やはり彼はヒューストンが考えている事をちゃんと理解しているのだろうか?
それから幾許も無く、とある週末の一夜を二人で過ごしたいのだがと言う控え目な言葉を聞いて思わずハッとする。
(ひょっとして――あたしの為に機会を作ろうとしてくれてるの?)
もちろん、そういう事情を抜きにしてもそろそろ二人の関係を一歩進めてもおかしくは無いタイミングではあるが、彼の抑えた言動からはそう言う意図を感じ取り辛いのだ。
(どうしよう――でも、尻込みする処じゃ無いわよね)
尻込みどころか、これは彼女自身がこれ迄熱望して来た事なのだ。
現に今も、彼と二人で夜を過ごすと言う甘く魅惑的な言葉を脳裏に描くだけで火照りを覚える。
(――それもこれも全部あたし次第よね……覚悟決めなきゃ)
改めて自らに言い聞かせると、彼の眼差しに微笑で応じる。
「嬉しいわ、貴方がそう言ってくれるの待っていたの」
ヒューストンが笑顔で肯うのを見て、少しホッとした様な笑みを返した隅田が彼女の為に押さえてくれたのは、落ち着いたリゾートヴィラだった。
波の音を聞きながらゆったりと食事を楽しんだ二人は、傍から見る限りでは大人の落ち着きを漂わせる理想的な恋人達に映ることだろう。
しかし彼女の心の中では不安と緊張とが次第に膨れ上がっており、徐々に余裕を失わせていた。
その所為で、折角の雰囲気を愉しむ事も出来ず、ひたすら彼に気を遣わせない様に振る舞うだけで精一杯の有り様だった。
(ダメね本当に――気付かない訳無いわよね……)
自然にしようとすればする程ぎこちなくなってしまうヒューストンに、隅田は何時も以上に優しく穏やかな眼差しを注いでくれている。
普段執務室やソウの店で交わすお喋りには程遠い様なテンポの悪い会話にも、全く何事もない様に付き合ってくれていた。
(ごめんなさい――ごめんなさい、ミツヒコ……)
胸の奥でそう詫びながら過ごす内に、何時しか夜は更けて行く。
やがて彼がシャワーを浴び終わり、声を掛けて来る。
「ヒューストン、君も汗を流して来ると良い」
「ええ、有難う――そうするわね」
精一杯普通に振る舞って見せる自分が悲しい。
熱めのシャワーを浴びて自分を切り替え様とするが、愛想の無いその流れは只々素肌の上を滑って行くばかりだ。
(情け無いったらないわ――こんなに楽しみにして来た瞬間の筈なのに……)
彼の力強い腕に抱き締められて、その愛撫に身を委ねる歓喜の予感に欲望を抑え切れないその瞬間の筈が、今の自分は何と程遠い事か。
だが時間は容赦なく過ぎて行き、己の白い肌がサーモンピンクに染まるに至って、彼女は観念する。
何一つ気持ちの整理が付かないままに髪と身体とを入念に拭うと、ローブに袖を通してバスルームを出る。
ソファーに腰を下ろして、琥珀色の液体と氷が入ったグラスを所在なげに弄んでいた彼は、ヒューストンに気が付くとサッと立ち上がった。
「――そんな姿の君は、また一段と美しい……何か呑むかい?」
「――ええ、頂くわ」
「それじゃあ――このブランデーはどうかな?」
「そ、それにするわ……」
その応えを聞いた彼は、控えめな大きさのブランデーグラスを取り、指二本分ほど注いで手渡してくれた。
「――有難う……」
グラスを両手で包んで思わず立ち竦んでしまうが、隅田の手がそっと腕に触れて来るので顔を上げると、労わる様な眼差しに包み込まれる。
「――緊張しているのは君だけじゃない、私も同じだ――だからもう、無理に朗らかに振舞う必要なんてないんだ」
「ミツヒコ……」
「さぁ、座って少し呑んでご覧」
「……」
誘ってくれるその手に任せてソファに腰を落とすと、幾らか間をあけて座った彼が自分のグラスを差し出す。
「乾杯」
「――乾杯」
彼がグラスに残った液体をグッと呷るのを見て、ヒューストンも自分のグラスに口を付けると三分の一程を流し込む。
軽く灼ける様な感覚が喉を通り過ぎて行き、少し自分を取り戻せた様な気がする。
今なら何とか話すことが出来るかも知れない――そう思って無理やり口を抉じ開ける。
「あ、あのねミツヒコ……」
「うん?」
「今までどうしても言い出せなくてごめんなさい――あたしのその――話し、聞いてくれる?」
「もちろん聞くよ、君にとってとても大切な話なんだから」
「あ、有難う、嬉しいわ……」
辛うじてそう言うと、目を瞑って深呼吸をする。
一体何から話せばいいのだろうかとこの期に及んでそう思ってしまうが、今更話を整理している場合では無かった。
「あたしがこの姿でアメリカ海軍に復帰してから、この戦争が始まる迄に丁度一年位だったかしら」
「その位だと思う」
「そうね――その時あたし達は全員が先ず艦船の護衛に配置されたの。でも、それは最初の混乱した時期だけだったわ」
「その筈だ、君達の絶対数が必要数に対して余りに少なかった」
「だから、シーレーン維持の考え方を根本的に改めて、あたし達の戦力を出来るだけ効率的に運用する体制に切り替えたの」
「全ての国々がその必要に迫られた――無論C国以外だが」
「――――その時、初めて彼に出会ったのよ――――アルバートに…………」
彼の名前を口にした瞬間、遠い日々の記憶が、まるで長い間閉じていたドアを突然開いたかの様に溢れ出す。
それは――――まるで夢の様な色合いに満ちた――――鮮やかな輝きそのものだった。
――――当時――現在でもほとんど変わりはないが――アメリカ海軍に帰還していた艦娘達は三十数名しかおらず、百数十名もの艦娘が帰還していた日本の様な、個別の護衛によるシーレーン維持は不可能だった。
そこで取られたのは、第二次大戦当時そのままとも言える護衛船団方式である。
このためにアメリカ海軍は、従来の戦闘艦艇を改造するなどして艦娘を運用するための艦艇を整備し、それら艦艇を中心とした実艦と艦娘を組み合わせた護衛艦隊を組織した。
ヒューストンもそんな艦艇に配備されて船団の護衛に当たったが、その艦艇で自分達を担当してくれた若い士官の一人がアルバートだった。
当時既に海軍内には艦娘に対する恋愛禁止令が出されていたが、多くの男達にとってそれは形だけに近かった。
彼らはとにかくこちらの気を惹く為に始終付き纏い、はっきりとした愛の言葉だけは口にしないもののほとんど同義の甘い言葉を盛んに投げ掛けて来る。
そんな男達ばかりに取り巻かれていたヒューストンにとって、彼らの真似を一切せず、それでいて朗らかで誠実なアルバートはとても新鮮に映った。
興味を持ち始めた彼女は次第に自分から話し掛けたりする様になったが、それでも彼は親し気には振る舞うものの馴れ馴れしさを欠片も見せず、艦娘とその担当士官と言う一線を決して越えようとはしなかった。
そんな彼に焦れったさを感じはしたものの、その真摯な態度に益々惹かれて行く自分にも気付いていた。
しかし護衛任務そのものは苛酷であり、目に見えぬ敵の影を常に警戒しながらの航海は恋愛ごっこに夢中になっていられる類のものでは無かった。
欧州からの航海の帰路、一両日の内にはボストンに入港出来ると言うタイミングでの出来事だった。
真冬の凍て付く様な風の中、薄暮の海上を行くのは身体の芯迄凍り付きそうだったが、そんな中でもアルバートは吹きさらしの甲板に立ち続けて自分を見守ってくれている。
(嬉しいわ……やっぱり他の現金な連中と貴方は違うわ)
そう思って温かい気持ちに浸っていたその時の事だった。
「左舷前方に不審音源感知! 繰り返します、左舷前方に複数の不審音源感知!」
水測担当の駆逐艦(あれは確かポープだった筈だ)が甲高い声で急を告げる。
護衛の艦娘と艦艇が一斉に動き出して左舷前方の索敵を始め、直ぐに3隻の深海棲艦が迫っていると判った。
もちろんこの護衛隊群の旗艦であるヒューストン自身も、麾下の艦娘に指示を出しつつ船団の反対側に進出しようとしたその瞬間、偶然に恐るべきものを視界の隅に捉えてしまう。
(あれは――雷跡!)
薄暗くなり始めた海面に薄っすらと引かれた何かと見間違えそうな4本の白っぽい線は、船団の右舷後方から急速にこちらへ向かって伸びて来る。
「4時の方向より雷跡! 繰り返す、4時の方向より雷跡!」
間違いなく左舷前方の不審艦は囮なのだろう。
その反対側からひっそりと忍び寄った潜水艦に気付かせないためなのだ。
急速に反転しながら雷跡に向かって全量射撃を続けるが、そんな方法で魚雷を全て排除出来る可能性は限りなく低く、まだ2本の雷跡が伸び続ける。
船団と護衛の艦艇は一斉に回避行動を取ろうとするが、艦艇はともかく民間船がそんな素早い機動が取れる訳もない。
(間に合わない!)
そう思った瞬間に、彼女は――いや、頭で考えた訳では無く反射的だった――真っ直ぐに雷跡と船団の間に割って入る。
ズゥン、ズゥン!
身体が引き裂かれる様な烈しい衝撃が襲い、意識が遠のく。
朦朧とする意識の中で、どこからか彼女を呼ぶ声がする。
「――ヒューストンさん、ヒューストンさん……」
ところが次第に意識が(痛みと共に)少しずつはっきりとして来ると共に、それが意外に近くからの声である事に気付く。
「ヒューストンさん! 気が付かれましたか⁉ しっかりなさって下さい!」
「――えっ……アル?」
思わず顔を上げると、何とアルバートの顔が目の前にあった。
「ご無事で良かった――身を呈して私達を救って頂いて、感謝の言葉もありません」
ライフジャケットを身に付けて、倒れていたヒューストンの腕に手を掛けて海面に浮かんでいる彼は、何時もの様に朗らかだった。
しかし、すぐに状況に気付いた彼女は愕然とする。
「何を考えてるのよアル! 今すぐ艦に戻って⁉
「あっ――申し訳ありません、夢中で飛び込んだものでそこ迄頭が廻っていませんでした」
そう言う彼は快活そうに見えるが、暗がりの中でも既にその顔色は紫色に変わっている。
驚きと共に気力を取り戻したヒューストンは、己の体が何とか自力航行出来る状態にあると判ったので、有無を言わせず彼を抱き上げる。
「いえ、これはいけませんヒューストンさん!」
「何言ってるのよ! このまま放っといたら貴方死んじゃうじゃない」
こうして二人はどうにか艦に辿り着く。
敵が雷撃一射のみで諦めて撤退してくれたのは幸運だったが、それでも案の定アルバートは既にHypothermiaになっており、直ちに医務室に運ばれて点滴と温熱治療を受ける事になった。
ヒューストン自身も魚雷二本の直撃を受けて重症ではあったが、艦娘特有の驚くべき治癒能力によって翌日には自力で歩き回れる程に回復していた。
間も無くボストンに入港し様と言うその艦内で、絶対安静のまま治療を受けているアルのもとを訪れると、彼は弱々しい笑みを浮かべて済まなそうにする。
「ヒューストンさん、本当に申し訳ありませんでした――私の軽率な行動が、却って貴方にご迷惑となってしまいました」
「本当にそうよ、もう少しで貴方死ぬところだったのよ? 考えが無いのにも程があるわ」
「返す言葉もありません――眼の前で貴方が我々を庇って倒れるのを見た瞬間、自分を抑えることが出来ませんでした……深く反省しています」
「ダメよ、反省位じゃ済まないわ――これからは、あたしがずっと傍にいて、貴方が馬鹿な事仕出かさないか監視するわ」
「え――済みません、仰る意味が良く分かりませんが……」
「言葉の意味そのままよ! 良いこと? 貴方にはこれから一人切りのプライベートなんか存在しないと思いなさい。どんな時でもあたしが一緒にいて、二度とこんな失敗なんてさせないわ♪」
暫し狐に摘まれた様な顔をしていたアルは、やがて何が起きているのか悟ったらしく、慌てて否定しようとする。
「そ、そんな事は絶対にいけません! 貴方との、その――交際は軍規違反です!――」
「貴方達からは――でしょ?」
「た、確かにそうですが、それにしても私は貴方に迷惑を掛けたのに――」
「だから言ってるの! じゃなきゃ絶対に赦してあげないわよ? うんって言う迄脅迫しちゃうんだから♪」
そう言ってニヤリと笑って見せると、困惑を隠し切れない様子で遠慮がちな声を上げる。
「お願いです、ヒューストンさん――もう一度考え直してはいただけませんか? 私には余りに畏れ多い事です」
「畏れ多いって言うんだったら、諦めてあたしに降伏して頂戴♪ 貴方に拒否権なんてあると思うの?」
彼女が重ねたその言葉に、困惑していたその表情が諦めと驚きと喜びとが複雑に入り混じった何とも言えない顔になる。
「――本当に信じられません――貴方にそんな言葉を頂くなんて――分不相応も甚だしいです。――このまま神の怒りに触れて命を落としてしまいそうです……」
「大袈裟な事言わないの、そんな意地悪な神様はいないわよ、Honey♪」
こんな風にアルとの交際をスタートさせたヒューストンだったが、姉の勧めもあってそれを護衛艦隊の司令部には報告する事にした。
お陰でアルは同僚達から徹底的に冷やかされ、尚且つ様々な
ただ、彼女がここで初めて知る事になったのは、普通の人間の男女の様に結婚することは出来ないと言う事実だった。
これは法律上ヒューストンが自然人ではないためで、およそアメリカに限らずほとんどの国においても同じ事だそうなので致し方ないものと諦めざるを得なかった。
それでも何れ二人で暮らすことが出来さえすれば何も困りはしないと思い直したものの、ここでも二人の関係が公認となったが為の弊害に見舞われる事となる。
人間であっても同じなのだが、少なくとも家族や兄弟等の特別な関係にある者同士を同じ隊に配属しておくことはしない為に、彼女とアルは別々の隊に配転となったのだ。
その為に一緒に居られる時間はグッと減ってしまい、週に一度会えるかどうかと言う心許ない状態になってしまった。
(何だかがっかり――でも仕様が無いわね、その分会える時には一杯甘えちゃうんだから♪)
そんな風に何の屈託もなく思えたあの頃、自分達の未来の幸福を疑う気持ちなど欠片も浮かびはしなかった。
ヒューストンが彼の帰りを待っている時でも、またその逆の時でも、アルは軍務以外の何ものをも顧みる事無く真っ直ぐに彼女の許へと来てくれる。
未だに自分の事を畏れ続けている見たいだと揶揄うと、何の衒いも感じさせない応えが返って来る。
「君の愛こそは神からの贈り物だ。人が神に畏敬を覚えるのは当然の事だよ」
「もうっ、そんなにあたしは畏ろしいの?」
「もしそうだとしたら、こんなに甘く蕩ける様な畏れはこの世には無いさ」
そう言って優しい笑顔を浮かべる彼の胸にしっかりと抱き付くその瞬間、彼女は何もかもを忘れられるのだ。
そして二人はソファに座って、或いはベッドの中で、夜通し自分達の将来を語り合う。
休暇が取れたなら、真っ先にシャーロットに住む彼の両親のところへ行こう。
ノーフォークの士官用宿舎はどこが一番綺麗か、何となれば西海岸に転属願を出そう。
アルの好物であるハッシュ・パピーと、それにカウボーイパイも上手に作れる様になりたい。
例え子供を産むことは出来なくても、養子縁組をして何時かは二人の子を育てよう……。
そんな他愛の無い夢も、砕け散るのはほんの一瞬で十分だった。
秋の気配を感じる様になったある日のこと、翌日には彼の船団が入港するのを見越してポートランドに来たヒューストンは、どうやって彼を驚かそうかとそればかり考えていた。
しかし待機宿舎に到着した彼女を待っていたのは、船団が敵と交戦中との急報だった。
「ヒューストンさん、アルバート中尉はギャレットに乗っておられるんですよね――きっと大丈夫ですよ」
「そ、そうね間に合うわよね――とにかく急ぎましょう……」
この時ポートランドにいたのは駆逐艦ブリストルだけだったが、彼女ともども援護に向かう事になった。
海軍が用意した海上用のヘリコプターに搭乗した彼女達は一路東へ向かって飛び立つが、その時点で既に敵が想定外の戦力である事が分かっていた。
(どうして――どうしてこんな所で襲って来たのよ……)
だが、深海棲艦達が一体何を考えているのかなど、この時は判り様も無かった。
飛行中にも刻々と連絡が入るが、状況は益々思わしく無く、焦りと不安が烈しく渦巻き始める。
(お願い――あたし達が到着する迄持ち堪えて……神様、どうかアルをお守りください)
だが願いも虚しく、通信担当の兵士が叫びをあげる。
「ギャレット、今の音は何か⁉ もう一度繰り返してくれ! ギャレット⁉ 応答せよ!」
「どうしたの⁉」
「――あ、いえその、轟音と雑音の様な何かが聞こえた直後に通信が途絶してしまって――」
「ギャレットはどうなったの⁉ アルが乗ってるのよ! 早くもう一度呼び掛けて!」
「分かりました、コールは続けるので落ち着いて下さい!」
「ヒューストンさん! とにかく待ちましょう! 直ぐに着きますよ!」
「嫌よ! たった今、アルが助けを待ってるかも知れないのよ⁉ アル! アル!」
彼女の腕を振り解いて後部キャビンのウィンドウを開け様とハンドルを握るが、風圧の所為なのかびくともし無い。
白っぽく濁り掛けたアクリル板に顔を押し付けると、斜め前方の遠い海面から白い筋の様な何かが立ち上っている。
「ヒューストンさん! お願いです、もう直ぐですから――」
その時、微かなハム音を垂れ流すだけの機械になっていた無線が再び何者かの声を伝える。
「Tango-Charlie-2、取れますか? 繰り返します、Tango-Charlie-2、こちらの通信は取れますか?」
「こちらTango-Charlie-2、受信状態は良好」
「良かった――こちら第6護衛隊群旗艦ヘレナです。どうにか敵を撃退した模様、ですが――被害は甚大です」
「ヘレナ! ヘレナなの⁉」
「――今の声は何方ですか? もう一度お願いします」
「あたしよ! ヒューストンよ⁉」
暫し沈黙が流れた後でヘレナが事務的(今から思えば殊更に意識してそうしていたのだろう)に応答する。
「――お疲れ様ですヒューストンさん、応援に来て頂き有難うございます」
「挨拶はいいわ⁉ ヘレナ、ギャレットはどうしたの? アルは――アルバートは無事なの⁉」
再び沈黙が辺りを支配したその後で、無線の向こうの彼女が感情の籠らない声で応じる。
「ギャレットは――――
轟沈しました……
今、生存者の捜索に当たっていますが――
まだ誰も見付けられていません……」
全身の力が抜けて立っていられなくなり
その場にへたり込む。
「襲撃して来た敵の中に、どうやら戦艦級がいた様です――
恐らくは、その大口径砲の直撃と思われますが――
船体がほぼ中央付近で真っ二つに折れて――
僅か十数秒の出来事でした……
甲板上にいて投げ出された者がいれば、可能性はありますが――
戦闘配備中でしたのでそれも……」
淡々と状況を説明するヘレナの声が
現実離れした遠い鐘の音の様に
身体を通り抜けて行く。
自分のいるこの世界全てが
突然色褪せた紛い物に
変わって仕舞ったようだった。
「――――――ヒューストン、ヒューストン!」
我に返ると、隅田の顔が目の前にあった。
彼が自分の二の腕を掴んでいるのに気が付くと同時に、ローブに染みを作る程に涙が零れ落ちているのにも気付く。
ところが彼女の口と舌は、まるで脳からの命令を聞くのを忘れてしまったかの様に動き続ける。
「――ヘリが船団に合流して――
あたし達も一緒に海上を捜索したの……。
でも――
どれだけ探しても――
アルは――
見つからなくて――」
自分が涸れ果てて仕舞うのではないかと思う程に滂沱と涙が滴り落ちるが、どうしても喋るのを止めることが出来ない。
だが、彼の手がもう一度しっかりと肩を掴み、その強い声が響く。
「もういいんだヒューストン、無理をしないでくれ――頼む」
「――そんなの駄目よ…………貴方には――――聞く権利があるわ」
「君を苦しめる権利など、欲しくは無い!」
「ミツヒコ……」
「もしあるとするならば――君の悲しみも苦しみも全て共に背負い、分かち合うその義務だけだ! だから――だから、もういいんだ、ヒューストン」
震える様な実感だった。
喪ってしまったものを取り戻すことは二度と叶わない――それは良く判っている積もりだった。
それでも今、自身の胸の奥深くに隠された深い傷に触れ、その痛みを共に分かち合ってくれる誰かに遂に巡り合ったのだと。
「――ああ、ミツヒコ――――愛してるわ…………」
抱き締められたその瞬間、身も心も溶けてしまう様なやすらぎが全身を優しく覆い尽くす。
自分は再び、全てを忘れさせてくれる暖かな胸に還って来たのだ。
「ヒューストン――私の残りの生涯は、何もかも君のものだ――今、君に誓う……」
涙が止め処なく溢れ、それが二人の境界線を塗り消して行く様だった。
このまま一つに溶けあってしまいたい――――
今はただ、その願いだけが全てだった。