冷たい女   作:Y.E.H

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第1章・第4節

 その夜、少し早めに食事を済ませたヒューストンは、約束通りジョンやサムを伴って隊の構内にあるダイニングバーを訪れていた。

ここグアムにはちょっとした繁華街などもあり外出すればそれなりに飲食店もあるにはあるのだが、その為にはわざわざ車を出さねばならず、夕食後に気軽に出掛けるにはやや面倒だった。

それに構内とは言えこの店はなかなか美味しくメニューも豊富で、特に彼女達が利用することを考慮されているのか様々なデザートが揃っているのも嬉しい。

店のドアを開けると、カウンターの向こうにいた男が目敏く此方を見つけて声を掛けて来る。

「これはいらっしゃいませヒューストン副長、今宵は何をお望みで?」

「今晩わソウ、今宵は蕩ける様な甘い魅惑がご所望よ♪」

「それはそれは♪ お眼鏡に叶うものをご用意出来れば良いのですが」

「あら、貴方の店なら間違いは無いわ」

「誠に有難うございます、どうぞあちらのテーブルへ」

そう言って手で指し示しながら、傍らで若いフロア係に目配せをする。

この店のマスターであるソウ・タケハシは、ただ料理の腕が良いだけではなく目端の利いた心地よいサービスと軽妙な会話を提供してくれる事もあり、贔屓にする者も多い。

 

――そして、その一人をカウンターに見付けてしまう。

「ハ~イ、ヒューストンさんご機嫌よぉ~♪」

「ポーラ、貴方もう酔ってるの?」

「えへへぇ~、でも違いますよぉ~、これはまだ五杯目ですからぁ~♪」

「いやいや、この時間でもう五杯目な訳でしょ?」

「まだ五杯目ですよぉ、夜はこれからですからねぇ~」

「……まぁ、何を今更だけど――程々にね」

「勿論ですよぉ~、ヒューストンさんもごゆっくりぃ~」

 

軽く溜め息を吐いて向き直ると、先程のフロア係の青年が連れの三人に椅子を引いてくれている。

 

「有難う、オーダーが決まったら呼ぶわね♪」

「ええ、お待ちしていますミス・ヒューストン」

彼がそう応じて引き下がると、改めて三人を促す。

「さあ、遠慮なく好きなものを選んで頂戴、この為にちゃんとお腹は空かせて来たかしら?」

「うん!」

そう無邪気に応じるサムに対して、ジョンストンが突っ込む。

「サムったら、あんなに沢山食べておいてお腹空かせてる訳無いじゃない♪」

「え~そんなことないよ、ちゃんと何時もより減らしてたんだから」

「まぁ、本当なの?」

「そうですよ、サムは今日もライスとパン両方食べてたんだから」

「でも、お代わりは我慢したって事かしら♪」

「うん、そうだよ!」

その天真爛漫さに思わず笑いが零れてしまう。

「うふふ、でも、お腹が痛くなりさえしなければ良いわ♪」

そう言って皆の顔を軽く見渡すと、もじもじしていたガンビア・ベイが遠慮がちに声を上げる。

「で、でも、ヒューストンさん、あたし迄一緒にご馳走になったら悪いですよ――あたし、自分の分は払いますから……」

「もう、そんな事言っちゃ厭よガンビィ、それともあたしには良い恰好させたく無いのかしら?」

「そ、そんな事無いですよ⁉」

「だったら観念して大人しく奢られて頂戴♪ 心配しなくても、この次は貴方にディナーをご馳走になるわよ」

「わ、分かりました……」

「さぁ、それよりオーダーは決まったのかしら?」

「デビルズケーキが良い!」

「ええ……サムはあんな甘ったるいの食べるのぉ?」

「だってぇ、凄く美味しいよ」

「そうよね、あたしも大好きよ♪」

「じゃあ、ヒューストンさんも一緒のやつにするぅ?」

「そうねぇ、あたしは同じチョコでも、こっちのオペラにするわ」

「――ガンビィは、もう決めたの?」

「あっ、あたしはタルト・タタンにしようかなって……」

「あら、良いじゃない。この店のタルトタタンって林檎がとっても美味しいのよ」

「そうらしいですよね――だから、一度食べて見ようかなって……」

「うぅん、そうなんだぁ……」

「何よジョンったら、決められないの?」

「そんなんじゃありません! ただ、お菓子とか余り食べないから好みが無いだけです……」

「まぁそうなのね♪ だったらチーズケーキとかどう? この店のはノルマンディーチーズを使った本格派よ? 甘さも控えめだし」

「そ、そうなんですか? ――だったらそれにします」

「レアにする? それともベイク? ここのベイクはニューヨークスタイルよ」

「――じゃあその、ベイクで……」

「うふふ、じゃそれで決まりね♪」

微笑んだヒューストンが顔を上げて先程の青年を探そうとすると、その仕草だけでサッと近付いて来てくれる。

手際良くオーダーを済ませて皆との会話に戻ろうとしたその時、店のドアが開いて新たな客が姿を見せる。

 

(司令!)

 

ドアを開けて顔を見せたのは隅田だった。

反射的に腰を浮かせ掛けたものの、辛うじて自分の置かれた状況を思い出して押し留める。

何より彼に続いてドアを潜ったその姿に、一瞬で全身の神経がそばだった事もある。

彼に続いて姿を見せたのは何と飛鷹だった。

 

(ちょっと何よ⁉ 何だかんだ言ってそういう仲だったとかやめて欲しいわ⁉)

 

飛鷹の言動が普段から思わせ振りなのは既に承知の上だが、彼の方はどちらかと言うと一定の線引きをして接していると見ていた。

それがヒューストンの単なる思い込みだったとはさすがに思いたくない。

 

(そうよね――そんな訳無いわ、ちゃんと理由がある筈よ……)

 

そう、その筈なのだ。

差し当たって、頭に入っている今日の予定を懸命におさらいする。

ヒューストンが出撃する際には副長が不在になる訳で、副長を代行する士官が米国海軍より派遣されている。

しかし、実際にはその士官が副長代行として隅田の横に控えている事はほぼ無いと言って良い。

通常時であっても副長代行職の士官は裏方として連絡担当や事務処理などの職務に当たっているので、どちらかと言えば司令の傍らで指揮を補佐するのが彼女の役割なのだ。

なので、ヒューストンが不在の折には、留守居の艦娘の誰かがそれを代行する事が慣例となっている。

そして今日の代行役は正しく飛鷹だったのだ。

 

(今日は何も特別な予定は無い筈よね……何か急用が出来たんだわ――きっとそうね)

 

と、己に言い聞かせて見たものの効果はかなり期待薄だ。

懸命に聞き耳を立てて手掛かりを掴もうと躍起になるが、肝心な言葉尻が良く聞こえない。

「これはいらっしゃいませ司令、飛鷹さんがご一緒とは――」

「今晩はMr.竹橋、実は今日は――」

 

(『今日は』何? 何か理由があるのよね?)

 

「――だって、ヒューストンさんもそう思うでしょ?」

「えっ、な、何だったかしら?」

突然サムに話し掛けられたので、思わずビクッとしてしまう。

「え~聞いて無かったのぉ? あのねぇリベちゃんがね、食堂のジャパニーズカレーが辛過ぎるって言うんだよ、そんなこと無いでしょ?」

「そ、そうかしらね――ひょっとしたらリベちゃんは辛いのが苦手なんじゃないの?」

「ううん違うよ? だってリベちゃんはパスタにタバスコ一杯掛けて食べてるもん」

「そうだったのね……それも何だかゾッとしないわね」

どうにか会話は繋がったものの、その間に隅田達の会話が一区切り付いてしまい、二人は微妙な距離のテーブルに案内されてしまった。

 

(もう、仕方ないわね……明日の勤務の時にでも聞いて見ようかしら)

 

こうなってしまえばわざわざ席を立って話し掛けに行くより方法は無いが、まさか三人を置いてそんな事をしに行く訳にもいかないだろう。

気になって仕方が無いのは事実だが、今日のところは諦めた方が良さそうだ。

そう思うと我知らず溜め息が出てしまうが、それを見たジョンストンがニヤニヤしながら口を開く。

「ふふふ、ヒューストンさん♪ ひょっとしてあっちのテーブルが気になるんですかぁ?」

「嫌ぁねジョン、そう言う勘繰りは止めて頂戴」

「え~、でも飛鷹さんと一緒なんですよぉ、本当に気にならないんですかぁ♪」

「気にならないって言ったら嘘になるわ、けど、貴方達を放ったらかして迄何かしようなんて思わないわよ」

そう言い切ってもまだジョンは何か言い出しそうだったが、以外にもガンビア・ベイが口を挟む。

「ジョン、その位にしておこうよ、ヒューストンさんだって余り触られたくない事だってあるんだから……」

「……はぁーい」

「うふふ、有難うガンビィ♪」

「い、いいえそんな……」

「さぁ、そんな事よりお待ち兼ねのものが来たみたいよ♪」

そう言って顧みると、先程の青年が甘い香りを漂わせながら歩み寄って来る。

「皆様お待たせしました」

そう言うと慣れた手つきで彼女達の前に注文通りの品を並べて行く。

「うわぁ美味しそう~」

「そうね、この瞬間ってとってもわくわくするわよね♪」

「本当に、甘くて良い匂い……」

「こんなにチーズの香ばしい香りするんですね、凄いです!」

「でしょう♪ さぁ皆、遠慮なんかしてないで突撃するわよ!」

「はい!」

「頂きま~す」

瞳をキラキラさせるジョンやサムを見遣りつつ、ヒューストン自身もデザートフォークを手に取ると、繊細に幾重にも重ねられたそれに突き立てる。

 

(う~ん幸せ♪)

 

舌が蕩けて仕舞いそうな深みのある甘さが口一杯に広がり、束の間周囲の出来事を忘れさせてくれる。

「美味し~い」

「林檎もタルト生地も凄く美味しいです……本当に評判通りですねぇ」

「あら、良かったわ♪ ジョンはどう?」

「チーズ、とっても濃厚です! なのに、口の中でスッと溶けちゃうんですよぉ、もうびっくりです♪」

「うふふ、気に入ってくれた見たいね♪」

彼女達の幸せそうな笑顔に満足したヒューストンが、隅田と飛鷹の事をほぼ忘れ掛けていたその時、思いもよらぬ事が起きる。

カウンターで一人グラスを重ねていた筈のポーラが、何時の間にか件のテーブルに近付いて来たのだ。

 

「今晩は司令~、今晩は飛鷹さ~ん♪」

「やぁ今晩はポーラ君、楽しそうだね」

「えへへぇそうなんですよぉ、ソウさんのお店はぁ、美味しいお酒が一杯揃ってるんですぅ♪」

「って、酒臭っ! 貴方一体どれだけ飲んでるの?」

「え~、まだそんなに飲んでませんよぉ?」

「こんなにアルコールの臭いプンプンさせて、そんな訳無いでしょ⁉ 貴方もちょっと注意位しなさいよ!」

相変わらず飛鷹の物言いは、司令に対するものとは思えない。

「必要がある時は何時でも注意するが、今のところその必要は無いな」

「どうして? 酒を過ごして任務に支障を来したらどうするのよ⁉」

「これ迄にポーラ君が、任務に穴を空けた事は一度も無いからだよ」

事も無げに言い放たれた隅田の言葉に彼女がグッと詰まると、タイミング良くポーラが口を挟む。

「有難うございますぅ~。でもぉ、飛鷹さんはぁポーラを心配して言って下さったんですよねぇ~。だからぁ、司令は気が付いた時はぁ遠慮無く注意して下さいねぇ~」

「了解した、何時でも注意と指導はする積もりだが、先程も言った様に任務に支障を来さない限りは存分に酒を楽しんで貰えば良い」

「呆れた……本当に甘いのねぇ」

辛うじて飛鷹がそう応じるものの、この場面ではどう見てもポーラの方が役者が上の様だ。

彼女は飛鷹の辛辣な言い草に全く動じないばかりか、それを自身への気遣いだと持ち上げて見せたのだから。

 

(全く――侮れない処じゃないわね……)

 

とは言え、まるで他人事の様に感心している場合では無い。

目の前で手強いライバル達が火花を散らしていると言うのに、自分は只の傍観者同然なのだ。

連れの三人との時間を大切にしつつも何某かのポイントを稼ぐ位出来なくては、この先の勝ち目などある訳が無い。

そう決心したヒューストンが反撃の手掛かりを探し始めたその時、ポーラが更に攻勢を掛ける。

「それにしてもぉ~今夜はどうしてお二人で来られたんですかぁ? ひょっとしてぇ、飛鷹さんが誘っちゃいましたかぁ?」

「そんな訳無いでしょ! 第一、ちょっと誘った位でふらふら着いて来るんだったら苦労しないわよ⁉」

彼女の意外な程正直な言い方に思わず苦笑してしまう。

「夕方になってから急な打合せが入って来たのでね、食堂の夕食を食べ損ねてしまったんだよ」

 

(やっぱりそう言う事情が有ったのね、良かった♪)

 

隅田のあっさりとした説明に安堵したヒューストンだったが、ポーラが更に重ねた言葉にちょっとしたヒントを掴む。

「何だぁ、そうだったんですねぇ~、それじゃあ今度お夕食を食べ損ねた時はぁ、ポーラがお付き合いしますねぇ♪」

「貴方は食事じゃなくてお酒が呑みたいだけでしょ⁉」

「え~違いますよぉ、美味しいお料理と美味しいお酒は無二の親友って諺ぁ、ご存知ないですかぁ?」

「だからって貴方もその親友って訳じゃないわ! さぁ、そろそろ食事に集中させて貰えないかしら?」

「えへへぇ、仕方ないですねぇ~今日の処はぁ、飛鷹さんにお譲りしておきますねぇ♪ それじゃあ司令、どうぞごゆっくり~」

「ああ有難う、食事が終われば退散するよ」

隅田がそう応じた刹那、飛鷹が僅かに口を尖らせて恨めし気に彼を睨んだのだが、それが通じた気配は無い。

如何にライバルとは言え、そんな彼女の心根に些か同情させられたが、勝負とは非情なものだと思い直す。

 

(そうよね、気の毒だけど点数稼ぎには使わせて貰いましょ)

 

「フフフ、良かったですねぇヒューストンさん♪」

一連の遣り取りを面白そうに見ていたジョンストンが、悪戯っぽい笑顔を向けて来る。

「ええ、ホッとしたわよ。これで安心してデザートに集中出来るわ♪」

間髪を入れずに応じると、彼女は拍子抜けした様な顔になる。

「何よ、ケーキが急に美味しくなくなった見たいね?」

「ええぇ、そんな事無いですけど……でもそれっ切り何ですかぁ?」

「そうよ、それに――そんなに心配して貰わなくてもちゃんと眼にもの見せてあげるわよ♪」

そう言ってニヤリと笑って見せておいてから、皆に声を掛ける。

「さぁ、折角の甘い誘惑よ、最後の一口迄楽しまなきゃね♪」

「はーい」

「――はい♪」

 

その後暫くジョンとサムの微笑ましい言い争いに口を挟みながら楽しく過ごしたヒューストンは、もう十分に堪能したと言う頃合いで終了を宣言する。

「さぁ、もうそろそろお開きにしましょうか?」

「はーい!」

「ヒューストンさんご馳走様でした♪」

「本当に有難うございます。次は私がディナー奢りますから」

「ええ、期待しないで待ってるわ♪」

そう言ってサッと立ち上がると、三人に向かって軽くウィンクして見せてから、自然に隅田の横に近付く。

「今晩は司令」

「やぁヒューストン、君も食事に?」

「いえ、皆でデザートを楽しんでましたわ♪」

「そうなのか、今日は開発部からいきなり会議の要請が入ってね。食堂に行き損ねてこの始末だよ」

「もう少し言い方ってものがあるんじゃない?」

飛鷹がさも不満気に口を出す。

「そうですわ司令、飛鷹さんとお食事して何がご不満なんですか?」

「あ、いやそう言う訳では無いが、やはり公平を欠く様な行為は慎むべきかと思ったからだ。飛鷹を貶める意図は無い」

相変わらず堅い口調でそう言った隅田に、彼女は少々居心地の悪そうな顔をする。

「まぁ、そうだったんですね、気が付かずに失礼しましたわ♪」

「そんなことは無い、君が注意してくれるからこそ私は安心して放言出来ると思っているよ」

「あら、それは光栄ですわ。そう言う事でしたら、司令が安心して私達に接することが出来る様にもお手伝いしなければなりませんわね♪」

「ん? どういう事を手伝ってくれるのだろうか」

「ええ、やはり公平を欠いてはいけませんので、今度は私とディナーをご一緒して頂くのは如何ですか? もちろん――」

そう言ってカウンターの方を顧みると、そこではポーラが再び楽し気にグラスを傾けている。

「――ポーラさんの次で結構ですけど♪」

彼は一瞬狐に摘ままれたかの様な表情になるが、次の瞬間破顔して真っ白な歯を見せた。

「分かった、喜んでそうさせて貰おう♪」

「うふふ、よろしくお願い致しますわ」

見事に作戦が当たり、会心の笑みを浮かべながら顔を上げた途端に飛鷹の鋭い視線に突き刺される。

 

(油断したわ、まんまとしてやられたわね)

 

その眼は明らかにそう言っていた。

やはり彼女は自分の事をライバルだとは思っていなかったらしい。

とは言え、ここで喧嘩腰になっては身も蓋も無い。

やるなら徹底的に余裕を見せておくに限ると言うものだ。

殺気の籠った視線を受け止めておいて、にっこりと穏やかな笑みを作って見せる。

「それでは司令も飛鷹さんも、どうぞごゆっくりお過ごし下さいね。お先に失礼致します」

「ああ、有難う、君もゆっくり休んでくれ」

その言葉に一礼して踵を返すが、背中にチリチリする様なむず痒さを覚える。

 

(参ったわね――でも、何れはこうなったんだし仕方無いか♪)

 

どこ迄行こうが自分は戦う女なのだ。

これ迄長い年月に渡って、こと恋愛という領域に限っては尻込みし続けて来たが、それも今日限りだと己に言い聞かせる。

戦うと決めた以上は勝負に気後れする理由などないし、ましてやむざむざと負ける訳にもいかない。

そう思いながら顔を上げて胸を張った彼女に、ジョンストンが眩しそうな眼差しを投げ掛けていた。

 

 

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