空気中の霊子を固めて空中を走る。
目下には混乱した民衆がざわめき、時には泣き腫らしている。
多少の喧嘩も起こっているようで、喧騒がここまで耳に届いてくる。
五条が額に手を当てて「あちゃー」と気の抜けた声で言った。
「ひでーな、こりゃ。早めに解放してやらねーと混乱で無用な怪我人が出かねねぇ」
「そうだね、このままだと将棋倒しが起きかねない。それで、一護は呪力の探知できた?」
「ああ。副都心線のある地下ホームを中心にウジャウジャとな。呪霊かこれ?」
まるで電車に呪霊を大量に詰め込んだかのようだ。
あまりに多いため数がうまく把握できない。
大きいものだと特級相当が二体、それより少し小さいものが二体。
帳の外周に出現した見知らぬ人間の呪力に関しては、雑魚だろうしすぐ日下部班などと交戦状態に入るだろうからスルーする。
これで交戦が終了したり、不利を悟って逃げられたりしたら、後は俺と釘崎の出番だ。
特定した残党の霊絡を捉え、そのまま共鳴りで安全圏から処理することとなる。
そうして確認後に地下鉄構内へと向かえば。
はたして。
東京地下鉄の奥深くにいたのは、想定通り四体の呪霊であった。
「へー、僕らを止めるにはちょっと力不足すぎない?もしかして、周りの人間を人質にすれば勝てるとでも思った?」
「どうだろうな」
テンション低く答えたのは髪を二つに結んだ人型呪霊だ。
どうにもやる気というものが感じられないが…。
逆になみなみと殺気を携えるのはタコ頭の呪霊だ。
こちらへと鋭い視線を向けて、歯を剥き出しに唸っている。
「貴様が花御を殺したのか」
「花御……?」
「名すら覚えないか。それほど我らを愚弄するか!!」
理不尽に怒られて俺は少々憤慨した。
呪霊も名前があればそちらで識別するので、多分普通に名乗ってないだけだと思うのだが。
まぁ、あちらさんにはそんなこと関係ないということだろう。
多少萎縮しているのは特徴的な露出度の高い衣装を着た大男の呪霊と、真人の改造人間みたいな異形だ。
他と比べると一段低い呪力は、彼らの実力がこの場の戦力としては物足りないことを示している。
五条が鮮やかに嗤ってぺろりと舌を出す。
「いいね、場があったまってきた。なら始めようか、呪い合いを」
「……悪く思うな」
ぱかりと。
人型呪霊の言葉と同時にホームの扉が開き。
その向こうに来た人々が雪崩をうって線路上に落ちてきた。
死神化した俺のことが見えない一般人達が遠慮なく俺の方へと傾れこむ。
まずい。
これでは斬月を振るうこともままならない!
「───赤血操術 苅払」
人々を遠慮なく切り裂きながら血液の刃が迫る。
この程度なら俺自身は霊圧の壁に阻まれ、防ぐ必要すらない。
だがそれでは一般人が護れない。人々を護れないのでは黒崎一護たり得ない。
ぎ、と思わず歯軋りをして思考を回転させる。
なにか、何か彼らを守る手段はないのか!
「ッ、雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ!縛道の六十一 六杖光牢!」
守りに絶望的に向かない自分では、まず相手をなるべく早く倒すしか道はない。
本来1人しか捕縛できないそれを無理やり霊圧で拡張し、弱く打倒が簡単そうな二体をまとめて縛り上げる。
「壊相!血塗!」
「ぁ、兄者……」
焦ったように人型呪霊が意識を乱した。
霊圧で以て荒っぽく形作られた六杖光牢が、相手の体を縛道断面からぶちりと断ち切ったからだ。
壊相、血塗と呼ばれた呪霊が血を吐いてがくりと力なく六杖光牢にぶら下がる。
兄貴らしい人型呪霊は目を見開いたまま立ち止まった。
そこを五条に突かれ、まともに打撃を浴びて壁へと叩きつけられる。
瞬間、横から殴りかかったタコ頭の呪霊に大きく五条が後退した。
「へぇ、領域展延か。呪詛師と組むとやっぱり違うね」
「展延?あー、教本で見たな、そういや。領域展開対策だっけか。無下限対策にもなるんだな」
「まぁね。本気を出せば別にこの程度の展延で中和されたりしないけど、呪力の無駄遣いだからしないよ」
「出し惜しみしてんじゃねーよ。早いとここいつらを倒してここにいる人たちの安全を確保しねぇと」
「でも、正直勝手に動き回られたらこっちもどうしようもないよ」
何もわからないまま逃げ惑う人々が互いにぶつかり合い、罵り合い、叫び。
ここはすでに阿鼻叫喚の状態だ。
未だ人型呪霊は呆然として壁に力なく背を預けている。
俺は腹を括り、頷いた。
「全員気絶させる。倒れた時打ちどころが悪くて死ぬやつも出るかもしれないが、そうすりゃひとまずこれ以上の混沌は防げるだろ」
「へぇ、そんな便利なことできるんだ。あー、いや、まさか呪力を放出するだけ?」
「そのまさかだ!」
霊圧を解放し、この副都心線ホーム内を包むように魂へと直接威圧する。
「悪ぃが少しばかり寝ててくれ!」
バタバタと倒れ伏す人々に、「ヒュー、さすが呪力お化け。意味わかんない」と五条がふざけて口笛を吹いた。
残るは怒り心頭らしい人型呪霊と、タコ頭のみ。
その二体も、今は俺の霊圧に当てられて肩で息をしている。
人のいない場所なら祓うのに3秒も必要ないのに、もどかしいことこの上ない。
一旦引いて、釘崎と合流するか。
だが俺が後ろで人々の守りにまわっているから現状被害が少なく済んでいるだけだ。
五条一人にすれば守りの手が足りなくなる。
と、その時。
呪霊の気配で満員の電車がやってきた。
「ッ五条!退け!」
「………やり過ぎないようにね」
五条が俺の意図を悟って一歩を身を引いた。
素早く虚閃をチャージする。
あれがホームにたどり着けば未曾有の被害になる。
まだ生きている人も中にいるらしい。
数人の逃げ惑う気配が心を穿つ。俺が本当に人を殺すのはこれが初めてだ。きっと恨まれるだろう。憎まれるだろう。
迷うな!俺の責務だ!
人差し指を向けて猛スピードで迫り来る電車の車両に狙いを定める。
閃光。
そして一歩遅れて爆発音。
満員の呪霊を乗せた電車は、少人数の生存者ごと跡形もなく爆破し、チリとなって辺りへと散らばる。
爆風がこちらまで血煙を運んでくる。
消えぬ死体に、それがようやく呪霊でなく改造された元人間であることを知った。
気軽な調子で後ろから五条が声をかけてくる
「一護。少し休んどく?」
「馬鹿言え。この状況で休むほど軟弱じゃねーよ。けどこれを仕組んだ下手人は潰す。絶対だ」
静かに殺意を鋭くして、その時。
「獄門疆、開門」
振り返ったそこに、見知らぬ男が立っていた。
「や、悟。私を置いて青春を謳歌するなんて酷いな」
羂索「まーぜーてー♡」
宿儺「は???俺が先に目をつけてたんだが???」