基地の中で比較的大きなパートを占めているのが技術部門で、出撃の無い艦娘達はここにいることが多い。
隅田が本国の上官と会議中なので、艦娘達の様子を見る積もりで試験室に顔を出す。
歩衛の兵がキビキビと敬礼してくれるのににこやかに答礼しておいてから入室する。
「あ、ヒューストンさんいらっしゃーい」
顔を見せるなりデ・ロイテルが目敏くこちらを見付けて明るい声を上げる。
「まぁロイったら、任務に集中して無いんじゃないの?」
「えへへ、やっばーい♪ でも今は作業待ちなんですよ~?」
彼女の言う通り、傍らでは技官が艤装に繋がれたPCの画面を覗き込む様にして作業に没頭している。
「またサンプリング周波数を変えて見るの?」
「て言うか、サンプリングの精度を上げられないか試して見てるんですよぉ~」
「あら、それって簡単じゃ無さそうね、何故そんなことを?」
「何かフィードバック時の波形が微妙にズレてるんですよぉ~。その所為で増幅率が上がり難いんじゃないかなぁーって」
その言葉通り、デ・ロイテルの増幅率値は着任以降目覚ましい向上を続けていたが、最近のそれは目に見えて頭打ちになっていた。
その原因を分析して適切な対策を講じ様とする彼女が優秀なのか、それとも担当の技官が優秀なのかは分からないが、少なくとも与えられた任務に前向きに取り組んでいるのは間違い無さそうだ。
「ヒューストンさんはフィードバック波形ぴったり一致してるんですよねぇ、何か調整のコツとかあるんですかぁ?」
「残念だけど、特別な事は何にもしてないのよ」
「え~、なのにズレが起きないんですかぁ? それって初期設定が余程バッチリだったって事ぉ? 事前の摺合せしてたとかですか?」
「それも何にもして無いのよ、偶然っていう以外にはちょっと説明付かないわね」
「へぇ~そんなことってあるんですねぇ~」
実際ヒューストン自身が不思議に思う位、彼女のために用意された艤装は良く適合していた。
ここに着任して来た艦娘達は、事前にサンプリング周波数を測定して申告しているが、実際に装着して運用して見ると必ず微妙なズレが生じる。
その差異を少しずつ埋める様に微調整を繰り返して最適な設定を詰めて行くのだが、事はそう簡単ではない。
出撃中の現場でデータを取りながらリアルタイムで調整出来る訳では無いし、取得したデータに忠実に調整したから上手く行くとも限らないからだ。
隊に集まった艦娘達は多かれ少なかれこの微調整に頭を悩ますのだが、今のところヒューストンはそれにほぼ悩む事は無かった。
「プールには誰がいるの?」
「アークさんとリベちゃんがいますよ~」
「そうなのね、じゃあちょっと覗いて見ようかしら」
そう言い残して室内を横切って行く。
因みにプールと呼ばれてはいるが、正確には海と繋がった閉水路だ。
屋内になっているので天候に左右されず艤装のテスト等が出来るが、高速が出せたりする広さは無い。
試験室の奥にある簡素なアルミニウムの扉を開けると、思いの外濃厚な潮の香りに包み込まれる。
屋内にいたので気が付か無かったが、やや強めの海風が開口部から吹き込んでいた。
プール際には数名の技官が詰めており、水路上にはアークロイヤルとリベッチオが有線接続された艤装を背負って控え目に動き回っている。
プールの上の空中ではホログラムの数値と波形が宙に踊っており、技官達と行動中の二人の視線が注がれている。
「あーっヒューストンさんだぁ~、やっほぉ~♪」
彼女に気付いたリベッチオが大きく手を振りながら底抜けの天真爛漫さで呼び掛ける。
それだけでは飽き足らず、真っ直ぐ自分の下に突き進んで来るその様子に苦笑してしまう。
「こんにちわ~、今日はじゅんしのお仕事ぉ~?」
「ええそうよ、リベちゃんが真面目にお仕事してるか確かめに来たの♪」
「だったらヘーキだよぉ、こーんなに真面目にお仕事してるもん♪」
(駄目ね、そもそもこの娘に皮肉が通じる訳無いわね♪)
彼女は隊に集まって来た各国駆逐艦の中でも一際幼く無邪気で、どうかするとサムより幼く見える程だ。
それでも艦娘としての能力は全く引けを取らないし、艤装の運用成績も優秀と言って良い。
「調整して貰った感じはどう?」
「うん、ケッコーいい感じだよぉ♪ 何かこう付きが良くなったみたい」
「まぁ、何だかベテラン見たいで格好良いわね♪ あたしも真似しちゃおうかしら」
「えへへ、ヒューストンさんだったら真似してもいいよぉ♪」
「あら、直々に許可して貰えるだなんて嬉しいわ」
そう言って微笑むと、少し照れ臭そうにはにかむ笑顔が何とも愛らしい。
「リベッチオは副長には愛想が良いのだな♪」
いつの間にか近付いて来たアークロイヤルが声を掛ける。
ただ彼女は冗談めかした積もりなのかも知れないが、声音が厳めしい所為でリベッチオは戸惑った様な視線を投げ掛けてから不安そうにヒューストンを見上げる。
「心配しなくて良いわ、アークさんは貴方が仲好くしてくれないから寂しいって言ってるだけよ♪」
少々お道化て見せてやるとその顔に笑顔が戻る。
「いや、決してそんな積もりで言った訳では無いのだが――」
「えーそうじゃないのぉ? だったらやっぱりリベがいけないって怒ったの……?」
そう言いながらしょんぼりした様な上目遣いで見詰められては、アークロイヤルも二の句が続けられない。
「いや、その――まぁ当たらずと言えど遠からずと言った処だ、何も怒ったりしてはいないぞ」
「ね、あたしの言った通りでしょ♪」
「うん!」
再び明るい笑顔で応じるその様子に、彼女は溜め息と共に苦笑して見せる。
「やれやれ、副長殿には敵わないな、この娘達が懐く筈だ」
「あら、そんな事無いでしょう? ジェイは貴方をとても信頼してる様に見えますよ?」
「ジェイとは10年以上の付き合いだからだ、私に親しみを感じているからでは無いよ」
「そんな言い方したらジェイが可哀想ですよ」
「そうだよ、ジェイちゃん泣いちゃうよぉ?」
「む、そう言うものか――では間違ってもジェイの前では口に出さぬ様に注意しよう」
(うふふ、本当に変わってるわね♪)
アークロイヤルは古風な騎士然とした人柄で、物言いも考え方も何処と無く古めかしい。
その上人情の機微の様なものに疎いのか、しばしば無頓着な発言をするので特に駆逐艦達には苦手意識を持たれている。
だが、今の様な忠告に対してはとても謙虚であり、しかも一度口にしたことはそう易々と違える事は無い。
信義と言う面から見る限り、彼女は実に信用に足る人物であるのは間違いないだろう。
これで柔軟さや人当たりの良さなどを兼ね備えていれば申し分の無い人格者と言えた筈なのだが……。
「どうですか? 思った通りに調整出来てます?」
「いや、そう上手くは行かないな。前回サンプリング周波数を調整した時は完璧だと思っていたが、蓋を開けて見ればまたピークが下振れしていたよ」
「では今日はその再調整を?」
「その積もりだったんだがな――」
そう言った彼女が背後を顧みるのでその視線の先を追うと、空中に踊る大きなグラフ表示の上で、波のピークが小刻みにドリフトしていた。
「安定しませんね……」
「そうなのだ、全く一筋縄では行かんよこの艤装と言う奴は」
首を傾げながら背中の装備をたしたしと叩いて見せる。
「それでも、大した発明品には違いないですわ」
「それは言うまでもない、長年歯痒い思いをして来た航空攻撃がやっと実現したのだからな。これで私の可愛い
そう話す彼女の口調はどことなく弾んでいる様でもあり、どうやら心底からかつての艦載機達――彼女のいう処の
ヒューストンも一応は艦載機を持っているし、やろうと思えば微々たるものとは言え航空攻撃は出来るのだろうが、彼女ら空母の様な思い入れが有る訳では無かった。
「そうですね、それだけでも深海棲艦に対する大幅な戦力アップなんですから、時間の許す限りは艤装の特性を把握しましょう」
「まぁそれはそうだが――そこに一生懸命になると言うのも少し違和感を感じるな……確かにあの子らに活躍の場を与えてやれるのには違いないのだが」
「あら、どうしてですか?」
何気無くそう問い返すと、アークロイヤルは腕組みをして中空に視線を走らせる。
「我等にとって深海棲艦は言わば身内の様なものだ、一つ間違えばこの私とてあちら側にいたかも知れん。確かに人間達にとっては不倶戴天の敵かも知れぬが、それに手放しで同調出来るかと言われると些か複雑だな」
ザラリ、とした厭な肌触りだった。
胸の奥で、ドクンと言う響きと共に黒い感情が頭をもたげる。
「え~、でも敵はリベのこと撃って来るよぉ? やっぱり敵じゃないのぉ?」
「撃って来るから敵だと言う程判り易い話ではないぞ、我らも味方同士で砲火を交えた事もあるだろう? だからと言って敵とは言わないではないか」
「それってなんか違うんじゃなぁい? だって敵は間違えてるんじゃないよぉ?」
「そうよ、リベちゃんの言う事が正しいわ」
その言葉に喜色を浮かべた彼女はヒューストンを顧みるが、一転してその表情が困惑に変わる。
そこにあったのは期待していた優し気な笑顔ではなく、燃える様な激しい眼差しだったからだ。
「例えが悪かったかも知れないが、それでも敵だと決め付けるのは如何なものかと思うぞ」
やはり他人の気色を感じ取るのは苦手なのか、アークロイヤルは変わらぬ調子で会話を続け様とする。
「例えの問題などではありません、深海棲艦は敵です。疑う余地はありません」
「何故そう言い切れるのだ? 彼女らは元の我等と同じ艦艇であり、仲間だったのだぞ?」
「それでは貴方は、そもそも艦艇であった時から僚艦を仲間だと思って接していたのですか?」
「――いや、確かにそうでは無いが――しかし、同じ艦艇であった事だけは間違いないではないか。我らは姿形こそ人間そっくりだが、出自は彼女らと同じなのだぞ?」
「その事と、敵である事の間には何の矛盾も無い筈です――
それとも、まさか貴方は自分が人間達の様に死なないからと、高を括っているのでは無いでしょうね?
この体が滅びても再び復活する事が出来るから、
ただ一つの命を喪ってしまう、儚い人間達の事迄心配してやる必要は無い――
などと、考えてはいないでしょうね?
アークロイヤル⁉」
「――ヒューストンさん……」
怯え切った様子で、アークロイヤルの手を握り締めて後ずさりするリベッチオの瞳に己の姿が映る。
それはまるで――修羅そのものの如く、荒々しく、殺気に満ちていた。
さしものアークロイヤルも、その凄まじい迄の気迫に気圧されたのかやや蒼褪めながら何とか口を開く。
「――一体どうしたと言うのだ、副長殿……何が――」
「あーっ! ヒューストンさんったら、何時迄油売ってるのぉ♪」
唐突に背後から場違いに明るい声が上がり、険悪の極みにあったその場の空気が掻き乱される。
「んもぉーっ! さっき内緒の相談したいって言ったじゃないですかぁ~♪ 忘れちゃったんですかぁ?」
満面に華やかな笑顔を張り付かせたデ・ロイテルが小走りに駆け寄って来ると、ヒューストンの腕をグイッと強く掴む。
その感覚が突然理性を呼び起こし、己が取り返しの付かない局面に踏み込み掛けていた事に気付かされる。
それと同時に、この場を何とか納めなくてはと言う正常な意識が戻って来る。
「――そ、そうだったわね……あたし、うっかりしちゃって――」
「んもーひっどぉーい♪ もう用は済んだんですよね! だったらぁこっち来て下さいよぉ♪」
相変わらず不自然な程にこやかな笑みを浮かべたまま、彼女は有無を言わせぬ調子で腕を引っ張る。
「わ、判ったわ――それじゃアークさんもリベちゃんも、作業に戻って下さいね……」
「二人ともお邪魔しましたぁ~♪ ヒューストンさん、お借りして行きますねぇ~!」
そう朗らかに言い放って元気良く手を振って見せるデ・ロイテルの様子に、強張った表情を僅かに和らげたアークロイヤルが辛うじて応じる。
「り、了解した、ではまた副長殿、デ・ロイテル殿……」
しかし傍らのリベッチオは、何が起こっているのか理解出来ないらしく、瞠目したまま硬直していた。
そのまま彼女はヒューストンの腕を引っ張りながら、真っ直ぐ控え室兼ブリーフィングルームのドアへと歩を進める。
ノブに手を掛けてさっと引開け様こちらを顧みたその顔にはまだ笑顔が張り付いたままだったが、その意図は伝わったので先にドアを潜った。
バタンと扉が閉まると同時に気味が悪い程の静寂が全身を包み込み、否が応でも自分が何をしてしまったのかを思い知らされる。
(何て情け無い……あの程度の事で冷静さを失うなんて……)
「あ、あのねロイ――」
一言礼を言わなければ――そう思って口を開き掛けたその時、背中からギュッと抱きすくめられる。
――いや――抱きすくめられたのでは無くしがみ付かれたのだった。
彼女の呼吸は激しい運動の直後の様に荒く、項に掛かる息が火傷しそうな程に熱い。
背中に伝わって来る心臓の鼓動は機関砲の様に忙しなく、今にも倒れてしまいそうに感じられた。
(緊張していたのね――必死だったのね……こんなあたしの為に……)
彼女が一体どうしてあの状況を察知出来たのかは判ら無いが、勘が鋭く周囲への気遣いを欠かさないその性質故に危険な雰囲気を感じ取ったのかも知れない。
しかも正面から諌めたり窘めたりするのではなく、咄嗟に嘘を吐いてヒューストンの顔を潰さない様に気遣ってくれさえしたのだ。
そう思うと益々居たたまれなくなって来る。
息苦しい程に我が身を締め付けたままの彼女の手にそっと触れると、自然に言葉が口を衝いて出る。
「ごめんねロイ……本当に本当にごめんなさい……」
それに対して彼女は口を開かず、ただかぶりを振って応じる。
その仕草に彼女の意図が滲んでいた。
デ・ロイテルは自分を責めようなどとは露程にも思っておらず、かと言って人助けをしようとした訳でもない。
常日頃軽薄そうに振舞ってはいるが、その様な外面とは裏腹に仲間達に対するさり気無い気配りは実に細やかで、仲間の事を本心から大切に思っているのが伝わって来る。
母国に戻れば僚艦などほんの僅かしかいない彼女にとって、実艦であった頃共に戦ったヒューストンやパース、それにこの隊にやって来た事で出来た新たな仲間達には誰も傷付いて欲しくないのだろう。
(そうね――謝る処じゃ無かったわね)
「有難うロイ、後で二人にはお詫びしておくわ――だから、もしまたあたしが馬鹿な事しそうな時は、助けてくれる?」
長い沈黙の後で、彼女が幾らか落ち着いた声を出す。
「――あのね――何時か、ちゃんと聞かせてね……」
「――ええ、必ず話すわ――ロイ」
そう言ってまたその手に触れると、ギュッと握り返して来る。
ヒューストンにとって、ここは恵まれ過ぎているのかも知れない。
ここには自分を大切に思ってくれる仲間がおり、長い間心の奥底で疼き続ける傷を癒してくれるかも知れない男もいた。
そう思えば、運命とは何と気紛れな事だろうか。
(やっぱり――あたしには貴方が必要なんです――司令……)
ほんの数年前の自分が今の自分自身を見たらどう思うだろうか?
だがそれは、所詮過去の自分――大切な記憶でありながら、同時にヒューストンの心を雁字搦めにする重い軛そのものなのだ。
この第5節で第1章は終了します。
出来る限り間をおかずに第2章を投稿したいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
次章ではもう少し飛鷹やポーラについても触れて行きたいと思います。