腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする   作:サボテンダーイオウ

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PHASE-10父の呪縛

先の戦闘は、地球オーブ国内でも大きく報道されていた。

緊急ニュースが繰り返し流れ、街の至るところで人々が足を止めては画面を見つめている。

戦況の行方を不安視する声は日に日に増え、政府関係者の間にも緊張が走っていた。

カガリやマリューたちも例外ではない。そしてミネルバに乗船する関係者らも。

モニターに映る戦闘映像を前に、誰もが言葉を失っていた。

ついに──恐れていた事態が現実となったのだ。

二年前、死に物狂いで勝ち取ったつかの間の平和。

あの時、皆が血を流し、涙を流し、それでも掴み取ったはずの未来は──

今、音を立てて崩れ去ろうとしている。

胸の奥に、どうしようもない悔しさと焦燥が広がっていく。

 

◇◇◇

ついに議長との面会へとこぎつけたアスラン。

しかし、議長本人から告げられたのは信じがたい事実だった。

 

「核攻撃を!?」

 

「ああ」

 

アスランの顔色が一気に変わる。

胸の奥がざわつき、喉がひりつくように言葉が出てこない。

 

「そんな…まさか…!」

 

「と言いたいところだがね、私も。だが事実は事実だ」

 

議長が操作したボタンによって後方の壁から大きなモニターが現れた。

 

「…ん?」

 

ニュース速報が映し出さアスランは反射的に画面へ視線を向ける。

 

『繰り返しお伝えします。昨日午後、大西洋連邦をはじめとする地球連合各国は我等プラントに対し宣戦を布告。戦闘開始から約1時間後、ミサイルによる核攻撃を行いました。しかし防衛にあたったザフト軍はデュランダル最高評議会議長指揮の下、最終防衛ラインでこれを撃破。現在、地球軍は月基地へと撤退し攻撃は停止していますが、情勢は未だ緊迫した空気を孕んでいます』

 

アスランは息を呑み、拳を強く握りしめた。胸の奥が重く沈み、呼吸が浅くなる。

 

「君もかけたまえ、アレックス君。ひとまずは終わったことだ。落ち着いて」

 

「…はい…」

 

向かいの椅子に腰を下ろしたものの、アスランの心はまったく落ち着かない。

視界の端で、デュランダルが静かにアスランを観察しているのがわかる。

 

「しかし……想定していなかったわけではないが、やはりショックなものだよ。こうまで強引に開戦され、いきなり核まで撃たれるとはね」

 

その声音は穏やかで、柔らかい。

だがその奥に、冷たい計算と静かな怒りのようなものが潜んでいた。

アスランはその含みを敏感に感じ取り、胸のざわつきがさらに強くなる。

まるで、議長の言葉の裏に何かが隠されているような──そんな感覚が拭えなかった。

 

「この状況で開戦するということ自体、常軌を逸しているというのに。その上これでは……これはもう、まともな戦争ですらない」

 

「はい……」

 

アスランは唇を噛み、視線を落とした。

胸の奥がじわじわと熱くなり、怒りとも悔しさともつかない感情がせり上がってくる。

 

「連合は一旦軍を引いたが、これで終わりにするとは思えん。逆に今度はこちらが大騒ぎだ。防げたとはいえ、またいきなり核を撃たれたのだからね」

 

「く……」

 

拳が震える。

あの惨劇を二度と繰り返さないために戦ったはずなのに──

また同じ場所に戻ってきてしまったような感覚が、アスランの胸を締めつけた。

 

 

「問題はこれからだ」

 

「それでも、プラントは……この攻撃、宣戦布告を受けてプラントは…今後どうしていくおつもりなのでしょうか」

 

「んー…」

 

彼は重く息を吐き、視線を一度だけ横へそらした。

まるで、胸の奥に沈んだ何かを言葉にする前に、ほんの一瞬だけ自分を整えるように。

 

「我々がこれに報復で応じれば、世界はまた泥沼の戦場となりかねない。解っているさ。無論、私だってそんなことにはしたくない。だが、自体を隠しておけるはずもなく、知れば市民は皆怒りに燃えて叫ぶだろう。許せない、と」

 

デュランダルの言葉が静かに落ちるたび、アスランの胸の奥で何かが軋んだ。

血のバレンタイン──あの赤い閃光と悲鳴が、脳裏に蘇る。

大切な人を奪われた者がどうなるか。

その末路を、アスランは誰よりも知っている。

父・パトリックがそうだった。

憎しみは人を狂わせ、世界を巻き込み、止まらなくなる。

 

「……」

 

アスランは息を呑み、拳を握りしめた。

議長の言葉は正しい。

だが──正しいだけでは、また同じ悲劇が繰り返される。

 

「それをどうしろという。今また先の大戦のように進もうとする針を、どうすれば止められるというんだね。既に再び我々は撃たれてしまったんだぞ、核を」

 

その静かな声が、逆にアスランの胸を締めつける。

 

「しかし……でもそれでも、どうか議長!」

 

声が震えた。抑えようとしても、感情が溢れてくる。

 

「怒りと憎しみだけでただ討ち合ってしまったら駄目なんです!これで討ち合ってしまったら、世界はまた……あんな、何も得るもののない戦うばかりのものになってしまう……

どうか……それだけは!」

 

最後の言葉は、ほとんど懇願に近かった。アスランの肩がわずかに震え、呼吸が乱れる。

その姿を、デュランダルは静かに見つめていた。

 

「アレックス君……」

 

デュランダルの穏やかな呼びかけに、アスランは首を振るようにして声を張り上げた。

 

「俺は……俺はアスラン・ザラです!」

 

「ん?」

 

その一言に、アスランの胸の奥で堰が切れた。

 

 

「二年前、どうしようもないまでに戦争を拡大させ、愚かとしか言いようのない憎悪を世界中に撒き散らした、あのパトリックの息子です!父の言葉が正しいと信じ、戦場を駆け、敵の命を奪い、友と殺し合い……間違いだと気付いても何一つ止められず、大切なものを失って……なのに父の言葉がまたこんなッ!」

 

声が震え、喉が詰まる。胸の奥に溜め込んでいたものが、堰を切ったように溢れ出す。

 

「アスラン……」

 

その優しい声が、逆に胸を締めつけのだ。

 

「もう絶対に繰り返してはいけないんだ! あんな──!」

 

「アスラン!」

 

鋭い制止の声が室内に響き、アスランは肩を震わせて息を呑んだ。

 

「っ……!」

デュランダルはゆっくりと立ち上がり、アスランに歩み寄る。

その表情は穏やかで苦しみに傷つくアスランを労わるようだった。

 

 

「ユニウス7の犯人達のことは聞いている。シンの方からね」

 

「……ぅ……」

 

その名を出された瞬間、アスランの胸にまた別の痛みが走る。

ユニウス7の惨劇。あの瓦礫の中で見たもの。

シンの叫び。アマキの正義。そして──自分が背負ってしまった“血の記憶”。

アスランは視線を落とし、唇を噛んだ。

 

「君もまた、辛い目に遭ってしまったな」

 

「いえ違います。俺はむしろ知って良かった。でなければ俺はまた、何も知らないまま……」

 

「いや、そうじゃない、アスラン。君が彼らのことを気に病む必要はない。君が父親であるザラ議長のことをどうしても否定的に考えてしまうのは、仕方のないことなのかもしれないが。だが、ザラ議長とてはじめからああいう方だったわけではないだろう?」

 

「いえ、それは……」

 

父の温和な顔立ちを記憶の彼方に探してみる。果たして本当にあっただろうか。

パトリック・ザラが母レノアとの時間を大切にしていた事実は確かにある。

 

「彼は確かに少しやり方を間違えてしまったかもしれない。だがそれもみな、元はといえばプラントを、我々を守り、より良い世界を創ろうとしてのことだろ。想いがあっても結果として間違ってしまう人は沢山いる。またその発せられた言葉がそれを聞く人にそのまま届くとも限らない。受け取る側もまた自分なりに勝手に受け取るものだからね」

 

「議長……!」

 

胸の奥が揺れる。父を憎みたいわけじゃない。でも、許すこともできない。

その狭間で、ずっと立ち尽くしていた自分を、議長の言葉が静かに撫でていく。

 

「ユニウス7の犯人達は行き場のない自分達の想いを正当化するためにザラ議長の言葉を利用しただけだ」

 

 

「……!」

 

その瞬間、アスランの心に鋭い痛みが走る。

あの惨劇を、また父の名が利用されたという事実。

怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからない感情が胸の奥で渦を巻く。

 

「自分達は間違っていない。何故ならザラ議長もそう言っていただろ、とね」

 

「……彼らには譲れない正義がある。自分の正義を他人に押し付けるなと彼女は言っていました。アイツは他人の言葉になんて惑わされない強いやつで…………俺はなんて弱いんだ……」

 

その声は、ほとんど自分自身に向けた呟きだった。

胸の奥がじくじくと痛む。

キラやアマキたちと再会して、ようやく自分にも“揺るがないもの”があると信じられた。

彼らと肩を並べて歩けると思った。

もう迷わないと、そう思っていた。

──なのに。父の影から逃げられず、自分の弱さを直視することもできず、今こうして議長に縋るように懇願している。

 

(俺は……何も変わっていないじゃないか)

 

その事実が、アスランの胸を深く抉った。

 

「アイツとは、例の彼女かな。ふむ、なんとも彼女らしい考え方だ。そうだ、だから君までそんなものに振り回されてしまってはいけない。彼らは彼ら。ザラ議長はザラ議長。そして君は君だ。例え誰の息子であったとしても、そんなことを負い目に思ってはいけない。君自身にそんなものは何もないんだ」

 

 

「議長……」

 

胸の奥がじんわりと熱くなる。

責められるでもなく、否定されるでもなく、ただ“そのままの自分”を肯定されるような言葉。

そんな優しさを、アスランはずっと求めていたのかもしれない。

 

「今こうして、再び起きかねない戦火を止めたいと、ここに来てくれたのが君だ。ならばそれだけでいい。一人で背負い込むのはやめなさい」

「………」

 

肩の力が抜け、呼吸が少しだけ楽になる。

張り詰めていたものが、ゆっくりとほどけていく。

 

「だが、嬉しいことだよ、アスラン」

 

「……」

 

「こうして君が来てくれた、というのがね」

 

「………………」

 

胸の奥が熱く、痛く、そしてどこか救われるように揺れた。

その揺れを、デュランダルは静かに、まるで確かめるように見つめていた。

 

「一人一人のそういう気持ちが必ずや世界を救う。夢想家と思われるかもしれないが、私はそう信じているよ」

 

その言葉は、穏やかで、どこか温かかった。

アスランの胸の奥に、じんわりと染み込んでいく。

 

「……はい」

 

短い返事だった。

だがその声には、先ほどまでの張り詰めた硬さが少しだけ和らいでいた。

 

(本当に……救えるのだろうか。俺のような弱い人間でも……)

 

自分を責め続けてきた心の奥に、わずかな光が差し込むような感覚。

それが本物なのか、ただの逃避なのか、アスラン自身にもまだ分からない。

けれど──今はその言葉にすがりたかった。友のように強くなれるなら。

デュランダルは、そんなアスランの揺れを見透かしたように、静かに微笑んでいた。

 

◇◇◇

 

民衆の混乱は、恐怖から怒りへ、そして怒りから“結束”へと変わりつつあった。

街頭のスクリーンの前には人々が押し寄せ、拳を握りしめ、叫び、涙を流し、誰もが何かを求めていた。

その熱が最高潮に達した瞬間──画面が切り替わり、あの特徴的な声が響いた。

 

 

「皆さん」

「ん?」

 

その声に、アスランは反射的に顔を上げた。

胸の奥がざわつく。まさか──そんなはずは。

 

 

「わたくしはラクス・クラインです」

 

アスランの目が大きく見開かれた。

 

(……また、だ)

 

つい先ほど廊下で遭遇した“ラクス”の姿が脳裏に蘇る。

あの時の違和感。言葉遣い。態度。

そして、抱きついてきたあの距離感。今、画面の中で微笑む“ラクス”も──やはり本物ではない。

アスランの喉がひりつくように乾いた。胸の奥に、嫌な予感がじわりと広がっていく。

 

(議長……これは……)

 

デュランダルの言葉が脳裏で反響する。

 

「だからその為にも我々は今を踏み堪えなければな」

 

その穏やかな声と、画面の中で民衆を魅了する“ラクス”の姿が重なり、アスランの背筋に冷たいものが走った。

 

「皆さん、どうかお気持ちを沈めて、わたくしの話を聞いて下さい」

 

ざわついていた群衆が、まるで魔法にかけられたように静まり返る。スクリーンに映る“ラクス”の姿に、誰もが息を呑んだ。

 

「ラクス・クライン?」

 

「ラクス様だわ」

 

「一体どうして……」

アスランの胸がざわつく。あの声。あの仕草。

だが──違う。本物を知っているからこそ、違和感が鋭く突き刺さる。

 

「この度のユニウス7のこと、またそこから派生した昨日の地球連合からの宣戦布告、攻撃。実に悲しい出来事です。再び突然に核を撃たれ、驚き憤る気持ちはわたくしも皆さんと同じです!ですがどうか皆さん!今はお気持ちを沈めて下さい。怒りに駆られ想いを叫べば、それはまた新たなる戦いを呼ぶものとなります」

 

 

「……」

議長は表情を変えず、ただ静かに画面を見つめている。その沈黙が、逆に“計算された間”のように感じられた。

 

「!?」

 

胸の奥がひりつく。“ラクス”が言っていることは正しい。

だが──本物のラクスなら、こんな言い方はしない。こんなタイミングで、こんな場所から、こんな風に民衆を導いたりはしない。

 

「最高評議会は最悪の事態を避けるべく、今も懸命な努力を続けています。ですからどうか皆さん──常に平和を愛し、今またより良き道を模索しようとしている皆さんの代表、

最高評議会デュランダル議長をどうか信じて、今は落ち着いて下さい」

その瞬間、群衆の空気が変わった。怒りが静まり、代わりに“安心”と“期待”が広がっていく。アスランの背筋に冷たいものが走った。

 

(……これは……)

 

デュランダルの沈黙。ミーアの言葉。民衆の反応。

すべてが、ひとつの線で繋がっていくように思えた。

 

「笑ってくれて構わんよ」

 

「ぅ……」

 

笑えるはずがなかった。

胸の奥に広がるのは、笑いとは正反対の、重く冷たい感覚だった。

 

「君には無論わかるだろう」

 

「………」

 

わかる。わかってしまう。だからこそ、言葉が出ない。

 

 

「我ながら小賢しいことだと情けなくもなるな。だが仕方ない。彼女の力は大きいのだ。私のなどより、遥かにね」

 

その言葉に、アスランの胸がざわついた。議長は淡々としているが、その裏にある“計算”が透けて見える。画面の向こうでは、民衆が次々と声を上げていた。

 

 

「ラクス・クラインがそう言うんなら……」

 

「ねぇ」

 

「そうだなぁ、彼女の言うとおりだ」

 

「俺、前の戦争の時ヤキンで彼女の言葉を……」

 

その声のひとつひとつを聞かずともわかる。アスランの胸に刺さるのだ。

本物のラクスがどれほどの想いで言葉を紡いできたか、自分のできることを最大限に使って誰よりも平和を望み、欲していた。その努力を知っているからこそ──今の光景は、痛かった。アマキやキラのために奮闘したことを。先頭に立って戦場へ飛び出ていたことを。

 

「馬鹿なことをと思うがね。だが今、私には彼女の力が必要なのだよ。また、君の力も必要としているのと同じにね」

 

「私の……?」

 

自分の力。その言葉が、胸の奥で重く響く。

 

(俺に……何ができる?父の影から逃げられず、迷ってばかりの俺に……)

 

 

「一緒に来てくれるかね」

 

その声は穏やかで、拒む余地を与えない。

まるで、アスランが答える前から“答え”を知っているかのような響きだった。

アスランの喉がひりつく。胸の奥で、恐れと期待と迷いが渦を巻く。

 

(……俺は……)

 

その一歩を踏み出せば、もう戻れない。

だが、戻らない方がいいのかもしれない──そんな甘い誘惑が、議長の声に混じっていた。

議長に案内されるまま、決して民間人が立ち入ってはいけない領域まで来てしまった。

アスランは、目の前の光景に息を呑んだ。

 

「……これは……」

 

言葉が喉でつかえ、うまく出てこない。目の前に提示された“力”──セイバー。

それは、逃げ続けてきた自分に向けられた、あまりにも重い問いだった。

 

「ZGMF-X23Sセイバーだ。性能は異なるが、例のカオス、ガイア、アビスとほぼ同時期に開発された機体だよ。この機体を君に託したい、と言ったら君はどうするね?」

 

どこか試すような言い方にアスランは強張った声を出す。

 

「……どういうことですか? また私にザフトに戻れと」

 

「んー……そういうことではないな。ただ言葉の通りだよ。君に託したい」

 

「……」

 

胸の奥がざわつく。

“託す”──その言葉の重さが、アスランの心に深く沈んでいく。

 

「まあ手続き上の立場ではそういうことになるのかもしれないが。今度のことに対する私の想いは、先ほど私のラクス・クラインが言っていた通りだ。だが相手は様々な人間、組織。そんなものの思惑が複雑に絡み合う中では、願う通りに事を運ぶのも容易ではない。だから想いを同じくする人には共に立ってもらいたいのだ。出来ることなら戦争は避けたい。だがだからといって銃も取らずに一方的に滅ぼされるわけにもいかない」

 

「……」

 

その言葉は、アスランの弱さと願いの両方を突いてくる。

戦ってはいけない。でも、守りたいものがある。その矛盾が、胸の奥で渦を巻くのだ。

 

「そんな時のために君にも力のある存在でいてほしいのだよ。私は」

 

「議長……」

 

胸が熱くなる。どうしてこの人は欲しい言葉ばかり掛けてくれるのか。

自分の弱さを責めるのではなく、必要としてくれる声。

それが、今のアスランにはあまりにも優しかった。

 

「先の戦争を体験し、父上の事で悩み苦しんだ君なら、どんな状況になっても道を誤ることはないだろう。我等が誤った道を行こうとしたら君もそれを正してくれ。だが、そうするにも力が必要だろ。残念ながら」

 

「……」

(俺に……そんなことが……でも……もし本当に……)

 

心の奥で、かすかな希望と恐れが混ざり合う。

 

「急な話だから、直ぐに心を決めてくれとは言わんよ」

 

議長はそう言ってアスランの脇を通って去ろうとする。だが去り際に彼はアスランの心を強く揺さぶる言葉をかけた。

 

「だが君に出来ること。君が望むこと」

 

“望むこと”──その言葉が、アスランの心の最も弱い場所を優しく撫でる。

 

「それは君自身が一番よく知っているはずだ」

 

その瞬間、アスランの心に深い沈黙が落ちた。

議長の言葉が、まるで自分の奥底を見透かしているように響く。

 

(俺は……何を望んでいる……?戦うことを恐れているのか。でも……守りたい。もう間違えたくない。だが……力がなければ、また何も守れない……)

 

アスランは、議長の背中に視線を追いかけながら拳を握りしめた。

 

◇◇◇

護衛のザフト兵に案内されて入った宿泊先のホテルの入り口。扉が開いた瞬間、アスランの思考は一気に現実へ引き戻された。

 

「あぁ!」

 

「Hey! hey! hey!」

 

「アスラ〜ン!」

 

「ぁ?」

 

勢いよく飛びついてくるような声に、アスランは思わず半歩後ずさる。

 

「うわ……」

 

「お帰りなさい。ずっと待ってましたのよ」

 

「君は、あの」

 

胸の奥に、さっきまで議長に揺さぶられていた余韻がまだ残っている。そこへこの“ラクス”の笑顔。思考が追いつかない。

 

「ミーアよ。ミーア・キャンベル。でも、他の誰かがいる時はラクスって呼んでね」

 

ウインク付きでお願いをされてしまったアスランは流されるままにあいまいな返事をした。

 

「……はぁ…」

 

「ね、御飯まだでしょ? まだよね。一緒に食べましょう」

 

強引に腕を引っ張られミーアに連れていかれる。

 

「え……いや……あの……」

 

「アスランはラクスの婚約者でしょう?」

 

「あ……いや、それはもう……」

 

言いかけて、アスランは口をつぐんだ。“もう違う”と言いたいのに、言葉が喉で止まる。

 

(……本物のラクスなら、こんな言い方は絶対にしない。でも……この子は“ラクス”を演じているだけで……悪気なんて、きっと……)

 

胸の奥に、複雑な痛みが広がる。議長の言葉がまだ頭の中で反響している。

 

「君に出来ること。君が望むこと」

(……俺は……何を望んでいるんだ……)

 

ミーアはそんなアスランの迷いなど気づきもしないように、無邪気な笑顔を向けていた。

 

二人きりの食事。高層ビルの窓から見える夜景は、まるで宝石のように輝いていた。

だが──アスランの胸には何ひとつ響かなかった。

 

(……綺麗だと思う余裕なんて、今の俺にはない)

 

「ええと、アスランが好きなのはお肉? それともお魚?んー……あ! そうだ! 今日のあたしの演説見てくれました?」

 

「え?」

 

「どうでした? ちゃんと似てましたか?」

 

その返答をすぐには返すことはできなかった。きまずそうに視線を逸らす。

 

「……」

 

その姿にミーアは視線を落として声を沈ませた。

 

「……駄目……でしたか……」

 

「ハロ……」

 

赤ハロが慰めるように声を出した。

 

「ああいや、そんなことはないけど」

 

「ええ! ほんとに!?」

 

「ああ、よく似ていたよ。まぁ……ほとんど本物と変わらないくらいに」

 

「やぁぁぁッ! 嬉しいぃぃ!良かった、アスランにそう言ってもらえたらあたしほんとに!」

 

「I understand! You understand! Thanks you very mach!」

 

アスランはそのはしゃぎようを見つめながら、胸の奥が少し痛んだ。

 

(……そんなに喜ぶなんて。俺はただ“似ていた”と言っただけなのに)

 

ミーアの笑顔は眩しいほど無邪気で、作り物の気配なんてどこにもない。

それが逆に、アスランの心を締めつけた。

 

(本物のラクスは……こんな風に誰かの言葉ひとつで浮かれたりしない。でも、この子は……)

 

ミーアは嬉しさを隠しきれず、身を乗り出してくる。

 

「ねぇねぇ、もっと聞かせて!ラクスさんのこと!アスランがそう言ってくれるなら、あたし……もっと頑張れる気がするの!」

 

「……」

 

その言葉に、アスランは一瞬だけ息を詰まらせた。

 

(……頑張る?何を?“ラクス”として……?)

 

ミーアの笑顔の裏に、ほんの少しだけ影が見えた気がした。それは、誰かに必要とされたいと願う、か弱い少女の影。

 

「ねっ、アスラン。あたし……ちゃんとラクスさんに見えた?」

 

アスランはゆっくりと視線を落とした。夜景の光が窓に反射し、ミーアの笑顔を照らしている。その光景が、胸に刺さる。

 

(……似ていたよ。でも……“ラクス”じゃない)

 

言葉にはしないまま、アスランは小さく息を吐いた。

 

「あたしね、ほんとはずーっとラクスさんのファンだったんです」

 

「……」

 

「彼女の歌もよく好きで歌ってて、その頃から声は似てるって言われてたんだけど。

そしたらある日急に議長に呼ばれて」

 

「はぁ……それでこんなことを」

 

「はい! 今君の力が必要だって。プラントの為に。だから」

 

「……君のじゃないだろ。ラクスだ、必要なのは」

 

「……そうですけど。今は……」

 

「あ?」

 

「ううん。今だけじゃないですよね。ラクスさんは、いつだって必要なんです。みんなに。強くて、綺麗で、優しくて……ミーアは別に誰にも必要じゃないけど……」

 

「ぁぁ……」

 

その言葉に、アスランの胸が締めつけられた。

 

(……この子は、自分を“代用品”だと思ってる)

 

「だから今だけでもいいんです! あたしは。今いらっしゃらないラクスさんの代わりに、議長やみんなのためのお手伝いが出来たらそれだけで嬉しい。アスランに会えてほんとに嬉しい!」

 

「……」

 

(……利用されているのに、それでも笑っている。俺は……何も言えないのか)

 

「アスランはラクスさんのこといろいろ知ってるんでしょ?なら教えて下さい。いつもはどんなふうなのか、どんなことが好きなのか。えっとあとは苦手なものとか、得意なものとか、他にもいろいろ……」

 

アスランは息を呑んだ。

 

(……俺は……違う名で隠れていた。…だがミーアはそれでもいいとラクスの名を騙っている。誰かに必要とされたいから。…誰かの“都合のいいラクス”として生きている)

 

胸の奥が、痛いほど熱くなる。

名前に囚われ身動きができないまま、何もせずになどいられない。

 

自分自身にできること、そのすべを俺はもう知っている。

 

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