腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:松魚
遂に――第8艦隊との合流の時が訪れた。
モニターに映る艦隊の群れに、皆が息を呑む。どこか、夢のようだった。
避難民たちは旗艦・メネラオスへ移され、そこから地球へ降りる予定だ。
それは、ようやく手に入る日常の始まりだった。
「俺たち……どうなるんだろ?」
カズイが浮き足立った声でつぶやく。
「降りられるに決まってるでしょ。だって私たち、民間人だもの」
「そ、そうだよね……」
乗員たちは口々に安堵を漏らし、艦内にははしゃぎ声が絶えなかった。
だがその輪に、フレイの姿だけがなかった。
彼女は窓の外を静かに眺め、心に何かを抱えたまま黙っていた。
そんなフレイの横に、アマキが歩み寄る。
「どうした? 地球に降りられるんだよ。パパとも居られるしさ」
「あ、え……そうね。嬉しいわ……アマキさんも一緒だものね」
咄嗟に笑顔をつくり、アマキの腕に甘えるようにしがみつく。
だがアマキは、目を泳がせながら明後日の方を向いた。
「あー……そうだな」
「……なにかあるの?」
フレイはすぐに察する。アマキが、何かを隠している。
その表情の奥に、小さな揺れを見つけたからだ。
「いや、なんでもないよ」
「ふーん……?」
追及するような視線に耐えきれず、アマキは逃げるように手を離した。
「あー……フラガ大尉の手伝いでも行ってこよー」
そう言って、そそくさと格納庫の方へ向かっていく。
背中を見送るフレイの目は、少しだけ複雑な光を宿していた。
キラはメビウスゼロの復旧作業に勤しんでいた。
フラガ大尉は――機体が壊れたままでは落ち着かないと文句ばかり。
「そういえば、ストライクはそのままでいいんですか?」
「わかっちゃいるけどな。スペック落とす気にはなれねぇ」
そこへ、意外な人物が声を添える。
「できれば……あのままで、って思っちゃいますよね」
マリューだった。
キラもフラガも、思わず目を丸くする。
「艦長!?」
「ありゃりゃ、こんなとこで」
「ごめんなさいね。少しだけ、キラくんと話したくて」
不意の言葉にキラは動揺しつつも、マリューとともにストライクの方へ向かう。
ほどなくして、入れ替わるようにアマキが現れた。
「フラガ大尉〜、手伝うことあります?」
「おー、嬢ちゃんか。……キラがほとんどやってくれてるからな。だいたい嬢ちゃんが触ると変になるから、逆に手ぇ出さないでくれ」
「その言い方失礼でしょ。……で、キラは?」
「坊主なら艦長とあっちにいるぜ」
フラガが指さす先、ストライクの前に並ぶキラとマリュー。
その珍しい組み合わせに、アマキは目を細めて静かに見つめる。
「なんか……込み入った話ですかね」
「さあな。……嬢ちゃんも、坊主たちと一緒に地球へ降りるんだろ?」
アマキは、少しだけ沈黙する。
「……」
だがフラガはお構いなしに続けた。
「エリスは地球軍預かりになるだろうが──あれを動かせる奴なんて、もう現れない。鉄屑も同然だ」
その言葉に、アマキが初めて真正面からフラガを見る。
「……ですね。あれは、私専用ですから」
「専用、ねぇ……」
その“専用”の意味は重い。
オーブ? ザフト? それとも……?
アマキ・カンザキという存在の正体は、未だ曖昧なままだ。
「降りなかったら、エリスは私のものなんですか?」
「……まぁ、そうなるな」
それが、“選択”の時なのだ。
アマキは小さく笑みを漏らす。
「……酷い男だな。私に人殺しを薦めるなんて」
そこからの空気の変化は、まるで静電気のようだった。
さっきまで破天荒な少女だったはずのアマキが、妖艶な“顔”を見せる。
そろりとフラガに近づき、彼の顔を両手で包む。
息が触れそうな距離。
紫紺の瞳が深まり、赤い唇がほんのり艶めく。
「……嬢ちゃん」
「その呼び方、やめてくれません? そういう年齢じゃないんで」
「俺より年上か?」
「フフ……どうでしょう? 当ててみてくださいな。女に年を聞くなんて──野暮ですよ?」
唇が、あと数センチ。
……その直前。
アマキは突然フラガの頬を思いっきり引っ張った。
「ダッ!?いっ……!」
「ちょろすぎ」
くすくすと意地悪く笑い、手を放すと──さらりと背を向けながら言い放つ。
「年下は守備範囲じゃないんで。ご心配なく」
その謎めいた言葉とともに、とんずらするアマキ。
フラガは恨めしそうにその背中を眺める。
「……俺が年下なのか?」
その答えは、彼女だけが知っている。
◇◇◇
アークエンジェルのクルー全員が甲板に並び、迎える準備を整える。
学生らの中、アマキも目立たぬ位置でひっそりと待機していた。
ハッチが開き、艦から降りてきたのは――ハルバートン提督。
見事な髭が特徴の、威厳と品を兼ね備えた紳士だった。
「いや、ヘリオポリス崩壊の報せを聞いたときは、もうだめかと思ったぞ。こうして君たちと再会できるとは」
「ありがとうございます。……お久しぶりです、閣下」
マリューの顔がほんのりと緩む。
「戦闘中の報告もあって気を揉んだ。……大丈夫か?」
後半の言葉は、クルー全員に向けたもの。
そのねぎらいに、空気が少しほどける。
続いてナタル、そしてムウ・ラ・フラガが前へ出て敬礼をする。
「ナタル・バジルールであります」
「第七機動艦隊、ムウ・ラ・フラガであります」
「おお、君がいてくれて本当に幸いだった」
「いえ、さしてお役に立てたかは……」
「それで、彼らが?」
「はい。彼らが支えてくれました。ヘリオポリスの学生たちです」
その場の視線が、学生たちへと向く。
アマキは本能的にその目線を嫌い、キラたちの列からスッと離れようとする。
だが──
「どこに行く気?」
キラが、柔らかく笑って腕を掴んだ。
逃げられなかった。
ハルバートン提督が歩み寄る。
「君たちのご家族の消息も、確認しておいた。皆さんご無事だ」
その言葉に、トールたちが歓喜をあげた。
安堵と喜びが広がる。
アマキも、キラの腕を握りながら顔を綻ばせた。
「キラ!……よかったね」
「うん!」
「とんでもない状況だったが、よく頑張ってくれた。私からも礼を言う」
その人柄に、アマキは内心「へぇ」と関心する。
威厳にあぐらをかかず、部下を気遣える人だ。
“上に立つ人間”として、まるで別格に感じられた。
その時、後ろの士官が耳打ち。
提督は頷くと、「また後で話そう」と言い残して、部下とともに別室へ向かっていく。
アマキはその背中を、じっと見送る。
そしてひとり、ぽつりと呟いた。
「さて……おじさまは、どう出るかな」
アマキの推察は的中していた。
艦長室では、ストライクとエリスに関する議論が静かに、しかし激しく展開されていた。
ホフマン大佐が皮肉を込めて口を開く。
「しかしまあ、たかが艦一隻とG一機のために、ヘリオポリスを崩壊させ、アルテミスを壊滅させるとはな」
提督は背後の嫌味をさっと受け流しつつも、前を向いて言った。
「だが、彼女たちがストライクを守ったのは事実だ。いずれ、必ず地球軍の利となろう」
「アラスカはそうは思っていないようですが?」
「フン。奴らに宇宙での戦い方の何が分かる。ラミアス大尉は、私の意図を理解してくれていたはずだ」
マリューの方に目を向け、そう言葉を添える提督。
「もう一機のGに関しては……どうなさるおつもりで?」
「“エリス”だったな。確かGは五機のはず。オーブが密かにもう一機隠していたか──それとも別の力が……。とはいえ、今ここにある以上、利用する他ない」
ホフマン大佐は、さらに追及の手を強めてくる。
二枚の書類を提督に差し出す。
「このコーディネーターの少年、それにナチュラルの少女。……この二名も、黙認するおつもりか?」
ここで、マリューが一歩前へ出る。
「キラ・ヤマト。そして、アマキ・カンザキ。彼らは友を守りたい一心でストライクに乗ってくれました。彼らなしでは、我々はここまで来ることはできなかった。それは確かな事実です。ですが、彼らはその中で……己の同胞と戦うことに苦しんでもいました。誠実で、優しい子たちです。私は、信頼で応えたいと思っています」
隣でナタルが眉をひそめるが、マリューは言葉を遮らせない。
「しかし、彼らをそのまま解放するのは……」
「僭越ながら、私もホフマン大佐と同じ考えです」
意外にも、ナタルも慎重派だった。
「彼らの能力は驚くべきものがあります。Gの機密に触れた者を、野放しにするのは危険かと」
「ザフトには、既にその機密とやらも漏れているぞ」
提督の言葉は冷静だ。
「では、彼のご両親は地球にいると見て、軍の保護を──」
その瞬間。
ダンッ!!
提督の拳が机を叩いた。
「ふざけたことを抜かすな! そんな兵が、何の役に立つ!?」
ナタルはすぐに頭を下げた。
「も、申し訳ありません……!」
提督は、静かに語気を落とす。
「過去のことなどどうでもいい。問題は、これからだ」
「この後、アークエンジェルは人員編成ののち、アラスカ本部へ向かってもらう。補給は十分。ヘリオポリスは崩壊した今、アークエンジェルとGには、戦闘データを届けてもらう必要がある」
マリューは、不安げに声を落とす。
「ですが、我々は──」
「“アレ”の開発を、軌道に乗せねばならん。ザフトは、次々に新型を投入してくるのだ」
その言葉に、室内の空気が引き締まる。
誰もが、次なる戦いの匂いを感じ取った。
「……わかりました。閣下の思い、しかとアラスカへ届けます」
「アーマー乗りとしては、断れませんな」
マリューとフラガが、敬礼する。
「頼む」
提督が目を伏せてそう言った。
その声に託された重みは、沈黙の中で色濃く残っていた。
◇◇◇
ナタルから除隊許可証が配られる中――
そこには、キラとアマキの姿はなかった。
代わりに、思いがけない声が上がる。
「私、軍に志願したいんです!」
「ええっ!?」「まさか……」
驚きの声が広がる。
サイは目を丸くして、戸惑いながらその名前を口にする。
「……フレイ……?」
だが、フレイは聞こえていないふりをした。
今だけは、気持ちに曇りを差し込みたくなかった。
手をぎゅっと握りしめ、まっすぐ前を見て言葉を紡ぐ。
「フレイ・アルスターです。父は地球連合の事務次官です」
「アルスター事務次官の……お嬢さんか。なぜ、軍に?」
「父は――キラさんと、アマキさんのおかげで助かりました。だけど……こんな戦闘が、ずっと続くのが嫌なんです。怖い思いをする人が、ひとりでも減るように……何か、私にできることがあるなら……父も、賛成してくれています」
思いがけない言葉に、軍高官も困惑の色を隠せない。
ナタルも眉をひそめる。
「しかし君は……」
「お願いします!」
フレイは生半可な気持ちで言っているわけではなかった。
地球に戻ったところで、戦争と完全に縁が切れるわけじゃない。
それなら、ただ見送るだけじゃなくて――何か、役に立ちたかった。
そして、フレイの勘が告げていた。
あのアマキが、地球へ降りるはずがない、と。
キラやトールたちのため、自分ひとりで艦に残るつもりだ。
あの挙動の怪しさは、ただの気まぐれじゃない。
「お願いしますっ! 私も戦いたいんです!」
誰かの“戦う決意”に応えたい。
それが、自分の中に初めて芽生えた本当の意思だった。
フレイは、初めて誰かに頭を下げた。
涙も怒りもない、ただ真っ直ぐな願いだった。
彼女がここまで来られたのは――アマキに出会えたから。
キラやラクスと心を通わせられたから。
ナチュラルとコーディネーターという違いに意味はなかった。
同じ人間同士、差別と憎しみの愚かさを、身をもって知ったから。
その想いは、軍人たちの心に届いた。
トールは黙って立ち上がり、除隊許可証を見つめた。
そして、静かにそれを握りつぶす。
続いて、カズイ、サイも――
一枚、また一枚、除隊許可証が破り捨てられる音が、艦内に響く。
誰もが、フレイの声に動かされた。
それぞれの理由があった。
けれど今は、ひとつだけ信じるものがあった。
その名は、仲間。
キラは慌てて格納庫へ向かう。アマキの姿が見当たらなかった。
格納庫では、エリスの前に立つ一人の少女。
静かに、その巨体を見上げる。
「アマキさん……」
その声に、アマキは振り返る。
紫紺の瞳が、穏やかに揺れた。
「キラか」
なぜかまだ隊服姿のままのアマキに、キラは不思議そうに尋ねる。
「アマキさん……着替えてないの? もうすぐ出発なのに」
「あぁ、これ。なんか……もったいなくて。記念にもらっちゃった」
そう言って肩をすくめるアマキに、キラは呆れ半分の笑みをこぼす。
「また強引なことして、あとで怒られても知らないよ」
「アハハ」
そう言いながらも、アマキの視線はエリスに戻っていた。
キラはその横顔を見つめながら、胸の奥で何かが決壊しそうになる。
──今、言おう。
「ねぇ、アマキさん」
「んー?」
キラはそっと、彼女の手を取った。
アマキも、何も言わずに握り返す。
その手から伝わるぬくもりが、キラの決意を強くする。
「僕、さ……アマキさんと出会えて、よかった」(大好きだ)
「私も……キラに拾われてよかったよ」
互いを見つめ合う。
先に動いたのはアマキだった。
キラの手を引いて、自分の胸元へ。
柔らかく、少し甘い匂いのするその胸の中で、キラは一瞬すべてを忘れた。
「アマキ、さ──」
「しぃー……今だけ、こうさせて」
耳元で囁かれた声。
キラの鼓動は、爆音のように打ち始める。
アマキはキラを、強く、強く抱きしめた。
──『元気で』
その声は、キラには届かない。
優しく、彼の肩を押して、そっと距離を取る。
キラの頬が真っ赤に染まっていることには気づかず、アマキはキラの背を回して押し出すように言った。
「じゃあ、私は着替えるから。先に地球に降りる船に乗ってて」
「……う、うん!」
キラは言われるまま、わたわたと船の方へと走り去った。
背を追うことなく、アマキは格納庫の反対側へと歩いていく。
キラは船の中で、避難民の少女から折り紙の花を受け取った。
トールたちから除隊許可証を受け取り、胸ポケットに入れる。
──だけど、いくら待っても、アマキの姿は来なかった。
警報が鳴り響いた時、キラはようやく気づく。
アマキ・カンザキは、船に乗らない道を選んだのだ、と。
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