腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:松魚
自室のベッドにてシンは魘されていた。
「うぅ…」
暗黒の海へ真っ逆さまに墜ちていく、真っ二つになった青いグフ。アスランの、メイリンの、そしてステラの悲鳴が混ざり合い、シンの脳内を狂ったように駆け巡る。激しい脂汗を流し、息を詰まらせてシーツを引っ掻いたその時、肩を揺さぶる静かな手があった。
「シン、シン」
「あ…ああ! ハァ、ハァ、…レ、イ…?」
「うなされていた。大丈夫か?」
「ああ、…ん…ありがとう」
シンは弾かれたように跳ね起き、激しく息を切らせながら、薄暗い自室の光の中でレイの姿を認め、ようやく我に返った。だが、胸の動悸は一向に収まらない。シンは膝を抱え込み、消え入りそうな声で本音を漏らした。
「はぁ…アスランとメイリン…俺…」
「彼等は敵だ。裏切ったんだ。シン」
「レイ?」
「仕方がない」
レイの冷徹な声音が、暗い部屋の静寂に響く。シンは自分の心を無理やり納得させるように、激しく頭を振った。
「分かってるよ! それは分かってるさ!…ただ…なぁ、アマノ・シノザキは敵なんだよな? いいんだよな? なぁ、教えてくれよ」
シンの瞳には、狂気的な焦燥が宿っていた。自分がアスランを殺したんじゃない。あのアマノが敵として立ちはだかり、戦況をかき乱したからこんな悲劇が起きたんだ。そうやって全ての責任をアマノに押し付け、憎悪の矛先をすり替えなければ、自分の心が今すぐ木っ端微塵に砕け散ってしまいそうだった。
その縋りつくようなシンの問いかけを、レイは影のような佇まいのまま、静かに見下ろした。
「……お前はどう思いたい。悪夢の原因はあの女か?」
「え?」
「俺が討てば良かったな」
「ぁ…」
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。
「優しすぎる、お前は。それは弱さだ。それでは何も守れない」
「……んなの、わかってるよ」
シンは血が出るほど強く唇を噛み締め、再び両手で顔を覆った。
アマノが敵だという歪んだ結論。それこそが、今のシンが正気を保つための唯一の盾だった。レイの冷酷な言葉によって、アマノへの激しい憎悪と「次こそは討つ」という狂おしいほどの呪縛が、シンの心に深く、深く刻み込まれていくのだった。
◇◇◇
ジブラルタル基地の特設謁見の間。居並ぶ将官たちの拍手のなか、シンはザフトの赤服の胸元に新にピン留めされた輝かしい勲章を、どこか冷えた瞳で見つめていた。
「ヘブンズベース戦での功績を称え、シン・アスカにネビュラ勲章を授与するものとする。おめでとう。二つめだな。いや全く素晴らしい」
敵を討ち、要塞を落とした。その事実だけが、公式に塗り替えられていく。
「ぅ…」
その栄誉を遠巻きに見つめるミネルバの副長アーサーは、複雑な面持ちで小さく声を漏らした。昨日まで同じ艦にいたアスランやメイリンが消え去った直後の、あまりにも皮肉な表彰だった。
「ありがとうございます」
シンは居住まいを正し、硬い声で一礼した。そんなシンの前に、デュランダル議長がゆっくりと歩み寄り、その手元の豪奢なケースを開いてみせた。
「それからこれを、シン・アスカとレイ・ザ・バレルに」
「議長…」
ケースの中に収められていたのは、議長直轄の特務隊員、すなわち『フェイス』の輝かしい徽章だった。
「不服かね?」
「いえそんな! そんなことはありません! けど…」
シンはあまりの重責に思わず息を呑み、視線を泳がせた。アスランと同じ、そしてレイと同じ絶対のバッジ。自分の手が汚れていくスピードに心が追いつかない。そんなシンの揺らぎを見透かすように、デュランダルはどこまでも優しくだがどこか有無を言わせぬ絶対的な光をその瞳に宿らせて語りかけた。
「これは我々が君達の力を頼みとしている、ということの証だ。どうかそれを誇りとし、今この瞬間を裏切ることなく今後もその力を尽くして欲しいと思ってね」
「……」(裏切ることなく――)
その言葉が、悪夢の中でアスランの裏切りに傷ついていたシンの胸へ、決定的な楔となって突き刺さる。自分は絶対に裏切らない。議長の創る平和のために、どんな敵とでも戦ってやる。そうやって、昨日レイの部屋で決めたアマノへの憎悪が、このバッジの重みによって完全に正当化されていく。
「光栄です。ベストを尽くします」
隣のレイは微塵の動揺もなく、完璧な軍人の敬礼と共にバッジを受け取った。その背中に導かれるように、シンもまた、迷いを振り払うように声を張り上げた。
「俺、あいえ、自分も頑張ります」
二つのネビュラ勲章、そしてフェイスの証。
デュランダル議長の絶対的な正義の駒として、完全にその外堀を埋められたシン。
授与式はつつがなく終了し、シン達は先にミネルバに戻ることになった。
「それでは」
「では」
「お先に失礼します」
「ええ、ご苦労様。おめでとうシン」
「ありがとうございます」
ハイネとレイ、そしてルナマリアに続いて、タリア艦長がシンへ短い言葉をかけた。シンはザフトの赤服の胸元を少し照れくさそうに押さえながら、頭を下げる。
「ほんとすごいよシン、二つめなんて」
「いやー…」
「俺もうかうかしてられねぇな」
ハイネは不敵にニヤリと笑い、シンの肩をポンと叩いた。かつての主を失った深紅のセイバーを駆るエースとして、その言葉には頼もしさが満ちている。ルナマリアたちに背を推されるようにしてシンが退室していくと、謁見の間に重苦しい静寂が戻ってきた。
「君が何も言わないのも怖いな。タリア」
「失礼しますわ」
デスクの後ろから声をかけたデュランダル議長を、タリアは冷え切った瞳で一瞥し、そのまま部屋のドアへと歩を進めた。
「シンとレイをフェイスとしたことで絶対何か一言あると覚悟していたんだがね」
「何を今更、と言いたいことは山ほどありますが迂闊に言えることでもないので黙ってるんです。聞く気がないのなら放っておいていただきたいわ」
タリアは足を止め、振り返ることもせずに厳しいトーンで言い放った。若きパイロットたちを自らの便利な駒としてフェイスに囲い込んだ男への、抑えきれない嫌悪が彼女の表情には浮かんでいた。
「ふー、聞く気がないだなんて、そんな…」
「アスラン・ザラとメイリン・ホーク撃墜の件、私はまだ納得したわけではありません」
「分かってるさそれも。だが…」
デュランダルが悲しげな眉をひそめたその瞬間、部屋の自動ドアが勢いよく開き、慌ただしく将官が飛び込んできた。
「議長」
「何だ?」
「ロード・ジブリールの所在が分かりました」
まだ廊下を歩いていたルナマリアが、そのただならぬ気配にハッと足を止める。
「え?」
「カーペンタリア情報部からの報告です」
「カーペンタリアから? で、彼はどこに?」
デュランダルの瞳が鋭く細められ、室内の気圧が急激に跳ね上がった。
「オーブです」
「ええ!?」
シンは驚愕すると共にあの騒動の中でのアマキ・カンザキとの邂逅、オーブ連合首長国の情景、そして長きに渡る戦争の根源ともいうべきジブリールがオーブ側へ回ったという事実に
ジブリールがオーブへ逃げ込んだ。
それはすなわち、ミネルバ隊がオーブへ総攻撃を仕掛ける絶対的な大義名分が完成したことを意味していた。
◇◇◇
アークエンジェルのブリッジ。キサカから告げられた最悪の報告に、カガリは通信モニターの前で机を激しく叩き、信じられないといった面持ちで声を荒らげた。
「なんだと!ジブリールがセイランに!?本当かそれは!」
「ああ、間違いない。そしてそれはもうザフトにも知れたようだ」
「議長のことだ。今度の標的はオーブに変わるだけだぞ」
ジブラルタルの大混乱の隙を突いて最高機密ホストデータからこの事実を掴み取り、決死の覚悟で戻ってきたキサカの声は、どこまでも冷静で、だからこそ圧倒的な重みを持ってブリッジの空気を凍りつかせた。
「ええ!」
「既にオノゴロ沖合にカーペンタリアより発進した艦隊が展開中だ」
その非情な宣告に、マリューやノイマンたち一同の間に激しい衝撃が走る。ヘブンズベースを落としたザフトの牙が、すでにオーブの喉元へと突きつけられているのだ。
――同じ頃、オーブ政府の最高行政機関である本庁舎の司令部でも、全く同じ最悪の凶報がもたらされ、大混乱に陥っていた。
「どういうことなのだこれは!」
「ウナト・エマは?」
「兎も角護衛艦軍は…」
鳴り響く防衛アラートのなか、首長たちは顔を青ざめさせ、右往左往しながら怒号を浴びせ合う。だが、ジブリールを引き入れた張本人であるウナトとユウナのセイバー親子は、すでに事態の制御を失い、司令部にはその姿すらない。再び、アークエンジェルの艦橋。裏切られた事実の重さに、カガリは愕然として顔を伏せ、きつく拳を握りしめた。
「ウナト…何故そんな!」
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで救いようのない馬鹿だとは。オーブの理念を売り払い、世界を滅ぼしかねない最悪の火種を招き入れたセイラン家への怒りと悲痛な叫びが上がる。
オノゴロの美しい海を埋め尽くしていく似つかわしくないザフトの大艦隊が迫りくる守るべき故郷が危機にさらされている。馬鹿親子のせいで。
「兎も角我々は彼の身柄の引き渡しを要求する。ヘブンズベース戦での彼の責任、また既に得られた様々な証言から彼の罪状は明らかなのだ。それを匿おうというのは到底許せるものではない」
ジブラルタル基地の最高作戦会議室ではデュランダル議長はデスクに両手を置き、集まった将官たちを見渡しながら、威厳に満ちた声を響かせた。メインモニターにはジブリールを匿ったとされるオーブ連合首長国の世界地図が不気味に赤く点滅している。
「既にカーペンタリアからこちらの要求を携えた艦隊が出動しているが万一に備えて我等も非常態勢をとる。先駈けてミネルバには直ちに発進してもらいたい」
「え?本艦がここからでありますか?」
その非情な連戦の命令に、会議室の一角にいたタリア艦長は、思わず鋭い声をあげて眉をひそめた。ヘブンズベースを落としたばかりで、艦もクルーも、そしてシンたちパイロットの精神も限界に近い。だが、将官は冷淡に言葉を返した。
「こちらも本気だということを示さねば交渉にもならん。ミネルバは足自慢だろう」
「連戦で疲れているところを本当に済まないと思うがね。だが頼むよグラディス艦長。オーブはその軍事技術の高さを誇るだけでなく、マスドライバーなどの宇宙への道をも持つ国だ。私はそれも気に掛かる」
「え?」
デュランダルはタリアへ申し訳なさそうな眼差しを向けた。だがその口から紡がれる言葉は、ーブという国家そのものを完全に悪へと定義するための、冷徹な論理の構築だった。
「ジブリールがオーブの軍事力をも持って月の連合軍と合流するようなことになれば、プラント本国がまた危機に曝される可能性も出てくる、ということだ。彼こそがブルーコスモスの盟主であるということを忘れたわけではあるまい」
「オーブが彼に力を貸すと?」
「現に彼はオーブにいるのだ。我々が彼を捜していることをあの国だけ知らないはずはないだろうに」
そのデュランダルのもっともらしい嘆きが引き金となり、周囲を囲む将官たちが一斉に激昂して机を叩いた。
「オーブはロゴスの陣営だ」
「チィ、ブルーコスモスめ」
「だから議長の呼びかけにも応えなかったのだな」
口々にオーブへの敵対心を剥き出しにする将官たち。その怒号が渦巻く会議室のなかで、デュランダルは静かに目を伏せ、悲劇の指導者を演じるように深く息を吐き出した。
「オーブはユニウスセブンの件があるまでは友好国として親しくしてきた国だ。それを思うと残念でならないが。だが我々もこの度の件に関しては一歩も引くことはできん。ロゴスの暗躍、これ以上は許さん。今度こそ必ず彼を押さえるのだ!」
「「「は!」」」
全員の力強い咆哮が室内に響き渡り、オーブという国家の運命を決める総攻撃の歯車が、完全に噛み合った。
「何で出動命令が出ないんだ! 奴等は領海ぎりぎりまで来ているんだろう!?」
国防本部の一角で、若いパイロットが苛立ちを隠せずに壁を叩いた。セイラン家による政治の混迷が続くオーブ軍内部は、完全に大混乱に陥っていた。その不穏な空気は、一歩外に出れば一般市民の間にも急速に伝播していく。
「え? オノゴロにまた?」
「ああ、そういう噂だ。今度こそ本当にザフトが攻めてくるって……」
「今度は何だ? またあの悪夢のような戦争が始まるっていうのか……!」
街中が怯えと混乱に包まれる中、アークエンジェルと合流したオーブ士官たちにも動揺が広がっていた。
「え?政府は何も発表していないのかよ」
「ああ、報道も抑えられているようだ」
「セイランは一体どうするつもりなんだ」
薄暗いドックの中。火花が散る中を足場が組まれたアークエンジェルの艦橋付近で、マリューが手すりに手をかけ、下で見上げるマードック軍曹へ厳しい表情で問いかける。
「全ての作業が終わるのにあとどのくらいかかるの?」
の汗を拭い、図面の手元から顔を上げて眉根を寄せる。
「んー、エンジン電気系補給、諸々含めると最低でも二日は…」
マリューは悔しげに視線を落とし、手すりを握る手に力を込める。
「く…なるべく急いでもらえないかしら。間に合わなかったら話にならないわ」
「ええ」
マードックは再び作業へと視線を戻し、重々しく頷く。
◇◇◇
オーブ国防本部の地下深く、堅牢なシェルターの一室には、重苦しい沈黙が立ち込めていた。
豪奢なソファに深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべているのはジブリールである。その傲慢な視線の先で、ウナトは青ざめた顔のまま額に汗をにじませ、落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。
ジブリールは指先で優雅にグラスを弄びながら、冷徹な声を室内に響かせる。
「ま、ちょっとはものの分かった人間ならね、すぐに見抜くはずだ。あんなデュランダルの欺瞞は」
その圧倒的な威圧感に気圧されるように、ウナトは何度も浅く首を縦に振った。震える声をどうにか絞り出し、同意を示す。
「…ええ」
ジブリールはソファの背もたれにゆったりと体を預けた。ウナトを値踏みするように見下ろすその瞳には、容赦のない狡猾な光が宿っている。
「奴の支配する世界などなって、あなた方も居場所はない」
突きつけられた現実に対し、ウナトは何も言い返すことができなかった。ただただ唇を固く噛み締め、組んだ両手へじっと視線を落とすことしかできない。
「…」
ウナトの怯えきった様子を見たジブリールは、ふっと鼻で笑った。手元のアイスコーヒーのグラスをテーブルにコトリと置くと、今度は身を乗り出すようにしてウナトの顔を覗き込む。
「ま、心配せずとも我等はすぐに反撃に出る」
その不穏な言葉に、ウナトは弾かれたように顔を上げた。目を丸くして、目の前の男を見つめる。
「え?」
ジブリールは音もなく立ち上がった。ウナトに背を向け、薄暗い通路の先を見つめるその口元は、邪悪な愉悦に歪んでいる。
「奴が宇宙に戻り、私が宇宙に上がりレクイエムが流れれば、全て終わるのだ」
聞いたこともない不気味な単語がジブリールの口から漏れた瞬間、ウナトは背筋に冷たいものが走るのを感じた。椅子の手すりを握る手に、思わず力がこもる。
「レクイエム?」
ジブリールはゆっくりとウナトの方へ振り返った。冷酷な眼差しで睨みつけるようにして、最後の宣告をウナトの胸に突きつける。
「その時勝ち残っていたければ今どうすべきかは、聡明な貴方にはよくお解りだろうな、ウナト・エマ」
ウナトはごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。ジブリールの放つ蛇のような視線から逃れるように、再び視線を落とす。
「んー…」
そして、深く苦渋に満ちた声を漏らすことしかできなかった。
不穏な静寂が満ちていたアークエンジェルのブリッジに、突然、計器の電子音が甲高く鳴り響いた。
コンソールに向かっていたミリアリア、弾かれたように顔を上げて声を張り上げる。
「ぁ! オーブ政府からの回答文発信されました! スピーカーに出します」
ミリアリアが素早くキーを叩くと、ブリッジのスピーカーから聞き覚えのある男の声が流れ出した。
「オーブ政府を代表して通告に対し回答する」
その傲慢で緊張感の足りない声の主が誰であるか、その場にいる全員が瞬時に理解した。
「ぇ……」
メインスクリーンを見つめるブリッジ一同の間に、一気に困惑と戦慄が広がっていく。
カガリは信じられないものを見るように目を見開き、自身の国を、代表の座を弄ぶ男の名を苦々しく呟いた。
「ユウナ……」
スピーカーからの声は、全世界、そして眼前に迫り来るザフト艦隊に向けて、決定的な破滅を招く言葉を紡いでいく。
「貴官等が引き渡しを要求するロード・ジブリールなる人物は我が国内には存在しない」
あまりにも見え透いた、そして愚策極まりないその嘘に、操舵席のノイマンが眉をひそめて声を漏らす。
「ん?」
艦長席のマリューそして副長席のナタルも、耳を疑うような言葉に呆然とした声を上げた。
「はぁ?」
「愚鈍な」
「ユウナ!」
カガリは拳を握りしめ、通信機の向こうの男に向けて怒りを爆発させる。
アスランはオーブを滅ぼしかねないその決断に対し、低く苦渋に満ちた声を漏らす。
「なんて馬鹿なことを……」
世界を敵に回すオーブ政府の虚偽の回答。それは、ザフトの全面攻勢という最悪の引き金を引くのに十分すぎる言葉だった。
オーブ政府からの一方的な回答に、ミネルバのブリッジは一瞬で蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。副長のアーサーは、信じられないと言わんばかりに目を見開き、裏返った声を上げる。
「ええっ!? どういう……」
「いいから黙って!」
色をなして詰め寄ろうとするアーサーを、タリア艦長が鋭い一喝で遮った。スクリーンを凝視するその表情は、すでに冷徹な戦術家のそれへと切り替わっている。
スピーカーから流れるユウナの声は、自らの立場を省みない尊大な調子を崩さない。
「また、このような武力を以ての恫喝は一主権国家としての我が国の尊厳を著しく侵害する行為として大変遺憾に思う」
その言葉を耳にした瞬間、待機室にいたシンの身体がびくりと強張った。怒りと、信じがたい身勝手さへの嫌悪が、その瞳に黒い炎となって宿る。
「……!」
言葉にもならない怒りを、シンはただ拳を強く握りしめることで堪えていた。
オーブ側の傲慢な声明を読み上げるザフトの将校たちからも、次々と怒声が湧き起こる。
「よって直ちに軍を引かれること要求する」
「なんと馬鹿にした……」
あまりにも舐めきったオーブ政府の態度に、モニターを見つめる将校が忌々しげに吐き捨てた。
「そう言えば討たぬとタカをくくってるんだ」
それは、オーブという国家が自ら平和への扉を閉ざし、戦火の幕を押し開けた決定的な瞬間だった。
スピーカーから流れるユウナの独善的な声明を聞きながら、カガリはもはや絶望に近い怒りに震えていた。拳を強く握りしめ、メインスクリーンに向かって叫ぶ。
「そんな……そんな言葉がこの状況の中、彼等に届くと思うのか!?」
その隣に立つアスランも、厳しい表情のまま無言で画面を睨みつけていた。オーブが自ら最悪の選択肢を選んでしまったことを、その場の誰もが痛感していた。
オーブからの虚偽の回答を受け取り、デュランダル議長は静かに、しかし冷徹に眼光を光らせた。世界に向けて発信される彼の声には、一片の迷いもない。
「最早どうにもならんようだな。この期に及んでこんな茶番に付き合えるわけもない。我等の想いにこのような虚偽を以て応ずるというのなら、私は正義と切なる平和への願いを以て断固これに立ち向かう!」
デュランダルは毅然とした態度で前を見据え、全軍に向けて厳格な大号令を下す。
「ロード・ジブリールをオーブから引きずり出せ!」
「は!」
艦橋や作戦本部に控えるザフトの将兵たちが、一斉に力強く応じた。
この瞬間、オーブ侵攻作戦『オペレーション・フューリー』の火蓋が切って落とされ、ザフト軍の全軍が牙を剥いてオーブの領海へと殺到し始めた。
◇◇◇
宣戦布告と同時に、ザフト軍の全モニターが瞬時に警戒色へと染まった。オペレーターたちの指先が、怒濤の勢いでコンソールを叩いていく。
「オペレーション・フューリー開封承認。コンディションレッド発令。コンディションレッド発令。砲撃目標点確認。オーブ本島セイラン家、国防本部、オーブ行政府」
「ファゾン隊アッシュ、イール隊グーン、発進準備よろし。全機オールウェポンズフリー」
攻撃の手順が機械的に、しかし冷酷に進められていく。
艦橋の中央に立つ司令官は、険しい表情のまま前方モニターを見据え、全軍に向けて厳格に通告した。
「目標はロード・ジブリールだが、ロゴスに組みするオーブ政府にも遠慮することはない。速やかにこれを排除、あるいは捕獲せよ。市街地、民間人への被害は最小限にとどめるよう努力」
司令官の命令が下った瞬間、オーブ領海を取り囲むザフトの潜水空母や水上艦から、無数のミサイルが白煙を引いて撃ち出された。同時に、水陸両用MSのアッシュやグーンが次々と海中へと躍り出て、オーブ本島を目指して猛烈な進撃を開始する。
国家の欺瞞が生んだ戦火が、ついにオーブの美しい海を赤く染めようとしていた。
ザフト軍の進撃を告げるけたたましいアラームが、アークエンジェルのブリッジに鳴り響いた。コンソールに表示される無数の光点を凝視しながら、ミリアリアが緊迫した声を上げる。
「ザフト艦よりモビルスーツ発進です!」
「え!」
カガリとマリューが同時に息を呑み、メインスクリーンへ視線を走らせた。
「アッシュ、グーン、ディン、バビ、グフ」
次々と報告されるザフト主力機の機体名。敵の戦力は完全にオーブを壊滅させるための規模だった。カガリは焦燥感を隠せないまま、ミリアリアの席へと詰め寄る。
「オーブ軍は? どう展開している? 避難などの状況は?」
しかし、ミリアリアから返ってきたのは、絶望的な事実だった。
「まだ動いていないわ」
「え!?」
その場の全員が耳を疑い、ブリッジに凍りついたような衝撃が走る。ミリアリアは信じられないものを見るように首を振り、悲痛な声を続けた。
「避難勧告も出ていない。それどころか、オノゴロ沖がこうなってることすら市民には知らされていないみたいよ」
「ええ!?」
カガリの顔から一気に血の気が引いていく。セイラン親子は敵を目の前にして、まともな防衛組織の展開すら行っていなかったのだ。
「くそっ!」
アスランが悔しげに拳を叩きつける。怪我が治り、今すぐにでも戦える身体がありながら、国家の機能が完全に麻痺している現状に、激しい憤りを募らせていた。
そこへ、ブリッジのハッチが勢いよく開いた。
現れたのは、キサカ一佐に導かれたトダカ一佐、そしてその背後に従うアマギ一尉の姿だった。
「カガリ様……」
「トダカ一佐……!アマギ一尉も!」
前大戦を生き延び、オーブ軍の良心としてカガリを支え続けてきたトダカは、軍服の襟を正し、立ち尽くすカガリを見つめて意を決したように声をかける。
突如として、美しかったオノゴロの街に、大地を激しく震わせる大爆音と衝撃波が吹き荒れた。
「なんだ!?」
逃げ惑う人々が頭を抱えてしゃがみ込み、爆煙の上がる空を仰ぎ見る。
そしてシェルターの壁や天井が激しく揺れ、不気味な地鳴りが部屋に響き渡った。
「くっ! ええい!」
ソファから立ち上がったジブリールは、頭上から落ちてくる塵を払うこともせず、屈辱と焦燥感に顔を歪めて忌々しげに吐き捨てた。
◇◇◇
コンソールの警告灯が赤く激しく点滅し、ミリアリアの指先がキーボードの上を慌ただしく走る。レーダーに映し出された着弾点を凝視し、悲鳴のような声を上げた。
「オーブ本島に爆撃です!狙われたのはセイラン家のようですが…」
ザフトの容赦のない先制攻撃が始まったことを知り、マリューは操舵席のモニターへ向かって、切迫した声を投げかける。
「本艦はまだ出られないの?」
メインモニターの隅に、顔を汗と油で汚したマードック軍曹の姿が映し出された。背後のドック内で飛び交う怒号と火花に負けないよう、マードックは怒鳴るように首を振る。
「無理ですよ!まだエンジンが終わってねえーんですから」
ザフトの圧倒的なモビルスーツ部隊が目前まで迫る中、守るべきオーブの街が容赦なく火の海に変えられていく。
けたたましい警報音が鳴り響く作戦室の大型モニターには、刻一刻とオーブ本土へ迫る無数の光点が映し出されていた。オペレーターが悲痛な声を上げる。
「敵モビルスーツ群展開。数40。侵攻してきます」
その場に居合わせた将校が、机を激しく叩いてソガ一佐へと詰め寄った。
「ソガ一佐、敵軍の侵攻が始まっているというのに、何故まだ何の命令もないのでありますか!? 市民の避難も!」
「行政府を呼び続けろ!セイランめ何を……」
ソガ一佐が怒りを押し殺した声で命じたその時、作戦室の自動ドアが開き、髪を振り乱したユウナが飛び込んできた。すでに理性を失いかけた様子で、通信機を掴んで叫ぶ。
「ああもう!どうしてこうなるんだ!彼はいないと回答したのに何で奴等は撃ってくるの!」
その情けない姿を、ソガ一佐は冷徹な眼差しで睨みつけた。
「嘘だと知ってるからですよ」
「えぇ……」
ユウナが呆然と言葉を詰まらせる中、ソガ一佐の怒りの混じった追及が容赦なく飛ぶ。
「政府は何故あんな馬鹿げた回答をしたのです!」
「だって昔、アークエンジェルの時には……」
「あの時とは政府も状況も違います!」
前大戦を引き合いに出した見当違いの言い訳は、一瞬で一蹴された。ユウナは顔を真っ青にさせ、突きつけられた現実にただ怯える。
「ぅぁ……」
しかし、すぐに恐怖を誤魔化すように頭を掻きむしり、ヒステリックに声を荒らげた。
「あーもう五月蝿い!ほら兎に角こっちも防衛体制をとるんだよ!護衛艦軍出動!迎撃開始!モビルスーツ隊発進!奴等の侵攻を許すな!」
最高権力者の場当たり的な大号令により、ようやく麻痺していたオーブ軍の機構が動き始める。作戦室にはオペレーターたちの慌ただしい声が飛び交った。
「第一、第二護衛艦軍出動。侵攻する敵脅威を速やかに排除せよ」
「モビルスーツ隊発進開始。第一から第四小隊、イザナギ海岸防衛線へ」
ようやく下った迎撃命令。しかし、すでに遅きに失したその指揮は、オーブ軍を過酷な防衛戦へと追い込んでいくことになる。
ザフト軍の侵攻とオーブ軍の混乱が刻一刻とモニターへ映し出される中、カガリはトダカ一佐の方へ振り返り、固い決意を秘めた眼差しで告げた。
「トダカ一佐は後は頼む。アマギ、ムラサメ隊は出られるな?」
突然の指名に、アマギ一尉は驚きに目を見開いた。
「ぇ……はい」
「なら行こう。艦長、スカイグラスパーを私に貸してくれ」
カガリが言い放った無茶な要求に、ブリッジの誰もが耳を疑った。アークエンジェルが動けない今、モビルスーツですらない大気圏内用戦闘機で戦場へ飛び込もうというのだ。すかさず、隣にいたアスランがカガリの腕を掴み、厳しい声で呼び止める。
「カガリ!待てっ、無謀だぞ!?」
艦長席のマリューも困惑を隠せず、身を乗り出した。
「え?」
「カガリ様……」
アマギも制止しようと言葉を漏らすが、カガリはアスランの 強い視線を真っ向から見据え、その手を強く振り払った。
「無謀なのは承知だ。アスラン。我々だけでも発進する」
「カガリ……」
国を背負う者としての焦燥感が、彼女を突き動かしていた。その時、ブリッジの入り口から、どこか軽い調子の声が響き渡った。
「おいおい。俺達を忘れてないか?」
現れたのはムウ。そしてその隣にラウが苦笑を浮かべながら並び立つ。共にパイロットスーツを着込んでいて準備は整っている様子だった。
「アマキ達が帰ってくる前にカガリ嬢に何かあれば私がアマキに叱られるからな。我らも出撃しよう」
怪我が完治しているアスランや、心強い歴戦のパイロットたちの申し出に、カガリは一瞬だけ目を見張り、それから深く深く感謝を込めて頷いた。
「……すまない。なら私が先導する」
しかし、マリューはなおも悲痛な声を張り上げ、危険な出撃を止めようとする。
「そんな無茶よ!スカイグラスパーでなんて!」
「オーブが再び灼かれようとしているんだ!もう何も待ってなどいられない!」
悲叫に近いカガリの叫びが、ブリッジの空気を震わせた。
「カガリ……」
その横顔を見つめるアスランは、彼女の背負うものの重さと覚悟に、ただ拳を握りしめることしかできなかった。同時に歯がゆかった。国を背負う彼女が前線へ向かう気でいるのに、自分のは機体すらない。守る力が欲しかった。カガリの悲壮な決意が響き渡るブリッジへ、さらに力強い足音が重なった。現れたのは、アークエンジェルに身を寄せているスティングとアウルの二人だった。スティングは不敵な笑みを浮かべ、首を鳴らす。
「俺達も出させてもらうぜ」
その隣で、アウルが退屈そうに頭の後ろで手を組みながら気楽な声を響かせた。
「スノウが行けってさー」
スノウの愛称を口にしたアウルに、カガリは驚きに目を見張り、それから彼らの厚意へ深く感謝するように視線を震わせる。
「お前たち、すまない。力を貸してくれ」
「フッ、それは無事にオーブを守り切ったら言ってくれ」
スティングが軽く手を振って笑い飛ばせば、アウルは獰猛な笑みをその端正な顔に浮かべた。
「さっさと沈めりゃいいんだろ?」
「いやムウ達は防衛の方に回ってくれ。私は国防本部に向かう」
カガリが的確に指示を飛ばし、まさにブリッジを飛び出そうとしたその時、ハッチが開き、キサカ一佐とモビルスーツ開発主任のエリカが息を切らせて駆け込んできた。
「カガリ……」
「キサカ一佐!」
アマギ一尉がその姿に声を上げる。マリューも即座に視線を向けた。
「エリカさん」
「行くぞアマギ!機体はお借りする!」
カガリは一刻の猶予もないとばかりにアマギの腕を引き、なおも歩を進めようとする。だが、その前にキサカが大きな体躯で立ちはだかった。
「待てカガリ」
「もう待たんと言っている!離せ!」
国を想う焦燥感から、キサカの手を振り払おうと声を荒らげるカガリ。
だが、その混乱と熱気に包まれたブリッジへ、すべてを統べるような重厚で、かつて聞き馴染んだ厳格な声が響き渡った。
「待ちなさい、カガリ」
その声に、ブリッジの時が止まった。カガリは弾かれたように声の方向を振り返り、信じられないものを見るように目を見開く。
「お父様……!?」
そこには割烹着を脱いだウズミが厳格な佇まいで立っていた。
その姿を認めた瞬間、トダカ一佐とアマギ一尉の身体が反射的に直立不動の姿勢をとる。
「「ウズミ様」」
二人は一寸の狂いもない完璧な敬礼で、かつての最高権力者を迎えた。並び立つキサカも、深い敬意を込めてその名を呼ぶ。
「ウズミ様」
「よい。……私からの贈り物があるのだ。来なさい」
ウズミは優しく威厳に満ちた眼差しで娘を見つめ、静かに歩き出した。傍に控えるエリカが、確信に満ちた笑みを浮かべて深く頷く。
「はい。準備はできております」
死んだはずの父の姿、そして突然の言葉に、カガリはただただ困惑を隠せないまま、その背中を追うしかなかった。
「お父様……?」
エリカとキサカ一佐の先導の元、カガリたちはアークエンジェルのさらに地下深く、厳重にロックされた巨大な隔壁の前へと辿り着いた。
ウズミは静かに歩みを進め、鋼鉄の扉に刻まれた古い碑文を指し示す。
「カガリ、この文字を読んでみなさい」
父に促され、カガリは刻まれた言葉をなぞるように低く読み上げた。
「この扉、開かれる日が来ぬことを切に願う」
「ああ、いつかこの日が来ぬことを願っていたが、再びオーブの危機が迫っている。ならば相応しい存在に渡すことが私の願いだ」
ウズミがコンソールに手をかざすと、重厚な駆動音と共に巨大な扉が左右へと割れていく。
内部の照明が次々と点灯し、暗闇の中からその全貌を現した存在に、カガリは息を呑んだ。
「あ!」
「黄金の……モビルスーツ?」
背後に控えていたアマギ一尉が、その圧倒的な輝きに驚愕の声を漏らす。外装のすべてに鏡面のような純金色の特殊鏡面装甲を施された機体が、眩い光を放ちながらそこに佇んでいた。
「これは……」
カガリが言葉を失い見上げる中、ウズミは娘の肩に優しく手を置き、まるで未来へ遺すはずだった言葉を直接伝えるように、厳かに語りかけた。
「カガリ。私からの贈り物だ。力はただ力。多く望むのも愚かなれど、無闇と厭うのもまた愚か。守るための剣、今必要ならばこれに乗りなさい。道のまま、お前が定めた成すべき事を成すためならば」
「……」
カガリは溢れそうになる涙を堪え、父の言葉を一言も聞き漏らさぬよう胸に刻み込む。ウズミは愛おしそうに娘を見つめ、静かに言葉を続けた。
「戦争とは無縁の世界に生きてほしかったが、お前はそれを望まぬだろう。このウズミの娘なのだから。だから、カガリ」
「…お父様…ありがとうございます…!」
堪えきれず大粒の涙を頬に伝わせながら、カガリは深く深く頭を下げた。父から受け取った確かな愛情と意志が、彼女の心に眠る迷いを完全に消し去っていく。
その様子を見守っていたキサカが、一歩前に出てカガリへと問いかけた。
「カガリ。アカツキに乗るか?」
「あかつき?」
「その機体の名だよ」
ウズミの言葉に、カガリは涙を力強く拭い、黄金の機体を見上げて毅然と言い放った。
「乗ります!」
オーブの理念、そして父の想いを体現した黄金の意思が、今ついに真の主を得て覚醒しようとしていた。
エリカが素早くコンソールを叩くと、ドック内のメインモニターに純金色の機体の全システムが正常に同期していくプログラミングコードが高速で走り抜けた。
オペレーターの張り詰めた声が、通信回線を通じてカガリのコックピットへと響く。
「ORB-01暁、システム起動。発進どうぞ」
パイロットスーツに身を包んだカガリは、胸の高鳴りを抑えながら操縦桿を強く握りしめた。目の前のメインモニターが鮮やかに光を灯し、黄金の機体がその巨大な四肢を力強く駆動させる。
父ウズミが見守る中、カガリはオーブの未来をその背に背負う覚悟を込め、力強く叫んだ。
「カガリ・ユラ・アスハ、アカツキ、発進する!」
ドックのカタパルトが爆音と共に火花を散らし、黄金の機体を前方へと押し出す。
まばゆい光の粒子を噴射しながら、アカツキは地下の闇を切り裂き、戦火に包まれるオーブの空へと猛烈な勢いで飛び出していった。
海岸線から侵入したザフト軍の新型モビルスーツグフイグナイテッドが、オーブ軍のムラサメを次々と撃破していた。そのグフのパイロットが、上空の雲を割り、爆発の光を浴びて突撃してくる「まばゆい影」を捉えて目を見開く。
「ぁ、新手か!?」
そこへ現れたのは、全身を純金色の装甲で包んだ未知の機体――『アカツキ』だった。
だが、驚愕するザフト軍の前に現れたのは、黄金の機体だけではなかった。
「行くぜアウル!久々の戦闘だからって怠けるんじゃねぇぞ!」
「分かってるって!何機墜とせるか勝負だっ!」
アカツキの左右を固めるように躍り出たのは、アークエンジェルから出撃したカオス、アビス。
カオスは機動兵装ポッドを縦横無尽に射出してディンを翻弄し、アビスは巨大なシールドを展開しながら連装ビーム砲でバビの群れを次々と撃ち落としていく。二人の圧倒的な連携は、ザフトの防衛線を正面から粉砕していった。
さらに、その後方から二機のムラサメが恐るべき速度で戦場へと割り込んだ。
「若造だけに先を越させるかっ!」
先頭を行くムラサメがビームライフルを正確に連射し、グフの武装をピンポイントで破壊する。
そして、そのムウと背中を合わせるようにして、戦場を優雅に舞うもう一機のムラサメがいた。
「さて、仕事といこう」
ラウは冷徹なまでの操縦技術で、シルバーとグレーのムラサメを駆り、ザフトの防衛線を一瞬で切り裂いていく。歴戦のパイロットたち、そしてカオスとアビスの参戦により、絶望的だった空の天秤が、一気にオーブ側へと傾き始めていた。
通信回線には、彼らと共に前線へ飛び込んだキサカ一佐の切迫した声が響く。
「防衛線を立て整えないと総崩れだぞ!」
カガリはコンソールを叩き、凛とした眼差しで正面を見据えた。
「まずは国防本部を掌握し戦線を立て直す。一個小隊、私と来い!残りは防衛線へ!」
「「「は!」」」
カガリの命令に、アマギ一尉率いるムラサメ隊、そしてスティングやアウルたちが力強く応じる。
黄金の機体を先頭に、シルバーとグレーの閃光、そして蘇った二機のガンダムが、オーブの真の主と共に国防本部へと向かってそれぞれに突き進んでいった。
絶望的な戦況を告げるアラームが鳴り響く中、コンソールを凝視していたオペレーターが、驚愕に満ちた声を張り上げた。
「ソガ一佐、沖合上空に新手の友軍部隊が……」
「なに?」
ソガ一佐が鋭く身を乗り出し、ユウナも怯えた顔でメインモニターを見上げる。
「この識別コードはタケミカヅチ搭載機のものです。そしてカオス、アビス!」
「なんだと!? なぜ地球軍のMSが!」
ソガ一佐が驚愕に目を見開き、ユウナはわけが分からないといった様子で狂ったように頭を振った。
「ええ!?」
「加えてアンノウンモビルスーツ1。ムラサメと共にこちらへ向かってきます」
オペレーターの追報と同時に、メインモニターへ映し出されたのは、あまりにも規格外の戦力だった。かつての連合のガンダム、タケミカヅチのムラサメ隊、そしてその中心を征く、目も眩むような輝きを放つ機体――。
「な、なんだあれは!?」
「黄金の……」
ソガ一佐がその神々しい姿に息を呑んだ瞬間、作戦室の全通信回線に、烈火のごとき威厳を孕んだ少女の声が割り込んだ。
「私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハ」
「え!?」
ユウナとソガ一佐が同時に声を失う。モニターに映し出されたアカツキのコックピットの中で、カガリは一寸の迷いもない眼差しで正面を見据えていた。
「国防本部、聞こえるか? 突然の事で審議を問われるかも知れないが指揮官と話したい。どうか……」
カガリの姿を見た瞬間、それまでの恐怖を忘れたユウナが、狂喜乱舞してモニターへと飛びついた。
「カガリ!カガリ~!来てくれたんだね!マイハニー!ありがとうー!僕の女神ー!指揮官は僕、僕だよぉ」
モニターに擦り寄らんばかりの醜態を晒すユウナを、カガリは氷のように冷徹な瞳で見下ろした。その口元が、低く鋭い言葉を紡ぐ。
「ユウナ……私を本物と、オーブ連合首長国代表首長カガリ・ユラ・アスハと認めるか?」
「もちろんもちろんもちろん! 僕にはちゃーんと分かるさ。彼女は本物だ!」
自らの破滅を招くとも知らず、ユウナは何度も激しく首を縦に振って肯定した。その言葉を聞き届けた瞬間、カガリは全軍の通信回線に向けて、地を揺るがすような大号令を発した。
「ならばその権限において命ずる。将兵達よ、直ちにユウナ・ロマを国家反逆罪で逮捕、拘束せよ!」
「え?」
ユウナが呆然と口を開けた瞬間、ソガ一佐の眼光が鋭く輝いた。ためらいは一切なかった。ソガ一佐は即座に傍らの兵士たちへ目配せし、ユウナの両腕をがっしりと組み伏せさせる。
「命令により拘束させていただきます」
「え? うわっ! カ、カガリー!」
床に押し付けられ、無様に暴れるユウナの怒号を、カガリは一蹴するように言葉を被せた。
「ユウナからジブリールの居場所を聞き出せ! ウナトは行政府だな? 回線を開け! オーブ全軍、これより私の指揮下とする! いいか!」
オーブの真の首長たる、圧倒的な覇気と覚悟。
ユウナの無能な指揮に絶望していた作戦室の将兵たちは、そのカガリの叫びに魂を揺さぶられ、一斉に直立不動の姿勢で力強く応じた。
「「「は!」」」
最高権力者の奪還。オーブの意思は今、真の主の元で再び一つに結束した。
カガリの凛とした声が、混迷を極めていたオーブ全軍の通信回線を震わせた。その瞳には、父ウズミの遺志を継いだ首長としての、絶対の覚悟が宿っている。
「残存のアストレイ隊はタカミツガタに集結しろ!ムラサメの二個小隊をその上空援護に 国土を守るんだ!どうかみんな、私に力を!」
その悲痛なまでに真っ直ぐな叫びは、敗色濃厚だった将兵たちの魂に再び火を灯した。
「カガリ様!」
「カガリ様!」
各地のコックピットから、そして激しく揺れる護衛艦のブリッジから、涙の混じった咆哮のような応えが次々と返ってくる。黄金の機体を先頭に、完全に麻痺していたオーブ軍が奇跡的な結束を見せ、ザフトの進撃を正面から押し返し始めた。
一方、完全に勝勢に乗っていたはずのザフト軍の陣営には、突如として激震が走っていた。オペレーターたちの悲鳴のような報告が次々と飛び交う。
「ドボツ隊被弾!撤退します!」
「エリア12海岸線、押し戻されています!」
メインモニターに映る戦況図の光点が、瞬く間に赤から青へと塗り替えられていく光景に、ザフト軍司令官は忌々しげに眉をひそめた。
「んー、どうしたというのだ。先ほどまで総崩れだったというのに」
「ええ」
傍らの副官も、信じられないと言わんばかりに表情を強張らせている。
「グフをもう二個小隊ほど送ってやれ。この国はもういい加減、素直に討たれてほしいものだな」
「は!」
副官が命令を伝達しようとしたその時、別のオペレーターが鋭く声を張り上げた。
「八時の方向にミネルバです!」
「ん?」
「距離20」
戦域へ急速に接近するミネルバの艦内でシンはコンソールに映るオーブの惨状を凝視しながら、隣のレイへ低く問いかけた。
「ジブリールは?」
「まだ見つからないようだ。なかなか頑固に抵抗されているようだ」
「…」
シンは無言のまま、拳を白くなるほど強く握りしめた。かつて離別した故郷が再び戦火に包まれている光景。そして、そこへ追い込んだオーブ政府の身勝手さへの怒りが、彼の中で黒く渦巻いていく。その様子を、ルナマリアが心配そうに見つめていた。
「ぁ…シン…」
シンを気遣うように、レイが静かに告げる。
「戦況から四機出ることもない。俺だけでいいだろう」
「いや、俺が行く」
「え? だってシン!」
思わず声を上げたルナマリアを、レイが手で制した。
「ああ、やめておけ」
モニターを注視していたレイが、眉をひそめて手元のコンソールを叩く。新たなデータが画面に表示された。
「……これは…。未確認だがカオス、アビスが戦闘領域に出ているらしい」
その報告に、シンは弾かれたように顔を上げた。かつて戦い、そしてステラと共にあったあの二機のガンダムが、なぜ今オーブの側にいるのか。激しい衝撃がシンを襲う。
「え!アイツらが」(じゃあ、ステラも一緒にいるのか……?)
脳裏をよぎる少女の面影にシンの心が激しく揺れる中、オレンジ色のパイロットスーツに身を包んだハイネが、ふっと不敵な笑みを浮かべて壁から背を離した。
「ふーん、じゃあ行くか?」
頼もしい先輩の言葉に背中を押されるように、シンは迷いを振り払う。ルナマリアはただ、そんなシンの姿を言葉もなく見つめることしかできなかった。
「………」
「ああ、出撃する!」(オーブを討つなら……俺が討つ!)
強い怒りと、ステラへの微かな希望を胸に、シンの瞳に宿る炎が激しく燃え上がった。
◇◇◇
専用のパイロットスーツに身を包んだシンがコックピットへ滑り込むと、アビーの張り詰めたアナウンスが響き渡った。
「デスティニー発進スタンバイ。全システムの起動を確認しました。発進シークエンスを開始します。ハッチ開放。カタパルトオンライン。針路クリアー。デスティニー発進どうぞ!」
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
轟音と共に射出されたデスティニーガンダムは、背部から血のような赤光の翼を広げ、猛烈な加速でオーブの戦空へと飛び出していった。
続いて、隣のカタパルトへ白きモビルスーツが滑り込む。レイの駆るレジェンドガンダムだ。コックピット内のレイは冷徹な面持ちでコンソールを叩き、静かに操縦桿を握り締める。
「レイ・ザ・バレル、レジェンド、出る」
背部に背負った巨大なドラグーン・プラットフォームが駆動音を響かせ、レジェンドは滑走路を蹴って漆黒の影のように空へと舞い上がった。
さらに、その後方から真紅の鮮烈な機体――ハイネのセイバーガンダムが前線へ進み出る。ハイネは通信回線を開き、どこか余裕を感じさせる不敵な笑みを浮かべた。
「ハイネ・ヴェステンフルス、セイバー、出るぞ!ルナ、シンとレイから遅れるなよ!」
「はい!ルナマリア・ホーク、インパルス、行きます!」
最後に、ルナマリアの搭乗するインパルスガンダムがカタパルトへ固定され、ハイネのセイバーに続いて勢いよく射出されていく。
ミネルバが誇る最強のガンダム4機が一堂に出撃し、それぞれの光跡とスラスターの轟音を残しながら、火の海と化しつつあるオーブの戦空へと一斉に突入していった。
◇◇◇
カガリの指揮と仲間達の活躍によって建て直されたオーブ軍の防衛線。その中心で戦うムラサメのパイロットが、突如として上空から降り注ぐ圧倒的なプレッシャーを察知し、悲鳴を上げた。
「なんだ!?」
「カガリ様!お気をつけください!ザフトの新手が!」
地上から見上げる兵士の警告と同時に、カガリはコックピットの全天周モニターを見上げた。雲を割って高速で急降下してくる、赤く輝く光の翼。
「あれは……くっ!」
シンの駆るデスティニーガンダムが、超大型高エネルギー長射程ビーム砲を構え、オーブ軍の防衛線を一瞬で消し飛ばさんと迫る。操縦桿を握るシンの表情は、憎しみに歪んでいた。
「くぅぅ……ん?」
だが、引き金に指をかけようとしたその瞬間、シンの眼前に、それまでのザフトのデータには存在しなかった「眩すぎる輝き」が飛び込んできた。全身を純金色の装甲で包んだ、未知の機体――。
「ええい!」
カガリはアカツキのビームライフルを構え、真っ向からデスティニーの迎撃へと躍り出た。
続編としてガンダムSEED FREEDOM編を読んでみたいですか?
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