腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:松魚
「要求への回答期限まであと5時間」
洋上を進むミネルバのブリッジで、タリアは冷徹に刻まれていくタイムリミットをモニターで確認し、低く厳かな声で告げた。その報告を通信回線越しに受け取ったデュランダル議長は、ジブラルタルの司令部から静かに海を見つめ、いつものように穏やかな、しかし底の知れない溜息を漏らす。
「やはり無理かな。戦わずに済めばそれが一番良いのだがね」
その言葉の裏で、戦闘開始に向けた軍の歯車は冷酷に噛み合い、加速していく。
「42デスティニー、666レジェンドの予備ライフルは二番パドックに配置する」
ミネルバの広大な格納庫内には、サイレンの音と共に無機質な構内放送が鳴り響いていた。シンたちの新型機へ向けて、巨大な予備兵装がクレーンで次々と運ばれていく。
一方、その圧倒的な大艦隊に包囲されつつある地球連合軍の最高拠点、ヘブンズベースの内部は、文字通り蜂の巣をつついたような大混乱に陥っていた。
「C18から31ゲートはこれより閉鎖されます。各員…急いでください」
「最終チェック急げ!」
アナウンスの声には隠しきれない焦燥が混ざり、通路では軍靴の足音がけたたましく交錯する。巨大な格納庫の隔壁が不気味な警告音をあげて閉じていくなか、整備員たちは怒号を浴びせ合いながら迎撃MSの点検に奔走していた。
「全区画、Fクラス施設の地下退避を開始する。防衛体制オメガ発令」
「第七機動軍、配置完了」
「ニーベルングへのパワー供給は30分後に開始する」
基地の最深部で静かにその牙を研ぐ、対空光視差掃射兵器「ニーベルング」。メーターの針が一気に跳ね上がり、凄まじい高電圧のスパークが地下の動力室を満たしていく。
「ふん、通告して回答を待つか。デュランダルはさぞや今、気分の良いことでしょうよ」
ヘブンズベース最深部の最高指揮所。ジブリールは豪華な椅子に深く腰掛け、デスクの上の通信ログを一瞥すると、忌々しげに鼻で笑った。
「だがこれで本当に守りきれるのか? ジブリール」
モニターに映し出されるザフトの大艦隊の数字に、ロゴス幹部の一人であるコーラーが、隠しきれない不安を声に滲ませる。その弱気な言葉に、ジブリールはガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「守る? はあん? 何を仰ってるんですか! 我々は攻めるのですよ。奴らに、今日ここから。我々を討てば戦争は終わり平和な世界になる? はんっ! そんな言葉に易々と騙されるほどに愚かです。確かに民衆は。だが、だからこそ我々が何としても奴を討たなければならない!」
ジブリールは両手を広げ、狂気的な熱を帯びた瞳で幹部たちを見渡した。
「んん…」
「本当に取り返しの付かないことになる前に、この世界は奴とコーディネイター共のものになる前にです」
「…」
「確かにの。我等を討ったとてただ奴らが取って代わるだけじゃわ」
リッターが重々しく頷き、深く椅子に背を預ける。議長が掲げる正義の欺瞞を見透かすように、別の男が冷酷な笑みを浮かべて眼鏡のブリッジを押し上げた。
「正義の味方や神のような人間などいるはずもないということを我々は知っていますがね」
アズラエルの放った冷徹な一言に、ジブリールは満足そうに口元を歪め、拳を強く握りしめた。眼下のコンソールでは、最終兵器『ニーベルング』の充填率が刻一刻と上昇していく。
「準備が出来次第始めます。議長殿が調子に乗っていられるのも、もうここまでだ。格好を付けてノコノコと前線にまで出てきたことを奴にたっぷりと後悔させてやりましょう。あの世でね」
ジブリールの不敵な宣言が、冷え切った地下司令部に響き渡る。ザフトの喉元へ放たれる、ロゴスの最大にして最悪の反撃の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
◇◇◇
大艦隊の発進準備に沸く格納庫の片隅。シンから託され、新たに自分の愛機となったインパルスの巨体を見上げながら、ルナマリアはぽつりと呟いた。その傍らにはシン、そして彼らを見守るようにハイネが立っていた。
彼らの視線の先、インパルスの隣のドックには、アスラン・が駆り、今はハイネの新たな愛機として再調整を終えた深紅のMS――セイバーガンダムがその翼を休めている。
そして、そのやり取りから少し離れた薄暗い壁際では、レイが腕を組んでその様子を静かに傍観していた。
「インパルス…」
「え?」
「やっぱり凄いね。扱えるかな、アタシに。シンみたいに…」
新型デスティニーへと乗り換えたシンの戦績は圧倒的だ。そのプレッシャーに怯えるルナマリアの肩を、ハイネが静かに見つめる。ハイネはいつもの軽い調子を潜め、二人の傷跡、探ってきた調書の厳しさを思いやるように、ただ黙ってその小さな背中を見つめていた。ルナマリアの瞳に、激しい怒りと耐えかねた涙が急激に滲み出す。
「でもあいつらが! ロゴスが狂わせたんでしょ!? アスランもメイリンも…」
「ぁ…」
「そんな子じゃなかった…メイリン…アスランもきっと…。あの大戦のあと、オーブになんか行かなかったら…」
「ルナ…」
そうやって誰かのせいにしなければ、妹の死という現実を受け止めきれない。ルナマリアの言葉は、アスランへのやり場のない怨嗟へと変わっていく。
「ぅ…ずるいのよ! アスランて…」
「え?」
「みんな裏切られたわ…」
「ぁ…」
「アタシも馬鹿よ……でも、負けないから」
「ぁ…」
「だからシンも…ね?」
顔をぐしゃぐしゃにして涙を流しながらも、そう言って無理に笑顔を作ろうとするルナマリア。今にも壊れてしまいそうなのに、必死に自分を追い込んで強がるその前向きすぎる痛々しさに、シンの胸は締め付けられ、こらえていた感情が一気に決壊した。
「ぅぅ…ルナ!ルナ!」
「ぅぅ…」
シンはたまらずルナマリアを強く抱きしめ、お互いの肩に顔をうずめて子供のように泣きじゃくった。
ハイネはただ無言のまま、かつての主を失ったセイバーの前に立ち、残された若者たちの悲しみをじっと受け止めていた。そのさらに奥、冷たい影の中に身を置くレイは、感情を一切表に出さない無機質な瞳で、崩れそうになる彼らの輪郭をただ静かに見つめ続けていた。
「整備第八班に伝達。ハイパーデュートリオンシステムはの再調整は15分後に開始します」
無機質な構内放送が、涙を流す二人を現実に引き戻すように響く。シンはゆっくりと身体を離し涙を拭った。
「ごめん…」
「ううん」
ハイネはここで確かな温かさを持った声で二人に言葉をかけた。優しく微笑む。
「……無理に笑おうとするな、ルナマリア。泣きたい時は今ここで全部吐き出しときな。戦場に持っていっていい感情じゃねえ。……だけどな、準備ができたら俺たちの後ろについて来い。アスランの置いてったこのセイバーも今度は俺が預かる。この戦争を、俺たちで終わらせるんだ。いいな?」
ハイネのプロとしての厳しい優しさに、シンとルナマリアは涙の残る顔のまま、小さく頷く。その若者たちの決意の瞬間までを、レイはやはり何も言わず、ただ静かに傍観し続ける。
◇◇◇
「こちらヘブンズベース上空です。デュランダル議長の示した要求への回答期限まであと3時間と少しを残すところとなりました。が、未だ連合軍側からは何のコメントもありません。このまま刻限を迎えるようなことになれば自ら陣頭指揮に立つデュランダル議長を最高司令官としたザフト、及び対ロゴス同盟軍によるヘブンズベースへの攻撃が開始されることになるわけですが、ここは基地施設の他にも軍事工場を擁する連合軍の一大拠点です」
ヘブンズベースを上空から見下ろす報道ヘリからの映像。ノイズ混じりのテレビ画面の中では、レポーターがマイクを握りしめ、強風に煽られながらも必死に現地の緊迫した空気を世界中へと発信し続けていた。
その緊迫した中継音声がかすかに響くアークエンジェルのドックでも、独自の警戒態勢を整えるべく、重々しい機械音が格納庫の床を揺らしていた。
「補給各班112号ユニットの設置を開始する」
無機質な構内放送とともに、クレーンによって巨大な追加装備が吊り上げられ、愛機たちの元へと運ばれてい。それはスノーホワイト、あるいはフリーダムのためのものか。整備員たちが無言で、しかし恐ろしいほどのスピードで作業を進めていく。
「開始されればその戦闘はどちらにとっても熾烈なものになることが予想されます」
テレビの向こうでレポーターが言葉を締めくくると同時に、世界中の人々がこれから始まるであろう恐怖に息を呑んだ。
◇◇◇
地下の最高指揮所。直立不動の将校が、冷や汗の滲む顔で最後のステータス画面を報告した。
「全軍、配備完了しました」
メインスクリーンには、迎撃態勢を整えた地球軍の防衛布陣が不気味に青く光っている。
「では始めましょう」
ジブリールはニヤリと口元を歪め、デスクの上のニーベルング起動コンソールへと手を伸ばした。回答期限をまだ3時間も残した段階での、あまりにも冷酷な先制宣言。
「んー…だが本当に…」
そのあまりに強引な開戦に、隣にいた最高司令官が、不安を隠しきれない様子で身を乗り出す。条約や建前を完全に無視した奇襲。その国際社会からの批判やリスクを恐れて躊躇する軍のトップを、ジブリールは小馬鹿にするように鼻で笑い、一瞥した。
「先手必勝と言うでしょう? どうせ戦うのです。向向は追い込んだつもりかもしれないが、実際そうではないの
「――全軍攻撃開始!」
ジブリールの圧倒的な狂気に圧し切られ、司令官は意を決したように拳を机に叩きつけ、通信マイクに向かって絶叫した。その直後、ヘブンズベース全体の地面が地鳴りのような凄まじい重低音をあげて激しく震え出す。地下深くに眠る巨大な対空光視差掃射兵器『ニーベルング』のメインエネルギーが臨界点を突破し、コントロールルームのインジケーターが一斉に血のような赤色に染まった。
回答期限を待つザフトの大艦隊の頭上へ、世界を破滅へと導く神の雷(いかづち)のごとき絶望の光が、今まさに解き放たれようとしていた。
「敵軍ミサイル発射!」
静寂を保っていたミネルバのブリッジに、バートの悲痛な絶叫が響き渡った。同時に、メインコンソールが血のような赤色の警告灯を一斉に点滅させ、けたたましいサイレンが鼓膜を刺す。
「「え!?」」
「なんだと!?」
ジブラルタルの司令部でモニターを凝視していたデュランダル議長も、その想定外の事態にいつもの余裕を失い、不快そうに顔を歪めた。
「攻撃開始! モビルアーマー隊、モビルスーツ隊発進せよ! 第二、第三機動軍発進! オールウェポンズフリー!」
「第七、第十五防衛中隊発進!」
凍てつくようなヘブンズベースの雪原から、無数のミサイルが白い尾を引きながら大空へと突き刺さる。さらに巨大な格納庫のハッチが次々と開放され、地球軍が誇る巨大モビルアーマーやモビルスーツの大群が、牙を剥いて一斉に飛び立っていった。
「モビルスーツ、モビルアーマー群接近! 攻撃、開始されました!」
レーダー画面を埋め尽くしていく無数の光点に、バートはコンソールを叩くようにして声を張り上げる。
「そんな! 未だ何の回答も!」
タリアは信じられないといった面持ちで、激しく揺れ始めるミネルバのブリッジから、モニターの向こうの光景を睨み据えた。回答期限をあえて破り、国際世論をも無視してザフト大艦隊を圧殺せんとするロゴスの猛攻。世界を揺るがす大決戦が、最悪の奇襲という形でその幕を開けたのだ。
「ええ!?」
「なっ!」
アークエンジェルのブリッジ。メインモニターに映し出されたヘブンズベースの急変に、マリューとノイマンは同時に声を上げ、椅子から身を乗り出した。信じられないといった面持ちで画面を凝視する彼らの前で、世界中へ配信されている中継映像が激しく乱れ始める。
「ぁぁ…」
「ぁ…」
無数のミサイルが白い尾を引いて大空を埋め尽くし、画面が爆炎の光で白く焼き切れていく。そのあまりにも一方的で無慈悲な光景に、マリューたちはただ息を呑み、言葉を失って立ち尽くすことしかできなかった。
「これは一体どうしたことでしょうか。ヘブンズベースが攻撃を開始し致しました。この未だに何のコメントも宣誓すら発せられておりません。しかし攻撃が…」
スピーカーからは、現地の爆音と強風に掻き消されそうになりながら、完全に冷静さを失ったレポーターの悲鳴のような絶叫が響き渡り続ける。回答期限を待たず、問答無用で世界をさらなる戦火へと叩き落としたロゴス。
凍てつくヘブンズベースの最深部、巨大な縦穴に据えられたコックピット。薬物と精神操作によって調整された生体CPUたちの瞳に、無機質な計器の光が写り込む。神経接続が完了したことを示す電子音が鳴り響き、緑色のインジケーターが一斉に点灯した。
「生体CPU、リンケージ同調率87%。システムオールグリーン」
「X1デストロイ、発進スタンバイ」
直後、ズゥゥゥン……と基地の全区画を激しく震わせるほどの、凄まじい重低音が響き渡った。
かつてベルリンの街を灰燼に帰したあの超巨大モビルスーツ、デストロイガンダムの巨体が、油圧システムの駆動音をあげてゆっくりとリフトアップされていく。
回答期限を破った奇襲の火蓋に続き、ザフトの喉元へ放たれるロゴスの「絶対的な暴力」。その悪魔の機体が地上へと這い出し、漆黒の砲口を大空へと向けられた。
◇◇◇
あの爆炎と絶望の底から奇跡的に引き上げられたアスランは、アークエンジェルの静かなベッドの上で、ゆっくりと意識を取り戻しつつあった。ぼやける視界のなか、聞き覚えのある優しい声が耳に届く。
「………ん?」
「あ!アスラン。良かった。気が付いた」
アスランが顔をしかめて身じろぎすると、ベッドの傍らに座っていたキラ・ヤマトが、心底ほっとしたような笑顔で顔を覗き込んできた。
「ぅ…キラ…」
「さっきまで気絶してたんだよ。でも怪我は完治してるね。良かった」
体に走るはずの激痛がないことに、アスランは奇妙な感覚を覚えながら、重い頭を押さえて上半身をゆっくりと起こした。だが、脳裏をよぎる記憶と、目の前にいる親友の姿が、彼の混乱を急速に煽っていく。
「あー…え、俺は…? お前は死んで……」
ベルリンの戦場で、確かにフリーダムはシンのインパルスに撃破されたはずだ。自分が体験した凄まじい爆発の記憶と、目の前の平穏な光景のギャップに、アスランは言葉を失う。そんな彼の手を優しく包み込むようにして、キラは穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だよ、アスラン。君、ちゃんと生きてるって」
「………はっ!」
キラのその確かな体温と、言葉の重みが脳に届いた瞬間、アスランの意識は完全に覚醒した。
生きている。キラも、自分も。
アスランは思い出した。無理やり変な薬を飲まされて、激マズで気絶したことを。
戦火のジブラルタル海域から拾い上げられた直後、朦朧とする意識の中で見たアークエンジェルの天井。そこに、死んだはずの、あるいは敵だったはずの変な三兄弟が忙しくやってきてアスランの手足を拘束しなおかつ、頭を固定され、口を大きく開かれ、
「また会ったな。ザフトの赤いやつ」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるスティングが、アスランの頭をガッチリとホールドする。
「ご愁傷様。今回の薬は改良型らしいぜ。どーせ失敗作だと思うけど」
アウルが容赦なく、見たこともない色をした怪しい液体の瓶を突きつけてくる。
「これでうごけない」
ステラが有無を言わさぬ力でアスランの両腕をベッドに縫い付けた。抵抗する隙すら与えられないまま、その禍々しい薬のボトルが、アスランの口元へ傾けられ、無理やり飲まされたことを。
「がっ!!」
この世のあらゆる悪意を凝縮したような、未だかつて経験したことのない凄まじい激マズの衝撃がアスランの味覚を破壊した。
あまりの破壊力に五感が一瞬で焼き切れ、その時アスランは昇天したような気がした。
なんだか、笑顔の母さんが、川の向こうでてをふっているような……。
あはは。母さん―――。
あれ?母さんなんで自分の髪の毛を指さしてるんだ?何をそんなに必死に……
俺の、髪の毛?
そっと手を伸ばしてみる。すると、はらり、数本の何かが抜けて手の中に収まる。
あれ?
これって……。
俺の、か、み……。
◇◇◇
ミネルバのメインモニターに映し出されたのは、雪原の地響きと共に這い出してきた、5機もの超巨大MSデストロイガンダムの異様な威容だった。
「あれは!」
「同型機5機確認!」
「え!」
「ええっ!? あれが5機!?」
信じられない悪夢のような光景に、アーサーは悲鳴じみた声をあげる。その直後、巨大な砲口が一斉に眩い光を放った。
「うわぁぁ!」
逃げる間もなく放たれた凄まじい熱線の奔流が、ザフトの先行艦艇を紙切れのように次々と消し飛ばしていく。ジブラルタルの司令部でその惨状をリアルタイムで突きつけられたデュランダル議長は、デスクをきつく叩き、怒りに顔を歪めた。
「なんということだ! ジブリール!」
「議長、これでは…」
「ああ、分かっている。やむを得ん。我等も直ちに戦闘を開始する」
「は!」
これ以上の猶予はない。議長の冷徹な決断と同時に、洋上のミネルバでもタリアの鋭い号令がブリッジに響き渡った。
「コンディションレッド発令! 総対戦用意!」
艦内に真っ赤な警告灯が激しく明滅し、迎撃のためにシンやレイ、そしてセイバーを駆るハイネやインパルスのルナマリアが動き出す。
「オペレーション・ラグナロク発動。降下揚陸隊は直ちに発進を開始せよ」
基地からのアナウンスを受け、上空からは無数の降下ポッドがヘブンズベースを目がけて雨のように降り注ぎ始めた。だが、そのザフトの猛攻すら、地下司令部で戦況を睨むジブリールにとっては想定の範囲内だった。
「ふははははは。糾弾もよい、理想もよい。だが、全ては勝たねば意味がない」
「んー…」
「古から全ては勝者のものと決まっているのですからね」
狂気的な高笑いをあげるジブリールの背後で、オペレーターたちが冷酷に迎撃の手続きを進めていく。
「直上にザフト軍降下ポット現出。ルート二六から三一に展開」
「ニーベルング発射用意」
「は!」
「現時点を以てニーベルングシステムの安全装置を解除する。退避命令を発令せよ」
ヘ
「偽装シャッター開放」
ズゥゥゥン……と、基地の広大な地面が不気味に左右へと裂け、隠されていた巨大な対空光視差掃射兵器『ニーベルング』がその邪悪な姿を大空へと晒した。
「直上にザフト軍降下ポット現出。ルート二六から三一に展開」
「照射角、二〇から三二。ニーベルング発射準備完了」
降り注ぐザフトの降下ポッド群を、巨大な照準器が完璧にその中心へと捉える。エネルギーの充填が臨界点を超え、空間がパチパチと歪むような高電圧のスパークが走った。
「発射!」
最高司令官の非情な叫びと共に、大地を抉るような凄まじい閃光が、上空のすべてを消し去るべく解き放たれた。
「ん?」
「うわぁ!」
「うわぁ!」
「これは…こんな!」
メインモニターを埋め尽くしたニーベルングの白い大閃光。上空の空間そのものを焼き尽くすかのような光の奔流のなかで、降下ポッドの悲鳴が瞬時に掻き消され、光点が次々とロストしていく。信じられない大量虐殺の光景に、アーサーは恐怖で顔を引きつらせた。
「くっ!」
「あぁっ!」
「何なんだよ! これは!」
「ごり押しだなぁ、おい!」
ミネルバの格納庫で出撃待機中だったシン達のコックピットにも、その凄まじい衝撃波と閃光が届いていた。
「降下部隊消滅…」
「なんというものを…ロゴスめ!」
バートの絶望的な報告が響き、ジブラルタルの司令部は激しい憤りに包まれた。画面を睨みつけるシンの瞳に、凄まじい怒りの炎が灯る。
『艦長! 行きます! 早く発進を!こんなこともう許しておけません!』
「でも…」
「頼む」
躊躇するタリアの通信回線に、デュランダル議長の重々しい決意の言葉が滑り込んできた。これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。タリアはきつく唇を噛み締め、ブリッジのコンソールへと鋭い視線を向けた。
「…デスティニー、レジェンド、セイバー、インパルス発進!」
艦長の号令とともに、ミネルバのカタパルトデッキのロックが次々と解放される。
「シン・アスカ、デスティニー発進スタンバイ。全システムの起動を確認しました。発進シークエンスを開始します。ハッチ開放。射出システムのエンゲージを確認しました。カタパルトオンライン。射出推力正常。針路クリアー。デスティニー、発進どうぞ」
カタパルトデッキへ固定されたデスティニーガンダムの全周囲モニターに、大雨の吹き荒れるヘブンズベースの空が広がる。シンは操縦桿をきつく握り締め、フットペダルを踏み込んだ。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
背部から吹き出した血紅の光の翼が格納庫を眩く照らし、凄まじいGと共にデスティニーが直線的に大空へと射出されていく。間髪入れずに、次なる機体がリフトアップされた。
「レジェンド、発進どうぞ」
「レイ・ザ・バレル、レジェンド、発進する!」
ドラグーン・システムを背負ったレジェンドガンダムが、青白いスラスターの閃光を引きながらカタパルトを滑走し、シンの後を追って飛び立つ。続いて、深紅の可変MSがデッキへと滑り込んできた。
「セイバー、発進どうぞ」
「ハイネ・ヴェステンフルス、セイバー、発進するぜ!」
アスランの遺志を継いだハイネのセイバーガンダムが、激しい駆動音を響かせて射出され、瞬時に飛行形態へと変形して雲海を切り裂いていく。そして最後に、ミネルバが誇る変幻自在の機体がスタンバイした。
「コアスプレンダー、発進どうぞ」
「ルナマリア・ホーク、コアスプレンダー、行くわよ!」
ルナマリアを乗せたコアスプレンダーが鋭く大空へと飛び出し、空中でチェストフライヤー、レッグフライヤーと瞬時にドッキング。深紅のインパルスガンダムへとその姿を完成させた。暗雲が立ち込め、爆炎の光が明滅するヘブンズベースの上空。最新鋭の4機が陣形を組み、互いの通信ウィンドウを繋ぎ合わせる。
「行くぞ!」
「ええ!」
「ああ!」
「おう!」
4人の息の合った咆哮が通信回線を震わせる。
5機のデストロイガンダムというかつてない絶望が待ち受ける地獄の戦場へ向けて部隊が、一塊の閃光となって突撃を開始した。
その頃、ヘブンズベースから遥か離れた地。モニターに映し出されるデストロイ5機の圧倒的な火力を眺めながら、ユウナは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて髪をかき上げた。
「ま、やっぱりねぇ。なんだかんだ言ったって、連合の規模と物量にはそうそう敵うものじゃないさ」
「ああ」
隣に腰掛ける父のウナトも、深く椅子に身を預け、満足そうに煙草の煙をくゆらせる。ユウナはさらに調子に乗ったトーンで、贅沢な調度品に囲まれた室内を歩き回りながら言葉を重ねた。
「前の大戦ではジョシュアを失った。でもヘブンズベースがある。そして万一これを失っても、まだ月があるんだよねぇ、連合には」
「ん」
「あのデュランダルの演説を聞いたときは、正直驚いたけど。でも結局最後は連合の勝ちだ。僕等の選んだ道はやっぱり正しかったんねえ、父さん」
実の父親に同意を求めるように、ユウナは得意げに両手を広げてニヤついた。オーブの理念を売り払い、カガリを追い詰めてまで選んだ連合との同盟。それが正解だったと信じて疑わない息子の言葉に、ウナトは冷酷な野心をその瞳に宿らせ、低く、重々しく首を振った。
「ああ、あとはこれでこのままデュランダルが討たれてくれればな。それで全ては終わりだ」
プラントの議長さえ消え去れば、自分たちが新たな世界の勝者として君臨できる。
戦場で血を流す戦士たちのことなど微塵も頭にないセイラン親子は、破滅へと向かう世界の舵を取りながら、醜い笑みを交わし合う。
◇◇◇
「くっそー! こいつら!すきになんかさせるかっ!」
真っ赤な光の翼を広げたデスティニーガンダムが、雨と爆炎が渦巻くヘブンズベースの空を獰猛に駆け抜ける。シンは迫り来る無数のビームを異次元の機動性で紙一重で回避し、操縦桿を激しく押し込んで眼下の超巨大MSへと突撃した。
「ぉ…」
「くっ!」
デスティニーの高エネルギー長射程ビーム砲が、巨体の装甲を正確に撃ち抜く。凄まじい大爆発の光がシンの全周囲モニターを白く染め上げた。そのシンの圧倒的な獅子奮迅の戦ぶりに続けとばかりに、深紅 of インパルスを駆るルナマリアも、必死に操縦桿を握りしめて引き金を引いた。
「てぇぇっ!」
「やれる。あたしだって!」
高エネルギービームライフルが敵の防衛線を捉え、爆炎が上がる。妹のメイリンを失った絶望とパニックを戦闘本能で掻き消そうとするルナマリアは、確かな手応えに胸を熱くした。だが、戦場は甘くはなかった。
「あっ!」
視界の端から、地上の敵陣地より放たれた無数の対空レーザーが、急上昇するインパルスの死角へと一斉に収束していく。しまっ、とルナマリアが身をすくませた瞬間、それを上空から見据えていたシンのデスティニーが、凄まじいスピードでその射線へと割り込んできた。
「迂闊だルナマリア! 飛んでんだから下からも撃たれるぞ!」
「ぅ…」
デスティニーの対ビームシールドが強烈な衝撃波を弾き返し、インパルスの危機を間一髪で救い出す。しかし、さらにその背後から、もう一機のデストロイが放った超大型ビーム砲『アウフプファール』の太い光条が、二人をまとめて飲み込もうと迫っていた。
「チィッ、間に合わ――」
シンが歯を食いしばったその刹那、上空から猛烈な速度で舞い降りてきた深紅の影が、二人の目の前へと滑り込んだ。凄まじい風切り音と共に超高速の変形シーケンスを完了させたセイバーガンダムが、背部の大型ビームライフルを連射し、デストロイの砲身をピンポイントで次々と破壊していく。光の弾幕を完全に霧散させた男――ハイネが、コックピットで不敵にニヤリと笑った。
「おいおい、若造どもが突っ走るねぇ! ルナマリアはシンの後ろをキープしろ! 地上のデストロイの死角は、この俺が切り裂いてやる!」
ハイネは操縦桿を鮮やかに捌き、セイバーを再び飛行形態へと瞬時に変形させると、大雨のなかをまるで赤い稲妻のように疾走した。デストロイが放つ高出力ビームの網の目を驚異的なアクロバット飛行で潜り抜け、巨体の巨大なバックパックへと肉薄する。
「そらよっ!!」
急減速と同時にモビルスーツ形態へと戻り、両腕の大型ビームサーベルをクロスさせて一閃。セイバーの放った獰猛な一撃が、デストロイの巨大な円盤型バックパックを綺麗に両断した。
凄まじい誘爆の炎がヘブンズベースの雪原を赤く染め上げる。
◇◇◇
「俺は…どう…」
「キサカさんが連れてきた。ほんと、びっくりしたよ。カガリなんかもう泣きっぱなしで。さっきまでずっと付いてた」
キラは苦笑いしながら、ジブラルタルから決死の覚悟でアスランを運んできたキサカの功績を伝えた。
「メイリン…彼女は?」
「大丈夫。無事だよ。君が庇ったんだろ?今は眠ってるよ。薬の副作用で苦しむアスランの姿みたら飲まずに治すってさ」
その言葉に、アスランは安堵すると同時に、あの三兄弟に飲まされた激マズ薬の凄まじさを思い出して冷や汗を流す。その時、医務室の自動ドアが勢いよく開き、一人の少女が飛び込んできた。
「アスラン!起きたかっ!」
「良かった。目を覚ましてくれて、今回の薬は副作用の悪夢が強いと聞いていたから」
カガリはベッドに駆け寄り、アスランの無事な姿に瞳を潤ませながら胸をなでおろした。しかし、アスランは「悪夢」という言葉に過剰に反応し、ガタガタと震えながら自分の頭を両手で強く抱え込んだ。
「悪夢……あれは悪夢だったのか。……起きたら髪が……パラパラと零れ落ちて……うぅ」
「アスラン!」
「はぁ、はぁ……。でも…俺の、俺の髪は……」
あの激烈なマズさの副作用で、アスランは「全脱毛」というモビルスーツの手が届かない恐怖の幻覚を見ていたらしい。必死に自分の青い髪をまさぐり、確認しようとするアスラン。そのあまりの情けない乱心ぶりに、キラはついに呆れたようなため息をついた。
「アスラン、もういい。今は喋らないで」
「髪、が」
「いいから、少し黙って。ほら」
キラはアスランの額に、有無を言わさぬ力でそっと手をあててベッドへ押し戻す。
「…あ」
「君の髪はちゃんと生きてる。ちゃんとあるよ。ね?」
いつもの穏やかなだが絶対に反論を許さないキラのトーンに、アスランはすっかり毒気を抜かれ、ようやくおとなしくシーツに身を沈めるのだった。
◇◇◇
「シン!兎も角あれを潰すんだ!斬り込めるか?」
「ああ!」
レジェンドの全周囲モニターから飛んできたレイの鋭い指示に、シンは即座に応じた。デスティニーのスラスターが猛烈な爆音をあげ、残像を残しながらデストロイの懐へと急降下していく。そのすぐ斜め後方からは、深紅のセイバーを駆るハイネが抜群の操縦技術で追従し、周囲から群がる敵の迎撃MSを次々と撃破してシンの進路を切り拓いていた。
「こいつ!くっそー!お前達は、お前達も!」
降り注ぐ高出力ビームの嵐を紙一重で掻い潜り、シンは大型ビームソード『アロンダイト』を構えて巨体へと肉薄する。ベルリンの悲劇、そして大切な人々を狂わせたロゴスへの激しい怒りが、シンの五感を極限まで研ぎ澄まさせていく。
「うおぉぉっ!」
「ちくしょうっ!!」
巨大な腕部から放たれたビームをシールドで強引に弾き返した瞬間、シンの瞳の奥で、何かがパキィンと激しく弾け飛んだ。
瞳孔が収縮し、感情のすべてを純粋な闘争本能へと割り振る『SEED』が発動する。シンの瞳から迷いが消え、絶対的な殺意が宿った。
「こんなことをする、こんなことをする奴等!ロゴス!許すもんかーっ!」
「うわ!」
「お前達なんかがいるから!世界はぁっ!!」
咆哮と共に振り下ろされたアロンダイトの獰猛な一撃が、デストロイの強固な装甲を真っ二つに叩き割った。
大雨の曇天を真昼のように照らし出す、凄まじい大爆発。巨体が轟音を立てて雪原へと沈んでいくその圧倒的な光景に、通信モニターを見つめるブリッジの面々は息を呑んだ。
「ぁぁ…」
「シン…」
「凄い…これはまた凄いですよシン!艦長!」
興奮を隠しきれずに声を張り上げるアーサー。ジブラルタルの司令部でその戦果を見届けたデュランダル議長も、深く頷いてすぐに将官たちへと鋭い指示を飛ばした。
「彼等も頑張ってくれている。この間に陣容を立て直すのだ」
「はい!」
エースたちの奮闘によって、ニーベルングの惨劇で崩壊しかけていたザフト軍の戦列が急速に持ち直していく。デストロイの爆炎を切り裂いて急上昇したハイネのセイバーが、通信回線を通じてミネルバ隊全員へ力強く、頼もしい声を響かせた。
「このまま一気にヘブンズベースの喉元まで押し込むぞ! ルナマリア、ついてこい!」
「了解。モビルスーツ隊、続け!」
ハイネの心強い鼓舞に応えるように、ルナマリアのインパルスが放つビームライフルが敵の防衛線を切り裂き、後続のザフトMS隊を力強く牽引していく。そんな彼らの激戦を空中から冷徹に見据えながら、レイのレジェンドもまた、無数のドラグーンを放って迫り来る敵機を確実に撃墜していった。
「ええい、こんなものに!」
レイの冷徹な一喝と共に、レジェンドのビームが敵の拠点を正確に撃ち抜いていく。
「第二防衛ライン破られました!」
「敵モビルスーツ、湾内に侵攻!」
ヘブンズベースの地下司令部。オペレーターたちの悲鳴のような絶叫が飛び交い、メインスクリーンに表示された防衛マップの光点が次々と赤く、あるいは黒く消染まっていく。回答期限を破って奇襲を仕掛けたはずが、わずか数機のMSによって、鉄壁を誇った要塞の防壁が紙切れのように食い破られていく現実に、最高司令官はデスクに両手をつき、信じられないといった面持ちで目を見開いた。
「ええい! なんだあの三機は! デストロイを回せ! 攻撃を集中しろ!」
あの血紅の翼を持つデスティニー、不気味なドラグーンを従えたレジェンド、そして戦場を赤い稲妻のように蹂躙するセイバー。エース3機のあまりの滅茶苦茶な戦闘能力に、司令官は狂ったようにモニターを指差して怒号を浴びせる。だが、その背後から、さらに冷酷な致命傷の報告が司令部内に響き渡った。
「二号機、撃沈されました!」
「なにっ!?」
司令官は思わず通信マイクを握りしめ、愕然として声を裏返らせた。湾内に迫る3機の圧倒的な猛攻を受け、難攻不落のはずだった超巨大MSデストロイガンダムの2号機が、凄まじい大爆発の光の塊となって激しい雨の空へと霧散していく。
「三号機、大破!」
「ぅぅ…そんな…なんてことだ…」
地下司令部へと響き渡る、文字通り鉄壁だったデストロイ3号機の崩壊。デスティニーのアロンダイトが、残るデストロイの巨体へと同時に襲いかかる。
「うおぉぉっ!」
「でやぁぁっ!」
「あぁぁっ!!」
デストロイの強固な装甲が引き裂かれ、凄まじい金属の絶叫をあげた。大雨のヘブンズベースの雪原を真昼のように照らし出す、凄まじい大爆発。巨体が轟音を立てて崩れ落ちていく。ハイネのセイバーが上空を固め、この3機が完璧な連携でデストロイを圧倒していく姿は、ヘブンズベースの連合軍に完全な死の宣告を突きつけていた。
「一号機、撃墜!」
コントロールルームのモニターに走る、最後の一機のロストを示す非常灯。ヘブンズベースの命運が完全に尽きたことを示す報告に、最高指揮所に残されたロゴスの幹部たちは凍りついた。
「ジブリールこれでは…」
「ん?」
「ジブリール?」
隣にいたはずの男に意見を求めようとリッターが振り返った時、そこにはすでに主の姿はなかった。豪華な椅子だけが虚しく残されている。
その頃、ジブリールは司令部の裏通路を、冷や汗を流しながら足早に逃亡していた。潜水艦による脱出ルートへ向かう道すがら、壁のモニターに映るザフトの圧倒的な進撃に、苛立ちを爆発させて拳を叩きつける。
「どういうことなのだこれは!ええい!」
理想を語るデュランダルに負けることなど絶対に認めない。狂気的な執念を瞳に宿らせ、ジブリールは闇の中へと身を隠した。
一方、洋上のミネルバのブリッジ。レーダー画面の敵の反応が一斉に停止していくのを見つめ、バートがヘッドセットを押さえて声を張り上げた。
「イワノ隊より入電です。司令部に白旗を視認。敵軍、更なる戦闘の意志なきもうよう」
「確認してくれ」
「は!」
「完全に停戦するまで警戒は怠るなよ」
「はい!」
勝利を確信し、ブリッジの張り詰めた空気が一気に弛緩していく。だが、大雨と爆炎の渦巻く戦場を飛ぶデスティニーのコックピットの中だけは、未だに息が詰まるほどの狂気が渦巻いていた。
「これで!こいつを討てば終わる!せめて!」
種割れを起こしたままのシンの瞳には、白旗など映っていなかった。操縦桿をきつく引き絞り、血の気の引いた顔で絶叫する。アスランを殺した、メイリンを殺した、自分の手はもう取り返しのつかない血に染まっている。だったら、目の前の敵をすべて駆逐して、世界を平和にするしかないじゃないか。そうでなければ、自分のしたことがただの過ちになってしまう――。
歪んだ防衛本能と焦燥に突き動かされるように、デスティニーは血紅の光の翼をさらに激しく爆発させ、残された標的に向かって獰猛な刃を振り下ろすのだった。
◇◇◇
アスランの髪の毛の危機が去ったあと、キラはアークエンジェルのブリッジへと戻ってきた。メインコンソールには地球軍とザフト軍の激戦を示すデータが次々と流れており、マリューとミリアリアが険しい表情でモニターを見つめていた。キラの姿に気づき、マリューが振り返る。
「キラ君」
「アスランは?」
「やっぱりまだ口の中が気持ち悪いって。うがいしてる。もう大丈夫だよ」
あの激烈にマズい改良型薬の味は、そう簡単には消えないらしい。苦笑いしながら報告するキラの言葉に、ミリアリアもホッとしたように肩の力を抜いた。
「そう、良かったわね」
「うん。戦闘の方は?」
キラが真剣な表情に切り替え、メインモニターに映し出されるヘブンズベースの戦況を指し示す。マリューは悲痛な面持ちでデータをスクロールさせた。
「まだ判らないけど、どうやら連合の負けのようね」
ザフトの新型機デスティニーやレジェンド、そしてハイネのセイバーたちの圧倒的な猛攻の前に、連合は文字通り蹂躙されつつあった。
「そうですか。アマキは?」
世界の危機と同じくらい、いや、それ以上に切実な恋人の容態を、キラは神妙な面持ちで尋ねた。マリューはさらに頭の痛い問題を抱えた顔になり、困惑気味に視線を泳がせる。
「一応部屋で縛り上げてるけど禁欲衝動が出てるわね。ラウが催眠術掛けようとしているけど、どうかしら」
お菓子を求めて暴走しかけるアマキをロープで物理的に拘束し、さらにラウが怪しげな催眠術で脳から食欲を消し去ろうと孤軍奮闘しているという、想像を絶する現場。
キラはそっと額を手で押さえ深くため息をついた。
「……僕達はどうやって抑えればいいんだろう。アマキの食欲を…」
最新鋭モビルスーツを駆る最強のコーディネイターであるキラをもってしても、愛する恋人のリバウンドを止める術は、未だ見出せずにいるのだった。
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