冷たい女   作:Y.E.H

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第5章・第3節

 気が進まない事は幾つもあるが、それでも着任した当初は自分の母国と連絡を取るのが憂鬱になるとは思ってもいなかった。

しかも、こう言う状況で隅田と一緒に面談すると言うのはさすがに勘弁して欲しいと思ってしまう。

とは言えそもそもの目的がヒューストンの処分が終了した事を報告する為なので、彼が同席しない訳には行かないのだ。

 

(あぁ……何て言うのかしら、バツが悪いのよね)

 

表向きは太平洋艦隊に迷惑を掛けたと言う態ではあるが、自分としては貰い事故の様なもので恐縮している訳でも無い。

だが、彼がいる前でそんな態度を見せる事も出来ないので、神妙にしている他無かった。

そんな風にモヤモヤしていると、ちゃんと彼は気付いてくれる。

「居心地が良くないだろうが、少しの間だけ頭を空っぽにしていてくれると助かるよ♪」

「あら、司令のご指示とあれば仕方ありませんわね♪」

そう言って視線を合わせると彼の瞳が笑みを湛えているので、胸の中の曇りが吹き払われて行く。

こうやって彼との距離をゆっくり縮めて行けるのだと思うと得も言われぬ幸福感が溢れて来て、これから始まる面談などいとも些細なことの様に思えて来る。

 

(そうよね、少しの間だけお人形さんになっていれば済む事だわ)

 

心にゆとりが出来たヒューストンが改めて前に向き直ると、丁度そのタイミングで目の前のディスプレイに太平洋艦隊司令部のマークが表示される。

「パリス司令、こちら第五特務艦隊司令部です。面談準備宜しいですか?」

隅田の呼び掛けに反応したのか画面が切り替わり、米海軍の制服を着た初老の男性が二人映し出される。

「ご無沙汰しておりますパリス司令、デッカー准将」

「こちらこそご無沙汰しています、隅田司令。この度はたいへんご迷惑をお掛けしてしまいましたな」

「いえ、その様な事はありません。ミス・ヒューストンは私闘に巻き込まれただけであって、結果的に規則違反に問われたのですから」

「その様に言って頂けて非常に有難い、処分に付いても司令の適切な御判断に深く感謝致します」

「その節は、事案の調査と査問の運営にご協力を頂き有難う御座います」

「いや、そこは逆に心苦しい限りです。ほとんど協力らしい協力も出来ておりませんでしたのに」

 

(まぁ♪ そこはちゃんと認めるのね)

 

今回の件での太平洋艦隊の対応は消極的もいいところだったし、対するイタリア海軍の動きが派手過ぎた事もあって余計に目立っていた。

「いえ、各国其々にご事情もお有りでしょうから、そこはお互い様と言う事で宜しいのではありませんか」

「ご配慮感謝致します。ヒューストン、正直に言ってしまうが、君を送り出すに当たって隅田司令の人となり迄は把握出来ていなかった。しかし、こうしてその人柄を知るにつけ、君の出向は得難いものになったと確信しているよ」

その言葉を額面通りに受け取る積もりはサラサラ無いが、得難いどころで済まないのは事実だった。

「そんな風に言われてしまったら、認めない訳には行きませんわ」

「ハハハ、これは済まない♪ しかし君が伸び伸びと勤務してくれている事は良く分かるので、私としては安心しているよ」

「ずっと安心し続けていられたら良かったんですが、こんな形でご迷惑をお掛けする事になってしまって……」

「それはたった今隅田司令が仰った事に尽きる。君に故意や悪意が無かったことは査問で明らかになった訳だし、強いて言うならば君の腕っ節が強過ぎた位の事だ♪」

「この次は手加減する様に注意しますわ」

「そうして欲しいと言うべきなのかも知れんが、君が不意討ちの不利を跳ね返して相手をKOしてくれた事で我が艦隊の威信が護られたのも事実なので辛いところだ♪」

「まぁ、現金ですわね♪」

そう言うとディスプレイの中の二人と共に隣の隅田も笑い、程好く場が和んだ処で本題を切り出す。

「さて、本日はそのミス・ヒューストンの処分完了についてのご報告の為にお時間を頂きました」

「お手数をお掛けしました司令、完了報告書と評定書には既に目を通しております」

「有難うございます、何かご指摘等はおありでしょうか」

「いえ、特にありません、司令さえ宜しければ早速サインしたいと思いますが如何でしょうかな」

「弊職からは付け加えるコメント等は御座いませんので、サインを頂けるのであればお願い致します」

「了解しました、それでは――」

そう言いつつ横を見たパリスに、デッカーがタブレットとペンを差し出す。

それを受け取って手早くサインをした彼が更にタブレットをペンでクリックすると、隅田とヒューストンの手許に置かれたタブレットにアイコンが浮かび上がって電子サインが届いたことを知らせる。

「有難うございます、それでは確認させていただきます――はい、確かにサインを確認致しました、迅速な手続き感謝いたします」

「いえ、これも偏に隅田司令の的確な処置があればこそです――」

 

その後もう暫く他愛の無い社交辞令を交わした後で、面談は終了する。

「それではパリス司令、デッカー准将、貴重なお時間を頂き有難うございました、これで失礼致します」

「こちらこそ大変お手数をお掛け致しました、これにて失礼致します」

双方お定まりの挨拶を交わして、画面が再び太平洋艦隊司令部マークに切り替わってから暗転する。

ここで終わりになる筈だったのだが、先方の操作ミスなのだろうか音声が流れて来る。

 

「お疲れさまでした司令官」

「いや有難うマット、こちらに引け目のある事だけに丁寧にしておかんとな」

「それにしてもCBは随分朗らかですな」

「まぁそれはそれで良い事だろう、仏頂面で勤務されて日本や各国から厭味を言われては敵わんよ」

 

思わず奥歯を食い縛ってしまうが、それ以上に隅田が困惑した表情でこちらを見るのが辛い。

 

「それにどう言う風の吹き回しでしょうか、イタリア女とキャットファイトとは」

「それだけ何かと羽を伸ばしているのかも知れんな、こちらに戻って来てまたCBに逆戻りされたらと思うと気が重いが」

「全くですな」

 

「あの――」

その時堪りかねた様に隅田が口を開き掛けたので、咄嗟にそれを遮る様に低く堅い声を出す。

 

聞こえてるわよ

 

途端に彼らの声が慌てたものに変わり、取り繕う様な言葉が流れて来る。

「いや、その――これは特定の誰かと言う意味では無くだな――」

 

そんな繰り言を最後迄聞く気も無いので、さっさと遮ってしまう。

「お互いに不愉快な事に必要以上に首を突っ込むのは止めましょう? ボロが出て気不味い思いをするのも嫌でしょうから」

「――ヒューストン、我々は――」

「今日は有難う御座いました、通信終了」

そう言って眼の前にあるセレクターに手を伸ばすと、スイッチに触れて強制的に通信を遮断してしまう。

 

「――永遠にね……」

 

溜め息と共にそう呟くと虚しさが溢れて来る。

 

曰く言い難い沈黙が流れた後で、彼が口を開く。

 

「――ヒューストン、あれは一体――」

 

Cold Beauty(冷たい女)です……」

 

「冷たい女……」

 

「――ええ……あたしは、海軍の男達のCourtship Dance(求愛アピール)に見向きもしない女でしたから……」

 

また暫く沈黙が辺りを支配し、それから再び言葉を発した彼の口調は少し変わっていた。

 

「開隊準備を進めていた時、篠木から君の着任を知らされたが、同時に君は米海軍でBreathtaking Beauty(息を呑む程の美人)と呼ばれていると聞かされた――その折奴は『鼻の下を伸ばすなよ』と言ったんだが、私は『お前と一緒にするな』と返したんだ……」

 

何か返事をしたいと思うものの、何も言葉が出て来ない。

 

海軍の男達に少々陰口を叩かれる位何程の事も無いと思い続けて来たのに、彼にそれを知られる事がここ迄辛いとは思いもしなかった。

 

だが、続けて発せられた彼の言葉はヒューストンの冷え切った感情を温めてくれる。

 

「――この間、君の代わりに殴り返してしまいそうだと言ったのは冗談の積もりだった――でも今は――今すぐサンディエゴに飛んで行って、彼等の横面を張り飛ばしてやりたい」

 

思わず涙が溢れそうになるが、グッと力を入れて我慢する。

彼に甘えるのは簡単な事かも知れないが、意味も無くそれを無駄遣いすればする程彼の愛情は少しずつ冷めて行くだろう。

何よりも、自分は闘う女として彼と対等のパートナーでありたいと願っているのだから。

スッと顎を引いて顔を上げると、彼に視線を合わせる。

「もしもそうなさる時は、あたしも一緒に行きます――そして、司令官の椅子を蹴飛ばしてやりますわ」

見詰めたその瞳に煌めきが宿り、真っ白な歯がチラリと覗く。

 

「――分かった、その時は君と二人で海軍刑務所に入ろう♪」

「あら、駄目ですわ? もし連中が貴方に手を出したら、あたしはポイント・ロマが焼け野原になる位大暴れしますもの♪」

「ハハハ!」

彼の明るい笑顔が眩しい。

自分には今この幸せがある――その実感だけで十分ではないか。

「仕方が無いな♪ 君が二度とアメリカに帰れなくなってしまうから、彼等の横面を張り飛ばしに行くのは止めておこう」

「有難う御座います――でも――帰る場所は一つあれば十分です。あたしは、それ以上何も望んではいません……」

そう言って真っ直ぐに視線を合わせると、彼の顔に一瞬の逡巡が浮かんだ後で少し申し訳なさそうな言葉が口を吐いて出る。

「今ここで、君にはっきりと応じられない私を許して欲しい、だが君への返答では無い私自身の言葉を伝える為に、君のプライベートな時間を貰えないだろうか」

 

(あっ――もう、まただわ……)

 

またしても全身の血が一斉に顔に集まって来てしまう。

毎度彼にこんな事を言われる度に、少女の様に真っ赤になってしまう自分が癪に障るので、少しだけ八つ当たりして見る。

「勤務時間中に、女にこんな恥ずかしい思いをさせるだなんて悪い方ですわね」

「えっ、いや、それはさすがに酷いんじゃないかヒューストン?」

「ええ、そうです、あたし――好きな方には酷い事がしたくなるんです♪」

「待ってくれないか、君にそんな性癖があるなんて知らなかったぞ?」

「そうですわね、あたしもたった今気が付いたんです♪」

彼の顔に曰く言い難い感情の色が浮かび、それから再び愉し気な笑みが零れる。

「そうだな、君が突然気が付く位だから、私も自分の隠れた性癖に突然気付くことがあるかも知れんな」

「あっ、そんなのダメです、貴方はそう言う事に突然気付く様な方じゃないですぅ」

「いや、残念だが私も気付いてしまったんだ♪ 確かに君の言う通り、私は悪い奴だったんだよ」

「もうっ、そんな悪い方に司令が務まる訳ありませんわ? ですからそれは只の勘違いです!」

「司令に任命されたのは気付く前だったからだよ、だからこれで不適格になった事で解任されるかも知れないな♪」

「まぁ! もしもそうなったらあたしが後任の司令になるかも知れませんわね。その時は、日本国国防海軍の隅田大佐を副長に任命しようかしら♪」

「私を任命してくれるのか♪ 君の副長になれるのなら喜んで拝命するよ」

「うふふ、楽しみにしてますわ♪」

 

弾んだ会話がフッと途切れて数秒間見詰め合った二人だったが、互いの意思が通じ合っている事はもう十分に分かっていた。

 

「続きはまた――勤務を終えてからに致しましょう」

「有難う、そう言ってくれる君だからこそ、私は自分の言葉で気持ちを伝えたいんだ」

「――はい」

 

「さぁ仕事に戻ろう、何時迄もこうしているとまた誰かが怒鳴り込んで来るかも知れないからな♪」

「ええ、そうですわね♪」

そう言いつつ立ち上がったヒューストンの胸の中から、つい今し方の不快な出来事はすっかり洗い流されていた。

 

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