腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:サボテンダーイオウ
宙域をパトロールしていたザフト軍の宇宙用モビルスーツ『ジン』のモノアイが、漂流する一つの影を捉えた。
こちらパープルワン。イエロー22ベータに発光信号を確認。これより向かう」
ジンパイロットの冷静な報告が、防衛線の通信回線へと響く。
『ブラボー了解。おそらくそれだろう。ハイジャックされたと連絡のあったシャトルは』
ラクス達が乗り捨てたであろう、シャトルが宇宙空間を漂っていた。
本国のザフト兵からの返信を受け、ジンはスラスターを微かに吹かしながら、沈黙したまま慣性飛行を続けるシャトルへと急速に接近していく。
「ここで乗り捨てか。やってくれるな。船内を確認する」
ジンパイロットは機体をシャトルのドッキングハッチへと固定させると、ノーマルスーツの気密を確かめ、機銃を手に警戒しながら静まり返った機内へと強行突入した。
だが、その操縦席のハッチを開けた瞬間、ジンパイロットは驚愕にその目を見開いた。
「あ! おい! 大丈夫か!?」
そこには、もはやラクスやバルトフェルド、アイシャの姿は影も形もなかった。あったのは、先ほど地上の空港で気絶させられ、シートにぐったりと縛り付けられたままの、ザフトの本物のパイロット二人と変装用の小道具だけ。
本物の歌姫たちは、ザフトの救助隊が到着するよりも遥か前に、クライン派の極秘の潜伏艇へと宇宙の闇の中で完璧に乗り換えを完了させ、デュランダル議長の手の届かないプラント本国のディープアンダーグラウンドへと、すでに冷徹に潜入を果たしていたのだ。
◇◇◇
プラント本国、最高評議会議長室。
柔らかな間接照明が灯る室内のデスクの後ろで、ギルバート・デュランダル議長は手元のタブレットに表示された、通信から冷徹な声を漏らした。
「そうか……。それで、そのシャトルを奪った者達のその後の足取りは?」
『現在、グラスゴー隊が専任で捜索を行っておりますが、未だ……』
幹部から苦渋の報告を上げる。定刻を早めて強行発進し、白昼の青空でバビ隊のミサイルを完璧に迎撃して宇宙へ上がったあの機体。その鮮烈な手口に、本国の防衛線は完全に後手に回されていた。
「ん……。しかし、よりにもよってラクス・クラインを騙ってシャトルを奪うとは。大胆なことをするものだ」
デュランダルは長い指先で顎をさすり、芝居がかったため息をついてみせる。だが、その瞳の奥には、すべてを見通すような怜悧な光が宿っていた。
『はっ!救出したシャトルのパイロット達も、基地の者等も、本当にそっくりだったと。お声まで……』
「兎も角、早く見つけ出してくれたまえ。連合の仕業かどうかまだ判らんが、どこの誰だろうがそんなことをする理由は一つだろう。彼女の姿を使っての、プラント国内の混乱だ」
『はっ!』
「そんなふうに利用されては、あの優しいラクスがどれほど悲しむことか」
「はい」
デュランダルはどこまでも人道的な最高権力者としての言葉を紡ぎ、偽物の歌姫を守るための正当性を並べ立てる。だが、その言葉の裏にある欺瞞を、将校が知る由もない。
「連中が行動を起こす前、変な騒ぎになる前に取り押さえたい。頼むぞ」
『はっ! 心得ました!』
幹部は応える議長との通信は終了する。
デュランダル議長はデスクの後ろの椅子に深く背を預けると、室内の照明をさらに落とし、誰もいない暗がりのなかで、その薄い唇の端を不敵な笑みとともに歪めた。
(だが、奴等が離れたというのは幸いか。ラクス・クラインにキラ・ヤマト。そして、……アマキ・カンザキ)
自分の描く世界の設計図にとって、前大戦の英雄であるキラのフリーダム、そしてあの規格外のじゃじゃ馬娘アマキの駆るスノーホワイトは、地上の戦局を内側から引っかき回しかねない最大の不確定要素だった 。
その彼らが、偽物のラクスというエサに釣られ、自分たちの監視網があるこの宇宙へと自ら足を踏み入れてくれた。
すべては世界の新しい秩序のための、必然たるチェスの盤面。
本物のラクスたちがプラントの闇に潜入したことを、デュランダル議長もまた、自らの深謀のなかに冷酷にハメ込りながら、次なる世界の変革へと向けて、静かに、そして恐るべき思考を巡らせるのだった。
◇◇◇
「だけどさ、こうしてる間もステラは……!」
アウルは手すりに両手を強く突っ張り、涙目のまま悔しげに夜の水平線を睨みつけ、声を震わせた。ステラは一人でザフトの戦闘区域へ向かい、そのまま鹵獲されて戻ってきていない。今頃どんな恐ろしい目に遭わされているのか、生体CPUとしてのあの子の身体が持っているのか、考えただけで胸が張り裂けそうだった。
「わかってる。……その時は、俺らも覚悟、決めるぞ」
スティングは鉄の手すりを血がにじむほどの力で握りしめ、夜の闇の向こうを鋭く睨みつけながら、静かに、しかし決定的な『覚悟』を口にした。
もしもステラの命の灯火が消えかけるような事態になるのなら。その時は、軍の命令もロゴスの縛りもすべて投げ打ち、自分たち二人の力だけであのザフトのミネルバへと真っ向から殴り込みをかけてでも、妹を力ずくで奪い返してやる。
艦内の最高指揮官室へと戻ったスノウの前に、大西洋連邦の裏の支配者であり、ロゴスの首魁であるロード・ジブリールの冷酷な素顔が、量子通信の暗号メインモニターへと映し出されていた。
画面の向こうのジブリールは、膝に乗せた猫を撫でながら、不快そうに眉をひそめて特有の粘り気のある声を響かせた。
『私は過ぎたことをいつまでもネチネチと言う男ではないが。だが、失敗にそういつまでも寛大なわけでもない』
「承知しております」
大佐はベネチアンマスクの奥の瞳を完璧に伏せ、どこまでも恭順な部下の姿勢を保った。
(実際にネチネチじゃないか。性癖もそうなのか? この男)
ジブリールはスノウの心中など知る由もなく、自らの絶対的な大義を並べ立て、画面の向こうで一人でネチネチと言葉を重ねていく。
『今回のエクステンデッドの損失ももう仕方がないさ。戦闘となれば敵も必死だ。そうそう君の思ったとおりにはいかんだろう。それも解ってはいる。だが、目的は達せられなければならないのだよ。全ての命令は必要だから出ているのだ。遊びでやっているわけではない』
「ええ」
スノウは実に殊勝な声音で短く応じた。
(こういう時は味噌汁が飲みたいものだ。野菜たっぷり、油揚げも入ってるといいなぁ)
『解っているというのなら、さっさとやり遂げてくれないかね? 言われたとおりのことを。でないと、こちらの計画もみな狂う。あのミネルバは今や正義の味方のザフト軍だなどと反連合勢力に祭り上げられ、ヒーローのようになってしまっているじゃないか。まったく! コーディネイター共の艦だというのに。それもこれも奴等が勝ち続けるからだろう?』
「確かにその通りです」
スノウの視線はジブリールの顔を完全に通り抜け、妄想の彼方のメニュー表へと飛んでいた。
(竈で炊いた白飯もいい。おかずはシンプルに沢庵がいい)
『民衆は愚かなのさ。先のことなどまるで考えもせずに、今自分たちに都合の良いものばかりを歓迎する。何故ああも簡単に騙されるのか』
「大盛もいいですな」
スノウは(確かに)と深く納得しながら、脳内の白飯のサイズについて、つい、うっかりとそのまま声に出して呟いてしまった。
『おおもり? ……』
ジブリールは突然の脈絡のない「大盛」という不気味な単語に、限界まで目を点にして一瞬だけ絶句した。だが、この仮面の男の手強い奇行には慣れているのか、すぐに咳払いをひとつ挟むと、何事もなかったかのように再び青筋を立てて最高権力者の怒号を続けた。
『……あのコーディネイター共が我等ナチュラルに本気で手を差し伸べることなどあるはずもないだろう! どうせまたすぐに手を返される。だからあの艦は困るんだよ。危険なのだ! これ以上のさばられては。今度こそ討てよ、カンザキ。そのためのお前達だということを忘れるな』
「ええ、必ずや」
スノウはマスクの奥で獰猛に、そして最高に晴れやかな顔で微笑んだ。
(よし! 今日の飯はシンプルで行くぞ!)
『期待しているよ、大佐』
ジブリールは満足げに頷くと、自らの計画の成功を確信しながら、量子通信の回線をパッと冷酷に遮断した。
メインモニターの光が消え、完全な静寂が室内に戻る。スノウはベネチアンマスクの位置を指先で直すとフ、と不敵な笑みを漏らした。
◇◇◇
艦長室の重い自動扉が閉じられた静寂のなかで、一人用ヘリで遅れて帰艦したルナマリアは、表情を硬く強張らせたまま、タリアのデスクの前へと直立不動で立っていた。
「ご報告が遅れて申し訳ありませんでした。実は妨害にあい、その、機械自体を壊されてしまいました。首謀者はアマノ・シノザキ。これは仮の名で本当はアマキ・カンザキでした」
「……そう。貴方に怪我はないのね?」
タリア艦長はデスクの後ろから、ルナマリアの無事を確かめるようにして母性を含んだ優しい視線を向けた。
「はっ。大丈夫です。ですが……そのアマキ・カンザキから見聞きしたことは、艦長に伝えてもよいと言われまして」
「……そう。やっぱりあの子がそうだったのね。それで、その内容って?」
タリアは美しくも鋭い瞳を細め、短く応じた。戦場でニッコリと神速の武装解除をやってのけ、フリーダムと共に姿を消したあの黒髪ロングのじゃじゃ馬娘 。その正体が、あの過保護なスノウ大佐の側にいたアマキ・カンザキその人であったのだと、タリアはすべての線が一本に繋がったことを確信したのだ 。
だが、ルナマリアは次の言葉を紡ぐのを躊躇うように、視線を泳がせて唇を強く噛んだ。
「でも、あの……」
「何か重要な話だったの?」
タリアがデスクに身を乗り出し、冷徹な聲音で核心を促す。ルナマリアは意を決したように顔を跳ね上げると、通信機に録音すらできなかった、あの夜の戦慄の告発を室内に響かせた。
「……フリーダムのパイロット、キラ・ヤマト、そしてカガリ・ユラ・アスハとその関係者との話し合いでしたが、その……キラ・ヤマト側のラクス・クラインが、その……ザフトの暗殺部隊に殺されそうになったと言っていました」
ルナマリアの口から紡がれたその最悪の言葉が、冷たい艦長室の空気を完全に凍りつかせた 。タリアはデスクの上に広げられたロドニア研究所のデータ端末を握りしめたまま、しばらく言葉を失って硬直していた。プラントの最高権力者であるデュランダル議長が、裏でラクスの暗殺を謀っていたというあまりにも肥大化した闇の告発。
タリアはゆっくりと息を整えると、デスクの後ろからルナマリアを真っ直ぐに見据えて、冷徹に問いかけた。
「……それは、キラ・ヤマトが言っていたのね?」
「はい」
ルナマリアは緊張に肩を強張らせながら、正直に頷いた。
ザフトからすれば、キラ・ヤマトもカガリも、そして彼らを匿うアークエンジェルも軍規を乱す不確定要素に過ぎない。ましてや、その遺跡の密会に我らがフェイス(FAITH)であるアスラン・ザラが独断で合流していたのだ。ルナマリアの胸の内に、アスランへの微かな疑惑がよぎったその瞬間、タリア艦長はすべてを見透かしたように、静かに、しかしきっぱりとした声音で言葉を重ねた。
「…………そう。アスランのことは信頼してあげて。アークエンジェルとのスパイという考えもあるかもしれないけど、私が許可を出したのよ」
「艦長……っ」
ルナマリアは息を呑んだ。
アスランが昨日、ミネルバを離れてあの古い遺跡へと向かったのは、決して敵との密通などではない。世界の未来を憂う彼の不器用な情熱を信じ、このタリアが直々に「行ってきなさい」と背中を押した公式の調査だったのだと、艦長は身を挺して部下を庇ってみせたのだ。
タリアは室内の照明をさらに落とすと、暗がりのなかでルナマリアへ向け、低く、凄みのある聲音で冷徹に釘を刺した。
「――ルナマリア。今、貴方が口にしたラクス・クライン暗殺未遂の件、他の誰にも他言無用よ。これはミネルバの、いえ、ザフト軍すべての根幹を揺るがしかねない最高機密よ」
「……はっ! 承知いたしました!」
ルナマリアは冷や汗を流しながら、艦長のそのただ事ではない覇気と息を呑んで敬礼した。
◇◇◇
本国上層部からの最新の暗号電文を受け取ったアーサーは、限界まで目を点にしてひっくり返った声を上げた。
「ええ!? あの子もこのまま乗せて行くんですかッ!?」
「ええ、あの研究所のデータと一緒に運んで来いって」
タリアは艦長席で深く、重い溜息を吐き捨てながら応じた。この艦には問題が多すぎる。アスランの密談。あの少女の件といい、疫病神でもいるのかと疑ってしまう。
「……しかし……」
アーサーは頭を抱え、ただの捕虜尋問という枠を遥かに超えた、あの少女を巡る異常なカルテの闇に声を震わせた。だが、タリアは険しい表情のまま、軍の指揮官としての冷徹な現実を告げる。
「仕方ないわ。これも命令だもの」
「あぁ……はい……」
アーサーは消え入りそうな声で頷き、コンソールへと向き直るしかなかった。
◇◇◇
オーブ軍の駐留基地司令部。
作戦会議室の大型ホログラムテーブルを囲みスノウは、不敵な微笑みを浮かべながら、オーブ軍の将兵たちに向けて冷徹な盤面を指し示した。
「というように、まあ策としては至ってシンプルですよ」
「しかし、それで本当に上手くいきますか?」
トダカ一佐が厳しい表情で腕を組み、納得のいかないように問いかける。その隣では、オーブの最高権力者の座に就いたユウナが、高級なスーツの襟を弄びながら、気だるげに声を漏らした。
「ん~」
「そもそも、その情報の信頼度はどれくらいなのです? 網を張るのはよいのですが、ミネルバがもしも……」
「おいおいおい! ここまで来てそんなことを言い出されても困るんだなあ」
トダカが作戦の危うさを指摘した瞬間、ユウナが両手を大袈裟に広げてその言葉を遮った。
「ぁ……」
「当てずっぽうで軍を動かすような真似を誰がするか。ミネルバは間違いなくこのルートを通ってジブラルタルに向かうさ。出港ももう間もなくだ」
「「 ぁぁ…… 」」
トダカとアマギの二人が、同時に苦渋の声を漏らす。
「……」
スノはただ黙ってマスクの奥の瞳を妖しく細め、チェスの駒が綺麗に動いていく様子を愉しむように静観していた。
「そういうことは大佐と僕でもうちゃんと確認済みんだから。君達はこっから先のことを考えてくれればいいんだよぉ」
「さすがユウナ様です。決断もお早くて結構。オーブの新たな指導者がいれば今後も安泰でしょう」
スノウが実に殊勝な声音でお世辞を並べ立てる。
「いえいえ、このくらいのこと」
ユウナが鼻高々に胸を張る。スノウは一転して、その声音に軍の指揮官としての凄みを滲ませて言葉を重ねた。
「厳しい作戦ではありますが、だがやらねばならない!」
「ぁ……」
アマギが冷や汗を流して言葉を失うなか、ユウナはすっかりスノウの熱量に絆され、拳を握りしめて調子よく吼えた。
「そして我がオーブ軍ならできる!」
「しかし! これでは我が軍は……っ」
アマギ一尉はテーブルを強く突っ張り、このままではオーブの兵士たちがロゴスの盾として使い潰されてしまうと声を荒らげた。だが、功名心に目を曇らされたユウナには、その部下の必死な叫びすらも届かない。
「これでミネルバを討てれば、我が国の力もしっかりと世界中に示せるだろうね~。……出来るだろ?」
「……」
トダカとアマギは、言葉を失ってただ奥歯を噛み締めるしかなかった。
「ご命令とあらば、やるのが我々の仕事です」
「くッ……」
トダカが軍人としての悲痛な覚悟を口にし、アマキは悔しげに拳を握りしめた。
「では頼む!」
「「 はッ…… 」」
二人が最敬礼をキメた、その瞬間だった。
スノウはさらに冷徹な罠を仕掛けるように、ユウナの耳元へ囁くようにして不敵な言葉を投げかけた。
「私の勘では、あのアークエンジェルとやら、またもや邪魔をしてくるやもしれません」
「...ッ! 」
「「 ぁ…… 」」
全員の顔に、同時に戦慄が走る。
「その時は今度こそ、墜とせると確信しておりますよ。万が一そのようなことになっても大丈夫ですね? あれは敵だと、あの代表と名乗る人物も偽物と仰いましたな。ユウナ殿は」
「くくッ……そ、そうだ!」
「ユウナ様!」
アマギが驚愕に声を裏返す。だが、スノウに完全にマインドコントロールされたユウナは、血走った目を剥いて狂ったように叫び散らした。
「あんなものまで担ぎ出し、我が軍を混乱させようとする艦など……我等にとっても敵でしかない!そうだな、トダカ一佐!だから貴様も撃て!」
「……はい」
「トダカ一佐……」
アマギは目の前でオーブの誇りがロゴスの狂気に塗り潰されていく現実に、絶望を滲ませて床を見つめた。
「ではそういうことで、よろしくお願いします」
「ふん!」
「「 …… 」」
スノウが綺麗に一礼する。ユウナは満足げに鼻を鳴らし、トダカとアマギの二人は、ただ重苦しい沈黙を抱えたまま、冷たい会議室のなかに取り残されるのだった。
◇◇◇
プシュー…と、フリーダムのコックピットハッチが乱暴に解放される。
キャットウォークへと共に降りてきたのは、パイロットスーツ姿のキラと弾むような足取りのミリアリア。
久しぶりのアークエンジェルにはしゃいでる様子で、キラに振り返って声を漏らした。
「あは」
「ふふ」
キラもまた、そのミリアリアの笑顔につられるようにして、穏やかな笑みを返す。
アークエンジェルという、自分たちの本当に大切な場所。そのハンガーデッキのあちこちで、機体の点検を行っていた整備班長――コジローの大きな背中を見つけるなり、ミリアリアはいつもの調子で快活に声を張り上げた。
「マードックさーん!」
「よお! 嬢ちゃん!なんだなんだ?こんなとこ来てちゃあ、嫁の貰い手なくなっちまうぞ?」
マードックは工具を片手に振り返ると、ニカッと豪快な笑みを浮かべ、わざとらしくため息をついて見せた。戦場に生きる若い娘を気遣う、彼なりの不器用な親心からのからかいだった。
「な~によ、失礼ね。いいのよ、あたしのやることにあーだこーだ文句言う男なんて、こっちからふってやるんだから」
ミリアリアはぷいっと頬を膨らませ、フンと鼻を鳴らして完璧な男前の一言を言い放った。自分の意志でこのアークエンジェルへ戻ってきた彼女だからこその、キレのあるプライドだった。
「うっへ~」
マードックはあまりのミリアリアの威勢の良さに、苦笑しながらお手上げとばかりに肩をすくめてのけ反ってみせた。
「ミリアリア」
キラが呆れたように、彼女の名前を呼ぶ。
「あ、兎も角またよろしくね」
ミリアリアはこれからの過酷な航路を見据え、ニコッと笑ってマードックへ右手を差し出した。
「おーよ、嬉しいぜ嬢ちゃん」
マードックはその小さな手を大きな手でガシリと握り返し、再び我が家へと集った大切な家族たちを歓迎するように、ハンガー内に豪快な笑い声を響かせるのだった。
◇◇◇
「オーブ軍がクレタに展開!?」
自国が、そして我がオーブの兵士たちが、再びユウナたちの私欲とロゴスの狂気によって戦火の盾にされようとしている。そのあまりにも残酷な現実に、カガリは胸を激しくかきむしった。
「ということは、やはりまたミネルバを?」
マリューが、険しい表情のまま指揮官シートから勢いよく身を乗り出す。通信コンソールを叩いていたチャンドラ二世が、重苦しく首を横に振って応じた。
「ええ、確証はないですが、ターミナルもそう考えるのが妥当だろうと」
「ミネルバがジブラルタルへ向かうと読んでの布石か。連合も躍起になってますね」
操縦桿を握り締めるノイマンの横顔にも、隠しきれない苦渋の色が滲んでいた。
「大方ロゴスからのダメだしだろう。よほどミネルバの存在が気に食わないらしい」
ラウは仕方ないと言わんばかりにこぼす。
その時、張り詰めたブリッジの自動扉が開き、格納庫から戻ってきたキラが足を踏み入れた。
「どうしたんです?」
キラが怪訝そうに眉をひそめたその瞬間、ハッチの向こうから、見覚えのある懐かしい少女が弾むような足取りで滑り込んできた。
「マリューさん!」
「ミリアリアさん!」
マリューがパッと表情を明るくして立ち上がる。
「お久しぶりです、皆さん」
ミリィが笑顔を見せたその刹那、マリューの隣で腕を組んでいたムウが、ニカッと豪快に笑いかけた。
「お! 嬢ちゃんじゃねーか。元気だったか?」
「どうもでーす。アマキさ~ん! 会いたかった~!」
ミリアリアはムウへの挨拶もそこそこに、マリューの隣に立つアマキの姿を見つけるなり、嬉しそうに声を張り上げて猛然と駆け寄った。そして、そのちょびっとだけ肉厚が減った柔らかな身体へと勢いよく抱きついたのだ。
「この間会ったばっかりじゃん。ちょっと暑苦しい~」
アマキは頬を真っ赤に染めながら、お茶目に苦笑して身をよじった。だが、ミリィはその腕をいっそう強く回し、蕩けるような声を漏らす。
「いいじゃん! ああ~この弾力、この肉厚、たまらない~!」
ミリアリアは愛おしそうにアマキの豊かな胸元に顔を埋め、その極上の体温と柔らかさを堪えきれずにぎゅぎゅっと揉みしだいた。
「あはは、相変わらずだな」
二人の賑やかなじゃれ合いを、チャンドラ二世が微笑ましそうに眺めながら、いつもの調子で快活に問いかけた。
「トールはどうしてるんだ?」
何気なく投じられた、かつての仲間の名前。その瞬間、抱き合っていたミリアリアの動きが微かに止まった。ミリィはアマキの身体からすっと離れると、どこか強がったような苦笑を浮かべ、小さく肩をすくめてサラリと告げた。
「あー、今ちょっと冷却期間かな~」
「うっは」
チャンドラ二世はあまりの言葉の重さに、限界まで目を点にしてひっくり返った。
だが、ミリアリアはすぐに表情を引き締めると、手にしたデータ端末の暗号ロックを神速の手つきで解除し、カガリの前へと差し出した。
「暗号電文です。ミネルバはマルマラ海を発進」
「ぇ!」
その予測もしなかったザフトの進路に、キラが驚きに声を裏返す。
「南下」
「「え!」」
ノイマンとマリュー艦長が同時に立ち上がり、メインモニターの走査線を一斉に睨みつけ、
カガリが、自分の国の軍が待ち構えている最悪の座標を直視し、限界まで目を点にして絶叫を上げた 。
「これで決まり、オーブ軍はクレタでもう一度ミネルバとぶつかるわ」
マリュー艦長が、これから黒海で巻き起こるであろう凄惨な戦火を予見し、唇を強く噛み締めた 。
「うッ……」
カガリは自らの無力さに胸を強く締め付けられ、涙目のまま床を見つめて立ち尽くした。
◇◇◇
ユウナによる狂気の撃沈命令を受け、黒海の洋上へと網を張っていたオーブ軍の主力艦隊。
その旗艦タケミカズチの緊迫したブリッジに、オペレーターの鋭い絶叫が木霊した。白昼の太陽の光が、ギラギラと荒れ狂う海面を白く照らし出している。
「艦影捕捉!」
「ん……」
トダカとアマギは 、コンソールに映し出されたミネルバの輪郭を睨みつけ、同時に苦渋の呻きを漏らした。ロゴスの謀略に操られたオーブが、正義の味方と祭り上げられるミネルバを討 。その不条理な戦火の引き金が、ついに引かれようとしていた。
「距離60、11時の方向です!」
『総員合戦用意。繰り返す、総員合戦用意』
無機質な艦内アナウンスが響き渡り、オーブ軍の全戦艦の主砲が、一斉に不気味な金属音を立てて旋回を始める。
◇◇◇
時を同じくして、オーブ軍のすぐ後方に潜伏する地球軍特殊部隊戦艦の最高指揮官室。
メインモニターに映し出されるオーブ軍の戦闘配置ログ、そしてミネルバの進路を悠然と見つめながら、スノウはベネチアンマスクの位置を指先で軽く直すと、薄い唇の端をこれ以上ないほどに愉しげに吊り上げた。
「さあ、ショータイムだ」
◇◇◇
「ぜってぇ取り戻す!」
「ああ! 叩き潰してやるっ!」
その大佐の合図を待っていましたとばかりに、ハンガーデッキではアウルとスティングの二人が、獣のような咆哮を上げてそれぞれの愛機へと飛び乗った。
ポートタルキウスを出港し、ジブラルタルへと向けて白昼の黒海を滑走していたミネルバ 。
その静寂を切り裂くように、通信席のバートの鋭い叫びがブリッジのコンソールへと叩きつけられた。
「前方に艦影」
「え?」
「なんだとッ!」
タリアが驚愕に美しくも冷徹な眉をひそめ、その傍らでアーサーが限界まで目を点にしてひっくり返った声を上げた。
「ぁ……」
メインモニターの走査線を睨みつけるメイリンの顔から、一瞬で血の気が引いていく。バートはコンソールを激しく叩き、迫り来る敵艦隊の規模を矢継ぎ早に読み上げた。
「空母1、護衛艦3!」
「例の地球軍空母は?」
タリアが鋭く問いかける。
「確認できません」
「索敵厳に、急いで。――オーブ艦だけなんてことはないはずよ」
「はい!」
タリアは険しい表情で奥歯を噛み締めた。即座にシートのレバーを握り、全館へ向けて吼えた。
「ブリッジ遮蔽、コンディションレッド発令」
「はい! コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す、パイロットは搭乗機にて待機せよ」
メイリンの張り詰めた声と共にアラートのけたたましい警告音とともにミネルバの全艦内へと鳴り響いていく。
重い装甲がブリッジのガラス窓を遮蔽し、眩しい暖色の照明が一瞬にして不気味な赤一色の戦闘色へと切り替わっていく。
ハンガーデッキでは、その警告音を背に受けながら、シンが「俺が絶対に君を守る、だから待っててくれ!」と医務室のステラに誓った約束を胸に宿し、インパルスのシートへと滑り込んでいた
アウルは狂ったようにスラスターのペダルを踏み込んだ。
「アウル・ニーダ、アビス、出るよ!」
隣のカタパルトに固定されたアビスガンダムの操縦席で、スティング・オークレーもまた、普段の冷静さを完全に消し去った獣のような形相で、メインレバーを一気に引き絞った。
「スティング・オークレー、カオス、発進する!」
ロゴスの縛りも軍の命令もすべて投げ打ち、自分たちの命をすべて使い潰してでも、ステラを傷つけたあのミネルバのコーディネイターどもを、一機残らずこの白昼の黒海へと沈めてやる。その圧倒的な殺意が、アビスのコンソールを真っ赤に染め上げていく。
『カオス、アビス――出撃許可』
通信回線から響く、ベネチアンマスクを外したスノウ大佐の、どこまでも過保護で不敵な声音。
今日の定食メニューへの妄想を脳内で完璧にキメ終わった仮面の策士は、我が子たちのこの命懸けの熱量すらも、すべては生存ルートのチェス盤へとハメ込みながら、冷徹に発進のトリガーを承認した。
―――ドゴォォォォンッ!!!!!
カタパルトから強烈な白銀の閃光と爆音を轟かせ、カオスとアビスの二機が、白昼の青空へと向けて獰猛に撃ち出されていく。
「距離60、11時の方向です!」
『総員合戦用意。繰り返す、総員合戦用意』
空母『タケミカズチ』のブリッジに無機質な警告音が鳴り響くなか、トダカとアマギの目の前で、オーブ艦隊の巨大な飛行甲板が一斉に駆動を始めた。
ユウナの功名心とスノウの深謀によって仕掛けられた、ミネルバ撃沈のための包囲網。その先陣を切るべく、ハンガーからカタパルトへと引き出されたオーブ軍の主力可変MSムラサメの群れに対し、ブリッジのオペレーターたちの張り詰めた怒号が矢継ぎ早に交錯した。
「第二、第四小隊発進待機位置へ」
オペレーターがコンソールを叩き、カタパルトへ滑り込んでくる後続の機体へ向けて待機信号を飛ばす。
第三、第五小隊発進完了」
間髪入れずにオペレーターの鋭い報告が響くと同時に、ジェットエンジンの凄まじい爆音がタケミカズチの巨体を激しく揺らした。白い航空隊の尾翼をギラギラとした太陽の光に輝かせながら、第一波となるムラサメの戦闘機形態が、黒海の白波を蹴り上げるようにして白昼の青空へと次々と吸い込まれていく。
タリア艦長がシートのレバーを強く握り締め、冷徹なまでの決意を全コンソールへと響かせた。
「インパルスとセイバー、グフイグナイテッドを出して」
「はい!」
メイリンが瞬時にコンソールを叩き、エース二機のカタパルトへ向けて最優先の発進電波を飛ばす。タリア艦長は返す刀で操舵席へ向けて鋭く吼えた。
「面舵30。東に針路を取る」
巨大なミネルバの船体が、重低音のエンジン音を黒海の海原に轟かせながら、迫り来るオーブ艦隊の包囲網を切り裂くようにして、ダイナミックにその巨体を翻し始める。
「インパルス、セイバー、グフイグナイテッド、発進願います」
メイリンの張り詰めた、しかし一寸の乱れもないプロフェッショナルな管制アナウンスが、ハンガーデッキで待機していた二人のパイロットの耳元へと届けられた。
「面舵30。東に針路を取る」
タリア艦長の命令によってミネルバの巨体が白昼の黒海を滑走し始めた、まさにその瞬間 。
包囲網の罠を完璧にハメ込んでいたタケミカズチのブリッジには、オペレーターの鋭い絶叫が響き渡っていた。
「目標、主砲射程まであと40!」
「ミネルバからのモビルスーツの発進は?」
トダカ一佐が険しい表情のまま、コンソールを睨みつけて鋭く問いかける。
「まだです!」
「よーし勝った!八式弾のシャワーをたっぷりとお見舞いしてやれ!」
まだ敵機が飛び立つ前という完璧な先手を打ったことに、ユウナは狂ったように笑い声を上げた。スノウ大佐の深謀に踊らされているとも知らず 、ただ手柄を焦る愚かな指導者の命令。トダカは、その不条理な現実を全て腹の底へ呑み込むと、オーブの誇りをその双眸に宿し、全砲術席へ向けて悲痛なまでの怒号を叩きつけた。
「砲術!八式弾一斉射!――てぇ!!」
ドォォォォンッ!!!!!
タケミカズチをはじめとするオーブ軍全戦艦の主砲から、鼓膜を破らんばかりの凄まじい爆音と共に、白昼の青空を焼き尽くすほどの八式弾の弾幕が一斉に解き放たれた。空を埋め尽くすほどの無数の散弾のシャワーが、面舵を切ったばかりのミネルバの巨体へと向けて、牙を剥いて殺到していく。
その直撃の瞬間、ミネルバの閉鎖ブリッジにはバートの悲鳴のような絶叫が響き渡った。
「砲撃、来ます!」
「ええッ!」
アーサー副長が悲鳴を上げるなか、タリア艦長はカタパルトデッキのインパルスたちの危機を察知し、シートの手すりを握りしめて鋭く吼えた。
「モビルスーツ発進停止! 回避しつつ迎撃!」
―――ドゴガガガガガァァァンッ!!!!!
次の瞬間、空を埋め尽くしていた八式弾が一斉に炸裂し、無数の自己鍛造弾のメタルジェットがシャワーとなってミネルバの巨体を容赦なく引き裂いた 。
「うわぁぁ!」
「うぅ……っ!」
激しい衝撃と金属の軋み音が轟き、ミネルバブリッジ一同が激しく床へと投げ出され、発進直前でカタパルトデッキに強制足止めを食らったシンやアスランハイネたちミネルバパイロット一同も、コックピットのシートのなかで歯を食いしばって衝撃に耐えるしかなかった 。
「表面装甲、第二層まで貫通されました!」
バートが火花を散らすコンソールを叩きながら報告を上げる。
「くっそー! 自己鍛造弾のシャワーだ!」
アーサーが涙目で絶叫する。あまりにも完璧なオーブ軍の先制奇襲。だが、タリア艦長は怯むことなく、即座に次の防戦指示を叩きつけた。
「ダメージコントロール、面舵更に10!」
「9時の方向に更にオーブ艦! 数3!」
バートのさらなる最悪の索敵報告が、ブリッジの警報音を引き裂いた。
「「 えッ!? 」」
タリアとアーサーが同時にメインモニターを睨みつけ、驚愕に目を見開いた。完全に逃げ場を塞ぐようにして現れた、もう一つのオーブの別動隊。
白昼の太陽が燦々と降り注ぐ大空には、先ほど空母『タケミカズチ』から神速の連続発進を完了させていたオーブ軍の主力可変MS『ムラサメ』の戦闘機形態が、巨大な鳥の群れのように美しいV字陣形を組んで雲海を切り裂いていた。
「よーし、行くぞ!」
先頭を飛ぶムラサメパイロットの猛々しい鬨の声が、作戦区域の通信回線に響き渡る。
自分たちの放った八式弾の一斉射撃が完璧に命中し、あのザフトの最新鋭艦が煙を上げて面舵にのたうち回っているのが、大空の高い視界から丸見えになっていたからだ 。ユウナの「我が軍ならできる!」という言葉通り 、国威発揚の手柄を焦る若き兵士たちは、一斉に機首を真下へと反転させ、ミネルバの無防備な上部ハッチへとトドメのビームライフルを叩き込むべく、猛烈な速度で急降下を開始した。
そのギラギラとした太陽の光に映る9つの白い影を、ミネルバの索敵モニターが瞬時に赤く捉えた。
「2時方向上空にオーブ軍ムラサメ9!」
メイリンが悲痛な声を張り上げる。装甲の軋み音とアラートが鳴り響く赤一色のブリッジのなか、タリアは、これ以上の被弾を食い止めるべく、全コンソールへ向けて冷徹に吼えた。
「シンとアスラン、ハイネを出して。トリスタン、イゾルデ照準、左舷敵艦群!」
「はい!」
アーサー副長がコンソールを叩き、ミネルバが誇る2連装高エネルギービーム砲『トリスタン』と、副砲『イゾルデ』の砲身が、不気味な重低音を響かせながら左舷のオーブ艦隊へと一斉に回頭を始める。
「まだあの空母がいるはずよ。索敵急げ!」
タリアは険しい表情で奥歯を噛み締めた。先ほどから自分たちを完璧に包囲し、先手を取って撃ち込んできたオーブ軍。だが、その裏には間違いなく、あの過保護で不敵な仮面の男――戦艦が息を潜めているはずだと、有能な指揮官としての確信があった。
「ばい!」
バートは散弾の衝撃に耐え、火花を散らすコンソールに食らいつきながら、必死の形相で黒海の全天センサーの感度を最大へと引き上げた。
「インパルス、セイバー、グフイグナイテッド発進!!」
メイリンの鋭い発進管制の絶叫と共に、ついにカタパルトのロックが解除された。
シン・アスカのフォースインパルスガンダム、そしてアスラン・ザラのセイバーガンダムの二機が、八式弾の煙が立ち込める白昼の黒海の大空へと、猛烈な爆音を響かせてついに一斉に撃ち出されていった
表面装甲を激しく引き裂く散弾の硝煙を突き破り、まずはシンの白き翼がカタパルトのレールを滑走する。
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます! ――はぁぁぁッ!」
強烈なGに耐えながら、シンはレバーを限界まで押し込んだ。カタパルトから白昼の青空へと弾き出されたコアスプレンダーへ、ミネルバから射出されたチェストフライヤーとレッグフライヤーが電撃の速度で追従する。眩しい太陽の光のなか、パーツが火花を散らして完璧に噛み合い、フォースインパルスガンダムがその獰猛な双眸を黒海の海原へと光らせた。医務室のベッドで怯えていたステラとの、生涯の約束をその胸に宿して。 間髪入れずに、隣のレールから可変MSの爆音があたりを引き裂いた。
「アスラン・ザラ、セイバー、発進する!」
アスランの気迫の咆哮と共に、赤いセイバーガンダムが強烈なバーニアの光を轟かせて撃ち出され、瞬時に飛行形態へと変形して雲海へと躍り出た。自室の中で「くっそー!」ともどかしい焦燥を吐き出した、あの戻れぬ宿命の怒りをすべて操縦桿に込めて。
「ハイネ・ヴェステンフルス、グフイグナイテッド、発進するぜ!」
オレンジ色の巨体がカタパルトの電磁レールを激しく蹴り、シンとアスランの後を追うように黒海の青空へと躍り出た。背部のフライトユニットが咆哮を上げ、強烈な推力で大気を引き裂いていく。
◇◇◇
オーブの首長でありながらユウナたちの暴走を止められず、ここに匿われているカガリは、悔しさと自らの無力さに耐えかねて激しく声を震わせた。
「くっそー……っ!」
「何悔しがってるの、カガリ。行こうよ!」
だがカガリの気持ちなどまるっと無視してアマキがニッコリと笑顔を浮かべ、落ち込むカガリの肩をポンと叩いた。まるでそこらに散歩に行こうよと気軽に誘うように。
「そうだね。ここでウジウジしてるなんてらしくないし」
キラもまた、優しい苦笑を浮かべてカガリへと歩み寄る。
「「 え? 」」
アークエンジェルブリッジ一同が、同時に二人の顔を見上げて声を上げた。アマキはガラス窓の向こうの、ラクスが消えていった大空を見つめ、紫の瞳に強い輝きを宿して吼えた。
「ラクスが頑張ってるんだ。私達だって、やれることやろう、ね! カガリ」
「アマキ、キラ……」
「君は一人じゃない。僕たちが一緒だよ」
キラが真っ直ぐな瞳で告げると、カガリはその二人のどこまでも深い優しさと信頼に、堪えきれずに涙をボロボロと溢れさせた。
「うぅぅ……っ」
「うん」
マリュー・ラミアス艦長が温かい母性で頷くなか、操舵席のサイが、そしてノイマンが力強くコンソールを叩いた。
「……アークエンジェル、発進準備を開始します!」
「ぁ!」
カガリが涙を拭って驚きに顔を上げた、まさにその時だった。ハラハラと泣いているカガリの背後から、ミリアリア歩み寄りその華奢な肩を強引に押しのけた 。
「どいて」
「ぇ……?」
「貴方には他にやることがあるでしょ? ここには私が座る」
ミリアリアは迷いのない手つきでヘッドセットを頭へ装着すると、かつての大戦で座り慣れたアークエンジェルのCIC(戦闘情報)席へと堂々と腰掛けた。
「ミリアリア……」
「貴方がそこに座ってくれるのは心強いけど、でもいいの? せっかく……」
マリュー艦長が心配そうに問いかける。写真家としての道を選び、一時は軍を離れていたミリアリアへの気遣いだった。だが、ミリアリアはコンソールのインジケーターを神速の手つきで起動させながら、ニコッと笑ってみせた。
「ええ。世界もみんなも好きだから写真を撮りたいと思ったんだけど。今はそれが全部危ないんだもの。だから守るの、あたしも。……それに、アマキさんの活躍も間近で見れるしね!」
「本音はそれ?ミリィらしいや」
キラが呆れたように、ツッコミを入れる。
「フッ」
ノイマンが操縦桿を握りながら短く笑う。
「そう。ありがと」
マリュー艦長が深く感謝の言葉を伝えた、その瞬間だった。ブリッジのスピーカーから、副長席に座るナタルの、相変わらず厳格で凛とした怒号がピシャリと響き渡った。
「動機がたるんでるぞ!」
「また騒がしくなるわね! ミリィよろしく!」
さらにその隣から、フレイが可憐な笑顔を浮かべ、悪戯っぽく両手を振ってミリィへエールを送る。
「うん! よろしくね!」
ミリアリアは力強く応じると、全天センサーの感度を一気に引き上げた。
◇◇◇
―――ドゴガガガガガァァァンッ!!!!!
八式弾の凄まじい硝煙が立ち込める白昼の黒海の大空へとミネルバから撃ち出された、アスランのセイバー。だが、可変飛行形態で雲海を突き抜けたまさにその瞬間、上空の死角から凶悪なまでの光条がセイバーの装甲をかすめ飛んだ。
「チィッ!!」
スティングのカオスが放った正確無比なビーム連撃が、逃げるセイバーの退路を完璧に先読みしてハメ込んでいく。カオスの圧倒的な機動力と猛攻の前に防戦一方へと追い詰められていく。
一方、その下方の海原では、シンのフォースインパルスがアウルのアビスガンダムと激しい一騎打ちを繰り広げていた。
「そこをどけぇぇッ! ステラを返せぇぇッ!!」
アウルは操縦桿を激しく引き絞り、アビスの3連装ビーム砲と連射ビームを狂ったように浴びせる。ステラを連れ戻すためなら誰であれ「ぶっ殺してやる!」と地獄の殺意を爆発させた猟犬のような猛攻。
「くっ……このっ……!」
シンは強烈なGに耐えながら盾で防ぐが、アビスの変則的な猛攻に体勢を崩され、絶体絶命の隙を晒してしまう。そこへ、ムラサメの編隊が、シンの退路を断つように一斉にビームを放った。
「もらったぁぁッ!」
アウルがアビスの巨大なビーム三叉戟を突き立てようとした、その刹那――。
「――そこまでだ、坊主ども! 若いのに無理させんなよ!」
眩いオレンジ色の影が、爆音と共に上空から猛烈な速度で割って入った。ハイネのグフイグナイテッドである。左腕の対ビームシールドでアビスの刺突を強引に弾き飛ばすと、同時に右腕から放たれた高エネルギー鞭スレイヤーウィップが、プラズマを唸らせてアビスの機体を激しく捕らえ、叩きつけた。
『うわぁっ!? なんだよ、コイツ! 邪魔すんなぁ!』
『シン! 上のオーブは俺が引き受ける! お前は目の前のそいつに集中しろ!』
『ハイネ……! ゴメン!助かった!』
インパルスが瞬時に体勢を立て直し、再びアビスへと肉薄していく。それを見届けたハイネの視界に、次々とビームを撃ち込んでくるムラサメの編隊が映った。
『一機でしゃしゃり出てくるんじゃねえよ、ザフトが!』
オーブ兵の叫び。しかし、ハイネは不敵に笑った。
『悪いな、こちとら伊達にこの色の機体に乗ってねえんだよ!』
ハイネは背部のフライトユニットを最大出力で噴射。凄まじい機動性でムラサメの射線を紙一重で回避すると、両腕に装備したビームソード「テンペスト」を同時に起動した。眩い光の刃が、白昼の黒海に十文字の軌跡を描く。
ドガァァァンッ!
すれ違いざま、ハイネの放った一閃が先頭のムラサメの主翼を完璧に両断した。爆発する敵機を背に、グフは空中で鮮やかに反転、残るムラサメの編隊へと真っ向から突撃していく。
圧倒的な技量で敵陣を攪乱し、混迷する黒海の上空でオーブの精鋭たちを圧倒していくハイネ。その確かな強さと余裕は、窮地に陥っていたミネルバ隊に、これ以上ない反撃の狼煙を告げていた。
その時――。
「カガリ・ユラ・アスハ、ストライクルージュ、出るぞ!」
カガリの悲痛な、しかし迷いのない咆裟と共に、桃色のストライクルージュがカタパルトのレールを蹴り上げた。
「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」
「アマキ・カンザキ、スノーホワイト、出る!」
続いて、アークエンジェルのツインカタパルトから、キラのフリーダム、そしてアマキのスノーホワイトの二機が、爆音を響かせて白昼の青空へと弾き出された。
続編としてガンダムSEED FREEDOM編を読んでみたいですか?
-
読んでみたい
-
別に読まなくて良い