冷たい女   作:Y.E.H

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第1章・第2節

 飛鷹とポーラを見送ってから、何時もの様にスケジュールの確認を行う。

とは言え、今日は特別なミッションが有る訳でもないのでそれはものの数分で終わり、彼らはさっさと次の予定に移る。

これもまた常日頃の日課であるが、ブリーフィングルームに向かい、今日出撃の無い艦娘達との朝礼に臨む。

「お早うございます!」

ドアを開けると共によく揃った活気のある挨拶で迎えられた隅田は一瞬満足げな笑みを口許に浮かべるが、すぐにそれを仕舞い込んで演壇に立つ。

「お早う諸君、早速だが先ずは点呼から始めよう」

そう言って手に持ったタブレットに目を走らせると、一際張りのある声で集まった艦娘達の名前を読み上げていく。

 

「アークロイヤル君」

「お早う御座います、本日もよろしくお願い致します」

重々しく――と言うよりも些か堅苦しく応じた彼女は、正にロイヤルネイビーを体現する様な存在とも言えた。

ややスレンダーな体型をした長身のその姿はただでさえ目立つのに、その容姿は同じ女として引け目を感じる程のたいへんな美しさだ。

にも関わらず、彼女が女としての振る舞いをすることはほとんど無いと言って良く、軍人らしい態度に拘泥している印象である。

 

「こちらこそ宜しく――デ・ロイテル君」

「お早うございます司令、今日も絶好調ですよ!」

明るく応じるその様子に心が和む。

彼女とは嘗て実艦だった時代からの知己である事に加えて、その朗らかな性格からなのか何時も屈託なく接してくれるのは、今の様な立場のヒューストンにとってはとても有難い。

 

「それは良かった――ガンビア・ベイ君」

「あ、は、はい……」

やや俯き加減に発せられた弱々しい返事に、隅田が怪訝そうな顔をする。

「どうしたんだ、体調が悪いのか?」

「い、いえ――大丈夫です……」

「本当にそうか? 無理をするよりは正直に申告してくれる方が隊にとっては重要だぞ?」

「本当に――ほ、本当にその――大丈夫ですから!」

これは任せておくと堂々巡りになりそうだと思ったので、横から口を挟む。

「済みません、ちょっと宜しいですか?」

「うむ」

短く肯った隅田の顔を一瞥しておいてから、ガンビア・ベイに向き直る。

「ねぇガンビィ、ハキハキ返事するの、そんなに難しいかしら?」

「そ、そんな事無いですよ」

「だったら、出来るだけしっかり声を出して頂戴。司令は貴方の事を心配なさってるのよ?」

「判りました……」

 

(仕方無いわね♪)

 

どんなに言って聞かせたところで彼女の性格が突然変わったりはしないのだし、せめて隅田や同僚の艦娘達に迷惑を掛けない程度に振る舞ってくれれば良いだろう。

ヒューストンが日本嫌いだったのは既に述べた通りだが、ガンビア・ベイの場合はそれを通り越して日本恐怖症とでも言うべき状態だった。

実艦時代の事を思えば無理もなく、圧倒的に強力な日本艦隊に袋叩きに逢った訳で、その記憶をそう簡単に払拭出来なくても仕方のないところだ。

 

「ジョンストン君」

「はい司令!」

 

(ジョンとサムがいなかったら、どうしたのかしらね♪)

 

もちろん彼女も、今から数ヶ月前ヒューストンと同じ様に太平洋艦隊司令部に出頭して転属の内示を受けたのだが、その場に座り込んで号泣したそうである。

少々宥めた位ではどうにもならず、結局日を改めてと言うことになり、その間に急遽ジョンとサムの転属が手配されたのだ。

実艦時代からの親友でもある二人が一緒に行く事で何とか同意はしたものの、恐怖症迄いきなり解消する筈も無く、やっと最近になってある程度普通に過ごせる様になった位だ。

 

(まぁでも、あたしだって偉そうに言えた義理じゃないわよね……)

 

「パース君」

「はい!」

 

半ば条件反射で視線を惹き付けられてしまう。

きちんと編み込まれた藁色の髪にスカイブルーの瞳、それに小さな鼻と口が愛らしい。

 

(やっぱり可愛いわ♪)

 

ヒューストンにとってパースもまたデ・ロイテルと同じく実艦時代からの知己であるが、彼女に対しては上手く説明できないのだがまるで実の妹の様な感覚を抱いていた。

もっとも、彼女の生真面目な性格からかなかなか気安くは接してくれず、相変わらず敬語を遣われているのは少々残念な処だ。

それでもそんな振る舞いがまた可愛いさを感じさせるのか、ついつい度を越して甘やかしたくなってしまう。

今でこそこの立場にも慣れたものの、着任当初の自分にとってデ・ロイテルとパースがいてくれる事はとても大切な癒しでもあった。

そんな事を考えていると、何時の間にか口許が緩んでいるのに気が付き、慌てて引き締める。

 

「サミュエル・ブッカー・ロバーツ君」

「はい! でも司令、もう『サム』って呼んでくれてもいいんですよ?」

「それは考えておくことにしよう」

 

(やっぱりそうなのね♪)

 

密かに苦笑してしまうが、同時に少し安心もする。

ヒューストンがかなり強く迫ってやっと承諾させたと言うのに、サムの無邪気な希望をなんの抵抗もなく肯うのでは立場が無いと言うものだ。

とは言うものの、その内折を見て隅田には一言口添えをしてあげる位の事はしても良いだろう。

ガンビィ、ジョン、サムは、自分にとって十年以上付き合いのある大切な仲間である事は間違いないのだから。

 

「さて、点呼は以上だ。それでは諸君、着席してくれ」

「はい!」

 

朝礼の中身は特段に大した事が有るわけではない。

出撃の無い艦娘達は概ね訓練に従事したり、技術部門のスタッフと艤装の微調整などを行なって過ごすのが普通だ。

ヒューストンを始めとする彼女達が、世界中からここ日本海軍の第五特務艦隊に集められたのは、他でもないこの艤装の為なのだ。

 

(人間って大したものね――こんなもの迄作っちゃうんだから)

 

艤装の開発が開始されたのは、今から十年程前に日本での事らしい。

ヒューストン達艦娘の能力を増幅・強化するデバイスを出来るだけ短期間に開発する事が目的だったが、その過程で思わぬ副産物が得られた事から少々回り道を余儀なくされたのだ。

その回り道と言うのが最近になって日本において試験的な運用が始まった『新艦娘』、即ち人間の艦娘達だが、まだまだ戦力と言うには程遠い状態だと聞いている。

それに人間の艦娘の候補者はまだ日本でしか見つかっておらず、米国を始めとする国々ではどちらかと言えば現在居る艦娘達の能力強化の方が強く望まれていた。

第五特務艦隊が発足したのはそんな国々の要望に応える為であり、一種のテストグラウンドなのだ。

 

(まぁ、信任して貰ったんだか、消去法だったのかは判らないけど……)

 

ここに集まって来た顔触れを見る限り、ヒューストンは被験者或いはテスターとしては必ずしも必要と迄は言い難い事もわかる。

日本からは飛鷹、英国からはアークロイヤル、ドイツからはグラーフ・ツェッペリン、そして米国からはガンビア・ベイが参加している事からもそれは一目瞭然だった。

艤装を装備することで彼女達艦娘の能力は増幅・強化される事が期待されている訳だが、それが最も顕著なのは主に航空母艦なのだ。

もちろん、元々空母が在籍していない国もあるので、パースやデ・ロイテル、ポーラといった面々はそう言った国々を代表する存在とも言える。

そんな彼女達の中にあって、ヒューストンだけは純粋な被験者と言うよりも隊の副長としての役割をより期待されて着任していた。

米海軍としては、基地を提供する以上自分達の影響力をより強く確保しておきたかったのだろうが、それが自分である理由についてはかなりモヤモヤしたのは事実だ。

最初はなぜ太平洋艦隊、特に日本にも駐留している第七艦隊から適当な上級士官を派遣するのではなく、わざわざ自分が行かねばならないのかと不満で仕様が無かったのだ。

 

(けど――まさかこんな事になるだなんて、想像も出来てなかったわね……)

 

ここに着任して来る前の自身にとって、異性に心惹かれている姿など想像の彼方の出来事だった筈だ。

女の姿で地上に上がって既に十数年、その間に人間の男性との恋愛も経験しては来たが、ヒューストンにとってそれは辛く苦い記憶だった。

 

――彼女が惹かれたその男性は、若く有能でそしてとても爽やかな士官だった。

 

彼に対する自身の気持ちは、今思えば本当に濁りの無い純粋な想いそのものだったし、彼もまた何処までも誠実に――そして時にとても優しく応えてくれていた。

 

そんな幸福な日々の向こうに待っている筈だった希望に満ちた未来は、彼の戦死という突然の悲劇によって暗転してしまったのだ。

 

その悲報に接した時の事を、今もはっきりと覚えている。

 

まるで、この世界全てと共に奈落の底へと放り込まれた様な絶望――そして、生きながら我が身が引き裂かれたかの様な激しい喪失感――。

 

思い出すだけで震えが襲う程のその痛みは、永遠に消えることは無いだろうと思わせる程に激しいものだった。

 

(……)

 

その辛い記憶が、長らくに渡り彼女を恋愛に対してとても臆病にさせていた。

米海軍に限らず世界各国の海軍に於いて艦娘に対する恋愛は厳禁だが、艦娘の側からの恋愛は禁じられてはいない。

なので多くの男達が艦娘の歓心を得ようと躍起になるのだが、ヒューストンはそんな男達の必死の努力を一切顧みた事は無かった。

彼らに余り魅力を感じなかった事もあるかも知れないが、もしもう一度そんな悲劇が我が身に降り掛かったら今度こそ自分は破滅してしまう――そんな恐れを乗り越えさせてくれる程には恋愛と言うものが魅惑的では無かったのだろう。

それ故に、彼女の事情を承知している一部の者達にはともかく、ほとんどの男達にとってひどく冷淡な存在だったのは間違いない。

米海軍におけるヒューストンの綽名は『BB』だったのだが、それを捩ったもう一つの綽名――『CB(Cold Beauty(冷たい女))』と秘かに呼ばれている事にも薄々気付いていた。

それでもなお、再び異性との恋愛に踏み出そうと言う気にはどうしてもなれずに、今日迄過ごして来たのだった。

 

「私からは以上だ、諸君からは何かあるだろうか?」

 

物思いに耽っていた事を反省すると共に、気を取り直して集まった艦娘達の顔を一通り見回してみる。

が、特に何も無い様で、誰からも声は上がらない。

改めて軽く全員を見回す様にしてそれを確認した隅田は、こちらを一瞥して声を掛ける。

 

「君からは無いか、ヒューストン?」

 

(あっ♪)

 

胸の中にポッと灯りが点った様な温もりが、たった今迄彼女の脳裏を覆っていた苦い記憶を吹き払って行く。

 

「いえ、付け加える事はありませんわ司令」

「では、これで朝礼を終了する」

「起立!」

 

ヒューストンが号令を掛けると、全員がサッと立ち上がって敬礼する。

先程弱々しい返事をして隅田を心配させたガンビア・ベイも、皆に遅れない様に立ち上がって敬礼しているのが微笑ましい。

そんな様子を彼女と共に見やった隅田は、目許に微かな笑みを浮かべながら艦娘達が退室して行くのを見送る。

司令なのだから先に退室するところなのだが、彼は着任当初からこの遣り方を曲げようとはしない。

その理由を聞いた事はないが、他の振る舞いをも見ているとどうやら艦娘達と自分とは対等の関係だと考えているらしい。

軍の指揮系統による上下関係こそ否定してはいないが、傍目に見ている限り儀礼的なもの程度にしか思っていない様だ。

 

(アメリカ海軍には、そんな司令いなかったわよ♪)

 

そういう意味では、ポーラがやたらに彼を持ち上げて見せるのも強ち大袈裟な事ではないのだろう。

ましてそのやり方で隊の運営に支障でも出ているならまだしも、艦娘達と各国から派遣されて来た士官や兵達も皆協力的であり、隊内の雰囲気は良好だった。

彼が自分の考えを殊更に説明したことなど一度もないが、その飾らないところもまた彼女を惹き付けて止まないのだ。

 

「では戻ろう、決済事項が溜まっているからな」

「ええ、片付けて仕舞いましょう」

 

そう応じたヒューストンは、弾んだ気持ちで彼の後を追った。

 

 

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