腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:サボテンダーイオウ
広間の空気は重く、夕刻の光が窓から差し込み、長い影を床に落としていた。
壁に掛けられた古い絵画も、まるで沈黙の証人のように二人のやり取りを見守っている。
ウナト・エマ・セイランは椅子に深く腰掛け、肘掛けを指先で軽く叩きながら低く呟いた。
「ザフトの最新鋭艦ミネルバか……。姫もまた面倒な時に面倒なもので帰国される……」
その声は、まるで石を落とすように重く響き、部屋の空気をさらに沈ませる。
ユウナは窓辺に立ち、外の庭をちらりと見やりながら肩をすくめた。
「仕方ありませんよ、父上。カガリだって、よもやこのようなことになるとは思いもよりませんでしょうし」
彼の声には苛立ちと不安が混じり、落ち着きのない指先が窓枠を叩いていた。
「国家元首を送り届けてくれた艦をあしらうわけにもいきますまい。今は」
ウナトは机上の書類を整える手を止めず、淡々と答える。その仕草は冷静さを保ちつつも、内心の緊張を隠しているようだった。
「ああ、今はな」
短い返答とともに、彼は視線を落とし、深く息を吐いた。
ユウナは急に身を乗り出し、声を潜める。
「………ところで父上、カガリの護衛がアレックス・ディノだけではないというのは本当ですか?」
ウナトは眉をひそめ、椅子に深くもたれかかりながら答えた。
「ああ。それがどうした」
「その護衛の名は?」
「いちいち覚えておらん。確か、シノザキとかなんとか」
ユウナは目を見開き、机に手を突いて立ち上がった。
「……それ、アマキ・カンザキではないでしょうか!」
ウナトは片眉を上げ、冷ややかに言い放つ。
「まさか。あの娘ならキラ・ヤマトと共におるのではないか?むしろ、あの男がそうそう離すまい」
ユウナは両手を振り回し、歩き回りながら早口でまくし立てた。
「ならいいのですが……僕はアイツに心底会いたくない!だって!僕がカガリの手をちょっと握っただけで、24時間アイツにストーカーされてトイレの中までだよ!?料理は脂っこいものばかりで胃が持たれそうになって一週間、一体シェフは何をやっていたんだっ!?あれはクライン派の手のものだと僕は考えているぞ!」
彼の声は次第に大きくなり、広間の壁に反響する。足音は落ち着きなく床を叩き、髪をかき乱す仕草が焦燥を物語っていた。
「僕のSPはあの猪女に難なく倒されて役立たずだし、僕のカードとかハッキング受けて勝手にネット通販の高額商品押し付けられて屋敷の中で物品だかれで遭難するかとくらいだし、あれは絶対キラ・ヤマトの仕業だ!それに僕のデマ記事など勝手に捏造しては発表しやがったフリーのカメラマン!アイツも潰してやりたい!そしてアスラン・ザラ!アイツのペットロボットに僕の大事な髪を突かれハゲになるかとまで追い込まれた!僕はアイツらに関わりたくないです!父上っ」
ユウナは髪を押さえ、顔を真っ赤にして必死に訴える。声は震え、怒りと恐怖が入り混じっていた。
ウナトは冷静に言い放った。
「……たかだか数人の報復ではないか。多少のことは我慢しなさい」
その言葉とともに、彼は視線を書類へ戻し、まるで息子の騒ぎなど取るに足らぬものだと言わんばかりだった。
「我慢?これ以上どこを我慢するというのです!今度は父上が受ければよいのです!」
ユウナは机を叩き、声を張り上げる。
「だがお前は姫の婚約者」
ウナトは椅子から立ち上がり、ユウナを真っ直ぐ見据える。その瞳には冷徹な光が宿っていた。
「それは父上が勝手に決めたこと!僕は嫌だ!」
ユウナは後ずさりし、拳を握りしめる。
「ユウナ……困らせるでない」
ウナトの声は低く、広間の空気を一瞬で凍らせた。
愚痴を並べ立てていたユウナは、思わず口を噤む。だがその瞳には、なおも子供じみた反発の火が消えずに残っていた。
それほどまでにカガリ・ユラ・アスハに手を出すということは命がけということだ。肩書だけは婚約者ということになっているが、ウズミが今更になって婚約解消に向けて動いていることは知っている。あのアスラン・ザラと恋人同士であることを考慮して。
ウナトは焦っていた。カガリがウズミのスパルタ教育を経て日に日に首相としての自覚が芽生えていることに。
このままではアスハ主導の政権のままで終わってしまう。なんとしても成り代わらねば。
彼の指先は机の上で無意識に震え、書類の端を折り曲げていた。広間の静寂は、ユウナの荒い呼吸と父の抑え込んだ焦燥だけが支配していた。
◇◇◇
戦闘艦ミネルバが港へと入港する。鋼鉄の船体は夕陽を浴びて赤銅色に染まり、甲板に立つ兵士たちの影が長く伸びていた。港には緊張した空気が漂い、オーブの市民や兵士たちは固唾を呑んでその姿を見守っている。波止場に並ぶ旗が風に揺れ、重苦しい沈黙が場を支配していた。船体が波を切る音さえも、儀礼の場を引き締める鼓動のように響いていた。
その最前列に立つのはウナト・エマ・セイランと息子ユウナ。父は冷静な顔を保ち、威厳ある姿勢を崩さない。息子は渋々ながらも演技をしてカガリを出迎えることにした。
ユウナは大げさに両腕を広げ、わざとらしい笑みを浮かべる。
「やぁ、カガリ!」
「ユウナ」
カガリは淡々と応じる。
「よく無事で――げふっ!」
その瞬間、ユウナの足元に鋭い衝撃。体勢を崩した彼は港の石畳に倒れ込み、次の瞬間には馬乗りにされていた。
「御触り、禁止って言ったろう。もう忘れた?」
「あ、むぐっ!?」
「私はアマノ・シノザキです。Repeat after me.」
「あががが!」
「はい。アマノ・シノザキです!Repeat after me.。……ここで名前言うんじゃねぇよタコが」
頭をわしづかみにされ、銃を突きつけられる恐怖。ユウナは必死に首を振るが、呼吸すらままならない。顔はみるみる青白くなり、周囲の兵士たちもざわめき、港の空気は一瞬にして凍りついた。タリアとアーサーはその光景に目を見開き、互いに言葉を失っていた。彼らの視線は「これは外交儀礼の場で起きてはならない事態だ」と訴えていた。
そこへウナトがにこやかに歩み寄る。額には汗が滲んでいるが、平静を装っていた。ザフトの将兵の前でこのような暴挙を許すわけにはいかない。だが、相手は先の大戦で名を馳せた英雄の一人。軽々しく扱えば、オーブの立場を危うくしかねない。
「いやいやお騒がせをいたしました。どうかその銃を下げていただけると助かるのだが」
「………」
アマキは黙ったまま、しかし鋭い視線でユウナ親子を睨みつける。銃口はゆっくりと下げられたが、その眼差しは氷のように冷たい。ウナトはその存在に一目置いていた。下手をすればキラ・ヤマト以上に重要視すべき人物。まるで嵐のような女――何を考えているのかまったく見当もつかない。だからこそ、息子がこれ以上刺激しないよう、あえて穏便に済ませようとする。
「アマノ、やめろ」
カガリの一声が響く。アマキは即座に銃を引き、カガリの背後へと控えた。その俊敏な動作は、周囲の兵士たちを驚かせるほどだった。
「まったく、ユウナ。あれほど私に触るなと言っただろう?怪我をするからと注意したのに忘れてしまったのか?馬鹿だなぁ」
カガリはにこやかに笑いながら窘める。その笑みは柔らかいが、言葉には鋭い棘が含まれていた。ユウナは言葉を失い、ただ口をぱくぱくさせる。そしてもういない者として扱われた。
「皆、大事の時に不在で済まなかった。留守の間の采配嬉しく思う。それでオーブでの被害状況はどうだ」
カガリはすぐに表情を切り替え、真面目な顔でウナトに向き直った。
「は、はい。まずはご無事にお戻りになられたこと嬉しく思います。沿岸部などはだいぶ高波にやられましたが、さいわいオーブに直撃はなく」
「わかった。後は行政府でだな」
「はっ!」
その後、タリアとアーサーが敬礼をしながら名乗りを上げる。
「ザフト軍、ミネルバ艦長タリア・グラディスであります」
「同じく副長、アーサー・トラインであります」
ユウナのことは見ていないことになっていると仮定して、ウナトは平静を装い威厳あるたたずまいで挨拶を返した。
「オーブ連合首長国宰相、ウナト・エマ・セイランだ。このたびは代表の帰国に尽力いただき感謝する」
「いえ。我々こそ不測の事態とはいえ、アスハ代表にまで多大なご迷惑をおかけし、大変遺憾に思っております。またこのたびの災害につきましても、お見舞い申し上げます」
建前同士の会話であるが、互いに一歩も譲らぬ緊張が漂う。
「お心遣い痛み入る。ともあれ、まずはゆっくり休まれよ。じ」「修理に関しては全面的にオーブに任せてくれ。皆も疲れただろう。物資補給なども遠慮なく言ってくれればいい」
ウナトの台詞の途中で被せるようにカガリが言葉を続けた。それにウナトは咎めるように声を上げる。
「代表!」
カガリはきょとんとして不思議そうな顔になる。
「なんだ?ミネルバの艦には世話になった。良くしてやってくれ。では行くぞ」
「……はっ…」
納得しがたいらしいウナト。アスランはカガリの背に無言で付いていく。心の中では「アマキよくやった!」とサムズアップである。アマノは猫のように「シャー!」とユウナを威嚇し、「ヒッ!」と彼をビビらせると満足げにカガリの後に続いた。
◇◇◇
ミネルバではある話で盛り上がっていた。言わずもがな、あのユウナ・ロマ・セイランに暴行まがいの行動をしたアマノ、シノザキに関してだ。
「しかし、本当のところはどうされるつもりなんですか?艦長」
アーサーは椅子から身を乗り出し、手元の書類を指でとんとんと叩きながら問いかけた。
「ん?」
タリアは視線を窓の外へ流し、軽く首を傾ける。
「ゆっくり休めと言われても。そりゃアスハ代表がいろいろとおっしゃってくださいましたが」
アーサーは肩をすくめ、ため息を混ぜる。
「補給はともかく艦の修理などはやはり、カーペンタリアに入ってからのほうがいいのではないかと、自分は思いますが」
彼は両手を広げ、机の上に置かれた艦の整備計画書を指差した。
「そうねぇ。でも彼女も最大限とは言ってくれたしねぇ」
タリアは椅子に深く腰を下ろし、指先で顎を支える。少し間を置いてから、ふとアーサーへ視線を戻した。
「……ねぇアーサー。あのアマノって子。もしかして、アマキ・カンザキかしら?先の大戦で終結に貢献したというパイロット」
「えぇ!!あのいるかいないかわからない英雄の一人ですか!?いやいや、なんか見た目が英雄って感じしませんでしたが…」
アーサーは慌てて立ち上がり、両手をぶんぶん振って否定する。
「アーサー、失言よ」
タリアが鋭く睨むと、アーサーは肩をすくめて小さく「……あ」と呟いた。
「なんとなくそんな気がしただけよ。あの議長も気にしておられたようだし」
タリアは椅子の背に体を預け、目を細める。
「……いや、うーん。どうなんでしょうね」
アーサーは首をひねり、視線を泳がせた。タリアの勘だが、実は当たっている。
◇◇◇
アスランが運転する二人乗りの車が砂浜近くに停まる。潮風が窓から吹き込み、アマキの髪を揺らす。ドアを開けて降り立つと、アスランが運転する二人乗りの車が砂浜近くに停まる。ブレーキの音とともに車体が揺れ、アマキは窓から差し込む潮風に目を細めた。ドアを押し開けて降り立つと、足元の砂が沈み、靴の底にひんやりとした感触が広がる。
その時、孤児の子供たちを連れて散歩していたキラたちがこちらに気づいた。子供たちは歓声を上げ、砂を蹴り上げながら駆け寄ってくる。
「――あっ、アスラン!アマキ姉もだ!おかえりぃー!!」
「違うよ、アレックスとアマノ姉だってば!」
「わーい!アマキお姉ちゃん!」
アマキは思わず両手を広げ、飛び込んでくる子供たちを受け止める。小さな体が次々にぶつかり、笑い声が弾ける。
そこへキラが大股で駆け寄り、勢いよくアマキを抱きしめた。
「アマキ!お帰り!」
「わぷっ!キラ……ただいま!」
ぎゅうぎゅうの抱擁に、アマキは苦しそうに肩を押し返し、少しだけ距離を取る。
「怪我とかしてない?」
キラは名残惜しそうに腕を緩め、アマキの顔を覗き込んだ。
「それは僕の台詞だよ。アマキこそ、無茶してない?」
「………」(にこっと笑うだけにとどめる)
「はい、アウトー」
キラが指を突きつける。
「えぇ!?笑っただけなのにー!」
キラがようやく手を離すと、すぐにラクスが歩み寄り、ふわりと抱き着いてきた。ピンク色の髪が潮風に揺れ、アマキの肩に触れる。ラクスは胸元に顔を寄せ、安堵の息を漏らした。
「ラクス、ただいま」
「…お帰りなさい、アマキ。…本当に心配しましたわ。……アマキ、お尋ねしますが、あちらで何か高カロリーなものを召し上がりましたか?」
しっかりと腹部を計っての言葉だろう。抱き着いた時にか計れるものか?
あ、いつの間にかメジャー持っている。これはしっかりとバレているようだ。言い逃れできない。
というかアマキは肩をすくめ、目を泳がせる。これでは態度でまるわかりだ。
「ギクウゥ!」
そしてアスランが腕を組み、横から口を挟む。
「ああ、一心不乱に食べてたぞ。ミネルバの食事を」
「アスランの裏切者め!」
アマキが振り返ってくわっと目つきを鋭くし唾を飛ばしながら指を差す。
「アウトですわ」
「ラクスまで!」
アマキは両手を上げて抗議するが、子供たちはそのやり取りを見て笑い転げていた。
ラクスは「帰ったらたっぷりお仕置きですわね」と笑顔で宣言し、アマキは帰ってきて早々膝をついて敗北宣言。
そしてキラからのお仕置きはこれだった。
「はいはい。頑張って~あと1キロ!」
「……キラ、のろのろ運転だけどいいのか?」
ミラー越しに映るアマキの姿。肩を大きく上下させ、必死に腕を振りながら走っている。汗が飛び散り、髪が額に張り付いて視界を遮る。アスランは思わず憐れみを覚えた。これだけの距離ならズルをする余地もない。アマキの性格上、真面目に走り切るだろうと分かっていたが、彼女の活躍ぶりを細かく伝えるのは控えることにした。これ以上お仕置きが増えてはたまらない。
キラは窓枠に片肘をかけ、頬をつり上げて効果音が付きそうな笑顔を浮かべる。
「いいんだよ。今日はね」
「相変わらず、鬼だな」
アスランはハンドルを握り直し、少し恐れながらアクセルを踏む。お仕置きが自分に飛び火しないことを祈りつつ。
アマキはばつとして屋敷まで走らされ息を切らし、足をもつれさせながらも必死に前へ。両腕を振るたびに汗が飛び散り、靴が砂利を蹴り上げる。助手席のキラは窓から身を乗り出し、手を振りながら声援を送る。
「はふ~はふ~、いきが、……つづかな…」
「はい頑張って~!」
その声援の合間に、アスランは沈痛な面持ちでキラへ視線を投げる。
「……あの落下の真相はもう知ってるだろ。……俺たちは破砕作業に参加したんだが、父が目指す道こそが我等の道と訴えられた。……戦いの連鎖はどうして止まらないんだ……」
ミラーには必死に走るアマキの姿が映る。髪は汗で濡れ、顔は険しく、まるで鬼気迫る風貌。だが二人は気に留めない。
「……そっか……。アスランは戦ったんだね」
「………キラ……、オレたちはどうしたらいいんだ……?」
「…アスラン…」
しばらく車を走らせたのち、屋敷前に到着。ブレーキの音とともに車体が揺れ、二人の表情は暗いままだ。そこへ、地面を踏みしめる重い足音とともに、大量の汗を掻きながらアマキがへとへとになりながらも追いついてくる。
「ふへ~~ついた~~」
地面に両手をつき、肩を上下させながらへたり込むアマキ。遅れながらも完走し、全身汗でびっしょり。もしアイシャに見つかったら問答無用で風呂場に投げ込まれるだろう。いや、一緒に入って隅から隅まで丁寧に洗われて、お嫁にいけない体にされてしまうに違いない。
キラとアスランはシリアスな雰囲気を一気に壊され、戸惑いの色を浮かべる。
「アマキ」
「……タイミングを読まない奴だな」
「ふへ?」
キョトンと首を傾げるアマキ。その間の抜けた仕草に、キラとアスランは思わず顔を見合わせ、肩をすくめて苦笑した。
◇◇◇
「おはよう」
「おはよう、カガリ。体は大丈夫か?」
アスランは椅子から立ち上がり、軽く首を傾けて彼女の様子を窺う。
「ああ、昨日は済まなかった。一緒に夕飯も取れなくてな。父も引退した身とはいえ、色々と頼られるところもある。愚痴も言いつつもやはり政治とは切っては切れない関係だな」
カガリは額に手を当てて小さく息を吐き、椅子の背に体を預ける。
「ああ。それで――、どうなんだ?オーブ政府の状況は」
「今は情勢が思わしくない。やはりオーブも他国に比べ被害は被った。それを前面に出されるとプラントと友好関係が揺らぐ。正論だけでは彼らに響かないのだろう。私達は身を持って知ったはずなんだ。争いの火種を自ら産み出す存在になるなと」
アスランは黙り込み、視線を床へ落とす。拳を握り締め、唇を噛む。
「………」
「アスラン?」
「俺、プラントに行ってくる」
カガリは椅子から身を乗り出し、驚きに目を見開く。
「それは!……もしかして、上でのことを気にして?」
「ああ。いまだに父の言葉に踊らされている人がいるんだ。今ここで出来ることなどたかが知れている。だがプラントに上がれば、アスラン・ザラにも、アレックスとしてでも。何か力になれるかもしれないんだ」
「………そうか。わかった」
カガリは短く息を吐いた。
その後、シャトル行のヘリを待つ間、アスランは前から考えていたことを実行しようとしていた。
「ユウナ・ロマとのことは気に入らない」
アスランは短く息を吐き、ポケットへ手を差し入れる。その仕草はどこか焦りを含んでいた。次の瞬間、彼はカガリの左手をぐっと取り、薬指へ指輪をはめ込む。冷たい金属が肌に触れ、カガリは目を見開いた。
それはアスランなりに悩んで選んだものだろう。ぶっきらぼうだが、彼なりの愛し方だった。
「これ、アマキが色々と牽制してくれてるけど、やっぱり面白くはないから」
「っ……えええ!!!」
左手の薬指。その意味は一つしかない。カガリは大声を上げ、指輪を凝視する。頬が赤く染まり、肩がわずかに震えた。
「お、ま………いや、その……こういう渡し方ってないんだじゃないのか?」
「……悪かったな……」
アスランは視線を逸らし、耳の後ろをかく。
二人は視線を合わせて互いに噴出した。決め台詞なんて似合わない。
自分たちにはこのあり方がしっくりくるのだ。
「気を付けて。連絡寄越せよ」
「カガリも頑張れ」
二人は一瞬の沈黙の後、自然と顔を近づけた。どちらからともなく唇が触れ合い、短いキスを交わす。カガリは目を閉じ、アスランの温もりを確かめるように指輪を握りしめた。
アスランはブリーフケースを片手に持ち直し、背筋を伸ばす。振り返りざまにカガリへ視線を投げ、わずかに微笑むと、足早にヘリへと乗り込んだ。ローターの音が高まり、風が彼女の髪を揺らす。カガリはその場に立ち尽くし、指輪を見つめながら彼の背中を見送った。
◇◇◇
オーブへの上陸許可を受けてシンはとある場所に来ていた。慰霊碑があるとされる場所。
潮風が吹き抜け、トリィが空を舞う。
「慰霊碑、ですか」
シンは知らない青年に尋ねた。
「そうだね。せっかく花と緑でいっぱいなのに、波をかぶって枯れちゃうね」
シンはありのまま思った事を伝えた。
「………ならまた植えればいいんじゃないスかね。人の手を加えれば花も生きれるから」
前向きな意見に青年は驚いた様子だった。
「………君はこの辺の子?」
「あ、いえ……その」
シンは視線を逸らし、足元の小石を軽く蹴った。気まずさが背中に滲み、肩をすくめるようにしてその場を離れようとする。
そこへ、潮風に乗って歌声が近づいてきた。ラクスがゆったりと歩み寄り、キラのそばへ。ピンク色の髪が揺れ、歌声が波音に溶ける。
「スイマセン。変なこと言って」
シンは小さく頭を下げ、気まずそうにその場から立ち去った。
ラクスの後ろから、岩を削るような音が近づいてくる。タイヤ四個をロープにお腹で括り付け、必死に引きずりながらアマキが汗だくで現れた。肩は上下し、額から汗が滴り落ちる。キラから追加のお仕置きだった。
「ふひ~…ふへ~~~」
ラクスはすかさず水筒を差し出す。四次元買い物袋が肩にかかり、揺れる。
「水分補給はしっかりと取ってくださいな~」
アマキはロープを放り出すようにして受け取り、喉を鳴らしながら水を飲む。
その様子を見ながら、キラはふと表情を曇らせた。
「……なんだか、さっきの子」
「ん?なんかいた?」
「……ううん、なんでもない」
キラは頭を振り、潮風に髪を揺らしながら視線を遠くへ投げた。シンの後姿が彼の中でどうしてか強く印象に残っていたからだ。
◇◇◇
アスランを見送ってからの数刻――、オーブを取り巻く状況は世界へと広がってしまった。
カガリの執務室には多数の高官が集まっていた。緊急事態だからだ。
「そんなっ!馬鹿なっ!」
カガリは椅子から勢いよく立ち上がり、机に両手を叩きつけた。声は震え、目は大きく見開かれている。
「先ほど太平洋連邦、ならびにユーラシアをはじめとする連合国は――」
宰相であるウナトは一枚の文書を胸元に抱え、硬い声で続ける。
「以下の要求が受け入れられない場合は、プラントを地球人類に対する極めて悪質な敵性国家とし、これを武力を持って排除することも厭わないとの共同声明を出しました」
室内の空気が一瞬にして凍りつく。誰もが息を呑み、紙を握る手が震える。窓の外では風が強まり、カーテンがばさりと揺れた。
ついに世界は二分化する勢いにまで迫っていたのだ。