隅田の気持ちを確認することが出来たヒューストンは処分にも余裕を持って当たることが出来ますが、同時に彼女自身やポーラの過去と向き合う事になります。
第5章・第1節
最初の聴聞の後で一度だけ追加の聴聞があったが、さしたる重要な事では無く短時間で終了し、程なく査問に臨んだ。
その席上で認定されたのはほぼ事実通りであり、どうやらポーラは素直にありのままを語ったらしい。
結果としてヒューストンには営内に於いて私闘を行なったと言う規則違反に対する処分のみが課される事となり、2週間の役務と1ヶ月の俸給停止のみとなった。
その反面ポーラに対しては待ち伏せして私闘を仕掛けた事とその計画性が認定され、相応に重い処分が課される筈だった。
がしかし、イタリア海軍参謀本部長及び外洋部隊司令の連名で直々の嘆願があり、当艦隊への各国の拠出金の一部を肩代わりする事や雑務を担当する兵員をさらに追加派遣する事などの条件が提示され、処分の軽減が行われた。
その為、ポーラの役務はヒューストンの倍の1ヶ月のみに留められたが、俸給の停止は丸1年間とすることで決着した。
(政治的な決着って言う奴よね――イタリア海軍の財布も厳しいでしょうに良くやるわね♪)
それ程各国にとって艦娘は貴重な存在であり、裏返しに言うなら、人間達にとって生存を左右する最も重大な懸念が深海棲艦だと言う事なのだ。
(まぁ、だからってそこ迄大切にされて来たって言う印象も無いけど)
確かに待遇などに差を付けられている訳ではないものの、姉やサラは海軍内でやたらに扱いが良いのに比べると、自分(や、ぶっきらぼうなアトランタなど)は少々ぞんざいに扱われていると感じていた。
今回の一連の調査や査問に対するコメントもほぼ必要最低限のものしかなく、調査が進む迄あれ程強気で噛み付いて来たイタリア海軍に対する抗議の一つも無かったのは、やはり積極的には関わりたくないと言うことなのだろう。
そう思うと幾らか不貞腐れた気持ちが湧いて来ないでもないのだが、これもまた(日本風に言うならば)結果all rightとでも言うべきなのだろうか。
今や彼の気持ちをしっかりと確認出来たヒューストンにとっては、どれ程太平洋艦隊の腰が引けていようが最早大した関心を呼び起こされる様な事柄でも無かった。
査問が閉廷したその翌日、聴聞時と同じく監視役に伴われて何時ものブリーフィングルームに出頭すると、その前で同じ様に監視役に付き添われたポーラと出くわす。
さすがに何時ものあの笑顔はなく、悄然とした態でやや俯き加減のその姿からは落胆や諦念の様な感情がそこはかとなく感じ取れたが、少なくとも健康状態には問題はなさそうに見える。
と、中からドアが開いたのでそのまま先に立って室内に入ると、そこには全艦娘と各国の筆頭士官が集合しており、壇上から隅田がこちらを見ていた。
「Miss HoustonとMiss Polaをこちらへ」
久し振りに彼の口から『Miss』という言葉が出たのは少々感慨深かった。
あれから随分長い時間が経った様にも思えるが、実際にはまだ半年にもならないのは不思議だった。
壇の前に進んで右向け右をして向き直ると彼と一瞬視線が交錯するが、そこにあったのは義務感と苦悩が入り混じった複雑な色だった。
もちろんこの様な場で私的な感情をはっきり表に出す筈も無いので半分方はヒューストンの気持ちが入ったのかも知れないが、彼には自身の事で隊内に処分者を出してしまった経緯に対する自責があるのは容易に想像がつく。
(貴方に迷惑を掛けてしまってごめんなさい――しっかりと役務を務めます)
視線にそういう意を込めてしっかりと見詰めると、心なしか瞳の奥に笑みが見えた様な気がして暖かいものを覚える。
ポーラと並んで直立不動の姿勢を取ると、徐に彼が口を開く。
その中身は査問の結果についてのこの場での共有が中心だったが、それが終わると自分達への訓示と説諭である。
その間ポーラの様子を見ることは出来なかったものの、僅かな呼吸音がするのみで、声はもちろん身動ぎする様な気配も感じ取れず至って神妙にしているらしい。
間も無く訓示が終わると、横に立った士官から手箱を受け取った彼は、それを開けて中から書面を取り出す。
「Miss Houston」
「はい」
返事をして壇の前に進み出ると、彼が命令書を読み上げてからくるりと手許で書面を180度回してヒューストンに差し出す。
「ここに只今の通り命令する、怠りなく務める様に」
「アイアイサー!」
出来るだけはっきりと応じてサッと両手で受け取り、素早く引き下がると次はポーラの番だ。
進み出た彼女はだらけたり見るからに意気消沈したりと言う様子では無かったが、隅田の「――怠りなく務める様に」の言葉の後で僅かな間が空く。
「――アイアイサー……」
それ迄平静に振舞っていたのだが、急に肩が落ちた様に見えるのは気のせいだろうか?
ともあれ、命令書を受け取ったからにはこれ以上ここに止まっている理由も無く、サッと敬礼しておいてから監視役ともども速やかに退出する。
退室すると早速更衣室へと移動して作業衣に着替え、命令書に従って役務と言う名の清掃業務に就く。
軍内における役務には重作業ももちろんあるのだが、彼女達の場合「素」の状態では人間の女性と変りが無いので負荷が大き過ぎるし、能力を使ってしまえば逆に全く重労働にならないなど適用が難しいのだ。
そんな訳で、ある意味定番中の定番と言えるトイレ掃除からのスタートだった。
入り口で監視役の兵が立哨に立つのを背に、早速バケツとモップを手にしてポーラと二人で清掃に掛かる。
幾らか沈んだ表情で無言のまま大人しく清掃している彼女の様子を気にしつつも、こちらも黙って手を動かし続けると、知らぬ間に時間が過ぎていく。
無心になって眼の前の作業に没入し始めてからどれ位経った頃だろうか、ふとした拍子にポーラがハァッと掠れた溜め息を吐く。
どうしようかと少し迷ったものの、先程のちょっとした変化も気になっていたし、何を言うのか聞いてやろうと言う思いも湧いて来たのでリアクションしてやる事にする。
「今更後悔したって始まらないわよ」
そう言うと、暫く沈黙が流れた後でどこか独り言の様な返事が返って来る。
「だぁってぇ~、あんなに口が悪いだなんて思わなかったんですもん〜」
「何言ってるのよ、わざわざ下調べ迄して悪巧みしといて、木乃伊取りが木乃伊になってりゃ世話無いわ!」
「あーっ、そーゆぅ反論出来ない正論でぇぶん殴りに来るの反則ですよぉ?」
「最初に反則攻撃して来たのはそっちでしょ! それに揚げ足取りだなんだって言ったのもそう! そうやって全部自分に跳ね返って来るもんなのよ」
「またぁ〜、言ってる傍から正論パンチして来るしぃ~、そうやってぇ部下を追い込んじゃダメって言われませんでしたぁ?」
「自分で勝手に追い込んだんじゃない! 全く、何考えてこんな杜撰な罠仕掛けたんだか」
「だからぁ~上手く行くと思ってたんですってぇ、あそこ迄口が悪いとか思いませんよ普通ぅ〜」
「そんな甘い見通しで良くあんな事したわね! 言っとくけどあたしは目的を見失ったりしてないわ、あたしだけじゃ無くて飛鷹だってそうよ。見失って足を踏み外したのは自業自得なの」
「もぉ~どうしてそんなに酷い事言っちゃうんですかぁ? これでぇ、ポーラはもうあの人に振り向いて貰えないんですよぉ? 可哀想だとか思わないんですかぁ?」
「ええ思ってるわよ、本当に可哀想ね、お気の毒様!」
「うぇ〜ん、またそうやって苛めるぅ〜うわはぁ〜ん」
「ピイピイ泣いてんじゃないわよ、情け無いわね!」
「だってぇ~如何にも可哀想な奴って言う眼で見られちゃったんですよぉ〜、もう絶対無理って感じなんですよぉ〜どーしたら良いんですかぁ〜あ〜ん……」
成程そう言う事だったのか、さっき急に凹んだ様に見えたのは彼の瞳に否応なく浮かんだ内心の色を目の当たりにしてしまったからの様だ。
「どうもこうも無いじゃない、どう考えたってこんな事やらかしたら彼に見放されるの位判った筈よ!」
「事前に判ってたらこんな事しませんよぉ〜、元彼の悪口言ったら絶対ブチ切れると思ったんだもん〜」
「だからさっきも言ったじゃない! 同じ事されて自分が先にブチ切れるとか、ちょっとは想像力働かせなさいよ」
「うわぁ~ん、また反則技で殴りに来るぅ〜、自分が勝ったからってぇ嵩に懸かって叩きに来なくたっていいでしょ〜?」
「勝ったの負けたの言ってるからこうなるんでしょ⁉ それとも彼がこの程度の事も見抜け無いとでも思ってたの?」
「そんな訳無いでしょぉ~、彼はぁ、そんなおバカさんじゃ無いですよぉ~」
「それが判ってて、どうしてこんな事しようって言う気になったのよ?」
「判って貰えるってぇ~思ったんですもん~、そこ迄自分のためにぃ必死だったんだなぁってぇ~……」
(夕暮さん、貴方やっぱり凄いわ……)
正に彼女が看破した通り、ポーラは隅田が示してくれる同情を期待していたのだ。
夕暮は、彼が同情と愛情とをはき違えたりはしないと推測していたのだが、ポーラは彼の同情が愛情に繋がる可能性に賭けたのだろうか。
「何て言ったらいいのかしら――そこ迄しなきゃいけなかったの? だってこんなの一か八かのギャンブルじゃない」
「だぁってぇ~、あのまま放っといたらぁポーラは負けちゃうんですよぉ? 逆転し様と思ったらぁ、ギャンブルするしかないでしょぉ~」
「あたしが言う筋合いの事じゃ無いけど、彼の気持ちでギャンブルするだなんて、それって彼を愛してるって言えるのかしら?」
「あ~ん、そんなに苛めなくたっていいでしょぉ~? 彼のこと好きなのはぁ、ポーラだって絶対負けませんよぉ~うぇ~ん……」
「全くもう――洟迄垂らしてみっともないわねぇ……綺麗事見たいに聞こえるかもしれないけど、でもやっぱりそんな大技で一発逆転だなんて考えてたら彼にもそれが伝わっちゃうと思うわ」
「そんなのぉ~勝ったら何とでも言えるじゃないですかぁーわはぁ~ん、彼はぁ、全力で応えるって言ってくれたんですよぉ? それなのにぃ~うわぁ~ん」
「だったら、余計に自分だって全力で応える積もりじゃなきゃ駄目じゃない――ライバルを蹴落としたら何とかなるなんて、何を血迷ってるのよ」
「血迷ってません~、ポーラはぁ彼が好きなだけですぅ~あぁ~ん……」
「良く判ったわよ! 泣きたかったら幾らでも洟垂らして泣けばいいから、手だけはちゃんと動かして頂戴!」
「その位判ってますぅ~うわぁ~ん」
(あぁ……無視しとけば良かったわ……)
ついつい余計な事に関心を持ってしまった事を後悔したのだが、結局この日は一日中ポーラの泣き言を聞く羽目になってしまう。
二人に付いている監視役の兵士が、幾度となく笑いをこらえているのが何とも腹立たしかった。