俺は黒崎一護である。
気がつけばこの東京で、黒崎一護っぽい姿、家族、友人、そして実家と学校を得て暮らすことになっていた。
転生という奴だ。しかも二次元の世界に。
なのでおそらくここはBLEACHの世界なのだとは思うが、正しいところはよくわからない。
そんなわけで今日も今日とてホロウ狩りに勤しんでいる。
ここがBLEACHの世界であるのなら、危険は隣り合わせ。
ぼやっとしていれば親しい家族も友人も全てを失いかねないからだ。
原理不明の気合で肉体を脱ぎ捨て、斬月を背に二階の窓から飛び立てば、霊圧の探索に引っかかる影がある。
場所は今回も学校の裏山であった。
近場に現れてくれるのは嬉しいが、なんだか虚の多発地帯になっていて不気味だ。
虚は長い首と振り乱すような同じく長い髪で、老婆の如き姿勢をしてケタケタと笑った。
「いいいいいいまなんじぃーーーー?」
俺はゲンナリとため息をついた。
相変わらず、絶対担当デザイナーに変更があったとしか思えないキモさの虚だ。
何より虚を象徴する胸の穴がないのが気にかかる。
ここがBLEACHの世界だと言い切れないのは、こういう細かな差異に転生してからずっとずっと悩まされているからだ。
今回の虚は雑魚だったため、軽く切り捨てて終了である。
心の袂のモヤモヤ感だけが残り、俺は夜の電信柱の上でため息。
生まれてこのかたずっとこうだ。
ゲタ帽子こと浦原さんはいないし。
こんなふうに虚っぽいものを狩りまくっているのにソウルソサエティからの接触もない。
推定ヴァストローデなクソ強い虚と戦うために卍解もしたことがあるのだから技術開発局が見逃すとは思えないのに。
帰途につこうとふわりと空中に佇めば、ふと背後に感じる強大な気配があった。
気配もなく。
余韻もなく。
その男は突然に現れたような不気味さで、口元だけをニコリと笑みの形にしてこちらへと笑いかける。
「やぁ君。こんな夜中に何してんの?」
銀髪に黒い目隠しをずり上げて、澄んだ湖のように鮮烈に輝く瞳で俺を見ている。
明らかに常人ではないが、あからさまな敵ってビジュアルでもなさそうだ。
俺は少し迷った後、刀を右手に握ったまま肩を少し落とした。
「何って、化け物退治だけど」
「ふむふむ。なるほど。まず初めに聞きたいんだけど、その力を使ってこっそりお金稼ぎとかしたいとは思わない?」
「金稼ぎィ?一体どうやって、って………いや、冷静に考えたら方法はゴマンとあるのか。ンなこと思いつきもしなかったぜ」
思えば、死神姿で盗みを働けばカメラにも映らないし、後ろ暗いことし放題だ。
まさか黒崎一護がそんなことするわけないしキャラではないのでやらないが、豪遊し放題だと思うと少しばかりの欲が出なくもない。
煩悩煩悩。首を振って気を取り直す。
「いや、ダメだろそれ。つかなんなんだアンタ。犯罪の片棒でも俺に担がせようってのか?」
「別に君がヤバいやつじゃないか確かめたかっただけさ。予想以上のいい子ちゃんでなによりなにより。じゃあ次は実技試験といこうかな」
「は?」
顔を上げた次の瞬間、目の前に男の拳が迫っていた。
「っ!」
ギリギリで避けて大きく後退する。
瞬歩か!?いや、霊圧が追えなかった!
響転(ソニード)に近い性質がある!
斬月を構え直す前に二撃目が来た。
胴を狙った刈り取るようなハイキック。まともに当たれば肋骨がイカれるだろう。
咄嗟に胴体の血管に霊圧を通し、静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動する。
鉄板を弾いたような硬質な音が響き、蹴りは身体の表層を這う毛細血管によって防がれた。
銀髪の男がうっそりと笑う。
「いいね。並の呪霊に負けることはなさそうだ。もう少し見てみたいけど、これ以上は七海の言葉を借りれば時間外労働になっちゃうかな」
「……時間外労働ってあんたな。つか、ジュレイ?」
「なに、君自分が戦ってた化け物の名称を知らなかったりするの?」
俺はそれを聞いて、タンマのポーズをして座り込んだ。
なんだ呪霊って。BLEACH小説版は未履修だがそこにそんなん出てきたのか?
むしろここは実は東梢局の話ではなく、南とか北だから虚の呼び方も違うとか…?
それか霊王が弑されなかったIFの世界で、世界観設定そのものが実は違うとか?
うーんうーんと悩んでから、俺は斬月を背中に戻してからいまだに名前も名乗らない男へと声をかけた。
「ちょっと詳しい話聞きたいから時間とれたりするか、アンタ?」
「僕もそのつもりだったから渡りに船だけど、いいの?」
「いいも何もあるか。俺は事情を全然把握できてねぇんだよ。少しぐらい現状把握の手伝いをしてくれ」
「OK、そういうことなら任せて」
にこっと子供っぽく笑って、男はこちらへとやってきた。
結局、お互い名前は名乗らないままだった。
はてさて。
五条悟から見たその高校生は、未知数の塊のような少年であった。
前評判は「東京郊外に突如出現した特級呪霊1体を、出現からおよそ3分で鎮圧した謎の存在」というものだ。
窓からの報告によると、実態の見えない何かが現場に突然現れて呪霊を祓ってしまったらしい。
初めは術式によって姿を隠していたのかと五条は思っていたのだが。
確かに窓であろうと常人の瞳には見えないだろう。
これは呪力が何らかの非実体のものを核として凝り固まった、呪霊に近い存在だ。
だが呪霊ではない。
ここに集まっているのは立ち上り柱となるほど鮮烈な正の呪力。並の呪霊なら体が当たっただけで消し飛んでいる。
昔は居たとされる落ちる前の土地神が現代まで残っていたのか、それともなんらかの術式でここまで至った呪詛師か。
五条はコキリと首を鳴らして挑戦的に微笑んだ。
見たところ、外見的な歳は高校生程度だろうか。
後ろから声をかければ、彼は五条に敵意がないとわかっているのか驚くほどとぼけた表情を見せた。
悪い子ではないようで、律儀に質問にも答える様子もある。
五条はふといたずら心が芽生えてパキパキと手癖で指を鳴らした。
実際の年齢がどうあれ、見た目がこんなんだし、呪術高専に入学させるのもありかもしれない。
そうすれば腐ったミカンどもの度肝を抜いてやれるし、危険分子を手元に置いて監視もしておける。
特級の呪霊を祓っているあたり、並の力では腕試しにもならないだろう。
五条は一つ頷いて、術式を回転させた。
瞬間。
術式順転「蒼」を応用し、瞬間移動の要領で拳を叩き込もうとする。
迫る拳はミリ秒以下で相手の目と鼻の先にまで至る。
引き伸ばされる体感時間。
しかし、それはどういう反射神経か、拳が目の前に迫ったコンマ一秒未満での動きによって防がれた。
ビリビリと弾かれた手が痺れる。
流石は呪力体。人間を遥かに超えた反応速度だ。
次に上半身と下半身をお別れさせるぐらいのつもりの蹴りをお見舞いするも、それも綺麗に防がれた。
不可思議な防御力で攻撃自体が通らなかったと言っていい。
六眼で見てみれば、正の呪力が身体表面を極めて細く細かく流されているのがわかった。
奇妙な技だ。あの形は血管の中に呪力を通しているのか?
何にせよ、これで曲がりなりにも五条の5割ぐらいの力を防いで見せたことになる。
それに対して相手はまだ術式開示すらしていない余裕具合。力量としては十分以上だ。
五条はこれから面白くなりそうな予感もして、逆に言えば実に面倒くさくなりそうな予感がして、ニヤリと悪童のように笑うのであった。
・霊圧
性質は似ているが、別に正の呪力ではない。