腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする   作:サボテンダーイオウ

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PHASE-11選びし道

奇襲作戦は失敗に終わり、地球軍は壊滅的な敗北を喫した。

その報告を受けた瞬間から、ジブリールの苛立ちは限界を超えていた。

 

「ええいッ!」

 

豪奢な棚に並べられた自慢の酒コレクションを、彼は横薙ぎに叩き落とす。

ガラスの砕ける音が部屋に響き渡り、床一面に破片が散らばった。

 

「にゃ~? にゃッ!」

 

黒猫は驚いて飛び上がり、家具の影に逃げ込む。

 

「冗談ではないよジブリール。一体なんだねこの醜態は」

 

「しかしまあ……ものの見事にやられたもんじゃの」

 

「……ぬぅ……」

 

「ザフトのあの兵器はいったい何だったのだ」

 

「意気揚々と宣戦布告して出かけていって、鼻っ面に一発喰らってすごすごと退却か。

君の書いたシナリオはコメディなのかね?」

 

「くッ!」

 

「これでは大西洋連邦の小僧も大弱りじゃろうて」

 

「地球上のザフト軍の拠点攻撃へ向かった隊は、未だに待機命令のままなのだろう」

 

「勢いよく振り上げた拳、このまま下ろして逃げたりしたら世界中の物笑いだわ」

 

「さて、どうしたものかの。我等は誰にどういう手を打つべきかな。ジブリール、君にかね?」

 

「くッ……巫山戯たことを仰いますな!」

 

「ふん」

 

ジブリールは歯ぎしりしながら、床に散らばったガラス片を踏みつけた。

その音が、彼の焦りと怒りを代弁しているようだった。

 

「この戦争、ますます勝たねばならなくなったというのに……!我等の核を一瞬にして消滅させたあの兵器。あんなものを持つ化け物が宇宙にいて、一体どうして安心していられるというのです!」

 

彼の声は震えていた。怒りだけではない。恐怖が混ざっていた。

 

「戦いは続けますよ。以前のプランに戻し──いや、それよりもっと強化してね。今度こそ奴等を叩きのめし、その力を完全に奪い去るまで!」

 

その宣言に、ロゴスの面々は冷ややかな視線を交わした。

彼らにとって重要なのは勝利ではなく、“支配の継続”だ。

ジブリールの焦りは、彼らにとっては都合の良い燃料にすぎない。

 

◇◇◇

 

同時刻———プラント最高評議会では円形状の議会席に出席した議員たちが、賛同の証として一斉に拍手を送った。

だがその音は、熱意よりも“安堵”と“同調”の色が濃い。提議が通ったことで、タカオ国防委員長は胸を撫で下ろすように息を吐いた。彼の肩から力が抜けるのが、遠目にもわかる。

最後まで反対していたのは──議長、ギルバート・デュランダルただ一人。

その事実が、議場の空気に微妙な緊張を残していた。

反対していた議長が、今こうして議会の総意を受け入れ、宣言を下す。

その構図は、彼の“誠実さ”を際立たせると同時に、議員たちに逆らいがたい圧を与えていた。

 

「では、プラント最高評議会は議員全員の賛同により、国防委員会より提出の案件を了承する」

ざわめきが広がる。しかしそのざわめきは、決定に対する不満ではなく、

“ついに決まってしまった”という重い実感の波だった。

デュランダルは静かに手を上げ、議場を落ち着かせる。

その仕草ひとつで、空気がすっと引き締まった。

 

「しかし、これはあくまで積極的自衛権の行使だということを、決して忘れないでいただきたい」

 

その声は穏やかだが、議場の中心に鋭く響く。

 

「感情を暴走させ、過度に戦果を拡大させてしまったら──それは先の大戦の繰り返しです」

 

議員たちの表情が一斉に曇る。誰もが“あの戦争”を思い出した。

 

「今、再び手に取るその銃が……今度こそ全ての戦いを終わらせるためのものとならんことを、切に願います」

 

その言葉は祈りのようであり、同時に“方向性を示す指針”でもあった。

 

◇◇◇

 

オーブでは、カガリが自分の執務室で首長一同を前に、ただ一人猛反発していた。

机の向こう側、真正面にはウナト・エマ・セイランが立ちはだかり、その両脇にユウナや他の首長たちが並んでいる。まるでカガリを包囲するような配置だった。

 

「駄目だ駄目だ駄目だ!冗談ではないッ!なんと言われようが今こんな同盟を締結することなど出来るかッ!!」

 

カガリは机に両手を叩きつけ、真正面のウナトへ向けて怒りをぶつける。

 

「しかし代表…」

 

ウナトは眉をひそめ、机の端に手を置いて一歩前へ踏み出す。その動きは、カガリを押し返そうとする圧そのものだった。

 

「大西洋連邦が何をしたかお前達だってその目で見ただろ!一方的な宣戦布告、そして核攻撃だぞ!」

 

「くッ…」

 

ユウナはウナトの横で腕を組み、苛立ちを隠しきれずに視線を逸らす。

 

「そんな国との安全保障など!そもそも今、世界の安全を脅かしているのは当の大西洋連邦ではないか!なのに何故それと手を取りあわねばならない!!」

 

カガリは机越しにさらに身を乗り出し、真正面のウナトを睨みつける。散らばった資料が床に落ち、首長たちはざわつき始めた。

 

「しかし…ですが代表!」

 

左右から声が飛び交い、執務室の空気が一気に騒がしくなる。

椅子が軋む音、書類を握る音、ため息──カガリの声はそのざわめきに押しつぶされそうだった。

 

「そのような子供じみた主張はお止め頂きたい」

 

ユウナはウナトの横から一歩前に出て、冷たい視線をカガリに突きつける。

 

「うッ!」

 

その言葉は、真正面からウナトに押し込まれ、横からユウナに刺されたような衝撃だった。

カガリは机の端を握りしめ、必死に自分を支えた。

 

「何故、と言われるのならお答えしましょ。そんな国だからですよ、代表」

 

「ふ」

 

ウナトは真正面で腕を組み、鼻で笑うように小さく息を漏らした。

 

「ユウナ…」

 

カガリは拳を固く握りしめ、震える声を押し出した。

その小さな震えは、怒りだけではなく、押し寄せる圧力に必死で抗う証だった。

ユウナはその様子を見て、あざ笑うように目を細める。

 

「ではどうすると仰るのです、代表」

 

左右の首長たちもざわめきながら前のめりになり、立っているカガリを囲むように視線を向ける。

 

「ぅ…オーブは…オーブはずっとそうであったように中立独自の道を…」

 

「そしてまた国を灼くですか? ウズミ様のように」

 

その言葉が突き刺さり、カガリの肩がびくりと揺れた。

 

「そんなことは言っていないッ!!」

 

声は強いのに、足元がわずかに揺れる。立っていることすら、今は必死だった。

ウナトは真正面から一歩踏み出し、カガリの視界を完全に塞ぐように立ちはだかる。

 

「しかし下手をすればこの状況、再びそんなことにもなりかねませんぞ」

 

「く…」

 

「代表、平和と国の安全を望む気持ちは我等とて皆同じです。だからこそこの同盟の締結をと申し上げている」

 

「ウナト…」

 

「大西洋連邦は何も今オーブをどうこうしようとは言ってはおりません。しかしこのまま進めばどうなります」

 

「…」

 

「同盟で済めばまだその方が良いと、何故お考えになれませぬ」

 

「ぅ…」

 

ウナトはさらにカガリを追い込むように足元に言葉の槍で突き刺そうとしてくる。

 

「意地を張り無闇と敵を作り、あの大国を敵に回す方がどれだけ危険か、お解りにならぬはずはないでしょう」

 

「だが…!」

 

その声は震え、拳はさらに強く握りしめられた。

カガリの喉が焼けるように痛んだ。叫んでも叫んでも、誰にも届かない。

議場にいるのは、彼女の言葉を聞こうとする者ではなく、“正しい答え”を押しつけてくる者ばかりだ。

 

(……違う。私は……オーブを守りたいだけなのに)

 

だが、口を開けば開くほど、言葉はねじ曲げられ、“幼い理想論”として切り捨てられていく。

ウナトの声が、冷たく議場に響いた。

 

「伝統や正義では国は守れませんよ、代表。今必要なのは“現実”です」

 

「……っ」

 

胸の奥がぎゅっと縮む。父の姿が脳裏に浮かぶ。ウズミが守ろうとしたもの。そのために払った代償。

 

(……お父さま……私は……どうすれば……)

 

ウナトは静かに、しかし逃げ場を与えない声で続けた。

 

「どうか……国を灼かないで下さい。あの悲劇を、二度と繰り返さぬためにも」

 

その言葉は、まるで刃のようにカガリの胸に突き刺さった。

 

「……ぁ……」

 

議場の空気が重く沈む。

誰もがカガリの返答を待っている。だがその視線は、期待ではなく“圧力”だった。

 

(……私ひとりじゃ……押し返せない……)

 

カガリは唇を噛みしめた。議場の空気が重く沈む。

そのとき──カガリの執務室の扉が静かに開いた。

議員たちのざわめきが一瞬で止まる。そこに立っていたのは、長い間政務から退いていたはずの男。ウズミ・ナラ・アスハだった。

 

「……その言葉、私が聞かねばならぬのか」

 

「お父さま……!」

 

「ウ、ウズミ様……!?」

 

「な……っ」

 

ウズミはゆっくりと議場へ歩み出る。その姿は心労から老いてなお威厳に満ち、誰もが自然と背筋を伸ばした。

 

「“国を灼いた”のは、私だ。だがそれは……国を守るために他ならなかった」

 

議場が静まり返る。誰も口を挟めない。

 

「カガリの言うことは正しい。大西洋連邦は、今この瞬間も力で世界をねじ伏せようとしている。そんな相手に膝を折れば……オーブは二度と立ち上がれぬ」

 

「しかし!現実を──」

 

「現実を語るならば、ウナト・ロマ・セイラン。“力に屈した国”がどうなるか、歴史が証明しているぞ」

 

「……っ」

 

ウズミはカガリの肩に手を置いた。その手は温かく、しかし揺るぎない。

 

「カガリ。お前は間違っていない。オーブは、誰かの盾にも、誰かの剣にもならぬ。それが我らの誇りだ」

 

「お父さま……!」

 

「だが──誇りを守るには、覚悟がいる。お前が選ぶ道がどれほど険しくとも……私はお前の背を押そう」

 

議場の空気が変わった。

先ほどまでカガリを追い詰めていた圧力が、今は逆に押し返されていく。

 

「オーブは、オーブの道を行く。それを忘れてはならぬ」

 

首長たちが次々と頭を下げ、足早に執務室を後にしていく。

先ほどまでカガリを包囲していた圧力は嘘のように消え、部屋には静寂だけが残った。

扉が閉まる音が響いた瞬間、カガリの膝がわずかに震えた。

 

「……よく耐えたな、カガリ」

 

その優しい声を聞いた途端、胸の奥に押し込めていたものが一気に込み上げる。

 

「……っ……」

 

視界が滲む。だが、涙は落とせない。

落としたら、あの場で必死に立っていた自分が崩れてしまう気がした。

カガリは唇を強く噛みしめ、震える指先をぎゅっと握りしめる。

ウズミはそんな娘の肩にそっと手を置いた。その温もりが、逆に涙腺を刺激する。

 

「……お父さま……わたし……っ……」

 

声が震える。喉の奥が詰まり、言葉がうまく出てこない。

それでも、涙だけはこぼさないように、カガリは必死に顔を上げた。

 

「泣きたいなら泣いてもいい。だが……泣かずに立っていたお前を、私は誇りに思う」

 

その言葉に、カガリの胸がぎゅっと締めつけられた。

涙がこぼれそうになる。だが、彼女は最後の力でそれを堪えた。

 

「……まだ……泣けません……泣いたら……負けてしまう気がして……」

ウズミは静かに頷いた。

 

「ならば、泣かずに進めばいい。お前の歩む道は……必ず誰かが支えてくれる」

 

カガリは震える息を整え、ようやく、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

◇◇◇

 

首長たちが散り、ウズミとカガリが執務室に残されたあと──廊下の奥で足を止めていたウナトのもとへ、軽い足音が近づいてきた。

 

「……父上。まったく、あの女……普段人を見下しておいて大勢で詰めよれば父上の前で泣きそうな顔をして」

 

その声音には、隠そうともしない嫌悪が滲んでいた。

 

「ユウナ。声を抑えろ」

 

ユウナは肩をすくめ、しかしその目は怒りと苛立ちでぎらついている。

 

「抑えられませんよ。あの女は……いつも“正しさ”を振りかざして我々を子供扱いする。自分だけがオーブを背負っているつもりでいるようだ」

 

ウナトは息子の言葉を黙って聞いていたが、その表情はどこか満足げだった。

 

「しかも……ウズミ様が出てきた途端、あの女は守られる側に戻る。まるで“悲劇の姫”気取りではないですか?」

 

吐き捨てるような声だった。

 

「私は……あの女が代表である限り、オーブは前に進めないと思っています」

 

「……そんなことわかっておる。だがユウナ。お前はどう動くつもりだ」

 

ユウナは薄く笑った。その笑みは、父以上に冷たかった。

 

「簡単ですよ。“ウズミ様のご意向”を利用するんです。あの女が逆らえない唯一の存在でしょう?」

 

「……同じ考えだ」

 

「でしょうね。父上の考えなど、私には手に取るように分かります」

 

ユウナは一歩近づき、声を潜めた。

 

「カガリには……“正しい判断”をしていただきます。彼女が嫌がろうと、泣こうと、関係ありません。ウズミ様には──大いにオーブの役に立っていただきたいものですよ」

 

その言葉には、カガリへの憎しみと、自分が彼女より上に立ちたいという強烈な欲望が滲んでいた。

 

「ふ……頼もしい息子だ」

 

二人は薄く笑い合い、静かに廊下を歩き去った。その背中は、まるで獲物を追う影のように冷たかった。

 

◇◇◇

ミネルバの士官食堂は、昼時を少し過ぎて人影もまばらだった。

静かな空間に、アーサーの大きな声が徐々に近づいてくる。

 

「…いやしかしですね艦長、もう開戦してるんですよ?」

 

「分かってるわよ、そんなこと。でもしょうがないでしょう? こっちは物資の積み込みもまだ終わってないんだし」

 

「いや…ですからもうそんなことを言っていられる場合では…」

 

二人が食堂に入ってくると、そこにいたクルーたちは一斉に立ち上がって敬礼した。

タリアは軽く手を上げて応じ、アーサーもそのまま向かいの席へ腰を下ろす。

ウエイターが一礼してメニュー表を二人に手渡した。

タリアはそれを開き、ほんの一瞥でお目当ての料理を見つけて注文する。

アーサーも慌てて同じようにメニューをめくり、続いて注文を告げた。

 

「焦る気持ちは分かるけど、だからと言って今私たちが慌てて飛び出して何がどうなるっていうの?かえってバランスが微妙な時期でもあるのよ、アーサー」

 

周囲のクルーたちは、表向きは食事に集中しているふりをしながらも、耳だけは二人の会話へ向けていた。艦長と副長のやり取りとなれば、誰だって気になる。

 

「あのとんでもない第一派の核攻撃を躱されて、地球軍も呆然としてるんでしょ?カーペンタリアへの攻撃隊も包囲したまま動けないみたいじゃない」

 

「いや、だからこそですね……」

 

タリアは軽くため息をつき、アーサーの目をしっかりと見据える。

 

「今本艦が下手に動いたら変な刺激になりかねないわ。火種になりたいの? あなた」

 

「いえぇ!そんな……」

 

「情勢が不安定なら尚のこと、艦の状態には万全を期すべきだわ。幸いオーブはまだ地球軍陣営じゃないんだし、もう少し事態の推移を見てからでも遅くはないでしょ? 出港は。軍本部からは何も言ってきてはいないんだし」

 

アーサーは肩を落とし、深いため息をついた。

 

「はぁ…まだですかねえ…」

 

タリアは苦笑しながら、

 

「でしょうね。いつまでかは知らないけれど」

 

とまるで他人事のように告げた。今はそれくらいしか言えないのだ。

食堂の静けさの中、二人の会話だけが空気を重く沈ませていた。

 

「……」

 

仲間たちの声が遠くに聞こえる。ルナマリアが何か話しているが、シンの耳にはほとんど届いていなかった。

 

(オーブ……開戦……アマキ・カンザキ……あの人は……無事なんだろうか)

 

名前だけは知っている。オーブの政務に関わる人物──だが、どんな顔なのか、どんな人なのか、シンは知らない。ただ、“危険な場所にいるかもしれない”という事実だけが胸をざわつかせた。そして──ふと、脳裏に別の人物が浮かぶ。

 

(……アマノさん……)

 

ミネルバに乗船していた短い間、自分を助けてくれた女性。優しい声で、迷っていた自分の背中を押してくれた。アマノ・シノザキ。

 

(……違う人のはずなのに……なんで今、思い出したんだ……)

 

胸の奥がきゅっと締めつけられる。アマキ・カンザキとアマノ・シノザキ。

名前も立場もまるで違う。同一人物だなんて、考えもしない。

それでも──“オーブ”という言葉を聞いた瞬間、アマノの笑顔が浮かんだ。

 

(……アマノさん……今、どこにいるんだ……)

 

知らないはずの人物の安否を気にしている自分に、シンは戸惑いを覚えた。

 

(……なんでだよ……なんでこんなに……)

 

胸のざわめきは、戦況の不安とは別のところから湧き上がっていた。

 

◇◇◇

 

「第4戦闘軍の展開確認」

 

ここはプラント本国にあるザフト中央軍事ステーション・作戦管制室。

壁一面の大型スクリーンには部隊配置が映し出され、無数のオペレーターが端末に向かって忙しく指を走らせている。緊張と電子音が絶えず空気を震わせていた。

 

「しかし、なんとも篩った言い回しですな、積極的自衛権の行使とは」

 

リカルドは作戦卓に片手を置き、苦笑ともため息ともつかない息を漏らす。他の高官らも同意見ようだ。+

 

「そう言ってくれるな。政治上の言葉だ、仕方ない」

 

「第一派で現在包囲されているジブラルタルとカーペンタリアから地球軍を追い払うというのはいいとしましても、その後は」

 

リカルドはスクリーンに映る戦況を見つめながら、ゆっくりと答えた。

 

「さあてどうなるかな。無論、我々とて先の大戦のような戦争を再びやりたいわけではない。国民感情を納得させられるだけの上手い落としどころを見つけ、戦闘を終結させて、後は政治上の駆け引き……ということになるのだろうが」

 

彼はそこで言葉を切り、わずかに眉をひそめる。

 

「またも核を撃ってきたナチュラルに対する憎しみは……最早、消えんだろうな」

 

「でしょうな」

 

管制室の空気がさらに重く沈む。誰もが“次の一手”の重さを理解していた。

 

「議長のお手並み拝見、ということになるか……その後は」

 

◇◇◇

カガリの別邸の裏手に広がる砂浜。潮風が心地よく吹き抜けるその場所で、ひときわ賑やかな声が響いていた。アマキは上着を脱ぎ、砂浜を全力で駆けていた。

腰にはロープ。その先には──タイヤに乗って大はしゃぎする子供たち。

 

「ほらぁぁぁ! 振り落とされんなよーっ!」

 

「きゃーーー!!」

 

「もっと速くー!!」

 

砂浜に深く足跡を刻みながら、アマキは本気のスプリントで疾走する。

どう見ても遊びなのに、本人は真剣そのものだ。揺れる脂肪は健在である。

 

「おりゃぁああああああ!!」

 

その横で、キラは真剣な表情でストップウォッチを握り、アマキが往復するたびに声を張り上げる。

 

「はい、今ので二十五往復目! アマキ、ペース落ちてるよ!」

 

「落ちてねぇ! 私はまだまだやれるぅぅ~~!!」

 

負けん気が強いその叫びに、テラスから眺めていたアンドリューがコーヒーを片手に苦笑していた。気分はすっかり、子供たちを見守るお父さんである。だが情勢はもっと悪い展開へと転がり落ちそうだ。プラントがどう動くか。予測はもうついている。

 

「……やっぱりそうだよなあ、プラントとしちゃあ」

 

彼の肩に止まっていたトリィが、アマキの方へ行きたそうに羽を震わせる。

 

「トリィ!トリィ!」

 

「お前も行きたいのか?……まあ、あれはあれで平和だよな」

 

トリィは仲間に入れてと言わんばかりに肩から飛び立ち、騒がしい中へと飛んでいった。

砂浜に笑い声が響く中、ラクスは海風に髪を揺らしながら、穏やかなまなざしでその光景を見守っていた。

 

「ふふ……今日はおでんにしましょう。副菜は何にしましょうか。ねぇ、トリィ」

 

トリィがラクスの肩に止まり、アマキの方へ向かって元気に鳴く。

 

「トリィ!トリィ!」

 

「ええ、トリィ。アマキのお腹がマイナス3センチ減ったのが嬉しいですわよねぇ」

キラは汗を拭いながら、アマキの走る姿を見て小さく笑う。

 

「少し引き締まった気がするよね。あくまで気がするだけね」

 

「おーい!キラ!次のラップ数えてー!」

 

「はいはい、分かったよ!」

 

砂浜には、戦争の影を忘れさせるような、穏やかで温かい時間が流れていた。

 

◇◇◇

ドアチャイムが鳴り、アスランは宿泊中のホテルのドアへ向かった。

一体誰が訪ねてきたのかと首を傾げながらカードロックを外し、扉を開ける。

そこに立っていたのは──心底嫌そうな顔をした旧友だった。

 

「くッ!」

 

イザークは挨拶もなく、荒々しい足音のまま部屋へ踏み込む。

アスランが驚いて身を引くより早く、イザークは遠慮という言葉を忘れたようにアスランの胸倉を掴み、アスランの身体がわずかに浮くほど強く引き寄せた。

アスランは反射的に後退し、あまりの勢いに思考が追いつかず、戸惑いを隠せない。

 

「ちょっ、ちょっと待ておい…!」

 

その背後で、ディアッカが深いため息をつき、片手で額を押さえながらゆっくりと首を振る。

まるで「また始まった……」と言いたげに、二人のやり取りを見て頭を抱えていた。

 

「貴様ぁ!」

 

「あ…うわ…!」

 

イザークの握力に引き寄せられたまま、アスランは体勢を整えられずにいる。

 

「一体これはどういう事だ!」

 

「ちょっと待てってば……!」

 

「く…」

 

怒りを抑えきれず、イザークは拳を握りしめて震わせる。アスランとしては、突然こんな対応をされて憤慨した。

 

「何だっていうんだ、いきなり!」

 

「それはこっちのセリフだアスラン!俺達は今無茶苦茶忙しいってのに、評議会に呼び出されて何かと思って来てみれば──」

 

イザークはアスランを指差し、怒鳴る。

 

「貴様の護衛監視だとぉ!?」

 

「ええ?」

 

「何でこの俺がそんな仕事の為に、前線から呼び戻されなきゃならん!」

 

「護衛監視?」

 

その時、後ろから気まずそうに手を挙げる影があった。

 

「外出を希望してんだろ? お前」

 

「ディアッカ!」

 

今頃気づいたのかとディアッカは苦笑しながら近づいてくる。

 

「おひさし。けどまあ、こんな時期だからな。いくら友好国の人間でも勝手にプラント内をウロウロは出来ないんだろ」

 

「あ…ああ……それは聞いている。誰か同行者が付くとは。でもそれが、お前!?」

 

「そうだ! ふん!」

 

イザークは腕を組み、そっぽを向く。

 

「……」

 

「はぁ~……」

 

ディアッカは肩をすくめたあと、二人の顔を見比べて──

「また始まったよ……」と言いたげに、片手で額を押さえて頭を抱えた。

 

「ま、事情を知ってる誰かが仕組んだってことだよな」

 

「……ぁ! ……はぁ……」

 

アスランは額に手を当て、深く息を吐く。その人物に思い当たる人がいる。デュランダル機長だ。彼なら旧友である二人をよこしてもおかしくない。

 

「で、どこ行きたいんだよ。」

 

「これで買い物とか言ったら俺は許さんからな」

 

アスランは視線を落とし、少しだけ声を落とす。

 

「そんなんじゃないよ。ただちょっと……母さんたちの墓に」

 

「……!」

 

二人とも一瞬言葉を失い、表情が固まる。

 

 

「あまり来られないからな、プラントには。だから行っておきたいと思っただけなんだ」

 

イザークは腕を組んだまま、視線をそらしながら小さく息を吐く。ディアッカは気まずそうに頭をかいた。

 

◇◇◇

ディアッカの運転する車で連れてこられた場所。そこは、共に厳しい訓練を乗り越えたラスティと、血のバレンタインで亡くなった母レノアの墓が並ぶ静かな墓地だった。

アスランが花を供え終えた頃、草地を踏む小さな足音が背後から近づいてきた。

振り返ると──ニコルが、二人分の花束を大事そうに抱えて立っていた。

イザークからアスランが来ると聞かされていたのだろう。その表情には、覚悟と、どこか寂しげな優しさが宿っていた。

 

「……アスラン」

 

「ニコル……?」

 

ニコルは静かに歩み寄り、ラスティとレノア、それぞれの墓前にそっと花を置いた。

その仕草は軍人ではなくなった今の彼らしい、穏やかで丁寧なものだった。

イザークとディアッカは後ろで敬礼し、アスランは胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 

「積極的自衛権の行使…やはりザフトも動くのか」

 

イザークは腕を組み、墓標の列を一瞥して短く息を吐く。

 

「仕方なかろう。核まで撃たれて、それで何もしないというわけにはいかん」

 

アスランは視線を落とし、足元の草を軽く踏みしめた。

 

「……」

ディアッカは肩をすくめ、ポケットに手を突っ込んだまま言う。

 

「第一派攻撃の時も迎撃に出たけどな、俺達は。奴等、間違いなくあれでプラントを壊滅させる気だったと思うぜ」

 

アスランは小さく息を呑み、拳を握りしめる。その動きに気づいたイザークが、鋭い視線を向けた。

 

「で、貴様は」

 

「え?」

 

イザークは一歩踏み出し、アスランの正面に立つ。その距離は、逃げ場を与えないほど近い。

 

「何をやっているんだ、こんな所で」

 

「あ……」

 

「オーブは? どう動く!」

 

アスランは視線をそらし、墓標の影に落ちる自分の影を見つめた。

 

「……まだ分からない」

 

「くッ……」

 

苛立ちを抑えきれず、イザークは拳を握りしめたまま空を仰ぐ。

その横で、ニコルがアスランの震える拳に気づき、そっと近づいた。

 

「アスラン……僕はもう軍人ではありません。でも……だからこそ、あなたが葛藤している姿を見るのは辛いです」

 

アスランは顔を上げ、ニコルの静かな瞳を見つめる。

 

「……ニコル……」

 

ニコルは胸の前で軽く手を組み、静かに続けた。

 

「僕達は、もう二度と同じ過ちを繰り返したくありません。アマキさんたちだって、そのために戦い守ろうとしていたではありませんか」

 

理解している。

地球にいるアマキ達がどれだけ必死に守ろうとした世界なのか──嫌というほど知っている。

だが、自分はまだ迷っている。戦場に立つ恐ろしさを知っている。

あの世界に戻るということは、アスラン・ザラとして再び生きるということだ。

終わりのない戦に身を置き、どうなるかもわからない。

だからこそ、足がすくむ。

 

「戻ってこい、アスラン」

 

「……!」

 

イザークはアスランをまっすぐ見つめたまま、ゆっくりと墓標の方へ歩き出す。

その一歩一歩が“覚悟”を語っているようだった。

イザークは墓前で立ち止まり、背を向けたまま、低く、しかしはっきりと声を絞り出す。

 

「俺だって、ニコルだって、ディアッカだって……本当ならとっくに死んでいたはずの身だ」

 

「……っ」

 

銃殺刑を免れないことを自分たちは行ってきた。

ニコルは静かに頷き、アスランの揺れる視線を受け止める。

 

「だからこそ……生きている僕達が、やらなければならないことがあると思うのです。

僕はもう戦えません。でも……アスラン、あなたにはまだ出来ることがある」

 

「あの時、デュランダル議長はこう言った」

 

裁かれるべき場所で、彼は自分たちを救ってくれたのだ。

──

『大人達の都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って今また彼等を処分してしまったら、一体誰がプラントの明日を担うと言うのです。辛い経験をした彼等にこそ、私は平和な未来を築いてもらいたい。』

──

イザークは着ていた濃紺のスーツの袖を軽く引き直し、背筋を伸ばした。

軍服ではない私服のスーツ姿なのに、その立ち姿は軍人の頃と変わらぬ鋭さを宿していた。

 

「だから俺は今も“戦う覚悟”を捨てていない。軍服じゃなくても、俺に出来ることはある。プラントや、死んでいった仲間達のために」

 

「イザーク……」

 

イザークはアスランの胸を指先で軽く押し、言い放つ。

 

「だからお前も何かしろ」

 

「……」

 

「それほどの力、ただ無駄にする気か」

「……」

アスランはゆっくりと視線を墓標へ戻し、握った拳を胸の前で固く閉じた。

きっともう、答えは自分の中で出ている。あとは、進むだけだ。

 

その頃、プラント軍事ステーションでは地球への降下作戦が着々と最終段階へ移行していた。

 

「全艦、軌道降下最終フェイズを発動する!」

 

鋭い声が艦内に響き、重力制御の変化を知らせる低い振動がステーション全体を包む。

巨大な艦から地球へ向け機体を乗せたポットがゆっくりと姿勢を変え、青い惑星へ向けて軌道を滑り始めた。

自衛権の発動。

防衛という名の報復攻撃が、更なる戦火を引き起こす。

誰もが「これは報復ではない」と言い張りながら、しかしその実、引き返す術はもうどこにもなかった。

◇◇◇

オーブ政庁の一室。

ウナトの執務室には、書類の紙擦れと時計の針の音だけが響いていた。

ウナトは手元の資料を閉じ、深く息をつく。

 

「んー…」

 

ユウナは椅子に軽く腰掛け、足を組み替えながら肩をすくめる。

 

「最早待ったなしですねえ。」

 

ウナトは息子の横顔をじっと見つめた。

 

「上手くことを運べるか?」

 

ユウナは微笑を浮かべ、まるで心配する必要などないと言わんばかりに手をひらひらと振る。

 

「カガリはああ見えても、それほど馬鹿な娘ではありませんよ、父上。何を捨て何を優先すべきかは理解できるかと」

 

彼は椅子から立ち上がり、窓の外の海を一瞥してから、自信に満ちた声で続けた。

 

「大丈夫です。私がちゃんと説得しますよ。結婚のこともあるしね。いい加減、今の自分の立場ってものを自覚してもらわないとねぇ」

 

ウナトは腕を組み、息子の言葉の裏にある“計算”を感じ取りながらもわざわざ否定することはしなかった。それが自分たちにとって必要事項であることは確定済みなのだから。

 

◇◇◇

 

ミネルバ艦橋。航行音と端末の電子音だけが響く中、バートが突然コンソールに身を乗り出した。

椅子がわずかに軋む。

 

「艦長」

 

タリアは振り返り、手にしていたデータパッドを胸元で止める。その表情がわずかに引き締まった。

 

「どうしたの?」

 

バートは備え付けの端末を素早く操作し、点滅する通信ログを指先で示した。その手は緊張でわずかに震えている。

 

「これを」

 

スピーカーから、聞き覚えのない男の声が流れ始めた。艦橋の空気が一瞬で変わる。

 

『…ミネルバ聞こえるか。もう猶予はない。ザフトは間もなくジブラルタルとカーペンタリアへの降下揚陸作戦を開始するだろう』

 

バートは端末を見つめたまま眉を寄せ、喉を鳴らして息を飲む。

 

「秘匿回線なんですが、さっきからずっと」

 

タリアは前へ歩み出て、通信席の横に立つ。艦橋の視線が一斉に彼女へ集まった。

 

『そうなればもうオーブもこのままではいまい。黒に挟まれた駒はひっくり返って黒になる。脱出しろ。そうなる前に。聞こえるかミネルバ』

 

タリアは通信席へ一歩踏み込み、端末の表示を覗き込むように身を傾けて声を張った。

 

「ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ。貴方は? どういうことなのこの通信は」

 

やっと返事が返ってきたことで彼は声を弾ませた。

 

『おーこれはこれは。声が聞けて嬉しいねえ。初めまして。どうもこうも言ったとおりだ。のんびりしてると面倒なことになるぞ』

 

タリアは腕を組み、鋭い視線を端末へ向けたまま足を一歩引く。その姿勢は、警戒と苛立ちを隠していない。

 

「匿名の情報など正規軍が信じるはずないでしょ?貴方誰? その目的は?」

 

『んー…アンドリュー・バルトフェルドって奴を知ってるか?これはそいつからの伝言だ』

 

傍で聞いていたアイシャが、可笑しくて思わず口元を押さえ、肩を震わせた。

 

『ぷ…う…』

 

「砂漠の虎…」

 

アーサーは椅子から立ち上がりかけ、目を丸くしてタリアと端末を交互に見た。

 

「えぇ?」

 

『兎も角警告はした。降下作戦が始まれば大西洋連邦との同盟の締結は押し切られるだろう。アスハ代表も頑張ってはいるがな。留まることを選ぶならそれもいい。あとは君の判断だ、艦長。幸運を祈る』

 

通信が途切れた。

艦橋の誰もが動きを止め、不穏な情報の重さに空気そのものが凍りついた。

 

◇◇◇

カガリの執務室には、海の気配を遠くに感じる静けさが満ちていた。

だが、その空気はユウナの言葉によって徐々に濁り始めていた。

 

「積極的自衛権の行使、などとは言っていますがね。戦争は生き物です。放たれた火がどこまで広がるかなど、誰にも分かりません。我々は大西洋連邦との同盟条約を締結します」

 

「ユウナ!? 何を勝手に──」

 

ユウナはゆっくりと机の前まで歩み寄り、まるで自分の部屋であるかのように落ち着いた声で続けた。

 

「ウズミ様には安全な場所に匿わせていただいたよ。再び国を灼く悲劇を繰り返さぬためにもね」

 

カガリの肩がびくりと震える。

 

「!! お父様をどこへ連れて行ったっ!」

 

ユウナはふっと笑い、机越しに身を乗り出すと、カガリの手を素早くつかんだ。

 

「っ──!」

 

抵抗する間もなく、ユウナはその手を乱暴に引き寄せ、カガリの身体が前へ傾く。

 

「フフ……君が大人しく従えば、無傷で帰して差し上げるよ。結婚式のためにもね」

 

カガリは思いっきり力を込めて腕を振りほどき、後ろへ一歩下がって距離を取る。

胸が上下し、怒りで呼吸が荒い。その左手が無意識に胸元へ上がり、アスランからもらった指輪を庇うように握りしめた。

 

「……っ……!」

 

ユウナはその動きを見逃さず、目を細めて意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「大切なんだね、それ。あのアスラン・ザラなんか──君を見捨てたくせにさ」

 

カガリの指がぎゅっと指輪を握りしめる。胸の奥を抉られたような痛みが走り、怒りと悔しさが一気に込み上げてくる。

 

「……黙れ……!」

 

アスランはこの国を、私を見捨てたりなんかしない──!

 

ユウナはその震えを“弱さ”と決めつけるように、さらに一歩近づいて囁いた。

 

「だからもう楽になりなよ。僕がいる。君を支える。夫として」

 

「誰がお前なんかとっ!」

 

カガリは机の角に手をつき、震える指先で必死に自分を落ち着かせようとしていた。

 

「結婚式を急ごう。君のためにも、国民のためにも。それが一番いい。ねぇ、カガリ。ウズミ様にもぜひ出席していただきたいよねぇ。お元気な姿で、さ」

 

「お父様を人質にするつもりかっ!卑怯者めっ!!」

 

「何を言ってるんだい。これは国をうまく円滑させるための手段さ。新しく生まれ変わるんだよ──君も、オーブも。僕たちの手でね」

 

ユウナの気持ち悪い笑みが、彼女の肌にまとわりつくように絡みついた。

カガリは身をすくませながらも、精一杯の力でにらみ返した。

◇◇◇

 

バートはコンソールに身を乗り出し、乱れる通信ログを睨みつけながら報告した。

 

「駄目です。地球軍側の警戒レベルが上がっているのか、通信妨害が激しく……レーザーでもカーペンタリアにコンタクト出来ません」

 

タリアは短く息を吸い、艦橋全体を見渡すように視線を巡らせた。

 

 

「いいわ。命令なきままだけど、ミネルバ明朝出港します」

 

アーサーは驚いたように椅子から半分立ち上がる。

 

「艦長…」

 

タリアは振り返り、毅然とした声で艦橋に響くように命じた。

 

「全艦に通達。出れば遠からず戦闘になるわ。気を引き締めるようにね」

 

アーサーは背筋を伸ばし、敬礼しながら声を張る。

 

「はっ!」

 

艦橋の空気が一気に引き締まり、乗員たちはそれぞれの持ち場へ動き始めた。

――艦内放送が鳴り響く。

 

『発進は定刻通り。各艦員は最終チェックを急いで下さい。砲術B班は第三兵装バンクへ。

コンディションイエロー発令。パイロットはブリーフィングルームへ集合して下さい』

 

メイリンの声が艦内に広がり、ミネルバ全体がゆっくりと“戦闘艦”の顔つきへ変わっていく。

いつ戦闘が始まるかもわからない状況で、シンたちは急ぎパイロットスーツに着替え、足音を響かせながらブリーフィングルームへと向かった。

レイは相変わらず落ち着いた様子で、淡々とスーツの留め具を確認している。

ブリーフィングルームに入ると、シンは壁にもたれ、腕を組んだまま視線を床に落とした。

ミネルバ艦内のざわめきが、どこか遠くの出来事のように耳に届く。

 

「…けどザフトの降下作戦て、いつ?」

 

ルナマリアは端末を閉じ、椅子に腰かけたままシンの横顔をちらりと見た。そのまま肩をすくめる。

 

「知らないわよ私も。しっかしこれでオーブも敵側とはね。けっこう好きだったのになこの国」

 

言った瞬間、ルナマリアは「あっ」と小さく息を呑み、シンの表情をそっと伺うように身を乗り出した。

 

「…あ、ごめん。シンには辛いね。あの気に入らないおねーさまと仲良かったわね」

 

「………ああ」

 

シンはわずかに顔をそむけ、握った拳に力を込めたまま短く答えた。

ルナマリアには気に入らない相手だったのだろう。

だがシンにとっては、ほんの短い時間でも心を通わせた人だ。

彼女が戦火に巻き込まれないか──その不安が胸の奥でじわりと広がる。

どうか安全な場所に避難していてほしい。

そう願わずにはいられなかった。ルナマリアはその反応に目を細め、椅子から立ち上がるとシンのそばへ歩み寄り、肘で軽く彼の腕をつついた。

 

「素直ね」

 

シンは深く息を吐き、天井を見上げるようにして言葉を絞り出す。

 

「だってオーブが敵対するなんて」

 

ルナマリアは腰に手を当て、呆れたようにため息をついた。

 

「まだぐちぐち言ってるわけ?男だったら腹くくりなさいよ」

 

シンは唇を噛み、その言葉を飲み込むように視線を落とした。

 

◇◇◇

「FCSコンタクト。パワーバスオンライン。ゲート開放」

 

アーサーの声が艦橋に響き、ミネルバのエンジンが低く唸りを上げ始めた。

艦体がわずかに震え、格納ゲートがゆっくりと開いていく。

遂に出港の時はきた。タリアは前方スクリーンを見据え、指揮官としての静かな呼吸を整える。

 

「前進微速。ミネルバ発進する!」

 

「前進微速。ミネルバ発進!」

 

アーサーの復唱とともに、ミネルバはゆっくりと海面へ滑り出した。

艦橋の床に伝わる振動が、これから始まる戦いの重さを否応なく知らせてくる。

ドタバタとした展開ではあるが、タリアは胸の奥に、ほんの少しだけ寂しさを覚えていた。

──ほんの少し前の時間だが、カガリが前触れもなく訪ねてきたのだ。

 

カガリは、国家元首という立場を忘れたかのように、タリアの前で深く頭を下げた。

 

『本当に済まないと思う』

 

その肩はわずかに震え、申し訳なさと悔しさが滲む声で謝罪の言葉を絞り出す。

本来ならば、頭を下げる必要などない立場の人間だ。

だがカガリは、そんな体裁よりも、自分の国が巻き込んだ事態の重さを真っ直ぐに受け止めていた。タリアは驚きに目を見開き、すぐに表情を引き締めると、静かに首を振ってカガリの姿勢を制した。

 

『いえ、残念ではありますが仕方がないことです』

 

『………』

 

『こうして代表自ら御出下さった御誠意は忘れませんわ』

 

カガリは唇を噛み、悔しさを隠しきれない。

 

『本当に、……すまない。…私にもっと力があったなら…』

 

『ないものねだりはいけませんわよ。貴方は既に大きな力を持っています。その使い方を正しく使えるか、誤った使い方をするか──それは貴方次第なのですから』

 

『艦長…』

 

『ありがとうございました』

 

タリアは最後に敬礼で応え、周囲のクルーたちも続けて同じくカガリへ敬礼した。

その光景に、カガリはあふれそうな涙を必死にこらえながら、静かにブリッジを後にした。

 

最後まで誠意をもって対応しようとするその姿に、いつの間にか好感すら抱いていた。

 

──どうか、あの少女が孤独に押し潰されてしまいませんように。

 

タリアは胸の奥で、誰にも聞こえない祈りをそっと捧げた。

 

◇◇◇

アスランは端末を操作していた手を止め、

短く息を整えると、落ち着いた声で通話の相手に伝えた。

 

「はい、デュランダル議長にアポイントを」

 

その声音には、もう迷いはなかった。自分を生かすべき場所へ──彼は再び赴く。

アスラン・ザラとして生きる覚悟を決めた彼は、胸の奥に残してきた愛しい人の笑顔と、

共に戦った仲間たちの存在をしっかりと抱きしめながら、静かに前へと歩み出した。

その背中には、かつての迷いを振り払った者だけが持つ確かな決意が宿っていた。

 

──それが仲間との決別の道になるとも、知らずに。

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