腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする   作:サボテンダーイオウ

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PHASE-26約束

ずっと、ずっと会いたいと思っていた少女。まさかこんなところで再会するなど考えてもいなかった。

 

「ステラ!!」

 

シンは考えるより先にインパルスのハッチを強制解放し、生身のまま夜の冷たい大気の中へと身体を躍らせた。煙の立ち込めるガイアのコックピットへと決死の跳躍を敢行し、シートの奥で怪我するステラを救出するため、その狭い内部へと直接身体を滑り込ませた。

 

「ステラ……何で君が……っ」

 

「ゴホゴホ……、ゲホッ……っ!」

 

「ぁ!」

 

ステラは激しい過呼吸とコックピット内に充満した硝煙に喉を苛まれ、激しく咳き込んでシンの隊服を掻きむしった。

 

『シン!』

 

上空のアスランのセイバーから、焦燥に満ちた声が通信回線に響く。

 

「ゴホゴ……、シ、ン、あ、いた……い……っ」

「ぁぁ……」

 

ステラは激しい喘ぎのなかに、涙に濡れた瞳をゆっくりと跳ね上げた。コックピットの暗がりのなかでシンの必死な顔を見つめ、その震える小さな手のひらを、そっとシンの頬へと伸ばす。

 

「……はん、かち……か、えす……」

 

ステラの指先には、あのディオキアの海岸で手渡されたシンの温かいハンカチが、大切に、大切に握りしめられていた。自分に一人の人間としての名前を呼び、優しくしてくれたシンへ、ハンカチを返すためだけに、彼女はスノウ大佐に送り出されてここまで飛んできたのだ。

 

「……」

 

シンは言葉を失い、そのハンカチを見つめて激しく胸を締め付けられた。

 

「くッ……!!」

 

シンは溢れそうになる涙を必死に堪え、ステラの華奢な身体をその両腕で強く、壊れ物を扱うように大切に抱きかかえた。そして、ガイアのコックピットから夜の冷気の中へと躍り出ると、アスランのセイバーが上空で見守るなか、迷うことなく自身のインパルスのコックピットへとステラを連れ込んだ。狭いシートにステラを抱いたまま滑り込ませると、ハッチを強引に閉鎖し、メインレバーを限界まで引き絞った。

 

―――ドゴォォォンッ!!!

 

アスランの無線越しの絶叫が響くが、シンは何も答えなかった。シンのインパルスは地上の簡易テントに降りることもなく、夜のロドニアの森を強烈な爆音とともに蹴り上げ、そのまま単身でミネルバへと向けて、夜空を神速の速度で飛び去ってしまった。

 

「ん? シン! おいシン! 何を!」

 

地上のアスランが無線越しに限界まで目を見開いて絶叫する。

 

そのあまりにも突飛な反転離脱を簡易テントのメインモニターで目撃した瞬間、タリアは即座に通信機をひったくり、地上に着陸したばかりのアスランのセイバーへと鋭い怒声を叩きつけた。

 

「どうしたのアスラン! シンは!?」

 

『分かりません! ですが……負傷したと思われる敵のパイロットを連れて、ミネルバへ!』

 

セイバーのコックピットの暗がりのなか、息を切らせたアスランの悲痛な報告が、ノイズ混じりの無線スピーカーからテント内に響き渡った。

 

「ええッ!?」

 

「何ですって……!?」

 

タリア艦長の顔から一瞬で血の気が引き、その傍らでようやく胃のパニックから立ち直りかけていたアーサーが、限界まで目を点にしてひっくり返った声を上げた。

 

「そんな、何を勝手にーーっ!?」

 

アーサーは頭を抱え、涙目のまま天幕を見上げて絶叫した。定時連絡も、着艦許可すらも無視した明白な規律違反。あろうことか、大破したとはいえ連合軍のガイアのパイロットを生身で自分の船へと連れ帰るなど、ザフトの軍規では絶対に許されない。

 

だが、タリア艦長は一瞬で軍人としての冷静な判断を取り戻すと、冷徹な声音で次の指示を矢継ぎ早に下した。

 

「ともかく艦に戻るわ。レイにガイアの回収をさせて」

「ぁはい!」

 

アーサー副長は慌てて答えた。

 

◇◇◇

 

ミネルバのハンガーに、定時連絡も着艦許可すらも無視した一機のモビルスーツが、対空ハッチを破らんばかりの速度で滑り込んできた。シンのインパルスガンダムである。

コックピットハッチが乱暴に開かれるのと時を同じくして、ハンガーの待機所で整備機材を片付けていた少年たちが、異様な着陸音に顔を上げた。

 

「インパルス帰投?」

 

ヴィーノが驚いたように呟く。

 

「何だいきなり?」

 

ヨウランもまた、予定にないエース機の強行帰艦に怪訝そうに眉をひそめた。

 

「分かんないけど……」

 

二人が顔を見合わせながらインパルスの足元へと駆け寄った、まさにその瞬間だった。強引に開かれたハッチから飛び降りてきたシンの姿を見た瞬間、二人の言葉が凍りついた。

シンはその両腕に、ぐったりと意識を失った地球軍の隊服姿の少女――ステラを、壊れ物を扱うように大切に抱きかかえていたのだ。ノーマルスーツすら着ていない、明らかに敵国の衣服を纏った少女の姿に、ヴィーノが慌てて声をかける。

 

「何だよシン、一体!?」

 

「五月蝿い! どけ!!」

 

「あ!」

 

獣のような怒号にヴィーノが思わずのけ反って道をあける。シンは二人を突き飛ばすような気迫のまま、一瞥もくれずに医務室の方向へと猛然と走り去っていった。

 

シンは、ぐったりとしたステラをその両腕に抱きかかえたまま、居住区画へと続くエレベーターへと猛然と飛び込んだ。

閉まるボタンを何度も激しく叩き、上昇を示すインジケーターのデジタル表示を睨みつけるシンの胸の中は、ただただ「早く、早く……っ」という痛切な焦りだけで満たされていた。

衣服を通じて伝わってくる彼女の体温はひどく不安定だ。エレベーターが目的の階に到着し、金属製の扉が開くその一瞬のタイムラグすらも、今のシンにとっては気が狂いそうなほどに長く、もどかしかった。

チィン、と鈍い音が響き、扉が開くや否や、シンは照明の眩しい艦内の通路を猛然と突き進んだ。

 

「どいてくれ!」

 

「ぁぁ……」

 

「おい、何だ!?」

 

すれ違うミネルバの女クルーや男クルーたちが、あまりのシンの形相に悲鳴を上げてのけ反る。

 

「ハァハァ……っ」

 

「………」

 

ステラはシンの腕のなかで、ただ力なく揺られている。シンは彼女の体温を肌に感じながら、自分自身に言い聞かせるようにして、必死に声をかけ続けた。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから! 俺、ここにいるよ。ここに会えたよ!」

 

重い自動扉を肩で押し開け、シンは艦内の医務室へと雪崩れ込んだ。

 

「先生! この子を! 早く!」

 

「ん?」

 

「え?」

 

白衣を着たミネルバの軍医とナースが、突然の乱入者に弾かれたように振り返る。だが、次の瞬間、ナースがシンの腕の中の少女の衣服を見て、驚愕に声を裏返した。

 

「一体何だね?」

 

「その軍服! 連合の兵士じゃないの!?」

 

「でも怪我してるんです! だから!」

 

シンはベッドの横へと滑り込み、必死に懇願する。そのシンの必死な声と、初めて入るザフトの医務室の無機質な白い天井に、ステラは激しい過呼吸のなかで怯えるように身を縮めた。

 

「………い、たい…っ」

 

「だが、敵兵の治療など、艦長の許可無しで出来るか! 私は何の連絡も受けてはいないぞ」

 

軍医が厳しい表情でシンの前に立ち塞がる。軍の規律として、身元のわからない敵国のパイロットを独断で治療することなど、絶対に許されることではなかった。

 

「そんなもんはすぐ取る! だから早く!」

 

「……」

 

「死んじゃったらどうするんだよ!!」

 

シンの血を吐くような絶叫が、医務室の壁に虚しく反響する。かつてオーブの戦火で故郷を追われ、目の前で命が消えることを誰よりも憎むシンの、魂の叫びだった。そのシンの胸元のなかで、ステラは涙をボロボロとこぼしながら、自分を地獄から救い出してくれた、大好きな優しい父親の名前をううわ言のように呼び始めた。

 

「……スノウ、いたいよぉ……っ」

 

「待って!」

 

「シン!」

 

その時、医務室の自動扉が開き、銃を構えた保安員数名がなだれ込む。その後ろから大急ぎで戻ってきたタリアと、アスランの二人がついに室内に足を踏み入れた。

 

「ステラ、大丈夫だよ! すぐ直してくれるからっ!」

 

大人たちの厳しい視線が突き刺さるなか、シンはベッドの上の少女を庇うようにして、その小さな手を両手で固く握りしめた。ステラは、シンの温かい体温に縋り付きながらも、心から信頼するスノウの名前を、何度も、何度も繰り返し呟き幾筋も涙を流した。

 

「……スノウ……スノウ……っ」

 

「もう、大丈夫だから……っ」

 

◇◇◇

 

艦長室のなかでは、タリアがデスクの後ろから鋭い視線をシンへと向け、冷徹な指揮官の声音で叱り飛ばしていた。

 

「敵兵の艦内への搬送など、誰が許可しました?」

 

「……っ」

 

シンは一対一の空間のなかで直立不動のまま、悔しげに唇を噛んで言葉を詰まらせた。そんなシンへ向け、タリアは軍の最高責任者としての絶対的な正論を、容赦なく突きつける。

 

「貴方のやったことは軍法第二条四項に違反! 十一条六項に抵触! とてつもなく馬鹿げた重大な軍規違反なのよ? これで艦内に甚大な被害が出ていたら、どうするつもりだったの!?」

 

「……申し訳ありません」

 

シンの口から、消え入りそうな、しかし己の犯した罪を認める絞り出すような謝罪が漏れた。ブルーコスモスへの義憤は本物だ。だが、自分の独断専行がミネルバの仲間たち全員を危険に晒しかねない暴挙であったことだけは、シンも弁解の余地がなかった。

 

タリアはシンの謝罪を受け止めつつも、その険しい表情のまま言葉を重ねた。

 

「知っている子だということだけど、ステラ? 一体いつ何処で?」

 

「ディオキアの海で、溺れそうになったのを助けて……。なんかよく分かんない子で、俺……いえ、自分は、その時は彼女も戦争の被害にあった子だと」

 

シンは手のなかの温かいハンカチの感触を思い出し、あの海岸での無垢な少女の笑顔を胸に描いて、痛切に言葉を紡いだ。自分と同じ、大人たちの戦火に巻き込まれた哀れな犠牲者。そう信じていたからこそ、放っておけなかったのだ。

 

「でも、あれはガイアのパイロットだわ。それに乗ってたのだから。解るでしょ?」

 

「ぁ……」

 

タリアの冷徹な指摘に、シンは息を呑んだ。どれほど無垢に見えようとも、彼女は自分たちの仲間を殺しにきた地球軍の最新鋭ガンダムの主。その厳然たる事実に、シンは何も言い返せなくなる。

 

「ん?」

 

「何?」

 

艦長室の内線コンソールが電子音を鳴らし、先ほどまで医務室でステラをスキャンしていた軍医の深刻極まりない声がスピーカーから響いた。

 

「艦長、ちょっと御出いただけませんか?」

 

「分かったわ」

 

タリアは短く応じると、デスクのモニターを消し、シンに冷たい視線を一瞥だけ残して椅子から足早に立ち上がった。

――プシュー…、と艦長室の重い自動扉が開く。

通路の壁に寄りかかっていたアスランが弾かれたように顔を上げると、なかから険しい表情のタリア艦長が足早に出てきた。

 

アスランが何か言いかけようとするが、タリアは手で制し脇を通り抜けていく。その後ろをシンが居心地悪そうに着いていった。

 

ステラは、捕虜としての軍規に基づき一応は両手首をベッドのフレームに皮バンドで拘束されていた。だが、激しい夜戦で傷ついたその頭には白い包帯が厳重に巻かれ、血と硝煙に汚れていた地球軍の隊服は脱がされ、ザフトの支給品である医療用のピンク色の服へと着替えさせられていた。

 

「ステラ……」

 

シンはベッドの傍らに膝をつくようにして、その小さく頼りない姿を見つめた。

 

「どうやらこの子は、あの連合のエクステンデッドの様ですよ」

 

軍医が手元の電子カルテの複雑な波形を睨みながら、静かに、しかし決定的な事実を告げた。

 

「ええ!?」

 

「やっぱり……」

 

シンが驚愕に目をみはるなか、ロドニアの地下で凄惨な内乱の痕跡を目の当たりにしていたタリアは、最悪の予感が的中したことに深く、重い吐息を漏らした。

 

「今は薬で静かに眠っています」

 

「ぁ……」

 

「治療前に簡単な検査をしただけでも、実に驚くような結果ばかり出ましてね。まず、様々な体内物質の数値が兎に角異常です。また、本来なら人が体内に持たないような物質も多数検出されています」

 

軍医の淡々とした、医学的で冷徹な分析が、かえって大西洋連邦の犯した罪の深さを医務室のなかに生々しく際立たせる。

 

「人為的に、ということね? 薬?」

 

タリアがで電子カルテを覗き込み、険しい声音で尋ねる。

 

「おそらくは」

 

「……」

 

シンは血が出そうになるほどに拳を握りしめ、ただ黙って軍医の言葉を胸に突き刺していた。

 

「詳しいことはもっと専門の機関で調べてみないことには分かりませんが、チラッと見た感じでは、あの研究所のデータにも似たようなものがありましたね」

 

「……そう」

 

「戦闘での外傷もかなりのものがありますが、兎も角そんな状況ですので、これでは治療といっても何がどう作用するのかよく分かりませんし。本人が比較的大人しいのが救いですがね」

 

大西洋連邦が遺した最悪の『罪の在処』。その地獄の技術によって、人間としての尊厳を根こそぎ弄ばれ、戦うためのパーツとして造り替えられた華奢な肉体。治療を施すことすら躊躇われるほどの異常な数値。シンがその不条理に激しい人道的な怒りと悔しさを募らせた、まさにその時だった。

 

「……う、ん……っ」

 

ベッドの上のステラが、微かに長い睫毛を震わせ、ピンク色の医療服の胸元を小さく波打たせて目を覚ました。

 

「ぁ! ステラ!」

 

「……シ、ン……? ……っ」

 

薬の残響と痛みに微かに眉をひそめながらも、ステラは目の前にいる大好きなシンの顔を見つめ、拘束された手首を小さく揺らしながら、無邪気で、どこまでも健気な笑顔を浮かべた。

 

「……シン、ステラ、あいに、きた」

 

ハンカチを返すためだけに。ただもう一度、自分を優しく受け止めてくれたシンの温もりに触れるためだけに。彼女は世界のあらゆる危険を飛び越えて、隊服を纏ってここまでやってきたのだ。

 

「うん。そうだね。……そうだね、ステラ」

 

シンは溢れそうになる涙を必死に堪え、拘束された彼女の小さな手を、自らの両手でそっと包み込むようにして優しく握りしめた。

◇◇◇

 

室内には、スティングとアウルの二人が調整ベッドのなかで穏やかな寝息を立てて並んでいた。先ほどまで、二人はこのベッドの周りでステラの身を案じて狂ったように興奮し、暴れまわっていたのだ。

その激しい怒りの矛先は、無論、ステラの単身出撃をあっさりと許したスノウ大佐へと向けられていた。

 

「なぜあんな許可を出したんだよ! ─」

「もし帰ってこなかったら、俺たちが絶対に迎えに行く!!」

 

そう絶叫しながら、二人は獣のような形相でスノウ大佐へと容赦なく掴みかかり、拳を振るい、蹴りを叩きつけた。だが、スノウは一切の抵抗をせず、子供らの絆の深さに感動してその身体に甘んじてすべて受け止めていた。そこへ基地司令部から派遣された将校からスノウへ命令が下る。

 

「ロドニアのラボの件は兎も角としましても、ステラ・ルーシェに関しましては最早損失と認定するようにとのことです」

 

大西洋連邦の上層部、そしてロゴスにとっては、生体CPUの一体や二体の紛失など、単なる消耗品の「帳簿上の損失」に過ぎない。ザフトに鹵獲されたステラをこれ以上追撃せず、そのまま処分(死亡扱い)にするという、無能な基地司令部側の割り切った事務連絡だった

 

「わかった」

 

スノウはベネチアンマスクの位置を指先で軽く直しながら、短く、興味なさげに応じた。すべては自分の思惑通りに駒が動いているに過ぎない。何も知らない基地司令部からの将校は、この仮面の男の底知れない手腕を称えるようにして、外の様子を伺いながら言葉を重ねた。

 

「大佐は実によく彼等を使いこなし、その功績はジブリール氏も……」

 

「世辞はいらん。行ってよし」

 

「ぁ……はっ!」

 

冷たく遮るスノウの圧倒的な威圧感に、将校は冷や汗を流してそれ以上言葉を続けることもできず、慌てて最敬礼をすると逃げるようにして静かな病室の向こうへと去っていった。

パチ、と扉が閉まり、完全なる静寂が室内に戻る。

スノウは、調整ベッドのガラスの向こうで眠るスティングとアウルへ優しい視線を戻すと、プライベートのためにベネチアンマスクをゆっくりと外し、先ほど二人に殴られ、蹴られた身体の痛みを軽くさすりながら、ぽつりと独白した。

 

「……スティングには殴られるしアウルには蹴られるしで踏んだり蹴ったりだが、この後はどうするべきか……」

 

彼なりにステラをザフトの戦火へと送り出したのには、もちろん確固たる理由があった。

一つは、ステラが日頃から「シンに会いたい」と口にしていたから、その願いを叶えてやりたいという保護者としての過保護な親心。そして、もう一つの理由は……。

 

◇◇◇

ミネルバは、研究所から、生体CPUに関する膨大な研究データをすべて収集し終えていた 。さらに地下の凄惨な現場から必要なサンプルも確実に採取したことで、現地にようやく到着したザフトの専門調査隊へとすべての作業の引き渡しを完了させる。

ガイアの鹵獲、ステラという「生体CPU」の捕虜を医務室へ収容したまま、ミネルバは次なる補給と激動の戦局が待つ黒海の重要拠点『ポートタルキウス』へと向けて、静かに航海を始めた。

 

あらゆる理不尽の濁流に押し流されながら、アスランは釈然としない思いのすべてを、静かな室内に激しく吐き出した。

 

「くっそー……っ!!」

 

アスランは拳を強く握りしめ、届かぬ親友たちの背中を思い描いて歯を食いしばった。

 

どうしてキラ達はわかってくれないのだ。こちらがどんな思いで、軍を抜けてまであの夕暮れの遺跡に会いに行ったと思っているのか。

自分には、プラントを、そしてこの世界を救うために力を貸してくれたデュランダル議長という、決して裏切れない相手がいるということを、どうして理解できないのか。先走りした結果、すべて俺が悪いというのか。

 

キラは「討ちたくない」と綺麗事を言う。だが、世界の軍事バランスを崩し、ザフトの進路を阻むオーブ軍をそのまま野放しにすることは、軍人として絶対にできない。

 

そして、アマキの言う通り――あちら、アークエンジェル側の安全地帯にいまさら戻ることも、自分にはもうできはしない。フェイス(FAITH)としての重い十字架を背負った自分が、いまさら戦火を逃れて身を隠すなど、絶対に許されない。

 

だが、今日目撃した地球連合軍のやり方とて、薬物で子供たちを使い潰す、あまりにも卑怯で残酷なものだ。あんな非人道的な行為を許していていいわけがない。

どちらを向いても闇と欺瞞しかない世界。

 

あまりにももどかしい思いを抱きながら、アスランは冷たい蛍光灯の光の下で、いまだ深い迷いの霧のなかを、ただ一人で彷徨い続けるのだった。

 

◇◇◇

 

「……スノウ……っ」

 

薬の残響のなかに溺れながら、ステラは、大好きな保護者の名をうわ言のように小さく呟いた。その健気で痛々しい寝顔を見つめながら、シンは溢れそうになる涙を必死に堪え、震える声で言葉を漏らした。

 

「君が、ガイアに乗ってたなんて……。あんなところに……居た子だなんて……っ」

 

あのロドニアの地下実験室。薬物で子供たちの尊厳を根こそぎ弄び、戦うためだけの生体部品として使い潰していた、あのおぞましい地獄のただなかに、この無垢な少女がいたのだという厳然たる事実。その残酷さに胸が張り裂けそうになる。

 

「………」

 

ゆっくりと目を覚ましたステラの潤んだ瞳に映ったのは、ベッドの脇で顔をくしゃくしゃにして涙を流している、大好きなシンの姿だった。ステラは拘束された手首を小さく揺らしながら、不思議そうにシンの顔を覗き込んだ。

 

「……シン? ないてるの?」

 

「……泣いてないよ。大丈夫」

 

シンは慌てて私服の袖で涙を拭い、無理に笑顔を作ってみせた。

 

「シン……」

 

「ごめんね、痛かったよな。俺、俺……君を傷つけた……、ごめんな」

 

シンの口から、痛切な後悔の謝罪が漏れた。爆散させずに倒したとはいえ、自分の放ったビームサーベルの一閃が、ガイアの胸部装甲をへし折って彼女にこんな痛々しい包帯を巻かせることになってしまった。その申し訳なさに胸を締め付けられるシンに対し、ステラは首を横に振り、無邪気で、どこまでも健気な笑顔を浮かべた。

 

「ううん。スノウがね、はんかち、かえしてきなさいって」

 

「スノウ……?」

 

シンが怪訝そうにその名を口にした。聞き覚えのない名前。だが、ステラは誇らしげに胸を張り、自分を地獄から救い出してくれた、世界で一番優しい大好きな父親と、大切な兄弟たちの名前を真っ直ぐに紡いだ。

 

「うん。スノウはステラのかぞく。スティングとアウルも、かぞく」

 

「……」

 

シンは言葉を失い、そのステラの純粋な言葉を胸に深く突き刺した。

そのスノウという人物が何者なのか知らないが、敵陣に来させる意味が理解できていたのか。生体CPUのステラ。だが、彼女の心の中には、自分にハンカチを返してきなさいと言ってくれた「スノウ」という温かい存在と、共に戦う大切な家族が確かに存在していた。

◇◇◇

 

アークエンジェルが静かに潜航する、冷たくも美しい黒海の深海。

キラは展望ロビーの大きなガラス窓の前に立ち、青く揺らめく海底の闇を一人で見つめていた。そこへ自動扉が開いて、二人の足音が近づいてきた。

 

「キラ!見つけた」

 

「アマキ、それにラクスまで」

 

キラが優しく振り返るとそこには、アマキとラクスが、仲良く手を繋いでやってきた。キラは若干嫉妬心を抱いたが、後で僕も手を繋ごうと考え、そこはスルーしてあげた。

 

「ここにいたのですね。二人で探しましたわ」

 

「うん」

 

『ハロハロ、ザンネン!』

 

ラクスの足元にはピンクハロが、と紫色のリリがパタパタと耳を羽ばたかせながら、狭い室内に陽気な電子音を響かせる。アマキはキラのすぐ隣に寄り添い、そのふくよかな身体の温もりを預けながら、ガラスの向こうの景色へと紫の瞳を向けた。

 

「海の中って、神秘的だよね。特にここは海底遺跡があるし。お魚取り放題~」

 

「ええ、綺麗ですわねえ。捕るのでしたらちゃんと食べれる魚かどうか確認しましょうね」

 

ラクスもまた、アマキのもう片方の隣へとそっと歩み寄り、大好きな恋人を慈しむようにして、3人で肩を寄せ合って青い深海を見つめた。

 

「そうだね。この前は毒が入ってる魚を捕ってきてウズミさんとシーゲルさんに怒られたしね」

 

『マイド! マイドー! 』

 

『アマキノセイ~』

 

ハロ二体が再び場を和ませるように跳ねる。だが、アマキはキラのどこか遠くを見つめる横顔を覗き込み、その胸の奥にある親友への想いをずばりと言い当てた。

 

「浮かない顔して、ずばり、アスランのこと考えてたんでしょ」

 

「……うん。アスランがしたかったこと、わかる気がして……あ、盗聴の件もまだ怒ってるから。なんで泳がせておいたの? 彼女のこと」

 

キラはぽつりと、夕暮れの遺跡で決裂してしまった大切な親友の背中を思い出しつつ、アマキの突発的な行動を咎めた。あれではアマノがアマキだとザフトに知られてしまう。

 

「ん~、なんとなく、あの子の上司なら自分のところで寸止めさせてくれる気がしてさ。それに女の子に乱暴なことしたくないでしょ? 無論、危害を加えてくるようなら容赦しないけど」

 

「そうですわね。その件はお仕置きも済ませましたから、アマキなりの考えと認めましょう。キラ」

 

ラクスが静かに同意し、キラを諭す。

 

「でも、プラントは、…ザフトは何を考えているのかわからないよ」

 

『ミトメタクナイ! 』

 

『ドンダケ~』

 

ハロの言葉が、今の自分たちとプランの間の深いディスタンスを物語る。

 

「オーブにも問題はあるけど、じゃあ、僕たちはどうするのが一番いいのか……」

 

「分かりませんわねえ……」

 

「このまま突っ走っても同じことかもしれないしね」

 

「はい。ですからわたくし、見て参りますわ」

 

「ん?」

 

キラが不思議そうにラクスを見やる。ラクスはその美しい桃色の髪を小さく揺らし、真っ直ぐな瞳で二人に告げた。

 

「プラントの様子を」

 

「……そうだよねぇ、そうなるよね」

 

アマキは驚くこともなく、うんうんとうなづきながら一人納得している。自分にとって大切なラクスが、黙ったままいるわけがないと、すべてが分かっているからだ。

 

「ええ!? 」

 

だが、キラだけは弾かれたように限界まで目を点にして声を裏返した。今やプラントはデュランダル議長の手によって統制され、ラクス暗殺未遂まで起こした危険地獄。そこへライバルでもある彼女が単身で乗り込むなど、あまりにも無茶な暴挙だった。

 

「道を探すにも、手がかりは必要ですわ」

 

「でも、君は……!」

 

「大丈夫です、キラ」

 

ラクスは取り乱すキラの手にそっと自分の手を重ね、包み込むような優しさでその焦燥を宥めた。

 

「わたくしだけ、守られているままなんて嫌なんです。わたくしにもできることを為す。――アマキとキラのように」

 

戦場で不殺の翼を広げ、自らの身を挺して誰かの命を救い続けているキラとアマキ。二人の戦う背中をずっと一番近くで見つめてきたからこそ、ラクスもまた、自分を狙う闇の正体を暴き、この世界の本当の『罪の在処』を見極めるために、自分の言葉という翼で戦場へ立つことを決意したのだ。

 

「「ラクス……」」

 

戦場で不殺の翼を広げ、自らの身を挺して誰かの命を救い続けているキラとアマキ。二人の戦う背中をずっと一番近くで見つめてきたからこそ、ラクスもまた、自分を狙う闇の正体を暴き、この世界の本当の『罪の在処』を見極めるために、自分の言葉という翼で立つことを決意したのだ。

 

「行くべき時なのです。行かせてくださいな、ね?」

 

ラクスは悪戯っぽく、しかし絶対に引かない鉄の意志を宿して微笑んだ。アマキは首を左右に振り、やれやれと肩をすくめて、ラクスを愛おしそうにその腕の中へ抱き寄せた。

 

「ラクスがこうなったら、梃でも動かないからね。怪我だけはしないように、フォローは絶対するから」

 

「うん。僕も」

 

キラもまた、ラクスを見つめ、何があっても二人で彼女を守り抜くという絶対的な誓いをその瞳に宿した。

 

「ありがとう、アマキ、キラ」

 

ラクスはアマキからの深い愛とキラからの信頼を受け止め、幸せを噛みしめながら自分が向かう先に思いをはせるのであった。

 

◇◇◇

 

ブリッジの大型メインモニターからは、プラントの公式放送による華やかなテレビニュースの音声が、白々しく響き渡っていた。

 

『先月より行われていた各地ザフト軍基地へのラクス・クラインの慰問ツアーも、いよいよ明日その幕を閉じることになります。』

 

ブリッジのコマンダーシートの横で、コピ・ルアクのコーヒーカップを傾けていたバルトフェルドの鋭い隻眼が、獰猛なまでの光を宿してニヤリと細められた。

 

「んー…これを利用するかな」

 

「あら。いいんじゃない?楽しそうだわ」

 

その隣に立つアイシャもまた、『明日、プラント本国へ帰還する』という言葉を耳にした瞬間、美しくも妖しい唇の端を不敵に吊り上げた。

 

偽物が明日一斉に宇宙へ戻るというこの大ニュースと厳戒態勢の隙に紛れ込めば、本物のラクスが誰にも察知されずにプラントへ潜入するための、これ以上ない完璧なカムフラージュになる。

というわけでラクス達は、名残惜しそうに惜しむアマキ達に見送られ、バルトフェルドとアイシャという心強い護衛を伴って、プラントへ向け出発することにした。

 

◇◇◇

アークエンジェルを静かに旅立ったラクスたちは、バルトフェルドの機転により、各地ザフト軍基地の慰問ツアーを終えたラクス・クラインが本国へ帰還するための国際空港の特設V.I.P.ターミナルへと姿を現していた。

仕立ての良いスーツにサングラス、あるいは怪しげな髭を蓄えてプロデューサーの『キングT@KED@』に変装したバルトフェルド。

そしてその隣には、同じくカチッとしたスマートなスーツに身を包み、大物業界人の敏腕マネージャーとして完璧に変装したアイシャが、冷徹な美貌をサングラスの奥に隠して凛と寄り添っていた。

二人は周囲を固めるザフトの警備兵たちを強烈なオーラと関西弁で煙に巻きながら、堂々とタラップへと歩みを進めた。

 

「はいはいはいはい、どうもどうもどうも、あんじょうたのむでぇ~」

 

そのすぐ後ろから、可愛いワンピースを着た本物のラクスが、周囲の空港職員や兵士たちに向けて可憐に手を振った。

 

「みなさ~ん、こんにちわ~。お疲れ様で~す」

 

「「「 おおっ……! ラクス様……っ! 」」」

 

周囲にいた空港の人たちのガヤガヤとした歓声とどよめきが一瞬にして広がる。本物のラクスが放つ圧倒的なカリスマ性と、ミーアを完璧に模した無邪気な歌姫の演技に、その場にいる全員の目が釘付けになった。

 

「ラクス様こそ、本当に御苦労さまでした」

 

ザフト軍将校が最敬礼で出迎える。

 

「いえいえ~」

 

ラクスがふんわりと笑顔を返すその傍らで、バルトフェルドは時計を派手に叩きながら、胸元をぐいぐいと押し込むようにしてマシンガントークを叩きつけた。

 

「早速で悪いんやけどなぁ、時間がないんや。ケツかっちんやさかい、シャトルの準備はよしてんか」

 

「ぁはい! ぁしかし、定刻より少々早い御到着なのでその……」

 

将校が突然のスケジュール変更に戸惑いの声を上げる。だが、砂漠の虎のハッタリは止まらない。さらに隣に立つアイシャが、冷徹な視線で将校を鋭く睨みつけ、低く凄みのある声音でバルトフェルドの言葉をピシャリと補足した。

 

「急いでるからはよ来たんや! せやからそっちも急いでーな!」

 

「そうよ。ラクス様の過密スケジュールをこれ以上乱すつもり? 早くしてちょうだい」

 

「ぁぁはい、ただちに!」

 

『アカンデー! 』

 

バルトフェルドの懐のピンクハロが、絶妙なタイミングで陽気な電子音を響かせる。将校は二人の大人の圧倒的なプレッシャーに冷や汗を流しながら、大急ぎでコンソールへと向かって怒鳴り散らした。

直後、空港内の業務連絡スピーカーから、慌ただしいアナウンスが全館に響き渡った。

 

『空港業務連絡。ラクス様搭乗のシャトルは予定を早め、準備でき次第の発進となった。各館員は優先でこれをサポートせよ。繰り返す……』

 

完璧に、ザフトの空港システムが自分たちのために動き出した。

その発進を待機しているわずかな時間の合間、ロビーの椅子に腰掛けるラクスの元へ、サイン色紙を手にした若いザフト軍兵士らが列をなしていた 。そして先頭の兵士が、感動に声を震わせながら思い切って色紙を差し出してきた。

 

「ありがとうございます! 光栄です!」

 

ラクスは瞳を優しく細めると、差し出されたペンを受け取り、驚くほど素早い、淀みのない動きでサインを色紙へ滑るように書き上げていった 。

 

「いいえ」

 

流石本物の貫禄である。

ラクスはその色紙を優しい手つきで兵士へ手渡し微笑む。

 

『空港業務連絡。ラクス様搭乗のシャトルは予定を早め、準備でき次第の発進となった。各館員は優先でこれをサポートせよ。繰り返す……』

 

アナウンスが響き、ロビーの椅子から立ち上がったラクスが、流れるような手つきで書き上げたサイン色紙を若い兵士へ手渡してハッチへと歩みを進めた。

 

「失礼します! シャトルの発進準備完了致しました」

 

そこへザフト軍将校が、タラップの上のラクスの元へ駆け寄って報告を上げる。それと共に移動を開始するラクス達。

 

そしてその数分後、ターミナルの自動扉が開き、そこから何やら騒がしい足音と共に、場違いなほどに派手な二人の影が悠然とロビーへと入ってきた。

 

「なんや、誰も出迎えに来てへんのかいな」

 

スーツ姿にサングラスをかけた本物のプロデューサー、キングT@KED@の姿だった。そしてその隣では、桃色の長い髪を揺らした少女が、不満そうにその豊満な胸元を波打たせて唇を尖らせているミーアの登場。

 

「っんもう! あたしが来たっていうのにぃ」

 

定刻通りに空港へ到着した二人の出現に、ロビー全体の空気が一瞬にして凍りついた。

 

「失礼します! シャトルの発進準備完了致しました」

 

何も知らないザフト軍将校が、タラップの上のラクス(本物)の元へ駆け寄って報告を上げる。その声を耳にしたミーアが、怪訝そうにメインモニターの駐機ホライゾンを見上げて声を張り上げた。

 

「なになにぃ~! もう! どうして誰も……」

 

「「 え? 」」

 

「ええ? ラ、ラクス様……!?」

 

「どうしてこちらに……っ?」

 

周囲にいたザフト軍兵士らが、ロビーの中央に立つミーアを見て限界まで目を点にして驚愕の声を上げた。

世界に一人しかいないはずの、プラントの歌姫が同時に入れ替わるように現れたのだ。

 

時を同じくして、シャトルのコックピット内。

 

「うッ!」

「うわッ!」

「ぁぁ……」

「ふん」

 

機内に潜入していたバルトフェルドとアイシャの神速の打撃によって、シートに座っていたザフトのパイロットの二人が、悲鳴を上げる間もなく一瞬にして意識を刈り取られて崩れ落ちた。ラクスが素早くハッチを閉鎖し、内側から完璧にロックを施す。

 

◇◇◇

 

「どういうこと!? っんもう!」

 

ミーアが地団駄を踏んで叫ぶ。

 

「ああ! ぁ……ぇ?」

 

将校もまた、事態の異常性に脳内が完全にショートしてガタガタと震え出した。そんな大混乱のロビーの中で、本物のキングT@KED@がシャトルのほうを指差し、思わず本音を絶叫した。

 

「あかんで、あれほんまもんや!!」

 

「あん?」

 

ミーアが凄んでプロデューサーを睨みつける。

 

「ぇ?ぁ!ちゃうちゃう!パチもんや!名を騙る偽者やがな!!」

 

ハッと我に返ったT@KED@が慌てて顔を真っ青にして言い直す。その叫びを受け、空港の管制コンソールがけたたましいサイレンと共に叫び声を響かせた。

 

『シャトルを止めろ! 発進停止! 発進停止!!』

 

だが、すべては一歩遅かった。

閉ざされたシャトルの操縦席で、バルトフェルドはサングラスの位置を直し、コンソールのメインレバーを不敵な笑みとともに一気に引き絞った。

 

「すまんなぁ。ちょっと遅かったぁ。――さあて、では本当に行きますよ?」

 

「はい」

 

ラクスは深くシートに身を沈め、頷いた。

 

―――ゴォォォォンッ!!!

 

管制の制止の声を完全に黙らせるように、バルトフェルドの駆る宇宙シャトルが強烈な地鳴りを響かせ、ミーアやキングT@KED@を空港ロビーに置き去りにしたまま、滑走路を猛烈な速度で滑走し始めた。

 

その液晶モニターに映るパチもん(本物)の強行発進を直視した瞬間、脳内が完全にショートしかけていたザフト軍将校は、顔を真っ青に染め上げながら、通信機をひったくってハンガーへと怒号を叩きつけた。

 

「モビルスーツを出せ! シャトルを行かせてはならん!!」

 

その最高優先の緊急出撃命令を受け、空港基地の広大な地下ハンガーは、一瞬にしてハチの巣をつついたような大騒動へと叩き落とされた。

 

「回せ!」

 

整備兵が激しく手を振り、クレーンに吊るされた新型モビルスーツの固定ロックを次々と解除していく。金属同士の軋み音と、スラスターの点火を待つ重低音の残響。その激動の渦中、ハンガー内の各セクターのスピーカーから、ひび割れた無線アナウンスが矢継ぎ早に、狂ったように鳴り響いた。

 

『ラビ隊、バビ発進!』

 

『バイアル隊、進路クリアー!』

 

『アリステア隊、対空配備急げ!』

 

『マグリン隊、発進!』

 

大気圏内での圧倒的な空中戦能力を誇る、ザフトの最新鋭可変MS『バビ』の各小隊が、獰猛な翼を広げて白昼の青空へと次々と殺到する。昼の太陽に照らされたシャトルの全方位モニターは、またたく間に迫り来るバビ隊の無数の光条によって埋め尽くされていった。

 

「てえぇい!」

 

バルトフェルドは迫る対空砲火の網を強引にすり抜けるようにして、シャトルの舵を切り返した。だが、大気圏脱出用の重いシャトルは、青空を自在に駆ける空戦MS『バビ』の俊敏な包囲網にじわりじわりと高度を抑え込まれていく。

ザフトの猛烈な追撃が機体のすぐ目と鼻の先まで肉薄した、まさにその時だった。

追撃隊のバビが一斉にその装甲を展開し、シャトルを確実に撃墜するための無数のミサイルを白昼の空へと一斉に解き放った。

 

ヒュガガガガガッ!!!

 

空を埋め尽くすほどのミサイルの煙が、一本の巨大な網となってシャトルへ迫る。ラクスが息を呑んだ、その絶望の瞬間――。

昼間の高い太陽の光を背負い、雲海を切り裂いて天から舞い降りた二条の圧倒的な閃光。

のフリーダム、そしてスノーホワイトの二機だった。

 

キラは瞬時にマルチロックオンシステムを起動させた。フリーダムの全周囲モニターが、迫り来る無数のミサイルのすべてを瞬時に赤く捕捉していく。キラは不敵な笑みを浮かべると、一切の躊躇なくフルバーストの引き金を引き絞った。

 

ドォォォォンッ!!!

 

フリーダムの背部ビーム砲、腰部レール砲、そして手にしたライフルから放たれた無数の光条が、白昼の空へときらびやかな扇状に広がった。

 

その一射は、迫り来る無数のミサイルを空中で一発の例外もなく、同時に、完璧に撃ち落としてみせたのだ。

 

ドカカカカカンッ!!!

 

青空のなかで無数のミサイルが次々と爆発し、シャトルに届くよりも遥かに手前で巨大な炎の壁へと変わっていく。そのあまりにも規格外の迎撃クオリティに、追撃していたザフトのパイロットたちは戦慄した。

 

『何だ? あぁ!』

 

『こいつ……うわぁ! 馬鹿なッ!』

 

『うわうわぁぁ!』

 

ミサイルをすべて撃ち落とされたバビ隊の隙を突き、フリーダムとスノーホワイトの二機は神速の突撃を敢行。機体そのものは爆散させぬよう、メインカメラやスラスター、武装だけを正確無比に撃ち抜き、次々と戦闘不能へ追い込んでいく。

 

シャトルが完全に脱出速度へと乗ったことを確認した瞬間、アマキの駆る白銀の守護者・スノーホワイトが、獰猛なまでの速度で反転した。

大切な恋人であるラクスを謀略にハメて銃撃まで浴びせたザフトの空港基地へ向け、アマキのじゃじゃ馬としての、そして守護者としての激しい怒りが爆発したのだ。スノーホワイトはギラギラとした太陽の光を背に、青空を垂直に切り裂くような凄まじき速度で、地上で呆然と見上げているミーアたちのいる空港のV.I.P.ターミナルビルへ向けて、猛然と急降下を敢行した。

 

「何だ……!? 白いMSがこっちへ来るぞ! ─」

 

将校の悲鳴がロビーに響く間すら、白銀の機体には生ぬるかった。

 

キィィィィィィン―――ッッ!!!

 

スノーホワイトは空港ロビーの目の前、手を伸ばせば届くほどの超至近距離を、神速の速度で横ざまに駆け抜けた。

 

機体が放つ凄まじい衝撃波と、大気を引き裂くソニックブームが、巨大な目に見えない鉄槌となって空港の管制ビルを直撃する。

 

―――ガシャァァァァンッ!!!!!

 

凄まじい大音響と共に、ミーアやT@KED@、そして将校たちが身を寄せていたロビーの巨大な全面防弾窓ガラスが、一斉に悲鳴を上げて粉々に弾け飛び、室内にきらびやかな硝子の雨となって激しく降り注いだ。

 

「きゃぁぁ!!!」

 

「なんやそら!!」

 

吹き込んできた暴風と硝子破片の嵐に吹き飛ばされ、ミーアは耳を塞いで床へと転がりながら悲鳴を上げ、T@KED@はあまりの規格外の『お仕置き(威嚇)』に完全に腰を抜かして絶叫した。

 

急上昇へ転じたフリーダムとスノーホワイトは、上昇を続ける宇宙シャトルの左右へとぴったり並び、白昼の太陽を浴びてその美しい双翼を輝かせた。すぐにシャトル内部で二機から通信が入る。

 

『ラクス! 怪我してない?』

 

スノーホワイトのアマキの、心配そうな、しかしどこまでも男前な声が響いた。

さらにその隣を並んで飛行する、フリーダムのキラの声が重なる。

 

『ラクス!』

 

「アマキ、キラ!」

 

ラクスは息を整えながら、メインモニターに映し出される二人に向けて、嬉しそうに声を響かせた。

 

「ご苦労さん。大胆な歌姫の発想には毎度驚かされるがなぁ。だがこれでオーケーかな?」

 

操縦桿を握るバルトフェルドが、ニヤリと不敵に笑う。偽物のスケジュールを完璧に逆手にとって空港の防空網をハメ込んでみせた、ラクスの有能な機転。その隣に立つアイシャもまた、完璧な脱出劇に満足げに微笑んでいた 。

 

『ラクス、気を付けてね。変なのがいたら容赦なく四次元買い物袋に入れて捨てて?』

 

『アマキのことは心配しないで。僕が手綱をしっかり握っておくから』

 

「はい。よろしくお願いします。……アマキ、わたくしはちゃんとあなたのところへ帰ってきますわ。だから……その時は、あなたの腕でわたくしを抱きしめてくださいな」

 

ラクスは、自分にとって世界で一番愛おしい最愛の恋人であるアマキへと真っ直ぐに視線を向けた 。離れていても決して変わらない誓いがラクスの瞳を美しく潤ませる 。

 

「俺達がちゃんと守る。お前らの代わりに命懸けでな」

 

バルトフェルドの獰猛な隻眼が、かつての『砂漠の虎』としての圧倒的な凄みと頼もしさを宿して、無線越しに若き英雄たちへと告げる。

 

「任せて」

 

アイシャはサングラスを微かにずらし、アマキたちに向けて綺麗にウインクをしてみせた。

 

『二人とも……』

 

アマキが少し胸を熱くして声を漏らす。

 

「信じて任せろ」

 

「キラ、アマキ、貴方たちはアークエンジェルを守って」

 

『わかってる。……信じてるから』

 

アマキは二人の覚悟を受け止め、ラクスへしっかりと深く頷いた。

 

『ラクスをよろしくお願いします』

 

キラはフリーダムの操縦桿を強く握りしめ、ラクスを二人の大人の手へと託した。

 

「うん」

 

「貴方たちも気を付けて」

 

アイシャの優しい言葉を最後に、シャトルの全周囲モニターの向こう側――昼の太陽が燦々と輝く大気圏の境界線へと、シャトルは一筋の白銀の閃光となって突き抜けていった 。

キラとアマキの二機は、青空のなかで大きく翼を翻し、モニターの向こうへと消えていくラクスの軌跡を、ただ真っ直ぐに見つめ続けた。

 

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