とは言うものの、やはり僅か4人で30隻を超える敵と対峙するのはさすがに勝負にならない。
引っ切り無しに飛来する敵弾を回避するだけで精一杯であり、まともに照準して砲撃を加える余裕など全く無かった。
(それでも――やっぱり何か違うわ)
見たところ敵に戦艦級の大型艦はいないらしく、巡洋艦と駆逐艦がほとんどで、それ以外にどうやら複数の潜水艦が混じっている様だ。
その構成からすれば自分達はもっと烈しい砲火に晒されていてもおかしくはない筈なのだが、そこ迄避け切れないほどの弾幕ではない。
つまり敵はヒューストン達4人を沈めるのは二の次で、基地施設の徹底的な破壊を主な目的として間断なく砲火を浴びせているのだろう。
そう思った瞬間頭の中で思考が一閃し、咄嗟に無線を切り替えて呼び掛ける。
「ミツヒコ! ヘリを格納庫から退避させて!」
一拍おいて彼が緊迫した声で指示を出しているのが聞こえて来る。
「準備中の連絡ヘリを移動させろ! 今直ぐ格納庫から出せ!」
「アイアイサー!」
一瞬ホッとし掛けたのも束の間、その為に注意が逸れてしまいジョンの声が響く。
「ヒューストンさん! 左前上方!」
「右舷は⁉」
「クリアです!」
彼女の誘導に従って何とか回避行動を取ると、自分がさっきまでいた位置に複数の水柱が立つ。
「有難うジョン! 悪いけど続けて回避誘導してくれる⁉ あたしは砲撃に専念するわ!」
「了解です! 続けて直上! 後方クリアです!」
その声に従って全く機械的に移動しつつ、最も近距離にいるであろう敵に斉射を浴びせる。
もっと近寄って零距離射撃が出来る様になれば良い牽制になるのだろうが、この距離からでは幾ら正確に狙っても注意している限りは回避されてしまうだろう。
だがこうする事で僅かながらでもガンビィとサムへの攻撃を緩和することは出来る。
護衛空母であるが故に決定的な攻撃力を持たない彼女ではあるが、それでも砲撃に比べれば遥かに確実に敵にダメージを与える事が可能だ。
連絡用のヘリさえ無事に飛んでくれれば、恐らく数十分程でアークロイヤルやグラーフ・ツェッペリンらが駆け付ける事が出来るだろうし、彼女らの攻撃力があれば敵を撃退出来る可能性も見えて来る。
何とかそれ迄耐え忍ぶことが出来さえすれば――そう思ったその時だった。
もう何度目なのか判らなくなった基地への弾着の轟音が無線を通じて響き、思わず振り向くと背後で高く爆炎が上がっている。
(まさか!)
悪い予感が胸に奔り、それを裏付けするかの様に無線から悔しさを滲ませた彼の声がする。
「ヒューストン! 格納庫の航空燃料が爆発して、ヘリが巻き込まれてしまった……」
暗澹たる思いに打ちひしがれそうになるが、何とか己を奮い立たせる。
「ミツヒコ! 二人に航空攻撃を要請して⁉」
「――二人とも応じてくれているよ――済まない、君が気付いて警告してくれたのに……」
「仕方無いわ⁉ この攻撃に耐え抜くのが一時間伸びただけの事よ! そうでしょ⁉」
「――有難うヒューストン、君の言う通りだ」
彼の声音に微かな不安を感じながらも、無線を三人に切り替える。
「皆聞いて! 連絡機が破壊されたわ、味方が戻って来るのは少なくとも一時間後よ! 何があろうとそれ迄敵弾に中らずに闘い続けるわよ!」
「ハイ!」
彼女らの返事はしっかりしているが、もちろんそれが如何に困難な事であるかは言う迄も無い。
更に言うなら、彼女達が無傷で生き残ったとしても基地施設は完膚無き迄に破壊されるかも知れなかった。
現に敵は格納庫の位置を把握しており、先ずそこに攻撃を集中して来た。
(それだけ詳しく偵察する時間を与えてしまったという事よね……)
今更悔やんでも仕方の無い事だが、姉達にこの基地の施設とその配置、そして所属する艦娘達の正確な数と行動パターンまで把握させてしまった事は確かだった。
敵は飛鷹らが留守にしている事も、アークロイヤルとグラーフの率いる哨戒隊が昼前に最も基地から離れる事も全て掴んでいたのだ。
脳裏にそんな想念がぐるぐると廻り続けながらも砲撃を続けていると、次のターゲットに選び掛けていた敵が水柱と爆炎とに包まれる。
「やったねガンビィ!」
「や、やりました!」
無線にサムとガンビィの声が響く。
「有難うガンビィ! 次の標的に集中して⁉」
「あ、はいっ!」
これでガンビア・ベイが無力化した敵はやっと二体目だ。
(それでもいいわ、こうして少しずつ敵の戦力を削って行くしかないもの)
今ここに、飛鷹がいてくれたらと思ってしまう。
正規空母程では無いものの高い攻撃力を持つ彼女がいてくれれば、敵を一体ずつ確実に屠って行く事が出来ただろうに。
(たらればの話なんか、考えても無駄よヒューストン!)
そう己に言い聞かせてグッと圧を掛けようとするものの、こちらが前に出れば敵が下がる。
深海棲艦達は、遠巻きにして距離を保ったまま砲撃を浴びせ続ける積もりの様だ。
「左、続いて右です! 大きく左へ!」
ジョンの緊迫した声が届き、急速に左舷へと回避行動を取るが完全には避け切れず至近弾を許してしまう。
「痛うっ!」
右腕に灼ける様な痛みが奔り、思わず声が出る。
「大丈夫ですか⁉ 済みません! あたしの誘導が――」
「気にしないでジョン⁉ 何の問題も無いから集中を切らさないで!」
「あ、ハイッ! 続けて正面上方から、右舷クリアです!」
(何時までこれを続けていられるかしら――このままじゃ……)
これ迄撃沈或いは無力化した敵はまだ五体だが、基地の攻撃力は目立って低下して来ている。
特に敵を一発で撃沈できる誘導ミサイルを撃つ為のレーザー測距塔が破壊されてしまった事で、決定的に戦力はダウンしていた。
我知らず焦燥感に苛まれていると、海面に薄っすらと白い線が浮かび上がる。
「二時の方向に雷跡!」
咄嗟に叫んでそれを撃とうとするが、更に別の方角からの線を発見する。
「続いて十二時方向、及び十時方向から雷跡!」
叫びながら対空砲も機銃も全て注ぎ込んで射撃を加えるものの、一部しか破壊出来ない。
横でジョンも全く同じ事をしているが、二人の防御線を幾つかの魚雷に通過されてしまう。
「ガンビィ、サム! 回避して⁉」
しかしタイミングが悪くガンビィは航空攻撃に集中していた様で、慌てふためいている。
「あっ、えっ、あぁっ! か、回避ぃ!」
「ガンビィ、左に避けてぇ!」
「えっ、ひ、左⁉」
「ダメぇっ!」
サムが叫んだ次の瞬間、轟音でヘッドフォンが割れそうな程奮える。
「いやあぁぁぁぁっ!! サムゥゥゥゥゥッ!!」
ガンビア・ベイの悲鳴が耳をつんざき、何が起こったのかを悟る。
「ジョン! サムを助けて!」
「ハイっ!」
射撃を続けながら下がるジョンを援護しつつ、ガンビィに声を掛ける。
「ガンビィ落ち着いて! 絶対にサムを助けるわよ⁉」
「――は、ハイ!」
泣き声ながらも何とか返事をした彼女の声が無線に響き、サムの状態が何となく伝わった。
「サム、サム――しっかりして、お願い返事して⁉」
「ヒューストンさん! サムは今すぐ岸に引き揚げないと危険です!」
「ジョン、ガンビィ、サムを岸まで曳航して! 絶対に沈めさせ無いわよ⁉」
「アイアイサー!」
その返事を聞きながら、自分も三人を護る様に射撃と警戒を続けながら少しずつ下がる。
しかし、これで更に追い詰められたという思いが胸を締め付けていた。
「ミツヒコ、聞こえる?」
無線を切り替えて彼に話し掛けるとすぐに返事が返って来る。
「聞こえているよヒューストン」
「サムが被雷したの、轟沈は免れたけど危険な状態よ」
数瞬の間沈黙が流れた後で、彼が堅い声を出す。
「――ヒューストン、整備棟に撤退して来れるか?」
「――出来るわ――けど、どうするの?」
「車を用意しておく、それで基地を脱出して欲しい」
「そんな! ――一体どうする積もりなの⁉」
「――基地を放棄する――防衛システムをAIに任せてから総員に退去命令を出す」
「でも――どこへ逃げる積もり⁉ この島に逃げ場何て無いわよ?」
「敵の目的は基地の破壊だ、それ迄島全体への攻撃や我々への追撃は後回しにするだろう、そしてそれ迄には味方が戻って来る」
「――判ったわ、貴方の判断に任せます――貴方はあたし達と一緒に脱出するの?」
「総員の退去が確認出来たら、私も脱出して君達と合流する。だから先に脱出していて欲しい」
その瞬間、胸の奥の深い所で稲妻が走る様な感覚を覚える。
(ミツヒコは――――嘘を吐いている!)
まるで手に取る様に、彼の考えている事が判った。
責任感の強い彼の事を思えば行き着く当然の結論だったが、最後迄一人基地に残って戦い続ける積もりなのだ。
コマンドルームにはカタストロフコントロールがあり、いざという場合には一人の人間で基地全体の防衛システムが制御可能になっていた。
ほんの少し逡巡仕掛けたが、結局この場は気が付かない振りをしておく。
「――それじゃ先に脱出しておくわ、必ず来てね? 待ってるから」
「有難うヒューストン――必ず行くよ……」
彼の言葉が途切れると、直ぐに通信を切り替える。
「ジョン――お願いがあるの」
「何でしょう?」
「岸に着いたらコマンドルームに行って欲しいの。念のために水を持って行ってね」
「どう言う事ですか?」
「すぐに総員退去命令が出るわ、あたし達にも基地を放棄して脱出する様に命令が出る筈よ」
「えっ――それじゃあ何故――」
「コマンドルームにミツヒコが一人で残ってる筈なの。だから、無理矢理にでも連れ出して欲しいのよ」
心臓の鼓動を何拍か数えた後に、微かに震えてはいるが強い声で返事がある。
「――判りました、必ず連れ出して来ます」
「お願いねジョン、何時も無理ばかり言って本当にごめんね……」
「いえ、任せて下さい!」
その返事が胸に落ち、改めて敵に注意を振り向ける。
先程迄と違って徐々に距離を詰めて来ているらしい。
(とどめを刺しに来る積もりね――悪いけどやらせ無いわよ!)
敵弾がまるで雨の様に降り注ぎ、周囲にはほとんど途切れる事無く水柱が立ち上がりそして崩れて行くが、今やたった一人となったヒューストンは却って身軽にそれらを回避して行けた。
出来る事はほとんど残ってはいない――しかしやるべき事ははっきりしていて、迷いも無い。
(姉さん――貴方に教えてあげるわ……戦いは、最後迄誰かが立っていた方が勝ちだってことをね!)
無線から弾着の轟音が響いて来ると共に、ジョンの声が届く。
「弾着でコマンドルームの入口が崩れました! これから柱を取り除けて中に入ります!」
「気を付けてね⁉」
絶え間ない弾着の中で会話をしていると、視界の中で突然複数の敵の周辺に水柱が上がるのが見える。
(来てくれたのね!)
まず間違いなくこれらは、アークロイヤルとグラーフ・ツェッペリンによる航空攻撃だろう。
本人たちはまだ到底戻っては来れないが、少なくともその艦載機達は一足先に戦場に駆け付けてくれたのだ。
(有難いわ――これで少し時間が稼げる!)
彼女達の第一波の攻撃で無力化できる敵は二、三体が良い処だろうが、それでも敵を怯ませることは出来る。
我ながら未練がましいとは思うのだが、それでもやはり彼と話がしたいと言う思いは捨て切れないのだ。
「見付けました! 司令、しっかりして下さい! 今これをどけますからね」
ジョンの声が聞こえたその後で、少し遠いが彼の声が聞こえて来る。
「駄目だ――ジョンストン君、直ぐにここから退避しなさい――これは命令だ」
「申し訳ありません司令、今は従うことは出来ません――副長の指示を優先させて頂きます」
「何だって? ――ヒューストン、君は聞いているのか?」
「ええ聞いているわよ、未来の妻に嘘を吐く様な事したから罰が当たったのよ♪」
「――す、済まない――だが、私にはこの隊を守る責任があるんだ、どうか解かってはくれないか」
「いいえ聞こえません、ジョン、お願いね」
「判りました! さあ司令、ちょっと大人しくしてて下さいね? よいしょっと!」
「うっ!」
「ほらぁ、大怪我してるじゃないですかぁ――ヒューストンさん、司令は歩けない見たいですから一先ず外にお連れしますね」
「有難うジョン――最後まで迷惑掛けてばかりで、本当にごめんね……」
「――いえ……」
ジョンの声が涙声に変わり、それに気付いたのか隅田の声が強張る。
「待ってくれヒューストン、一体何をする積もりなんだ!」
「心配しないでミツヒコ――どちらにせよ、このままじゃ基地もあたし達も全滅するだけだわ……それは貴方だって判ってたでしょ?」
「そ、そうとは限らない! 脱出して時間を稼ぐことが出来れば――」
「アークさんもグラーフも、多分紙一重で間に合わないわ――だからこの基地とジョンやガンビィ、サム――それに貴方が生き残る為には、今敵を滅ぼすしか手は無いの」
そう言った瞬間ハッと息を呑むのが聞こえ、彼の声に必死さが加わる。
「――ヒューストン! 止めてくれ、頼む! どうか思い止まってくれ!」
「ごめんなさい――でも、これしか方法が無いの……敵は――シカゴ姉さんは楽観出来るような相手じゃ無いわ」
「お願いだ! 頼む――俺には君が必要なんだ! 止めてくれ――頼む――行かないでくれ……」
その言葉に思わず涙が滲んで来る――
もし本当に、彼と共に逃げることが出来たならどれ程良い事か……
だが、それは最早叶わぬ事だ。
「大丈夫よ、ミツヒコ――――
あたしは生まれ変わるだけよ――――
生まれ変わって、また貴方の許へと戻って来るの…………
何度生まれ変わっても、また貴方と恋に落ちるわ…………
だから、貴方は――――
生きて――あたしを、待っていてくれなくては駄目よ!」
それだけを言うと、彼女は未練を断ち切る様に無線を切ってしまう。
「ヒューストン! ヒューストン! 頼む! もう一度話を聞いてくれ! ヒューストン! ヒューストン! ……」
しかし、沈黙してしまった無線からは、何も返答は返って来ない。
「司令――外へお連れします……ヒューストンさんの戦いを見届けましょう……」
辛うじてそう言ったジョンストンの瞳から、涙が零れ落ちる。
隅田は、無力な己を、呪う事しか出来なかった。
耳に残る彼の言葉を胸の中で反芻しながら、改めて艦娘の能力で戦場全体を見渡す。
アークロイヤルとグラーフの放った艦載機は、攻撃を終えて彼女らの許へ帰還したらしく、敵は再びこちらへの砲撃を再開していた。
しかし今の彼女には、不思議にそれらが一発も当たる気がしない。
静かに天を仰いで、胸の前でしっかり両手を握り合わせる。
(船の神様――勝手な時だけ祈るのを許して下さい……でも、今のあたしには貴方のご加護が必要なんです)
ところが神に祈った筈なのに、眼前に浮かんで来たのはアルの――ヒューストンが大好きだった――優しい笑顔だった。
涙が止め処なく溢れて来るが、彼の笑顔に包み込まれた刹那、言い様も無い温もりを感じる
(あたしを赦してくれるのね、アル――――
お願い、貴方の力を貸して欲しいの――――
貴方と同じ運命から――――
彼を護る、力を――――――――)
そう心に念じて目を閉じたヒューストンの体の奥から、虹色の輝きが洩れ出す。
神が、ヒューストンの祈りに応えたのか――
それとも、アルバートが彼女を助けたのか――
それが何れであったのかは知る由もないが、背負った艤装は彼女の意思に応えて、その生命力を限界を超えて引き出し始める。
「マ、マタダ! マタアノヒカリダ!」
「ウロタエルナ! ソノタメニ、コレダケノセンリョクヲドウインシタノデハナイカ⁉ ナンセキカガギセイニナルノハカクゴノウエダ!」
「ハ、ハイ!」
だがその虹色の輝きは、ヒューストンの全身を塗り潰しただけでは止まらなかった。
彼女の体を突き抜けて、更に大きく膨れ上がって行く。
遠目に見るとそれは、まるで巨大な鳥が翅を窄めて蹲っているかの様に見えた。
「……ん、あ――ガ、ガンビィ?」
「気が付いたの、サム?」
「う、うん――あの光は?」
「――あの日の事、覚えてる? あれはヒューストンさんだよ……」
「ヒューストンさん……」
「そうだよ――ヒューストンさんだよ……」
ガンビア・ベイの瞳から、涙が溢れて頬を伝う。
彼女達に出来る事は、全てを見届けることだけだった
「イ、イカン! ゼンカンテッタイシロ!」
「ナゼダ⁉ ナンセキカノギセイハ、ソウテイナイナノデハナイノカ?」
「ソレハアノヒミタチカラノハナシダ! コレハソレトハワケガチガウ! イイカラハヤクテッタイダ!」
「ワ、ワカッタ、ゼンカンテッタイ! イソゲ!」
「ドチラニテッタイスルノダ⁉」
「ドコヘデモカマワン! トニカク、イッコクモハヤクコノバカラハナレロ!」
その指示は既に遅過ぎた。
虹色に輝く巨大な鳥は、今まさにその翼を一杯に広げて天空へと舞い上がる。
――いや、舞い上がったその姿は鳥では無かった。
その巨大な翼は天使の――生きとし生けるもの全てに、慈悲深い死をもたらすと言う死の天使の――翼であった。
ヒューストンを中心に広がったその翼は、次の瞬間空全体を覆い尽くす幾千もの光の矢となって放たれる。
その輝く矢は緩やかな放物線を描いて、一目散に逃走する深海棲艦達に一斉に襲い掛かる。
「ギャアアアアァ!」
「コノッ! オチロッオチロォッ⁉ ギィエエエェェェッ!」
「グワァアアァッ⁉」
「オ、オノレェ! グオッ⁉ ガアアァァァ……」
どれ程必死に抵抗し様が逃げ様が、その光の矢は無慈悲に彼女らを刺し貫き屠って行く。
一部の者は海面下に逃れ様としたが、その光の矢は例え水中であっても容赦なく襲って来る。
「グバッ! ゴフゥッ! ゴボゴボォッ……」
「ガボオォォッ! グボッ! グブブブブッ!」
それは、全く抵抗不可能な殺戮する力そのものだった。
だがそれは同時に、自らが行使し様とした圧倒的な死と破壊の力が、そのまま跳ね返って来たのかも知れない。
薄れ行く意識と視界の中で、シカゴは誰言うともなく問い掛ける。
「ヒューストン――コレガオマエノホントウノチカラナノカ? ワレラハオマエタチニカナワナイノカ? イッタイナゼ……」
その最後の言葉は、水面に浮かぶ泡となってやがて消えて行った。
全ては恐らく、時間にすれば精々一、二分の出来事だったのだろう。
空を覆っていた輝きは消え去り、虹色の輝きがまるで潮が退く様に消えて行く。
この時やっと地上に出て来たジョンストンと彼女に肩を支えられた隅田は、祈りの姿勢のままで海上に立っているヒューストンの姿を見い出す。
全身から漏れ出していた輝きは消えていたが、遠くから見ている限りその身体はまるで色を失ってしまったかの様に灰色に見える。
「ヒューストン――一体どうなったんだ……」
「あたし――見て来ます!」
「た、頼む……」
岸壁に隅田を残して、ジョンは海面に飛び降りるとヒューストンに真っ直ぐに近づく。
近付く程に、彼女の体がまるで石像の様に無機質な灰色一色である事に気付かされ、怖ろしい不安が湧き上がって来る。
その恐怖を紛らわせたい一心で、彼女に向かって声を掛けて見る。
「ヒューストンさん! 聞こえますか⁉ ヒューストンさん?」
周辺一帯に溢れかえっていた深海棲艦達は、一人残らずいなくなっていた。
(全部――ヒューストンさんが沈めたんだ……)
その凄まじい力に怖れを覚えつつも彼女のすぐ傍へと辿り着くが、本当に灰色の石像にしか見えず、どうして良いか判らない。
「ヒューストンさん? 大丈夫ですか? あたしの声、聞こえますか?」
そう声を掛けながらそっと手を触れ様としたその時、思いもよらぬ事が起きる。
あたかも風に灰が吹き飛ばされるが如く――或いは何かが蒸発して行くが如く――ヒューストンの身体が霧の様に消えて行き、僅か数秒で消え去ってしまう。
彼女が背負っていた艤装が支えを失ってドボンと海中に落下した後で、非常用のフロートが膨らんでボコンと音を立てて浮かび上がって来る。
「――ヒューストンさん…………」
手の中に僅かに残っていた灰の様な何かも消えてしまい、立っていられなくなったジョンストンは崩れる様にその場に座り込む。
体の奥から烈しい慟哭が突き上げて来て、胸を押さえて、声を詰まらせ、嗚咽を漏らす。
それは岸壁に設けられた斜路に座り込むガンビア・ベイと、彼女に縋る様にして座ったサムも同じだった。
この有様を呆然と見ていた隅田は、暫し手を震わせたまま硬直していた。
やがてその手に力が入り、拳が握り締められると共にその顔が天に突き上げられる。
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!
をわぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!」
胸を掻き毟る様なその叫びは、海を切り裂くかの如く、いつ果てるとも無く、長く長く続いた。
これで第6章を終わります。
次回からは最終章を投稿する予定です。