「じゃあ、準備はできたかな?」
目の前でいつも通りの黒一色の服で屈伸しているのは五条悟。
来年からの俺の担任となる先生だ。
「ああ、いつでも行けるぜ」
向かいに立って斬月を構え、俺は勇ましく宣言した。
今から行うのは腕試し。
訓練用の広い敷地を借り切って、来週の入学式を前に俺の底力を確かめるという方針なのだそうだ。
随分と楽しそうに五条が準備体操に精を出して、ニコニコと腕を回した。
しばらくの沈黙。
視線が重なり合う。
「よし。なら………存分に呪い合おうか」
「!」
始まりは唐突だった。
あいかわらず響転じみた霊圧探索の利かない瞬間移動で、俺の側頭部に蹴りを入れようとしてくる。
現れた瞬間を勘のみで捉え、具現化した斬月の腹で受け切る。
斬月はまだ真の力を発揮されていない……というより始解していない鞘の状態のため、懐かしい出刃包丁スタイルだ。
だが返す刀で右からのボディブローを受け流し、遠慮のない一撃を入れようと俺は斬月を振るった。
瞬間。
刀が分厚い壁に挟まれたように止まる。
「!」
「隙あり、かな?」
左手によるアッパーをなんとか首沿いに静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動することで防ぎ切った。
もう一度斬り掛かるものの、今度は右腕一本で全力の斬月を止められてしまった。
加えて後押しに腕を千切るつもりで霊圧を込める。
「へぇ」
「───月牙、天衝!」
圧縮・変換された霊圧の刃がゼロ距離で爆発する。
煙が晴れた先には。
それでも無傷。黒崎一護の霊圧に物を言わせた極大攻撃を全くなかったもののように飄々と佇む五条悟がいた。
どうもおかしい。
最初は鋼皮(イエロ)のように皮膚を硬質化させているのかと思ったが、なにやらカラクリが違いそうだ。
まるで皮膚一枚隔てて世界が違うような、ルールじみた防御力を感じたのだ。
ならば空間すら歪める一撃を使うのみ。
距離をとってから、顔に手を当てて一気に虚化する。
片側だけツノの生えた異形の姿に警戒を一段階あげたのか、五条は目隠しをとって獣のように挑戦的な笑顔を見せた。
「いいね。何をする気かな?」
「あんたのその特殊な防御を抜く」
「へぇ……やってみるといい。できるならね」
己の指先に血を混ぜ、霊圧を極限まで高めていく。
五条が正面から受ける気だからいいものの、この技は溜めが長すぎるのが使いづらいところだ。
実戦使用するにはもう少しチャージ時間が短くなるよう修行する必要があるだろう。
日々これ修行なり、というべきか。
チャージの終わった霊圧がバチバチと弾け、空間を軋ませている。
これ即ち虚閃の最終形態。
十刃のみが使用できる最強の技にして空間をも歪める御技なれば。
「──王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)」
極光が奔る。
迫る極大の閃光を手のひらだけで受けようとした五条は、瞬時にその威力を悟ったのか回避に切り替えて身を捩らせた。
しかし。
間に合わなかった肩の先が五条の不可思議な防御に当たり……一瞬拮抗してから押し切られて血を吹き出した。
五条はボタボタと血を垂れ流す肩を押さえ、まず呆然とする。
そして次に笑みを象り、さらに堪えきれないといったように歪な高笑いを上げた。
「……本当にいいね、キミ。まさかそんな力技で無下限が破られるとは思ってなかったよ」
「特殊能力はぐだぐだ対策法を考える前に力技で押し潰した方が早いからな。悪いが、段々体も温まってきたところなんだ。そっちもそろそろ本気出してくれよな」
「本気かー、それはどうだろうね。僕に本気を出させるぐらいの力を君が見せてくれれば考えなくもないかな」
「っ余裕ぶっこきやがって。いいぜ、なら様子見は無しだ。ガンガン行ってやる」
刀を構え、2人の斬月に心を委ねる。
真の斬月とはいかずとも、卍解として十分すぎる威力を誇るもの。
虚化の影響で爆増していた霊圧が斬月達の力を借り、十倍にも至るほどに引き上げられていく。
「卍解、天鎖斬月……全部載せだ、よく味わえよ!」
頭に卍形に歪んだ光輪(ハイリゲンシャイン)が浮かび、霊子収束能力を極限にまで高めた影響で大気中から霊子が引き剥がされていく。
これは滅却師における卍解に当たるもの。
本来は聖文字と呼ばれる滅却師の王ユーハバッハから与えられた力を最大限に引き出すための形態だ。
頭に浮かんだ光輪を起動させ、聖隷(スクラヴェライ)を発動させる。
「呪力ってやつもこれであんたから引き剥がせるらしいな。どうだ、効いてるか?」
「呪力の強制簒奪か。とんでもない能力じゃないか。で、当の呪力の総量は……うん。化け物だね。あの特級過呪怨霊以上かも。とはいえ、使い方が雑だけど」
「うるせーな!丁寧に使えるもんなら使ってるよ!」
霊圧のコントロールは俺にとって万年の課題だ。
あまりの霊圧量にコントロールすらままならない幼い日々に比べれば随分とマシになったとはいえ、とても扱い切れる量ではない。
海の波を操作して小さなコップに水を注ぐのを強いられているようなものだからだ。
ここまでしてからちょっとだけ不安になった。
能力の先出しはオサレターンバトル的に御法度である。
これはでっかい負けフラグを作ってしまったのでは……と。
冬獅郎もファンから言われていたではないか。
「相手より先に卍解する癖を改めなければ一生負け戦だ」と。
そのまましばし俺は固まって、後味の悪さに咳払いをした。
これで俺が雑魚を晒すようなら大人しく田舎に帰って隠居生活をしよう。老兵は去るのみ…。
「えーっと。あれだ。本気、出す気になったか?」
「ちょっとだけね」
「なんなんだよあんた、ほんと意味わかんねー!」
「あはは!」
五条は子供のように笑ってはしゃいでいる。
本当に情緒のわからない先生である。
ただ一つだけ。
彼が今、心の底から笑っているのだけは理解できた。
「じゃあ君の頑張りに敬意を表して、いくよ。九綱 偏光 烏と声明 表裏の間」
霊圧がデコピンにも似た軽い構えに極度に集中していく。
よく見ればもう肩の怪我が治っている。超速再生か?ほんとに人間なのかあの先生。
空にいる俺に向かって放たれるは極限の一撃。
その名こそは。
「虚式『茈』」
瞬間、音がなくなる感覚。
卍解状態の俺の瞬歩よりなお早い一撃が、重たい質量を伴って飛んでくるのを知覚できた。
この距離で避けるのは不可能。霊圧を全力で固めて、ただ耐える形を取る。
鋼皮(イエロ)、静血装(ブルート・ヴェーネ)を使った単純防御力の引き上げ。
月牙天衝、虚閃を使った迎撃。
聖隷(スクラヴェライ)を使った威力の減衰。
全て全て使い切って。
なんとか、俺は余波でボロボロになりながら立っていた。
「あー、死ぬかと思った。あっ、一応言っとくけどまだ俺使ってない力あるからそこんとこよろしくな」
「なんだいその雑魚の遠吠えみたいなセリフ。さっきので全部じゃなかったの、裏切り者!」
「裏声やめろ。いやさぁ……初めから全部出したら雑魚判定受けるかなって」
「それはそう。うーん、惜しいなー、僕ももうちょっと奥義とか見せるからもう少し先をやらない?楽しいよ?」
「いやもうそろそろ止めようぜ。つか、さっきから技を出しては受けのターン制バトルでほぼプロレスの世界観だったじゃねーか!疲れるわ!」
「えー」
五条はブーたれて地面の小石を蹴ったくった。
子供か。
俺は刃を交えたことで何となくわかったこの男の内心を少しばかり思い、口を開く。
「もっと自由にやってもいいと思うぜ。世界はそこまで柔じゃねぇし、気を使いすぎなんだよ、アンタ」
「………、そうかもね。特に君みたいなのがいるなんて思ってもみなかったから」
五条は少しだけ寂しそうに言ってから、くるりと背を向けた。
強者というのも気苦労が絶えないものなのだろう。
俺は爆風でボロボロになった死覇装を叩いて埃を払ってから、その後に続いたのだった。