腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする   作:サボテンダーイオウ

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たくさんの方に読んでいただき感謝です。アンケート、誤字報告もありがとうございました。
今年最後の更新となります。
また来年も楽しんでいただけたらと思います。皆様、よいお年をお過ごしください。


PHASE-α8 待ち望んでいた言葉

キラに付き添われて自室へ戻ったラクスは、扉が閉まる音を聞いた瞬間、糸が切れたようにベッドへ倒れ込んだ。

ふわりと舞い上がったシーツが、彼女の体を包むように沈む。肩が小さく震え、指先が布をぎゅっと掴む。

 

「薬とかいる?」

 

キラがそっと近づき、ラクスの背中に手を伸ばしかけて止める。触れていいのか迷っているのがわかる。

 

「……いいえ……」

 

ラクスは枕に顔を半分埋めたまま、かすれた声を絞り出した。

腕で目元を覆い、深く息を吐く。その吐息が震えている。

精神的に参っているのは明らかだった。

アコードの言葉が、何度も脳裏に蘇る。

胸の奥がじくじくと痛む。

張り詰めていた心が、今まさに崩れ落ちようとしていた。

 

「疲れが出たんだね。少し、休んで。ね?」

 

キラはベッドの端に腰を下ろし、ラクスの肩にそっと触れた。

ラクスはその手に反応するように、わずかに身を縮める。頷くのが精一杯だった。

普段は衝突ばかりのキラだが、こういう時だけは妙に優しい。

 

それがまた腹立たしくて、でも救われる。

ラクスは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 

あちらの世界では熟睡できることが少なく、アマキの前では気丈に振る舞っていたが、限界はとうに来ていた。

 

天井の模様。

軋むベッドの音。

肌に馴染むタオルケット。

 

写真立てに並ぶ、アマキとキラと自分の笑顔。

 

どれも、ラクスの“帰る場所”だった。

だからこそ、ここでは安心して眠れる。

ラクスはゆっくりとまぶたを閉じた。

 

◇◇◇

コンコン、と控えめなノックが響く。

ラクスはびくりと肩を震わせ、目を開けた。

 

「……起きてる?…」

 

その声を聞いた瞬間、胸が跳ねる。

 

(アマキ様……!)

 

「………ありゃ、まだ寝てたか…」

 

ラクスは反射的に目を閉じ、狸寝入りをしてしまった。

心臓がうるさいほど鳴っている。

アマキは静かに部屋へ入り、ドアをそっと閉めた。

足音を忍ばせながらベッドへ近づく。

ベッド脇に腰を下ろすと、スプリングが軋み、ラクスの体がわずかに揺れた。

シングルベッドゆえに距離が近い。

アマキの体温が伝わってくるほどだ。

ラクスの胸が、跳ねる。

息を止める。

 

「………」

 

アマキの手がそっと伸び、ラクスの髪に触れた。

指先が優しく髪を梳く。

その動きは驚くほど丁寧で、慈しむようだった。

どれほど撫でられていただろう。

ラクスは目を閉じたまま、震えを抑えるのに必死だった。

やがてアマキが、小さく呟く。

 

「………ラクスはさ」

 

ラクスの指先がぴくりと動く。

 

「ラクスのまんまでいいんだよ」

 

その言葉が、胸の奥に深く刺さった。

 

(わたくしのまま……?)

 

アマキの声は続く。

ラクスの髪を撫でる手は止まらない。

 

「私が知ってるラクスは、人一倍頑張り屋さんで、頼られたら嫌とは言わない真面目で……」

 

アマキは、ラクスの“素顔”を一つずつ拾い上げていく。

そのたびにラクスの胸が熱くなり、喉が詰まる。

 

「……可愛くて、大切な子はあなただけなんだ」

 

ラクスは唇を噛み、肩を震わせた。

涙がこぼれそうになるのを必死に堪える。

 

(もう……やめて……)

 

心が決壊してしまう。

嬉しさで、全部あふれてしまう。

アマキはラクスの震えに気づいていた。

それでも言葉を続ける。

 

「一人で悩まないで。一緒に考えよう。これからのこと。私とキラが必ずラクスを守るから」

 

ラクスの胸が、ついに限界を迎えた。

 

「……っ……!」

 

ラクスは勢いよく体を起こし、アマキに飛び込んだ。

アマキは驚きながらも受け止めるが、勢いに負けて二人ともベッドから転げ落ちる。

 

「わっ——痛っ!」

 

アマキの後頭部が床にぶつかり、涙が滲む。

ラクスはアマキの胸に顔を埋め、堰を切ったように泣き出した。

 

「……う、…っ……」

 

アマキは苦笑しながらラクスの頭をぽんぽんと撫でる。

 

「嬉しい……嬉しいのです……!」

 

ラクスは涙でぐしゃぐしゃになりながら、必死に言葉を紡ぐ。

 

「わたくしは……貴方が……ラクスのままでいい、と……言ってくれるから……!」

 

アマキは優しく頷いた。

 

ラクスはアマキの胸に顔を埋めたまま、震える指でアマキの服をぎゅっと掴んだ。

涙がぽたぽたと落ち、アマキの服に小さな染みを作っていく。

呼吸は乱れ、肩が上下し、声にならない嗚咽が喉の奥で震えていた。

 

「……う、…っ……」

 

アマキはそんなラクスを抱きしめ返し、背中をゆっくり撫でた。

手のひらがラクスの肩甲骨をなぞるたび、ラクスの体がびくりと震える。

 

「ラクス」

 

アマキは優しく呼びかけ、ラクスの頭にぽんと手を置いた。

ラクスは鼻をすんすん鳴らしながら、涙で濡れた顔を上げる。

 

その瞳は赤く腫れ、涙の粒がまつ毛に残っていた。

 

「嬉しい……嬉しいのです……!わたくしは……貴方が……ラクスのままでいい、と……言ってくれるから……!」

 

アマキはその言葉を受け止めるように、ラクスの頬に手を添えた。

親指でそっと涙を拭う。

ラクスはその指先に触れた瞬間、また胸が熱くなる。

 

「うん」

 

アマキの声は低く、優しく、揺るぎなかった。

ラクスは震える手でアマキの服を掴み直し、縋るように見上げる。

その瞳には、恐れと期待と、どうしようもない想いが混ざっていた。

 

「わたくしは……アコードから『逃げてもいい』のでしょうか?」

 

アマキはラクスの両肩に手を置き、まっすぐに見つめ返した。

その瞳には迷いがなかった。

 

「誰かが駄目だと言っても、私が殴ってボコって気絶させて屈服させて認めさせてやる。

ラクスは逃げてもいいんだ」

 

ラクスの目が大きく見開かれる。

その瞬間、アマキの手がラクスの肩をぎゅっと強く握った。

その温度が、ラクスの胸に深く染み込む。

 

「ラクス。逃げて、逃げて、それでも追いかけてくるなら共に立ち向かおう。私は君を守るよ。アコードの対とやらも。君が望まないなら退けるよ。……もちろん、穏便に済むなら話し合いで、ね」

 

アマキは片目をつむり、軽くウインクした。

ラクスの胸がまた跳ねる。

 

「……ほんとうに?」

 

ラクスはか細い声で尋ね、アマキの袖を掴んだまま離さない。

その指先は震えていた。

 

「約束するよ」

 

アマキがそう言うと、ラクスは息を呑んだ。

そして、意を決したように問いかける。

 

「それは、義務、からですか……?」

 

アマキは一瞬だけ目を瞬かせた。

ラクスの問いは真剣そのものだった。

 

「義務……じゃないよ」

 

「では、責任感、からですか?」

 

ラクスはアマキの服を掴む手に力を込める。

その瞳は揺れていた。

アマキは困ったように眉を下げ、ラクスの手にそっと触れた。

 

「……ラクス……」

 

ラクスはさらに身を寄せ、逃がすまいとアマキの服を引き寄せた。

その必死さに、アマキは観念したように息を吐く。

 

「そうだね」

 

アマキはラクスの手を包み込み、ゆっくりと呼吸を整えた。

ラクスはその動きを見逃すまいと、じっと見つめる。

 

「……認めるよ。私は、ラクスが好きだ」

 

ラクスの胸が大きく跳ねた。

呼吸が止まる。

指先が震える。

だが、まだ信じきれない。

 

「それは……どういう“好き”ですか?」

 

ラクスは震える声で問い、アマキの胸元を掴んだまま離さない。

その瞳は涙で潤みながらも、真剣だった。

アマキは苦笑し、ラクスの頬に手を添えた。

 

「……女の子にこんなに真剣に迫られるなんて、初めてだよ」

 

ラクスはむっとして睨む。

アマキはその頬を指でなぞり、宥めるように微笑む。

 

「茶化してないよ」

 

アマキの指がラクスの顎先をそっと掴む。

親指が唇をなぞり、ラクスの呼吸が震える。

 

「ラクスが初めてだよ。こんなに目が離せなくて、心が揺れて、守りたいって思った女の子は——君だけだ」

 

ラクスの瞳が揺れ、頬が赤く染まる。

 

アマキの顔がゆっくりと近づく。

ラクスは自然と瞼を閉じた。

距離が、あと数センチ。そして——

 

【その先は、二人だけの秘密】

 

ラクスはアマキの胸元からそっと身を離し、照れくさそうに目元を指で押さえた。

 

「……泣きすぎて、目が腫れてしまいましたわ」

 

アマキはラクスの顔を覗き込み、柔らかく微笑む。

 

「腫れてても、綺麗だよ。ラクスは」

 

ラクスは頬を染め、アマキの肩にそっと頭を預けた。

 

二人の呼吸が静かに重なる。

 

「……アコードの“対”が、動き出すかもしれません」

 

「うん。私も、そう思う」

 

ラクスは胸に手を当て、深く息を吸った。

 

「わたくしは……逃げることを選びました。でも、逃げるだけではいけないとも思っております」

 

アマキはラクスの手を包み込む。

 

「逃げることは、立ち止まることじゃない。準備する時間だよ。私たちで、選び直そう。ラクスの未来を」

 

ラクスは静かに頷いた。

 

「……ならば、わたくしは、歌います。誰かのためではなく、わたくし自身のために。この心が震える限り、歌を紡ぎ続けます」

 

「それが、ラクスの戦い方なんだね」

 

「はい。わたくしのままで、戦います」

 

窓の外が白み始め、朝の光がカーテンの隙間から差し込んだ。

新しい選択の朝が、静かに訪れようとしていた。

 

◇◇◇

 

キラは、薄々こうなる気がしていた。

自室の椅子に腰を下ろし、背もたれに体重を預けると、深いため息が漏れた。

 

「……仕方ないよな」

 

天井を見上げ、指先でこめかみを押さえる。

アマキのことになると、ラクスも自分も、どうしてこうも不器用なのか。

その時——コン、コン、と控えめなノック。

キラは一瞬だけ目を閉じ、覚悟を決めるように息を吸った。

立ち上がり、ドアノブに手をかける。

 

金属の冷たさが指先に伝わる。

ゆっくりとドアを開けると——

そこには、手を繋いだアマキとラクスが立っていた。

二人とも、どこか緊張した面持ち。

 

ラクスは指を絡めるようにアマキの手を握り、アマキはその手を包むように握り返している。

キラは言葉を失った。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 

「……来たね」

 

ようやく絞り出した声は、少し掠れていた。

アマキはいつものように柔らかく笑っていたが、ラクスの瞳は真っ直ぐキラを見据えていた。

その視線には、覚悟が宿っている。

 

「話があります」

 

ラクスの声は震えていない。

それが、キラの胸をさらに締め付けた。

 

「……入って」

 

キラは二人を部屋に招き入れ、ドアを静かに閉めた。

閉まる音が、やけに重く響く。

三人は向かい合って座った。

アマキとラクスは手を繋いだまま。

キラはその手元に視線を落とし、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……予想はしてたよ。アマキが、ラクスを選ぶって」

 

アマキは眉を下げ、キラの言葉を受け止めるように頷いた。

 

「選んだっていうより……気づいたんだ。私にとって、ラクスがどれだけ大切かって」

 

「……そっか」

 

キラは視線を落とし、膝の上で手を握りしめた。

その指先がわずかに震えている。

 

「そんな予感はしてたんだ」

 

ぽつりと呟く声は、どこか寂しげだった。

アマキはそっと身を乗り出し、キラの手に触れようとしたが、途中で止めた。

触れていいのか迷っている。

 

「…うん。…でも、私は二人ともが好きなんだ」

 

ラクスもキラも、息を呑んだ。

アマキの声は震えていない。その分、重かった。

 

「どちらかを選ぶことが、どうしてもできない。ラクスには放っておけない無茶ぶりなところもあるし、キラには揺るがない信念と、つたない私を支えてくれる優しさがある。どちらも、私にとっては欠けてはならない存在なんだ」

 

ラクスは静かに目を伏せ、キラはアマキをじっと見つめた。

 

「……それって、ずるくない?」

 

キラの声は低く、しかし怒ってはいなかった。

ただ、正直な気持ちをぶつけただけ。

 

「ずるいよ。すごく。でも、正直に言うしかなかった」

 

アマキはキラの目をまっすぐ見返した。

その瞳に嘘はなかった。

キラはため息をつき、ラクスの方へ視線を向ける。

ラクスはゆっくりとキラに視線を返した。

 

「……わたくしは、嬉しいですわ。キラとも、好きな人が共にあるということが。今この瞬間も」

 

「えっ」

 

キラは目を丸くした。ラクスはアマキの手を握り直し、微笑んだ。

 

「キラも、わたくしも、アマキ様を愛している。ならば、争うよりも、共に在る道を選びたい。それが、わたくしの答えです」

 

キラはしばらく言葉を失い、視線を彷徨わせた。やがて、ゆっくりと息を吐き、ラクスを見つめ返す。

 

「……僕も、ラクスがそう言うなら……受け入れるよ。でも、嫉妬はするから。覚悟しといて、アマキ」

 

アマキは苦笑しながら頷いた。

 

「うん。覚悟してる」

 

三人はそっと手を重ねた。

その瞬間、空気が柔らかく変わった。

恋愛の形を超えた、絆の誓いだった。

 

風呂上がり。

 

アマキはタオルを頭に巻いたまま、脱衣所の鏡の前で腕を組んでいた。

鏡の中の自分が、妙に疲れて見える。

 

「……無理じゃない?よく考えたら無理じゃない?」

 

タオルの端がぴょこっと跳ね、まるで悩みのアンテナのように揺れる。

「二人と同時に付き合うって、そんな器用なことできる人間、いる?いや、いや、私は人間なのか?……いや、一応人間だ。中身はちょっと特殊だけど」

 

鏡の前でうろうろ歩き回り、タオルを直し、またため息。

足元ではルルがぴょんぴょん跳ねているが、アマキは気づいていない。

 

「ラクスは繊細……いや、豪胆か?キラは誠実で……どっちも好きで……でも、どっちかに“今日はこっち優先”とか言ったら、もう片方が“えっ”ってなるでしょ?それって、もう恋愛じゃなくてスケジュール管理じゃない?これは尻軽ということなのか?」

 

その時——背後から、そっと声がした。

 

「……アマキ?」

 

「うわっ!?ラクス!?いつからいたの!?」

 

アマキは跳ねるように振り返り、タオルがずり落ちそうになるのを慌てて押さえた。

ラクスは脱衣所の入り口に立ち、くすくすと笑っていた。

頬がほんのり赤い。

どうやら風呂上がりらしく、髪がしっとりと濡れている。

 

「最初からですわ。鏡に向かって“二人と同時に付き合うって”と言っているところから、ずっと」

 

「……恥ずかしっ!」

 

アマキは顔を覆い、しゃがみ込む。

ラクスはその隣にそっと腰を下ろし、アマキの濡れた髪をタオルで拭き始めた。

 

「声かけた?」

 

「勿論ですわ。二回ほど」

 

「近いんですけど……!」

 

ラクスはさらに距離を詰め、アマキの頬に髪が触れるほど近づく。

「わたくしは、アマキ様が悩んでくださることが嬉しいのです。それだけ真剣に向き合ってくださっているということですから」

 

アマキはタオルを握りしめ、顔を真っ赤にする。

 

「でもさぁ……私、どっちかに“今日はラクスと手を繋ぐ日”とか決めたら、キラが“僕は?”ってなるじゃん。それって、恋愛じゃなくて交代制勤務じゃない?」

 

ラクスは微笑みながらアマキの髪を丁寧に拭き続ける。

 

「……それはそれで、面白いかもしれませんわ」

 

「ラクス、笑ってるけど、これ結構深刻なんだよ!?」

 

その時——さらに後ろから声がした。

 

「交代制勤務って言われると、なんか僕、シフト表作りたくなるんだけど」

 

「キラ!?いつからいたの!?ていうか覗き魔か!風呂上がりに来るなって言ってないけど来るな!!」

 

アマキは反射的にルルを掴み、

 

「ごめんね!」

 

と一言添えてから、キラに向かって豪快に投げつけた。

 

「いたっ!」

 

キラが顔を押さえた瞬間——ラクスが指を鳴らす。

 

「お行きなさいっ!」

どこからともなく大量のハロが転がり出てきた。

 

「ハロハロハロハロ!!」

 

ピンク、青、黄色、緑。

カラフルな球体が跳ね、回転し、キラに向かって突撃する。

 

「ちょっ!ラクス!!」

 

キラはタオルで防御するが、ハロたちは跳ね返って再突撃。まるで怒れる豆粒の暴動。

 

「まだまだアマキの柔肌は見せませんわ!」

 

「酷いっ!!」

 

「早く出てけー!!」

 

アマキの怒号が脱衣所に響き渡った。

 

◇◇◇

その後、仲間たちに

 

「キラとラクス、両方と付き合うことになった」と報告すると——

 

「ようやくか」

 

「遅すぎ」

 

「ていうか、どうやって回すのその関係」

 

呆れとツッコミの嵐が巻き起こった。

アマキは頭を抱えながらも、どこか誇らしげだった。

 

◇◇◇

 

アマキは、キラに対して誠実でなければならないと考えていた。

ラクスの気持ちを受け入れた以上、“仮の交際”のまま曖昧にしておくのは、どうしても違う。

 

(……キラにも、ちゃんと伝えなきゃ)

 

その思いは、日を追うごとに強くなっていった。

胸の奥で、何度も何度も同じ言葉が響く。

——直接、届けたい。

ラクスの気持ちを受け止めた時、アマキは同時に気づいてしまった。

キラの存在が、自分の中でどれほど大きいかということに。

 

(キラにも……ちゃんと“好き”を伝えたい)

 

そう思った瞬間、アマキの中で迷いは消えた。

 

(ラクスにも……協力してもらおう)

 

アマキはラクスの部屋を訪ね、事情を話した。

ラクスは驚くどころか、ふわりと微笑んだ。

 

「もちろんですわ、アマキ。遅いくらいですわよ。キラにも、ちゃんと貴方の気持ちを伝えて差し上げてくださいませ」

 

その笑顔は、嫉妬ではなく、二人を信じている者の微笑みだった。アマキは胸が熱くなった。

 

(ラクス……ありがとう)

 

こうして、アマキはキラを砂浜へ呼び出す準備を整えた。夕陽が沈む時間を選んだのは、ラクスの提案だった。

 

「キラは夕暮れが好きですもの。きっと、心が開きやすくなりますわ」

 

アマキは頷き、胸に手を当てた。

 

(よし……行こう)

キラに誠実であるために。

三人の関係を、本当の意味で“始める”ために。

アマキは砂浜へ向かった。

 

◇◇◇

 

ラクスはにこやかに、

 

「夕食の準備も進んでおりますし、ちょうどいいからアマキを呼んできてくださいますか?」

 

と軽く言ったが、キラの胸には妙なざわつきが残った。

夕暮れの時間帯。空はオレンジ色に染まり、海風が屋敷の庭を抜けていく。

キラはあたりを見渡しながら外へ出た。

 

(アマキ……どこ行ったんだろう)

 

大体お腹が空くころにはキッチンへ現れているはずなのに、今日は珍しい日だ。

 

砂浜へ向かうと、波の音が近づくにつれ、胸の鼓動が少しずつ早くなる。そして——視界に入った。

夕陽に照らされ、砂浜に一人佇むアマキの後ろ姿。

風に髪が揺れ、影が長く伸びている。

その姿は、まるで絵画の一部のように美しかった。

 

キラは思わず足を止めた。

 

(……綺麗だ)

 

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。アマキは何かを決意したように、拳を握りしめていた。

キラはゆっくりと歩き出し、声をかけた。

 

「アマキ……?」

 

アマキが振り返る。

その顔は、どこか覚悟を決めたような、でも少しだけ不安を含んだ笑顔だった。キラの胸が跳ねる。

 

(……なんだよ、その顔)

 

夕陽がアマキの髪を照らし、瞳をきらめかせる。キラは息を呑んだ。

 

「来てくれたんだ」

 

「探したよ。だってもうすぐ夕食だし、おなか空くと動けなくなるじゃない。だからね」

 

「フフ、キラは私のことよく見ててくれるね」

 

「まぁ、長い付き合いだし」

 

「そうだね。長いね」

 

「アマキ?」

 

アマキは一度、深く息を吸った。

 

「……私ね、ちゃんとキラに言わなきゃって思ってた。でも私は愛に臆病で、怖がりで、目をそらし続けてた。

でもそれじゃあ前に進めないってわかってる。だから」

 

アマキは胸に手を当てた。

 

「だから——」

 

ぐぅぅ。

 

「………」

 

「………」

 

アマキのお腹が鳴った。

意図的ではない。もうすぐ夕食だから自然な反応だ。だが間が悪い。

アマキは真っ赤になって、必死にキラへ謝った。

 

「ごめん。やり直させて」

 

「う、うん」

 

ふぅ、と深呼吸をして気合を入れ直す。そしてキラの顔をまっすぐ見つめ、意を決したように口を開いた。

 

「キラに言いたいことがある」

 

「私から渡せるものなんて私自身しかない!だから——!」

 

アマキは勢いよく胸に手を当て、夕陽に照らされた砂浜の真ん中で、全身を使って叫んだ。

風が髪を揺らし、波が足元をさらい、空はオレンジ色に染まっている。

 

「キラ! 私を——君の傍にいさせてほしい!!」

 

その言葉は、海の向こうまで届きそうなほど真っ直ぐだった。キラは呆然と立ち尽くし、目を見開いたままアマキを見つめていた。

 

「……アマキ……」

 

声が震えている。

アマキは笑顔のまま、両腕を大きく広げた。

 

「キラ!君が好きだ!君がいたから、私はここにいる!君が見てくれたから、私は前に進めた!だから……!」

 

胸に手を当て、深呼吸をして、もう一度叫ぶ。

 

「君が大好きだ!!」

 

その瞬間——キラの足が動いた。砂を蹴り、一直線にアマキへ向かって走り出す。

アマキは驚きながらも、その場に立ち尽くした。キラは無我夢中でアマキを乱暴に自分の胸に抱き寄せた。

アマキの肩に顔を寄せ、肩で息をしながら震える声で言った。

 

「アマキ……! ありがとう。……僕も……君が好きだ……! 大好きだ!」

 

アマキは目を丸くし、そしてゆっくりとキラの背中に腕を回した。

 

「……キラ」

 

二人の影が夕陽に重なり、波の音が優しく響く。そして徐々に二人の唇は距離を縮め、重なった。

二人の唇が触れ合った瞬間、世界の音がふっと遠のいた。

波の音も、風のざわめきも、夕陽のきらめきさえも、すべてが背景に溶けていく。

キラはアマキを抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力を込めた。

乱暴ではなく、“離したくない”という想いがそのまま形になったような抱擁。

アマキは胸の奥が熱くなり、

心臓が跳ねるたびにキラの胸に伝わってしまいそうで、

恥ずかしくて、でも嬉しくて。

唇が離れると、二人の額がそっと触れ合った。

キラは息を整えながら、震える声で囁く。

 

「……アマキ。こんなふうに……君から言ってもらえるなんて……夢みたいだよ」

 

アマキは頬を赤く染め、キラの胸元に額を寄せた。

 

「夢じゃない。ようやく言えたんだ。ごめんね、時間、かかっちゃって」

 

キラの喉が震え、小さく笑うような息が漏れた。

 

「……ほんとに、君だけだよ……僕の心をぐちゃぐちゃにできるのは。全部、君だけ、アマキだけなんだ」

 

アマキは顔を上げ、少し照れたように笑った。

 

「それ、褒めてる?」

 

「もちろん。……世界で一番、嬉しい意味で」

 

キラはアマキの頬に手を添え、親指でそっと撫でた。

その指先は温かくて、優しくて、アマキの胸がまたきゅっと締め付けられる。

 

「アマキ。これからも……僕の隣にいてくれる?」

 

アマキは迷いなく頷いた。

 

「当たり前だ。キラが望むなら、ずっとね」

 

キラはその言葉を聞いた瞬間、もう一度アマキを抱きしめた。

今度はゆっくりと、大切なものを包み込むように。

夕陽が沈みかけ、二人の影は長く伸びて重なった。

 

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