腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする   作:サボテンダーイオウ

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PHASE-14明日への出航

暗殺部隊による襲撃で屋敷は壊滅状態となり、夜のうちに燃え落ちた梁や壁は、まだ白い煙を細く吐き続けていた。一夜明け、敵の気配が一時的に遠のいたことで、周囲にはようやく静けさが戻っていた。

しかしその静けさは、どこか張りつめたままだ。

 

そんな中——瓦礫と化した屋敷の周りを、子どもたちが興味深そうに歩き回っていた。

 

「あー、またお家壊れちゃった」

 

瓦礫の山を前に、女の子は小さな肩を落としながら呟く。

 

「俺達の部屋どこだぁ?」

 

崩れた壁の隙間を覗き込み、昨日までそこにあったはずの“日常”を探している。

そのとき——

 

「危ない! 駄目よ、そんな方行っちゃあ!」

 

カリダは二人の子どもに駆け寄り、崩れかけた梁の下へ向かおうとした男の子の腕を素早く掴んだ。直後、上から砂埃がぱらぱらと落ちてくる。

 

「ここはもう危険よ。おりてらっしゃい!」

 

少し離れた場所では、ハルマが子どもたちを集めながら慌ただしく手を振っていた。

 

「こら! 危ないから降りておいで!そっち行っちゃだめだ!」

 

子どもたちの面倒を任せている間、アマキたちは格納庫の上階に集まり、

今後の方針について話し合っていた。

そこはちょうど、フリーダムとスノーホワイトが収容されている区画を見下ろせる場所だ。

朝の冷たい空気の中、アマキを中心に、皆はシェルターから持ち出した紙コップのコーヒーを手にしていた。

 

「やっぱりこなきゃ良かったわ!」

 

フレイは紙コップを持った手をぶらんと下げ、その場にへたり込みそうになってマリューに支えられた。

 

「まぁまぁ、今更よ。…さて、これからどうしようかしらねぇ」

 

マリューは軽く一口飲んでから腕を組み、視線を外へ向けて状況を整理しようとするが、ため息が漏れる。ムウは外の惨状を見下ろし、苦笑しながら頭をかいた。

 

「派手にやったもんだな、こりゃ」

 

「怪我人が出なかったのが幸いだ。で、プラントへの引っ越しもダメだとすりゃ……アマキの世界にでも逃げてしまうか?」

 

バルトフェルドは手元のカップを軽く傾けながら、冗談めかして言うが、その目は笑っていない。

 

「冗談にはできないわね」

 

アイシャは眉を寄せ、バルトフェルドの横顔をじっと見つめた。

 

「敵に後ろを見せて黙ったまま逃げろって?そんなの私の大和魂が黙っちゃ置けないつーの!」

 

アマキはカップを近くの手すりに置き、腰に手を当ててもう片方の拳をぎゅっと握りしめた。

 

「確かに逃げるのは違うよね。アマキの世界に行くってのは……最終手段でとっておいて」

 

キラはフリーダムを見上げながら、静かに言葉を続けた。

 

「ふむ、興味はあるがな。あとの楽しみととっておこう。何より最優先なのはラクス嬢の件だからな」

 

クルーゼはわずかに口元をゆるめ、視線だけをアマキへ向ける。

キラの言葉に、周囲の皆が静かにうなずいた。

それぞれが自然と姿勢を正し、互いの顔を確かめ合う。

 

「皆さん…」

 

ラクスは胸に手を当て、そっとカップを足元の台に置いてから皆を見渡した。

 

「大丈夫だ。お前だけで立ち向かうわけではない。皆がついている」

 

その言葉は、朝の静けさの中でしっかりと響いた。

 

「はい。お父様」

 

ラクスは静かに微笑み、決意を宿した瞳で答えた。

 

皆がそれぞれの胸に決意を固めていたその時——瓦礫の影から、子どもたちに手を引かれるようにしてマーサがそっと顔をのぞかせた。周囲の惨状が目に入った瞬間、彼女の表情がぱっと驚愕に染まる。

 

「まぁまぁ!」

 

その声に反応して、皆が一斉に振り返った。

アマキはちょうどラクス手作りのおにぎりを頬張ろうとしていたところで、口いっぱいに詰めたまま目を丸くする。

 

「ほば?」(なに?)

 

「マーナさん?」

 

マーサはキラの姿を見つけると、胸に抱えていた包みをぎゅっと握りしめほっとしたように駆け寄ってきた。

 

「キラ様!これを。カガリお嬢様からキラ様にと。こちらはアマキ様へですよ」

 

「え?」

 

アマキは口の中のおにぎりをなんとか飲み込み、目をぱちぱちさせながら手紙を受け取った。

 

「うぐうぐ、……私も?わざわざ手紙でなんて…」

 

マーナは少し視線を落とし、周囲を気にするようにして声を潜めた。

 

「お嬢様はもう、御自分でこちらにお出掛けになることすらかなわなくなりましたので……マーナがこっそりと預かって参りました」

 

「え……?」

 

キラの手がわずかに震え、受け取った手紙の封を見つめたまま固まる。

 

「なに? どうかしたの、カガリさん」

 

マリューはカップを持つ手を止め、眉をひそめてマーナへ向き直る。

 

「御怪我でもされたのですか?」

 

ラクスの声には、隠しきれない不安が滲んでいた。胸元に添えた手が、そっと強く握られる。

 

「いえ、お元気ではいらっしゃいますよ。…ただもう、結婚式のためにセイラン家にお入りになりまして…」

 

「「「ええ!?」」」

 

皆の声が重なり、場の空気が一気に揺れた。

 

「げぇ」

 

アマキは思わず口を半開きにし、手にしていたおにぎりを落としそうになる。

マリューは紙コップを落としそうになるしバルトフェルドは思わずコーヒーを吹きそうになって慌てて口を押さえた。ラウはというと、面白い玩具でも見つけたかのように目を細め、

肩を揺らして小さく笑う。

 

「セイラン家か、色々と噂は耳にするが。カガリ嬢がねぇ」

 

その声音は、驚きというより“興味深い”といった響きだった。

 

“カガリがセイラン家に入った”その事実が、朝の静けさを一瞬で吹き飛ばした。

マーナは両手を胸の前で揃え、困り果てたように眉を寄せながら続ける。

 

「お式まではあちらのお宅にお預かり、その後もどうなることかこのマーナにも解らない状態なのでございます。ええ、そりゃあもうユウナ様とのとこは御幼少の頃から決まっていたようなことですから、マーナだってカガリ様さえ御宜しければそれは心からお喜び申し上げることですよ。でも! この度のセイランのやりようといったら…!」

 

「あぁ…うぅ…」

 

マーナの愚痴を至近距離で訴えられバルトフェルドは額を押さえ、まるで胃が痛むようにうめいたそんな二人をよそに最初はキラ宛の手紙に皆目を通してみる。

 

キラは震える指先で封を切り、カガリの筆跡を目で追いながら、ゆっくりと息を呑んだ。手紙には、彼女の強さと弱さが入り混じった言葉が並んでいた。

 

——オーブのため。

——皆のため。

——非力でも、代表として立つため。

——そして、アスランの指輪を託すため。

 

読み進めるほどに、キラの胸の奥が締めつけられていく。そして最後の一文。

 

『頼む。ごめん。皆が平和に幸福に暮らせるような国にするために私も頑張るから』

 

キラは唇を噛みしめ、手紙をそっと閉じた。封筒の中からほかに出てきたのはアスランがカガリへと送った指輪が一つ。これもアスランへ返しておいてほしいという意味だろう。

その横でアマキが自分の手紙を開き、眉をひそめる。

 

「こっちには絶対来るなよ!お前は特にな!なんてって書いてあるだけなんだけど、ナニコレ?」

 

「キラ…」

 

ラクスの小さな声が落ちる。キラは指輪を手に取り握りしめたまま、その短い一文に視線を落とした。

カガリらしい乱暴な言葉。でも、そこに滲む“来るな”の必死さが胸を刺す。

沈黙が落ちたその瞬間——

 

「なんかさぁ、絶対来てほしいみたいじゃん。ねぇ、みんな?」

 

アマキは紙片を指先でひらひらさせ、にやりと笑いながら周囲を見渡した。

その挑発めいた言い方に、フレイも、マリューも、ムウも、バルトフェルドも、アイシャも、ラウも、ラクスも——そしてキラ自身も、一瞬だけ息を呑む。

 

「どうせカガリのことだから、私たちとかウズミ様とか人質に取られてんじゃない?そんなくだらない理由で結婚とか意味わかんないよ。少なくとも、私はね」

 

誰も否定しない。誰も目を逸らさない。

キラはゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、迷いの欠片もなかった。

キラ達の次なる行動は——もう決まっていた。

 

「行こう」

 

「よっしゃ!」

 

アマキは勢いよく立ち上がり、目を輝かせながら叫ぶ。

 

「一回でいいから結婚式ぶっ壊してみたかったんだ~!なんかドラマみたいじゃない?」

 

その瞬間、マリューの手刀が迷いなく振り下ろされた。

 

「てぃ!」

 

「いたっ! なにす——」

 

「アマキ、女性が一度は憧れる舞台を壊すなど言っては、駄目ですわよ?」

 

ラクスは優雅な笑みを浮かべつつも、目だけはしっかりと叱っている。

その笑顔は柔らかいのに、背後に黒いオーラが見えるような圧があった。

 

「……はい。すみませんでした」

 

さっきまでのテンションが嘘のようにしゅんと萎縮するアマキ。フレイから一言余計なのよと突っ込まれ、さらに暗くなってしまった。

 

◇◇◇

 

カガリの結婚式を祝うために集まった街は、人々の声と笑いで溢れ、祝祭のざわめきが渦巻いていた。その喧騒の片隅で、懐かしいメンバーがひっそりと集まりつつあった。

ざわめきの中、コジロー・マードックが腕を組んだまま振り返る。

 

「ああん?」

 

「っと。あ!」

 

人混みをかき分けて走ってきたノイマンが、マードックの肩にぶつかりそうになって慌てて踏みとどまる。

 

「へ」

 

短く鼻で笑い、ノイマンの慌てぶりを面白そうに眺める。

その二人の前に、規律正しいブーツの音が近づいてきた。ナタルが人混みを割るように歩み出る。

 

「揃ったか」

 

その一言が落ちた瞬間、周囲のざわめきがわずかに遠のいたように感じられた。

 

◇◇◇

美しいウェディングドレスに身を包んだカガリは、鏡の前に座ったまま、

ただ時間が過ぎるのを待っていた。その横顔には、花嫁が本来持つはずの輝きは一つもない。

瞳は深い湖の底のように沈み、呼吸すら浅く、まるで“ここにいない”かのようだった。

そこへ、控えめなノックとともに扉が開く。

 

「お時間でございます、カガリ様」

 

カガリはゆっくりと顔を上げた。だがその瞳には光がほとんど宿っていない。

侍女はその表情に一瞬だけ眉を曇らせたが、

何も言わずにそっと手を差し出した。カガリは無言でその手を取る。

階段を下りるたび、ドレスの裾がわずかに揺れ、

そのたびにカガリの心がさらに遠くへ沈んでいくようだった。

階段の下では、白いタキシードに身を包んだユウナが満足げな笑みを浮かべて待っていた。

 

「んー。綺麗にできたね、カガリ。素敵だよ」

 

返事をしないカガリに、ユウナは勝手に手を伸ばし、彼女の髪をつまむように触る。

 

「でも、ちょっと髪が残念だな。今度は伸ばすといいよ。その方が僕は好きだ。」

 

「…」

 

カガリは微動だにしない。その沈黙は拒絶でも反抗でもなく、ただ“心がもうここにない”ことを示していた。

ユウナはそれに気づくこともなく、自分の言葉だけを一方的に重ねていく。

祝福のざわめきが遠くから聞こえる。

だがカガリの世界には、その音はもう届いていなかった。

 

式場へ向かう車に乗り込んだ後も、カガリの沈黙は続いていた。

豪奢な内装のリムジンの中、外の祝賀ムードとは対照的に、車内には重く冷たい空気が漂っている。

 

「何か飲むかい? 緊張してるの?さっきから全然口もきかないね」

 

ユウナは軽い調子で言いながら、カガリの顔を覗き込むように身を寄せる。

 

「いや、大丈夫だ。心配するな」

 

その声はかすれていて、どこか遠くから響いてくるようだった。

 

「ふん。“いえ、大丈夫ですわ。ご心配なく。”だろ?」

 

わざとらしくカガリの言い方を真似し、鼻で笑うように肩をすくめる。

 

「…」

 

「しっかりしろよ」

 

カガリの拳が、ドレスの布の下でわずかに震えた。

 

二人の結婚を祝おうと、道沿いにはたくさんのオーブの民が集まっていた。

花びらが舞い、拍手が起こり、「おめでとう!」という声が次々と飛ぶ。

その祝福の渦の中で、ユウナは満面の笑みを作り、まるで“これも仕事だ”と言わんばかりに

リップサービスで手を振り続けていた。

カガリは隣で、ただ座っているだけのように見えた。ユウナは肘でカガリを小突く。

 

「ほら、カガリ」

 

「ぁ…」

 

カガリは反射的に顔を上げた。窓の外には、笑顔で手を振るオーブの民たち。

その光景に合わせるように、カガリは無理やり口角を引き上げ、ぎこちない笑みを作って手を振った。だが、その笑顔は誰にも届かない。自分自身にすら届いていなかった。

 

大切な仲間。

大切な父。

大切な国。

大切にしたかった、好きな人。

 

そのすべてを、自分の手で手放すしかなかった。

これから訪れる結婚式で、カガリは己の身を“全て”捧げる。

政治のために。国のために。誰かの都合のために。文字通り、自分という存在を差し出すのだ。

 

涙は止めようとしても止まらなかった。

自然とあふれ、頬を伝い、ドレスの白に静かに落ちていく。

外の祝福の声は、もう遠い世界の音にしか聞こえなかった。

 

◇◇◇

 

それぞれオーブの隊服に着替えたキラ達。合流したかつての仲間たちが所定の位置に座る。

ここにはマリュー、ムウ、バルトフェルド、アイシャ、ラクス、フレイ、ラウ、ナタルがいる

 

それぞれオーブの隊服に着替えたキラたちが、次々とアークエンジェルのブリッジへ入っていく。

ノイマンは操舵席に滑り込み、その左隣ではバルトフェルドが腕まくりしながら前方席に腰を下ろした。

後方ではチャンドラがセンサー席に座り、ラクスが通信席で静かにパネルを起動する。

その隣でアイシャが分析席に腰を下ろし、

CIC席にはフレイが緊張した面持ちで深呼吸をしていた。

そして中央の一段高い位置——

マリューが艦長席に、ナタルがCIC統括席に静かに腰を下ろす。

その瞬間、ブリッジ全体が“戦艦の顔”へと切り替わった。

 

「機関、定格起動中。コンジット及びAPUオンライン。パワーフロー正常」

 

「遮蔽フィールド、形成ゲイン良好。放射線量は許容範囲内です」

 

「外装衝撃ダンパー出力30%でホールド。気密隔壁および水密隔壁、全閉鎖を確認。

生命維持装置、正常に機能中」

 

「通信系、全チャンネルクリアです」

 

「後方データリンク、正常に稼働しています」

 

ナタルは副長席から後方へ視線を走らせ、短く鋭い声で指示を飛ばす。

 

「CIC、全系統オンライン。フレイ、状況報告を」

 

「は、はいっ……!センサーリンク正常。周囲に敵影なし、通信クリアです!」

 

ナタルはうなずき、マリューへ向き直る。

 

「艦長、アークエンジェルはいつでも動けます」

 

マリューは深く息を吸い、前方スクリーンを見据えた。

 

「主動力コンタクト。システムオールグリーン。アークエンジェル全ステーション、オンライン」

 

声は、眠っていた巨体が再び目を覚ましたことを告げる鐘の音のようだった。

アークエンジェルは——再び、戦場へ向かう。

 

◇◇◇

 

カリダたちのもとに襲撃が来ないとも限らない。

アマキの提案で、タクミに迎えに来てもらうことになった。

あちらの世界なら多少の不便はあるかもしれないが、安全だけは確かに保障されている。

急遽呼び出されて不機嫌なタクミの背中を、アマキは遠慮なくバンバン叩きながらカリダたちに向き直る。

 

「こいつ悪いやつじゃないんで、何かあったらしばいてもらって大丈夫です!」

 

「っ!テンメェ~人をこき使って呼び出しておいて何偉そうなこと言ってんだよ!」

 

「いだっ!てめぇー!やんのかゴラァ!!」

 

そのまま二人は地面を転がりながら取っ組み合いを始め、カリダたちの前で小さな嵐のように暴れ続けていた。

だがそのすぐ横で、キラとカリダ、そしてハルマはまるで別の空気の中にいるかのように、静かに別れの挨拶を交わしていた。

 

「ごめんね母さん。また」

 

カリダは優しく微笑み、キラの頬にそっと手を添える。

 

「いいのよ。でも、一つだけ忘れないで」

 

「え?」

 

「貴方たちの家は此処よ。私はいつでも此処にいて、そして貴方を愛してるわ」

 

「母さん…」

 

キラは母の手に自分の手を添える。この温かさは、いつだって自分を包んでくれたものだ。

 

「だから、必ず帰ってきて。アマキちゃんとラクスちゃんと皆で」

 

「うん」

 

「ラクスちゃんと仲良くね。アマキちゃんを取り合いしちゃだめよ。半分ずつね」

 

「……母さん、それは無理だよ。ラクスのほうが上手なんだ。色々と」

 

「まぁとにかく気を付けるんだぞ」

 

「わかったよ。父さん」

 

背後では、アマキとタクミがまだ地面を転がりながら取っ組み合っている。

キラは深く息を吸い、もう一度だけ父と母の顔を見つめた。カリダは静かに微笑み、ハルマは短くうなずく。

 

「っつかなんでタクミなんだよ!?ユキヒコでいいのに!」

 

「俺だって来たくてきたんじゃないっての!気が付きゃアイツいねーし書置き一つ残して消えてんだから仕方ねぇだろ!?一言ドロンでござる(笑)ってなんだよ!それふざけてんのかっ!!アイツぅぅうう!!」

 

「私に八つ当たりすんなっていだっ!もう許さんっ!」

 

そのままキラは背を向けて歩き出す。しかし大きな忘れ物を思い出して振り返り、「はいはい、行くよ」とアマキの後ろ襟をつかんだ。

 

「ふんぎゃ!」

 

アマキは情けない声を上げながら引きずられていく。

 

「……いてて……くそっ、馬鹿力が……キラ!アマキをよろしくな」

 

結構痛い思いをしたタクミは肩をすくめ、軽く手を振った。

 

「はい!」

 

キラも小さく手を返す。そのままキラは「まだ殴り足りないっ!」と叫ぶアマキを引きずり、アークエンジェルの通路口に消えていった。

 

ブリッジ全体が一気に戦闘艦の顔へと切り替わる。

各席のパネルが次々と点灯し、機関の振動が床を伝って足元に響いた。

 

「注水始め!」

 

「注水始め!」

 

ドックへの注水が始まり、艦底から響く重い水音がブリッジの床を震わせる。

 

「ラミネート装甲、全プレート通電確認。融除剤ジェルインジェクター圧力正常。

APUコンジット、分離を確認」

 

「150…180… 調圧弁30。FCS及び全兵装バンク、レミテーターオンライン。フルゲージ」

 

「メインゲート開放」

 

「メインゲート開放」

 

巨大なゲートが低い唸りを上げながら開いていく。

 

「拘束アーム、解除。機関20%、前進微速」

 

「機関20%、前進微速」

 

アークエンジェルが静かに動き出す。満水のドックで艦体が水を押し分け、微かな振動が安定していく。

 

「水路離脱後、上昇角30。機関最大!」

 

「各部チェック完了。全ステーション正常!」

 

「海面まで10秒、現在推力最大」

 

「離水! アークエンジェル発進!」

 

艦体が水面を突き破り、白い飛沫が大きく弾けた。アークエンジェルは再び海上へと舞い上がる。

 

◇◇◇

 

ハウメアの神殿。

その荘厳な階段の上に設えられた式場では、祝福の鐘が高らかに鳴り響いていた。

空は雲ひとつなく晴れ渡り、誰もがこの婚儀の成功を疑わなかった。司祭が厳かに問いかける。

 

「この婚儀を心より願い、また、永久の愛と忠誠を誓うのならば、ハウメアは其方達の願い、聞き届けるであろう。今、改めて問う。互いに誓いし心に偽りはないか?」

 

「はい」

 

ユウナは迷いなく誓った。視線がカガリへと向けられる。次は彼女の番だ。

だが、カガリは口を開こうとして——開けなかった。喉が固く閉ざされ、言葉が出てこない。

 

「……」

 

その沈黙は、祝福の空気の中でひどく異質だった。風が止まり、鐘の余韻だけが遠くで揺れている。

そのとき、式場警備兵が駆け込んできた。

 

「駄目です!軍本部からの追撃、間に合いません!」

 

「ぁ?」

 

「避難を!」

 

「なんだ?どうした!?」

 

「早く!カガリ様を!迎撃!」

 

祝福の空気が満ちていた空を、突然の閃光が切り裂いた。護衛のアストレイが瞬く間に撃墜され、燃え落ちる残骸が式場の上空を横切る。悲鳴と喧騒の中、蒼と白の光が降り注ぎ、式場全体が一瞬で凍りついた。空から舞い降りたのは二機のモビルスーツ。

 

純白のスノーホワイト。そして、輝く翼を広げたフリーダムガンダム。

 

着地の衝撃が式場を震わせ、参列者たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

倒れた箱から純白の鳩が飛び立ち、混乱の空へと舞い上がった。誰もが状況を理解できずに立ち尽くすなか、スノーホワイトのスピーカーから淡々とした声が響く。

 

「迎えにきたよ、カガリ」

 

爆音よりも鋭く、その一言が場の空気を切り裂いた。玉座の前にいたカガリは息を呑み、震える声を漏らす。

 

「……アマキ!?キラ……!?」

 

どうして今。

どうしてここに——。

 

その傍らで、ユウナ・ロマ・セイランは蒼白になり、カガリの背に隠れるように縮こまった。

 

「カ、カガリィ〜!た、助けてくれ!君が責任を持つべきだろ⁉︎」

 

情けない悲鳴。しかしカガリはもうユウナに構っている余裕などなかった。

ただ、二機の姿を呆然と見上げるだけ。

スノーホワイトが静かに動き出す。フリーダムはウズミの身柄を丁寧に確保し、先に空へと飛び立った。

スノーホワイトはカガリの前に腕を差し伸べ、その身体を包み込むように優しく抱き上げる。

 

「こらっ! アマキっ……!」

 

抗議の声は虚しく空へ消えた。抱え上げられたカガリは反射的に拳を握るが、

スノーホワイトはそのまま翼を広げ、フリーダムの後を追って飛び立った。鳩が飛び交う中をスノーホワイトが混じって飛ぶ中、カガリは猛烈に怒っていた。

 

「ドレス綺麗だねぇ〜——いあっ!ちょっと殴らないでよっ!暴力反対!」

 

「何が暴力だ!一発だけじゃすまないぞ!お父様はキラが持ってるのか!?なんで、どうしてっ!」

 

コクピットへと収容されたカガリは、口も手も休まず、アマキに抗議を浴びせる。

 

だが、次の瞬間キラから警告が入る。アマキもすぐにレーダーにうつるアストレイに注目した。

 

『来るよ。ウズミ様は中に入れたから大丈夫だよ、カガリ』

 

「おけ!カガリ、ちょっと大人しくしててね」

 

「……ああ⁉︎」

 

前方にはアストレイ二機——カガリ奪還のため現れたオーブ軍の刺客。その姿に、フリーダムは躊躇なくビームを抜いた。閃光が空を裂く。

アストレイは瞬く間に撃墜され、その残骸は海へと消えていく。だがそれと同時に、海面を揺らして顔を覗かせたのは—— アークエンジェル。

フリーダムとスノーホワイトのために開かれたドック。収容準備は万端だった。

静かに待ち伏せるオーブ軍の艦隊が周囲を囲むなか、彼らの“奪還劇”はただの幕開けにすぎなかった。

 

本部から連絡を受け、アークエンジェルの周りにはオーブ軍戦艦が何隻かつかず離れずの距離で待機していた。その中で、通信兵が慌ただしく声を上げる。

 

「本部より入電!スノーホワイト及びフリーダムは式場よりウズミ様及びカガリ様を拉致。対応は慎重を要する!」

 

「ああん?」

 

トダカ一佐は突然のスノーホワイト、フリーダムの登場、そしてアークエンジェルの出現にウズミ、カガリ拉致という内容に耳を疑った。

 

「包囲して抑え込み、お二人の救出を第一に考えよとのことです」

 

白昼の光を浴びながら、《アークエンジェル》の艦体が静かにドックを展開した。海風が波のきらめきを乗せ、開かれた格納庫へとゆるやかな道筋を描く。

蒼空を背景に、フリーダムが優雅な旋回を行いながら降下を開始する。

その翼は太陽の光に反射し、まるで自由そのものが海面をなぞるかのようだった。

続いてスノーホワイトが軌道を変え、着艦準備に入る。粒子がほのかに舞い、純白の軌跡が船体へと導いていく。

ドック内ではクルー達が二機の誘導を行っていた。格納音が響く中、カガリはいまだどうしてこうなっているのか戸惑うばかりだ。

アマキは操縦席から小さく息をつきながら、艦内通信に声を乗せる。

 

『着いた。ただいま、みんな』

 

「フリーダム、スノーホワイト、収容完了ですわ。お二人も無事のようですわ」

 

ラクスの声が応える。その答えにブリッジのクルー達も安堵の表情になる。

 

そして、トダカが指揮する艦をはじめ、周囲の艦も同じ判断を下したようだった。

誰も救出に向けて動こうとはしない。ただ静かに、アークエンジェルの動向を見守っている。

 

「トダカ一佐! アークエンジェル潜航します!」

 

副官が焦りを帯びた声で報告する。

 

「これでは逃げられます! 攻撃を——」

 

「対応は慎重を要するんだろ」

 

トダカ一佐は澄ました顔で言い返した。その落ち着きは、副官の焦燥を逆に際立たせる。

 

「しかし……!」

 

副官は言葉を詰まらせる。

その横で、トダカは静かに目を細めた。

 

——小さな灯が、無事に航海へ出られますように。

 

今回の婚姻式は、半ば強引に押し通されたものだと噂に聞く。

かつての派閥争いではセイラン家が優勢となり、アスハ家に連なる首長たちは責任を取らされる形で隠居へ追い込まれた。そんな背景を知るトダカにとって、今回の「二人拉致」という突飛な展開は驚きであると同時に——どこか、救いにも思えた。

自分たちは動けない。だが、誰かが彼女たちを守ろうとしている。

その事実が、胸の奥に温かく灯った。

だからこそ、トダカ達は海へと潜っていくアークエンジェルに向かって、静かに敬礼を送った。

 

どうか——我らの小さな灯を守ってくれ。

 

その祈りは、波間に消えていく艦影へと静かに託された。

 

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