いたからだ。

だからと言う訳では無いが、太平洋艦隊の意向を確認しておく必要があるだろうかと思い隅田に視線を走らせると、口を開く前から彼は察してくれる。

「気にしなくて良い、太平洋艦隊との間には協定書がある。わざわざ再確認する必要はない」

「有難うございます、ではその積もりでおりますわ」

通じ合えるこの感覚がとても心地よい。

思わず笑顔になってしまっていたのか、ディスプレイ上の篠木がしたり顔で口を挟んで来る。

「成程、隅田司令とヒューストン副長の息はぴったりの様だな。今回はトラブルに見舞われたものの、この程度の事は余裕で乗り切れそうだ♪」

口許に笑みを浮かべながら隅田を揶揄するかの様に愉し気な口調だが、飛鷹はこう言う時に黙って受け流せる様な性格では無かった。

「ふざけてる場合じゃ無いわよ⁉ 寝惚けた事言ってる暇があったら何か対策を打ちなさいよ! 対策が済む迄隊を閉鎖する位の事したって良いんじゃないの⁉」

大層な剣幕で過激な事を捲し立てているのだが、慣れているのか篠木は動じる様子が無い。

代わりにと言う訳では無いだろうが、傍らの渡来が一生懸命に取りなそうとする。

「お怒りは良く分かりますが、其の辺りはやはり各国にある程度の裁量を認める様にしなければ、隊の設立趣旨にも反しますし、貴重な皆さんを派遣している各国軍の立場も尊重する必要が――」

「そんな事あんたに言われなくたって良く判ってるわよ! それを何とかするのがあんた達の仕事でしょ⁉」

渡来は彼女が何に腹を立てているのか判っているのだろうか?

 

(ひょっとしたら、何もかも判った上でこんな顔してるだけかしらね)

 

何気無くそう思った瞬間、ゾクリとする様な感覚に襲われる。

自分は確かにこんな誰かを知っていた――そう、それは……

 

(――アル!)

 

気が付いた瞬間に愕然とする。

先程から渡来に対して感じていた違和感の正体は、彼と似ているからだったのだ。

 

(そんな……アル――アルは違うわ? 貴方はあんなに……)

 

確かに彼はここ迄柔弱では無かったし、もっとずっと男らしかった――筈だ。

だがやはり似ているのだ――自分に対して何処迄も優しく、そして誠実だった。

そんな記憶のフラッシュバックと、渡来に感じていた違和感の正体とが脳裏をグルグルと回転し、目眩と悪寒を呼び起こす。

 

「ヒューストンさん、気分悪いんですか?」

先日来ガンビア・ベイは常に自分の事を気遣ってくれており、真っ先に気付いて声を上げてくれる。

「有難うガンビィ、ちょっと目眩がするだけよ」

「済まないヒューストン、まだ十分に回復し切っていないのに無理をさせてしまった――申し訳ありませんが、会議はここ迄とさせて頂きたい。実務的な対応に付いては個別のブリーフィングで対応します」

「了解した、それでは本日は一先ず――」

「ちょっと待ちなさいよ、取り敢えず副長には退席して貰うとして当面の注意事項位はちゃんと確認するのが普通じゃないの!?」

終了を告げようとした篠木を遮って飛鷹が文句を言うが、隅田はきっぱりと否定する。

「いや、ヒューストン副長は当事者でありこの会議の主たる出席者だ。副長を欠いて会議を続行する事は考えていない」

「隅田司令の判断に異存は無いし、何より司令にとってヒューストン副長は余人を持って代え難い存在だとお見受けする。会議は一旦ここで終了としよう」

相変わらず何処かしら揶揄する様な愉しげな調子で再度宣言した篠木に、案の定彼女は怒りを露にする。

「頭に来るわね! 何よその態度⁉ ――じゃあこれで終了って訳ね、失礼するわ!」

そう言うなり椅子を蹴飛ばして立ち上がると大股にドアへと向かい、これ以上は無いという勢いで乱暴に引き開けると開け放したままで出て行ってしまう。

 

「申し訳ありません、あたしの体調の所為でこんな事に……」

「気を遣うことはない、君の所為ではないよ」

そう言った彼の表情に珍しく忌々し気な色が浮かんでいるのに気が付く。

 

(ひょっとして彼女に腹を立てているの? ――だとしたら、ちょっと気の毒な気もするわ……)

 

そう思ったので何か一声掛けておこうかという気になったのだが、彼に機先を制されてしまう。

「ガンビア・ベイ君、ジョンストン君、申し訳ないが副長をよろしく頼む」

「は、はい!」

「アイアイサー! お任せください♪」

「では、我々も失礼致しますぞMr.篠木、Mr.渡来」

「渡来さん、後でデータマトリクス整理しましょうね」

「ええ、夕張さんよろしくお願いします」

「さあヒューストンさん、退室しましょう」

パースに迄来られてしまっては、これから言おうとしている様な微妙な話が出来そうに無い。

「済みません司令、お先に失礼致します。お二人とも有難うございました」

そう言ってディスプレイ上の二人に一礼して、ガンビィやジョンと共に退室する。

ドアが閉まる間際に響いて来た隅田の声は、何時もとは少し違うものだった。

「いい加減にしてくれ、隊の運営に支障を来すかも知れんのだぞ⁉」

「ハハハ、それは済まなかったな、それにしてもお前が――」

バタン!

 

ドアが閉まってそれ以上は聞こえなかったが、随分砕けた口調で会話を交わしていたのは篠木とだろうか?

 

(明日にでも――聞いてみようかしら?)

 

そんな風に自身の関心の方向をそちらに振り向けて見ようとしたのだが、胸の奥のモヤモヤとした違和感はそう簡単には解消してくれそうになかった。

 

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