しっぽを隠して!稲形さん! 作:人外が好き
『さっきの授業、めっちゃ眠そうだったね』
『ギリギリ起きてました! あくびが出そうだったので妖膜張って誤魔化してましたけど』
『能力の有効活用過ぎてウケる』
翌日の授業中。ぼくたちは、いつも通り手紙を回していた。
秘密を共有したからか、何となく稲形さんとの距離が近づいた気がする。あるいは僕が馴れ馴れしくなっただけかもしれないが。
『妖膜張ったまま寝るのとかはできないんだ?』
『妖膜って要するに、自分が脳内に浮かべたイメージを現実に張りつけてるんですよ。なので意識を保てないと維持できないのです』
棒人間を軸にした緩いイラストイメージが脇に添付されていた。かわいい。
『稲形さんの絵、味があるね』
『もしかして、喧嘩売ってます?』
『ピカソとかの路線にいけそうだよね』
煽ってみたところ、目の前の稲形さんから怒りのオーラが放たれた。──いや、比喩抜きにガチで。
稲形さんの周囲には炎のようなオーラが揺らめき、頭上では荒々しい形相をした巨大な狐がこちらを噛み殺さんばかりに睨んでいる。
『ビックリしました?』
いつの間にか目の前に置かれていた手紙にはそう書かれていた。思わず顔を上げると、こちらを振り返った稲形さんが、悪戯が成功した子供みたいに笑っている。
『妖膜を弄って、獅記さんくらい妖力がある人にだけ見える幻覚を作ってみたんです。なかなかリアルだったでしょう?』
『なかなかどころの騒ぎじゃなかった! 声出るかと思った!』
『危なかったですね、流石に音は誤魔化せないので』
なるほど、いまも妖膜を張っているおかげで、授業中にも拘らずこちらを振り返っているのか。
……ということは。
『もしかして、妖膜を活かせばこんな感じで筆談し続けるのも可能なのでは?』
『ダメですよ、授業についていけなくなっちゃいますし、それに』
振り向いたままの彼女は、そこまで書き終えたところでハッとしたように読点以降の部分を消して、指でばってんを作ってから黒板に向き直った。
ぼくだったらいくらでも悪用してしまいそうだが、流石稲形さんは真面目である。
釘を刺された以上、この時間は手紙を回すのをやめようと、頬杖をついて窓の外の青空を見つめる。
「何を書きかけたんだろうな……」
『何かあったらやばい』とかか? でもそんな当然の事実にしては、反応が変だったし……何か言っちゃいけない時の台詞を隠す時のソレだったよな。LINEだったらたぶん送信が取り消されてる。つまり、とても気になるヤツである。
『それに、そもそもそこまでして獅記さんとお話したくないです』
とかだったらどうしよう。普通に立ち直れなくなるかもしれない。
まあ、真面目に授業を受けてる稲形さんの邪魔をするのも悪いし、しばらくは手紙を回さないでおくか。
*
翌日。稲形さんは、何だかソワソワしていた。
「稲形ちゃん、今日ちょっと元気なくない?」
「そ、そうですか?」
その上なんか元気がなかった。机に群がる陽キャたちも心配そうである。
「どしたん? 話聞こっか?」
「ありがとうございます……」
男が言ったら疑わしい台詞も、女子が言うだけで優しい言葉になるのは不思議である。
「実は、ずっと続いていた連絡が急に疎遠になってしまって……」
「え! LINEとかの連絡ってこと!? 彼ピ!?」
「いえ、文通ですしそういう間柄では……」
思わずぼくも顔を上げた。目の前では陽キャの言葉を否定するように、稲形さんの耳と尻尾がぶんぶん振れている。
「文章でのやり取りという物に慣れていなかったので、何か失礼でもあったかな、と……」
「いや稲形ちゃんに限ってそれはないでしょ! 相手がカスなだけだよ!」
「うう、むしろいい人なので何かやっちゃったんじゃないかと心配になってしまって……」
罪悪感がすごい。いい人はガールズトークに聞き耳を立てたりしないし、女の子を不安がらせるような真似はしないので。
「もう、直接聞いた方が早いんじゃない? 文章なら余計に、そーゆー違和感が溜まってくと取り返しつかなくなるよ?」
「そう、ですね……放課後聞いてみます」
「ファイトっ!」
稲形さんがチラリとこちらを見た。凛々しい金色の瞳は、大変見返り美人だった。
*
「ということで、如何ですか?」
放課後の教室。西日の中で、ぼくと稲形さんは向き合っていた。
「いや……その、シンプルに迷惑だったかなと思って……」
「ええっ、そんなことないですよ!? 」
「ほら、授業の邪魔になるじゃん。稲形さんも気にしてたみたいだし」
「あっ、たしかに言いましたけど! でもアレは振り向いて筆談する話のことで……!」
「……そのあと何か書きかけてなかった?」
聞いておきながら、これは失敗だったなと思った。あまりにもメンヘラくさすぎる。ああいうのは見なかったことにするのが鉄則だろうが。
「それは、その……」
耳を倒し、モジモジと言い淀む稲形さん。少しして、彼女は目を逸らして言った。
「筆談するってことは、ずっと獅記さんの方を向くわけじゃないですか」
「うん」
「顔を上げると目が合うわけじゃないですか」
「うん」
「それは、ちょっと恥ずかしいというか……」
「……うん」
想像して、ぼくは頷いた。
「今まで通りでいいか」
「そうですね」
表情が見えなくたっていい。むしろ見えない方がいい。
きっと、照れてる自分を見られなくて済むから。