「獄門疆、閉門」
会話はなかった。
ただあっけなく獄門疆なる特級呪具がその効果を発揮し、五条悟を別次元の空間へと隔離・封印する。
ぽとり、と箱状の特級呪具が落ちた瞬間を、俺は呆然と見守るしかなかった。
しかし。
その程度でやられるほど、五条悟は甘くなかったのかもしれない。
次の瞬間、バコン、と軽い音を立てて箱の側面に大きな穴が空いた。
閉じたはずの獄門疆がギシギシと軋んでいる。
空いた穴から五条の手がズルズルと伸び上がり、箱の側面を掴んだ。
見知らぬ男が獄門疆を取り落とし、一歩後ずさる。
「冗談、これ獄門疆なんだけど?」
「……冗談なもんかよ。何度も何度もこれまで見てきたんだ、一護の空間すら歪曲させる一撃を、世界すら崩壊させる形而上の一撃を!」
箱から声が漏れた。
獄門疆全体がひび割れ、歪み、卵が孵るように崩れていく。
にゅるん、と五条悟が入った時と同じぐらいあっけなく解放される。
何かを確かめるように五条は手を握っては開き、無言で力を込めた。
そして靴で足元に転がる獄門疆の残骸を踏み潰した。
体全体にパリッと紫電を纏うのは、どうやら極限にまで圧縮した茈を放ったかららしい。
残滓だけでも、それが俺の王虚の閃光に伍するほどの威力であったことが窺い知れた。
まったく、とんでもない男である。
見知らぬ袈裟の男がぽりぽりと頭をかいた。
「参ったね。計画がご破算だ。まぁ、所詮先の見えていた計画だ。これも仕方ないか」
「……ぺちゃくちゃ御託を並べるのはいいけど、お前、生きて帰れるとでも思ってる?こんな舐めた真似しといてさぁ」
禍々しいまでの呪力をたぎらせる五条が、獣のように鋭い視線を男に向けた。
俺は何をどうすべきか若干不安になった。
どうもこの男が五条の親友の皮をかぶっているという存在らしいが…。
今回の事件の真相を知るべく、事前に黒幕は生け獲りということになっていた。
しかしここまで五条がブチギレていては、黒幕が生きて捕らえられるかは怪しいところだ。
「うーん困ったな」なんて呑気な声で見知らぬ男が腕を組む。
五条は思ったより冷静だったのか、俺に静かに指示を出してきた。
「一護は緊急連絡。いったん上に出て状況の確認と連絡を頼んだ」
「おい、いいのかよ」
「いいっていうか一護の超火力兵器はここじゃ完全にお荷物だから。せめて地上で暴れてきて」
俺はその指示に従うしかなかった。
というか、お荷物とか言われてぐうの音も出ない。
若干後引くものを感じながら、俺は上へと飛び立つ。
男のねっとりとした視線が俺を捉えていた。
適当に道中にいた呪霊を蹴散らしながら進んでいくと、交戦中の冥冥一級術師を見つけた。
……のだが。
こちらも相当焦りながら地上を目指す身である。
ちょうど進行方向に冥冥の対戦相手の呪霊がいたのだが。
うっかり全力の飛廉脚で呪霊を展開した領域ごと轢いてしまい。
哀れなり。
そのまま呪霊は音速で壁に激突して動かなくなった。
慌ててブレーキをかければ、場に沈黙が満ちた。
斧を構えた冥冥がふー、と息を吐く。
「………君、本当に天然だね」
「そ、そういう評価をもらったのは初めてっすね」
こんなドンピシャなところに呪霊がいるとは思っても見なかったので仕方ない。
うん。仕方なかったのだ。必要な犠牲だった……。
憂憂というらしい彼女の弟が「姉様のご活躍に水を差すなど…どれほど低俗な行いかわかっているのですか!」とポコポコ怒っている。
俺は深く頷いてもう一度瞬歩の体勢に入った。
三十六計逃げるに如かず。
「悪い、おれは行く。虎杖は?」
「今呪詛師と交戦中だよ。寄ってくかい?」
「!……いや、任せる。前のことがあったから不安は不安だけど。信じて託すのも仲間だからな」
チャドとかも一度霊圧が消えても一人で敵を任せられていたし。そういう気遣いは男の誇りを傷付けるからな。
俺が笑って虎杖の霊圧の方を向けば、ふ、と小さく冥冥も笑んだようだった。
また走り出した後は、天挺空羅を詠唱して捕捉した知り合いの霊圧をありったけ繋げる作業に入る。
俺の知らない奴は敵、知り合いは味方という大雑把な括りだ。
この天挺空羅という連絡方法は霊圧を辿る関係上、敵に知られずに味方にだけ情報を一斉送信できるという優れた点がある。
それはこういう混戦では非常に有益だ。
「敵の狙いは五条の封印だった!五条はすでに敵の計画を打破済み!おそらくこれから呪詛師達が撤退に入るだろうから、逃がさないよう囲う必要があるから注意してくれ!」
叫べば、天挺空羅の向こう側でざわめく気配が感じ取れた。
どうもこの通信技術を初めて体験したものが動揺しているらしい。
すると、天挺空羅の一本から返信があった。
これは夜蛾校長の霊圧だ。
『黒崎、緊急事態だ。お前の肉体が奪われた』
「……へ?」
『このタイミングで天挺空羅を使ってくれて助かった。こちらもあの電波を遮断する結界で連絡方法に窮していたからな』
夜蛾校長が焦ったような声色で言葉を続ける。
俺が真っ白になった思考でなんとか言葉を飲み込んだ。
俺の肉体が奪われた?
殺されたんじゃなくて?コン案件シリアス風味か?
最悪極まりないじゃねぇか。
『下手人は呪詛師と組んだ特級呪霊、真人。今は応援に来ていた京都校の人員と共に行方を追っている』
「ま、待て待て待て待て、俺の肉体!?盗まれた!?それ死ぬじゃねーか俺!」
『敵方は何故か空の肉体を殺さないようにしているようだ。何らかの目的があるのかもしれん。呪物の受肉に使われる恐れもある』
「俺の体ッッッ!!!!」
曲がりくねった構内に迷いながらようやく外に出れば、外は改造人間が溢れかえり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
今目の前で呪霊に殺されかけている人。逃げ惑う女の子。死骸に縋りつき泣き叫ぶ人。
俺は歯噛みした。
こんなの放ってはおけない。
これで自分の体を優先するような輩は黒崎一護ではない。
「ちくしょう!」
副都心線ホームよりかは人の間に幅がある。
俺が全力で動いても轢いてしまう確率は低いだろう。
ならば、霊圧でこの場にいる存在全員の動きを止めて、その上で白打で全滅させる!
繋ぎっぱなしだった天挺空羅を使い、再度連絡を入れる。
「これから渋谷駅を中心に、地上の半径500メートルぐらいで中にいる人間を動けなくさせる!範囲内にいる人間は安全圏に避難しろ!」
そう伝達すれば、しゃけ!しゃけ!と一人返答があった。
どうやら地上で一般人の避難を任されていた狗巻がいたようだ。
「悪い狗巻センパイ、10秒経ったら呪力を解放する!それまでに上か下に逃げてくれ!」
『しゃけ!』
声出さずのカウントの間にも、人々は改造人間に襲われ命を散らしていく。
一人襲われた、二人が怪我をして泣いている。三人が袋小路に追い詰められ、あといくばくの命もない。
カウントが進む。
九、十。
「全員、動くんじゃねーッ!!」
手加減に手加減を重ねた霊圧の奔流が渋谷駅を中心に展開される。
一般の人々が、改造人間が硬直して力なくガクンと倒れ伏す。
爆発的な霊圧で加速した俺は、その速度のままに霊圧でもって数多の改造人間を捕捉する。
1秒にも満たぬ時間だ。
素手で引き裂き、ぶち抜き、轢き潰した改造人間達の死骸が路面に積み上がっていく。
斬月では霊圧が高過ぎて一般人が巻き込まれかねないからな。
これが1番早い。
上から見ていたらしい狗巻が「めんたいこ……」と呆然と呟いているのが視界に入った。
よく分からないが、悪口を言われたのだけはわかったのでムッと黙殺する。
悪かったな野蛮で。五条なら「キングコングじゃん?」とか煽ってくるに違いない。
同時に、空の結界が晴れてゆく。
結界外で誰かが帳の術者を倒したようだ。
もうここは問題なさそうだ。
俺は上空へと駆け上り、瞬歩で高専へと急いだ。
羂索「オイオイオイ、死んだわ私」
一護主「オイオイオイ、死んだわ俺」