冷たい女   作:Y.E.H

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終章の投稿を開始します。
飛鷹を始めとする第五特務艦隊所属の艦娘達は、隅田の下で基地を再建する事を選択します。
そして、彼と自分達の為に隊の副長を取り戻すことを決意します。


終章
終章・前節


 「全く――何であんたがわざわざ出て行かなくちゃいけないのよ」

「――私が司令だからだ――理由はそれだけで充分だろう」

「それ以前にあんたは怪我人でしょ! ちゃんと治療に専念しないと、一生跛引く事になるって言われた筈よね⁉」

「それは知っているよ」

「知っててもその通りしなきゃ意味無いじゃない! 大体来てるのはあの連中なんだから、あたしが話を聞いたって何も変わり無いでしょ」

「私には責任がある――それに、今こうして君が押してくれているから、体に負担は掛かっていない――それでも駄目なのか」

「――責任、責任って――あんたは何時だってそればっかりじゃない! その責任のお陰で、あんたは一体何を喪ったと思ってるのよ⁉」

 

(あっ! ……)

 

勢いに任せて口に出してしまってから、言い過ぎた事に気付く。

 

「――わ、悪かったわ……そんな積もりじゃ無かったのよ」

 

「――いいんだ――飛鷹の言う通りだ――私が愚かだったんだ――ただそれだけだ……」

 

「――ただそれだけって……軽々しく言わないでよ! そんな――そんな、どう仕様もない愚か者を――好きになっちゃったあたしの立場が無いじゃない⁉」

 

「――――済まない――――飛鷹……」

 

「何を今更謝ってんのよ! 謝る位なら――それなら――一度位、あたしに責任感じてくれたって良いじゃない! ……何かって言うと責任、責任ばかりの癖に……何よ…………」

 

「…………済まない飛鷹……本当に――済まない…………」

 

只そう言うしかない隅田の襟元に、一粒また一粒と雫が落ちては微かな飛沫を散らす。

 

(済まない――赦してくれなどとは、口が裂けても言えないが――それでも……)

 

口に出せない詫びの言葉を繰り返すばかりの彼の車椅子を、飛鷹は無言で押し続ける。

先日まで厚生棟だった廊下の角を曲がると、仮の会議室の扉が見えて来た。

攻撃は主要な基地施設の大半を破壊してしまったが、却ってその正確な攻撃の故に宿舎や厚生施設の様な付帯施設はほとんど被害を受けておらず、隊はそこに仮住まいの状態で復旧を急いでいた。

「――飛鷹、扉を開けてくれればそこ迄でいい、私だけ面談すれば充分だ」

「何言ってるのよ、あたしも一緒に聞くに決まってるでしょ」

「いや、それは――」

「あんた、さっき自分が愚かだって言ったわよね――そんな奴を、十年も追い掛けてるあたしも負けない位に愚か者なの――どんなに報われないと判ってても、そうせずにはいられない愚か者よ――だから、好きにさせて貰うから」

「…………分かった」

 

扉をノックしておいてから開けると、席に着いていた三人の人影がサッと立ち上がる。

「お待たせしました、司令をお連れしたわ」

「有難うございます飛鷹さん――隅田司令、わざわざお出ましを頂いて本当に申し訳ありません」

そう応じたのは渡来だったが、その傍らに立った長門が飛鷹に向かって声を掛ける。

「飛鷹――同席する心算なのか?」

「ええ、そうよ――いけないかしら?」

「――いや、構わん――だが、顔を洗って来た方が良くは無いか」

「お気遣い有難う、でもいいのよ……」

「そうか……」

 

この遣り取りを潮に全員が着席し、一通りの紋切り型の挨拶の後で篠木が話を切り出す。

「早速だが単刀直入に言おう、米海軍より応援要請が届いているので、本日はその対応の為に来たんだ」

「要請の趣旨と内容をお聞かせください」

「米海軍は現在チレゴンのメラク港に先遣隊を派遣して待機中だ。Xデーは、本日より凡そ一週間後と見込まれている。そこでより確実に迎え入れる為に、貴隊所属のMiss De Ruyter及びMiss Perthの派遣を要請するとの事だ」

「成程――という事は既に両国軍には――」

「その通りだ、合同作戦部より既に打診済だ」

「了解しました、では両名に意思確認の上で問題無い様でしたら、派遣に同意致します」

「有難う、両名の意思確認実施に要する時間は?」

「この後すぐに実施出来ると見込んでいます――同意の是非については、保証の限りではありませんが」

「それはもちろん承知の上だ、ではそちらはよろしく頼む。引き続いて事務連絡をしておきたい」

「どの様な事でしょうか」

「貴官から提出されていた辞任願いについては認められない、引き続き当隊司令を命ずる。――必要であれば改めて命令書を発行するが、その必要は無いと判断している」

「了解致しました――それでは確認ですが、弊職に対する解任要請の有無について開示頂けないでしょうか?」

「詳細な開示については手続きを要するので省略するが、要請そのものはあった」

「では、それに対する判断は何時決定されることになるでしょうか」

「その必要は無くなった――要請は、現時点までに全て取り下げられている」

「取り下げられた?」

その時、黙っていた長門が口を挟む。

「隅田司令、表現や言辞の違いはあるものの、参加国全てが要請或いは意向の確認をして来た――だが、当隊に所属する全ての艦娘が強く反対した為に取り下げられたのだ」

「強く反対とは、随分穏当な表現だ♪」

例によって篠木がどこかしら揶揄する様に寸評すると、長門も微笑してこれに応じる。

「ではもう少し正確に言うとしよう――少なくとも複数名の艦娘は『そんな事をすれば自分は深海側に寝返る』と宣言したし、その他の艦娘も今後の戦闘行為を拒否すると言い切ったな――私の感覚ではこれは『強い反対』の範疇なのだが♪」

「――と言う事だ――事務連絡は以上だ、何か質問は?」

「…………いえ、ありません――それでは、両名の意思確認を致しますので、席を外します。飛鷹、済まないが――」

「仮設小会議室に来る様に言ってあるわ、それとも別の場所が良い?」

「いや、有難う――それでは失礼します」

 

 

扉が閉まった後で、渡来が溜め息と共に口を開く。

「我々の判断は正しいのでしょうか――隅田司令を苦しめる結果になるのでは無いでしょうか……」

「それは誰にも分からんだろうな――だが、私は奴に機会を作ってやりたいだけだ――そうでなければ、余りにも悲劇的過ぎる……奴には、そんな悲劇の主人公など似合わんよ」

「――本当に――悲劇に終わらなければ良いのですが……」

「仁よ、お前の気持ちは判るが、これはここにいる艦娘全員の意志なのだ。我らはそこに、片手を添えているだけに過ぎん」

「――――ええ……」

 

 

「――――――要請の趣旨は以上だ。何か質問はあるだろうか?」

そう言って二人の顔を見た隅田に向かって、パースが口を開く。

「一つお聞きしたいのですが、出立は何時になりますか?」

「もし君達が同意してくれるのであれば、今滞在している米軍からの使者と共に専用機に乗って貰う事になる筈だ。出立予定は夕刻になる見込みだ」

「判りました、では直ぐに準備致します」

「もう、パーシィったら気が早いよぉ。一応まだお返事して無いんだからね!」

「だけどロイ、断る理由なんてどこにも無いわ」

「まぁそうなんだけど♪ ――という事です司令、あたし達二人共ご要請をお受け致します」

「――二人共有難う――どうかくれぐれも気を付けて任に当たって貰いたい」

「了解致しました、万難を排して――」

そう言い掛けたパースを、デ・ロイテルが制止する。

「――司令、大切な事をお聞きしたいんです。ですから、司令のお気持ちをちゃんと教えて下さい――良いですか?」

「――分かった」

「今パーシィも言い掛けましたけど、あたし達は何があろうと必ずここに――ヒューストンさんをお連れする積もりです。ですが、その際にどこまで事情をお話したら良いですか? ――司令との事は――どうされますか?」

 

暫し沈黙が流れた後で、俯いていた隅田が顔を上げる。

 

「――その事に付いては、話さないでくれないか」

「あんた――本当にそれで良いの?」

横から口を挟んだ飛鷹の言葉を受けてパースも口を開く。

「そうです、事情を話しておくべきではありませんか?」

「――――いや、どうか話さないで欲しい――頼む……」

「――判りました、司令のお気持ち通りに致します――ね、パーシィ」

デ・ロイテルにそう振られた彼女は小さく頷くと、改めて隅田に向き直る。

「司令――必ず、ヒューストンさんを伴って帰還致します。どうかお任せ下さい」

「――有難う――よろしく頼む」

「貴方達――頼んだわよ」

「ハイ!」

 

 

「――はぁ――どこ迄堅物なんだか……人の気も知らないで」

「飛鷹殿の気持ちは判るが、こればかりは当人の希望を聞く他あるまいな。誰も正解など知らないのだから」

「そうですよねぇ~、ひょっとしたらぁその方が良い方に転ぶかも知れないですしぃ」

「私もそう感じるな。副長殿はあれで中々に志操堅固な方だ、己の与り知らぬ事情を押し付けられれば却って強く反発されるやもしれぬ」

「そう旨く行けば良いんだけど――じゃなきゃ目も当てられ無いわよ……今以上の奈落の底に突き落とされたあいつなんか――見たくも無いわ……」

濁った想いを吐き出す様に言って一合枡の残りを一気に呷った飛鷹に、ソウが声を掛ける。

「飛鷹さん、お代わりで宜しかったでしょうか?」

「――ええ、そうね……もう一杯貰うわ」

「飛鷹さぁん、お酒はぁ美味しく飲むに限りますよぉ~?」

「よりによって、あんたにそれを言われたくは無いわよ」

「やれやれ、Mr.竹橋が早々に店を再開してくれたのは嬉しいが、これでは良し悪しだな♪」

そう言って苦笑したグラーフに、アークロイヤルが手の中のグラスに視線を落としながら応じる

「いや、これはこれで良いのではなかろうか、何よりもこの惨状と向き合い続ける日々の中で、一日の終わりにハイランドのスコッチを味わえるその愉しみがあると言うのは何ものにも代え難い」

「そう言って頂けて、まことに有難い限りです。とは言えまだ電気しか使えませんものですから、簡単なお食事しか提供できませんが」

「えへへぇ~、美味しいお酒があるだけでぇ随分違いますよぉ♪ ポーラが深海側だったらぁ、間違いなくこのお店を最初に狙いますよぉ? そうすればぁ、隊の士気はガタ落ちですからねぇ~」

「ハハハ、中々旨い事を言うものだ――だが――確かにそれを認めるのには吝かでないものの、やはり我が隊に本来欠かせぬものが今はまだ取り戻せてはおらんのもまた事実だからな」

「全くだ。隅田司令が健在でかつその傍らにヒューストン副長が立ち、そして夜ともなればMr.竹橋が店を開けてくれると云うなら、例え野天に天幕を張っただけでもそこが我が隊だと言えるのだが」

「そうですよねぇ~、何時の間にかぁそうなっちゃってましたよねぇ――飛鷹さんはぁ、気に入らないかも知れませんけどぉ♪」

「別にそんな事無いわよ、彼女が副長を務める事で司令としてのあいつの良さを引き出していたと思ってるわ」

「ほほぉ、そんな言葉が出て来るとは、申し訳ないが少々意外だな――さすがの飛鷹殿も、今の司令の姿を見てはそう思わざるを得なかったと言う処か」

「別に、前からそう思ってたわよ! あいつの副長としては、あたしを含めたこの隊の誰よりも有能よ――ただ、あいつの連れ合いとしてはあたしの方がずっと相応しいって言うだけの事だわ」

「なぁる程ぉ~そこは一歩も譲らないって事ですねぇ~、つまりぃポーラと同じって事ですかぁ♪」

「って何よ! あんたは一度退場したじゃない、今更未練がましいわよ⁉」

「それはそれこれはこれ――ってヤツですよぉ♪ 状況が変わったんだからぁ、何も問題ないですよねぇ」

「言っとくけど状況は別に変わっちゃいないわよ――留守の間に空き巣狙いする様な真似したら許さないからね!」

「人聞きの悪い事言わないで下さいよぉ~、幾らなんでもぉそんな事する訳無いでしょぉ~? 第一ぃ、そんな事してもあの人が受け入れると思いますぅ?」

「まぁ間違ってもそんなことは無いだろうな――無理に迫ったりすれば、却って司令の心をささくれ立たせるのが関の山だ」

「そんなの決まってるわ! あたしはあいつに、大切なものを取り戻すチャンスをあげたいのよ――それを邪魔する様な奴はまさかいないとは思ってるけど?」

「さすがにそれすら理解せぬ様な者は、我が隊にはおらんだろう、まぁ生憎その手の事は疎いので断言は出来かねるがな」

「いやぁ間違いないですよぉ~、だってぇ考えても見て下さいよぉ、たった一月前迄はぁ普通に愛し合っていたのにぃ、何も憶えて無いんですよぉ~? そんな残酷な話しってありますかぁ?」

「そうだな――これが神の為し業だとしたら、何と無慈悲な仕打ちである事よ――姿形は何一つ変わらぬと言うのにその心は白紙だなどとはな……」

 

「――そうよ――だからまだ迷ってるわ……本当にこれで良いのかって。――あいつの目の前に寸分違わぬ姿の愛した女を連れて来て、その口から愛情の欠片も無い冷淡な言葉が飛び出すかも知れないのに……」

 

「飛鷹殿よ、貴女がどれ程司令の事を深く想っているのか痛い程に判るが、それでもなお、我らはその全てを見届け様ではないか。そしてその上でもし本当に報われぬ結末を迎えてしまったその時には、貴女が司令の傷ついた魂を癒してやれば良いと思うぞ」

「――ふふ、有難うアークロイヤル――そうよね、何が起ころうとあたし達は最後迄見届けなきゃね……」

「その通りだ――但し一つだけ訂正しておくならば、彼の心の傷を癒し、再び己の人生を強く歩み出せる様に傍で支えることが出来るのはやはり私しかいないだろうな」

グラーフが余りにもさり気無く言ってのけたので、突然四人(及びソウ)の間に真空が出来た様に静まり返る。

「――――って、あんた真剣(マジ)で言ってるわけぇ⁉ 普通、このタイミングでそう言う事言うもんなの⁉」

「私は真剣にそう思っているぞ? 悲嘆の淵に沈む彼の姿を見て己の気持ちを確信したのだ。――貴殿も言った様に、再び副長殿と心通わせ合う様になる事を何よりも願ってはいるがな」

「んなっ……」

絶句した飛鷹に代わる様に、ポーラがハァーッと深い溜め息を吐く。

「――前からぁ嫌な予感はしてたんですよねぇ~……それにしてもぉ、まさかこんな時に宣戦布告して来るなんて誰も思いませんよぉ~」

「ドイツ人と言うのは、昔も今も電撃作戦が得意な様だな♪」

「そんな云われ方は心外だな、私はこれでも、事前に宣言しておくことでフェアに振る舞った積もりなのだが」

「はいはい、全くもってその通りよ! ――でも、いいわね? ――あたし達はただ消極的に傍観する訳じゃ無いのよ、もし必要ならあいつの背中を押す事だってするの――それは忘れないでね」

「無論だ」

「ポーラ、頑張っちゃいますよぉ~」

「及ばずながら尽力しようぞ」

「では皆さん、誓いの証に乾杯などされては如何ですか? グラーフさんはビールでよろしいでしょうか?」

「ああ、もう一杯頂こう」

「ソウさぁん、ポーラにもお代わりを~」

「ええ、少しお待ち下さい――――」

 

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