しっぽを隠して!稲形さん! 作:人外が好き
「お疲れ様です」
「お疲れ様ですっ 」
放課後。いつも通り部室に向かったものの、今日の部室は静かだった。
いや、静かなのは別にいつも通りなのだけれど。今日は、部屋の主たる田貫さんがいなかった。
「何かご用事でしょうか?」
「そうかもねえ」
我々は教室の掃除を終えてからここに来ているので、必然的に田貫さんも授業自体は終わっているはずである。あの人のあの感じなら、居残りの補習とか、友達との用事とかはなさそうだし。いや、ぼくも人のことは言えないけど……
「一旦、ちょっとまってみよっか」
「そうですね」
昨日見たテレビの話だとかの、手紙のやり取りでは盛り上がりづらい話題で談笑していれば、あっという間に三十分ほど立っていた。
「来ないね」
「お忙しいんでしょうか?」
かなり意外だ。開け作業だとか締め作業だとか言って、誰よりも早く来て誰よりも遅く帰るため、ぼくたちの間では、ここに住んでるんじゃないかともっぱらの噂だった。
「まあ、それなら今日は早めに帰ろっか」
「ぐぬぬ……部活に参加するために、昨日おうちのお仕事を頑張って終わらせたのですが……」
とほほ、と言わんばかりに稲形さんは肩を落とした。妖膜で見えてはいないが、きっとその耳は折れ、尻尾は倒れていることだろう。折角なら何かしたいけどな、と考えたところで、妙案を思いつく。
「なら、ちょっと寄り道しちゃおっか」
「寄り道、ですか?」
「うん」
キョトンとした稲形さんの顔を、これからパッと明るくしていこうと思う。
*
「ここがゲームセンターですか……!」
やってきたのは、学校から自転車で十五分程のところにあるゲーセン。
稲形さんはスロットの演出以上に目を輝かせている。
「来たことないんだっけ?」
「ないです! 私は興味があったのですが、お母様がそういった俗的な事柄に疎く……その上、家業も忙しかったので」
「そっか」
お母様、か。それに、例の家業。詳しくはわからないが、色々大変だったのだろう。きっと興味本位で安易に踏み込んでいい話ではないので、そこは一線を引く。
「じゃあ、その分今日は楽しもう。なんかやりたいゲームとかある?」
「うーん、そうですね……! まずはやっぱり、UFOキャッチャーをやりたいです!」
「おっけー」
その辺は少し派閥があるが、ぼくはクレーンゲーム呼び派である。最近はあんまり聞かないかも?
最初は小手調べということで、小型の物に挑む。お菓子を掴みどれる小さい筐体である。稲形さんは百円を入れて、覚束無い様子でアームを操作する。
「むむ……ここです!」
バチンとボタンを押すと、アームが降りて、ショベルがチョコやガムなどの小さなお菓子を掬い上げる。上昇する過程でアームがフラフラと揺れて、何個か落下してしまうが、無事に二個のお菓子を景品口まで落とすことに成功した。
「やりましたっ!」
「よかったね」
ちっちゃいチョコと、飴の二個を持って稲形さんは嬉しそうにピースする。確実に買う方が安いんだけど、自分で取った達成感あるとなんか違うんだよな。
「よければ片方どうぞ!」
「お、ありがとう」
飴の気分だったので、そちらをいただく。昔懐かしのパイン味である。
「ん〜! 甘いです〜♪」
「稲形さんって、普段甘い物とか食べないんだっけ?」
「和菓子であればお母様が作ってくださるのですが、洋菓子にはあまり縁がないのです。同級生の方々に稀に頂くのですが」
「あ〜」
バレンタインの時とかに配り合ってるイメージがある。たしかに、アレはゴディバとかの高級な奴が多いから意外と違うのかもしれない。食べたことないけど、上品で苦い味のイメージがある。
「でも……そうですね、種類よりも、獅記さんと一緒に取れたことが、美味しさに繋がっているかもしれません」
そういって笑う稲形さんを見てしまっては、「そうだね」と頷くことしかできないのであった。
「次は何しよっか?」
「そうですね……」
顎に手を当て、悩ましげに筐体の群れを見やる稲形さんは、おもむろに一点を指差す。
「アレは……太鼓ですか?」
「うん、太鼓だね」
正確には太鼓型リズムゲームである。面と縁がそれぞれ、赤と青の音符に振り分けられていて、曲に合わせて流れてくるそれらを捌くことでコンボを繋げて、高得点を狙うゲームだ。
「やってみたいです! 二人でもできるんですよね?」
「あー、まあ、そうだね」
別に二人プレイだからといって難易度も変わることはないが、シンプルに遊べる曲数が減ってしまうのが、稲形さん的に大丈夫か? という心配が湧いてきてしまう。
──いや、違うか。同じ体験を共有するのが大事なのであって、そこで何をやるかは些事なんだ。
『何をやるかより誰とやるかだ』──みたいな、使い古された台詞を思い出した。
「じゃあやってみよっか」
2クレジット突っ込む。太鼓型のキャラクターの着せ替えを適当に選んで、曲選択に移る。
「稲形さん、何かやりたい曲ある?」
「獅記さんのやりたいもので大丈夫です!」
一番困る返答が来た。気を遣われているのだとは思うけど、選ぶ側的には中々難しい。
ひとまず、J-POPの有名な曲を選曲する。CMでもよく使われていた、太鼓といえばコレみたいな楽曲だ。
僕は最難関難易度、稲形さんは右から二番目の『むずかしい』を選ぶ。
「むっ、難しいですね……!」
「目が慣れるまでは、大変だよね……!」
三連符の連打を捌きながら返答する。
とはいえ稲形さんも、序盤こそはミスを頻発していたものの、流石の運動神経というべきか、終盤はかなりコンボを繋いでいた。
何とかノルマクリア成功。
「楽しかったです! 次の曲をお願いします!」
「おっけー」
J-POPはイマイチピンと来ていなさそうだったから、今度はバラエティ楽曲のリストから、古のネットミームみたいな曲を選択。案の定「うわー! 懐かしい選曲ですね!」と喜ぶ稲形さん。これ流行った時、僕たち幼稚園児ですけどね。
「し、獅記さんの方かなり大変そうじゃないですか……?」
「まあまあ、大変……!」
休みなく複合音符が続くので、息付く暇がなくて中々しんどい。とはいえ単調だから捌けるが。
余裕がある時に稲形さんの方を見れば、これまた成長しており、ほとんどすべてコンボを繋いでいた。もう、一段階上でも叩けそうである。
「やったー、キラキラしてます……!」
稲形さんのノルマゲージはMAXになっており、虹色に煌めいている。ある程度余裕を持ってクリアしないと見れない、『この曲程度なら余裕ですよ』という実力の照明である。
「いいね、じゃあ最後の曲も選ばせてもらおうかな」
ある程度、稲形さんに伝わる曲の傾向を察せたので、これまた動画サイトで有名な、ネットミームみたいな曲を選択。
「そろそろ稲形さんも、高難度でもいけるんじゃない?」
「そうですね……最後みたいですし、挑戦してみます!」
稲形さんが決定ボタンを押したのを確認してから、ぼくは縁を右に十回ほど叩く。すると難易度の表記が反転して、真の最高難度である裏面が表示された。
「えっ、そんなのもあるんですか!?」
「さて、ぼくも挑戦してみるか」
「おお……! お互いがんばりましょう……!」
軽快なBGMに合わせて、音符を処理していく。音符の密度が低い序盤は稼ぎ時である。密度が高い後半までに、いかにゲージを稼げるかが腕の見せどころ……!
*
「く、クリアできましたー!」
「ぼくも、なんとか……」
稲形さんはクリアゲージより二本上、ぼくは一本上と、かなりギリギリな状態でのクリアとなった。
肩で息をしていると、稲形さんがこちらに手のひらを見せてくる。
「やりましたね!」
「うん?」
「ハイタッチですよ、ハイタッチ!」
「あっ、なるほど」
ぱちん、と軽い音を響かせて、お互いの手が触れ合う。
少し恥ずかしかったけど、なんだか達成感が増幅された気がする。
「さて、それではもう一回やりましょうか!」
「あー……ぼくは見守ってようかな」
「えっ」
彼女は悲しそうな顔をする。でもごめん、稲形さん。もうぼくの腕は限界なのだ。
「一旦今日のところは休んで、また今度やろ?」
「また今度……そうですね!」
稲形さんはにぱっと花が咲くみたいに笑った。
格ゲーコーナーに興味を示す彼女を必死に説得しながら、ひとまずゲーセンを後にした。アレは、稲形さんにはまだ早い。
*
「やっぱり帰りといえばこれだよねえ」
「おお……!」
稲形さんは瞳を輝かせて、手の中の物体を見つめる。
別に、そんな回りくどい形容をする必要もないような、何の変哲もないコンビニのホットスナックである。ぼくがフライドチキンで、稲形さんが肉まん。
ゲーセンから五分ほどのところにあるコンビニによって、すぐ近くの公園のベンチに座る。
「いただきます!」
ぼくが躊躇いなしにチキンにかぶりつく間に、稲形さんは丁寧に手を合わせていた。育ちの良さを感じる。
噛んだ瞬間溢れる肉汁と、パリパリの皮、雑なスパイシーさにジャンキーな満足感を得ていると、隣の稲形さんがぱぁっと笑顔を開いた。
「アツアツで美味しいです〜!」
「ね」
それにしても美味しそうに食べるなあ。ただの肉まんなのに、なんだか羨ましくなってきてしまう。
僕の物欲しげな顔に気がついたのか、稲形さんが「よかったら獅記さんも食べますか?」と、少しちぎった肉まんを差し出してくれた。
「ありがとう」
美味しい。口に運んだソレは、何の変哲もない肉まんであるはずなのに、なんだか温かく身体の中に染みていく感じがする。
「よかったら、こっちも食べる?」
「えっ、いいんですか?」
「うん。あ、食べかけでアレだし、何だったら齧ってないところを食べてもらって……」
渡したあと、しまった、と焦りながら言う。しかし稲形さんは、「全然気にしないので大丈夫です!」と言って、そのままぼくが齧ってたところを食べた。
「美味しいです〜! クリスマスって感じがします!」
「そりゃどうも……?」
フライドチキンからの連想だろうか? そう言われるとそんな感じもしてくる。
クリスマス、か。まだまだ先だけど、今年こそは何かあるのかな。
「……ごちそうさまでしたっ」
ちろりと上唇を舐めてから、稲形さんが微笑む。夕日に照らされたフライドチキンは、何故だか、さっきよりも美味しそうに見えてしまった。