冷たい女   作:Y.E.H

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第2章の投稿を開始します。
ヒューストンの奮闘は続きますが、彼を巡って思わぬ事態が起こります。


第2章
第2章・第1節


 我ながらみっともないとは思うのだが、どう頑張っても顔の筋肉が弛んで笑みが零れて来てしまう。

しかし彼とディナーを楽しむと言う甘美なその言葉の響きに、心が浮き立つのを抑えられない。

 

(ちょっとウキウキし過ぎよヒューストン! 貴方は三番目なのよ⁉)

 

実際そうには違いない。

飛鷹とディナーをしていた彼に持ち掛けた些細な策に乗ってくれたのは間違い無いのだが、その折に少々余計な事を言ってしまったのだ。

『ポーラさんの次で結構ですけど――』

これは言わば単なるカモフラージュでしか無いのだが、何処までも律儀な隅田はその言葉通りにポーラともディナーを共にしたのだった。

そんな訳でヒューストンの許に順番が回って来る迄にワンクッションあったのだが、それには思わぬ効果もあった。

こう言う事に抜かりの無い手練れとばかり思っていた彼女が、なんと隅田の前で泥酔してしまったのだ。

もちろん彼はちゃんと最後迄付き合い、ソウの店が閉店する前にイタリア海軍からの派遣士官に連絡を取って引き取り役を呼び寄せた上で、宿舎の前迄一緒に送って行ったそうである。

 

(本当に――大したものだわ♪)

 

そこ迄してくれるのであれば自分もわざと酔っ払って彼に送って貰いたい位だが、ほんの一時の満足の為に彼の印象を台無しにするだけだろう。

しかしそう考えて見ると、実はポーラはわざと酔態を晒したのではないかとも思える。

そんな姿を見せられた彼がどんな風に自分を扱うのかを見極める事で、自分をどう思っているのか探ろうとしたのではないかと。

 

(さすがに考え過ぎかしら? でも、その位の事遣りかねないわよね……)

 

本当の処は彼女が正直に白状しない限り知り様も無いが、常日頃の振る舞いを見ている限りそこ迄判り易いミスを犯すとは考えにくいのだ。

とは言えヒューストンも伊達に副長をやっている訳では無いので、彼がポーラの様なタイプに苦手意識を抱いている事も良く理解している。

とにかく隅田が彼女に抱いている苦手意識がこれで更に深まったのは間違い無いので、ポーラの本心がどうあれ歓迎すべき事だった。

強いて言うなら基地内のソウの店ではなくもっと雰囲気のある店であれば良かったのだが、彼がセッティングしてくれた事にケチを付けたくない。

 

(今回は最初の一歩だわ、ロマンチックなディナーは次のお楽しみよね♪)

 

そう言い聞かせて宿舎を後にする。

 

昼間の熱気を仄かな余韻の様に纏った南国の夜空の下、逸る心を鎮めつつ歩けば彼の待つ店の入り口はすぐそこであった。

常日頃の気軽さを圧し殺してそっとドアを開けると、これは何時もと変わり無くソウの愛想の良い声が響く。

「いらっしゃいませ!」

だがここら辺りが彼の気の利いたところで、何時もの様に親し気に声を掛けたりはせず、視線だけを投げ掛けて見せる。

視線のその先を辿ると奥まったコンパートメントスタイルのテーブルで、今しも隅田が立ち上がる処だった。

そんな彼の下に駆け寄ってその腕に甘えて見たくなるその気持ちを抑え付けて待つ。

折角エスコートしてくれ様と言うのに、余計な事をすれば彼の体面を潰すだけだ。

 

「今晩はヒューストン、来てくれてとても嬉しいよ」

「お誘い頂いて光栄ですわ司令、宜しければ案内して下さいますか?」

「もちろん、喜んで」

そう言った彼に向かって右手を差し出すと、大切な物を扱うようにそっと挟み込んでくれるその感覚が嬉しい。

 

(あぁ……これでも貴方は本心からじゃ無いって言うのかしら? 本当につれない人ね♪)

 

女に対する接し方や立ち居振る舞いは米海軍の男達と何ら変わる処は無い。

だが隅田には下心が欠片も無いと言う点で決定的に違っていた。

 

(別に……貴方なら下心剥き出しだって構わないのに♪)

 

そう言って拗ねた様な眼差しでその瞳を見詰めたら、ひょっとして恋の魔法に掛かってはくれないだろうか?

無駄だと判っていながらもそうして見たいと言う衝動と、彼を戸惑わせる事になるだけだという冷静な思考とがせめぎあう。

そんな逡巡の間にも彼女はテーブルへと誘われ、ごく自然に手を解いた隅田が椅子を引いてくれる。

「有難うございます」

何とかそう応じたものの、どうにも落ち着かない。

ここに来る迄に様々な作戦を練っていた積もりなのだが、彼に会ったその瞬間に全て忘れてしまった事に今更ながら気が付いたのだ。

 

(勘弁して欲しいわ――まるで裸でいる見たいな気分よ……)

 

ついこの間、飛鷹に事実上の宣戦布告をした折りはあれ程勇ましい気分だったのに、こうして彼と一対一になれた途端にここ迄心許なくなるとは!

半ば自棄気味に、本当に彼の前で一糸纏わぬ姿で立つ自分を思い浮かべて見る。

彼の力強い腕に抱き締められ荒々しく奪われたなら、きっと陶然として身を任せてしまうだろうに。

 

(……まぁ、そんな事あり得ないわよね……)

 

もしそんな場面があり得たとしても、彼は絶対にそんな事をする男では無かった。

全く躊躇する事無く上衣(もちろんそれがシャツであろうが肌着であろうがだ)を脱いでサッとヒューストンの素肌を包み込んでおいてからきっとこう言うのだ。

『一体どうしたんだ君らしくも無い――さあ宿舎迄送ろう』……と。

 

(はぁ……)

 

想像したら溜め息が出そうになり、何とか心の中に抑え込む。

自分は少々気負い過ぎかも知れない。

この際、深く考えるより素直に楽しんで仕舞えば良いのでは無いか。

そう思うと自然に苦笑が漏れて来る。

ひょっとしたらポーラが彼の前で泥酔したのは、ただ単に素直に楽しんだだけでは無かったか。

 

「これは済まない、ひょっとして私に不躾な振る舞いでもあっただろうか」

隅田がヒューストンの苦笑の意味を取り違えたらしく、詫びを口にする。

「君の母国の男性達と違ってこう言う事が身に付いていなくて申し訳ない、どうか率直に指摘してくれれば有難い」

「そんな事ありませんわ、司令の心の籠ったお振る舞いはとても心地好いですし、第一偉そうに指摘する程経験豊富でもありません♪」

意識した訳でも無いのに心からの笑みが溢れてくる。

そしてそれは直ぐに彼にも伝わり、口許から真っ白な歯を見せてくれる。

「有難う――何故かはさっぱり分からないが、君にそう言って貰うだけで胸の奥から喜びが湧いて来る様に感じる」

「まぁ嬉しい♪ でも、それはあたしも全く同じですわ」

「本当に?」

「ええ♪」

そう言った次の瞬間、互いの視線がしっかりと交わる。

 

(厭だ、どうしよう……)

 

みるみる内に頬が紅潮して来るのが判る。

まるで、恋に恋する事しか知らない少女になってしまった様に頼りない自分自身にただ戸惑うばかりだ。

しかしその時救いの神が現れる。

二人の横で控え目な咳払いをしてくれたのは、フロア係の青年ではなくソウだった。

「お邪魔をして仕舞い、たいへん申し訳ありません。食前酒をお持ちしました」

もちろん彼はわざわざお邪魔をする為に自らやって来てくれたのだ。

 

(助かったわソウ! やっぱり貴方は最高のマスターね♪)

 

彼のお陰で自分を取り戻したヒューストンは、やっと少し余裕を持って彼に向き合う事が出来る。

「細かな気遣い嬉しいわソウ、今日は何だか何時もより素敵に見えるわよ♪」

「それは光栄です副長、どうかごゆっくりお寛ぎ下さい」

「有難うMr.竹橋、ひょっとしてこの食前酒は?」

「お察しの通りですよ司令」

「あら、何か特別なお酒ですか?」

「ああ、実はこれは日本酒なんだよ」

「司令がお好みの蔵元と伺いましたので、試みに取り寄せて見ましたが、どうにかお出しするのが間に合いました」

「まぁ♪ 司令がお好きなお酒だなんてとても楽しみですわ」

「君の口に合えば良いのだが」

「それでは私は退散致しますので、お代わりの節はお申し付けください」

そう言ってサッと退き下がって行く彼に改めて感謝の眼差しを投げ掛けておいてから、隅田に向き直る。

「司令、ひょっとしてこのお酒、ご自身でわざわざ取り寄せて頂いたんじゃありませんか?」

そう問い掛けると彼は一瞬少年の様にはにかんだ笑みを浮かべる。

「君には何でも分かってしまうんだな――Mr.竹橋は配慮してくれた様だが、実は私が彼に頼んで手配して貰ったんだよ。残念ながらポーラ君とのディナーには間に合わ無かったがね」

「でしたらあたしが初めて頂くんですね、とても嬉しいですわ♪ よろしければ乾杯致しません?」

「ああ、君さえ良ければそうしよう――それでは、私の拙い指揮を補佐してくれる素晴らしい副長と我が隊に――」

「はい♪ それでは、私達を纏めて下さるとても素敵な司令と我が隊に――」

「乾杯!」

「乾杯♪」

先程迄とは違ってリラックスしているヒューストンは、彼が取り寄せてくれたと言うその酒をゆっくり味わう事が出来た。

 

(何これ、美味しいじゃない♪)

 

そうとなれば心置きなく誉め千切れると言うものだ。

元より例え美味しく無くてもどうにかして誉める積もりでいたのだから尚更である。

「司令、とても美味しいですわこのお酒」

「本当に? もし口にあったのならとても嬉しいが」

「ええ、飲み口はスッキリしているのにとてもフルーティーで、甘さを感じるのにしつこくなくて爽やかで――こんなストレートな美味しさは初めてです♪」

かなり正直な感想を述べた積もりだったが、彼の表情に軽い驚きが浮かぶ。

「済まない、私は以前君にこの酒の話をした事があっただろうか?」

「いいえ? どうかなさいましたか?」

「いや――私が誰かにこの酒を説明する時には、全く同じ事を言うからだよ」

これを聞かされて驚く(もとい『喜ぶ』である)のはヒューストンも全く同じだ。

 

(厭だちょっと待って? 貴方ったらどうしてそこ迄あたしを乗せるのが上手なのよ――良い加減にしないと本気にしちゃうから♪)

 

などと云ってはいるが何を今更で、とっくに本気になっているのだ。

「あら、でしたら司令とあたしの好みは同じと言う事ですわね♪ 益々ご一緒にお酒やお料理が楽しめますわ」

「成る程その通りだな、それではささやかで申し訳ないが今夜は出来るだけ楽しんでくれると有難い」

「ええ、もちろんです♪ では早速ですけど、ひょっとして司令のお奨めが他にもおありでは?」

これを聞いた隅田は再び先程の様な笑みを零し、照れ臭そうにする。

「君は本当に巧みにリードしてくれる――ではお言葉に甘えてもう一つ披露しようか」

「ええ♪」

二人の夜は始まったばかりだった。

 

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