腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:サボテンダーイオウ
ミネルバのタンホイザーによる極大の直撃を受け、海中へと逃げ込もうとするアークエンジェルの艦内にすさまじい爆鳴が轟いた。
「右尾翼大破、第一エンジン損傷! 主翼にもダメージを受けています!」
火花と黒煙が吹き荒れるブリッジで、チャンドラ二世は必死にコンソールを叩きながら悲鳴を上げた。
「出力低下、トリム水平不能!」
ノイマンが冷や汗を流しながら操縦桿を力任せに引き絞るが、被弾の衝撃で大天使の巨体は不気味に傾ぎ、操舵不能の危機に陥る。
「左舷注水! 艦の姿勢を維持して! 第一エンジンは切り離して! 爆破します!」
「「え?」」
「撃沈したと思わせるのよ。急いで!」
マリューの瞬時の、そして命懸けの欺瞞作戦の指示。完全に破壊される前に自らエンジンを切り離して爆破し、その大爆発の炎と煙によって、ミネルバ側にアークエンジェルを完全に撃沈したと誤認させる。
それこそが、この絶体絶命の包囲網を潜り抜けて生き残るための、唯一の賭けだった。
「キラキラきらぁあああ!!!」
一方自分を庇って海の中へ落ちていくフリーダムのコクピット部分を必死に守りながらアマキは半狂乱となってその名を絶叫した。
「く……キラ! キラぁぁっ!」
カガリも居ても立っても居られずルージュに飛び乗り、激しい水柱を上げて凍てつく海中へと猛然と飛び込んでいく。そしてスノーホワイトに通信で呼びかけ、狂乱するアマキに必死に声掛けをして落ち着かせていた。
『アマキ! キラなら大丈夫だから落ち着けっ!』
「でもでも!」
『このままアークエンジェルへ!』
「うんっ!」
暗く冷たい海中、カガリの必死の叱咤が、我を失いかけていたアマキの心を繋ぎ止めた。
ルージュとスノーホワイトは、マリューが仕掛けたエンジン爆破の欺瞞作戦の煙に紛れ、息を潜めて待つアークエンジェルの格納庫ハッチへと、一筋の白い泡の軌跡を引きながら一目散に滑り込んでいく。
◇◇◇
「ふふ、ははは……」
シンは横やりしてきたフリーダムを撃破した歪んだ達成感に酔いしれ、メインモニターの向こうに広がる白銀の戦場を見つめて不気味な笑みを漏らしていた。シンの目標は二機だったが、あの慌てようではスノーホワイトのパイロットにも精神的なダメージを負わせることができたらしい。
「あぁ…」
対してアスランは完全に魂を抜かれたように、眼下の海面を血走った瞳で見つめていた。
その瞬間、白銀の海域でアークエンジェルの第一エンジンが凄まじい大爆発を起こした。
その衝撃で大天使の巨体は完全に水底へと沈み込み、激しい水柱とともに、モニターにはただ無数の瓦礫と油膜だけが虚しく広がっていく。
「……なんでっ」
「ふん」
インパルスのモニター越しに、シンはアークエンジェルが完全に消え去った海面を冷ややかに見下ろし、自らの正義が証明されたと言わんばかりに鼻で笑った。
「アークエンジェル……キラ……アマキ……! そんな……馬鹿なっ!」
アスランはセイバーの操縦桿を激しく掴んだまま、狂ったように絶叫した。
フリーダムは撃破され、スノーホワイトはそのまま戦線離脱、アークエンジェルは海中で爆発を起こした。
それら抗いようのない事実を戦場の中で直接目撃し、「真実の終わり」と誤認してしまったアスランにとっては、親友も、仲間も、すべてを自らの所属するミネルバの手で永遠に失ってしまったという、最悪の『悪夢』そのものだった。目の前が真っ白になるほどの絶望のなか、アスランの悲痛な叫びが、激しい戦闘の余韻が残る凍てつく白銀の空へと、虚しく響き渡る。
◇◇◇
「駄目だ。海中はまだ荒れていてソナーは使えない。仕留めたにしては浮遊物が少ない。逃げられたか。モートン隊は範囲を広げて探索しろ。僅かな兆候も見逃すなよ」
戦闘の熱気が冷めやらぬザフト軍。海面を飛び交う索敵ヘリや潜水部隊からのノイズ混じりの報告が、アークエンジェルを撃沈と断定するにはあまりにも不確定な要素が多いことを告げていた。完璧な布陣を敷いたはずの包囲網を前に、前線兵士たちの間には不気味な焦燥感が漂い始める。
◇◇◇
ミネルバのブリッジでタリアは椅子の背もたれに深く身体を預け、誰にも聞こえないほどの小さな、そして重いため息をついた。
「はぁ……」
モニターが映し出すのは、エンジンの大爆発の残火と、静かに波打つ白銀の海面だけ。「本当にあの艦を落としたのか」という指揮官としての冷徹な疑念と、もし生き延びていてくれたならという、一人の人間としての割り切れぬ想いが彼女の胸を去来する。しかしすでに引き金は引いた。ならばもう腹は括ったも同然。これから何があろうと軍人の自分は上からの命令に逆らうことはできないのだ。それが理不尽なものでも。
そしてミネルバのモビルスーツ格納庫では帰投したシンがインパルスのコックピットから降りてくると、待ち構えていた整備班やクルーたちが一斉に歓声を上げて彼を取り囲んだ。
「よぉやったな!」
「すごいじゃないか!」
「シン! ほんとにすごいよ、シン!」
「いや~、そんな」
前大戦の英雄であり、ザフトにとって不敗の脅威だったあのフリーダムを撃沈したという歴史的戦果に、格納庫全体が狂熱のような興奮に沸き返っている。
「ほんとにやったのか? あのフリーダムを」
「ええ、まあ」
シンはヘルメットを抱え直し、照れくさそうに頭を掻きながらも、胸の奥から湧き上がる圧倒的な全能感に口元を綻ばせた。自分たちの正義を邪魔する邪魔者を、ステラの大切な人を傷つけた敵を、ついにこの手で討ち果たしたのだという誇らしさが少年の心を完全に満たしていく。
「シン! すごかった! あんな戦い方。びっくりしちゃったわよ」
「そう?」
「ぁ……」
ルナマリアはシンの元へ駆け寄り、興奮気味に言葉を重ねたが、ふと脳裏をよぎったアスランのあの悲痛な絶叫を思い出し、一瞬だけ複雑な表情を浮かべて言葉を詰まらせた。
「よぉよぉ、盛り上がってんなお前ら!」
そこへ、パイロットスーツのフロントを少し緩めたハイネが、遅れて格納庫へとやってきた。
いつもの気さくな笑みを浮かべ、人だかりを割ってシンの前へと歩み出る。
「シン、お前マジですげぇな!あの最強って言われてたフリーダム様をホントに墜としちまうなんてよ。ベテランの俺から見ても、あのパーツ換装を組み合わせた立体機動は文句なしの100点満点だぜ!」
「ハイネ……。あ、ありがとうございます!」
憧れの先輩であるハイネからの直々の大絶賛に、シンはそれまでの謙遜を忘れて、パッと顔を輝かせた。
「ま、あっちのスノーホワイトを仕留め損ねたのはちっと惜しかったがな。だけどよ、あの包囲網の中で最大の脅威を完全に排除してみせたんだ。そりゃもう大金星以外の何物でもねぇよ。よくやった!」
ハイネはガシガシとシンの頭を大雑把に撫で回し、親しみやすい言葉でその戦功を心から称えた。
「よくやったな、シン。見事だった」
レイはいつもの冷静でありながらどこか満足げな眼差しでシンの肩を優しく叩いた。
「ありがとう。レイのおかげだ」
「やり遂げたのはお前だ」
議長の示す正しい世界のために、最大の障害を排除した親友を、心からの信頼を込めて称える。
「ああ、そりゃもう絶対勲章もんだよ!」
「ほんと無敵だぜ」
再び巻き起こる賛辞の嵐。ただ一人の少年が成し遂げた「正義の勝利」の熱狂に包まれていく。
「……」
アスランは格納庫の喧騒の端、暗がりに佇んだまま、怒りと絶望に全身をガタガタと震わせていた。シンを強く睨みつけていると、シンもアスランの視線に気づきわざとらしく大仰に言って見せた。
「もうちょっとでスノーホワイトやれたのにもったいなかったなぁ。でもまぁ、フリーダム倒せたから儲けもんですね」
「……」
「これで清々しますよ。しつこいハエは墜とせましたからね」
この言葉にカッと頭にきたアスランは格納庫に響くような怒鳴り声をあげた。そして人波をかき分け猛然と突進し、シンのパイロットスーツの胸ぐらを力任せに掴み上げる。
「シンっ!」
「何するんですか!」
周囲の歓声が一瞬で凍りつき、格納庫にただならぬ緊張感が走る。ルナマリアは慌ててアスランを制止しようとする。
「アスラン!シン!」
「キラは……お前を殺そうとはしていなかった! それにアマノだって!いつだってあいつらはそんなこと!」
「あの機体はそもそもアマキ・カンザキのものだっ!それをあの人が、アマノ・シノザキが奪ったんだっ! だから倒すんですよ!」
シンは胸ぐらを掴まれたまま、激しい怒りと不満を剥き出しにしてアスランを睨み返した。シンの勝手な思い込みにアスランは怒髪天を衝く。
「お前ぇ!何が清々しただと!? 誰を倒すだとっ!アレに、スノーホワイトに乗ってるのはっ!!」
アスランの脳裏で、何かが決定的にぶち切れた。
大切な親友であるキラを、そして目の前で歪んだ憎悪を向けられているアマキを、勝手な妄執で傷つけ、さらにしつこいハエと吐き捨てた目の前の少年に、全身の血が逆流するほどの凄まじい逆鱗の怒りが爆発する
「シン!」
「アスラン!やめろっ!」
「何わけ分かんないこと言ってんです? やめてくださいよ」
シンはアスランのあまりの剣幕に、苛立ちを隠せない様子でその手を乱暴に振り払おうとする。
「あいつを討てたのがそんなに嬉しいか? 得意か!何故あいつが……」
「嬉しかったら悪いんですか?」
「……」
「強敵をやっと倒せて、喜んじゃいけないんですか!?」
「くっ……」
「じゃあどうしろっていうんです? 泣いて悲しめってんですか? 祈れってんですか!?」
「ぅ……」
「それとも俺が討たれりゃ良かったとでも言いたいんですか! あんたは!」
「シン!」
どうして戦いあうことしか選択肢がないのだ!
怒りのままにアスランは拳を振るう。
「うっ! こんのー!」
アスランの怒りの拳がシンの頬を強く殴り飛ばした。吹っ飛んだシンはすぐさま猛犬のように身を翻し、アスランに向かって殴りかかろうと腕を突き出す。
「アスラン!」
「駄目です!」
「よせって!」
「やめてください、アスラン!」
「……」
間一髪で、周囲にいたレイやルナマリア、整備班の男たちが二人の間に割って入り、力任せにその身体を組み伏せて引き離した。ゼーゼーと荒い息を吐きながら血走った瞳で互いを睨みつける、ザフトの赤服の少年たち。
「アスラン。シンの態度に問題のあったことは認めますが、いかに上官と言えど今の叱責は理不尽と私も思います」
二人の間に毅然と立ちはだかったレイは、一歩も退くことなくアスランの視線を受け止めた。その切れ長の瞳は氷のように冷徹で、感情を一切挟まない極めて論理的な声音が格納庫の壁に硬く反響する。異様な静寂の中で誰もが息を呑んで赤服たちの対峙を見守っていた。
「く……」
「アークエンジェルとフリーダムを討てと言うのは本国からの命令です。シンはそれを見事に果たした。賞賛されても叱責されることではありません」
「五月蝿い!」
「アスラン!」
「あいつらに……討たれなきゃならないわけなどない!」
シンは一歩前に出て不満を爆発させた。その顔は怒りで真っ赤に染まり、かつての英雄への敬意など微塵も残っていない。
「はぁ!?」
だがアスランはつい言葉を滑らせた。アマキの為に名前を出すことはしなかった。だが今は彼らの生存がわからない今、感情のブレーキ―は止まらない。
「キラもアマキもアークエンジェルも敵じゃないんだ!」
「アマキ? 何言ってんですか!あれは……」
アマキという名前にいち早く反応したシンは怪訝そうに言い返そうとした。
「敵です」
レイはシンの言葉を遮るように極めて淡々と冷酷な現実の楔を打ち込んだ。
「!」
「あちらの思惑は知りませんが、本国がそうと定めたのなら敵です」
「レイ!」
アスランの叫びは、もはや悲鳴に近かった。だが、レイの表情は微塵も動かない。
「我々はザフトですから」
「ぁ……」
「何が敵であるかそうでないかなど、陣営によって違います。人によっても違う。相対的なものです。御存じでしょ? そこに絶対はない」
「……」
「我々はザフトであり、議長と最高評議会に従うものなのですから。それが定めた敵は敵です」
「お前!」
アスランは再び拳を握りしめ、レイへ一歩詰め寄ろうとした。
しかし、レイの揺るぎない眼差しと、その背後で完全にアスランを「理解不能な異分子」として冷ややかに見つめるシンや整備兵たちの視線が、見えない壁となってアスランの足を止めさせる。
「貴方の言っていることは、個人的な感傷だ。正直困ります」
「く……」
「……」
「……」
レイの冷酷なまでに理路整然とした正論が、アスランの胸を深く抉る。
議長と組織の言葉こそが絶対の「正義」であり、そこに個人の感情を挟む余地など一滴も残されていない。
その軍人としての冷徹な鉄の掟を突きつけられたアスランは、己の無力さと、ミネルバ内での完全な孤立を骨の髄まで思い知らされ、唇を血が滲むほどきつく噛み締めた。守りたかった親友を失い、さらにその死すら組織の正義として消費されていく不条理。アスランの瞳には、やり場のない焦燥と絶望の灯が揺れていた。
「チッ!」
「アスラン!」
「おい!待てよっアスラン!」
アスランは激しい舌打ちを漏らすと、誰の言葉にも耳を貸さずに格納庫の奥へと足早に立ち去っていった。
カツカツと虚しく響くブーツの足音が消えていくのを見送るルナマリアやヴィーノたちの顔には、深い困惑と悲痛な影が差し、シンは吐き捨てるように去ったアスランの背中を、ただ不快げに睨みつける。
◇◇◇
ザフト軍が誇る巨大要塞、ジブラルタル基地。
ミネルバが港湾へと入港したことで、基地内は補給と機体修復に追われる兵士たちと車両の駆動音で活気に満ちあふれていた。
「F73の魚雷キャニスターはデグチャレフの第五棟ビートハッチへ」
無機質なスピーカーから流れる無数の構内アナウンスが、戦況の激化と兵站の慌ただしさをリアルに物語っている。
「ビーデム、カムチャッカからの補給パーツは10分後に到着する」
白銀の戦場を往く陸戦兵器や、激しい戦闘で摩耗した新型モビルスーツたちのための予備パーツが、世界各地の拠点から次々と運び込まれていく。
「修復データベース更新情報。バビのハイドロリデューサーはグフとの互換性が確認された」
技術班のデータ更新アナウンスが響き渡る中、格納庫の作業アームは火花を散らしながら、満身創痍のインパルスや配備されたばかりの機体たちの整備を急速に進めていた。
◇◇◇
プラント本国の宇宙要塞では、ロゴス討伐という大義名分に「企業不買運動かな」などと緊張感のない会話を交わす将官たちに対し、イザークが「ただの戦争より遥かに大変なことになる!」と激昂。世界規模の経済・政治システムが崩壊するリスクを、ディアッカと共にいち早く予感し焦燥を募らせていた。
そしてプラント最高評議会で議長は「軍を送るような野蛮な真似はしない」と前置きしつつも、民衆の恐怖と本能を巧みに煽る演説を継続。ロゴスを戦争で暴利を貪る化け物と定義し、平和を勝ち取るためとして世界中の人々の怒りに火をつけ、自らの描くシナリオ通りに民衆をコントロールしていき、議長の演説をきっかけに、地球連合軍の内部や世界各地の市街地で激しい暴動が勃発 。これまで世界を裏から牛耳っていた軍需産業複合体ロゴスの幹部たちは一転して追われる身となり、最高権力者であるジブリールの邸宅にも暴徒が襲来 。かつての死の商人たちは恐怖と焦りのなかで、デュランダルへの激しい憎悪を募らせていく。
◇◇◇
アークエンジェルの一室。ベッドの上に上体を起こしたキラは、自分の両手を握ったり開いたりしながら、すっきりとした笑顔をカガリに向けた。
「……ふぅ」
「キラ、もう怪我は治ったか?」
「うん。怪我なおるんちゃんマークⅢのお陰だね。今回は前回と違って苦くないのがポイントだって雪彦さんが言ってたから」
インパルスに対艦刀でコックピットを貫かれ、海へと沈んだあの大激闘。本来なら致命傷となっていてもおかしくない大怪我だったが、彼にはその傷痕すらほとんど残っていなかった。
すべては、海中から決死の覚悟でキラを救い出した直後、神崎雪彦(スノウ)から即座に処方されたあの規格外の薬のお陰だった。
「しかし、魔法みたいだな、あの薬は」
カガリは呆れながら、サイドテーブルに置かれた小さな空き瓶に手を伸ばした。
そこには、手書きの非常に達筆な字で『怪我なおるんちゃんマークⅢ』と誇らしげに書かれている。
前回のあまりの苦さという反省を踏まえ、あらかじめ苦味を完全に取り除いた仕様へと改良されていた。だが、その代わりに「飲むたびに味がランダムで変わる」という謎の機能が追加されているらしい。キラが今回引き当てたのはトマト味だった。トマトジュースだと思えば、普通に美味しく飲めなくもない代物だ。
「そうだね」
「でも良かった。本当にな……」
「……アマキは?ここにいないってことは…やっぱり暴れた?もしくは自分のこと、責めちゃってるよね」
キラはふと表情を曇らせ、自分を身を挺して庇ってくれた大切な彼女のことを尋ねた。その瞬間、カガリの顔が目に見えて引きつった。
「あたり。……キラの想像通り、アイツ、滅茶苦茶キレてヤバかったんだよ。あのインパルスを今すぐ墜としに行くって息巻いてさ! 止めようとした男数人で抑えても、全く抑えきれなくて……とんでもない馬車馬みたいな馬鹿力だったんだぞ」
カガリはあの直後の格納庫での大惨事を思い出し、ブルッと肩を震わせた。あの格納庫でのやり取りはしばらく脳裏から消えることはないだろう。
『離せ!! 私の邪魔をするなっ!』
『アマキ! やめとけって!!』
『アマキ、やめろっ!』
『五月蠅い五月蠅いっ!!』
『ぐっ!』
『がはっ!?』
思い出すだけでも恐ろしい乱闘騒ぎだった。アマキは怒りのままに殴る、蹴る、さらには鮮やかな回し蹴りを炸裂させ、複数の男たちを一方的にボコボコになぎ倒していったのだ。
文字通り地面に転がされて負傷したのは、あのムウやラウといった前大戦を生き抜いた手練れの男その他整備員たち。アマキが普段から人間離れした身体能力を持っているのは誰もが知っていたが、いざその暴力の権化を目の前で見せつけられると、流石のカガリも身がすくんでしまったという。
「私や艦長たちが遅れて格納庫に着いた頃には、もうアマキの足元に男たちがゴロゴロと伸ばされてて、本当にヤバいと思ったんだ。それで、なんとか抑え込もうとするんだけど、あいつの目がマジで狂気じみててさ……」
『私に、触るな!』
「……押し殺した、地を這うような声で私たちを威嚇するんだ。瞳孔が完全に広がってて興奮してるのはわかったけど、なんか普段の飄々としたアマキと違って、全身からどす黒い怒りが満ち満ちてた。……あれは本当に、シンを確実に殺しに行く目だったな。私はあまりの変わりように、怖くて足がすくんでしまったんだ。本当に纏っている雰囲気が違いすぎて」
世界の不条理に怒り、大切なキラを傷つけられた絶望。アマキは完全に我を失い、ただ復讐の怪物へと変貌しかけていた。そんな中、彼女だけは違った。
「でも、艦長は違った。一瞬だけ慄いた感じはしたけど、すぐにアマキの元までスタスタと真っ直ぐ駆け寄っていったんだ。警戒するアマキが次に動こうとするより早く、艦長の平手がアマキの頬を思いっきり引っ叩いた」
ぱしんっ!!
『!?』
『キラ君は無事だからっ!』
『……』
『だから、自分のことを責めちゃ、駄目よ。……ね?』
『………う、……うぅ……』
『あなたの気持ちは痛いほどわかる。だからって、復讐は何も生まない。でしょう?あなたたちが私たちに教えてくれたんだから。貴方がまた同じことをしては駄目。……そんなことをしたら、キラ君だって絶対に喜ばないわ』
『うわぁぁあああああああ――――んっ!!』
アマキは子供のように顔をくしゃくしゃにして、その場に泣き崩れた。
張り詰めていた怒りの鎖が解け、大粒の涙が彼女の頬を伝って床へとこぼれ落ちていく。マリューはそんなアマキの頭を優しく、包み込むように抱きしめ、背中を何度もさすってやるのだった。
「……ってことがあってさ。今は艦長に泣きついたまま、食堂の隅っこで借りてきた猫みたいに丸くなってるよ。本当に、お前が無事で良かった。あいつを人殺しにさせずに済んだんだからな」
「……そっか。ありがとう。じゃあ、僕行ってくるよ」
「ああ、言って落ち着かせて来い」
キラはベッドから静かに足を下ろし、自分のためにそこまで心を痛め、怒ってくれたアマキの元へと向かうため、カガリに見送られて部屋の扉へと歩みを進めるのだった。
一方、食堂の隅っこでマリューとアマキは座っていた。ウズミとシーゲルからの差し入れの番茶とカステラが手つかずでテーブルに置かれていた。食欲はないらしい。おっさん二人が心配そうに調理室でうろうろしている姿が時折見受けられた。
「……」
「……どう、落ち着いたかしら?」
「……うす……。すんませんでした」
「大丈夫よ。ムウ達もああいう荒事には慣れてるから。貴方に負かされたって気にしてないわ」
「……うす……」
アマキは小さく鼻をすすりながら、手元の湯呑みを見つめて消え入るような声で答えた。
あれほど猛り狂っていた狂気は完全に消え去り、今はただ傷ついた子供のように縮こまっている。そして泣きまくって鼻は真っ赤っかだ。
そこへ食堂の扉が開く。現れたのは今最もアマキにとって顔を会わせずらいキラだった。
「マリューさん」
「っ!!」
「キラ君。もう体は大丈夫なの?」
「はい。雪彦さんの薬のお陰で」
「そう。よかった……。ほら、アマキさん」
「……」
キラの姿が視界に入った瞬間、アマキは弾かれたようにビクッと身体を震わせた。
そして、気まずさと恥ずかしさが一気に押し寄せたのか、隣にいるマリューの腕にガシッと抱き着いて、行かないでと言わんばかりにぐいぐいと顔をこすりつける。
「あらあら」
マリューは困ったような、どこか嬉しそうな優しい顔をして、アマキの頭をよしよしと愛おしそうに撫でてやった。母親が幼い我が子をあやすようなその温もりに、アマキの強張っていた身体が少しだけ緩んでいく。
「……そのままでいいよ。アマキ、僕の話だけ聞いてくれる?」
「……」
キラは穏やかな足取りで近づくと、アマキを怯えさせないよう、少し離れた位置から静かに語りかけた。
「君を助けられて良かった」
「っ!!」
「君に怪我がなくてよかった」
「……ちが、う」
アマキはマリューの腕に顔を埋めたまま、掠れた声で小さく首を横に振った。
「ありがとう。僕の為に泣いてくれたんだね」
「……だって、だって! わ、私が私が! よそ見しなきゃっ、キラは、きらは……っ!」
アマキは耐えきれなくなり、マリューの腕から顔を離すと、今度は自分の顔を両手で覆ってしまった。
指の隙間から、止めどなく溢れ出た涙がポロポロと零れ落ちる。
マリューはそんなアマキを安心させるように、もう一度その頭をそっと愛おしそうに撫でた。
それから優しく静かに席を立ち、彼女から離れて食堂を出ていくように見えた。
そして、入れ違いにキラがアマキのすぐ傍らへと腰を下ろし、泣きじゃくるアマキに寄り添った。
「僕は生きてるよ」
キラは、両手で顔を覆って泣きじゃくるアマキの肩に、そっと手を置いた。
その手のひらから伝わる確かな体温が、アマキの胸の凍りついた恐怖を少しずつ溶かしていく。
「っ! でも、でも……!」
「確かにフリーダムはもう乗れないし、戦場で君を守ることもできない」
「……っうぅ……」
アマキは顔を覆っていた手を少しだけ下ろし、涙で完全に濡れた瞳でキラをじっと見つめた。
大切な機体を失わせ、あそこまでの危険に晒してしまったという罪悪感が、彼女の胸をまたきつく締め付ける。
「でも、僕は君を守りたかったんだ」
「……キ、ラ……」
「アマキの太陽みたいな笑顔が好きだ、たまに悪だくみしてる顔も好きだ、鼻水垂らして泣きじゃくる顔も好きだけど今はもう、泣かないで」
キラはどこまでも穏やかな、慈愛に満ちた微笑みをアマキに向けた。
世界を止めるための過酷な戦いの中で、いつもその場を明るく盛り上げ、自分たちの心を救ってくれていたアマキの笑顔。
それこそが、キラがその身を挺してでも守り抜きたかった、かけがえのない宝物だった。
「……きらぁ……」
アマキの瞳から、再び大粒の涙が溢れ出したが、今度の涙には、先ほどまでの黒い怒りや絶望はもう混ざっていなかった。アマキは子供のようにしゃくりあげながら、今度は自らキラの胸へと飛び込み、その服の裾を壊れ物を掴むようにきつく握りしめた。
「……うん、もう大丈夫だよ」
キラは自分の胸に顔を埋めて激しく泣きじゃくるアマキの背中に、そっと両腕を回した。
壊れやすい硝子細工を扱うかのように、その小さな身体を優しく、しかし確固たる強さで愛おしそうにしっかりと抱きしめる。
「ぐずっ」
「ほら、まだ涙出てくる」
キラはそう言うと、腕の中のアマキを優しく引き離し、涙で濡れたその目元を見つめた。
そして、愛おしさを堪えきれないといった様子でそっと顔を近づけ、アマキの目元に残る涙を優しく唇で拭うようにキスをした。
触れるだけの淡い口づけが、アマキの溢れる涙をそっとせき止め、その心を温かい安心感で満たしていく。
そして、いつの間にか二人は静かに見つめ合い、ゆっくりと吸い込まれるように唇を合わせた。
深い信頼と、お互いを失いたくなかったという切実な想いが、重なり合う唇から静かに伝わっていく。
アマキの閉じた瞳から、こらえきれなかった涙がまた一筋、きらめきながら零れ落ちる
失ってしまう恐怖。手から零れ落ちてしまうかと思った。
もう二度とそんなこと起こさせない。
もう二度と。
アマキは涙と温もりと共に誓った。
そして、……キラを傷つけたインパルスのパイロットに直接拳骨をお見舞いするのだ。
それを目標に掲げて、今はキラとの時間に酔いしれることにした。
食堂の物陰。
実はひそかに退出したと見せかけて、そのまま物陰にしっかりと身を隠しているマリュー。
さらに、いつの間にかそこに合流していたウズミとシーゲルのおっさん二人も並んで首を突き出し、影から二人の様子を温かく見守っていた。
(ああ、アマキさんの泣き顔も可愛いけれどこういう恋人同士のやり取りも尊い!)
(うむ!若さとはすばらしいものだ)
(ほう!これはラクスも負けていられないぞ)
後で、盗み見られていたことに気づいたアマキが恥ずかしさから怒りマリュー達を追いかけまわすために艦内を走り回る姿が目撃されてことでクルー達に安堵が広がっていった。
◇◇◇
「ああ、分かった。それでいい。今後もそうした申し入れは基本的にはどんどん受けてくれたまえ」
プラント最高評議会のある宇宙要塞内、地球降下用シャトルが待つ発着デッキへと続く長い通路。
デュランダルは無重力空間の中、壁のホールドグリップを滑らかに手繰り、宙を滑るように先頭を進みながら、議員たちに穏やかな指示を飛ばしていた。
ロゴス告発以降、プラントには地球の同盟国や中立国、果ては連合の各基地からさえも、次々と議長への賛同と和平交渉の申し入れが殺到している。
「でも、何もこんな時に。議長が御自身で地球へ降りられなくとも。指示はここからでも十分お出しになれますわ」
議長の少し後方に続き、同じく宙に浮きながら慣性に身を任せて進むクリスタは、前方を行くその背中に向けて不安げに眉をひそめ、慎重に異論を挟んだ。世界中がロゴス狩りの暴動で混沌の渦にある今、最高権力者がわざわざ地球の前線へと赴くリスクはあまりにも大きすぎる。
「そういう問題ではないよ [INDEX]。旗だけ振ってあとは後ろに隠れているような奴に、人は誰も付いては来ないだろ?」
「はぁ……」
ラクス・クラインとして、後ろを付いて進んでいたミーアは、前方を往く議長の毅然とした言葉にどこか圧倒されるようにして、小さく吐息を漏らした。
「ジブリール氏の行方もまだ判らんのだ」
「ん?」
「しかし、凄いものだね、人々の力は。恐ろしくもあるよ [INDEX]。こちらが手をつかねているうちに、こんなことにまでなってしまうとは」
「ええ、でも議長のお言葉に皆奮起しているのですわ。本当に戦争のない世界に出来るならと」
クリスタは少し後方から議長の横顔を見つめ、その絶大な影響力への畏怖をはらみながらも、純粋な期待を込めて言葉を重ねた。
「出来るさ。皆がそう望めば。では、後を頼むよ」
「「「はい!」」」
発着デッキのハッチ前で、壁のフットレストに足を引っ掛けて姿勢を固定したデュランダルは、後方に続くクリスタや見送りの議員たちを優しく振り返り、見回した。
彼は慈悲深い微笑みを残すと、緩やかな挙動でシャトルの気密ハッチの奥へとミーアと共に滑り込んでいった。
シャトルの重厚な気密ハッチが閉まり、静寂に包まれたキャビン。
デュランダルはリクライニングシートに深く身体を預け、コンピュータを開く。新着メッセージに目を通した。
(ウィラード隊からの報告。アークエンジェルの撃沈は未だ確認できぬものの、フリーダム撃破は間違いなし。肝心のスノーホワイトは消息不明。これでチェックメイトか? いや、油断は出来ぬな。白のクィーンは強敵だ)
最強の駒であるフリーダムを落としたとはいえ、不屈の大天使アークエンジェルを仕留め損ねたという不確定要素。その事実は、完璧を期す彼の思考に僅かな警戒を抱かせる。議長は視線をチェス盤から外し、傍らに控えていた将官へと鋭い視線を向けた。
「クラーゼクに連絡を取っておいてくれ」
「は」
「例のシャトル強奪犯の件はどうなっているのかと」
「ぁ……」
「シャトル強奪犯」――それは、かつて本物のラクス・クラインがプラントから高速戦闘艦エターナルを強奪して脱走した事件、そして今なおザフトの最高機密として追われている彼女たちの動向を指していた。
「は」
「え?」
すぐ隣のシートで、お気に入りのクッションを抱きしめていたミーアの顔から、一瞬にして血の気が引いていく。
本物のラクスを徹底的に排除しようとする議長の冷酷な追及。その不穏な言葉は、自分が今演じている「ラクス」という存在の、あまりにも危うい偽物の立場を突きつけられたかのように、彼女の胸に冷たい恐怖の楔を打ち込む
◇◇◇
「こちらジブラルタルポートコントロール。LHM-BB01、ミネルバの到着を歓迎する」
「おお!」
「これより貴艦を二番プラットホームに誘導する。ビーコン確認をどうぞ」
「こちらミネルバ。了解。ビーコンを確認する」
ジブラルタル基地の管制からの通信がスピーカーを通じて滑らかに響く中、マリクは手際よくコンソールを叩き、誘導信号の同調を完了させた。ミネルバはゆっくりと地中海の巨大要塞へと引き込まれていく。
「いや、凄いですね~。付近の全軍に集結命令が出ているのは知っていましたが、こうして見ると壮観です。あ?」
アーサーはメインモニターに映し出された広大な港湾にひしめく、ザフトの無数の戦艦やモビルスーツ隊の光景を見つめ、驚嘆の声を上げた。しかし、その興奮に冷や水を浴びせるように、隣の艦長席から重苦しい声が漏れる。
「はぁ……。剣を取らせるには、何よりその大義が重要である」
「ええ」
「誰だったか忘れたけど、指揮官講習の教官が言ってた言葉よ。ま、当たり前のことね」
「ああ、はぁ……」
アーサーはタリアのどこか冷めた声音に戸惑い、怪訝そうに彼女の横顔を覗き込んだ。
「討つべき敵とその理由が納得出来なきゃ、誰も戦えないもの。今、私達にははっきりとそれが示された」
「ぁぁ、はぁ……」
「有り難いことかしら? 軍人としては」
「はいー……」
タリアは椅子の手すりを静かに指先で叩きながら、白銀の海域へと沈んでいったアークエンジェルの残光を脳裏に浮かべていた。デュランダル議長が示した「ロゴス討伐」という完璧な大義名分。それによって兵士たちは迷いなく銃を執り、世界は狂熱の渦へと向かっていく。軍人としてこれほど戦いやすい状況はないはずなのに、彼女の胸中を去来するのは、己の意志を介さずに回り続ける巨大なシステムへの、言い知れぬ恐ろしさと空虚さだけだった。
◇◇◇
『これより本艦はジブラルタルへの入港シークエンスを開始します』
ミネルバの艦内にメイリンのクリアなアナウンスが響き渡る。
『エンジェルダウン作戦』という凄惨な戦闘を終えたばかりの新型戦艦は、次なる運命の地、ジブラルタル要塞へとゆっくりとその巨体を滑り込ませようとしていた。シン達はレクリエーションルームで慌ただしく出ていくヴィーノたちを見送った。
「あ」
『各艦員は所定の部署に就いてください。繰り返します……』
メイリンのアナウンスに耳を傾けながらシンはふとつぶやいた。
「ジブラルタル入って、次はどうすんのかな?俺達」
「さあな。だが、先日の議長の言葉に沿った形での作戦が展開されることは確かだ」
「んー」
いつも通り、新たな敵を倒す。あれだけ執着していたフリーダムを倒した。その事実を受け入れつつも、どこか虚無感に襲われるシン。倒して、倒して、倒して。どこまで倒せばこの世界は平和になるのか。
「まぁ、ロゴス討伐のお触れが出たんだ。ただの小競り合いじゃ済まねぇ大がかりな仕事が待ってるのは間違いねぇよ」
そこへ、少し気崩した軍服姿のハイネが、いつものように気さくで頼もしい笑みを浮かべながら会話に加わった。
歴戦のベテランである彼の言葉には、不穏な戦況のなかでも若手たちを安心させるような独特の余裕が漂っている。
「ロゴスを討つなんて。議長御自身だって難しいって仰ってたのに」
「でも、どうしてもやらねばと思われたのだろう。あの悲惨な状況を見られて」
「うん」
「難しいからこそ、誰も手をつけられなかった。それをあの大舞台でひっくり返してみせたんだからな。議長も相当な覚悟のうえってことさ」
「そうだな。……シンは気が乗らないか?対ロゴスは」
「いや、そんなこと……」
「議長の言葉聞いて、俺凄く感動したよ。難しいって言ってたのに、議長やるんだ。諦めないんだって。それが本当に戦争を終わらせる唯一の方法だから」
「ぁ……」
「だったら俺だって、どんな敵とでも戦ってやるさ!」
「ハハッ、元気があっていいじゃねぇか!その意気だ、シン。お前みたいな迷いのねぇ若い力が、これからの世界を本当に変えちまうのかもな」
ハイネはシンの熱い言葉に心底満足そうに目を細め、ポンと力強くシンの肩を叩いて激励した。
「……」
ハイネに認められて嬉しそうに顔を上向かせるシンを見つめながら、ルナマリアはただ無言で見つめるしかなかった。
◇◇◇
「入港完了。保安要員及び整備班、船務A班は直ちに所定の作業を開始せよ」
巨大な係留クランプがミネルバの艦体をがっちりと固定し、重厚な駆動音がブリッジに響いた。過酷な戦いを終えた新型戦艦は、ついにジブラルタル要塞の港湾へとその巨体を落ち着かせた。
「艦長」
「ん?」
タリアはメインモニターに表示された要塞の港湾データから視線を外し、振り返った。
「基地司令から、シン・アスカとアスラン・ザラに出頭命令です」
「え?」
タリアは思わず息を呑み、怪訝そうに眉をひそめた。
フリーダムを撃破したシンへの論功行賞なら理解できる。しかし、先ほどの戦闘でまともな戦果を上げておらず、むしろ艦内での激しい衝突を起こしたばかりのアスランまでが同時に呼び出されたのだ。
ただ事ではない不穏な空気。
議長が仕掛けた次なる盤面の罠が、すでに二人の少年の足元へと忍び寄っていることを、タリアは直感的に察知し、表情を険しくする
◇◇◇
「失礼します!」
「ん?」
ジブラルタル基地の地下深く、厳重に遮蔽された専用格納庫。
重厚なセキュリティハッチがロックを解除されて左右に開くと、将官に連れられたシンとアスランが室内へと足を踏み入れた。独特のオイルの臭気が漂う広大な空間で、二人を待ち受けていたのは、すでにプラントから降下していたデュランダル議長。そしてミーアだった。
「シン・アスカ、アスラン・ザラを連れて参りました」
「うん」
「あー!」
議長は二人の姿を認めると、どこまでも穏やかで慈愛に満ちた微笑みを浮かべて小さく頷いた。
その傍らで、ラクスに扮したミーアがパッと顔を輝かせる。
「お久しぶりです、議長」
「先日のメッセージ、感動しました」
アスランはどこか身構えるように居住まいを正し、硬い表情のまま一礼した。
対照的に、シンは憧れの指導者を前にして一歩前に出ると、その瞳に純粋な、しかしどこか盲信的な憧憬の光を宿して声を弾ませる。
「いや、ありがとう。私も君達の活躍を聞いているよ。いろいろあったが、よく頑張ってくれた」
「ありがとうございます」
議長はシンのまっすぐな言葉を嬉しそうに受け止め、優しく語りかけた。
その言葉の端々に、フリーダムを撃破したシンへの高い評価が滲み出ている。アスランは内心の激しい動揺を隠すように、静かに頭を下げた。
「アスラーン!」
「……」
「お元気でした?」
アスラン・ザラ
「ぁぁ」
「会いたかったですわ」
「……お久しぶりです、ラクス」
ミーアは周囲に居並ぶ将官や整備兵たちの視線も忘れ、嬉々としてアスランの元へ駆け寄ると、その腕にぎゅっと抱きついた。突然の奔放な行動にアスランは困惑し、周囲の目を気にして冷や汗を流しながらも、辛うじてラクスとしての彼女に話を合わせる。
その張り詰めた少年の空気を楽しむかのように、議長はゆっくりと歩みを進め、手元のコントロールパネルのキーを静かに叩いた。
「さて、もう知っていることと思うが、事態を見かねて遂に私はとんでもないことを始めてしまってね」
「いえ! とんでもないなんて、そんな……」
議長のどこか自嘲気味な言葉に、シンは慌てて首を振って否定した。
ロゴスを討ち、世界を正しく導こうとする議長の決断は、シンにとって「絶対の正義」以外の何物でもなかったからだ。
「また話したいこともいろいろあるが、まずは見てくれたまえ。もう先ほどから、目もそちらにばかり行ってしまっているだろう?」
「ぁぁ……」
「……これ、は…」
作業用のキャットウォークから見上げる、薄暗い格納庫の最奥。
突如、けたたましい警告音とともに強烈なハロゲンライトが一斉に照射され、白煙の向こうから二機の新型モビルスーツの巨大な輪郭が厳かに浮かび上がった。迫り来るような圧倒的な質量と、これまでのザフト機を遥かに凌駕する洗練された冷徹なシルエット。その異様なまでの威圧感を前に、少年たちは思わず息を呑んで立ち尽くした。
「ZGMF-X42S、デスティニー。ZGMF-X666S、レジェンド。どちらも従来のものを遙かに上回る性能を持った最新鋭の機体だ。詳細は後ほど見てもらうが、おそらくはこれがこれからの戦いの主役になるだろう」
「ああ……」
「議長、それは……」
シンはライトアップされたデスティニーの凶暴な美しさに完全に目を奪われ、魂を吸い込まれたように恍惚とした声を漏らした。対照的に、アスランはその機体が放つ冷徹な輝きの奥に、自分を再び「戦うための駒」として縛り付けようとする議長の底知れない策略を感じ取り、表情を一層険しくする。
「君達の新しい機体だよ」
「……」
「ええ!? 俺の新しい!?」
「うん」
「すげぇ……」
「……」
君たちの機体という決定的な一言に、シンはパッと顔を輝かせ、信じられないといった様子で自らの両手と機体を交互に見つめた。自らの力が、そして正義が完全に肯定されたという全能感が彼の胸を満たしていく。
しかし、そのシンの歓喜のすぐ隣で、アスランは己の足元へ静かに、しかし確実に狭まりつつある逃れられない悪夢の包囲網を確信し、冷たい戦慄にただ身を震わせるしかなかった。
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