例の騒動も一段落し、キサキの自室にて月影祭の様子を眺める二人
二人は、お互いのことを、どう想っているのだろう

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激華

 月下、薄暗く山海経の街並みが浮かび見える。しかし、その中にはぼんやりと周りを照らすエリアがあった。

 今日は月影祭。山海経の伝統行事で、伝統的な舞を見物できる一大イベントであると広く認知されている。

 目を細めてみると、あれは京劇部であろうか。大勢の観客の前でも堂々とした振る舞いで演技をしており、その一挙手一投足に見惚れている観客も見受けられる。

 視線を僅かにずらせば、あれは玄龍門の構成員たちであろうか。屋台街道に連なる食べ物や出し物を小走りながら見回っているようだ。

 「みんな楽しんでいるみたいだね」

 「うむ、改めて無事に開催できて安堵しておる」

 月影祭会場の後方に聳え立つ六和閣の頂上階の部屋に、二人分の姿。とある男女が横並びにその様子を見ていた。

 「先生の目にもそのように映り、喜ばしい限りぞ」

 「キサキもそう感じてるなら、月影祭は大成功だね」

 二人は顔を見合わせ、笑顔を交換する。

 連邦捜査部シャーレの顧問として各地の問題を解決している、先生。

 玄龍門の門主として山海経を束ねている、竜華キサキ。

 所属する組織は違うものの、その組織のトップに立つ人物が人目を忍んで会していた。

 「この部屋までお祭りに来ている人の声が聞こえるのは凄いね」

 「普段は玄龍門の者らの声やら足音やらで外はちと騒がしいからの。出払っておる今は静かなくらいである」

 キサキは僅かな守衛を配置し、交代でその任にあたらせている。

 伝統行事に一切参加できない、ということが無いようにするキサキなりの配慮だ。

 しかし、それの対象は六和閣に繋がる道で、二人がいるキサキの自室前には誰も配置されなかった。

 「誰もおらぬ、其方だけとの廊下はなかなか新鮮であったぞ」

 キサキの口角が僅かに上がり、先生もつられて頬がゆるむ。

 「…じゃが、先生よ。月影祭に行かぬで本当に良かったのかえ?」

 ふと、窓ガラスに手を当て、見下ろす。

 差し込む月光は、キサキの顔に影を落とした。

 「妾のことは、心配せずとも構わぬぞ?今は体の調子が頗る良いからな」

 眼下では、京劇部の公演の第一幕が終わったようで、観客は立ち上がって拍手を送っている。

 舞台上の部員らはその称賛を一身に受け、一礼を返した。

 「私はいいかな」

 「…カグヤに会わぬのか?」

 ちらとキサキの視線を追えば、部長である漆原カグヤも部員と並びお辞儀をしていた。

 昼間に戦闘があったにも関わらず、疲れているように感じさせない佇まいをしている。煤けていた髪は元の菫色の美しさを取り戻しており、膝をついてうなだれていた背筋を伸ばしている。

 キサキは、羽織っていたトレンチコートを肩に掛けなおした。

 「急ぎ行けば、第二幕に十分間に合うと思うが」

 「私は」

 先生は、キサキの言葉に待ったをかける。

 キサキが振り向くと、月の灯りは再び彼女の顔を照らした。

 目を見張り、僅かに口が開く、何かを待ち望むような。

 「キサキがちゃんと休むまでここにいます」

 「…妾は体調が良いと申しておるではないか」

 「無理は禁物だよ。昼間にあれだけ動き回っておいて」

 「あれくらいの戦闘なんぞ問題ない」

 「戦闘だけじゃなくて、その後処理で色んな所に顔出してたでしょ」

 「強情じゃのう…」

 溜息混じりのような、一方で語尾がやや上がる返答。

 唇を少し突き出すキサキに、先生は眉を顰めて微笑んだ。

 「まあ、分かった。其方の言う通り、今日はゆるりと過ごすことにしよう。妾は疲れ切っておるで、寝床まで付き添ってくりゃれ」

 「勿論」

 キサキが差し出した手を、先生は下から支えるように取った。離さないように、固く。

 ひんやりとした感触。たちまち熱を帯び始める。

 ベッドのある方へと歩みを進める。自身の影は床から壁へと伸びてゆく。

 「大儀である」

 しかし、それもたかだか十歩程度で終わる。

 すぐに目的地の、天蓋付きのセミダブルベッドに辿り着いた。

 「じゃあ、キサキ」

 結んだ手の指間から名残惜しさが流れ出してゆく。

 「時に、先生」

 先生の手に、血液を絞られるような感覚が伝わる。

 「其方は、妾に、会いとうなかったのか」

 キサキの声が弱弱しく部屋に響く。

 引っ切り無しに漏れ聞こえていたはずの喧騒はその鳴りを潜め、部屋に犇めく静けさが煩い。

 「…すまぬ。今言ったことは忘れよ」

 「…キサキ」

 キサキが力を緩めた、その瞬間。

 「私は君にずっと会いたかった」

 無意識のうちに、先生の手に力が入る。

 「…世辞を言わずとも」

 「でも、君の体調が心配だったんだ」

 「じゃから、誠具合が良いと申しておる」

 「サヤの調合薬無しに、やせ我慢はダメだよ」

 「勝手に決めつけるでない!」

 平行だった視線が、ようやく重なった。

 見上げる目は、痛くこちらを睨み付けている。

 「…あやつがばらまいた毒は、妾にとっては薬であった。今に至るまで咳も一切出ておらぬし、香も久しく焚いておらぬ」

 「…じゃあ、本当に大丈夫なのか」

 「じゃから、そうじゃと申しておろうに!」

 先生の上半身に強い衝撃が加わる。

 突然の来襲に何も抵抗することができず、重心が低くなってゆく。

 「先生」

 呼びかけに目を開けると、真っすぐと見つめるキサキの顔。その後ろに見えるのはスリーピングカーテン。そして、背中に感じた柔らかい感触。どうやらベッドに押し倒されたらしい。

 「妾は御託を申す者が嫌いじゃ」

 キサキは先生の後頭部を支えていた手を抜き、ちょうど腰らへんに乗りかかる。

 「妾は、今夜は、其方と共に居たい」

 「キサキ…」

 「先生は、いかが」

 キサキの口元は歪み、上手く声になっていない。

 手を置いている場所の、先生のシャツに皺が増える。

 「私も、キサキと一緒に居たい」

 先生は、ようやく機能しだした頭に浮かぶ思いを、言葉にする。

 「キサキとは、なかなか会えない。久しぶりに会えたかと思ったら、すぐに別の仕事が入る。だから、一緒に居たいって言ってくれて、すごく嬉しかった」

 先生が話し終えると、バツが悪そうな、ただ、どこかスッキリしたような面持ちで、ちら視線を動かした。

 そこには、項垂れたまま微動だにしないキサキがいた。

 どこか、彼女はいつもより小さく見えた。

 「馬鹿者」

 数舜の、果てしなく長い沈黙をキサキが破った。

 そして、二人の影が重なると、再び永い沈黙が訪れた。

 「最初から、そう申さぬか」

 「ごめん。キサキに遠慮して」

 「妾こそすまぬ。其方の言い分も、身体を案じておることもわかっていたはずなのじゃが、それ以上にのう」

 「わかってる。私ももう少し我を通せば良かったんだ」

 「ふふ、愚かな者じゃ、我らは」

 いつの間にか、二人はすっかり元の調子を取り戻し、笑いあった。

 「…そういえば、其方との夜は久しいの」

 一頻り笑うと、キサキは先生を下敷きに寝そべるようにして、体重をかけた。

 先生は、それを両手で優しく受け止め、包み込むように抱きしめた。

 「いつ以来かのう。ひと月か、ふた月か」

 「なかなか予定が合わなくて、山海経に行ける時が無かったのも悔しかったね」

 「そうじゃのう」

 「次に会えるのは…って、ゴメン、今は関係無かった」

 「…うむ」

 「…せっかくだからさ、今日はキサキがしたいこと、しよっか」

 「妾の、したいこと、か」

 咀嚼するように、言葉を反芻する。

 「ならば、先生」

 さて、と一人呟く。

 そして、緩い拘束を解き、すっと起き上がった。

 「妾に、思い出をくれぬか」

 「思い出…」

 「ああ、次会うまで決して忘れられぬような、激しい思い出を」

 キサキの頬が紅潮しているのが、薄く目に映る。

 「前会うた時は何をした。妾の身を案じ、数刻話したのみじゃ」

 「あれは、キサキの体調が本格的に悪かったから」

 「その通り。しかし、今は違うぞ?」

 キサキはトレンチコートに手をかけると、後ろに乱雑に脱ぎ捨てた。

 「今しか出来ぬことを、妾はしたい」

 「…というと」

 「一度、先生の上に乗って交わってみたくての」

 「…確かに、普段だったらできないかも」

 「…ふふ、先生よ、いつものような手加減は不要じゃ」

 だんだん、衣服が床へ散らばってゆく。

 その様子を、二人は全く、気にも留めなかった。

 「妾も、手加減はせぬ」

 影は、月が沈む、その時までついぞ消えなかった。

 


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