腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:サボテンダーイオウ
「タンホイザー被弾! FCS(火器管制システム)ダウンしました!」
煙が立ち込めるブリッジで、アーサーが頭を抱えながら悲痛な叫びを上げる。最大兵器を封じられたタリアは、衝撃に耐えながら間髪入れずに次の指示を張り上げた。
「消火急げ! FCS再起動!ダメージコントロール班待機!」
一方、タケミカズチの最高司令官室では、ミネルバのタンホイザーが直前で謎の狙撃によって破壊された光景を前に、ユウナが魂の抜けたような声を漏らしていた。
「あああ……」
絶大なる破壊の光から命を拾ったというのに、突如現れた蒼と白の機体に、彼はただ恐怖のあまり戦慄するしかなかった。
黒海の空を駆けていたザフトの若き戦士たちも、そのあまりに強引で圧倒的な『戦場の否定』に言葉を失っていた。
「ああ……っ!」
「ああ……っ!」
インパルスのコックピットでシンが、あるいはセイバーの中でアスランが、それぞれのモニターに映し出された驚愕の光景に息を呑む。
「着水する! 総員、衝撃に備えよ!」
タリアの緊迫した絶叫とともに、爆発の推進力を失ったミネルバの巨体が、激しい水しぶきを上げて黒海の海原へと着水した。激しい衝撃が艦内を、そして操縦席のマリクを揺らす。
「う……っ!」
衝撃が収まった戦場に、にわかには信じがたい静寂が訪れた。
シンは操縦桿を握りしめたまま、その圧倒的な力で両軍の武装を無力化していく白銀の機体を見つめていた。
「……」
そしてアスランもまた、その背に広大な翼を広げる2機の化け物を見つめ、信じられない名前を唇から零した。
「……キラ……アマキ……! ─」
だが、戦場に与えられた衝撃は、それだけでは終わらなかった。
モビルスーツが激しく入り乱れる黒海の空。その厚い雲を割って、新たに一機のモビルスーツが、ゆっくりと、しかし確固たる存在感を放ちながら降下してきた。
淡いピンク色の装甲を纏ったその機体――『ストライクルージュ』。
その両脇を固めるように、キラのフリーダムと、アマキが翼を広げて並び立つ。二つの圧倒的な力が、そのルージュを守るための絶対的な盾として機能していた。
ストイックに敵味方の武装を解除していく二機を背に、ルージュは戦場の中央でホバリングを止め、全チャンネルのオープン通信回線を強制的にジャックした。スピーカーから、一切の迷いがない、あまりにも毅然とした少女の叫びが黒海のすべてに響き渡る。
『私は、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ!』
「え?」
「ん?」
「あ?」
「え?」
空戦を展開していたオーブ軍のムラサメのパイロットたちが一斉に、そのピンク色の愛機を見つめ、コックピットの中で目を見開いた。
「!」
タケミカズチのブリッジでその声を聴き、画面に映し出されたルージュの姿を捉えたトダカ一佐とアマギの2人は、弾かれたように直立の姿勢を崩し、メインモニターを見上げた。ずっと待ち望んでいた、自分たちの真の主の帰還だった。
「ええっ!?」
「ええっ!?」
最高司令官室のユウナが、そしてミネルバのブリッジでアーサーが、同時にひっくり返ったような驚愕の声を上げる。
「あ……」
「カガリ……っ!?」
シンとアスランの目が驚きに染まる。アスランはコックピットのシートから身を乗り出すようにして、通信の主の名前を叫んだ。
ストライクルージュの機体越しに、カガリは、困惑し、足を止めたオーブの将兵たちに向けて、有無を言わせぬ代表としての圧倒的な命令を突きつけた。
『オーブ軍、直ちに戦闘を停止せよ! 軍を退け!』
大西洋連邦の猟犬となり、中立の誇りを失いかけていたオーブ軍の胸に、その強気な言葉は鋭く突き刺さる。カガリのストライクルージュの帰還、そしてキラとアマキの乱入により、黒海の盤面は誰の手にも負えない混迷の極みへと突入していくのだった。
◇◇◇
~回想~
アークエンジェルのブリーフィングルーム。メインモニターに映し出されたユーラシア大陸西側の戦況データを見つめ、カガリ・ユラ・アスハは怒りと悔しさで全身を震わせていた。
「オーブが……スエズに軍を派遣? ……あいつらっ! 私がいないことをいいことにっ」
ユウナたちセイラン家が犯した、中立の理念への決定的な裏切り。その辛い現実に、アンドリュー・バルトフェルドがコーヒーカップを片手に、淡々と現実を突きつけた。
「仕方なかろう? 同盟を結ぶということはそういうことだ」
「……わかっている。ああ、わかっているさ!」
カガリは拳を血がにじむほど強く握りしめ、行き場のない怒りに身を震わせた。その隣から、静かに腕を組んでいたアイシャが、モニターの不穏な光点を見つめながら言葉を重ねる。
「このまま開戦が始まったら……オーブの立ち位置は完全に連合軍ね」
大西洋連邦の猟犬となり、ザフトと、あるいは世界と戦う国になってしまう。その言葉は重く、カガリの胸へと突き刺さった。
「あ……」
絶望に沈みかけたカガリの背中に、ひょっこりとアマキが近づき、その肩をそっと叩いた。
「……カガリ」
紫の瞳に宿る邪気のない光。中身はいつも通りのニッコリとした佇まいのまま、彼女は静かにカガリに寄り添う。その隣から、キラが優しい、しかし強い意志を秘めた眼差しでカガリを見つめた。
「でも、取り返せることはある。でしょ?」
「ええ。そのためにわたくしたちはいるのです」
ラクスが凛とした微笑みを浮かべて後に続く。自分たちの力は、誰かを傷つけるためではなく、失われようとしている大切な理念を取り戻すためにあるのだと。
「お前ら……」
カガリの瞳に、再び強い光が灯る。その様子を見届け、艦長のマリューがクルーたちを振り返りながら、穏やかに問いかけた。
「では、次の進路は決まりそうかしら?」
「じゃ、次の進路は~」
アマキが楽しげに歌うように言葉を引き継ぐと、カガリは力強く前を見据え、その行き先を叫んだ。
「ああ! オーブ軍を止める!」
迷いは消えた。自分たちの故郷を、あのセイランたちの手から奪い返す。その決意に呼応するように、待機していた頼もしい男たちが不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「よッし! 俺も気張るかな!」
かつて『エンディミオンの鷹』と呼ばれた男――ムウが拳を鳴らす。そしてその隣で、本来ならあのジェネシスの光に消えたはずの仮面の男もといサングラスの男、ラウが静かにその冷徹な、しかし確かな闘志の宿る瞳を細めた。
「私も出よう。ちょうど腕が訛っていたところだ」
キラのフリーダム、アマキのスノーホワイト。さらにムウとラウという、前大戦を伝説的な強さで駆け抜けた英雄たちを再び味方に擁し、白き不沈艦アークエンジェルは、狂った世界を止めるため、そして黒海で引き裂かれようとしているシンやアスランたちの元へと向けて、力強く進路をとり今に至る。
ストライクルージュから発せられるオープン通信の電波は、黒海に展開するすべての戦艦、すべてのモビルスーツのコックピットへ、カガリの毅然とした声をダイレクトに送り届けていた。
『現在、訳あって国もとを離れてはいるが、このウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハが、オーブ連合首長国の代表首長であることに変わりない!』
遮るもののない大空で、淡いピンク色のルージュはその両脇にフリーダムとスノーホワイトを従え、威風堂々と浮上している。かつてオーブを我が身に代えて守り抜いた前代表ウズミの名。その絶対的な血統の証明に、黒海の空を飛ぶムラサメやアストレイのパイロットたちの動きが完全に止まった。
「あ……あ……」
タケミカズチの最高司令官室では、ユウナが喉を鳴らし、完全に言葉を失っていた。船酔いから復活して得意げに作戦を語っていた男の余裕は、今や見る影もない。モニターに映し出されたルージュの姿を前に、ただただ狼狽し、顔を痙攣させることしかできなかった。
カガリの叫びは、さらに熱を帯びて戦場を圧していく。一切の迷いなく、有無を言わせぬ絶対的な代表としての言霊が響き渡る。
『その名において命ずる! オーブ軍はその理念にそぐわぬこの戦闘を直ちに停止し、軍を退け!』
侵略せず、侵略を許さず、他国の争いに介入しない。ユウナたちによって一度は踏みにじられたはずの「オーブの誇り」が、カガリの強気な命令によって、将兵たちの胸へと容赦なく突き刺さる。
「ううーく……!」
ユウナは歯を剥き出しにし、悔しさと焦燥感で顔を醜く歪ませて呻いた。大西洋連邦への手土産として手に入れた最高司令官の座も、オーブの正統なる主が目の前に現れてしまっては、ただの砂上の楼閣でしかない。
「カガリ……」
アスランはただその凛々しい愛機の姿を見つめ、熱い感情を噛み締めるようにその名前を呟いた。
軍人として割り切れと言われ、愛すべき国の人々を撃たざるを得なかった最悪の戦場。そこへ力ずくで割って入り、代表としての誇りを示した彼女の強さに、アスランの胸の迷いは別の意味へと塗り替えられていく。
キラのフリーダムとアマキのスノーホワイトという絶対的な盾を背に、カガリの放った一喝は、混沌とする黒海の盤面を完全に静止させようとしていた。
戦艦『J.P.ジョーンズ』のスノウ大佐から割り込まれた最悪の通信に、タケミカズチの最高司令官室は凍りついた。ブリッジの一同が一斉に息を呑むなか、ユウナは引きつった手でデスクの受話器を取り、耳へと押し当てた。
「これはどういうことですかな? 私の目にあれは、貴国の代表とみてとれるが。ならば、何故今頃、あんなものに乗って現れて軍を退けと言うのか」
受話器の向こうから響くスノウの冷徹な声は、遮音性の高いレシーバーを超えて、室内の静寂に不気味に漏れ聞こえていた。
「ぁ……あ……いや、これは……」
ユウナは引きつった笑みを浮かべ、必死に言葉を濁そうとする。しかし、受話器の向こうから、スノウの声が容赦なく追撃した。
「今速やかにはっきりとお答えいただかねば、貴国のみならず、いろいろと面倒なことになりそうですが……貴方の回答は?」
その絶対的な脅迫に、ユウナの細いプライドはあっさりと砕け散った。彼は狂ったように受話器に怒鳴り散らす。
「こ……これは……いや、だからあれは……ええい! あんなもの私は知らない!」
「あ!」
ユウナから見て左側に直立不動で控えていたトダカ一佐とアマギの2人が、そのあまりに卑劣な言葉に驚愕の声を上げて姿勢を崩した。
◇
同じ頃、戦艦『J.P.ジョーンズ』のカタパルトデッキ。すでに出撃態勢を整え、それぞれのガンダムのコックピットのシートに深く身を沈めていたスティング、アウル、そしてステラの3人は、全軍オープン通信から流れるカガリの叫びと、戦場の異様な膠着状態をキャノピーのモニター越しに見つめていた。
「あ……」
「お……」
「え?」
三人が、それぞれ怪訝そうに呟く。どうやら雲行きが変わったようだ。
「ユウナ様! 何を仰いますか!?」
タケミカズチの司令室では、トダカ一佐が直立不動の軍人としての理性をかなぐり捨て、ユウナに向けて激昂の声を上げていた。隣に並ぶアマギもまた、怒りに顔を真っ赤に染めて言葉を重ねる。
「あれはストライクルージュ! あの紋章もカガリ様のものですよ!?」
「ぅぅ……だ、だからといって何でカガリが乗ってるってことになる!? そんなの判らないじゃないか!」
ユウナは青白い顔のまま、受話器を握りしめて見苦しく喚き散らす。
「しかし、あのお声は……」
「に、偽物だあんなのは!」
「ぁ……」
あまりの暴論に、トダカとアマギは絶句した。ユウナは己の髪を掻きむしり、受話器の向こうの連合に向けて、そして自分自身を騙すように叫び続ける。
「僕には判る! 僕には判る!夫んだぞ! 僕は!で、でなければ……操られてるんだ! 本当の、ちゃんとした僕のカガリなら、こんな馬鹿げた、僕に恥をかかせるようなことをするはずがないだろ!!」
それは一国の最高司令官としての判断ではない。ただ、自らの面子を潰され、仮面の男たちへの恐怖に怯えきった、哀れな男の被害妄想の暴走だった。トダカは拳を血がにじむほどに強く握りしめ、その醜態をただ睨みつけるしかなかった。
「ユウナ様……!」
ユウナのこの錯乱と暴走により、一度はカガリの命令で静止しかけたオーブ軍は、最悪の混迷のまま再び戦火の渦へと引きずり戻されようとしていた。
アークエンジェルの出現とカガリの叫びによって、一時的に沈黙した黒海。
だが、着水したミネルバのブリッジには、未だ電子警報の不気味な残響が低く鳴り響いていた。副長のアーサー・トラインは、冷汗を拭うこともなく、隣に立つタリア・グラディスを振り返った。
「……艦長……」
これから戦場がどう転ぶのか。誰もが固唾を呑んで状況を見守るなか、狂気の引き金は、オーブ軍の旗艦から引かれた。
タケミカズチの最高司令官室では、受話器を握りしめたユウナが、顔を真っ赤に腫らしてブリッジのオペレーターたちに怒鳴り散らしていた。
「何をしている! 早く撃て、馬鹿者!」
その金切り声に、タケミカズチブリッジ一同から「ぇ!」と戸惑いの声が上がる。ユウナは狂ったようにデスクを叩き、窓の外の白い巨体を指差した。
「あの疫病神の艦を撃つんだよ! 合戦用意!」
「……あなたという方は……!」
ユウナから見て左側に直立不動で控えていたトダカ一佐は、その場から動くこともできず、ただ底知れない軽蔑の眼差しをユウナへと向けた。
あのアークエンジェルを撃てということは、オーブの真の主であるカガリ・ユラ・アスハを殺せと言っているに等しい。だが、恐怖で完全に我失ったユウナは、首筋に青筋を立てて喚き散らす。
「でなきゃ!こっちが地球軍に撃たれる!国も!僕等はオーブのためにここまで来たんだぞ!それを今更、はいやめますで済むか!」
大西洋連邦という巨大な怪物の恐怖。そして、自分の面子。それらを守るためなら、彼はオーブの理念も、代表の命すらも、すべてをドブに捨てる覚悟だった。
そのオーブ軍の深刻な内部崩壊を、ミネルバは息を潜めて見つめていた。
「艦長……あの……」
アーサーが落ち着かない様子でタリアに声をかける。
「いいから、ちょっと待って。本艦は今、一番不利なのよ?」
「あああ……」
タンホイザーを破壊され、着水したミネルバは機動性を大幅に奪われている。今むやみに動けば、それこそオーブ軍とファントムペインの格好の標的になりかねなかった。タリアは戦術コンソールを見据えたまま、忌々しげに息を吐く。
「まったく……何がどうなってるんだか……まさか、このままオーブが退くなんてことは……」
その時、コンソールの脇に直立していたオレンジ服のエース――ハイネ・ヴェステンフルスが、鋭い目でメインモニターを睨みながら口を開いた。
「艦長。動きがあったらこっちも出ますよ? いいですね?」
ハイネのその言葉には、迷い続けるアスランや、オーブへの未練に揺れるシンを前線で支え、いつでも戦場を切り裂く覚悟が満ちていた。タリアは隣のエースを頼もしげに見つめ、深く頷く。
「ええ、お願い」
ユウナの暴走により、オーブ軍の主砲がアークエンジェルへと向けられようとしていた。その均衡が崩れた瞬間、再び激しい火蓋が切られることを、ミネルバの面々もまた確信していた。
最高司令官室を支配するユウナ・ロマ・セイランの狂気に対し、トダカ一佐は、軍人としての表情を一切崩さないままコンソールを鋭く見据えた。
「ミサイル照準、アンノウン・モビルスーツ」
そのトダカの命令に、左側に直立していたアマギは、弾かれたように彼を振り返った。
「トダカ一佐!」
タケミカズチのブリッジ一同からも、悲痛な動揺の混ざった声が漏れる。
「ぁぁ……」
アークエンジェルを、カガリ様を直接撃てというユウナの命令。それをトダカは、あえて戦場の中央で圧倒的な威容を誇るフリーダムとスノーホワイトへの照準へとすり替えたのだ。トダカはユウナの目を欺くように、冷徹な軍人としての声を張り上げた。
「我等を惑わす賊軍を討つ!」
「ぅ……っ」
アマギは胸を突かれ、言葉を失った。
賊軍。それは、カガリ様を連れ去ったあの白いモビルスーツたちのことだ。だが、トダカ一佐の狙いはそこにはない。あの二機なら、オーブのミサイルなどすべて叩き落として無力化してくれる――。オーブの牙をアークエンジェルから逸らし、かつ味方の兵を無駄死にさせないための、トダカの捨て身の偽装工作だった。
「早く撃て!」
何も気づかないユウナが、受話器を握りしめたままヒステリックに急かす。
トダカは目を閉じ、心の中で、かつてオーブの未来を託したあの若きパイロットへ向けて、魂の叫びを紡いだ。
(頼むぞ、フリーダム――スノーホワイト!)
トダカは目を見開き、発射ボタンを強く押し込んだ。
「てぇ!」
タケミカズチのVLS(垂直発射システム)から、無数の対空ミサイルが白煙を引いて一斉に黒海の空へと放たれた。それはカガリを討つための弾丸ではなく、狂ったオーブの軍を、あの二機に力ずくで止めてくれと願う、トダカ一佐の必死の祈りの一撃だった。
アークエンジェ』のブリッジでは、迫り来る無数の熱源反応に、マリュー達が同時に息を呑んだ。
「「あ!」」
着水した『ミネルバ』のブリッジでも、オーブ軍が突如として放った猛烈な対空弾幕に、タリアとアーサーが声を震わせた。
「ぁ!」
「ええ!? 」
そして、黒海の空を駆けるザフトのモビルスーツ隊――シンとアスランのコックピットにも、その最悪の火蓋が切られた瞬間が映し出されていた。
「あ!」
「あぁ!」
オーブの理念を守るためにカガリが言葉を尽くし、キラとアマキがそれを支えていたというのに、なぜオーブ軍は引き金を引いたのか。
タケミカズチから放たれた弾幕は、空中で激しい爆発の炎へと変わっていった。しかし、それはフリーダムのマルチロックオンによる精密な迎撃と、アマキのスノーホワイトが放つ圧倒的な連射性能によって、一発残らずピンポイントで叩き落とされた結果だった。
タケミカズチの最高司令官室。モニターの向こうでミサイルがすべて無力化される光景を見つめ、ユウナは再び魂の抜けたような声を漏らした。
「あぁ……」
そのユウナの少し斜め後ろ、左側に直立不動のまま立っていたトダカ一佐は、誰にも悟られぬよう、胸の内で小さく息を吐いた。
「ふー」
(やはり落としたか……。頼むぞ、フリーダム)
カガリのいるアークエンジェルを直接撃たせず、かつ自軍の弾薬を消費させて無力化を狙う。トダカの命を懸けた欺瞞工作は、キラとアマキの圧倒的な技量によって完璧に成立していた。隣に並ぶアマギもまた、その真意を完全に理解し、静かに前を見据えている。
◇
だが、外の戦場にいるシンとアスランには、その「裏の意図」など知る由もなかった。家族を救ってくれたアマキの機体にミサイルが浴びせられた事実に、シンはコックピットで激しく動揺する。
「ぁぁ……」
「ぁぁ……」
ストライクルージュの機内から、カガリの怒りと悲しみの混ざった叫びが、再びオープン通信を通じて全軍のレシーバーを震わせた。
『オーブ軍! 何をする! 私は……!』
カガリの必死の制止を切り裂き、トダカの放った「偽りの砲撃」を本物の戦闘再開の合図と受け取った戦場は、再び誰も止められない最悪の銃撃戦へと雪崩れ込んでいくのだった。
タケミカズチのミサイル乱撃により、戦場の均衡は完全に崩壊した。
その混沌を、戦艦『J.P.ジョーンズ』の艦橋から見下ろしていたスノウは、仮面の奥の瞳を獰猛に細めた。
「構わん。これも好機到来としようじゃないか。手負いのミネルバ、今日こそ沈めるぞ」
その言葉は、それぞれのガンダムのコックピットで待機していた子供たちへとダイレクトに伝達される。
「ふん」
カオスのシートで、スティング・オークレーが冷たく鼻で笑う。
「待ってました! お待たせってね!」
アビスの操縦桿を握りしめ、アウル・ニーダが狂気的な歓喜の声を上げた。カタパルトロックが解除され、2機の強奪ガンダムが、獲物を狙う猛獣のように黒海の空へと弾き出される。
着水し、タンホイザーを破壊されたミネルバのブリッジには、地球軍ガンダムの接近を告げるけたたましい警報が鳴り響いていた。
「アーサー! 迎撃!」
タリアの鋭い怒号がブリッジを震わせる。
「は、はい!」
アーサーが悲壮な面持ちでコンソールにしがみつくなか、タリアは即座に通信席の少女へと鋭い視線を向けた。
「メイリン! モビルスーツ全機発進させて!」
「はい!」
メイリン・ホークは震える指先で全館放送のスイッチを叩き込み、張り詰めた声を艦内に響かせた。
『コンディション・レッド! モビルスーツ隊、全機発進して下さい! 重複します、全機発進!』
黒海の空を切り裂き、ファントムペインの黒い影がミネルバへと肉薄する。
「てぇーい!」
スティングのカオスが空中から容赦のない全方位兵装をばら撒き、
「行けぇ!!」
アウルのアビスが海面を滑るように突撃し、凄まじい水しぶきを上げながらビームを乱射する。
「あぁ……!」
カガリのストライクルージュがその戦火の渦に呑まれかけ、
「くっそー! やらせるか!」
インパルスのコックピットでシンが、大切な故郷の兵士たち、そしてアマキを傷つけようとする地球軍の暴力に激昂の咆哮を上げる。
「チィ!」
アスランのセイバーも可変し、カガリのルージュを守るために地球軍のガンダムへと突撃していく。
そして、ミネルバのカタパルトから、残されたすべての主力が一斉に撃ち出された。
「ハイネ・ヴェステンフルス、グフ、行くぜ!」
オレンジ色のグフイグナイテッドを駆り、ハイネが不敵な声を残して大空へと舞い上がる。迷う若者たちを、今度は自分が背中で引っ張るというエースとしての覚悟が、その背面に輝くスラスターの光に満ちていた。
「ルナマリア・ホーク、ザク、出るわよ!」
「レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!」
ルナマリアの赤いガナーザクウォーリア、そしてレイの白いブレイズザクファントムが、爆音を引いてそれに続く。
ファントムペインのモビルスーツ隊がミネルバへ肉薄し、黒海が再び爆炎に包まれるなか、タケミカズチの最高司令官室では、ユウナ・ロマ・セイランが受話器を叩きつけ、地団駄を踏んでいた。
「な、何やってるの! うちもさっさと攻撃させて!」
そのヒステリックな金切り声に、左側に直立不動で控えていたトダカ一佐とアマギの2人は、同時に苦渋の表情を浮かべた。
「ぁ……」
「モビルスーツ隊! ほら!」
「ぁ、いえ……しかし!」
トダカが厳しい声を上げてユウナを制そうとする。だが、仮面の男たちへの恐怖で完全にパニックを起こしているユウナの耳には、現場の悲痛な声など届かない。
「ミネルバを討つんだよ! また言われちゃうじゃないか! うちは地球軍なんだよ!」
大西洋連邦の猟犬として、ザフトを討て。それが彼に許された唯一の生存戦略だった。
そのオーブ軍の混乱を他所に、戦場では激しい死闘が再開されていた。スティングのカオスとアウルのアビスによる猛攻、そして押し寄せるムラサメの群れを前に、ミネルバから出撃したザフトのパイロットたちが苦悶の声を上げる。
「くッ……!」
「くッ……!」
カオスが放つ全方位兵装のフラッシュにレイが歯を食いしばり、アビスの放つビームの嵐にルナマリアがザクのシールドを構えて耐える。戦況は一瞬にして最悪の泥沼へと逆戻りしていた。
だが、最高司令官室のユウナの暴走は、それだけでは止まらなかった。モニターに映る白き不沈艦――アークエンジェルを見つめるユウナの目が、どす黒い私怨に濁る。
「それから! あの艦! アークエンジェルも!」
「なんですと!?」
トダカは今度こそ直立の姿勢を崩し、ユウナに向けて絶叫に近い声を上げた。アークエンジェルを撃つということは、その傍らにいるカガリ様を、オーブの正統なる主をこの手で殺せという意味に他ならない。しかし、ユウナは狂ったように髪を掻きむしり、執念深く叫び散らす。
「あれがそもそも、我が国混乱の最大の原因でしょ? いっつもいっつもいっつもいっつもいっつも……だから一緒に片付けて! あの仮面男にちょっとはいいとこ見せなきゃまずいでしょ?」
スノウのベネチアンマスクを思い浮かべ、その恐怖に怯えながら、カガリへの身勝手な怒りを爆発させるユウナ。一国の首長代行ともあろう者が、ただの面子と保身のために、自国の主へ銃口を向けろと命じている。
「く……っ!」
トダカは表情を怒りに歪め、胸の内で煮え滾るような屈辱と激昂を押し殺した。隣に並ぶアマギもまた、あまりの理不尽さに奥歯が折れんばかりに噛み締めている。
狂った最高司令官の命令の刃が、ついにカガリたちのいるアークエンジェルへと向けられようとしていた。
「逃げ道など、いくらでもある」――そう心の中でうそぶいていた仮面の男、スノウ大佐の命令により、ついに黒い死神が戦場へと解き放たれた。
「はああぁぁッ!」
ガイアガンダムのコックピットで、ステラは獣のような叫び声を上げ、主翼を大きく広げた。黒き猟犬のごとき機体が、凄まじい推進力を引き連れてアスランのセイバーへと牙を剥く。
「くッ……!」
ステラの常軌を逸した獰猛な猛攻を前に、アスランはセイバーのシールドを滑り込ませて防ぐのが精一杯だった。さらにそこへ、空中から無数のビームの雨が降り注ぐ。
「ええい!」
スティングのカオスが全方位兵装を操り、アスランの退路を執拗に断ち切っていく。
「今日こそ落ちろ! この野郎!」
海面を猛スピードで滑るアウルのアビスが、手負いのミネルバへと向けて最悪のビーム砲を乱射した。
「くっそー!」
シンのインパルスが間一髪でアビスの射線に割り込み、高エネルギービームライフルを連射してその突撃を阻む。しかし、ファントムペインの3機のガンダムが揃ったその波状攻撃の威力は、戦場を完全に連合のペースへと巻き込んでいった。
その混迷に拍車をかけるように、タケミカズチのオープン通信回線から、全軍に向けて冷酷な偽りの命令が繰り返し連呼され始めた。
『オーブ軍、モビルスーツ各隊は地球軍と共にミネルバへの攻撃を再開せよ。あれはカガリ様ではない。あれはカガリ様ではない』
ユウナの錯乱が生み出した、哀れな現実逃避のアナウンス。それは黒海の空を飛ぶオーブ軍の将兵たちの心へ、決定的な困惑の楔を打ち込んだ。
「カガリ様ではない?」
「偽物?」
コックピットのモニターに映る淡いピンク色のルージュを見つめ、ムラサメのパイロットたちが動揺の声を漏らす。だが、最高司令官からの公式の命令である以上、彼らは再びその銃口を、ミネルバへ、そしてアークエンジェルへと向けざるを得なかった。
◇
「く……っ!」
押し寄せるオーブ軍のムラサメの大群と、カオスの執拗な狙撃の前に、レイのブレイズザクファントムの装甲が火花を散らす。
「レイ!」
ルナマリアがガナーザクウォーリアのビームトマフクを構え、加勢に入ろうとするが、アビスの激しい水しぶきとビームの檻に阻まれて距離を詰められない。
「チィ!」
ハイネのグフイグナイテッドが4連装ビーム機関砲を掃射し、レイを包囲しようとしていたムラサメの翼を叩き切る。
一方的にやられるミネルバに対しカガリは血の涙を流すような思いで全周囲モニターを見つめていた。
彼女の必死の命令を「偽物だ」と切り捨て、地球軍に調子を合わせて再びミネルバへ、そしてアークエンジェルへと銃口を向ける自国の将兵たち。その不条理な現実に、カガリは通信機を握りしめ、強気な声を震わせて叫んだ。
「うぅ……! オーブ軍! 私の声が聞こえないのか! 言葉が解らないのか! オーブ軍、戦闘をやめろ!」
しかし、狂った戦火の足音は彼女の声を無慈悲に掻き消していく。そのルージュの前に割って入るように、蒼き翼――フリーダムが滑り込んできた。キラが、通信回線を通じて静かにカガリへと届けられる。
「カガリ、もう駄目だ」
「え!」
「今はもう駄目だよ。手遅れだ」
フリーダムの隣へと並び立った白銀の機体――スノーホワイトのコックピットから、アマキが続いた。いつものニッコリとした邪気のない中身は鳴りを潜め、その紫の瞳には、戦場を一瞬で支配する戦闘狂としての冷徹な光が宿っている。ユウナの言葉に縛られた兵士たちは、もはや言葉では止らない。
「……キラ……アマキ……」
カガリは奥歯を噛み締め、悔しさに唇を震わせた。そんな彼女を気遣うように、キラのフリーダムがマルチロックオンのセンサーを全方位へと展開していく。
「下がって。カガリは撃っちゃいけない」
「あとは私達がやるから。下がってて。ラウ!ムウさん!カガリの護衛とその他任せた!」
アマキがスノーホワイトの出力を一気に限界まで引き上げ、純白の機体から凄まじいプレッシャーを放った。彼女はそのままアークエンジェルの通信回線を開き、後方に待機していた頼もしい英雄たちへと鋭い指示を飛ばす。
『おう!』
間髪入れずに力強い返声を響かせ、アークエンジェルから飛び出したのは、オーブ軍の空戦型MS『ムラサメ』だった。そのコックピットで、ムウ・ラ・フラガは不敵に操縦桿を握り直す。
『了解』
そして、ムウの機体に続いてカタパルトから滑り出してきたのは、もう一機の『ムラサメ』だった。しかしそれは、通常のオーブ軍のカラーではない。鈍い光沢を放つシルバーと、冷徹なグレーのツートンカラーに塗り替えられた、独自のパーソナルカラーを纏う異質の機体。そのシートに深く身を沈めたラウ・ル・クルーゼは、仮面の奥の瞳を冷たく細め、静かに操縦桿に手を添えた。
「く……お前ら……!」
カガリが悔しさを滲ませるなか、ムウのムラサメと、ラウのシルバー×グレーのムラサメの2機がストライクルージュの背後にピタリと位置取り、完璧な護衛陣形を構築した。
言葉による説得の時間は終わった。
愛する国の人々を傷つけず、しかしこれ以上の進軍は絶対に許さない。キラのフリーダムとアマキのスノーホワイトは、襲いかかる連合・オーブの混成部隊を力ずくでねじ伏せるため、黒海の空へと牙を剥いて飛び出していくのだった。
「ええい!」
インパルスのコックピットでシン・アスカが操縦桿を激しく引き絞り、高エネルギービームライフルを連射する。
「ええい!」
ガイアを駆るステラが、獣のような獰猛さでその光条をいなし、鋭い爪を剥いてインパルスへと襲いかかる。
「そーら!」
アウルのアビスが海面から飛び出すようにして、至至近距離から三連装ビーム砲を斉射した。
「ぅ……!」
その死角からの強襲を身代わりに受け、レイのブレイズザクファントムの装甲が激しく火花を散らした。ファントムペインの連携は、ザフト主力隊を確実に削りにかかっていた。
着水したミネルバのブリッジでは、全方位から押し寄せる熱源反応に、オペレーターたちが悲鳴のような報告を上げ続けていた。
「10時の方向よりミサイル8!」
バートの緊迫した叫びに、タリアは即座にシートの肘掛けを握りしめる。
「回避! 取り舵10!」
巨大な艦体が波を切り裂いて大きく傾き、激しい衝撃にブリッジ一同が「うぅ……!」と声を漏らして床に足を踏ん張る。すれ違いざま、アーサーが狂ったように叫んだ。
「トリスタン、てぇ!」
ミネルバの両舷に配された主砲『トリスタン』が火を噴き、迫り来る地球軍のMS編隊を爆炎の中へと包み込んでいく。
しかし、オーブ軍の旗艦タケミカズチの最高司令官室では、戦況の推移など目に入らないユウナが、受話器に口を押し当ててさらなる無謀な大号令を下していた。
「クラミとイワサコを前に出せ! 二隻一気に追い込むんだ!」
「……っ!」
トダカ一佐とアマギは直立不動のまま、ユウナの狂気的な命令に奥歯を噛み締めた。護衛艦『クラミ』と『イワサコ』。それをこの狭い海峡の前線へ無防備に突き出せば、ミネルバの格好の標的になる。だが、パニックを起こした総司令官を止める術は、今の彼らにはなかった。
戦火の刃は、カガリたちを乗せた白き不沈艦へと向けても容赦なく放たれていた。タケミカズチと連合艦隊からの集中砲火が、アークエンジェルの周囲の海面を激しく爆沈させる。
「回避! 下げ舵15! 降下!」
マリュー・ラミアスの張り詰めた絶叫とともに、アークエンジェルは巨体を大きく揺らしながら、爆煙の渦巻く海原へと高度を下げていく。
「あ……」
ストライクルージュのコックピットで、カガリは自分の命令を聞かず、それどころか自分たちを落とすために迫り来る故郷の護衛艦たちの姿に、絶望の声を漏らした。
その時だった。
フリーダムのコックピットの中で、キラ・ヤマトの瞳の奥が、カチリと音を立てて弾けた。脳裏で弾け飛ぶ聖なる種。一瞬にしてすべてのノイズが消え去り、戦場の全情報がキラの脳細胞へとダイレクトに流れ込んでいく。
「アマキ。行くよ!」
「オッケェー!」
キラのフリーダムが、そしてアマキのスノーホワイトが爆発的な加速とともに動き出した。
「じゃ、おっ始めよっか!」
スノーホワイトのコックピットで、アマキ・カンザキはいつも通りの笑みを浮かべ、操縦桿を信じられない速度で叩いた。紫の瞳が、狂った戦場をゲーム盤のように捉える。
覚醒したキラの指先が、流れるような滑らかさでキーボードと操縦桿を叩いた。フリーダムのマルチロックオンシステムが起動し、メインモニターの視界に映るすべての敵機――迫り来るオーブ軍のM1アストレイ、地球連合軍のウインダム、さらにはユウナが前に突き出した護衛艦『クラミ』や『イワサコ』の砲塔までもが、一瞬にしてすべてロックマークに塗り潰されていく。
「――ハイマート・フルバースト!」
フリーダムの背部ウイングが美しく広がり、クスィフィアス・3レール砲、バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲、そして高エネルギービームライフルが一斉に火を噴いた。天空から放たれた無数の光の筋が、虹の弾幕となって戦場を包み込む。
その一発一発が、常軌を逸した精密さでモビルスーツのライフルや盾、護衛艦の銃身だけをピンポイントで次々と焼き切っていった。一切の爆発を起こさせず、ただ「戦う牙」だけを奪い取る、キラの圧倒的な神技だった。
「な、何なんだあのフリーダムは……! 狙撃が正確すぎる!」
地球軍パイロットたちが弾幕をすべて消し去られて驚愕する、まさにその隙間を縫うようにして、白い影が飛び出した。
白銀の機体『スノーホワイト』が、背部のスラスターからまばゆい粒子を放出させながら、神速の軌跡を描いて大空を舞った。それはキラのフリーダムの動きに寸分の狂いもなく同調する、美しくも恐るべき機動だった。
「速すぎる――あ!?」
地球軍パイロットの悲鳴が上がる。スノーホワイトが手にした特殊ビームサーベルが閃くたび、フリーダムの射線を躱した敵機の腕部のライフル、肩のミサイルポッド、あるいはバックパックの主推進スラスターだけが正確無比に叩き切られていく。
一人の人間も殺さず、一機のコクピットも傷つけない。
しかし、掠め取られた機体はことごとく全武装を喪失し、あるいは推進力を失って、戦場に無害な鉄屑としてぽつぽつと海面へ不時着していく。キラが全方位のバースト射撃で敵の進軍を完璧に足止めし、アマキのスノーホワイトがその懐へと神速で飛び込んで残りの武装を徹底的にへし折っていく。
ユウナが前に突き出した護衛艦『クラミ』と『イワサコ』の砲塔ですら、キラのビームとアマキの精密な連撃によって、艦体を傷つけることなく銃身だけが次々と焼き切られていく。
「なんだよ、…誰なんだよアンタはっ…!?」
インパルスのコックピットで、シンはその二機が見せつける、圧倒的な「命を救うための暴力」に完全に言葉を失っていた。あの日、自分の家族を救い上げてくれたあの圧倒的な強さが、いま目の前で、誰も殺すことなく戦場そのものを力ずくで停止させようとしていた。
◇
二機のガンダムが戦場を蹂躙し、敵味方の武装を強引に剥ぎ取っていくその真下で、白き巨艦もまた、波を立てて進路を鋭く切り替えた。アークエンジェルのブリッジで、マリューは戦術モニターの推移を睨みつけ、凛とした声を張り上げる。
「本艦はミネルバに向かいます。オーブと地球軍を牽制して」
「はい」
不沈艦のエンジンが重低音を響かせ、爆煙が立ち込める黒海を突っ切って、手負いのミネルバを守るようにその巨体を滑り込ませていく。
◇◇◇
オレンジ色のグフイグナイテッドと、黒きガイアガンダムが激しい火花を散らして激突していた。
「く……っ!」
ガイアのコックピットで、ステラは突き上げられる衝撃に歯を食いしばる。相手のグフを駆るハイネは、これまでの連合の量産機とは次元の違う、ザフトのトップエース。ハイネは通信回線の向こうの獰猛な少女をあしらうように、不敵に口元を緩める。
「ふ」
「でええい!」
ステラが叫び、ガイアのビームサーベルがグフの頭上から一閃される。しかし、ハイネは最小限の機動でそれを紙一重で回避すると、即座にシールド内蔵の試製4連装ビーム機関砲を至近距離から斉射した。
「チィ! このぉ!」
ビームの網を強引に突破し、四足獣の形態へと可変して突撃してくるガイアに対し、ハイネのグフが手にした高エネルギービームツルハシが猛然と振り下ろされる。
「ああああ!あ゛ッ!あッ!」
凄まじい斬撃の衝撃に、ガイアのコックピットの中でステラが悲鳴を上げて激しく揺さぶられた。装甲を深く切り裂かれ、ガイアの体勢が大きく崩れる。ハイネは操縦桿を引き絞り、その圧倒的な力を見せつけるように、誇り高きエースのセリフを吼えた。
「ザクとは違うんだよ! ザクとは!!」
「くッ! お前えぇぇ!!」
プライドを傷つけられたステラが狂ったようにガイアを暴れさせ、再び肉薄しようとするが、ハイネはすでにその動きを完全に見切っていた。グフが滑るように上空へと舞い上がり、ガイアの頭上を奪う。
「はッ……!」
ハイネの鋭い呼気とともに、グフのヒートロッドが稲妻のように走り、ガイアの武装を搦め捕らえにかかる。
一方、そのすぐ近くの宙域では、シンやレイたちザフト主力隊、そして乱入してきたキラとアマキの圧倒的な力に、ファントムペインの他の2機が完全に翻弄されていた。
「くッ!」
インパルスの猛攻を受け流しながら、シンを引き剥がそうとするが、アウルのアビスは思うように動けない。
「ええい!」
「チィ! 戦闘能力で負けている? 俺が!?」
カオスのコックピットで、スティング・オークレーは信じがたい現実に目を見開いていた。
マルチロックオンですべての弾幕を消し去るフリーダム。そして、神速の軌跡で自軍のウインダムやアストレイの武器を正確無比に削ぎ落としていくスノーホワイト。アマキの駆る白銀の怪物の前に、ファントムペインのエリートとしてのスティングの自尊心は、無残にも叩き潰されようとしていた。
◇◇◇
彼女の必死の命令を「偽物だ」と切り捨て、アークエンジェルを、自分を撃ち落とそうと迫り来るオーブ軍のムラサメやアストレイの大群。そのあまりの不条理に、カガリは操縦桿を握りしめて叫んだ。
「くそ! どうして!」
「下がれ! カガリ!」
その焦燥を遮るように、ムウ・ラ・フラガの駆るムラサメがルージュの前方へと滑り込み、飛来するビームをシールドで弾き飛ばした。
「ぅ……っ」
「カガリ嬢、君がここでできることはもうない。下がるんだ」
通信回線から響く、ラウ・ル・クルーゼの冷徹な声。シルバー×グレーのムラサメを巧みに操り、敵の射線を的確に潰しながら、ラウは冷酷な現実を彼女に突きつける。言葉で止まる段階は、ユウナの欺瞞放送によってすでに終わってしまったのだ。
「ぅぅ……っ」
カガリは歯を食いしばり、悔しさに身を震わせた。
モニターの向こう、ザフトを討つべく嬉々として引き金を引くオーブの将兵たちの姿に、カガリの脳裏には、かつてあの地獄の戦火の中で、父が力強く告げたあの演説の言霊が鮮烈に蘇っていた。
『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。我等オーブが此れを理念とし、様々に移り変わっていく永い時の中でも、それを頑なに守り抜いてきたのは、それこそ我々が国という集団を形成して暮らしていくにあたり、最も基本的で大切なことと考えるからです。今この状況下にあっても、私は其れを正しいと考えます。地球軍の軍門に下れば確かに今、武力による侵攻は避けられるかもしれません。しかし、それは何より大切なオーブの精神への、いや、人としての精神への侵略を許すことになるでしょう』
あの日、父ウズミが命を懸けて世界に示し、そしてキラ達の力によって奇跡的に生き延びた、気高きオーブの火。
しかし、今のオーブはどうだ。父が生存しているというのに、目の前のユウナたちセイラン家は、大西洋連邦の威を借りてオーブの精神を、人としての誇りすらも完全に侵略し尽くしてしまっている。
『今陣営を定めねば討つという地球軍。しかし我々はやはりそれに従うことは出来ません。今従ってしまえばやがて来るいつの日か、我々はただ彼等の示すものを敵として、命じられるままにそれと戦う国となるでしょう』
(……ああ、父上。本当に、あいつらはオーブをそんな国にしてしまった……!)
彼らの示すものを、ただ命じられるままに敵として戦う国。
まさに今、黒海の空で、かつての同盟国であるザフトを「敵」と呼ばれて銃口を向けてくる我が国の兵士たち。父が警告した最悪の未来が、完璧な現実となってカガリの眼前に突きつけられていた。
『侵略を許さず、これはオーブの理念です。我々はこれを守るべく、最後まで努力を続けます。しかし、残念ながら危機はすぐそこに迫っています』
「うぅぅ……っ!!」
カガリは声を押し殺し、血がにじむほどに拳を強く、強く握りしめた。
生きている父に対して、そして国を守ってくれた皆に対して、あまりにも申し訳ない。自分の無力さゆえにここまで泥に塗れてしまった祖国の姿。その激しい悔しさをすべて呑み込むように、カガリはただ、ムウとラウに守られながら、暗い戦火に包まれる黒海の空を見つめ続けるしかなかった。
カガリのストライクルージュの前後に陣取った二機のムラサメは、襲いかかるオーブ軍のムラサメや連合軍のダガーLの大群を相手に、鉄壁の防空網を敷いていた。
「おらおら! 邪魔すんじゃないよ!」
ムウの叫びとともに、彼の駆るムラサメがビームライフルを乱射し、突撃してきた地球軍のウインダムのシールドを正確に撃ち抜いて体勢を崩させる。
フラガ家の血統がもたらす野生的な直感と空間認識能力は、量産機であるムラサメの性能を極限まで引き出していた。
「少し無駄な動きが多いな。私を見習え、ムウ!」
その一糸乱れぬ猛攻に重なるように、シルバー&グレーのムラサメが滑るように割って入る。
ラウの声は冷徹そのものだった。彼の手にするビームサーベルが一閃するたび、ダガーLの関節駆動部やスラスターだけが、まるで精密機械を分解するかのように的確に切り裂かれていく。無駄な動きを一切排除した、神速かつ洗練された冷徹な剣技。
「うるさいわ!」
ムウが通信回線越しに怒鳴り返しながら、可変機構を駆使してアムフォルタス高エネルギー長射程ビーム砲を斉射する。
反目し合いながらも、お互いの死角を完璧に補い合う二人のコンビネーションは、攻め立てる連合・オーブ軍にとって絶望的な障壁そのものだった。
「うわぁ!」
ラウのシルバーの機体に、そしてムウの猛攻に翻弄されたダガーLのパイロットが悲鳴を上げ、武装を叩き折られて黒海へと次々に墜落していく。
◇◇◇
「ミネルバ右舷へ! モビルスーツ4!」
レーダー席のチャンドラ二世から、張り詰めた報告がブリッジに響く。手負いのミネルバに群がろうとする、地球軍とオーブ軍の混成部隊の影だった。
マリューは即座にメインモニターの情報から戦況を逆算し、チャンドラ二世へと鋭い問いを投げかけた。
「間を狙える?」
敵機そのものを破壊するのではなく、ミネルバと敵モビルスーツの『間』に砲撃を叩き込み、その強引な進軍を爆風で阻む。それがアークエンジェルの不殺の戦術だった。
「やります!」
チャンドラ二世の力強い返声とともに、卓越した照準固定システムが起動する。ナタルは一切の迷いなく、右手を鋭く振り下ろした。
「機体に当てるなよ! ゴットフリート2番、てぇ!」
アークエンジェルの両舷に配された主砲『ゴットフリート』から、凄まじい高エネルギービームが連射された。まばゆい光条は、迫り来るアストレイやウインダムの眼前へと寸分の狂いもなく突き刺さり、巨大な光の壁となって敵隊を激しく弾き飛ばす。
アークエンジェルから放たれたゴットフリートの凄まじい閃光が、ミネルバのすぐ目の前で炸裂し、迫り狂う地球軍のモビルスーツ隊を強引に弾き飛ばした。
直撃を完全に避けた、あまりにも精密な威嚇砲撃。着水し、満身創痍の状態で身構えていたミネルバのブリッジは、突如として自分たちの「盾」となった白き不沈艦の挙動に、大きな衝撃と静寂に包まれていた。
「か、艦長!あの艦が……!」
副長のアーサーが、コンソールのデータと窓外の巨艦を交互に見つめながら、ひっくり返ったような声を上げる。
「始めはこちらの艦首砲を撃っておきながら……どういうことなの?」
タリアは戦術モニターに映るアークエンジェルの識別信号を睨みつけ、忌々しげに、しかし激しい困惑を隠せないまま唇を噛んだ。
まさに数分前、自分たちがタンホイザーを放とうとしたまさにその瞬間、上空からの狙撃で砲身を叩き潰したのはあの艦のガンダム――フリーダムとスノーホワイトのはずだ。ザフトを攻撃したかと思えば、今度はそのザフトを連合やオーブの牙から守るように立ち塞がっている。
軍事的な合理性も、国家としての利害関係も一切存在しない支離滅裂な行動。タリアはモニターの向こうの白い艦体を見すえ、信じがたい不条理を噛み締めるように低く呟いた。
「まさか本当に、戦闘を止めたいだけなんて……そういう馬鹿な話しじゃないでしょうね?」
国家の威信を賭けて戦う軍人であるタリアにとって、それは「馬鹿げた理想」に過ぎなかった。
◇◇◇
そのアスランの焦燥の真上で、覚醒したキラのフリーダムは、異次元の近接戦闘能力を見せつけていた。
瞳の奥の種を弾けさせたキラの視界には、全敵機の微細な駆動ノイズまでが完全にスローモーションとなって捉えられている。
「これ以上、戦いは続けさせない……!」
フリーダムは背部のウイングを鋭く畳むと、爆発的な推力で大空を急降下した。向かってくる地球軍のウインダムやオーブ軍のM1アストレイの濃密な弾幕の「隙間」を、まるで針の穴に糸を通すような精密さで文字通りすり抜けていく。
敵陣のど真ん中へ一瞬で肉薄したフリーダムは、腰首から二条のビームサーベルを完璧なタイミングで抜き放った。
すれ違いざま、フリーダムの白刃が美しく閃く。キラは敵機の装甲やコックピットには一切触れず、ウインダムがビームライフルを握る「右手首のマニピュレーター」だけを、あるいはアストレイの「シールドのジョイント部」だけを、外科手術のような正確さで次々と切断していった。
「な、何なんだ……! 撃たれたんじゃない、腕を斬られた!?」
爆炎すら起きない。コックピットの中で何が起きたか分からず硬直する敵パイロットたちを置き去りにし、フリーダムは超高速度の格闘戦のまま戦場を駆け抜ける。
さらにフリーダムは海面すれすれまで急降下すると、ミネルバへ牙を剥いていた護衛艦の対空機銃の「銃身」だけを、滑り込みざまにビームサーベルで一瞬にしてすべて薙ぎ払ってみせた。一発の銃弾も無駄にせず、ただ圧倒的な剣技だけで敵の戦闘力を完全に奪い去る。蒼き自由の翼が見せつけるその「静かなる狂気」に、戦場の兵士たちは恐怖で身を震わせるしかなかった。
一方、そのすぐ近くの宙域では、シンのインパルスが、ファントムペインの強奪ガンダムとの死闘の最中にあった。しかし、その戦いすらも、舞い降りた白銀の怪物によって完全にペースを乱される。
「何だ! こいつ!」
インパルスの目の前を、スノーホワイトが神速の軌跡で横切った。フリーダムが近接格闘で敵陣の布陣を完全に切り裂き、パニックに陥れたその一瞬の隙を突き、スノーホワイトは光の矢となってアビスへと飛び込んでいく。
「あ!」
シンが息を呑んだ次の瞬間、アビスガンダムが手にした大型ビームトライデントが、スノーホワイトの放った一筋の精密なビーム射撃によって、手元から粉々に粉砕された。
「え!?」
アウルはコックピットで驚愕の声を上げ、武器を失った自機のマニピュレーターを見つめて硬直する。
「何だよ! あいつは!」
ガイアを圧倒していたハイネもまた、モニターに映し出されたスノーホワイトの戦闘データに、エースとしての驚きを隠せずに吼えた。ザフトの最新鋭機を遥かに凌駕する謎の白いモビルスーツ。その規格外の強さは、戦場にいるすべてのパイロットを戦慄させていた。
「これは……」
フリーダムのコックピットで、キラは冷徹なまでの静寂のなか、アークエンジェルの進路を確保するために、さらにその双翼を羽ばたかせた。
ユウナの無謀な突撃命令により、オーブ軍の大型戦闘艦『クラウミカミ級』護衛艦が、手負いのミネルバを沈めるべく、猛烈な速度で波を立てて進軍してきていたのだ。
その危険な挙動を、アークエンジェルのブリッジで見据えていたマリューは、一切の躊躇なく右手を振り下ろした。
「左舷前方、クラウミカミ級、あれの足を止める! バリアント、てぇ!」
アークエンジェルの艦尾両舷に格納された110cmリニアガン『バリアント』が、まばゆい電磁光を放って火を噴いた。放たれた超高速の徹甲弾は、クラウミカミ級の艦橋や客室を完璧に避け、その巨大な推進機関である艦尾のスクリュープロペラと舵、あるいは主機関の動力部だけを正確無比にブチ抜いた。
「うわぁ!」
直撃を受けたクラウミカミ級のブリッジ一同が、激しい衝撃とシステムダウンの警報のなかに悲鳴を上げて床へと叩きつけられる。
一人の命も奪うことなく、しかしこれ以上の進軍は絶対に許さない。アークエンジェルの容赦のないダメージコントロールにより、オーブ軍の主力艦は完全に黒海の上に釘付けにされ、その戦闘能力を喪失していく。
「何なんだあれは! 一体どっちの味方なの!?」
タケミカズチの最高司令官室では、ユウナが髪を掻きむしりながら、メインモニターに向かって狂ったように叫んでいた。
地球軍を助けたかと思えば、オーブ軍の護衛艦の砲塔を焼き切り、ザフトの武器までをも等しく奪い去っていく。敵味方の区別を完全に無視した二機のガンダムの暴挙に、ユウナの浅薄な頭脳は完全に限界を迎えていた。
◇◇◇
その「手当たり次第」の不殺の蹂躙は、真剣に命を懸けて戦う前線の戦士たちにとっては、ただの苛烈な『戦場の撹乱』でしかなかった。
「くっそー、冗談じゃないぜ」
オレンジ色のグフイグナイテッドのコックピットで、ハイネは押し寄せる超高速度のビームの残光を睨みつけ、操縦桿を激しく引き絞った。
「お前は何だ!」
ガイアを駆るステラもまた、突如として自分たちの間へと割って入り、武装を削ぎ落そうとしてくる白銀のスノーホワイトに狂気的な拒絶の叫びを上げる。
「キラ!アマキ!やめろ!何故お前たちがこんな……!」
アスランのセイバーが通信の繋がらない絶望のなか、それでも2機のガンダムへ向けて必死に叫びをぶつける。だが、その声は届かない。
「く……っ!」
ステラがガイアを反転させ、スノーホワイトの白刃を紙一重で躱す。その直後、フリーダムのビームサーベルが閃き、グフのビーム機関砲の銃身が掠め取られるように切断された。
「手当たり次第かよ、この野郎生意気な!」
ハイネはザフトのエースとしてのプライドを激昂させ、フリーダムへと向けてグフを急加速させた。割り切れない戦場を、ただ力ずくで踏みにじりに来たかつての英雄たち。その傲慢さが、ハイネには許せなかった。
だが、そのフリーダムの不殺の刃を躱そうと、ハイネが強引に回頭したその一瞬――戦場に致命的な『隙』が生まれた。
「なにぃッ!?」
グフのセンサーが、背後から急速接近する凄まじい熱源を捉えた。
「く……あたしを……あたしをよくも!」
そこにあったのは、ハイネに武装を壊され、キラたちに邪魔をされ、恐怖と怒りで完全に理性を暴走させたステラのガイアガンダムだった。黒き猟犬は四足獣の形態へと可変し、標的をミネルバから、目の前のオレンジ色の機体へと完全に切り替えていた。
「でやああぁぁ!! 邪魔だぁぁ!!」
ガイアの両翼に配されたグリフォン2ビームブレイドがまばゆい光を放ち、グフイグナイテッドの細い腰部を切り裂かんと、容赦なく肉薄する。
「はッ!? ――」
ハイネが己の死を覚悟した、まさにその刹那だった。
――ガキィィィンッ!!
激しい金属音とビームの火花が、黒海の空に激しく飛び散った。
「な……んだと!?」
ハイネが目を見開いたモニターの先。グフの目の前に滑り込み、ガイアの凶刃をその白銀のシールドで完全に受け止めていたのは、謎の白き機体『スノーホワイト』だった。
「これ以上のオイタは許さないよ!」
スノーホワイトのコックピットで、アマキの紫の瞳が鋭くステラを射抜く。アマキは操縦桿を電撃的に叩き、ガイアのブレイドを強引に弾き上げると、すれ違いざまにガイアの脚部スラスターだけを正確にビームサーベルで焼き切った。推進力を奪われたガイアは、激しい煙を吹きながら姿勢を崩して後退していく。
「あ、あの白い奴……!」
間一髪で命を救われたハイネは、荒い息を吐きながら、自機の前に立ちはだかる白銀の怪物の背中を見つめていた。敵とも味方ともつかない謎の機体に命を救われたという事実に、彼は激しい衝撃と困惑に包まれるのだった。
「ハイネッ! 無事か!?」
アスランのコックピットに響く声は、戦友を失いかけた恐怖で激しく震えていた。だが、ビーム機関砲を失ったグフのシートで、ハイネは荒い息を吐きながらも、不敵に口元を緩めてみせた。
「ああ! 勿論だぜ!」
エースとしての意地と、見ず知らずの白い機体に命を救われたという驚愕。それを強気な声で覆い隠し、ハイネはグフの操縦桿を握り直す。
「あ゛ッ! ─」
脚部スラスターを精密に破壊され、推進力を失ったガイアのコックピットの中で、ステラは激しい警告音のなかに悲鳴を上げた。機体制御を失った黒き猟犬は、不気味に煙を吹きながら後退していく。
「チィ!」
そのガイアの窮地を察し、カオスのシートでスティングが激しい舌打ちを漏らした。
フリーダムのフルバーストによって自軍のウインダムやオーブ軍の武装は悉くへし折られ、アビスも武器を失い、いまやステラのガイアまでが行動不能に陥った。戦闘能力でも、戦術の主導権でも、あの二機のガンダムに完璧に敗北している。
しかし、スティングは妹同然のステラを置き去りにすることなど、毛頭考えていなかった。
「ステラ!」
スティングはカオスガンダムを急速降下させ、爆煙のなかでバランスを崩していたガイアの巨体を、その両腕でガシリと力強く抱きかかえた。
「スティング!……あ、ステラ、うごかない……」
「わかってる! アウル、引くぞ!」
「チッ、あいつらぁ……おぼえてろよ!」
大型トライデントを砕かれたアビスのアウルも、悔しげにフリーダムとスノーホワイトを睨みつけながら、カオスの側面を固めるように上昇に転じた。カオスは、ガイアをしっかりと抱きかかえたまま、背部スラスターを臨界まで噴かして戦艦の方角へと急速離脱を開始した。
「アマキ……っ、キラ……!」
セイバーのモニターに映し出される、並び立つ自由の蒼き翼と、純白の守護者の姿。アスランは届かない通信機を握りしめ、言葉にならない歯がゆさと、それでも戦場から死者を一人も出さずにねじ伏せてみせた二人の圧倒的な背中に、ただ息を呑むしかなかった。
一方、インパルスのコックピットの中では、シンが怒りと困惑で理性を焼き尽くさんばかりに激昂していた。
目の前で悠然と浮上している、白銀の機体『スノーホワイト』。
「くそっ……! あの中に乗っているのは、一体どっちの味方なんだ! 誰なんだよ、お前は!!」
シンは操縦桿を血がにじむほど強く握りしめ、届かない全周囲モニターに向けて怒号をぶつけた。
あの日、オーブの戦火のなかで自分と、大好きな家族の命を奇跡的に救い上げてくれた、憧れの白いモビルスーツ。自分がザフトに入ってまで追い求めた、絶対的な「守るための力」の象徴。
だが、あの神聖な機体の中身が、まさか自分の大好きな恩人であるアマキ・カンザキだとは、今のシンは知る由もない。
シンの目には、あの憧れの白い機体が、アークエンジェルという謎の勢力の犬となり、自分たちの頼れる先輩であるハイネを襲い、戦場をただ理不尽にかき乱しに来た『不気味な敵』にしか見えなかった。家族を救ってくれたあの美しい思い出が、目の前でザフトの敵として牙を剥いているという容赦のない現実が、シンの胸を激しくかきむしる。
「違う、あんなのアマキ・カンザキじゃない…!絶対、アマキ・カンザキじゃないっ!」
裏切られたような激しい憤りと、正体の見えない白い機体への憎悪を募らせながら、シンはただ激しい息を吐き、去りゆくスノーホワイトの白銀の背中を、血走った瞳で睨みつけることしかできなかった。