腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする   作:サボテンダーイオウ

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PHASE-19見えない真実

海面を切り裂くように、赤い艦体ミネルバは進んでいた。

波を押し分ける低い振動が艦内に伝わり、甲板の上では潮風が吹き抜けていく。

遠くにディオキアの港湾施設が見え始めた頃、通信士の席でモニターが点滅する。

 

「通信、入ります!」

 

艦橋の空気がわずかに引き締まる。次の瞬間、スピーカーから落ち着いた声が響いた。

 

「こちらディオキアポートコントロール。ミネルバ、アプローチそのまま。貴艦の入港を歓迎する」

 

その声には、“よくぞ帰ってきた”という温度が確かに含まれていた。

操舵席のマリクは、航海中の緊張を少しだけ緩めながら通信スイッチを押す。

 

「ありがとう、コントロール」

 

ミネルバはなおも海上を滑るように進み、港湾の誘導灯が徐々に大きくなっていく。

艦橋の窓から見える景色が、“帰還”の実感を少しずつ乗員たちに与えていた。

 

ミネルバのクルーたちは、接岸した艦を後にして基地の敷地内を歩いていた。

潮風の匂いは薄れ代わりに乾いたコンクリートの匂いと、基地特有のざわついた空気が肌に触れる。

アーサーとタリアが先頭を歩き、司令部へ向かう道を進んでいく。

 

「ディオキアかぁ。綺麗な街ですよね。なんだかずいぶんと久しぶりですよ、こういう所は」

 

「海だの基地だの山の中だのばかり来たものね。少しゆっくりできたらみんなも喜ぶわね。でもこれは…」

 

タリアが言いかけたその時だった。前方の通路が妙に騒がしい。

兵士たちが数人、いや十数人ほど通路の片側にひしめき合って何かを見ている。

低い声が重なり、ただならぬ空気が漂っていた。アーサーは眉をひそめ、タリアの横に並ぶ。

 

「はぁ…なんでしょうね一体」

 

タリアは歩みを緩め、兵士たちの群れをじっと見つめる。

 

するとひと際歓声が上がった方向を見る。なんと上空からピンクにカラーリングされたザクがゆっくりと降下してきたではないか。派手な登場の仕方にタリアは目を丸くして驚くしかなかった。

そしてその手に大事そうに抱えられているのは――今、世界中で認識されている歌姫、ラクス・クライン。

 

依然と様変わりしてしまった歌姫に誰も違和感を抱かないのは可笑しい状況だが、兵士も住人も、そんなことは知る由もない。これもデュランダルの政策の一部だ。彼女の力を用いて兵士の士気を上げるという。

 

「「「うぉー!!」」」

 

基地全体が揺れるほどの大歓声が巻き起こる。

ラクスはその熱気を全身で受け止め、ザクの手のひらから降りると彼女のためだけに用意されたステージへ上がる。

 

「みなさ~ん!ラクス・クラインで~す!」

 

「「「うぉー!!」」」

 

“本物”だと信じて疑わない兵士たちは、その存在にさらにテンションを上げて盛り上がる。

 

「うわぁー!」

 

「おー!すげッ!」

 

「あ?」

 

ルナマリアは目を細め、ミーアのテンションと兵士たちの熱狂を見比べて微妙な顔になる。

そして――アスランの視界に、ラクス営業全開で手を振るミーアが飛び込んできて言葉を失う。

 

「なっ…(ミーア!!)」

 

アスランの顔が一瞬で青ざめる。

本物がいないのに、偽ラクスが本物以上にノリノリで降臨してしまった地獄。

周囲は大歓声。ミーアはテンションMAX。アスランは一人青い顔。

 

「あー!」

 

「おい見ろ!あっちあっち!」

 

兵士たちが押し寄せ、視界の先ではミーアが全力で手を振っている。

 

「…」

 

「…」

 

アスランは完全に固まっていた。

 

(ミーア…なんでこんな時に…)

 

心の中で頭を抱えながらも、表情には出さない。

そんなアスランに、ルナマリアが少し呆れたように声をかける。

 

「ご存知なかったんですか?御出になること」

 

「……いや、まぁ」

 

半分引きつりながら言葉を絞り出す。

そんな上司の様子にルナマリアは肩をすくめ、しかしどこか優しい声で続ける。

 

「ま、ちゃんと連絡取り合っていられる状況じゃなかったですもんね。きっとお二人とも」

 

「…まぁうん…」(やりにくい)

 

その時だった。ミーアの登場で基地中が大騒ぎになり、兵士らが押し寄せてくる。その波に押され、メイリンがよろけた。

 

「ああ!」

 

アスランは反射的に手を伸ばし、メイリンの腕を掴んで引き寄せる。そのまま肩に手を添え、体勢が安定するまでしっかり支えた。

 

「す、すみません。誰かにぶつかられて…」

 

アスランは周囲を見回し、人の波がさらに押し寄せてくるのを確認すると、迷いなくメイリンの肩を抱いたまま誘導し始める。

 

「ここは危ないな。向こうへ行こう」

 

「え?」

 

アスランはメイリンを守るように、自分の体で人混みを遮りながら歩かせる。

その様子を見たルナマリアは――一瞬、目を見開き、次の瞬間には口を尖らせてしぶしぶ後ろを付いていく。

 

「…ふん」(なんでメイリンなのよ…)

 

そんな感情が丸見えだった。シンがアスランの横に並び、少し気遣うように声をかける。

 

「いいんですか?見なくて」

 

「え?ああ」

 

アスランは視線を逸らしながら答えた。

 

(見たらミーアに捕まる…絶対に!)

 

そんな心の声が滲んでいた。

 

ラクスの演説が終わり、歌と共に基地内はさらに盛り上がりを見せていた。

兵士も住民も興奮冷めやらず、歓声があちこちで上がっている。その端っこアーサーはまるで観光客のように目を輝かせていた。

 

「いやぁほんとにこれは運がいい!」

 

今にもノリノリで参加したそうなアーサーをタリアは横目で見た。その表情は、呆れを通り越していた。

 

「まったく」

 

「え?」

 

アーサーは本気で分かっていない。その無邪気さが、今のタリアには苛立ちをじょうちょうさせる。

 

(……この状況がどれだけ厄介か、どうして分からないのかしら)

 

タリアは視線を前へ向ける。その先で、基地の一角にヘリコプターが着陸し風で黒髪を揺らしながら一人の男が降りてくる。あの出で立ちは、一目でわかる。

――ギルバート・デュランダル議長。

なぜ、このタイミングで?タリアの胸に疑念がわく。その瞬間、デュランダルと視線が交差した。議長は穏やかに口角を上げる。

 

(……やっぱり、そういうこと)

 

タリアはすぐに気づいた。ラクスと共に降りてきた、あのオレンジカラーの新型機体。

あれは議長の随員――つまり護衛として同行してきたのだ。

(ラクスを“ザフトの象徴”として掲げ、士気を上げるためのプロパガンダ……その勢いのまま議長が姿を見せる。完璧に計算された流れ)

 

ミネルバはこれからますます“表”に立たされる。政治も軍事も、世論も――全部背負わされる未来が見えてしまう。タリアの胸に、前途多難という言葉が重く沈んだ。アーサーはそんなタリアの心境など露ほども知らず、まだラクスの余韻に浸っていた。

 

「いやぁ〜ラクス様ってやっぱすごいですねぇ!」

 

「……はぁ」

 

タリアはこめかみを押さえ静かに息を吐いた。

 

◇◇◇

基地中の歓声を全身で受け止めながら、ステージに立つ歌姫はテンション上げて両手を広げた。

 

「ありがとう!わたくしもこうして皆様とお会いできて本当に嬉しいですわぁ~!」

 

「「「うおぉぉ!」」」

 

ミーアはさらに勢いを増し、兵士たちへ向けて大きく手を振る。

 

「勇敢なるザフト軍兵士の皆さ~ん!平和のために本当にありがとう!そして、ディオキアの街の皆さ~ん!」

 

フェンスの向こう側でライブを楽しんでいる住人らにもファンサービスは欠かさない。

 

「「「うおぉぉ!」」」

 

「一日も早く戦争が終わるよう、わたくしも切に願って止みません!その日のためにみんなでこれからも頑張っていきましょう!」

 

兵士も住民も、まるで本物のラクスが降臨したかのように熱狂していた。

その熱気から少し離れた場所で眺めているメイリンが、ミーアの様子をじっと見つめてぽつりと漏らす。

 

「やっぱりなんか…変わられましたよねラクス様」

 

アスランはびくっと肩を揺らして視線をそらし、気まずそうに返す。

 

「それはまあ…ちょっと」

 

(変わったというか…別人なんだけどな…)

 

さてさて、ミーアと無事に接触せずに済むかどうか。

 

◇◇◇

 

スティングはサングラスをかけオープンカーの運転席で風を切りながらハンドルを握っていた。

陽光がサングラスに反射し彼の表情はいつも以上にクールに見える。

車体は軽やかに海沿いのカーブを滑り、タイヤがアスファルトを噛む音が心地よく響く。

助手席のステラは、しっかりとシートベルトを締めたまま風を受けながら身を乗り出すようにして外を見ていた。髪が風に揺れ、瞳はきらきらと輝いている。

ステラは海風に頬を撫でられながら身体ごと海の方へ向けて視線を追い続ける。

後部座席ではアウルが豪快に座り込み、背もたれにだらしなく寄りかかりながらおやつを頬張っていた。

オープンカーの後席は風が強いがアウルはまったく気にしていない。

むしろ風に煽られる髪を気にも留めず足を揺らしながらリズムを取っている。

車が海沿いの道へ差し掛かると、視界いっぱいに青い海が広がる。

潮風が一気に車内へ流れ込みステラの表情がぱっと明るくなる。

 

「……あっ! うみ! うみ、みえる! きれい!」

 

ステラはシートベルトに引かれながらも思わず前のめりになって海を指さす。

風に髪をなびかせながら、子どものように海へ視線を向け続ける。

オープンカーだからこそ潮の匂いと海風がそのまま彼女の頬を撫でていく。

 

「よかったなー」

 

「すき! すき! きれい! ひろい! うみ、すき!」

 

スティングはサングラスの奥で微笑み、アクセルを軽く踏み込んだ。

エンジンが低く唸り、オープンカーは海沿いの道を滑るように走り抜ける。

 

「よかったな、ステラ。ほら、もうちょいで海沿いの道だ。もっとよく見えるぞ」

 

「うんっ!」

 

ステラは嬉しさを隠しきれず、風に手を伸ばすようにして海を見続ける。

アウルは後ろで足をぶらつかせながら、おやつをもう一口かじる。

 

「やれやれだな」

 

スノウからもらったおやつにかぶりつきながら、後部座席で身体を揺らしながら、

盛大にやっているザフトのライブ音に顔を顰める。

 

「ほん~とな~んか楽しそうじゃん、ザフト。で結局俺らってまだあの艦(ふね)追うの?」

 

「そうだろうな。ま、スノウがご執心だしな。……平和になれば一番だろうげど、今は無理だな」

 

「平和、ねぇ。俺ら、お役目御免されたら行くとこないじゃん」

 

「ぁ…」

 

ステラは海を見ていた視線を少し落とし、指先でシートベルトをつまむようにして小さく呟く。

 

「そこらへんは大丈夫だろう。俺らが信じてるのはスノウだけだ。あれなら次の就職先も用意してくれるさ」

 

「なんか変なとこの予感がするー」

 

アウルの予感はもっともだ。スノウがまともな職場を用意するはずがない。

 

「まぁ、でも死ぬことはなさそうだぜ」

 

スティングもそんな予感はしているが、スノウに限って今よりもひどい所はないはずだ。

……スノウは唯一自分たちを人として扱ってくれる存在なのだから。

 

「うん」

 

「あ!」

 

ステラはまた海へ視線を戻し、風に揺られながら嬉しそうに笑う。

 

「そういえばスノウが駄賃くれたよな。それでアイスでも食べるか」

 

「あいす?たべる!」

 

「いいじゃん!俺トリプルね!」

 

「すてらは、えっと、いっぱいたべる!」

 

「じゃあブっ飛ばすか!行くぜ!」

 

スティングがアクセルを踏み込むとオープンカーは一気に加速し、潮風を巻き上げながら海沿いの道を駆け抜けていった。

 

◇◇◇

 

昼の陽光がそのまま降り注ぐホテルのテラス席。テーブルや椅子は直に光を受けて淡く輝いている。植え込みの緑が風に揺れ、静かで落ち着いた空気が流れていた。

デュランダルはテラスの縁に立ち外の景色に背を向けていたが、タリアの声にゆっくりと振り返る。

 

「まったく、呆れたものですわね。こんなところに御出とは」

 

デュランダルは陽光を背に柔らかい笑みを浮かべる。

 

「はっはっはっ。驚いたかね」

 

タリアは腕を組み、しかしどこか親しげな表情で歩み寄る。

 

「ええ。驚きましたとも。が、今に始まったことじゃありませんけど」

 

デュランダルはその言葉に満足げに頷き、タリアの顔をしばらく見つめる。

そしてゆっくりと視線を横へ移し、レイへと向ける。

そのまなざしは驚くほどあたたかく、まるで「よく来たね」と語りかけるようだった。

レイはその視線を受け、胸の奥がほどけるように表情を緩める。

 

「ギル…」

 

デュランダルはレイの声を受け止めるように穏やかに目を細め、両腕を大きく広げた。

その瞬間、レイは嬉しそうに小走りで駆け寄り、迷いなくデュランダルの胸へ飛び込む。

細い腕をデュランダルの首元に回し体全体で再会の喜びを伝える。

デュランダルはそれを当たり前のように受け止め、両腕でしっかりと抱き留めた。

昼の光の中で、二人の影がひとつに重なる。

タリアはその様子を見て呆れたように息をつきながらも、どこか安心したように微笑んだ。

 

◇◇◇

 

やがて三人はテラス席の長テーブルへと腰を下ろす。タリアは椅子に背を預け、本題に触れるように口を開いた。

 

「でも何ですの?」

 

デュランダルは軽く首を傾げる。

 

「ん?」

 

タリアは視線を鋭くし、核心へと踏み込む。

 

「大西洋連邦に何か動きでも?でなければ貴方がわざわざ御出になったりはしないでしょ?」

 

その瞬間、テラス席の入口から足音が近づく。デュランダルの護衛であるハイネが姿を見せ、敬礼するように立ち止まった。

 

「失礼します。お呼びになったミネルバのパイロット達です」

 

デュランダルは表情を明るくし、立ち上がって迎える。四人は敬礼で応えると、議長からアスランへ握手が差し出された。

 

「やぁ!久しぶりだね、アスラン」

 

「はい、議長」

 

アスランも握手で返す。デュランダルはその手を離すと、続けてアスランの仲間たちへ視線を向ける。

 

「あぁそれから…」

 

そこでルナマリアが敬礼をしながら一歩前へ出た。

 

「ルナマリア・ホークであります」

 

続いてシンが緊張した面持ちで名乗る。

 

「シ、シン・アスカです!」

 

デュランダルは柔らかく微笑み、シンへ視線を向けて右手を差し出した。

 

「君のことはよく覚えているよ」

 

「ぁぁ…」

 

シンは戸惑いながらその手を取った。

 

「このところは大活躍だそうじゃないか」

 

「えぇ?」

 

「叙勲の申請もきていたね。結果は早晩手元に届くだろう」

 

「ぁぁ…ありがとうございます!」

 

シンの声は驚きと喜びが入り混じり、テラス席の明るい空気に溶けていった。

 

ハイネは退出し、全員が勧められた席へ腰を下ろすと、ウェイターが人数分のカップを静かにテーブルへ置いていく。白い陶器のカップからは、淹れたてのコーヒーの香りがふわりと立ち上り、昼のテラス席に心地よい苦味の気配を広げた。ウェイターは軽く会釈して静かに退席していく。

その背が扉の向こうへ消えたところで、デュランダルが穏やかに話題を切り出した。

 

「例のローエングリンゲートでも素晴らしい活躍だったそうだね、君は」

 

シンは少し緊張したように背筋を伸ばす。

 

「いえ、そんな」

 

デュランダルは微笑みを深め、シンの反応を楽しむように続ける。

 

「アーモリーワンでの発進が初陣だったというのに、大したものだ」

 

シンは慌てて首を振り、言葉を選びながら答える。

 

「あれはザラ隊長の作戦が凄かったんです。俺…いえ、自分はただそれに従っただけで」

 

タリアはカップを持ち上げながら、その謙虚さに小さく頷く。

 

「この街が解放されたのも、君達があそこを落としてくれたおかげだ。いやぁ、本当によくやってくれた」

 

その賛辞にルナマリアは誇らしげに胸を張り、声を上げる。

 

「ありがとうございます!」

 

アスランは静かにその様子を見守り、カップの取っ手に触れた指先をわずかに動かす。

 

「兎も角今は、世界中が実に複雑な状態でね」

 

タリアはカップを置き、眉を寄せながら問いかける。

 

「宇宙(そら)の方は今どうなってますの?月の地球軍などは」

 

デュランダルは軽く息をつき、遠くを見るように視線を外へ向ける。

 

「相変わらずだよ。時折小規模な戦闘はあるが、まあそれだけだ。そして地上は地上で何がどうなっているのかさっぱり判らん。この辺りの都市のように連合に抵抗し我々に助けを求めてくる地域もあるし。一体何をやっているのかね、我々は」

 

タリアはその言葉に静かに頷き、しかしすぐに核心へ踏み込む。

 

「停戦、終戦に向けての動きはありませんの?」

 

デュランダルは苦い笑みを浮かべ、カップを指先で軽く回す。

 

「残念ながらね。連合側は何一つ譲歩しようとしない。戦争などしていたくはないが、それではこちらとしてもどうにもできんさ。いや、軍人の君達にする話ではないかもしれんがね。

戦いを終わらせる、戦わない道を選ぶということは、戦うと決めるより遙かに難しいものさ、やはり」

 

シンは思わず前のめりになり、言葉が口から漏れる。

 

「でも…」

 

「ん?」

 

シンはヤバいと慌てて姿勢を正し、視線を落とす。

余計な一言が出てしまった。相手はデュランダル議長だというのに。

 

「あ…すみません」

 

だがデュランダルは首を横に振り、柔らかく先の言葉を促した。

 

「いや構わんよ。思うことがあったのなら遠慮なく言ってくれたまえ。実際、前線で戦う君達の意見は貴重だ。私もそれを聞きたくて君達に来てもらったようなものだし。さあ」

 

シンは促され深く息を吸い、胸の奥に溜めていたものを吐き出すように言葉を紡ぐ。

 

「…確かに戦わないようにすることは大切だと思います。でも敵の脅威がある時は仕方ありません。戦うべき時には戦わないと。何一つ自分たちすら守れません」

 

「ぁ…」

 

ルナマリアはシンの横顔を見つめ、その真剣さに息を呑む。

シンが身をもって体験した話は重く、真実そのものだ。

 

「普通に、平和に暮らしている人達は守られるべきです!」

 

アスランは静かにカップを置き、ゆっくりと口を開く。

 

「…しかしそうやって、殺されたから殺して、殺したから殺されて、それでほんとに最後は平和になるのかと、以前言われたことがあります。私はその時答えることができませんでした。そして今もまだその答えを見つけられないまま、また戦場にいます」

 

かつて、カガリから言われた言葉が何度も彼の中で反復される。

 

アスランは、ニコルを殺されたと思い、キラはアマキを殺されたからとお互いに殺しあった過去がある。

友達なのになぜ、殺しあわなければならないのか。

その理由は単純だ。大切な者を殺されてしまったから、殺すのだ。

その連鎖から抜け出すことは当時不可能だった。状況が彼らを許さなかったのだ。

 

だが今ならわかる。その戦いがいかに愚かであるかを。だからこそ、その言葉はより一層皆に響いただろう。あの大戦を潜り抜けた英雄でさえ苦悩するのだ。重いテーマである。

 

デュランダルはアスランの言葉を噛みしめるように頷き、静かに続ける。

 

「そう、問題はそこだ。何故我々はこうまで戦い続けるのか。何故戦争はこうまでなくならないのか。戦争は嫌だといつの時代も人は叫び続けているのにね。君は何故だと思う?シン」

 

「え!それはやっぱり、いつの時代も身勝手で馬鹿な連中がいて、ブルーコスモスや大西洋連邦みたいに…違いますか?」

 

率直な意見にデュランダルは苦笑し、しかし否定はしない。

 

「いや、まあそうだね。それもある。誰かの持ち物が欲しい。自分たちと違う。憎い。怖い。間違っている。そんな理由で戦い続けているのも確かだ、人は。だが、もっとどうしようもない、救いようのない一面もあるのだよ、戦争には」

 

「「え?」」

 

テラス席に吹き抜ける昼の風が、その言葉の重さをさらに際立たせた。

議長は静かに席から立ち上がり、皆に背を向けたまま、遠くに見える新型機体へ視線を向ける。

 

「たとえばあの機体、ZGMF-X2000グフイグナイテッド。つい先頃、軍事工廠からロールアウトしたばかりの機体だが、今は戦争中だからね。こうして新しい機体が次々と作られる。戦場ではミサイルが撃たれ、モビルスーツが撃たれる。様々なものが破壊されていく」

 

「「「…」」」

 

三人は言葉を失い、コーヒーの香りだけが静かに漂う。

 

「故に工場では次々と新しい機体を作り、ミサイルを作り、戦場へ送る。両軍ともね。生産ラインは要求に負われ追いつかないほどだ」

 

「議長…」

 

アスランの声には、理解と戸惑いが入り混じっていた。

言いたいことは理解できた。

 

「その一機、一体の価格を考えてみてくれたまえ。これをただ産業としてとらえるのなら、これほど回転がよく、また利益の上がるものは他にないだろう」

 

タリアは眉をひそめ、カップをそっと置き、咎めるように口を挟んだ。

 

「議長そんなお話…」

 

子供たちに聞かせる話ではないと言うように咎めようとしたのだ。

だがシンは事実から目を背けようとせずに拳を握りしめ、言葉を探すように口を開く。

 

「…でもそれは…」

 

「そう、戦争である以上それは当たり前。仕方のないことだ」

 

「…」

 

シンの沈黙は、納得ではなく、どうしようもない現実への悔しさだった。

 

「しかし人というものは、それで儲かると解ると逆も考えるものさ。これも仕方のないことでね」

 

「ぁ…」

 

「逆…ですか?」

 

「戦争が終われば兵器は要らない。それでは儲からない。だが戦争になれば自分たちは儲かるのだ」

 

「ぁぁ…」

 

「ならば戦争はそんな彼等にとっては是非ともやって欲しいこととなるのではないのかね?」

 

「そんな!」

 

デュランダルは静かに、しかし確信を持って続ける。

 

「あれは敵だ、危険だ、戦おう、撃たれた、許せない、戦おう。人類の歴史にはずっとそう人々に叫び、常に産業として戦争を考え作ってきた者達がいるのだよ。自分たちの利益のためにね。今度のこの戦争の裏にも間違いなく彼等ロゴスがいるだろう」

 

「…」

 

タリアの表情は険しく、しかし否定はできなかった。

 

「彼等こそがあのブルーコスモスの母体でもあるのだからね」

 

「そんな…」

 

「ロゴス…」

 

デュランダルは深く息をつき、静かに言葉を落とす。

 

「だから難しいのはそこなのだ。彼等に踊らされている限り、プラントと地球はこれからも戦い続けていくだろう」

 

「…」

アスランの瞳には、かつて聞いた“問い”の影が揺れていた。

 

「できることならそれを何とかしたいのだがね。私も。だがそれこそ、何より本当に難しいのだよ」

 

現実は理想とは違う。どれだけ理念を唱えようが、反論するものは後を絶たない。ならばその元凶を取り除けば平和が訪れるのか。それもまたノーである。

人が人を導くというのは難しい。

 

無から有を生み出すことが困難であるように、人々から戦争という言葉を無くすことは零に等しいのだ。

 

◇◇◇

 

会談を終え、ミネルバ組はデュランダルに案内されて施設内部の廊下へと移動していた。

そんな中、ルナマリアが弾む様子を抑えきれずに口を開く。

 

「ほんとに、よろしいんですか?」

 

タリアは歩みを緩め、振り返りながら穏やかに微笑む。

 

「ええ、休暇なんだし。議長のせっかくの御厚意ですもの。お言葉に甘えて今日はこちらでゆっくりさせていただきなさい。確かにそれくらいの働きはしてるわよ、あなた方は」

 

ルナマリアはほっと息をつき、シンは照れたように視線を落とす。アスランは二人を見て、歩きながら静かに頷いた。

 

「そうさせていただけ。シンもルナマリアも。艦には俺が…」

 

その言葉を遮るように、レイがアスランに声を掛けた。

 

「艦には私が戻ります。隊長もどうぞこちらで」

 

「いやそれは…」

 

アスランが義務感から言っていると勘違いしているレイはここは自分が猶更言い募る。

 

「褒賞を受け取るべきミネルバのエースは隊長とシンです。そしてルナマリアは女性ですので。私の言っていることは順当です」

 

廊下に一瞬、静寂が落ちる。シンは「エース」という言葉に驚き、ルナマリアは「女性ですので」に微妙な顔をし、アスランはこうまで言われてはこのままここに泊まるしかないと恐れる。どうしてアスランがここまで嫌がるかというと、絶対彼女がやってくるに違いないからだ。

 

噂をするとくるもので、廊下の奥から、軽い足音が駆けてくる。後ろにはマネージャーがよろよろと追いかけていた。

 

「アスラン!」

 

その声に、周囲の視線が一斉に向く。アスランも嫌な予感はしていたが反射的に振り返ると、笑顔は満開でミーアがスカートを揺らしながら軽やかに駆け寄ってくるではないか。その勢いのままアスランへ抱き着いた。

 

「…ぐっ」

 

アスランは抱きつかれた衝撃を受け止めつつ、表情には出さず、ただ受け身になる。

余計な反応はしない。必要最低限で動けばいい。省エネだ。さりげなく押し返すことも忘れない。

 

「ふふ」

 

「……(出た)」

 

デュランダルは穏やかに微笑み、ミーアの登場を歓迎するように一歩前へ出る。自分で用意した替え玉に恭しくする態度。まさに狸親父だとアマキなら野次を飛ばすだろう。

 

「これはラクス・クライン。お疲れ様でした」

 

ミーアはアスランの腕に抱きついたまま、身体を寄せて丁寧に礼をする。

 

「ありがとうございます」

 

「ぁッ!」

 

ルナは思わず声を漏らし、アスランとミーアの距離をちらりと見比べる。その視線には複雑な色が混じっていた。

 

「ホテルに御出でと聞いて急いで戻って参りましたのよ」

 

「そうか。すまない」

 

余計な火種はいらない。常にアマキがみているプレッシャーを感じるのだ、俺よ。そうすれば無の境地だと己に言い聞かせるアスラン。

 

「…」

 

ミーアはアスランの腕に軽く触れ直し、期待に満ちた瞳で見上げる。

 

「今日のステージは?見てくださいました?」

 

「ああ。見たよ」

 

アスランは棒読みで返す。

 

「本当に!?どうでしたでしょうか?」

 

「そうだな。良かったんじゃないか。(ラクスとは違った意味で)」

 

「ふん」

 

ルナは気に入らなそうにそっぽを向き、腕を組んで不機嫌さを隠そうともしない。

デュランダルはその空気をやわらげるように、穏やかに話を挟む。

 

「彼等にも今日はここに泊まってゆっくりするよう言ったところです。どうぞ久しぶりに二人で食事でもなさってください」

 

「ま~!ほんとですの!それは嬉しいですわ!アスラン、では早速席を」

 

ミーアはアスランの腕を引こうと一歩踏み出す。アスランは戸惑いながらも、引かれるままに体重が少し動く。

 

「ああ、その前にちょっといいかな?アスラン」

 

「ん?」

 

「?」

 

ミーアは足を止め、アスランとデュランダルを交互に不思議そうに見つめる。

◇◇◇

 

アスランとデュランダルの会話が続くあいだ、ミーアはアスランの袖をそっとつまんだ。

しかしアスランが真剣な表情で議長と向き合っているのを見て、すぐに「あ、これは長くなる」と察したように手を離す。ミーアは小さくため息をつき、庭園の端に置かれたベンチへと歩いていった。

スカートの裾を揺らしながら腰を下ろし、足をぶらぶらさせて退屈そうに空を見上げる。

その少し離れた噴水の近くで、アスランとデュランダルは話し始めた。

 

「実はアークエンジェルのことなのだがね」

 

「ぁ…」

 

アスランの肩がわずかに動く。噴水の水音が静かに響く中デュランダルは続ける。

 

「君も聞いてはいるだろう?」

 

「はい」

 

アスランはデュランダルの目をまっすぐ見据えた。

 

「あの艦がオーブを出たその後、何処へ行ったのか。もしかしたら君なら知っているのではないかと思ってね」

 

「いえ、ずっと気にはかかっているのですが。私の方でも何も。私の方こそ、それを議長にお聞きしてみたいと思っていたところです」

 

デュランダルは軽く頷き、アスランの反応を静かに観察する。まるで隠し事がないか探るように。その視線の意味にアスランは気づかない。その視線はすぐに潜めたからだ。

 

「そうか。いや、アークエンジェルとフリーダムがオーブを出たというのなら、彼女も、本物のラクス・クラインももしや一緒ではないかと思ってね」

 

「はい。それは間違いないと思います。あいつらが…あ、いえ、あの艦が出るのにラクスを置いていくはずはありません」

 

言いかけて口をつぐむアスラン。自分の言葉に気づき、わずかに視線を落とす。

 

「こんな情勢の時だ。本当に彼女がプラントに戻ってくれればと私もずっと探しているのだがね。こんなことばかり繰り返す我々に彼女はもう呆れてしまったのだろうか」

 

「ぁ…」

 

胸の奥に重いものが沈む。返す言葉を探していると――赤ハロがアスランの肩の上で突然跳ねた。

 

「ハロ!ハロ!グッバイ!ヘーイ!」

 

どうやらしびれを切らして突っ込んできたようだ。

ハロから視線をミーアへ移すと彼女はベンチから小さく笑い、手を振る。アスランは赤ハロを押さえながら姿勢を整えた。

 

「いやすまなかった。だが今後、もしもあの艦(ふね)から君に連絡が入るようなことがあったら、その時は私にも知らせてくれないか」

 

「はい、分かりました。あの、議長の方もお願い致します」

 

「ん?」

 

「行方が分かりましたら、その時は私にも連絡を」

 

「ああ分かった、そうしよう」

 

デュランダルが背を向けて去るとやっと終わったと言わんばかりにミーアがベンチから立ち上がるとアスランの腕に飛びついた。

 

「うふふ!もう終わったの?」

 

「あ、ああ」

 

アスランは少し困ったように微笑み、ミーアは嬉しそうに返した。

 

この時、デュランダルの思惑などアスランは知りもしないだろう。

本物のラクス・クラインの行方を捜して始末しようなどと思っているなどとは―――。

 

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