しっぽを隠して!稲形さん! 作:人外が好き
「以上
「えっ」
ようやく解放されると呑気に伸びをしていた、六限後のホームルーム。犬上先生から齎された、寝耳に水の情報に、思わず動揺の声を漏らした。
「何かありましたっけ?」
「なんだろうね……?」
稲形さんと首を傾げていると、クラス中の視線がこちらに向いていることに気づいた。
「稲形と獅記って変な組み合わせだな」
「でも最近あの二人、なんか距離近い気しないか?」
「まさか……」
そこかしこから噂話が聞こえてくる。やばい、悪目立ちの波動を感じる。そろそろ誤魔化しきれなくなってきたか? いやいや何もやましいことはないのだし……などと思考を回していれば、ガタッと椅子が動く音が聞こえた。
「稲形ちゃんアレでしょ、たぶん部活の件でしょ?」
「入部マストになったのガチだるいよね〜」
「早めに行った方がいいよ、犬上ちゃん待たすとだるいしね」
「はい、ありがとうございますっ」
いつもの陽ギャル三人組が、それとない状況説明とともに稲形さんの退室を促してくれた。
なんだそういうことね、と全員察したようで、教室は興味を失ったように放課後の喧騒へと移っていく。
「ほら、獅記もさっさといきな?」
「女の子待たせる男は嫌われるよ〜」
「稲形ちゃんと同じ部活、羨ましすぎるぞ」
「あ、ありがとう……それじゃ、また明日」
クラスメイトと会話を交わすという本来当たり前の事象に、小さな感動と動揺を抱きつつも、ぼっちのぼくは稲形さんを追った。こんな感情を抱けたのも、彼女のおかげである。
階段の踊り場で稲形さんと合流して、そのまま一階まで下る。
「失礼します」
ノックして入ると、入口のすぐ左手のデスクに犬上先生が座っていた。
「両名来ました。何の呼び出しですか?」と、僕。
「うむ。一応今日が締切だが、お前たち部活は決めたか?」
「文芸部に入ろうと思ってます、こちら入部届ですっ」
「文芸部……?」
稲形さんの言葉に、犬上先生は小さく首を傾げた。それからデスクの分厚いファイルを捲り、難しい表情をした。
「文芸部は、今年から活動を休止しているはずだが」
そんなはずはない、と言いたかったが、現状を考えると否定はできない。よくよく考えるとぼくが見た部活案内は、去年の入学時に貰ったものだったから、改正されててもおかしくないし。
「え、でも、たしかに部員は少ないですけど、きちんと活動してますよ!」
だがたしかに、そう言われると納得いくところもある。部員数一人では、いくらなんでも部活動とは言えない。実際田貫さんは、活動っていうか読書の場として活用してたし。
「学校の許可を得ずに活動しているということか?」
「いや、ぼくたちもよくわからないですが、とにかく部活動の体は成してるんですよ。最低基準の三名は達成してますし、それに部室もありますし」
「………………」
ファイルと睨めっこした犬上先生は、眉を顰め、軽く顎を撫でてから、席を立つ。
「仮に無許可で活動しているとしたら、問題になる。お前たちが入って部員数が達成されたとしても、顧問もいないしな。一度確認させてくれ」
犬上先生を伴って、ぼくたちは、部活棟へと向かった。
運動部の喧騒が、ぼくたちの沈黙をより強く感じさせた。それは校舎に入ってからも同じで、静かな文化部棟に、上履きのペタペタとした足音だけが響いていく。
「…………?」
その最奥。最早すっかり馴染んだはずの部室の前で、ぼくは少しだけ違和感を覚えた。
犬上先生は、扉に手をかけた。ノックもなしに開こうとするが、立て付けが悪いのか少し苦戦している。
ようやく扉が開いた時、ぼくたちは顔を見合わせた。
「ごほっ……本当に、ここで活動しているのか?」
たしかに、そこは部室だった。部室であるはずだった。しかし、本が置かれていたはずの机の上には、物置のように大量の段ボール箱が置かれ、換気されていないことを示すように埃が舞い、本棚には蜘蛛の巣が張っている。
「ええと、それは──」
言い淀む稲形さんとぼくは、きっと同じ気持ちだった。
否定したくてもできない。およそ、人が活動していたとは思えない空間。
否定材料を探して、部室の中を歩く。パイプ椅子には丁度、誰かが座っていたように、中央部にだけ埃が堆積していない。それは本棚も同じで、僕が手に取った本だけは、たしかに埃を被っていなかった。
「お前たちの他に、誰が文芸部で活動しているんだ」
「三年の、田貫という女性の先輩です」
「…………」
犬上先生は、また難しい顔をした。
「学年を間違えてはいないか?」
「えっ?」
「三年は全クラス見ているが、そんな苗字に覚えはない」
「そんなはずは──」
ない、なんて言えなかった。
ぼくたちは田貫さんのことを、何も知らない。本が好きで、飄々としていて、胡散臭いことしかわからない。
クラスなんて知らないし、住んでるところもわからない。コテコテの京都弁だけど、本当に京都出身なのかも定かじゃない。
「……ひとまず、保留にする。来週までには必ず提出するように」
大きく嘆息して、犬上先生は部室を出ていった。ぼくたちは、何も言えずに、ただそこに立ち尽くしていた。