正直者な草原狼 作:正直者
「やはり、私では役不足ですかね。もうこんなにボロボロだ」
戦闘開始から五分。わずかな時間ではあったが、モミはすでに半ば割り切っていた。元より、無理筋であったことは彼女自身も認めている。
それでも、胡散臭い笑顔は消さない。
拡散バズーカは弾切れ。チェーンソーは半ばから蹴り折られ投棄したので、背面パックからアサルトライフルを取り出し応戦を続けているが無理があろう。元よりアサルトライフルなどあまり使ったこともない。
なにより相手が悪い。C&Cに明星ヒマリだ。古巣の最強と最高が手を組んでこっちに来ているなどと、なんの冗談なんだと言いたくなる。
それでも、口は回している。
「ちょこまかとウゼェなァ!!」
「直情的なステップ……素晴らしい!」
たんっ、とネルが踏み込むのを見て身をかわそうと動けばアスナの弾丸が虚空を貫き、『そこはあなたの場所じゃないよ』とばかり牽制が空を舞う。
『天性の才能』、その持ち主たちは常にモミの前に相対してきた。
只人に手の届かない至高の領域があることは理解した。そこに自分が踏み入ることがないことも理解した上で、モミはそれでも応戦した。
素敵な来訪者を、ご友人を出迎えれば大いに喜んで貰える。彼女はそう心から信じ込んで彼女たちと相対した。
この作戦において、モミはただ時間を稼ぎ続けている。何故か。共に踊れる時間が増えれば増えるほど、ご友人たちが楽しんでくれる。そう信じているから……もちろん、それもある。
だが、それ以上に。『事前に仕込んだ仕込み』というのも、意義あるものだと知っているから、というのもあっただろう。
「さて……賓客が参ります。ご友人方、お出迎えの準備を」
「……なんだとォ?」
ゴォ──ーッ、と戦車の轟音が鳴り響く。弾薬が炸裂する音が響き渡る。それは、『単一の部隊』。以前から仕込みに仕込んだ種、一撃限りの初見殺しとはいえ……それはここに結実している。
「サプライズは2重、3重に。主催の基本ですよ、ご友人」
「『ビナー』の反応はこの辺りだが……ッ!? アレはどこの生徒だ!? 我らが土地によくも断りもなく立ち入ったものだな!!」
『な……カイザーPMC!? なぜ今この場所に……アビドスの方はどうしたというのですか!?』
モミはこの土地に移り住んでからしばらく、とある存在の調査をすることとなっていた。
その存在とは、巨大な機構仕掛けの蛇。彼女は仮名称として『機構蛇』と呼ぶそれの通り道を調査し、安全な位置を導出して拠点としなくてはならなかったからだ。
そして、それを調べるうち、面白いことを知った。
それは、カイザーPMCが保有する戦力の中に明らかに大型の、通常の弾薬では貫通できない重装甲の人間以外のものを相手するような装備を有した部隊がある、ということ。
即ち、『機構蛇』に苦しめられているのはカイザーもまたそうで、それを倒すための部隊が通常とは別に編成されているという事実である。
故に、通常任務に出ることの無い彼らを『機構蛇』の反応を模倣した信号システムによって釣り出すことができれば、その過剰とも言える火力は自ずからやってくる。
火力を準備する必要はない。時間を稼げば、必ず『向こうから訪れる』……そういう仕掛けをモミは仕組んでいた。
最も、この仕掛けには弱点がある。それは、間違いなくこちらも巻き込まれることと、この拠点を放棄することを前提にした仕掛けであるというもの。
だが、それを許容するほどにこの作戦はモミにとって『絶体絶命』を意味していたのである。
「私はまだ、あなた方と踊りたい。ここで終わりなどと、下らない沙汰を下さないでいただきたいのですよ、ヒマリ」
『……本当に、七面倒な……』
「レールガンは本日のお土産として持ち帰っていただいて構いません。ですから本日はこの賓客の出迎えにもお手伝い願いたい」
『もし、是と言わなければどうなるか、と。そういうつもりですか、モミ!』
「私はそこまで恐ろしい人間ではないですよ、ヒマリ。ただ……賓客がここで踊り狂うだろうことが容易に想像はつきますが」
ヒマリとネルはこの時初めて同じ表情をしていた。
すなわち、状況を理解した上で気に食わないやつを全力で睨みつける、という恨みの乗った顔である。
「とかく、あの賓客に出迎えを差し上げたい。行きましょうか、ご友人」
「……目を離すなよ、アスナ。アイツが逃げようとしたら弾叩き込んで追え」
「分かってるよ、リーダー」
「気に食わねぇが、アレをなんとかしなきゃヘリも乗りつかねぇ。カリン、アカネ。蹴散らすぞ」
つまり、モミは今C&Cを、モミの仕込みで現れたカイザーPMCの対デカグラマトン大隊をどの道撃破せざるを得ない状況に追い込んでのけたのである。
「なに、大隊と言っても数はそう多くありません。私とご友人、共同作業と行きましょうか?」
「抜かせ。次はテメェだぞ……それか、ここで先に片付けたっていいんだがな、コッチはよ」
「おや、ご冗談を……レールガンの無事な運搬のために、私の生存は必要不可欠。ご来訪いただいたのに、手ぶらで帰られる訳にも行かないでしょう?」
「……めんどくせぇタチだな、相変わらず」
誰も預かり知らぬことではあるが、小鳥遊ホシノらアビドスの襲撃によりデカグラマトン大隊の一部は統率が崩れており、今この場に現れたデカグラマトン大隊は本来の四百から五百人の規模の三分の一にも満たない。
「だがまあ……ミレニアム最強を舐めてもらっちゃ困るな。雑魚は雑魚だな」
「ご友人、感謝しますよ。土産物はこちらの無人機たちに運ばせましょう……それでは」
「っ! 逃がさないよっ!」
「ご友人。主催の退場を妨害するとはなかなかどうしていいご趣味をしているではないですか……また出会える日を楽しみにしていてください。本日はここまでですので」
数の優位で質の優位を覆すことが出来ない者たちがミレニアムの最強に傷を入れることができるわけもなく、潰走していく中に、一人混じりこんで撤退を決め込むことにしたモミは、しれっと何事でもないように拠点各地に仕込んだミレニアム謹製のレーダーダミーを起動していた。
『反応増加……逃げるつもりですねモミ! これはもうレーダーは役に立ちません、見失えば終わりだと思ってください!』
「最後の出し物です。楽しんでくれると、良いのですが」
ぼん、ぼんっ。軽い音と共に、煙幕が張られる。強い光と、煙幕の混じり合いに思わず目を閉じながらも、ネルの口が悪態をつく。
「スモークグレネード……!? テメェ……ッ!」
『……煙幕にしては、様子が……』
『マグネシウム粉……? まずい! すぐに煙幕から出るんだ!!』
撤退を選んだか、まだ居るのか? 一瞬の二択、そしてそのスモークグレネードの出処からそれがどういう代物なのか『知っている』ウタハの叫び。咄嗟に逃げ出さんとしたC&Cへ投げかけられる二つの音。
「サプライズも、これが最後です……!!」
一人の女の、渾身の気迫と。
ゴオオオォォォォォォォッ!!!
そう言葉で表現してもなお足りぬほどに沸き立つ、襲いかかる火炎の轟音。煙幕の1部として滞留したマグネシウム粉に火が灯り、盛大な爆撃となる。煙幕に巻き込まれた、C&Cのメンバーに轟音と爆音、そして炎が一斉に襲いかかり……
「……ッはぁッ……!! 生きてっか、アスナ! カリン! アカネ!!」
『……生体反応自体はあります、落ち着いて。意識は……ヘッドギアが取れてしまっているアカネさんは分かりませんが、残りは動いていますからあるようです』
最初に意識を取り戻したのはネルだった、というと不適当か。大きく体格の都合でぶっ飛ばされたネルは、一瞬だけ飛んだ意識を気合と根性で引き戻し、立ち上がる。
振り返り、見回せど、もうモミの姿はなかった。その意味を理解するよりも先に、メンバーの安否を確認する。
『ダミーの効果が切れます……やはり、外に向かっている反応がある。これも……恐らくは、ダミーなのでしょう。ですが確認には向かわせないと……エイミ、お願いできますか?』
『今見たよ……ラジコンが風船くっつけてオートで走ってる』
「……してやられた、か……クソ」
そう悔しがるものの、モミを大拠点とする場所から撤退させ、レールガンを回収したとなれば当初の目的は達成したと言える大戦果である。
『一応、勝ちは勝ちなのですが……勝った気がまるでしませんね……』
「……仕方ねぇ。レールガンを持ってくぞ……」
致し方もなく、憤懣の行き先がないが物に当たる訳にも行かないと理解はしているネルが、レールガンの安置されているのであろう倉庫の扉の前に立つと、今さっきまで聞いていた声がオートアナウンスで響き渡る。
『ご友人。お土産のレールガンをお渡しします……持ち帰って、ウタハによろしく、とお伝えください。外郭の指定地点までは四脚サポート機がオートで運搬しますので、あとはお願いいたします。それでは、また会える日を楽しMi』
瞬間、ネルの銃がスピーカーを貫く。当たってはならないと思っても居たし理解もしていたのだが、それを実行して守るほど彼女は理性の鎖で己を縛り付けることはしない主義であった。
こうして、レールガン……後に、一人の少女に与えられ、『光の剣』と銘打たれる武器は持ち主の手に戻ったのである。
では、モミはどうしているか。
「……あの拠点は中々どうして住み心地が良かったのですが……新拠点も悪くありませんね。ホシノさんには頭が上がりません」
「うへへ、ありがと〜……にしても大変だったね、カイザーPMCの別部隊に絡まれてあの街が吹っ飛ばされちゃったんだって聞いた時心配したんだよ」
「ふふ……ご友人たちとせっかく仲良くさせていただいて、一緒に踊りもした場所なのですが……このように新しい拠点選びまでお付き合いしていただけてとても嬉しいです」
「いやぁ、そんなそんなー。モミちゃんにはこっちもお世話になったしね〜……あのヘリも良い仕上がりだったよー」
新たなアビドスの土地をホシノに事情をやや歪曲して(もちろん本人はそれが真実であると疑っていないが)伝え、モミは新たな拠点地をホシノから見繕ってもらっていたのであった。
移転自体はスピーディに終わり、都度旧拠点から荷物を運搬……それも、アビドスの生徒にお願いしてアビドス高校に一度運び込んでから、モミが一部を受け取って残りは売却、アビドスへの依頼報酬とする形で回収していた。
この方式により、アビドスの生徒が廃墟に物を漁りに来た事実は残っても、モミが新たな拠点に物を運んでいる事実は捉えられないのである。
無論、そんなことの片棒を担がされているとは誰も知らない訳だ。モミの最も得意とすることは、相手の懐に潜り込むことである。
ヒマリはモミを「毒を湛えた井戸水」と語ったが、実際のところ一見極めて人畜無害どころかこちらに益のある取引を提案して居場所を獲得しているわけで、その実はさらに手酷いものであると言えよう。
モミ個人として、アビドスには協力するスタンスでいるが、その理由も『ここしか隠れ蓑になりそうな場所がない』という消極的理由である。いつか消滅しかねないその理由ひとつで、彼女はホシノを友人と呼んでいるのである。
まあ、それはそれとして、モミはホシノのことが嫌いではなかった。なにせ、挫折の匂いがするから。同じように膝を屈した人であると思ったから。
「ホシノさん。またしばらくの間、よろしくお願いしますね」
「うぅん……よろしく……」
「眠いなら寝ていってもいいですよ……寝室はそちらです」
「ありがとぉ……」
歩いていくホシノの背を見届けるモミの瞳と口角は、胡散臭げな顔ではなく、本人の自覚なしに優しげに緩んでいたのである。