冷たい女   作:Y.E.H

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第6章・第3節

 「はーい、それではぁ、この辺で紅白戦演習は終了と致しまぁす。皆さん、課題を確認出来ましたかぁ?」

「ハイ!」

中にはあからさまに不機嫌そうな返事も混じってはいたものの、概ね綺麗に揃ったその返事に応じてポーラはにこやかに告げる。

「では皆さぁん、哨戒しつつ帰投しますよぉ~♪」

お定まりの水測と水上索敵による警戒態勢を維持しながら、彼女達は帰途に着く。

 

「ポーラさん、最近数値上がって来ましたよねぇ」

これもまた何時もの如く、全員のデータをチェックしている夕張が声を掛ける。

「そうでしたかぁ~? まぁやっと実力出せて来たって感じですかねぇ~」

「ポーリィ、それってお酒減らしたからでしょう?」

「もぉ~リベはそーゆーこと言わないのぉ。それじゃあまるでぇ、ポーラが努力してない見たいじゃない~」

「そうですか? 酒量を控えて、十全に実力を発揮出来るよう自身を制御するのもまた努力では無いかと思いますが」

「あらぁ~マックスちゃんは嬉しい事言ってくれますねぇ♪ どうですかぁ、ポーラが推薦しますからぁ、イタリア海軍の娘になりませんかぁ?」

「いえ、折角ですが、懲戒処分を受けられた方の推薦では却って宜しくない事と思いますので遠慮しておきます」

「酷ぉ〜い、そこ迄はっきり言わなくたっていいでしょ〜?」

「マックスの言う事は正しい、まぁ多少の気配りは必要だったかも知れんがな♪」

グラーフがどこか愉しそうにそう寸評すると、リベッチオが笑顔です~っと寄って来る。

「仕方無いよねぇポーリィ、これから挽回するんだもんねぇ」

「リベッチオさんの言う通りですわ、懲戒処分そのものよりも、その後の改善の方が遥かに重要ではありませんか?」

「そーゆー問題じゃあ無いですぅ」

夕暮のフォローにポーラがむくれたまま応じると思わず皆から笑いが漏れるが、相変わらず不機嫌そうなままの飛鷹が水を刺す様に口を開く。

「一体何だってのよ、さっきから余裕たっぷりに微笑んじゃって、気に入らないわぁ」

そう言って睨み付けたその視線の先では、ヒューストンが皆を優しく見守るかの様に穏やかな微笑を湛えていた。

 

「ヒューストンさん、数値も凄いんですよねぇ。あたし迄追い抜かれちゃって、とうとう2.0超えですからねぇ♪」

「夕張、あんた何時からアメリカに鞍替えしたのよ」

「えっ――そんな積もり全くありませんけど……」

「それ位にしときなさいよ飛鷹、貴方別にうちの隊のVillain(悪役)気取ってる訳じゃ無いんでしょ♪」

「誰がVillainよ! あたしはれっきとしたHeroineよ⁉」

「成程Heroine(女傑)か、それは確かにその通りかも知れん。的確な自己分析だな飛鷹殿よ」

「そっちの意味じゃ無いわよ!」

再び皆から笑いが漏れるが、一頻りそれが収まった後でポーラが宥める様な口調で飛鷹に声を掛ける。

 

「飛鷹さんの気持ちもぉ~判らない訳じゃ無いんですけどぉ、今はどうにもなりませんよぉ~、空回りするだけになっちゃいますからぁ~」

「余計なお世話よ、あんた見たいに勝負から降りた訳じゃ無いのよあたしは!」

「そうじゃ無いんですよぉ、こういう状態になったらぁ、もう他人が割り込める隙間なんか無いんですよねぇ」

「情け無いわねぇ、そんな負け犬根性丸出しの台詞をあんたの口から聞くとは思わなかったわよ」

「飛鷹さん? 差し出がましい様ですが、ポーラさんが仰るのはちょっと意味が違うと思いますわ」

「そうだな、夕暮殿の言う通りポーラ殿の言葉は何某かの経験に基づいている様だ」

「お二人にはぁ何となく通じた見たいですね~。なんて言ったら良いんですかねぇ、身も心もちゃんと繋がってぇ、例え傍に居なくても何の不安も感じない〜? そんな境地って有るんですよぉ」

「何よ、セックスしたからって言いたいの?」

「どうして直ぐ下半身に話を振るのよあんたは……」

「リベ良く判んなぁ〜い♪」

「そうよ、リベちゃんは聞き流しておきなさいね♪」

「飛鷹さぁん、確かにぃその段階を過ぎてからなんですけどぉ、それだけじゃないんですよねぇ~。手垢のついた言葉になりますけどぉ、気持ちが通じ合ってるって言うんですかぁ?」

「そんな青臭い言葉で誤魔化され無いわよ! 結局は、もうやる事やったし一安心って思ってるだけじゃない」

「それは些か短絡的な結論では無いかな、ポーラ殿が伝え様と腐心しているのはもっと繊細な事だと思うぞ?」

「グラーフ、貴方にもその様なご経験が有るのですか?」

「何も胸を張って話す程の事では無いがな」

「まぁ、そうだったのね♪ 貴方も隅に置けないわね」

「勘弁して頂きたい副長殿。表現が正しくないかも知れんが、若気の至りとでも言えば良いのか――少々苦い思い出だ」

 

そう言って、一瞬水平線の彼方に視線を走らせた彼女の瞳が、遠い憧憬の様な色合いを帯びる。

胸の奥に疼きを覚える様なそんな記憶を、グラーフもまた抱いているのだろうか。

 

「グラーフさんにそんな切ないお顔をされましたら――私も切なくなってしまいますわ……」

「夕暮殿よ、貴女はもうこんな仮初めの恋に戯れるのは止めて、新たな一歩を踏み出そうとしているのではなかったのか♪」

「まぁ、気付いておられたのですね」

「いや、ここ最近の貴女からは憑き物が落ちた様な朗らかさを感じ取っていたので、そうではないかと思っていた迄の事」

「嬉しいですわ――そんな言葉を頂けるだけでもう十分です。過去に向き合う事も出来ずに居た幼稚な私を見守って頂いて――感謝しかございませんわ」

「そんな事を言ってはいかん、心が癒えるのには時間と機会とが必要なのだ。それは我ら艦娘であろうが人間であろうが同じだ」

「――はい♪」

「なるほどぉ~、お二人ともぉ何となく通じた訳では無さそうですねぇ~。ごめんなさいねぇ飛鷹さぁん、やっぱりぃ経験無い方には伝わり難かったのかも知れませんねぇ」

「う、うっさいわね! そんな気持ち判りたくも無いわよ!」

「うふふ、飛鷹さん処女、処女♪」

「夕張ぃ! あんた、帰ったらタダじゃおかないわよ⁉」

「うわ~ん、助けて下さい副長〜」

そう言いながら夕張が腕に縋って来るので、軽く嗜めておく。

「はいはい、判ったけど貴方もちょっと調子に乗り過ぎよ♪」

「――はぁ~い、済みませ―ん……」

「それに、別に良いじゃない飛鷹、それだけ貴方は一人の男性を一途に想って来たって事でしょ?」

「そうだな、男の目線から見ればとても可愛い女ではないかな」

「あんた達にそれを言われてもちっとも嬉しく無いわよ!」

 

憮然とした彼女が言い返すとまた笑いが起こり、それが止んだ後でマックスが口を開く。

 

「飛鷹殿は随分不愉快そうですが、自分は自分、他人は他人ではいけないのでしょうか? 私には今一つ理解が及ばないのですが」

「そう言う事を真顔で聞くのは止めてくれない? 残念だけどあたしはあんた程強く無いのよ」

「そうなのですか、この事で私は自分が強いと思ったことが無いのです」

「人によっては、それを強さだと感じる事もあるぞ。どんな時も他人の顔色など気にせずにいられたならどれ程自由な事かとも思うが、中々そうは行かんものなのだ」

「いや、全くその通りなんだけど――そんな風に真正面から説明されるとさすがに凹むわよ……」

「これは失敬、飛鷹殿が落ち込んでいるのでは如何にも我が隊らしくないな」

「そうですよねぇ〜。ヒューストンさぁん、飛鷹さんの精神衛生の為にもぉそろそろ真剣に検討した方が良いんじゃないですかぁ?」

「検討って何を?」

「決まってますよぉ、退役ですよ~」

「――ポーラ、あんた判ってて言ってるでしょ!」

「でもぉ、どっちがいいと思いますぅ? 毎日目の前でイチャイチャされるのとぉ、ヒューストンさんが居なくなって司令の横で勤務する日が増えるのとぉ――考える迄も無いんじゃないですかぁ?」

「何だか卑屈な喜びに聞こえるんだけど、気のせいかしらね?」

「ふっふっふぅ~ご存知無い見たいですねぇ飛鷹さぁン、男と女ってゆーものはねぇ、一度深く結びついた後にぃ急に引き離されるとぉ~ぽっかり穴が空いちゃうんですよねぇ心にぃ♪ 判りますかぁ? 出来ちゃうんですよねぇ~隙がぁ♪」

「あたしがいる前で、良く平気でそう言う事言えるわねぇ」

「――ちょっちょっ……待ちなさいよ、詳しく聞かせなさい!」

「あんたもちょろ過ぎよっ⁉」

「まぁ良いのではないかな、後から追う者にとっては如何なる手練手管で逆転するのか夢想するのは最大の愉しみだろう♪」

「それはそうなんだけど、追われる側になった実感もあんまり無いのよね」

「そうお感じになるのも致し方ないのではありませんか? これは追う側が圧倒的に不利な競争でしょうから、自覚が湧き難くて当然の様な気が致しますわ」

「いやぁ~止めを刺されちゃいましたねぇ飛鷹さぁん」

「あんたは結局面白がってるだけじゃない!」

「ポーリィ趣味悪いよぉ〜、一生ケンメイな人をからかうの良くないんじゃなぁい?」

「そうね、リベちゃんの言う通りだわ♪」

「――はぁ~、何だか本格的に落ち込んで来たわ……もうどうでも良いから退役でも何でもすれば?」

「本当に凹んでるあんたも新鮮ね――まぁそう言われたところで、簡単に退役させてくれるとは思えないんだけど」

「そうですよねぇ〜、私も内勤で開発の仕事がしたいんですって言っただけで、総監部の皆さん総出で説得されちゃいましたしね♪」

「日本でそうなのだから、それ以外の諸国ではそれどころでは済まんだろうな。戦いの無い日々と言うのも憧れるのだが」

「いっその事ぉ、深海に寝返るぞって脅してやれば良いんですよぉ〜。戦うのが当然見たいに思い込んでる連中にはぁ、遠慮は無用ですよぉ〜?」

「ポーラ殿は少なからず含む処がお有りの様ですね。やはりイタリア海軍へのご推薦は遠慮した方が良さそうです」

「心配しなくてもぉ〜、マックスちゃん見たいに容赦の無い娘を推薦するのはぁ止めときますよぉ〜」

「マックスちゃん良かったねぇ♪ きっとドイツの娘でいた方が良いと思うよぉ」

また一頻り笑いが湧くが、そんな風に国を容易く移れるのであれば良いのにと思わないでもない。

 

「日本に移籍したりとか出来ないのかしら? ――まぁ駄目そうな気もするけど」

「ヒューストンさんの代わりに、誰かトレードで寄越せとか言われるんじゃないですか?」

「――別にそれでも良いんじゃない……この際だし、あたしが行こうかしら」

「飛鷹、あんた自棄になり過ぎよ……」

「自棄も起こしたくなるわよ!」

「そこ迄為さらずとも、副長は第七艦隊所属として横須賀に駐留すると言う事は出来ないのでしょうか? アメリカ海軍もそれであれば納得されるのではありませんか?」

「名案ね! さすがはあたしの軍師だわ、冴えてるわねぇ♪」

「成程、国外に駐留する艦隊を有する米国ならではだな。良い思案ではないか副長殿」

「あたしはちっともそう思わないけどね!」

「なによ、そんなにアメリカ海軍に移籍したくなったの?」

「――て言うか、何だかここで艤装のテストしてるのに疲れて来たわ……帰国したらあきつ丸にでも代わって貰おうかしら」

「何言ってるんですか飛鷹さーん、人見知りするあきつ丸さんにそんな事言ったら絶対パニックですよぉ?」

「そう言えば一時帰国するんだったわね、あんまり長く留守にされるのも困るけど、少し位はリフレッシュして来たら?」

「あーん、一時帰国とか羨ましいですねぇ~。リベもぉ一時帰国したいよねぇ」

「え~、リベはここの方が良いよぉ。エンリョしないでポーリィだけ帰ってくればぁ?」

「そう言う訳には行かないのよ、まだ処分中の身だから」

「はぁ~それを言わないで下さいよぉヒューストンさぁん、あとまだ十ヶ月近くあるかと思うとぉウンザリですよぉ~」

「仕方あるまい、気の毒だが自業自得と言う奴だからな」

「もぉ~マックスちゃんと言いグラーフさんと言い、本当に手加減ってものを知りませんよねぇ」

「そんなに文句ばっかり言ってないで、帰国しなくても出来る事を地道にやり続けるのよ?」

「判ってますよぉ~」

むくれながらも肯うポーラを見て苦笑すると共に、自身も一時帰国を考えねばならないかもと思う。

たった今夕暮の出してくれたアイディアは非常に秀逸だと思えるのだが、例えそうだとしても太平洋艦隊司令部が素直に了承するとは考えられない。

そうなると、やはり一度は帰国して直接交渉して見る他ない様な気がする。

 

(時間は――有りそうで無いわよねぇ)

 

この第五特務艦隊の設置は期限付きなのだ。

どんなに長くても今から凡そ一年後――参加各国の事情によって早まる事も有る――には解隊する事が決まっており、それ迄には今後の身の振り方を確定しておきたいところだ。

 

(やっぱり、解隊したらそのまま彼と一緒に日本へ行きたい処よね……)

 

出来るだけ早く、彼とはこの話をしておこう――特に夕暮の出してくれた案が実現可能かどうかはゆっくり相談したい。

そう思っていると、何時の間にか基地の間近にまで辿り着いていたことに気付く。

「それじゃあ皆さぁん、間も無く帰投しますよぉ~念の為ぇ帰投前の警戒をよろしくお願いしますねぇ~♪」

「ハ~イ♪」

彼女のペースの所為なのか、皆少々緊張感を失くしてしまっている様な緩い返事が(約一名は緩いのではなくテンションが低い様だが……)返って来る。

 

(仕様が無いわね――まぁそれだけ皆がお互いに馴染んだって事かしら)

 

 

そんな彼女達にひっそりと――しかし何一つ見逃すまいという執拗さをも併せ持った眼差しが、海中からじっと注がれていた。

 

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