エログロダンジョンゲーにTS転生者が潜るのは(頭が)おかしいですか? 作:ターカ
クソ陰キャなボクだけど、流石に眼の前で困ってる人がいたら助けたりはする。
特に、このエログロダンジョンでピンチを迎えている女の子ならなおさらだ。
――本来なら、エログロダンジョンにソロで女性が潜ることはありえない。
ボクみたいにゲーム知識を使って対策ができる人ならともかく。
よっぽどの事情がなければ、わざわざ叡智な目に遭う危険を犯してまで潜る必要なんてないのだ。
だっていうのに、明らかに声の主は一人だけだった。
というか、近づくとわかるけど気配も完全に一人だ。
この世界に転生して、気配に聡くなったことでボクはそれを感じ取っていた。
急がないと、声の主が危ない。
ボクは【俊足の歌】を響かせながらダンジョンを進む。
声が狭いダンジョンに反響していく。
もしかしたら、声の主にも聞こえているかも知れないね。
【呪いの歌声】によって、その声色は本来のディーヴァから変質してしまっているけれど。
決して聞き苦しいということはないはずだ。
だから、少しでも彼女が安心してくれるといいのだけど。
ダメかなぁ、怖がらせちゃうかなぁ。
……まぁ、怖がらせちゃっても助けられればそれでいい。
ただでさえ周囲からは不気味がられてるんだから、ちょっとくらい怖がられてもボクは気にしない。
気にしないって、ホントだぞ。
♪
――少女は、スラム街の孤児だった。
明日も理解らぬまま生きて、いつ死ぬかもわからない地獄の中にいた。
どんくさい少女で、周囲からは疎まれていたが。
それでも彼女が十と少しを数えるくらいまで生きられたのは、その相貌が整っていたからだろう。
いずれ娼館に売り払えば金になる。
だから生かされ、しかし女を売ることに嫌悪感を覚えた少女は逃げ出した。
そんな少女が一人で生きていくには、冒険者以外の選択肢がなかったのだ。
そしてそんな少女に味方してくれる人間はいないと、少女は思っていた。
実際にはギルド職員は決してスラムの連中のような外道ではなく。
相談すれば、親身にお世話をしてくれる善良な人々ばかりだったのだが。
人を信じられなくなっていた少女に、それを判断するのは無理というものだ。
かくして少女は、無理を言って一人でダンジョンに潜り――
スライムに、女としての尊厳を奪われそうになっていた。
こんなことなら、ギルドの人をもう少し信じればよかった。
無理をしてダンジョンに潜らなければよかった。
人として生きたいなんて、思わなければよかった。
そんな思いに駆られながら、少女はスライムに絡め取られ。
無惨にも襲われる――はずだった。
そんなときだ、彼女の耳に、”歌声”が届いたのは。
か細い、今にも消えてしまいそうな歌声だ。
決して美しくはない、けれども醜い歌声ではない。
むしろ重厚感があって、多くの人を魅了する歌声ではないが。
深く突き刺さる者にはとことん突き刺さる、そんな歌声だ。
歌はだんだんと近づいてくる。
まさか、助けが来たのか?
ありえない、自分みたいな救われない人間に救いの手が差し伸べられるなんて。
けれども、その少女はやってきた。
服装は自分と同じ、初心者向けの装備だ。
手にしている得物の槍も、決して高価なものではない。
しかし、その見た目は――周囲から容姿を褒められていた少女ですら思わず見惚れてしまうほどだった。
流れるような黒い髪。
美しいディーヴァの特徴的な魚のような耳。
そして何より、瞳だ。
少女を救う”歌姫”の瞳は、ただ一点。
スライムだけを見ていた。
鋭く、険しく、美しく。
放たれた槍の一突きは、少女を避けて的確にスライムを突き穿ち。
今にも少女の純潔を汚そうとしていたその水の塊を、一瞬で消し飛ばして見せた。
あまりにも一瞬の出来事。
信じられない奇跡が、一度に幾つも降って湧いたかのようで。
「――――大丈夫?」
その言葉に、少女は思わず息を呑んでいた。
否、違う。
声色に、思わず耳を疑ってしまったのだ。
もともと、少女にディーヴァという種族に対する知識はない。
だが、その特徴的な見た目と”歌を歌いながら戦う”姿から。
美しい声音を、想像していた。
だが、実際の声はどこか癖のある声で。
聞き心地は悪くない、むしろいい。
あの重厚感のある歌声が響くのも納得の、耳をくすぐる声だ。
けれども、眼の前の歌姫のイメージとは一致しない。
美しい歌姫である。
きっとステージに立てば、少女など眼の前の歌姫を引き立てる脇役にしかなれない。
でも、それでも構わないと思ってしまうくらいの、人を引き付ける見た目の歌姫だ。
そんな歌姫の口から紡がれる声が、王道のそれではなく。
その対極にあるものだと感じてしまえば。
「あ、えっと」
思わず少女が、言葉に詰まってしまうのも自然のことだった。
決して、誰かが悪いということはない。
元はと言えば歌姫――の中の人である転生者が、ビルドのためにフレーバーを無視して【呪い】を自身に課したのが原因だ。
その呪いが、少女の言葉を詰まらせるのは自然なことなのだから。
しかし、それ故に。
言葉少ない歌姫は、それを恐怖と受け取ったか。
くるりとその場を離れ、走り去ってしまった。
今にして思えば、それは失態だったと。
後に少女は、そう恥じることとなる。
――カノン・プレフォニアというらしい。
数日前――新人である少女より更に最近、冒険者ギルドに登録した新人冒険者。
ディーヴァという少女が初めて聞く種族にあの見た目。
目を引くのも無理はない、そんな存在が。
一週間でレベルを【7】も上げてしまう怪物だと知った時。
少女はこう思った。
そりゃそうだ。
あんなにも人を引き付ける見た目の歌姫が。
何の迷いもなくスライムを突き殺したあの冒険者が。
普通であっていいはずがない。
彼女は特別なのだ。
少女はすぐに理解した。
そのうえで同時に、なぜカノンがああも”特別”でいられるのか少女は疑問に思った。
聞けば、普段の彼女は大人しく、人付き合いをあまり好まない性格らしい。
少女がギルド職員に「カノンに助けられた」と話せば、大層驚かれたものだ。
けれども、あの時「大丈夫?」と声をかけられた少女は決して、カノンが自分のように人嫌いなわけではないとも感じた。
単純に、コミュニケーションに難があるだけではないだろうかと推測しているが、今のところ答えは出ていない。
そんなカノンは、毎日黙々とスライムだけを倒しているという。
スライムと言えば、”第一層”のモンスターで、唯一女性を襲おうとするモンスターだと知られている。
それに対して異様な執着を燃やすということは、要するにそういう存在に対する”執着する理由”があるのではないかとギルド職員は推測している。
下世話な推測なので、当人の前でそれを噯にも出したりはしないそうだが。
――それは違うのではないか、と少女は思った。
だとしたら、カノンがソロでダンジョンに潜っているのはおかしい。
いくら人付き合いが苦手だとしても、
だが、スライムを一突きで殺したカノンの目に、そんな様子は一切なかった。
むしろスライムを倒すことに、”愉しみ”を感じているようですらあったのだ。
少なくとも、本人が叡智されたわけではないと、少女は推察していた。
というか、多分カノンは処女である。
スラム育ちで、そういった雰囲気に機敏な――何より、そういった場所で貞操を守り抜いたことにそこそこプライドを持っている――少女は確信していた。
カノン・プレフォニアは決して、そんな安い女ではない――と。
ここからは、少し先の話をしよう。
カノンに助けられた少女は、カノンの美しさにやられた。
それと同時に、窮地から救われたことで少しだけ人嫌いを払拭することに成功。
カノンの事を教えてくれたギルド職員とは、普通に会話ができるようになったのだ。
それから、少しずつ少女は自身の人嫌いを克服していって。
最終的に、誰とでも普通に話せるようになっていった。
もともとカノンと違って人付き合いができないわけではない。
持ち前の容姿も相まって、ギルドのアイドルになるのにそう時間はかからなかった。
そう、少女は冒険者を引退した。
もとより向いていなかったというのもあるが、ギルド職員達とカノンの話を通して仲を深めたことも大きい。
最終的に少女の境遇にギルド職員達がひどく同情したこともあり。
ギルドでの採用はトントン拍子に決まった。
少女はギルド職員になったのだ。
以来、少女はギルド職員として、今日も冒険に出かけるカノンを見守っている。
まぁそりゃ、あんな劇的な救われ方をしてしまったのだ。
カノンの魅力にやられてしまうのも無理はない話。
そしてその話を聞いてただでさえカノンに同情的だったギルド職員達も、どんどんカノンのファンになっていった。
というか、カノンはこれからも時折こうやってソロの女性冒険者を救っては、その容姿やらなんやらで魅了していくこととなる。
やはり”連続撃破ボーナス”の関係で、ダンジョン内部を飛び回っているのは大きいのだろう。
結果、魅了された女性冒険者が更にカノンの話を広めて、ファンを拡大させていく。
中にはそのままギルド職員となる者もいるから、ギルド職員は完全にカノンシンパに侵略されていた。
狂失の歌姫。
それはどこか狂気をはらんだ、声を失った歌姫であり。
同時に、迷宮に住まう狂気を取り払う救世主の呼び名でもある。
これからも、多くの冒険者がカノンに救われることだろう。
多くのファンをカノンは増やしていくことだろう。
もちろん、コミュ障のカノンがそれを知ることはきっと随分先になるまでないし。
仮に気付いたとしても、もうとっくの昔にどうしようもなくなっているだろうが。
それはまぁ、これから築いていくカノンの”伝説”の前であれば、些事でしかなかった。
今日もダンジョンに、狂失の歌姫は舞う。
その独特な歌声を響かせて、人々を魅了しながら、ダンジョンを駆け抜けるのだ。
声はちょっと違和感あるけど、決してドブボではない、むしろいい。
なのでファンはどんどん増えていきます、なお本人は。