冷たい女   作:Y.E.H

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第1章・第3節

 ヒューストンはテスターとして着任した訳では無いとは言ったが、だからといって艤装のテストをしないと言うことではない。

他の艦娘達が週に2回程度演習に出撃するのに対して、彼女も概ね月に3~4回前後は出撃している。

隊に所属する艦娘は4名前後の2班に別れて哨戒演習に出撃するのが通常だが、時折一纏まりとなって出撃して紅白戦を実施する事がある。

ヒューストンが出撃するのは基本的にそのタイミングなのだ。

 

「さあ、今日はこの辺で終了しましょ! 全員課題は確認出来たかしら?」

「ハイ!」

参加していた艦娘達の綺麗に揃った応答で演習を終えて帰途に着く。

哨戒演習の際は、隊のあるグアム島から巡航速度で数時間前後の海域迄出撃するが、紅白戦の際にはそれよりもやや近い海域に進出して実施するのが通例だった。

 

「グラーフさんは今日は自己ベストでしたね!」

全員の艤装の稼働データをチェックしている夕張が声を上げると、グラーフ・ツェッペリンが冷静に応じる。

「確かにそうなのだが、それでもまだ貴殿やヒューストン殿には遠く及ばぬのではな」

「遠く及ばないは大袈裟ですよ、それに私は自分で微調整もしちゃいますから、良くて当たり前ですし♪」

「だとすると、やはりヒューストン殿の実力が図抜けていると言う事か。伊達に副長を任されてはいないな」

「そんなに持ち上げないで頂戴、後が怖いわ」

「もうバレてしまったか、居室の改善に便宜を図って貰おうと思っていたのに」

全くニコリともせず真顔で冗談を言う彼女とヒューストンの顔を、怪訝そうに見比べるジェイナスに向かってアークロイヤルが声を掛ける。

「心配しなくても良い、グラーフ殿は場を和ませる為に冗談を言われただけだジェイ」

「あっ、やっぱりそうですよね! びっくりしたぁ♪」

そう言って破顔すると、彼女は何時もより幼く見える。

戦闘演習中の引き締まった顔付きの時とはかなり印象が違う。

「うふふ、ジェイはやっぱり素直なのよねぇ♪」

ヒューストンの傍らでジョンストンが揶揄う様に笑うと、彼女も負けじと言い返す。

「ええそうよ! 素直なのは淑女にとって大切な美徳だわ♪ ジョン見たいに擦れちゃってからだと難しいんでしょうけど?」

「擦れてるって何よ! 経験豊富だと言って欲しいわね」

「まあ♪ 経験豊富だなんて、そんなに色々な方と自由奔放に過ごして来たのねぇ~凄ーい♪」

「な、何言ってるのよ、イヤらしいんだからジェイは! そんな事する訳無いじゃない」

「へぇ~イヤらしいって何をするのぉ♪ あたし、自由奔放としか言って無いのにぃ♪」

たちまち攻守が逆転し、ジョンストンの方が頬を赤らめて黙ってしまう。

 

(まあ、口喧嘩でジェイに勝つのは難しいわね♪)

 

どちらかと言えばジョンストンの方がより素直でさっぱりとしており、小間尺れたところがあり口も達者なジェイナスには分が悪いだろう。

傍目に見ている限りはそう思えるのだが、それを意識しているのかいないのかしばしば彼女はジェイナスにちょっかいを出しに行き、そして往々にして返り討ちにあっている。

性懲りもないと言ってしまえばそれ迄だが、ジェイナスも彼女を底意地悪く遣り込めたりはしないので、そう言う暗黙の了解込みのゲームの様な感覚なのかも知れない。

そんな事を考えていると、パースが困った様な顔で俯いているのが目に入る。

彼女はこんな時に器用に話題に入って来る事が出来無いのだが、積極的にコミュニケーションに努めて相互の親睦を深めなければならないと言う一般論をも生真面目に実行しようとするので、その板挟みになっているのだった。

「また悩んでるのねパースちゃんは♪」

「ち、違います! 悩んでるんじゃありません――けど……」

「けど、何?」

「――何でもありません……」

何でもない訳が無いのだが、これが彼女の精一杯の応えなのだ。

上手く会話に加われないなどと正直に言うのは恥ずかしいし、誤魔化す様な事も出来ず、ヒューストンや皆に余計な心配をさせない様にこんな返事をしてしまうらしい。

「あら、そうなのね、何でもないんだったら良いんだけど♪」

「は、はい……」

「本当に何でも無いのかしら~?」

「ほ、本当ですよ!」

「うふふ、そうよね、本当よね♪」

「揶揄わないで下さい! もう、ヒューストンさんたら……」

 

(本当に可愛いんだから♪)

 

作戦行動や規律正しい振る舞いについての彼女は、非の打ち所の無い存在に近い。

しかし、こんな日常の中で自然に捌けた立ち居振る舞いを求められると途端にぎこちなくなってしまう。

そんな処がまた、ヒューストンにとってはどうにも可愛らしく感じられるのだ。

 

「ふうぅん、そう言うものなのね」

全く気の無い風情で独り言の様にマックスが呟く。

外見上は彼女もジョンストンやジェイナスと全く変わり無い年恰好(表現がややこしいが実年齢と言う意味では無い)だが、凡そ万事において超然としており、無邪気な様子をついぞ見せた事が無い。

「それは人によると言うものだマックス、それだけではない、同じ者でも時に応じて異なる立ち居振る舞いをするものだぞ」

「そう言うものなのかも知れないけれど、何だか不合理で面倒な事の様に思ってしまいます」

「それを克服せねば良い軍人にはなれんぞ、組織は人也であり、軍もまたその宿命からは逃れられんのだからな」

「判りました、努力致します」

マックスとグラーフの会話を聞いていると、普通の人付き合いがとても厄介な任務か何かの様に思えて来る。

ヒューストンはドイツ軍に所属した事も無ければ表敬的な会合以外で行動を共にした事も無いが、もし全員が彼女達の様であれば毎日肩凝りと頭痛に悩まされそうだ。

 

(まぁ、まさかそんな事無いわよね♪)

 

実際、彼女らにしてもこう言う場では鯱張っているものの、休日迄堅苦しい訳では無い。

無いのだが、言葉遣いが全く変わらない所為でとてもリラックスしている様には見えないだけだ。

 

「それでも皆さん、順調に伸びて来られましたよね」

再び元の話題に戻った夕張が、ヒューストンに話を振って来る。

「ええ、そうね――ガンビィはちょっと心配だけど♪」

「ガンビィさんは――能力の問題じゃあ無いですし♪」

「それは確かにそうだけど――感情を上手くコントロールするのも能力の内かも知れないわ」

「そうなんですよねぇ……私達の能力発現とメンタルは切っても切れない関係ですからね」

夕張の言う通り、彼女ら艦娘がその特殊な能力を発揮するためには安定したメンタリティがたいへん重要だ。

その点からも彼女達にはたいへん細かな配慮がされており、必要とあれば任務を拒否する事も認められているのは既に触れた通りである。

それだけに、当隊への赴任をガンビア・ベイが号泣しながらも最終的に応じたのは、太平洋艦隊司令部の並々ならぬ努力があったのだろう。

 

(あたしだってそうだわ、もしも今で無くてあの時だったら……)

 

苦く、そして淀んだ記憶がまるで不快な液体の様に胸中を満たしていく。

 

――彼を喪ってからの数ヶ月間、ヒューストンは能力を発揮出来ないどころか、家の外に出ることすらままならなかった。

姉を始めとする仲間達が代わる代わる訪れては話し相手になってくれたり、ひたすら聞き役になってくれたり、時には無理矢理外に連れ出したりしてくれたお陰で何とか立ち直る事が出来たが、再び戦闘に復帰出来る迄には長い時間が掛かった。

復帰を果たしてからも、深海棲艦との交戦になる度に激しい憎悪に駆られて暴走してばかりで、己の感情をコントロール出来る様になる迄にはまた相当な時間を要したのだ。

 

(あんな経験、一度で十分だわ……)

 

自らの心と身体が自分の力ではどうにもなら無いと言うもどかしさと、仲間に迷惑を掛けていると言う焦燥感とに溺れてしまいそうだった。

序でに言えば、姉のノーザンプトンが自分とは全く反りが合わないこともこの時思い知った。

妹であるヒューストンの事を本心から気遣ってくれているのはよく判るのだが、とにかく杓子定規で融通が利かず、しばしば『もっとしっかり己を律しなければ駄目!』などと頭ごなしに叱り付けたりするのには辟易した。

最初の頃こそ素直に聞き入れようと努力したが、次第に腹立たしくなって来て反発する様になり、その度に姉妹喧嘩をする羽目になった。

しかし、何度喧嘩しても姉が言動を改めてくれる様子はなく、最後には諦めて仕舞い、何を言われても無視して聞き流していた。

姉はどういう加減なのか目が悪いので眼鏡を掛けていたが、可愛く愛嬌のある丸顔に良く似合っていると(男達からは)評判で、ヒューストンとは違って男性に対する愛想が良いことも相まって非常に人気がある。

だからなのか、姉と喧嘩をすると周囲の男達がこぞって姉の肩を持つので馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。

 

(こうして離れてる方が落ち着けるだなんて、皮肉なものね)

 

自分と同じ様に姉妹がいる者は少なくない筈なのだが、意外にこんな感覚を共有できる相手には会わないものらしい。

隊に所属している艦娘にしても、今この場にいるアークロイヤル、グラーフ・ツェッペリン、夕張や、今日は艤装の微調整をしている筈のデ・ロイテルにはそもそも同型艦がいない。

飛鷹には姉妹がいたそうだが、大戦を生き残って解体されてその生涯を終えたとのことで、再会する事は叶わなかった様だ。

同型艦の多い駆逐艦達は当然それなりに姉妹と再会しているものの、彼女達と同じ目線で体験を共有するのはちょっと無理があり、中型艦としてまともに姉妹が揃っているポーラとは性格が違いすぎて話が合わなそうだ。

そんな訳で、ヒューストンとしてはパースとそんな身の上話をしたくて仕様がないものの、物堅い彼女と中々打ち解けられないのが少々焦れったかった。

 

「そうですよね――やっぱりメンタル大事ですよね」

 

(パースちゃん!)

 

なんと、そのパースが重い口を開いてくれる。

嬉しい驚きに一瞬リアクションが遅れたヒューストンに代わって、夕張が間の手をいれる。

「その言い方、何か思い当たる事でもありましたか?」

「そんな、大袈裟なものじゃない――けど……」

やや口籠りながらも、何とか彼女は言葉を繋ぐ。

「最初は頑張って数値を上げようとしたんだけど全然上がらなくて……なのに、少しずつこの隊や皆に馴れて来たら自然に上がり始めて――それで、只頑張るだけじゃ駄目なんだって気付けたから……」

 

何とも言えない純粋で正直な物言いが、心からの本音である事を物語っていた。

自己表現の苦手な彼女が懸命に努力して口を開いてくれた事が嬉しく、抱き締めたいと言う衝動に駆られるが、さすがにそこは我慢しておく。

余り極端な振る舞いに走って妙な噂が立っては目も当てられないし、そんな事で真面目な彼女から敬遠でもされたら立ち直れ無いかも知れない。

 

「い、良い処に気付けたじゃない、パースちゃん♪」

どうにか平静を保って口を開くとそのまま言葉を繋ぐ。

「つまり、今はそれだけリラックスして任務に臨める様になったって言う事ね」

「ええ、そうです――着任した頃に比べたら、ずっとリラックス出来てると思います」

「あ~凄く良く判りますよ、数値にもはっきり表れてますからね」

「やっぱりそうなのね」

「ええ、皆さんほぼ同じ傾向ですよ――もちろん、私みたいな先行組は別ですけどね」

「ですって♪ だからね、パースちゃんの頑張りが効いて来るのはこれからよ」

「そうですね――結果を出すのはこれからですよね……私、頑張ります」

「うふふ、そうね♪ でも頑張り過ぎは駄目よ、メンタルは大事なんだから」

「――はい、よろしくお願いしますヒューストンさん」

「もちろんよ、パースちゃんだったら一杯よろしくしちゃうわ♪」

思わず頬を緩めてそう口走ってしまうが、不意に反対側から脇腹を突つかれる。

「な、何?」

一体誰かと顧みると、それは拗ねた様な上目遣いで軽く睨んでいるジョンストンだった。

「ヒューストンさん――パースさんばっかり可愛がるんだから……」

「そ、そんな事無いわよ⁉ 誤解しないでねジョン、貴方やサムの事だってちゃんと気に掛けてるわ」

「本当ですかぁ――だったら良いですけどぉ……」

残念ながら、少々宥めた位では彼女の少し膨れた頬が元に戻らないらしい。

「ごめんねジョン――お願いだから機嫌直して♪」

「――はぁい……」

 

(やれやれね♪ この子達のいる時は注意しなきゃ)

 

陸の上で暮らして十数年が経ち、彼女達も大人びた雰囲気や言葉遣いを身に付けてはいるものの、やはり中身はまだどこか幼さの残る少女なのだ。

勝手の違う日本の隷下にあるこの艦隊に着任した時から、漠然とした不安を感じながら日々を過ごしているのだろうか。

そんな環境にあって、年長者(人間社会での経験は同じなのだが……)であるヒューストンに少なからず依存してしまうのは仕方無い事なのかも知れない。

そう考えながら眼を上げると、水平線の彼方に島影が薄っすらと見え始めていた。

「さぁもうすぐよ皆――ねぇジョン、今日はディナーの後でサムやガンビィと一緒にデザートしましょ♪ あたしが奢るから」

「もうヒューストンさんたら――あたし、お菓子で誤魔化されちゃう様な子供じゃありませんよ?」

「あら、背伸びしちゃって♪ でもねジョン、お菓子が好きなのは子供だけじゃないわよ、あたしだって大好きなんだから」

「――うぅん、だったら別に良いですよ、お付き合いします」

「うふふ、ありがと♪」

 

(本当に――大人になったり子供になったり忙しいわね♪)

 

心中で思わず苦笑するが、そんな振る舞いもまた微笑ましいものだった。

前方ではもう隊の建屋が見え始めており、自分達に向けられた発光信号がチカチカと瞬いていた。

 

 

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