腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:サボテンダーイオウ
『……俺は今、どこにいるんだ?』
突如として、そんな不安がアスラン・ザラを襲った。
自分は自室のベッドで寝ていたはずだ。しかし、周囲には濃い霧が立ちこめており、明らかに屋外の気配がする。
霧の向こう、花畑の中に母が立って微笑んでいた。優しく、慈愛に満ちた瞳が、まっすぐに自分を見つめている。
『母さん……』
これは夢だ。夢に決まっている。母はもう、あの血のバレンタインで亡くなっているのだから。ならこれは、自分が心のどこかで見たいと願った、都合の良い幻影に過ぎない――。
そう解釈しようとした、その時だった。
なぜか母は、その手に小さな黒板を携えていた。そこには、見慣れた文字でこう書き殴られている。
『ちゃんと対処しないとカガリちゃんに報告しちゃうわよ』
……なぜだ。なぜ母さんがカガリの名を。
疑問を抱く間もなく、母は笑みを深めてひらひらと手を振り、冷情に背を向けた。
『ま、待ってくれ、母さん――!』
パッと目が覚めた。
そこは薄暗い室内だった。カーテンの隙間から差し込む朝光が、アスランの頬を容赦なく照らし出す。
「んん……っ!?」
寝返りを打とうとした瞬間、右腕に妙に柔らかい重みを感じた。同時に、視界の端で鮮やかなピンク色の髪が揺れる。
現れたのは、ミネルバにおける最大のトラブルメーカーだった。
アスランの脳内で、けたたましく緊急警報(エマージェンシー)が鳴り響く。しかし、この場に救世主はいない。いるのは彼女と自分だけだ。
ならば、元ザフト赤服、元オーブ軍一佐の自分にできることはただ一つ。
「うーん……」
寝言を漏らすミーアに対し、アスランは完全に気配を消した。
(……やるしかない)
じりじりと体勢を低くしながら、音もなく後退する。その動きはさながら、敵地に潜入した熟練のレンジャー部隊のようだった。ターゲットが覚醒する前に、この空間から完全離脱しなければならない。
アスランはベッド脇の隊服を掴み、摩擦音すら立てずに袖を通していく。
時折、ミーアが寝返りを打つたび、彼女のきわどいネグリジェ姿が網膜を刺激した。健全な男として鼓動は跳ね上がるが、それ以上に「社会的死」への恐怖が勝る。ここで彼女が起きようものなら、破滅の最終シナリオへと直行することは確実だった。自分からカガリへの不義理を働くつもりなど、毛頭ない。
ササッと音速で着替えを終えると、忍び足でドアへとすり寄る。そっとノブを回し、滑り込むように通路へ脱出した。パタン、と静かに閉まるドア。
――封印完了。
(あの特急呪物は、どうかそのまま昼まで寝ていてくれ……!)
アスランは胸をなでおろし、深く、深くため息をついた。
「おはようございます。隊長」
「うッ!?」
背後から声をかけられ、心臓が跳ね上がる。振り返ると、そこには同じく赤服に身を包んだルナマリアが立っていた。
「ど、どうかしたんですか? そんなに驚いて」
ルナマリアは怪訝そうにアスランの顔を覗き込んでくる。
「い、いや。なんでもない。おはよう、ルナマリア」
アスランは必死に声を整えたが、冷や汗が止まらない。
「ちょうど良かったです。よろしければ、このままダイニングへご一緒しませんか?」
「あ、ああ……えっと、そうだな。ああ、構わない。行こう」
怪しまれてはいけない。アスランは背後のドアに二度と視線を向けないよう注意しながら、ルナマリアと共に歩き出した。
◇◇◇
ダイニングへと着いたアスランとルナマリアは、先に来ていたシンと合流し、席を目指す。
ルナマリアからの情報に、シンは驚いて声を上げた。
「え? 議長もう発たれたの?」
「ええ。お忙しい方だもの。昨日ああしてお話しできたのが不思議なくらいでしょ、ほんと」
ルナマリアがシンの隣を歩きながら答える。
「あ、まあ……」
そこに、先ほどの男が気さくに話しかけてきた。
「お前達、昨日のミネルバのひよっ子だろ?」
「ん?」とシンが首を傾げる。ルナマリアは目の前の人物の襟元に輝くフェイスの徽章にいち早く気付き、敬礼で応えた。その瞬間、男の視線がシンの隣、アスランへ向いた。
「お, いたな。おはよう」
「あ」
不意を突かれたアスランは、完全に変な声を出して硬直した。朝のミーアの一件で、まだ彼の心臓はバクバクしている。
「ど、どうかしたんですか、隊長?」
隣のルナマリアが怪訝そうに覗き込んできた。
「い、いや! なんでもない!」
アスランは必死に声を整えたが、額の冷や汗は隠せない。
そんなアスランの様子を面白そうに見つめながら、橙色の髪の男が立ち上がり、軽く右手を差し出した。
「特務隊、ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしくな、アスラン」
「こちらこそ。アスラン・ザラです」
アスランはその右手を取り、握手を交わす。
「知ってるよ、有名人」
「ん?」
アスランが戸惑う中、背後でルナマリアとシンが「ぁぁ……」と納得の声を漏らしている。
「復隊したって聞いたのは最近だけどな。前はクルーゼ隊にいたんだろ?」
「ぁ、はい」
「俺は大戦の時はホーキンス隊でね。ヤキン・ドゥーエでは擦れ違ったかな?」
「ぁぁ……」
ハイネの気さくな態度に、アスランは内心の動揺を隠しながら、言葉を濁すしかなかった。
その時、ダイニングの自動ドアが勢いよく開いた。
「まあ……。本当にお労しいことですわ、アスラン」
おっとりとしつつも、どこか冷ややかな高い声が響き渡る。
そこに立っていたのは、ピンク色の髪を揺らし、完璧な「ラクス・クライン」の微笑みを浮かべたミーアだった。しかし、その目は一切笑っていない。よほどおいて行かれたことに腹を据えかねているらしい。
「え、ラクス様……?」
ルナマリアが目を丸くした。
ミーアは優雅な足取りで、一直線にアスランのもとへと歩み寄ってくる。そして、彼の目の前でピシャリと言い放った。
「わたくしが目を覚ましました時、お部屋にはどなたもいらっしゃいませんでしたの。ご挨拶もなしに手酷く立ち去られるなんて……あまりにも冷淡ではございませんか~?」
「なっ……!?」
アスランの顔から一瞬で血の気が引いた。上品な言葉遣いだからこそ、破壊力が倍増している。
「えっ」と、シンがアスランとミーアを交互に見つめる。
「ちょっと隊長……目を覚ました時って、それどういう……」
「い、いや! 違う! これはだな……!」
アスランは必死に手を振るが、冷や汗が滝のように流れ、言葉が完全に上ずっている。
隣にいたルナマリアの目が、じわじわと据わっていくのが分かった。
「アスラン隊長……? さっき私と廊下で会った時、随分と慌てていらっしゃいましたよね……? まさか、そういうことなんですか……?」
部下からの軽蔑の眼差しにアスランはぎょっとした。
「違う、誤解だルナマリア! シン、お前もそんな目で見るな!」
「へえ、なるほどね」
一人だけ状況を察したハイネが、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべてアスランの肩をポンと叩いた。
「やるねえ、有名人。朝からごちそうさまですことで」
(…母さんはこのことを教えていたのか…!)
アスランは心の中で頭を抱え、ただただ天を仰ぎたくなった。そこからミーアは連れに呼ばれて退席した。
「で、この三人と昨日の金髪の全部で四人か、ミネルバのパイロットは」
ハイネが何気なく投げかけた言葉に、アスランは「ぇ? はい」とようやく我に返って応じた。
「インパルス、ザクウォーリア、セイバー、そしてあいつがブレイズザクファントムかぁ」
ハイネの口から淀みなく自軍の戦力が並べられ、ルナマリアとシンが「ん?」と顔を見合わせる。
「はい」
「で、お前フェイスだろ? 艦長も」
「はぁ……」
アスランは気圧されながらも頷いた。ミーアの件で下がった血圧が、一気に軍人としての緊張感に引き戻される。
「人数は少ないが戦力としては十分だよなぁ。なのに何で俺にそんな艦に行けと言うかね、議長は」
その呟きに、シンとルナマリアが「え!?」と同時に声を上げた。アスランも驚きを隠せない。
「ミネルバに乗られるんですか!?」
「ま、そういうことだ。休暇明けから配属さ」
ハイネが平然と答えると、シンとルナマリアは「ぁぁ……」と感嘆の声を漏らし、目の前の男の大きさを再認識した。
「艦の方には後で着任の挨拶に行くが、なんか面倒くさそうだよな、フェイスが三人っては」
「いえ、あの……」
アスランが苦笑い交じりにフォローを入れようとする。しかし、ハイネはそれを手で軽く制し、からりとした笑顔を向けた。
「ま、いいさ。現場はとにかく走るだけだ。立場の違う人間には見えてるものも違うってね。
とにかくよろしくな。議長期待のミネルバだ。なんとか応えてみせようぜ」
その真っ直ぐな言葉に、アスランは居住まいを正した。
「はい、宜しくお願いします」
◇◇◇
次の予定地への出発を控えたミーアが、名残惜しそうにアスランを振り返った。
「ではアスラン」
おっとりとしたラクス口調で声をかけるミーアに、アスランは一刻も早くこの場を収めようと、大人の対応に敬礼で応えた。
「はい、どうぞお気をつけて」(二度とこないでほしい)
しかし、それで引き下がるミーアではない。彼女はすっとアスランにすり寄ると、小さな声でおねだりした。
「キスくらいはするでしょ?普通。んー」
目を閉じて唇を突き出すミーア。その瞬間、アスランから完全に気配が消えた。
「…………」
アスランは無言のまま、氷点下のような冷徹な眼光でミーアをじっと見下ろした。元ザフト赤服、そして特務隊(フェイス)としての「凄み」が、オーラとなって彼女を圧迫する。
「ああ……っ」
ミーアはそのあまりの威圧感に気圧され、突き出した唇を引っ込めて思わず一歩後退した。
「さ、遅れます」
何事もなかったかのように、アスランは淡々と事務的な声で促しミーアを回れ右させる。
「ええ~……!」
ミーアはあからさまに怯えつつも不満げに頬を膨らませ、今度こそぶつぶつと文句を言いながら連れられて歩いていった。
ミーアを見送った後、ルナマリアが伸びをしながら、これからの予定に思いを巡らせた。
「さ、どうしよっかなぁ、今日はこれから」
「ん? どうって?」
隣を歩くシンが、不思議そうに首を傾げる。
「街に出たい気もするけど、一人じゃ詰まんないしねー。レイにも悪いから、艦(ふね)に戻ろっかなー」
どこか物足りなさそうに言うルナマリアに、背後から追いついたアスランが声をかけた。
「シンと行けばいいじゃないか」
「でも……」
突然の提案に、ルナマリアが少し躊躇したような声を漏らす。
「せっかくの休暇だ。のんびりしてくればいい。艦には俺が戻るから気にしなくていいぞ」
アスランは穏やかに微笑み、二人の背中を優しく押すように言った。でもルナマリアは先ほどのアスランとラクスの関係にもやもやしていた。
◇◇◇
結局、ルナマリアの荷物係から逃走したシンは、基地で借りたバイクを拝借して、気分転換に道路をかっ飛ばしていた。
心地よい海風を全身に感じながらも、彼の頭の中には重い思考が渦巻いている。
自分を取り巻く環境は、日に日に変化していく。その中で、己がどう貢献できるのか。
力だけでは勝てない。政治の中での些細なやり取りが、のちの戦争に大きく直結することもある。ギルバート・デュランダル議長との対話を経て、シンは「ただ戦って勝つだけでは、この戦争に終わりがない」という厳しい現実を知ったのだ。
(考えても仕方ない……!)
ごちゃごちゃとした雑念を振り払うように、シンはアクセルをさらに踏み込み、バイクを加速させた。
◇◇◇
やがて崖沿いまでバイクを飛ばしたシンは、エンジンを切ってフゥと息をつき、広がる風景を楽しむことにした。
波の音が心地よく響く、静かな空間。しかし、そこには先客がいた。
海風が吹き抜ける向こうの崖の上で、一人の少女が楽しそうにステップを踏んでいる。
風に揺れる、艶やかな金髪のショートヘア。
身にまとっているのは、青と白を基調とした爽やかなノースリーブのドレスだ。
見開かれた大きな赤紫の瞳はどこか虚ろで、幼い子供のような無垢さと、危うい不気味さを同時に漂わせていた。
「らーらら♪ らーらら♪」
「ん?」
少し離れた場所から、シンはその不思議な風貌の少女を見つめる。
「ららーらら♪ らーらーらーらら♪」
「ふふ……楽しそうだな」
シンは思わず笑みをこぼした。しかし、調子に乗った少女は崖の端ギリギリまで下がっていく。
「あー!」
足が滑った。少女の身体がふわりと傾く。
「ん? え!? おい……まさか!! ああ! 嘘だろ!? 落ちた!?」
シンの目の前で、彼女は真っ逆さまに海へと転落した。
「あ……」
激しい水音が響くが、彼女が浮き上がってくる気配はない。
「泳げないのかよ!! ええい!!」
シンは迷わず崖から海へ飛び込んだ。
「うわぁーーっく!!」
冷たい水が全身を叩きつける。視界が激しく揺れ、白い泡が舞う。
「ぅぅぅぅ……! ぷはっ……!」
水中を沈んでいく、金髪の少女。濡れた青いドレスが彼女の細い身体に張り付き、水の中で妖しく揺らめいていた。
「こっちだ!! 掴まれ!!」
シンは必死に腕を伸ばし、彼女の手を強く掴み取った。二人は水面へ向かって必死に泳ぎ上がる。
「ぷはー!!」
同時に顔を出し、荒く息を吐いた。
「くっそー……落ち着け……!」
「ハァ……ハァ……」
「ハァ……」
シンは彼女を抱えながら、必死に波を漕ぐ。ふと見ると、少女は自分の足元を見つめて息を呑んでいた。
「……っ!……」
何とか浅瀬に運んで二人は疲れはてたように海の中で少女は膝をつきシンはその横で座り込んだ。何とか息を落ち着かせてシンは少女を怒鳴りつけた。
「死ぬ気かこの馬鹿!! 泳げもしないのに! あんなとこで何ボーッとして……?」
何とか這い上がった海岸で、シンは思わずきつい声を張り上げた。しかし、少女はぶるぶると身を震わせながら、子供のように泣きじゃくる。
「ステラ、しにたくない……スノウがかなしむの、だめ……」
「あ……ご、ごめん。大丈夫、大丈夫だから」
怯える彼女を見て、シンはハッとして口調を和らげた。少女は涙の溜まった大きな瞳で、じっとシンを見つめる。
「……だれ?」
「あ……、ご、ごめっ」
「……スノウ、しらないひととははなしちゃだめっていってた……ステラ、やくそくまもれなかった……」
また泣き出しそうな少女に、シンは慌てて自分の胸に手を当てた。
「え! い、いや……俺、シン! シン・アスカ! ほら、名乗ったよ。これで知らない人じゃないだろ?」
「うぅ……ステラ、おこられるぅ……」
シンの必死な自己紹介も虚しく、彼女は自分の世界に閉じこもるように俯いてしまう。そんな彼女の儚い姿に、シンはプラントにいる妹を重ねて見えた。シンは優しく自分の胸に抱きこんだ。
「大丈夫! もう大丈夫だから。君のことは……俺がちゃんと守るから」
「……」
「……」
少女の泣き声がぴたりと止まった。
「……まもる?」
「うん。だからもう大丈夫。君は死なないよ、絶対に」
「……」
「ぁ……」
少女はもう一度、その言葉を確かめるように呟いた。
「守る」
「うん、守るよ」
それからシンはステラから身を離すと、彼女を伴って岩場のほうへ向かった。
ちょうど腰かけるのに手頃な岩があったので、そこにステラを座らせる。ふと彼女の足元を見ると、白い肌に赤い血が流れていた。海に落ちたときか、浅瀬を歩いたときに傷つけてしまったのだろう。
「大丈夫? 寒くない? あ、岩で切っちゃったのかな? 痛い?」
シンは慌ててステラの前に膝をつき、傷口を覗き込んだ。
「ん?」
ステラは痛む風でもなく、不思議そうに自分の足を見つめている。
「ちょっと待ってて」
シンはポケットからハンカチを取り出すと、ステラの足の傷口に優しく巻き、丁寧に止血を施した。これで血が止まってくれればいいが、と内心で祈る。
(でも、どうすりゃいいんだ? この子泳げないし、後でルナたちに何言われるか分かんないけど……ま、いいか)
このまま放置するわけにはいかない。シンは後で大目玉を食らうことを覚悟したうえで、ミネルバへ緊急信号(エマージェンシー)を送る決意を固めた。
シンは隊服の首元にある通信機に指をかける。
(きっと、これで助けに来てくれるに違いない)
そう信じて、ぱきっと割った。
◇◇◇
すでに日は暮れ、夜が訪れていた。
周囲は真っ暗だったが、シンが必死にかき集めた流木で火をおこし、少しでも暖を取ろうとする。びしょびしょになった隊服は海の塩をたっぷりと吸い込んでいるが、乾けばなんとかなるだろう。
今は、お互いに裸だった。
もちろんステラのほうは極力見ないように、細心の注意を払っている。シンは真っ赤になりそうな顔を必死に抑え、少女と背中合わせになりながら、色々と聞き込んでみることにした。
「君は、この街の子? 名前は? 分かる?」
「なまえ……ステラ。まち……しらない」
背中越しに、ステラの少し幼い声が返ってくる。
「じゃあ、いつもは誰と一緒にいるの? お父さん? お母さん?」
「いっしょはスノウ、スティング、アウル。おとうさん、おかあさん、しらない」
「そっか……。きっと君も、怖い目に遭ったんだね」
両親を知らないという彼女に、シンは自分と同じ戦争の傷跡を感じて切なくなった。
「こわいめ?」
「ああ、ごめん! 今は大丈夫だよ。僕が……うーんと、俺がちゃんとここにいて守るから」
シンが力強く言うと、背中に伝わる彼女の体温が、どこかすがるように微かに動いた。
「ステラをまもる。しなない?」
「うん、大丈夫。死なないよ」
そこでステラは何か思いついたのか、不意に立ち上がり、近くに干してあるドレスのポケットに手を入れて何かを探し始めた。そして、目当てのものを見つけると嬉しそうにシンへ差し出した。
「……シン」
「ん?」
名前を呼ばれてシンが振り返りそうになる。だが、ステラは半裸だ。
「あ! いぃ……」
シンは慌てて顔を真っ赤にしてそらした。しかし、視界の端で差し出された彼女の手に目を通す。そこには、小さな貝殻が乗っていた。
「はい」
「ん? 俺に? ぁ……くれるの? ありがとう」
シンが手探りでそれを受け取ると、ステラは嬉しそうに声を弾ませた。
手のひらの上の貝殻を見つめるシンの胸に、焚き火とは違う、温かい何かが灯っていく。
「あ……」
手のひらの貝殻を見つめていたシンの耳に、暗闇の向こうから規則的なエンジン音が届いた。
見ると、夜の海を滑るようにして、一隻のザフトの救命艇が岩場へと近づいてくる。
救命艇が慎重に岩場へと接岸し、サーチライトが焚き火の周りを白く照らし出した。操縦席のザフト兵を一人伴い、フチを跨いで直接岩場へと降りてきたのはアスランだった。
アスランはシンたちの姿を確認すると、呆れたようにため息をついた。
「休暇中に緊急信号(エマージェンシー)とは、やる時は本当に派手にやってくれる奴だな、君は」
「隊長!」
シンが弾かれたように声を上げる。
「なんでこんなところで遭難するんだ!」
「別に遭難したわけじゃないですよー。ただちょっと……おあ……」
シンは言い返そうとしたが、背後のステラがサーチライトの眩しさと見知らぬ大人の男たちに怯え、小さく身を縮めるのが分かった。シンはとっさに彼女を庇うようにして、アスランたちの視線の前に立ち塞がった。
「ん? どうした?」
怪訝そうに首を傾げるアスランに、シンは事情を説明した。
「この子が崖から海に落ちちゃって、助けてここに上がったはいいけど、動けなくなっちゃって」
アスランはシンの背後にいる金髪の少女へと視線を向け、少し表情を和らげた。
「ディオキアの街の子か?」
「いえ、それがちょっとはっきりしなくて」
「え?」
「多分、戦争で親とか亡くして……。だいぶ怖い目に遭ったんじゃないかと」
シンの言葉に、アスランは痛ましそうに目を細めた。
「そうか……。名前は?」
「ステラです」
「家は? 分かるのか?」
「いえ、それが……」
アスランは腕を組み、静かに思考を巡らせた。
「名前しか分からないとなると、ひとまず基地に連れて行って、そこで身元を調べてもらうしかないなぁ」
「……う、……ぅ」
その時、背後からステラの小さな歯の根が合わない音が聞こえた。服を着直したとはいえ、夜の海風は容赦なく彼女の細い身体を冷やし、ガタガタと激しく震えさせていた。
「ステラ、寒いか……!?」
シンが慌ててステラに寄り添う。
それを見たアスランが、すぐに同行してきたザフト兵に指示を出した。
「おい、毛布を持ってきてくれ」
「はっ!」
兵士が手早く艇内から取り出してきた厚手の毛布を、シンはすぐに受け取った。そして、怯えさせないように優しくステラの肩へと掛け、その身体をすっぽりと包み込んであげる。
「ほら、これにくるまって。すぐ暖かくなるから」
「あったかい……」
ステラは毛布の端をきゅっと握りしめ、シンの顔をじっと見つめた。その大きな瞳の震えが、少しだけ収まっていく。
アスランはそんな二人の様子を静かに見届けた後、顎で救命艇を指した。
「よし、艇に乗ろう。これ以上ここにいたら身体が冷え切ってしまう」
シンは頷き、毛布に包まれたステラの小さな手を引いて、静かに救命艇へと歩き出した。
「はい」
シンは頷き、毛布に包まれたステラの小さな手を引いて、静かに救命艇へと乗り込んだ。
やがて救命艇がゆっくりと岩場を離れ、夜の海へと滑り出す。
しばらく暗闇の中を進んでいると頭上の崖上、別荘か何かだろうか。その付近から少女の名を叫ぶ少年たちの声が聞こえた。
「ステラー!」
「おーい! ステラー! どこだー! この馬鹿ー!」
スティングとアウルであった。二人は必死にステラを探していた。彼らにとって、ステラは大切な妹分だ。スノウからしっかりとみているよう言われたのに、まさかそこで踊ってるはずのステラを見落とすとは。
「ちっ……どこに行きやがった。変な奴に構われてないといいが……」
スティングが苦々しく毒づきながら、さらに暗い敷地の奥へと足を進めていく。
救命艇のアスランたちもその声や様子に気づいていたが、今いる場所からあの崖の上へ登れるようなルートはない。アスランはここは諦め、基地に戻ってから車を出して捜索する方へ動くよう、静かに舵を取らせていた。
夜の闇は深く、遠ざかる少年たちの叫びをただ静かに飲み込んでいった。
◇◇◇
基地から車を出して夜道を走らせていたその時、前方に一台の車が見えた。ステラを探している人物の車だと直感し、シンがとっさに声を上げる。
「あれだ!」
「止めろ」
隣に乗るアスランが、冷静にザフト兵へ指示を出した。キィ、と鋭いブレーキ音を立ててザフトのジープが停止する。
「スティーング!」
毛布から顔を出したステラが、相手の車に向かって嬉しそうに叫んだ。
対向車のドアが開き、少年たちが顔を出す。
「あ?」
「ステラ!?」
「って、あれザフトのジープじゃんか」
アウルは顔を顰めて身構えたが、スティングはそれどころではないと言わんばかりに、車から飛び降りるようにしてステラのもとへ駆け寄った。
「ステラ! 怪してないか!?」
「スティング!!」
ステラはジープから飛び降りると、スティングの胸へと勢いよく抱きついた。スティングもまた、愛おしそうに彼女の細い身体を強く抱きしめる。それを見届けていたアウルが、ジープのアスランたちを睨み据えた。
「おいおい、赤服だぜ」
「し!」
スティングが低くアウルを制する。そんな男たちの緊張感を知る由もなく、ステラはスティングの腕の中で無邪気に声を弾ませた。
「あのね、シンがたすけてくれたの。ステラまもってくれるの!」
「ん? まもる……?」
スティングが眉をひそめてシンを見る。シンはジープから降りると、少し決まり悪そうに頭を掻いた。
「海に落ちたんです。俺、ちょうど傍にいて。でも良かった。この人のこと色々分かんなくって、どうしようかと思ってたんです」
「そうですか。それはすみませんでした。ありがとうございます」
丁寧に対応しながらも、スティングの目は油断なくザフトの赤服たちを観察していた。
助手席のアスランは、スティングたちの身のこなしや独特の空気感に、微かな違和感を覚えて目を細める。あれは以前、議長と会談に臨むカガリについていった時に宇宙港で見かけた……。
(ん? ……ん……)
しかし、ここで深く詮索するわけにもいかない。アスランは短く首を振った。
「では」
「ザフトの方々には本当に色々とお世話になって」
スティングが頭を下げる。ジープがゆっくりと動き出そうとしたその時、ステラが悲しそうにシンを見つめた。
「シン……ばいばいなの?」
「ぇあー、ごめんね」
「ぁ……」
寂しげに俯くステラに、シンは慌てて笑顔を作った。
「でもほら、お兄さん達来たろ? だからもう大丈夫だろ?」
「うん……」
それでもステラの顔は晴れない。
「あ、えっと……ぁ、ほら! また会えるからきっと! ね?」
「え?」
「行くぞシン。いいか?」
アスランから促され、シンは「あ、はい」と応じてジープに乗り込みつつも、どうしてもステラから目を離せなかった。ジープがゆっくりと加速していく。
「ぁぁ……」
手を伸ばすステラ。シンは身を乗り出すようにして、遠ざかる彼女に叫んだ。
「ごめんね、ステラ! でもきっと、ほんと、また会えるから!」
「シン……」
「ってか、会いに行く――!」
「……シン」
ステラはその名前を、大切そうに胸の中で繰り返した。
二台の車の距離が完全に離れた頃、アウルがようやく大きくため息をついた。
「いやー参った参った。マージ驚いたぜもう」
「ほんとだ。ステラ、ほら行くぞ」
スティングに促され、ステラは後部座席に乗り込みながら嬉しそうに話した。
「……うん。あのね、シン……ステラまもるっていってくれた。スノウいがいはじめてなの」
「守る、ねぇ……」
ステラが漏らしたその言葉に、スティングは複雑な感情を宿しながらも、優しく彼女の髪を撫出た。
「まぁ、良かったな、ステラ」
「うん!」
たとえ、この先どこかの戦場で出会うことがあったとしても――お互いに名乗りさえしなければ、ステラが悲しむことなど起きるはずもない。
なんせ、自分たちが先に相手を落としてしまえば、ステラの笑顔は守れるのだから。
スティングはステラにしっかりとシートベルトを締めさせると、自身も運転席へ乗り込んだ。別荘に戻るため、静かにハンドルを握り直すのだった。