「───捌」
絶え間ない斬撃が放たれ、石畳が、植物がチリとなっていく。
しかしながらその程度の攻撃でやられるほど俺も五条も甘くはない。
俺の方は表皮の霊圧が斬撃を阻み、少しの痛痒にもならなかった。
五条も無下限が全て防ぎ切ったようだ。余裕の表情で笑っている。
最後に九十九は領域展延で術式を中和して耐えたらしい。
しかし長くは持たない。
式神であるガルダを持ち、長い鞭のように使って宿儺へと切り掛かる。
「星の怒……ッ!!!」
瞬間、九十九が切り裂かれて崩れ落ちる
術式を中和しているというのに、何故。
笑みを拭い去った五条が反射的に無下限を纏い直した。
無下限万華鏡だ。これがある限り、俺でも五条に傷をつけるのは苦労する。
宿儺はいつのまにか手に持った霊絡を右手で括り、舌打ちした。
五条が得心がいったという顔で目を細める。
「なるほど、野薔薇の芻霊呪法の仕組みを限定的に模倣したわけだ。これなら展延してても攻撃が通るね」
「面倒くせぇ…いや、だからさっき首元に変な感覚があったのか」
「既に捌喰らってんじゃん。無傷は流石に笑う」
くつくつと五条が油断なく構えながら揶揄ってきた。
仕方ないだろう。戦闘始まってからずっと静血装(ブルート・ヴェーネ)を纏っているから気付かなかったんだから。
しかし、術式の模倣なんて絶技中の絶技だ。それができたら苦労しない、というチート技というべきか。
さすがは両面宿儺。呪術界に伝説として名を残す術師である。
宿儺が憤怒に顔を歪めて再び掌印を組む。
「"空打ち"」
もう一度捌と見られる一撃が絶え間なく降り注ぐ。
俺たちはそれを難なく防ぐものの。
しかし、先ほどと違い捌同士が打ち合って鬱陶しく目の前に火花が散る。
……火花で前が見えない。
どうやらそれを目的とした視界封じのための技のようだ。
「小技効かせてくるじゃん!」
五条が大きく後退した。
俺も霊圧を噴出し、視界いっぱいに広がる捌の呪力を振り払う。
その短い間に掌印を結んだ宿儺が、領域展開を行う。
「──伏魔御廚子」
景色が塗り替えられていく。
五条が楽しそうに笑った。この戦闘狂め。
「!閉じない領域……なるほどね。さすがは両面宿儺」
「ってやべぇ、縛道の七十三 倒山晶!」
一瞬、細かく刃が食い込むような傷が虎杖と九十九の体に見えた。
しかし次の瞬間出現した倒山晶の結界に阻まれて、なんとか切り刻まれずに済んだようだった。
続けて滅却師完聖体を発動。
領域の霊子を隷属させていけば、宿儺は顔を顰めたようだった。
「余計な事をするな。どうせ貴様らの足を引っ張るゴミだろう、何故庇う」
「テメーの好きにさせるかよ。今の、虎杖が本命の攻撃だったろ」
「本当に忌々しい。黒崎一護!」
龍鱗 反発 番いの流星
相剋 墜落 一縷の天覧
必中化した斬撃をわざわざ呪詞付きで宿儺は詠唱する。
しかも長い。ここまで長い呪詞は実戦では聞いたことがない。
不可視であるはずの斬撃が、その優位性を取り払って軌跡を描きながら五条を襲う。
これもまた縛りだろう。ここまで雁字搦めにしてようやく───。
五条の目が驚愕に見開かれる。
無下限が剥がされ、強烈な斬撃が五条の体を切り裂いて。
にやり、と五条が笑った。
「ざーんねん。一護の真の斬月でも易々とは突破できないのが今の僕なんだよね」
聖文字I。
The infinite───無限。
その能力はあらゆる物事の制限を取り払う、規格外の異能である。
防御にかかる呪力等の制限を取り払い、今の五条は「世界より硬い」。
また五条は己の持つ呪力の制限を取り払い、無限と化している。
まさに底なしの呪力で無限の防御力を誇る、戦艦のような存在と化していた。
しかしながら、本人はそれに不機嫌なようだが。
「でもこれ僕の力じゃないしぃ?チート使ってるみたいで気分は良くないなぁ」
「文句あんのかコラ。俺の聖文字だぞ」
「だってだってぇ、施しを受けるとか趣味じゃないし?」
ふざけ合っていれば、額に青筋を立てた宿儺が素早く掌印を結んだ。
「竈(かみの)」
宿儺が呪力を圧縮・凝縮している。
怪我の回復に専念している九十九と範囲内に巻き込まれている虎杖を連れて、俺は距離をとった。
とてつもない大威力が来そうだ。
外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)を素早く展開して二人を守る。
「開(フーガ)」
瞬間、凄まじい大爆発が辺りを覆った。
爆炎と煙で目の前が見えない。
俺の体にあった霊圧を一部流用しているのだろう。
並の隊長格にすら効きそうな、バンビエッタ並の爆発だ。
ただし五条は無傷。「煙たっ」と言ってパタパタと手を仰いでいるくらいで怪我らしい怪我は見受けられない。
俺の方の外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)も特に問題なし。
少し外郭に細かな傷が入っていたので驚いた程度だ。
俺の静血装に傷をつけるなんて本当に凄まじい爆炎だったのだろう。
と、そのタイミングで敵の増援だ。
先ほどからここに近づいてきていた霊圧がようやく現場に到着したらしく、上から謎の女性が降ってくる。
「氷凝呪法 直瀑!」
一気に凄まじい冷気が吹き込んでくる。
だが残念ながらその程度だ。俺も五条もとくに影響は何もない。
ふっと嗤った五条に女性が後退る。
「裏梅か」
「宿儺様!私は───」
言葉は最後まで言わせてはもらえなかった。
そこまで言ったところで吹き飛ばされて、裏梅なる女性は背後の壁に叩きつけられる。
五条が赫を使ったようだ。
仲間がやられても無言で佇む宿儺に、五条が肩をすくめた。
九十九が意識を取り戻したのか、ガクガクと震える腕で上半身を起こす。
「何故だ。何故そこまで強いというのに」
それだけ言って、宿儺はしばし押し黙った。
「……ふん。所詮は弱者の遠吠えか。弱者は己の身の丈を理解してただ踏み潰されるのみよ」
宿儺が自嘲する。
ここまで手を明かしてなお俺たちは無傷。
その上で、俺たちにはまだ攻撃に転じるだけの霊圧が残っている。
もう、宿儺は詰みの段階に入っているのだ。
五条が見下したような視線で宿儺へと問いかける。
「何がしたかったんだよ、お前。この場面、僕らに勝てるわけないだろ」
「弱者のまま虫けらの如く惨めに生きるぐらいなら死ぬまでだ」
「ふーん、あっそ」
刃を交えて、それが本心なのだと俺は理解している。
ただただ強者としての生を押し付けられてきた宿儺は、そう振る舞うことを強いられてきた彼はそれ以外の生き方を知らない。
それが良いのだと飲み込んだ生涯を、俺は哀れんだりはしなかった。
「俺も、五条も。アンタも、バケモンじゃねぇ。所詮、人間に過ぎないんだよ」
「抜かせ、化け物め」
宿儺が笑った。
俺が斬月を振り上げる。
夕日の光を受けた斬月が、赤く刃に返り血を反射していた。
・世界を断つ斬撃(改)
斬月の一撃を見て宿儺なりにその権能を取り入れた擬似月牙天衝。
概念を断つ領域に踏み込んだ一撃。
しかし、概念としての強度の関係で聖文字には勝てなかった。
次回、エピローグ