伏黒津美紀の怪我を俺が回道で治してから、彼女はホテルで診療をやっている医者に預けた。
彼女はまだ事態が掴めていない様子だ。
しかしそれでも、今度こそ無事だと泣き腫らす伏黒の背を優しく撫でていた。
また、長く続いていたらしい東京第二結界での戦いも収束したようだ。
一度はやられていたと思われていた釘崎が決め手だったらしい。
真依を失い覚醒した禪院真希の一撃で、鹿紫雲なる昔の術者は腕を落としていたのだが。
それを利用して遠隔で共鳴りを発動。
それで動きが鈍ったところを真希先輩にやられたそうだ。
皆相当ボロボロで、急遽反転術式のアウトプットが使える俺が現場に出向き、皆を治療して回ったのだった。
そんなわけで今現在。
上空で王虚の閃光を使い、一度外へ出た俺は高専へと向かっていた。
目的はひとつ、聖文字を五条に見てもらうためだ。
一応ぶっつけ本番で使えるには使えたが、流石に今後もし暴発してしまえばまずいからな。
聖文字は対象に力を与え、代わりに死後や任意のタイミングでその力の全てを没収するもの。
この力からはどれほどの強者でも逃れられない。
実際、津美紀に憑いていた昔の術者の力を俺は得ることができた。
ただ、この構築術式とやら、根本的に学が必要なうえ扱いが難しくて早々使いこなせそうには無いが…。
逆に解やら捌やらは月牙天衝で事足りるので、使う必要が見当たらない。
なんとまあ、ままならないものである。
原作を見る限り、没収の程度はどうやら任意で決められるようだ。
いくら俺とて、仲間の死後の魂を奪いたいわけではない。
すくなくとも、この仕様をなんとかモノにすれば俺たちの手数はぐんと増す。
そのように天挺空羅にて五条と相談し、集合を決めたのであった。
約束の場所は高専の建物の一つ。
一部術師と五条の霊圧を辿っていけば、「おーい、早かったね一護」と大声でこちらを呼ぶ声がした。
窓から身を乗り出す五条の姿をみとめ、急いで地上へと降り立って建物内へと入る。
中には五条の他に日下部一級呪術師、京都校の三輪が所在なさげに立っていた。
ちらっと日下部が俺に視線を向け、実に懐疑的な様子で眉を顰めた。
「相手に術式を与える術式ねぇ。聖文字(シュリフト)つったか?マジかよそれ」
ジャカルタから帰還したばかりの五条は、おみやげらしい袋を俺に押しやって頷いた。
がさりと中を覗けば、インスタントコーヒー詰め合わせがはいっていた。
こんな普通のお土産、五条が選べるとは到底思えな………。
あっ!これは糞から取れる幻のルアクコーヒー!!!
……一人で飲む勇気は出ない。
一応、帰ったら一年のメンツ全員で飲もう。
「マジのマジ。というか、魂を補完して術式を発生させる、と言った方が正しいのかもしれないけど」
「つまり、俺が術式を持っていたらこうだっただろう、って魂に変化させるってことか?」
「変化というより進化、かな。欠落を埋めてより良い魂に仕立て上げる絶技さ」
日下部は無言のままゴクリと唾を飲んだようだった。
三輪がそわそわした様子でこちらを見ている。
「全く破格だな。俺にその手の才能はゼロ。例え呪具で魂をいじってもダメだろうって言われてんのに」
「上のおじいちゃん達が目の玉ひん剥くのが目に見えて笑えるよね。これ、非術師にも使えることは確認済みだからさ。術師の万年人手不足も解決の兆しが見えちゃうかも」
実は結界内で津美紀の他に一度、聖文字の発動を試しているのだ。
兄貴達だけ見えて俺には見えない、俺も力になりたいと男泣きするヤンキーDに仕方なく試したというべきか。
その結果無事ヤンキーDは呪霊が見えるようになったし、雑魚だが術式も開花した。
この才能がものをいう呪術界。
術式なしでやっていくのはどうしても風当たりが強い。
そしてなにより、純粋に手が足りず死んでいくものも多い。
それを考えると、俺の聖文字は実に画期的な能力に他ならない。
日下部が「おいおいおいおい」と震えたように口を開く
「マジか。非術師を術師へと仕立て上げる?無制限に?」
「一護の呪力なら全人類に与えても大丈夫なんじゃない?つまりこれ、全人類の呪力への最適化。───そうすれば呪霊も、」
意味ありげに言葉を切って五条がぴっと人差し指を立てた。
「生まれなくなるってわけ」
「……その検証に俺らが選ばれた、と。大役すぎて緊張で吐きそうだ」
「リラックスリラックス!一護も、これは誰もが無理だと匙を投げた夢の架け橋。気楽に登った方が見栄えがするってもんさ」
三輪達へのそれは「見えるが術式のない人への力の供与は成功するか」の実験だ。
「見えず術式もない人」への実験と「術式のある強者」への実験は既に済んでいる。
ね、と三輪の両肩を五条が叩く。
息を呑んで三輪が体を硬くする。
この一連の情報は今のところ、上層部には知らされていない。
彼らの権威を失墜させる可能性があるため、かなりの反発が予想されたからだ。
ギリギリまで伏せておこう、という五条の判断が働いた。
三輪の固まった様子にため息をついた日下部が、軽く手をあげて歩み出た。
「じゃ、俺から。さっさとやっちまってくれ」
「…やーっぱ誠実だよね、日下部さんって」
五条が機嫌良さそうに鼻歌を歌う。
どうも日下部は三輪に何か起こる前に自分で試してもらおうとしたらしい。
優しい人だ。だからこそ失敗はできない。
俺は慎重に言葉を選んで口を開いた。
「確認だ。これによって力を得た場合、アンタは死後その力を俺に徴収される」
「問題なし。あの世に行ってまで戦う義理はないんでね」
「また、俺の任意のタイミングでアンタの全てを剥奪できる」
「……ま、他人に術式を発生させるなんて奇跡みたいな縛りとしては妥当かね。戦闘中は勘弁してくれよ」
「しねーよそんなこと。じゃ、いくぞ」
掲げよ、と詠唱を開始する。
「銀の紋章・灰色の草原・光に埋もれた円環の途 瑪瑙の眼球・黄金の舌・頭蓋の盃・アドナイェウスの棺」
掲げるものは お前の心臓。
これは本来力の徴収・再分配を使う際、つまりは聖別のタイミングで詠唱するものだ。
だが、補助として宣誓として、この力の初心者の俺が術の操作の補助として使う分には一応機能する。
視界がカチリと切り替わる。
俺の目には、目の前の男の魂からは聖文字は浮かばないように見える。
どうやら魂を補完してなお、その手の才能は目の前の男にはないようだ。
だが術式を発生させる程度ならできる。
するりと日下部の額に十字を切り、俺は一歩下がった。
「どうだ、術式は刻まれたか?」と若干期待に満ちた声で日下部が問いかけてくる。
「おう。なんか刀の切れ味を上げる…?みたいな術式だと思うぜ」
「………。……いや、いいけど。いいけど俺のワクワクを返してくれよ」
日下部は体育座りになってしまった。
まぁ、確かに刀の切れ味なんて呪力で何とでもなるからな。
けどこれ、出力を上げていけばいずれは鞘伏レベルまで到達すると思われるんだが…まぁいいや。
あとで伝えればいいか。
三輪は一連の流れを見て、キラキラとした目でこちらを見ている。
ブンブンと尻尾を振っているのが幻視できるかのような瞳だ。
やはり、残念ながら聖文字は見えない。
だがその先の三輪の未来が明るいものであるように、俺はもう一度詠唱を始めて。
三輪の、魂の欠落を埋めた。
羂索「うーん!日当たりがいい!洗濯物もよく乾く!いい物件だ!」
ホワイト「出てけやボケカス!!っすぞオラァ!!」
ユーハ(無言の連続ピンポンダッシュ)
万「2人っきり……だね……♡」
宿儺「お前には外の騒音が聞こえないのか???」