腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:サボテンダーイオウ
インド洋前線基地の司令室。地図とモニターが並ぶ薄暗い室内に、向こう側の司令官の怒声が響いた。
「当部隊のウィンダムを全機出せだと!? なにを巫山戯たことを!」
スノウは眉一つ動かさず、淡々と返す。
「ふざけてなどいないが、向こうはボズゴロフ級とミネルバだ。ここの機体を全機投入しても勝てるかわからん。ついこの間のオーブ沖会戦のデータを見ていないようだな」
司令官は画面の向こうで顔を真っ赤にしているのが容易に想像できるほど声を荒げた。
「そういうことを言っているのではない! 我々はここに対カーペンタリア前線基地を造るために派遣された部隊だ。その任務もままならないまま、貴官にモビルスーツなど…!」
スノウはわずかに視線を落とし、そしてゆっくりと画面へ戻す。
「基地を作ったところでその基地も何もかもすべてはザフトを討つためだろう? ガイアをここの防衛に配置する。二度目は言わん。わかったか」
司令官は口を開きかけ、しかし声が震えて続かない。
「いやぁしかし…」
スノウはわずかに顎を上げ、低く告げた。
「……ジブリール卿に言いつけてやろう」
その名が出た瞬間、司令官の顔色が変わった。
「!? そ、それはどうか……!」
「ならば貴様のやるべきことはなんだ」
司令官は肩を落とし、敗北を認めるようにうなだれた。
「わかった。わかったから……頼む…」
スノウは満足げに頷き、副長へ向き直る。
「カオス、ガイア、アビスは?」
「全機発進準備完了です」
「よろしい。ジョーンズは所定の場所に配置だ」
「「はッ!」」
ジョーンズ艦長と副長が同時に敬礼し、室内の空気が一気に戦時の緊張へと切り替わった。
場所は格納庫。
巨大なアビス、ガイア、カオスが並び、金属の匂いとオイルの香りが漂っている。
整備員たちの工具音が響き、出撃前の緊張が空気を震わせていた。
その片隅で、パイロットスーツに着替えた三人の中でステラは見るからに落ち込んでいた。
「いいなぁ、みんな。ステラだけおるすばん」
アウルは横目でズバズバと指摘する。
「しょうがねえじゃん。ガイア飛べねえし、泳げねえし」
「はぁ…」
スティングは落ち込むステラを慰めるようにステラの頭へ優しく手を置いた。
その手つきは、戦闘前とは思えないほど柔らかい。
「海でも見ながらいい子で待ってな。土産もってきてやるよ」
慰められてもまだ納得いかない様子のステラ。
「…うん」
そこへスノウがやってきた。彼の黄金のマスクがひと際輝きを放つが誰もツッコミをしない異様な雰囲気だ。
「そうしょげないでくれ、ステラ」
「スノウ!」
ステラは声を弾ませて縋り付くようにスノウに飛びついた。スノウはステラの肩に手を置き、静かに言う。
「お前も連れていきたいが、ここが手薄になると何があるかわからない。お前にはここを守ってもらいたい。俺達が帰ってくる場所だ」
「スノウたちのかえる、ばしょ?」
ステラはこてんと首を傾げた。
その仕草はあまりにも素直で、格納庫のざわついた空気の中でひときわ柔らかく見える。
スノウの胸の奥で、可愛いものを愛でたい気持ちが一気に跳ね上がった。
「ああ。ステラが守ってくれたら俺達は安心して帰れるんだよ」
ステラは胸に手を当て、ぎゅっと握りしめる。
「……わかった! ステラ、がんばる」
「いい子だ。ステラ」
そう言うと、スノウはステラの頭を優しく撫でた。
ステラはくすぐったそうに目を細め、嬉しそうに肩をすくめる。
「えへへ。ステラ、いいこ?」
「ああ、後でお菓子あげよう」
「やったぁーー!」
無邪気に喜ぶステラにアビスの上からアウルが身を乗り出す。
「お!スノウずりィ~!俺にもくれよ」
スノウは軽く笑い、アウルへ視線を向ける。
「お前たちは仕事が終わったらだぞ」
アウルは一瞬キョトンとし、すぐに胸を叩いて気合を入れる。
「じゃあ頑張んなくちゃだな?スティング~」
スティングはその様子に呆れたように肩をすくめる。
「はいはい、さっさと準備しろよ」
「ちぇ~」
格納庫の天井に響くそのやり取りに、整備員たちも思わず笑みを漏らした。
◇◇◇
格納庫の照明が一段階落ち、赤い警告灯が回転し始めた。
整備員たちが一斉に退避し、巨大な機体の影がゆっくりと動き出す。ハッチが解放され、まず
「スティング・オークレー、カオス発進する!」
カオスが飛び立ち、続いてアビスが姿を現す。
「アウル・ニーダ、アビス出るよ?」
アビスは水中形態へと形を変え海面へ向けて降下していく。
その頃、インド洋前線基地の司令室では通信越しに怒声が響いた。
「ええい! ファントムペインめ!」
怒りに満ちた声がスピーカー越しに割れ、オペレーターたちが思わず肩をすくめる。
スノウはパイロットスーツを着ることなくいつもの状態で、静かに笑った。
「さてはて、女神はどう出るかな」
ウィンダムのコクピットハッチが閉まり、HUDが一斉に点灯する。
「スノウ・カンザキ、ウィンダム出る」
赤紫色のウィンダムは軽やかにカタパルトへ進み、次の瞬間、空へ向かって一直線に射出された。
◇◇◇
ミネルバ艦内。
静かな航行音を破るように、バートの声が鋭く響いた。
「艦長!」
「え?」
その瞬間、ブリッジの照明が赤く切り替わり、警告音が鳴り響く。
『コンディションレッド発令。コンディションレッド発令』
待機していたシンとアスランにも警報が届き、二人は同時に顔を上げた。
「ん!?」
「ん!?」
『パイロットは搭乗機にて待機せよ』
ブリッジのモニターに新たな熱源反応が次々と表示される。バートが目を見開き、報告を続けた。
「熱紋照合…ウィンダムです。数30!」
「30?」
「内一機はカオスです」
タリアの表情が一瞬強張る。
「は! あの部隊だって言うの? 一体どこから? 付近に母艦は?」
「確認できません」
アーサーが身を乗り出し、モニターを凝視する。
「…! またミラージュコロイドか?」
「海で? 有り得ないでしょ?」
「あぁ…」
タリアは深く息を吸い、すぐに指示を飛ばした。
「――あれこれ言ってる暇はないわ。ブリッジ遮蔽。対モビルスーツ戦闘用意。ニーラゴンゴとの回線固定」
ブリッジの遮蔽装甲が降り始め、艦内の空気が一気に戦闘態勢へと切り替わった。
そこへ、ブリッジの通信端末が短く鳴り、アスランからの回線が開かれた。
緊迫した空気の中、その声は落ち着いているが、どこか急ぎを含んでいた。
『グラディス艦長』
タリアは振り返り、わずかに眉を上げる。
「え?」
『地球軍ですか?』
タリアは苦笑にも似た息を吐く。
「ええ。どうやらまた待ち伏せされたようだわ。毎度毎度人気者は辛いわね。既に回避は不可能よ。本艦は戦闘に入ります。貴方は?」
アスランは一瞬だけ黙り込む。その沈黙に、ブリッジの空気がさらに張り詰めた。
『……』
「私には貴方への命令権はないわ」
その言葉は突き放すようでいて、どこか信頼を含んでいた。
『私も出ます』
「いいの?」
『確かに指揮下にはないかもしれませんが、今は私もこの艦の搭乗員です。私も残念ながらこの戦闘は不可避と考えます』
タリアは短く頷き、決断の声で返す。
「なら、発進後のモビルスーツの指揮をお任せしたいわ。いい?」
『解りました』
通信を切るとアスランは急ぎ足でセイバーへ向かった。
格納庫とブリッジをつなぐ通信回線が次々と開き、ミネルバ全体が一気に戦闘態勢へ切り替わる。メイリンの声がブリッジに響き渡った。
『インパルス、セイバー、発進願います。ザクは別命あるまで待機』
ルナマリアは唇を噛み、わずかに視線を落とす。自分のザクが“待機”に回されたことを理解しつつも、言葉にはしない。
『シルエットハンガー1号を開放します。フォースシルエットスタンバイ。シルエットフライヤーを中央カタパルトにセットします。気密シャッター閉鎖。非常要員は待機してください。中央カタパルトオンライン。発進位置にリフトアップします。コアスプレンダー全システムオンライン。発進待機願います。X23Sセイバー、アスラン機、発進スタンバイ。全システムオンラインを確認しました。気密シャッターを閉鎖します。カタパルトスタンバイ確認』
ブリッジの空気がさらに張り詰める中、アスランが通信を開いた。
『シン・アスカ』
シンはインパルスのコクピットで振り返るように反応する。
「ん? はい」
『発進後の戦闘指揮は俺が執ることになった』
「え?」
アスランの声は落ち着いているが、命令ではなく“確認”の響きを含んでいた。
『いいな?』
シンは一瞬だけ迷いを見せる。だが、状況が状況だ。深く息を吸い、短く答えた。
「…はい」
その返事と同時に、インパルスの計器類が戦闘モードへ切り替わり、ミネルバのカタパルトが振動を伴って動き始めた。
ミネルバの格納庫が振動し、カタパルトの誘導灯が緑へと切り替わる。
メイリンの声がブリッジから響き渡り、発進シークエンスが一気に最終段階へ入った。
『射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリアー。コアスプレンダー発進、どうぞ』
インパルスのコアスプレンダーがリフトアップし、スラスターが白く光を帯びる。
「シン・アスカ、コアスプレンダー行きます!」
機体が一気に射出され、白い残光がカタパルトを駆け抜けた。続けて、メイリンの声が矢継ぎ早に響く。
『チェストフライヤー射出、どうぞ。レッグフライヤー射出、どうぞ。シルエットフライヤー射出、どうぞ』
三機のフライヤーが次々と射出され、空中でインパルスの合体ポイントへ向かっていく。
ミネルバの内部モニターには、各ユニットの軌道が正確に重なっていく様子が映し出されていた。
そして、右舷側の巨大ハッチが開く。赤い警告灯が回転し、セイバーの影がゆっくりと前へせり出した。
『右舷ハッチ開放。セイバー発進、どうぞ』
『アスラン・ザラ、セイバー発進する!』
セイバーのスラスターが一気に点火し、赤い機体は鋭い軌跡を描いてミネルバを飛び出した。
ブリッジのメインスクリーンに、敵影が一斉に展開する様子が映し出された。
赤い警告ラインが次々と点滅し、ミネルバ全体が揺れるような緊張に包まれる。
「敵モビルスーツ展開!」
報告と同時に、アーサーが椅子から半ば跳ねるように前のめりになる。
先が操作盤を走り、砲撃システムが次々と起動していく。
「シウス、トリスタン、イゾルデ起動。ランチャー1、2、全門パルシファル装填!」
艦内の砲塔が唸りを上げて旋回し、ミネルバの外装に沿って配置された各砲門が赤い照準灯を点灯させる。
敵編隊の中に、ひときわ異質なシルエットが混じっていた。カオスのセンサーがその機影を捉え、スティングが眉をひそめる。
『あん? なんだあの機体は?』
赤紫のウィンダムのコクピットで、スノウは軽く鼻で笑った。横手で軽くキーボードを叩きながら対象機を調べ上げる。戦場の緊張の中でも、どこか余裕を崩さない。
『新型か。どうやらまだまだザフトには隠し玉がありそうだな』
スティングは舌打ちし、スラスターを噴かして前へ出る。
『ふん!あんなもの!』
その勢いに対し、スノウは逆に落ち着き払っていた。むしろ楽しんでいるような声音で、静かに呟く。
『……仕方あるまい。では俺は馴染の若人に相手してもらおうか!』
ウィンダムのスラスターが赤紫の光を強く放ち、
スノウはまるで“旧友に会いに行く”かのような軽やかさで戦場へ飛び込んでいった。
敵ウィンダムの群れが四方から押し寄せ、インパルスの周囲で爆光が連続して弾けた。シンはビームライフルを次々と命中させていくが、数は減ったように見えない。操縦桿を引き絞りながら、苛立ちを隠さず叫ぶ。
「ええい!数ばかりゴチャゴチャと!」
一機、また一機と確実に撃ち落とすものの、包囲はむしろ濃くなるばかりだった。少し離れた空域では、カオスが全スラスターを噴かし突撃していた。スティングは持てる武装をすべて叩き込みながら吠える。
『そらぁッ!見せてみろ力を!この新顔!』
しかし、セイバーはその猛攻を紙一重でかわし、雲間へと姿を消す。
次の瞬間、形態を変えたセイバーがカオスのすぐ脇を高速ですり抜けた。
『ええい!』
すれ違いざまに放たれた二本のビーム砲が、カオスの装甲をかすめる。
『こいつ…!』
一方その頃、シンは絶え間なく突撃してくるウィンダムを相手に、インパルスの性能と自身の経験を最大限に活かして撃墜を重ねていた。
「ええい!こんな奴等にやられるか!」
そこへ、紫色のウィンダムが滑るように割り込んでくる。その動きは観察と攻撃が一体化した、明らかに量産機とは異なる技量だった。
『ほう』
「ん? …えぇい!」
シンのビームを紫ウィンダムは難なく回避し、雲間へ消える。そして死角から正確なビームを撃ち込んでくる。
「くそ、なんだこいつ。早い!」
翻弄され、無駄玉を撃たされるインパルス。紫ウィンダムは雲を抜け、海面近くまで降下すると他のウィンダムへ指示を飛ばした。
『そういきり立つな、小僧。お前たち追い込むぞ』
瞬く間に二機が増援として加わり、三機でインパルスを包囲する。さらに周囲のウィンダムも合流し、多勢に無勢の状況が完成した。無数のビームが雨のように降り注ぎ、シンは必死に回避を続ける。
「く…くそ!」
『さぁて、行くぞ』
紫ウィンダムが追い打ちのビームを連射する。シンは空中で回転しながら辛うじて避けた。
「くぅぅ!」
その様子を見ていたアスランが、苛立ちを隠さず叱咤する。
『シン! 出過ぎだぞ! 何をやってる!』
その一瞬の隙を狙い、カオスがビーム砲を撃ち込んできた。カオスのビームが空を裂き、セイバーがそれを弾き返す。爆光の中でスティングが吠える。
『ええい!』
アスランは舌打ちしながら機体を捻り、反撃の射線を確保する。
『チィ!』
いちいちと叱責を飛ばしてくるのなら助けてくれたっていいではないかと思いながらもシンは何とか体制を立て直そうとする。
「へ!文句言うだけなら誰だって!」
そのころミネルバでは、押し寄せるウィンダムの迎撃に追われていた。
艦体が震えるほどの砲撃音が続き、ブリッジは赤い警告灯に染まっている。
「ランチャー1、ランチャー2、てぇ!」
ミネルバの側面砲が一斉に火を噴き、海上に爆炎が咲く。しかし敵の数は減らず、むしろ包囲が濃くなっていく。その頃、並走していたニーラゴンゴ艦でも混乱が広がっていた。
通信越しの画面には、険しい表情のニーラゴンゴ艦長が映し出されている。
「そんなことは解っている。だがこちらのセンサーでも潜水艦は疎か、海上艦の一隻すら発見できてはいないのだ」
「では彼等はどこから来たと言うのです? 付近に基地があるとでも?」
「こんなカーペンタリアの鼻っ先にか? そんな情報はないぞ」
その時、ソナー席から鋭い声が上がった。緊張が一気に艦橋を走る。
「ソナーに感!数一!」
「なに!?」
オペレーターは震える指で画面を指し示す。その軌跡は常識外れの速度で海中を駆けるように迫っていた。
「早い!これはモビルスーツ…アビスです!」
『ふふ』
水柱の向こうで、アビスの双眼が妖しく光った。その光は、まるで“見つけた”と告げる捕食者の目だった。
その混乱の中でも、タリアは一切ぶれずに次の手を打つ。
「レイとルナに水中戦の準備をさせて。完了次第発進」
メイリンは端末に向かっていた手を一瞬止め、慌てて姿勢を正す。
「ぁ…はい!」
緊張で声がわずかに裏返るが、指は素早く動き始める。
ニーラゴンゴでも、アビスの急襲を受けて迎撃態勢が一気に高まっていた。
「迎撃!グーンの発進、急がせい!」
その声に応じて、艦内のクルーたちが一斉に動き出す。
水中用ハッチが開放され、格納庫ではグーンの起動音が重く響いた。
『ビームライフルでは駄目だ! バズーカを!』
レイは迷いなく指示を飛ばす。水中での減衰を計算した上での判断だ。
『はい!』
『水中戦なんて…もう!』
ルナマリアは文句をこぼしながらも、水中戦をしやすいように調整をする。
上空では、それぞれが自分の相手に追われていた。
カオスからミサイルが連続して射出され、白い尾を引きながらセイバーへ迫る。
アスランは即座にMA形態へ移行し、鋭い旋回でミサイルをかわしつつ迎撃した。
『チィ!』
爆炎が空中に咲き、カオスの視界を一瞬覆う。
その隙を突こうとするが、スティングは苛立ちを隠さず吠える。
『くっそー!こいつなんて動きを!』
いまだ仕留められず、焦りと怒りが混ざった声が通信に乗る。
一方その下層空域では、シンが紫ウィンダム――増産型の親玉を捉えていた。
ビームサーベルを抜き、真正面から斬りかかる。
「くっそぉぉッ!」
だが紫ウィンダムは、まるで風を読むような滑らかさで軌道をずらす。
『フッ』
その余裕の笑いは、若さゆえの直線的な突撃を完全に見切っている証だった。
シンの一撃は空を切り、紫の残光だけが彼の視界を横切っていく。
若さゆえの勢いはある。海中では、アビスがグーン三機を相手に圧倒的な力を見せつけていた。水中とは思えない爆撃の衝撃が海面を突き破り、巨大な水柱が次々と立ち上がる。
その異様な光景に、上空で戦っていたアスランも思わず目を見張った。
『ミネルバ!今のは!?』
通信越しに返ってきたメイリンの声は、緊張を含みつつも正確だった。
『アビスです。ニーラゴンゴのグーンと交戦中』
『え!』
アスランの驚きをよそに、タリアは状況を冷静に見極めていた。
『でも一機よ』
タリアは即座に次の指示を下しながら、視線をスクリーンへ向けた。
海中からの脅威に対応しつつ、同時に“敵がどこから来たのか”という根本の疑問が頭を離れない。
『レイとルナで対応します。それより敵の拠点は? そちらで何か見える?』
通信越しのアスランは、上空から広域を確認していた。
だが、どれだけ目を凝らしても、敵の母体となるものが見当たらない。
『いえ、こちらでも何も。しかし…』
言い淀む声には、ただ“見えない”というだけではない、何か引っかかるものを感じている気配があった。
◇◇◇
「こいつを!こいつさえ落とせば!」
インパルスが突撃し、ビームの閃光が敵編隊を切り裂く。その直後、周囲のウィンダムが次々と爆散した。
『うわぁぁ!』
『うわぁぁ!エリザベース!』
爆炎が連鎖し、空域が一瞬で火の海になる。シンはその光景に息を呑み、握る操縦桿に力が入った。
「く…」
そのわずかな逡巡を、別の場所から見つめる瞳があった。カオスのコクピットで、ステラが震える声を漏らす。
『スノウ…!』
ステラは意を決してスノウとの約束を破ることにした。スノウを守るのはわたしだけ!
その思いがステラを突き動かす。カオスをMA形態へ変化させ浅瀬を駆け出す。
海中では、ザク二機によるアビスへの攻撃が始まっていた。
しかしアビスは水中を自在に泳ぐように動き、まるで遊んでいるかのような余裕を見せる。
その態度は、追う側ではなく“狩る側”のそれだった。
『このぉッ!調子に乗ってくれちゃって!』
ルナのザクがバズーカを撃ち込むが、アビスは軽く身を翻してかわす。そのたびに水流が渦を巻き、視界が乱される。
『は!そんなんでこの僕をやろうって!?舐めんなよ! こらッ!』
『『くっ!』』
素早い動きのアビスのが水を裂き、ザクの装甲をかすめようと突っ込んでくる。
水中とは思えない鋭さに、何とかよけつつもレイ、ルナマリアも歯を食いしばった。
借り物のウィンダムを次々と撃墜され、スノウは数の上では明らかに劣勢に追い込まれていた。だがその表情には焦りの色など一切なく、むしろ戦況そのものを愉しむ余裕が漂っている。
『ふむ。なかなか腕を上げてきているじゃないか。いいぞいいぞ』
その余裕が、シンの苛立ちにさらに火をつけた。
「くっそー! あいつ!」
インパルスは紫ウィンダムの背後を取り、決めにかかろうとする。だがその瞬間、別方向から鋭い声が割り込んだ。
『スノウ!はあぁぁッ!』
ガイアが横合いから飛び込み、インパルスへ体当たりするように襲いかかる。
衝撃が走り、シンの視界が大きく揺れた。
「あ! ガイア! うわぁ!」
機体が弾かれ、インパルスは姿勢を崩しながらも必死に立て直す。
その様子を見て、スノウはまるで遊びの続きを楽しむ子供のように笑った。
『ステラ、タイミングばっちりだぞ』
その声音には、戦場の緊迫とはまるで無縁の軽さがあった。シンが追い込まれていることに気づいたアスランは、自分もカオスに食い下がられている最中だというのに、機体を無理やり捻って紫ウィンダムへビーム砲を撃ち込んだ。その一撃は決定打にはならないが、確かにスノウの動きを一瞬だけ止める。
『シン!ええい!』
紫ウィンダムはその射線を紙一重で外し、スノウが舌打ちを返す。
『ッチ』
一方、ガイアのコクピットではステラが震えるように声を漏らす。
『こいつ…いっつも、いっつも!』
怒りとも焦りともつかない感情が、彼女の動きをさらに荒くする。
『スティング!』
スティングと合流したスノウから短い指示が飛び、カオスが軌道を変えて突っ込んでくる。
空域は一瞬でさらに混沌を増した。アスランはカオスと紫ウィンダム、二機に挟まれるように追い立てられていた。それでもシンの危うい動きが視界に入ると、反射的に機体を捻り、叱責を飛ばす。
『シン!下がれ!乗せられてるぞ!』
自分が不利な状況にあることなど二の次だ。
シンの熱に火がつきすぎている――
ガイアの瞳が獲物を捉えたようにビームサーベルを抜き出した。
『こいつ、今日こそ!』
その叫びは怒りとも恐怖ともつかない、ただ“シンを狙う”という一点だけに向けられていた。スラスターをふかして真正面から襲い掛かろうとする。それを止めようとするアスラン。
『シン!』
だが、シンの耳にはもう届かない。
「五月蝿い! やれる!」
怒りに突き動かされるように、インパルスがカオスへ突進する。
シンはビームサーベルを抜き放ち、真正面から斬りかかった。
だがカオスは、まるでシンの軌道を読み切っているかのように軽やかに回避する。
切りつければかわされ、かわされた直後には鋭い反撃が返ってくる。
シンはそれをギリギリで受け止め、火花が水しぶきのように散った。その鍔迫り合いは、海上から陸上へと押し出されるように移動していった。
二機のガンダムが基地周辺へなだれ込んだことで、現場は一気に混乱に包まれる。司令官が通話越しに怒鳴りつける。
「対空砲急げ! ええい! カンザキの奴! 何をやっているか!」
怒号が飛び交い、兵士たちが慌ただしく走り回る。
そのすぐ近くでは、建設途中の施設から民間人が逃げ惑っていた。永遠と続くであろうフェンスの隙間から一人ずつ抜け出ようとする男性たち。家族であろう女性や子供たちは反対側で心配そうに見守り続けていた。
「あなた!」
「早くこっちへ!逃げて!」
インパルスの視界に、戦場とは無縁のはずの人々が映り込む。シンは思わず息を呑んだ。
「今度は何だよ!ん? …基地?こんなところに…建設中か?あ、まさかここの民間人…」
だがその瞬間、兵士らによって銃殺されていく男性ら。女性らの悲鳴が上がる。
「は!?」
胸の奥が冷たく締めつけられる。“戦っている相手”ではなく、“巻き込まれる人々”が突然目の前に現れたことで、シンの中で何かが一瞬止まった。
こんなこと、許してたまるか。自分を助けてくれたあの人なら、絶対に見過ごさない。
いつか必ず会うと誓ったあの人に恥じないように――
シンは、目の前の“悪意”を見逃さないと決めた。その決意が胸の奥で燃え上がるのと同時に、通信が鋭く割り込む。
『シン!』
アスランの声には焦りが滲んでいた。だがシンの視線はすでに、民間人を脅かす存在へと向けられている。
戦いの理由が、今この瞬間だけははっきりと形を持って胸に宿っていた。
「何だって言うんだよ!お前も!」
「くッ…」
セイバーは急制動をかけるように姿勢を変え、白い残光を引きながらMA形態からMS形態へと変形した。空気を裂くような金属音が響き、四肢が展開されると同時に、アスランの視界にカオスの影が迫る。海中戦でもザク二機での対応は限界が訪れていた。ルナマリア機がアビスからの攻撃により飛ばされ、岩壁からタイミングよく出たレイ機がバズーカで迫ろうとするもアビスのスピードには追い付かない。
「そろそろ限界か。ジョーンズ!撤退するぞ、合流準備!アウル、スティング、ステラ! 時間だ!離脱しろ」
突然の撤退命令に、三人の反応はそれぞれまったく違っていた。
「え?」
「かえるの?」
「なんで?」
スノウは淡々と、しかしどこか皮肉を含んだ口調で状況を説明する。
「お借りした部隊が全滅だ。拠点予定地にまで入られてしまったしな」
アウルは不満を隠さず叫ぶ。
「えー、何やってんだよスノウのバカー!」
スノウは肩をすくめるような声で返した。
「馬と鹿ではない。戦略的撤退だ。行くぞ」
「はいはい、りょーかい」
その軽いやり取りとは裏腹に、三機は一斉に戦域を離脱し始めた。シンは、敵があっさり撤退したことに拍子抜けしつつも、なおも自分へ向けて撃ち込まれる地球軍の攻撃に反応し、迎撃へ移った。だがその視界の端には、逃げ惑う民間人たちの姿が残っている。
『守らなきゃいけないものがある』
その思いが、シンの操縦に別の方向性を与えた。
アスランの叱責が飛ぶ。
『シン!何をやってるんだ!やめろ!もう彼等に戦闘力はない!』
だがシンの胸の中では、別の声が強く響いていた。
(奴らは悪いやつだ。だから潰すまで)
インパルスは基地周辺の構造物を狙い、戦闘の余波で閉ざされてしまったフェンスや障害物を破壊していく。
逃げ場を塞いでいた鉄柵が崩れ、離れ離れになっていた住民たちが互いに駆け寄る姿が見えた。逃げ場を塞いでいた鉄柵が崩れ、離れ離れになっていた住民たちが互いに駆け寄る姿が見えた。その光景を見た瞬間、シンは息を吐き、胸の奥がほんの少しだけ軽くなる。
(これで…少しは助けられた。あの人のように、自分でもできることがある)
その“あの人”の面影が、戦場の喧騒の中でふっと浮かぶ。
自分を救ってくれた、あの優しい手。いつか必ず会うと誓った、白き翼の機体。
だからこそ――見過ごせないのだ。
◇◇◇
格納庫の空気は、叩きつけられた音の余韻とともに凍りついていた。整備員たちは息を呑み、ルナとレイも動けずにその場に立ち尽くす。アスランの叫びが響く。
「戦争はヒーローごっこじゃない!」
その声には怒りよりも“恐れ”が勝っていた。
シンの善意が、いつか誰かを傷つける未来を――アスランは本気で恐れていた。
対してシンは、叩かれた痛みよりも胸の奥の熱が先にこみ上げる。
「殴りたいんなら別に構いませんけどね。けど! 俺が間違ったことはしてませんよ!」
アスランの目が見開かれる。
「!?」
「あそこの人たちだってあれで助かったんだ!」
その瞬間、アスランの二度目の平手が振り抜かれた。
乾いた音が格納庫に響き、シンの頬が大きく揺れる。叩かれた衝撃よりも、胸の奥で何かが弾けるように熱を帯びた。
怒りでも反抗でもない。『どうしてわかってくれないんだ』という、抑えきれない叫びに近い感情。
「自分だけで勝手な判断をするな!力を持つ者なら、その力を自覚しろ!」
その言葉は、シンの胸に深く刺さる。だが、シンの中にはそれ以上に強い“確信”があった。
「……でも、あの人は……あの戦火の中で、俺達家族を助けてくれた。誰も見向きもしなかったのに、あの人だけは!アマキ・カンザキだけは助けてくれたんだっ!」
「くっ」
アスランは言葉を失い、拳を握りしめた。シンの瞳に宿るのは怒りでも反抗でもない。
“あの人を侮辱するな”という、揺るぎない意志――その真っ直ぐさに、アスランは一瞬だけ息を呑む。
自分も、あの戦火の中にいた。あの行為がどれほど危険で、どれほど無謀で、それでもどれほど“彼女らしい”ものだったかを知っている。なぜなら、あの時アマキは確かに言ったのだ。
『困ってる人を助けるのに理由が必要なのか?』
まるで当たり前のことを言うように、不思議そうに首を傾げながら、アスランへ問いかけた。
その言葉の真っ直ぐさに、アスランは返す言葉を失った。
理屈も、軍規も、戦況も、あの一言の前では意味をなさなかった。
キラでさえ苦笑しながら、“アマキは本当にアマキだからね”としか言えなかった。
その記憶が、今のシンの叫びと重なる。アスランは視線を落とし、奥歯を噛みしめた。
シンの言葉は、ただの反抗ではない。あの時のアマキの背中を、確かに受け継いでいる。
だからこそ――アスランは余計に怖かった。
アスランはシンの言葉に押され、一瞬だけ視線を落とした。
アマキの記憶が胸の奥で疼く。
あの無謀で、真っ直ぐで、誰よりも優しい行動――
それがどれほど危険で、どれほど尊いものだったかを、アスランは誰より知っている。
だからこそ、シンの叫びが胸に刺さる。だが同時に、強烈な恐怖が込み上げた。
「だからこそ危ないんだ!」
その声は怒鳴り返すというより、“どうか同じ道を辿らないでくれ”という必死の願いに近かった。
「アマキは…アイツは特別なんだ。誰よりも強くて、誰よりも優しくて…あんな行動をできる人間なんて、そうはいない!」
言葉が震える。それはアマキを否定しているのではなく、
“彼女のように振る舞える人間はほとんどいない”という現実を突きつける声だった。
「シン、お前は彼女じゃない!アイツの真似をして、同じことをしようとすれば…いつか本当に死ぬぞ!」
その叫びには、“失いたくない”という感情が、アスラン自身も気づかないほど強く滲んでいた。シンは拳を握りしめたまま、言葉を失う。アスランの言葉は痛いほど刺さる。
だが、それでも――胸の奥の確信は消えない。
格納庫の空気はさらに重く沈み、ルナもレイも、ただ二人を見つめるしかなかった。